山のアケビは何見て開く2 | ナノ


食べ物プレイ、みさくら語、女装




 不規則な衣擦れの音に合わせて、大きな手が体の上を這っている。
 体の所有権は自分にあり、とはっきり認識している動きだ。持ち主はこちらなのに、二つの手のひらが二つともそうで、服を掴んだり、引っ張ったり無遠慮極まりない動きをしている。
 何だか、自分の物にしたのはいいけど目当てものがまだ見つからない、だから手当たり次第に何かを探している、という感じだった。

 円形の蛍光灯が牧野の目に入った。二重の円の内側だけが光っている。真ん中から日焼けしたスイッチの引き紐が垂れて、少し靄の掛かったような光り方の円の間でメトロノームみたいに揺れている。
 ここは……居間?
 目を閉じた時はまだ台所に居たと思う。急激な睡魔に襲われて―――あれからどのくらい経ったのだろう? 正確には覚えていないけれど、意識がない状態で自分から這って来たわけはあるまい。
 もしかして宮田さんが?
 自分でなければ宮田しかいない、だがあの状態の宮田がそんなことをしたのだろうか。
「みや……たさん……」
「おや、起きましたか」
 視界の下から宮田の顔がにょきっと飛び出した。
「よかった、どのみち起こそうと思ってたんです。一人ではつまらないですからね」
 と笑顔。
 宮田は、まだ先ほどの宮田のままだった。妙なテンションに引き続き、別人の表情をオプションに着けていた。
 時に宮田の笑顔は大変貴重なものである。
 だが日頃の眉をひそめた不機嫌顔の印象が強すぎるせいで、違和感が五割、恐怖が二割、そして気色悪さが三割。見た者は少なからず牧野と同じ感想を抱くことになる。
 双子の二人は同じ顔だが宮田は仏頂面、牧野は優男風の表情という印象がそのまま記憶に染みついて、今では同じという意識は薄い。
 あくまで当人同士の話だが、この時の牧野もまた褒め言葉とは逆のことを考えていた。
 なんだろう、奥様方の顔痩せ体操の真似にしか見えない。きっと明日は表情筋が筋肉痛になるだろうな。
 対する宮田の舌は返答の無い会話にも関わらずフル回転で動き続けていた。眠っていたのはほんの十分程度だとか、台所では背中を痛めると思って連れてきたとか、こんなに喋れるならもっと早くに分かり合えそうなものである。
 初めは黙っていた牧野だが、途中から自分の知りたかったことではなく体型の話に脱線し始めたので急いで口を挟んだ。
「す、すいません宮田さん、それは分かりましたから」
 宮田はきょとんとして話すのを止めた。
「そうですね、忘れていました」
 何を?と尋ねる間もなく濃厚なキスが始まった。甘い味がして牧野はびっくりし、またアケビを押し付けられたのかと思ったが、今度は正真正銘宮田の唇だった。
 絡み、啜る。宮田の唾液はアケビの汁みたいな味がしていた。あれだけ食べたのだから無理もない。
 とろりとした唾液にはまるで催淫効果でもあるようだった。キスをしているだけなのに体が昂ぶり、熱くなってくる。
「っは……ぁン、んっ……」
 舌遣いは二つの手のひらと同じ動きだった。粘膜の表面をこすり、狭い性感帯を探して這い回る。なぜだろう、いつも以上に心地よかった。ざらざらした舌を絡め合って、存分にしゃぶった後、一番刺激に耐性のない部分で宮田の舌が暴れた。
「ンン……っ、っふ、ふ、うぅ、ン―――!」
 じわっと先端が滲み、精液が滴る。イッてしまった、こんなに短いキスで。確かに気持ちは良かったけれど、そこまで限界だった自覚もなく、昇り詰められるものなのかと驚く。
 直接ペニスを扱かれない絶頂は後を引いた。体の表面の皮膚全部が薄くなったみたいに感じる。衣擦れや宮田が触れている場所を意識して鼻息が荒くなる。
 弛緩した口内をぐるりとかき回し、吐息まで飲み込むように余韻を味わってから宮田は舌を抜いた。
