一人遊戯 | ナノ


※全般下ネタ




 双方、形の異なる縦長の容器の前で孝昭の視線は左右に行ったり来たりしていた。
「うぅ〜ん……」
 迷う。
 どちらがいいかというか、どちらにせざるを得ないのか。
 右側のプラスチックの整髪料のボトルは、軽くて使いやすいし持った感じも悪くない。
 左側の制汗作用のあるデオドラントスプレーは、整髪料よりももっと軽いのだがいかんせん冷たい。冷たいのは死活問題だ。冷たさが欲しい時はいいけれど、今はそれは欲しくない。かと言って温めたら中身が暴発するのではないかと気が気でない。だいたい注意書きにしっかり「温めないでください」と書いてある。
 何よりスプレーの方は大きなキャップがついているのだった。孝昭にとってキャップはとても重要な部分だ。
 それこそ前に冷たくてもいいかとスプレー缶を使った時、一番肝心なときにキャップが外れて大変なことになった。勢い余って手でノズルを押してしまって缶より冷たい空気が当たった瞬間の驚きと言ったら……いやそれだけならまだいい。驚いた孝昭は慌ててキャップをよく見えもしないのにそのまま閉めようとした。そして悲劇が起こった。
 とても大事な部分が挟まった。あの時のことは思い出したくもない。だから孝昭は未だにスプレー缶を手に取ることをまずためらってしまうのだ。思い出したくもないのに条件反射で下肢が竦みあがってしまうために。
「やっぱり……こっちしかないか……」
 だったら初めからボトルの方にすればいいじゃないかという話なのだが、そちらもそちらで簡単ではない。
 このボトル、先端がプッシュタイプのディスペンサーになっている。それが非常に使いづらいのだ。先のスプレーと同じく最中に間違って押してしまうこと度々であり、やはり集中できない。そしてこちらのボトルの方もスプレーほどではないが反省点としてやらかしてしまったことがあって、それはボトルの裏側にあったバリに起因していた。
 プラモデルのパーツを切り離す際に本体と関係ない部分がくっついているアレである。それがボトルの裏側に傍目には気づかないくらい小さく存在していた。それを突っ込んだらどうなるか、むろん流血沙汰である。バリの自己主張を知ったのは手に赤いものが付着してからで、深部の痛覚がさほどなかったことは幸運だったが、そこが治るまでしばらく便秘を我慢しなければならなかった。
 ただ現在はやすりで綺麗になっているのでバリはおろか少しの凹凸もない。一心不乱にやすりをかけている時はなぜこんなことに全力を挙げているのかと悲しくならないでもなかったが、使うとなると小事が大事に影響を及ぼすものだ。あの切ない瞬間を過ぎたからこそ安心して使える今がある。
「でもなぁ……」
 消去法でいくとせいぜいこれくらいしか持ち合わせがないというのは、中学生の孝昭には仕方がないことだった。家中を引っ掻き回してもこれ以上のものが見つからない。
 いや、本当はある。これ以上のものが。
 しかしそれは母の持ち物なので、かろうじて残っている罪悪感が働くのだ。
 とは言いつつ、孝昭は実はもう一度使ってしまっているのであった。母が主婦仲間の人たちと一泊二日のバスツアーに出かけた時に。
 振り返って自室のドア越しに父母の寝室を眺めた。
 すりガラスで半透明の外見にずっしりした重さ。しかし手にすると思いのほか冷たくなくて、ガラスなのにしっとりと手に馴染む。そしてキャップは回転式できっちり閉まる。
 温まるまでに時間はだいぶ掛かったけれど、使い心地はそれに余りあるものだった。
 しかし。
 あれはやはり失敗だった。丹念に洗ったとはいえ、母はそれを日常的に使っているのだ。そのことを考えると気が気ではない。いくら多感で性欲が三大欲求の最上位置にくる思春期であっても、それは誰にも知られたくないのだ。
 使い終わってちゃんと確認したけれど、もしかして見えない所に毛が挟まっていたら?
 気づかない隙間に溜まっていた精液の残りカスがあって、母に臭いで気づかれたら?
 などと考えたら死にたくなる。もういっそバレた日には家出より死ぬべきだと孝昭は思っている。
 ―――ごめん母さん、母さんの乳液?だか化粧水だかが入っているそれは数日前に息子のアナニーに使われました―――
 母の化粧落としの度にその姿を笑って見守るくらいの精神力は今の孝昭にはなかった。
「やっぱり、アレはなしだな……」
 あの使い心地に後ろ髪を引かれる思いで、孝昭は今日も結局この二本のどちらかにしなければならないのだった。



