深淵を覗く1 | ナノ


宮牧前提の石牧




 ほんとう、とは何なのでしょうか。
 誰もほんとうというもの知らないのではないかと、私は思うのです。
 何気ない毎日の繰り返しのなかで、接する誰ひとりとて本当の私を知るものはいない、それが一つの証でしょう。
 神の代弁者たる私が、愛の言葉を吐き、救いの手をさし出す様は、この世でもっとも気高く映っているに違いありません。
 ですがその手も口も、本当はどろどろの汚物にまみれているのです。清廉で潔白のベールは求められる役柄をこなすために、ただふわりと上にのせているだけ。
 真の私がいかに卑怯で臆病で欲深いのか――――――私は懺悔したいのです。



 私が初めにそれを意識したのは中学に入ってまもないころでした。
 求導師としての将来を義務づけられた私は、幼い頃から膨大な量の眞魚教の教えを叩き込むことにすべてを費やさなければなりませんでしたが、それを苦と感じることはほとんどありませんでした。
 めいっぱいの愛情を注いでくれる父、母のように優しい求導女、二人のためには立派な求導師になることなのだと、それが彼らのしあわせだと心から信じていました。
 本当に求導師になりたいとかそんなことは考えるまでもないことでした。村への奉仕の見返りに己が愛せられるなら望んでその職に就きたいとすら思っていましたので。もちろん、他への興味がなかったわけではありません。しかし周りからはずっと腫れもののように扱われ続け、クラスでもある意味で孤立していました私が、いまさら不特定多数の友人を作れるわけがありませんでした。
 私の興味を引く話題でクラスが盛り上がったときも、気になる女生徒ができたときも、私は本当の自分を出したとき人からどう見られるのかが何よりおそろしくて、自らの殻に閉じこもるほかありませんでした。己を捨ててでも踏み出すには殻があたたかすぎたのです。結局、それらが両親の愛以上の優先事項になることはかなわないまま、私はからだだけ成長していきました。
 周囲の人間との馴染めなさに辟易していた頃のことです。私は初めて、一人の人間に特別な感情を抱きました。それは好悪や愛憎などの二見では判断しがたい感覚で、発端は私と“よく似た”見た目だったからという、なんとも単純な理由でしたが、クラスで誰とも馴染まない姿を目にしたとき「彼と自分が似ているのは外見だけではないのかもしれない」と思うようになりました。
 彼は勉強も運動もできて女生徒にも人気があり、私と違って比較的一般の家庭に引き取られたのに、なぜあえて他人を拒絶するのか分かりませんでした。
 しかし彼の家は村で唯一の診療院ですから、他人は理解できない苦労があったのかもしれません。私も、自分のことを自分以上に理解する人がいるとは思えなかったので、何だか分かるような気もしました。
 そこからはあっという間でした。私と似た顔、似た苦労、似た境遇は偶然ではない、きっと同じなのだ。彼は私と同じになる運命なのだと妄信していったのです。

 同一の個体であると感じたとき、彼が己の片割れということの真意を理解しました。理解という一語ですべてを詳らかにすることはかないませんが、ともかく私は全身でそれを感じたのです。双子にしか分からない、いえ、たとえ同じ双子であっても私とあの人にしか分からない感覚でしょう。
 私は常に彼を見、彼も私を見ていました。
 表層意識を超えた繋がりを実感できる人間がこの世に存在することを知ったときの衝撃がどれほど大きいものであったか、両親では感じられぬ『血』という繋がりの意味を悟ったのです。私にとって神との邂逅に等しい体験でした。
 近づきたいと思うのも当然の流れです。もとは一つだったのですから。痛みを抱える者同士、共に泣き笑い励ましあえる存在になりたいと願う、それは純粋な愛情でした。 その親愛がどうしてこんなに狂ってしまったのでしょうか。