 体に力が入らない。気持ちよかったことだけが頭の中で回っている。
「エロいなぁ……」
 こちらを見た宮田がしみじみ言った。
 だるかった。何もする気がおきず、何を言われても構う余裕もない。精根尽きるまでやり尽くした後のように全身が重い。
 宮田は牧野の法衣に手を突っ込んだ。既にケープは外され、ガウンとシャツだけになっていたことに気づかなかった。
 実は宮田は先ほどからガウンの脱がせ方に難儀していて、勝手に苛立って諦めた後、シャツのボタンを外すことを先行させ、その途中に牧野が目を覚ましたのだった。
 しかし牧野は疲れていた。宮田はやる気かもしれないが、体に岩が乗っているように重くて、宮田が腰をあげろと言ったとしても従える自信がない。それに宮田はどうやらここでこのまましようと考えているらしかった。牧野としてはそれだけは避けたかった。
 学生の制服のように法衣には夏服と冬服が存在する。山に囲まれた羽生蛇村は五月も半ばから真夏のように暑くなるので、既に牧野も夏用の薄い法衣を着ていた。
 夏用の法衣はジョーゼット生地で作られている。さすがに毎日着る物なので女性の着るドレスに用いられるような高級品ではなく、一番透けにくい中肉の生地であるが、素肌に当てると容易にその下の凹凸が分かるほどには薄かった。
 シャリ感のある布が肌蹴た胸元に触れ、ぞくりとして牧野は息を飲んだ。
「っ、宮田さん、何してるんですか……!」
「何って、服を脱がせてます。牧野さんの服、脱がせにくくて最悪ですね」
 宮田が顔を近づけて言った。息が鼻先を掠め、牧野の体に戦慄が走った。なぜかその吐息を吸い込んだだけで、肺から脳が一気に痺れてくる。
「またそんな顔して、欲しくてたまんないのは分かってますから」
 そんなことは一言も言っていない。もしそんな風に見えたとしても犯人は宮田だ。だいたい服のままでしたら生地がくちゃくちゃになって二度と着られなくなってしまう。万が一畳にひっかけでもしたら破れてしまうかも、自分はそれが心配なだけなのに。
「そんなこと言って牧野さん、自分だって随分ノリノリだったんじゃないですか」
「え……っ?」
 宮田の呼気を出入りさせるだけで痺れが増す体を叱咤して、牧野は訊き返した。何のことだか分からない。
 宮田は牧野の体の上から退いた。動けないことを知っているのかもしれない。近くにあった座椅子の座布団を引き抜き、牧野の背中の下に敷いてやって体を起させる。
 甲斐甲斐しいのか強引なのか、牧野が眉をひそめていると、宮田がほら、とある場所を指差した。
「牧野さん、そんなの履いて俺に見てもらうの待ってたんですか?」
 疑惑に満ちた眼差しが人差し指の先を追う、たくし上げられたガウン、両側に開いたシャツ、浮き出た腰骨を覆う黒いスラックス―――そこで唐突に終わった。
「え!?」
 牧野は我が目を疑った。
 スラックスが途切れている。覆っているのは腰骨だけ、その下が何もない。それ以前にスラックスと思っていたものがスラックスでさえなかった。ウエストと腰骨を隠すだけの小さな布から二本のベルトが伸びている。ベルトは白い太ももをすべり、弾けるような肉の弾力を強調するように食い込んだ同色のストッキングの上端に接続されていた。
 夏用の法衣よりもっと繊細な、職人が手掛けたとさえ思える美しいレースに象られた全体像。
「なんですかこれ…っ!」
 主に女性が身に着ける下着で、衣服止めの目的で用いられるものである。
 日本では靴下止めという印象が定着しているが、そもそもは衣服がずり落ちるのを防ぐ機能を持つものの総称であるため、女性の靴下に限らなくてもサスペンダー、アームバンド等も同じ分類に属されるのはあまり知られていない。