 適当に温めたボトルを腹の上に乗せるのは、その時までに冷え切ってしまわないようにだ。孝昭はベッドに寝転がって右手をズボンの中に入れていた。左手は枕もとに置いていた皺くちゃのパジャマを引き寄せ、顔全体を覆うように載せる。
 視界が暗くなった。これでより一人の世界に没頭できる。その上から口元を押さえた。二三度息を吐いて肺の中の余分な空気を全て吐き出して、孝昭はいよいよ思いきって息を吸った。
「はあ…ぁ……」
 香しい匂いがどっと押し寄せてきた。鼻腔から媚薬を嗅がされるように匂いが沁み込んでくる。興奮と緊張で潜められていた眉根が即座にほどけ、唇から高い声が漏れ、頬が緩み始める。これだ、この匂いを求めていた。
 パジャマから香る体臭を孝昭はもっともっとと吸い込んだ。まだしっかり握ってもいないのに性器が硬くなっていく。
 目を閉じると彼のベッドにもぐりこんでいるような気分だった。
 皆寝静まった深夜にこっそり部屋に忍び込む。都合よく彼は今壁際を向いて眠っている。
 布団をめくって片足ずつ滑り込ませると、冷たくなった体温を感じて彼はほのかに身じろぐかもしれない。でも大丈夫、すぐに温かくなるから。
 同じくらいの大きさの背中に胸を寄せ、腕を回して抱きしめる。顔は短い襟足から覗いている白いうなじへ。
 鼻先を埋めて直にその臭いを吸って、強く抱き締めたら柔らかい体があって―――もうだめだ、勃起するのを止められない。
 本当は入れてほしいけれど、叫びまくって全裸で抱き合いたいけど、彼に触れているならそれでもいい。心臓が大きく鼓動する。すっかり硬くなった股間も同じリズムで脈打っている。
 ああ、いい、もう、いきそうだ。
 でも入れなきゃ、入れてないのにイッたら、また良くなるまでに誰かが帰ってくるかもしれないから、でもいきたい。今はこのまま彼の股に擦りつけてイキたい。
 どうしよう、手を止めたいけど、止まるかな、止まってくれるかな、違う、こんなこと考えてる間に止めればいいのに、でもダメだ、もう止まらない。止まらない、このままいくしかない――――――
 バッと勢いよく顔を覆っていたものがなくなった。
「えっ……?」
 いきなり目を開けた孝昭の視界は充血と涙でふやけていた。
 クラスメートの眼鏡を遊んで借りた時に見た歪みきった光景の中心にあった黒い塊が、影が喋るように言った。
「またかよ、孝昭は」
「かつ…あき……?」
 孝昭は弟の闖入に戸惑った。最悪のタイミングだった。自慰をしていることは大分前から知られていたし、お互いがパートナーという時点で隠すことでもなかったけれど、やはりこんな姿は隠しておきたかった。いきそうな顔というのはこの世で一番間抜けな顔なんだと克昭自身が言っていたからだ。
 既に息苦しさと興奮で真っ赤になっていた顔はきっと克昭の言う間抜け面で、それを恥ずかしいと思っても赤くできる場所は残っていなかった。
「またそんなもの使ってんのかよ」
「や……見るなってば……」
 そんなものと言われたボトルはまだ腹の上にあった。隠すには服の中か身体の下しかなく、しかし顔を隠せる布団は大きくめくられて手が届きそうもない。肝心のパジャマは克昭の手の中だった。孝昭はさりげなく手を伸ばして克昭から見えない位置にボトルを隠そうとする。
「隠すなよ」
 粘液で濡れた手ごと掴まれた。汚い、と思った孝昭の口からあっと声が漏れた。
「洗濯カゴんとこにないと思ったら、勝手に使ってるんだもんな」
「だって……パジャマが一番克昭のいい匂いがするから……」
 自慰のオカズを揃えるのは結構大変なことなのだ、そのなかで弟を想像するのに最適なものを見つけたと思っていた。孝昭は恥ずかしそうにしながら、素直にそれを見つけた時の心境を吐いた。
 カーペットが軋んだ音に視線を上げると近づいてくる克昭の顔が見えた。視界が元に戻りつつあった。
「これも?これも一番いいのかよ?」
 ボトルが腹の上で握られた。不意に触れた指先が存外冷たかった。部活帰りの克昭によって、また冷蔵庫の麦茶が一気に半分減らされているのかもしれない。でも今の孝昭は苦しいくらいに体に熱がこもっていたので、やっぱり冷たいのもいいな、と思った。
「なあ、いいのかよ?」
 焦れた克昭が返事を急かす。
「ううん、一番じゃない……」
「じゃあさ、このままするってのでいいよな、な、孝昭」
 からだをずらして克昭が上に乗ってくる。パジャマよりずっと濃い匂いがした。
「なあすぐ入れてもいい?時間もないしさ、なあいいよな」
 克昭は自分に言い聞かせるようだった。いきそこねた孝昭より克昭のほうが切羽詰まった様子に見える。冷たい指先はもう孝昭の制服のTシャツを首のところまでまくり上げて、自分はベルトを生き物みたいに放り投げ、開いたズボンの合間から膨れたペニスを取り出していた。
 本当に何もしないで入れられるのだろうか、孝昭は勢い余ってたどたどしくなった克昭の手つきを眺めた。
「あのさ……」
何かを言いかけた孝昭に、克昭が不満そうな顔を上げる。
「……なんだよ」
 孝昭は押し付けられた克昭のからだに腕を回した。首筋に鼻を埋めると空想した時のあの匂いがした。
「思いっきりしてね、思いっきり、強くしてほしいんだ」
 期待を込めた科白に克昭は目を大きく見開き、むき出しの両足を乱暴に持ち上げてきた。体勢がきつくなって、孝昭は自慰の時には楽だったのに今では邪魔になってしまった枕のことを考えていたら、克昭も同じことを考えていたようであっという間に引き抜かれた。


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