 ちなみにイギリスにはその名のついた最高勲章が存在するが、原型はエッフェル塔で有名なギュスターヴ・エッフェルにより発案された。
「そんなこと訊いてません…っ!」
 牧野がかすれ声で叫ぶと、うんちくを披露していた宮田は「じゃあ何が聞きたいんですか」と肩をすくめた。
 説明するまでもなく、なぜこんな余計なものを履いているのかと、なぜ肝心なものがないのかということについてだった。
 そう、牧野は下穿きも履いてなかった。完全フルチンでガーターベルトだけだった。牧野は最大で最低限の防御服を初めから失っていた。ちなみに世間ではこれを上級者の装備と呼び、一部では非常にもてはやされている。
「牧野さんがそういうの好きって知りませんでしたよ……まあ俺も好きなんですけどね」
 照れくさそうに鼻を掻く宮田に、牧野は声も出なかった。「好きなのかよ!」というツッコミは当然無理である。
「まあここまで見せられたら、クソ面倒臭い服なんて脱がせなくてもいいかなと思いますよね。むしろその方が黒に●ーメンが映えるでしょうし」
「ぎゃあああ!!」
 醜い悲鳴がかろうじて後半の科白をかき消した。とは言っても牧野は「ザ」から始まる単語の最初をはっきり聞いてしまったので、頭の中は完全にパニックである。
「みみ、みや、宮田さん、私この服これからも着るんですけど!?」
「いいじゃないですか、ファッションセンス0のサラリーマンよろしくどうせタンスにはそれしか入ってないんでしょう? 一枚ぐらいそれ用にしたって誰も気づきやしませんよ。牧野さんの服装なんて誰も興味ないですし」
「ひどい!」
 事実だが、事実だけにひどい。牧野はわなわなと口元を震わせて宮田を見上げたが、宮田はけろりとしたものである。それどころか先ほどからガーターベルトとやらしか見ていない。自分の知る宮田はこんなことをする人間ではないと思っていたのだが、その顔を見て牧野は、今までの発言もこれらの行動もすべて宮田の深層心理からくるものだと悟った。

 辛辣な言葉を聞かされた後も特に本人からのフォローはないままで、次に宮田が動いたのは牧野の体を反転させるためだった。
 急にうつ伏せにされた牧野は手を着こうとして体の自由が適わないことを忘れていた。初めから支えのない体は畳に倒れ込み、むき出しの局部を今度は後ろから晒すことになった。
「はい、腰上げて、膝をついて楽にしてください」
 既に宮田のスイッチは切り替わっているようだ。牧野ばかりが先の言葉を真に受けて現実についていけず、その隙に力の入らない体に座布団を咬まされ、言われた通りの体勢をあっさり受け入れる羽目になった。
「おお……絶景ですね。牧野さんのデカい尻と太ももの間、最高の眺めですよ。今まで無駄に脂肪を蓄えてたんじゃないんですね。あ、牧野さんからも見えます?」
 宮田はレースの上に載った魅惑的な尻たぶに親指を掛けてぐっと割り開き、そこに出来た隙間から奥の牧野の顔を覗いた。
「いやぁ……」
 牧野は身をよじった。絶頂の後、半端に萎えたペニスは羞恥心によって再び屹立し、牧野の腹を叩いていた。たくし上げられたガウンの内側がわずかに触れ、それにも甘い疼きを感じてしまうことを牧野は恥じた。肉を震わせてふるふると揺れる白い尻が、見えなくなった牧野の顔の代りにでもなったようだ。
「可愛くお尻振っちゃって、よっぽど欲しいんですね」
 後ろに指が入れられた。いきなり二本。当然慣らしもないのだから痛みを伴うと牧野は身構えた。
 だが予想に反して、太い指は半分まであっさり侵入した。
「うそ……なんで……」
「だから、して欲しかったんでしょう?アナル緩々にしてまで突っ込んでもらいたかったってことですよ」
「ちが、あぁあっ」
 奥に到達するのを待たずに三本目が追加された。今度はさすがにきつい、しかしその予想も裏切って、軽く指を動かされただけでアナルは容易に解れていった。滑りは足りないが挿入には十分だ。
 そこに宮田はあるものを足した。冷たいものが触れて牧野はひっと息を飲む。
「な、なに!?」
「アケビですよ」
 アケビ、なぜそんなものを、必死に顔を起こして宮田を振り返ろうとしたが間に合わず、尻のあわいで押し付けられた宮田の手のひらがアケビを易々と押し潰した。
「ひゃぁうぅっ!」
 冷たくぬめったものが粘膜の入り口でぐずぐずと崩れる、とてもこの世のものから生み出された感覚には思えなかった。生きた軟体動物が暴れているように思える。体液のような冷たい汁が尻を伝い、ストッキングに沁み込んでいく。
 中からぶつぶつしたものが出てきた。それが時折皮膚を掠め、宮田がなすり付ける毎にアナルの中に入ってしまいそうになる。牧野は恐ろしくなって何とか後ろに力を入れ、それを拒もうとした。だが先の指戯にも耐えられなかったくらい入り口は緩んでいる。入るか入らないかは宮田のさじ加減だった。
「やめ……待って、入っちゃう、入っちゃうから止めて…!」
「ああ、種が?大丈夫ですよ牧野さんがケツを締めてればね」
 それができないから頼んでいるのに、宮田もそこを触って知っていながらわざと意地の悪いことを言ってくる。
「無理ですっ、私じゃ無理だから宮田さんお願い…っ!」
 宮田はふうと息をついて、
「仕方ないですね、じゃあ俺が代わりにやりますから、」
 腹にあった座布団が取り払われ、さらにきつく尻を上げさせられた。
「後は文句言わないでくださいよ」
 そうしてアケビは離れていったが、今度は熱い舌が這わされた。

 どこに置いてあったのか、牧野は傍にアケビがあることを知らなかった。
 目覚めた時から天井しか見ていなかったから、卓袱台の上かどこかに置かれていたのかもしれない。初めから宮田はアケビをこうするつもりで置いたのだろう、自分が嫌がることも承知で、そうでなければ手慣れた動作に説明がつかない。
 完全にぺしゃんこになったアケビをどこかへ置いた宮田は、新しいアケビを手に取って牧野の左の尻に押し付けた。半壊して汁だくになったアケビは尾てい骨の上へと置き、左手で少しずつ押しながら汁をアナルに垂らすようにする。それを唇で吸いながら舌にのせてアナルの中へと送り込む。文句を言うなと言われた意味に今頃気づいても遅かった。
 とても口では形容できない音が後ろから聞こえる。牧野は顔を真っ赤にして座布団に顔を押し付けていた。赤面するほど恥ずかしいことをされている、けれど牧野の顔はそのせいではない。座布団に伏していなければあられもない声で喘いでしまいそうだったのだ。
 もう口のネジまで緩んでしまった。涎が湖のような染みを作っている。感じて感じてどうしようもない。宮田の舌が入り口から数センチのところを抜き差ししているだけで、またイッてしまう。こんな状態でイキたくない、イクならもっと奥でイキたい。
 もっと大きなもので、一番奥を抉ってほしい。
「…ひ、やたさぁん……」
「、なんですか、文句は駄目だと―――」
「ひ、れ……ひれて……」
 そこから宮田がどんな顔で挿入を決めたのかは分からない。望んだものが入ってきた瞬間、全部がどうでもよくなってしまった。
「あぁ―――――!!あ、あぁっ、ひゃめ、らめぇっ!」
 痛い。感じ過ぎて痛い。体のどこかが感じる痛みではなくて、快感を認識する神経そのものが宮田のペニスで突き刺されているみたいに痛んでいる。逃げ場のないところに追い詰められ、一か所に固まった神経を丸ごと串刺しにされているようだ。
 意識がどこかへ行ってしまいそうだ。ペニスが一突きする度に、そのまま飛んでいきそうで、でも次の一突きをされるとまた意識が引き戻されてもう一度その感覚を味わう。際限のない絶頂を繰り返している。神経が焼き切れて死んでしまうかもしれない、と思う。そんな中に宮田の声が聞こえてきた。
「できない、我慢できないから……っ、あんた見てると、ヤリたくて止まんなくてっ……でもあんたが悪いんだ、ちゃんとやらせてくれないから……っ」
 宮田と牧野のセックスは非常にノーマルだった。牧野はそれ以外を知らないのでこういうものだと思っていたが、宮田は牧野以外の女性経験がある。いつまでも無難なままではただの義務か作業に感じられてくるのも仕方がなかった。
 できれば別の体位やシチュエーションを試してみたいと思っていた。だが牧野にそれとなく聞いた時「え?宮田さんそういうのが好きなんですか?まさかそんなことしませんよね」と言ったのを聞いて、これは無理だと断念せざるを得なかった。
 望まない相手に無理などできるはずがないではないか。セックスができるだけでも有難いと思わないと―――
 それで煩悩が消えるなら世の中にソープもヘルスもおっぱいパブも必要ないと世の男性陣は口をそろえて言うだろう。だいたい宮田は口下手で、それ以前の問題だった。
 牧野がドン引きした理由は自分の伝え方に一因があったのかもしれないと宮田は思った。しかし生来この性格と口調で生きてきた宮田はそれを確認することさえできなかったのである。
 宮田は恋人が傍にいるのに一人でマスを掻く空しい日々を送り、ストレスを鬱積させていた。それを知らない牧野は、宮田が喋らないのは性格だからと自己完結させていた。二人は互いに強く想い合っていた。想い合っていたが、特別なだけに壊れやすいこの関係がこの先も続くかは誰にもわからなかった。何かのきっかけで離れてしまうかもしれない。二人ともがそれを心の奥で恐れていた。
「牧野さんっ、牧野さんっ…!」
 意識もほとんど飛び掛かっている牧野に宮田は尋ねた。
「今日が、何の日か分かりますか…っ?」
「ぅえ……?」
「今日が何の日か……答えてください…!」
 自分も苦しいのに宮田は腰を止め、牧野に覆い被さって再び問うた。
「あっ、ぁに、言って………」
「今日ですよ!今日は何の日ですか、答えるまで動かないからな!」
「ぃやぁあっ、やら、うごいて…っ」
「だったら早く!」  牧野は麻痺した脳で考え―――られなかった。思考の糸がもつれ、牧野は足を取られて転倒した。
「しら、ない……っ、わかんない…っ!」
 宮田が大きく息を吸った。ぐっと天井を見上げて、アナルに埋まっていたペニスを抜いていく。
「あっ、や、まって……やあっ!」
 完全にペニスが抜け、牧野は自由にならない体を振って泣いた。宮田が無情にもその体を引き倒す。
 仰向けになった牧野に宮田が潤んだ目をして近づいてくる。
「あ……みやたさん…おね、おねが……」
 宮田が言った。
「その言葉、二度と忘れないでくださいね……!」
 ストッキングに包まれた両足が大きく抱え上げられ、再びペニスが入ってきた。
「ひぁあああっ!ああ、ああああっ!」
「絶対…っ、忘れないでくださいね……、何の日でもないからっ……今日は誰の誕生日でもない……っ!」
 そう言ったのを最後に宮田は唇を重ね、喋るのを止めた。

 今日は自分の本当の誕生日ではない。物心ついた時から分かっていたことだった。偽りの誕生日を祝われ、相応の返事をして何となく過ごすことにも何も感じなかった。ずっとそうだった。
 けれど村を出て、村のことを知らない人間にも偽りの誕生日で祝われることをふとおかしい、と感じた。医師免許を取って戻ってきた時に牧野を見て、その感情がさらに大きくなった。
 牧野の誕生日が目立つのは村人たちが騒ぐから否が応にも耳に入ってくることだった。牧野には真実の誕生日があって、自分も本当はその日に生まれたことを祝われるはずなのに……牧野を見ながら心のどこかでそう思っている自分がいた。
 男は普通誕生日を気にしたりなんかしない。だから牧野が自分の生まれた(ことになっている)日を知らないのも無理はない。この村で誕生日といえば身内のお祝い、年寄りの長寿のお祝いでその単語を聞かされて「おめでとうございます」という時くらいなのだ。
 けれど牧野と一緒になるのなら、そのままでは駄目だった。誰かに祝ってほしいのではない。祝う気持ちは心の中に秘めていればいい。
 でも6月13日だけは―――その日におめでとうと言われると、「あんたは求導師さまとは別人なのよ」「双子だなんて勘違いしないでよ」と言われているようで苦しかった。耳元で義母が囁いているようだった。
 今日は何でもない日、何もない、誰の誕生日でもない日。牧野さえそのことを覚えていてくれたら、その時初めて牧野と本当の兄弟になれるような気がした。
 牧野の体をきつく抱いた。今日が牧野と過ごせる日で良かった。今までで一番、今日が幸せな日だ。
 宮田は舌も動かせないで震えるだけになっている牧野の唇を吸い、代わりに深く舌を差し込んだ。



 翌朝、まだ鶏も鳴かない時間帯に、宮田は拷問を受けていた。
 腹が下った。強烈に、腸ごと引きずり出されるかと思うほど最悪な下痢だった。
 下痢以外の症状はない、熱も吐き気も、何かおかしなものを食べたとしか思えなかった。そしてその原因はあのアケビ以外になかった。
「でも、どうして……これを下さったのは八尾さんですし、先に食べても何ともないって、言われていたのに……」
 戸口の前で牧野が言った。彼はトイレに篭りっぱなしの宮田を心配して付き添っていた。
 気になるからどこかへ行ってほしかったのだが、下痢に伴う体温の低下で全身が氷のように冷たくなり、それを防ぐのに体に掛けるバスタオルやホッカイロを持ってきてくれたのは有難かった。
 礼を言う気力もない自分に「いいんですよ、困った時はお互い様ですから」と牧野はやけに世話を焼いてくれている。昨日あれだけ散々なことをされたのを忘れているのだろうか?
 いいや、居間や台所はあのままなのだし、ベッドでもやらかしたから、何をされたかすぐ分かる状態になっている。忘れるわけがない。
 あのアケビは八尾の知り合いが送ってきたものだと牧野が言っていた。八尾に知り合い?村の外に知り合いがいるなど、一度も聞いたことがない。いったい誰がこんなゲテモノを送って来たのだろう。
 また強烈な刺し込みが来て、うぐっと呻いて宮田は腹を抱えた。
 クソすぎる、あの女―――!
 八尾と見ず知らずの他人に宮田は心の底から恨み節を唱えつつ、まだ当分トイレから出られそうもない。

 牧野が気づいた時、もう宮田はトイレに篭っていたのだが、牧野が驚いたのは目覚めた時の自分の格好だった。
 黒のスラックスがビリビリに破かれている。全部ではない、ちょうど腰から上と下に分けるような形で、中途半端な布きれをまとった状態である。
 これがあの卑猥な下着の正体か、どうやら自分は宮田と一緒に幻覚を見ていたようだ。原因はおそらくあのアケビ―――他の信者におすそ分けする前で良かった。自分たちが実験台になって危険性がよく分かった。
 牧野の腹は奇跡的に無事だった。宮田のように馬鹿みたいに食べなかったおかげかもしれない。
 自業自得だろう、宮田さんは―――
 二度と着られなくなった法衣と、修繕も不可能になったスラックスを脱いで、牧野は風呂場に向かった。ベタベタになった体を丁寧に拭いて着替える。その隣からドン!と壁を叩く音が聞こえた。
「……まったく仕方ないんだから」
 そう言った牧野の足取りは軽かった。



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