 荒い呼吸をととのえるべく楽な姿勢をとり、下着から右手を引き抜くと掌にはべったりと白濁したものが付着していて、その色すら私にふさわしくないものに感じられました。
 これは私の醜さの証なのだから穢れにふさわしい色でしかるべきなのにと。もっと汚らしい色だったらこんな行為におぼれることもなかったかも知れない……いえ、やはりどうあっても止められないでしょう。それほどまで依存するようになってしまいました。 思春期から始まったこの戯れはすっかり私の日常の習慣になっていました。普通なら女子にもよおす劣情を弟に抱くなんてあるまじきこと、始めはそのような自己嫌悪でひどくおちこんだものですが、それも今ではささいなものと成り果てました。更なる深みに落ちてみればかわいらしく思えるほどでした。
 大人になるというのは自らを貶める行為なのではないでしょうか。深淵に堆積するさまざまの醜い感情の澱をからだにまとわせていくのです。

 弟との行為にふけるとき、弟はいつも私を蔑ろにぞんざいに扱います。それは侮蔑の言葉だったり手足を縛ることだったり人目につきやすい場での行為だったりするのですが、そのようなとき決まって私はいつも以上に極まるのです。
 診察室で迫られたとき、声を我慢できずにいる私の口を後ろから乱暴に手でおおわれて、それが呼吸まで妨げて苦しいのに、ひどく締め付けてしまったことがありました。
 「苦しいのがいいんですか?とんだ変態ですね」となじられたように思います。『行為』から『暴力』への変貌。弟がいっそう乱暴に私を支配するようになったのはそれからではなかったでしょうか。
 ときにためらいなく私のからだを打ち、徹底していじめ抜くのです。達する前に私を無残に打ち捨てて帰ってしまうことなどざらでした。私がどれだけ拒絶しようとも強制的に暴かれ、手当たり次第のものを含まされたり、とても言えないものを吐きださせられたりするさえありました。それにすら興奮した私はいよいよおかしいのでしょう。
 痛みを快として捉えるようになった私は常にもてあますようになりました。彼の姿を見つけるとからだじゅうが熱をもって仕方がなくなりました。彼の行く先を聞きつけると、偶然を装って彼のところへ行き、売女のように蹂躙を待ちわびました。それでいて口先ばかりの否定や抵抗で清貧であるかにふるまうのです。
 こんな私と彼との間に世間でいう愛情が生まれるはずもありません。私のことを好いてはいない証拠に、彼が私を見る目は常に冷えきっていました。それでいてギラギラと獲物を狩る直前の獣のようです。ただただ私の弱みにつけ込み、私を征服することで優越感をおぼえ満足しているのだと思います。でもそれで良いのです。私もまた被虐心を満たされ、一心同体になれることに至上の喜びを感じていたのですから。

 淀んだ空気を一掃したくて窓を開けると、冷たい風がさあっと流れて心地よく感じました。普通であればこの時間は死にたくなるほどの自己嫌悪に打ちのめされる絶望の瞬間となるのですが、あるときから私はすべてを俯瞰する第三者たる存在の声を聞くようになりました。
 羞恥心、自己嫌悪、逃避、劣情……第三者はすべてを受け入れろと言います。そしてお前の性根は変わらない、ならば正気を保つためにはこれも必要なのではないだろうか、と諭します。
 お前は後悔することで十分に罰を受けている、弟から痛めつけられるほどにお前は罰せられ、罪は赦されるのだ。
 そもそもお前の行為で実際に汚れるものは何ひとつないではないか、お前だけが穢れるなら罪ではないのだ、これも村のための必要行動なのだ、と。
 私はその天啓にかりそめの安寧を得て日々を生きながらえていました。



 ところが、私の孤独な遊戯にも変化がやってきました。数年前の夏のことです。
 神代からの呼び出しに向かう道中、泣いている小学生の女の子に出会いました。きけば川に落とし物をして見つからないというので、私はとりあえず村の駐在所まで連れていきました。
 駐在所にいたのは年配の巡査さんではなく同年代の石田さんでした。私は石田さんに簡単に事情を説明すると、泣きやまない少女を優しくなだめました。
 私は子供と話すときは目線を合わせ、隣りあうようにして威圧感を出さないよう気をつけているのですが、職業柄石田さんも子供との接し方は心得ているようで、これにお名前書けるかい、そしたら後はおまわりさんが何とかしてあげるからね、と屈んで言いました。自然と私と石田さんの距離が膝をつき合わせるかたちになり、目の前で揺れる石田さんの手の動きに私の視線は吸い寄せられていきました。石田さんの手は私とは違って日に焼けているし指も太くて、男らしくていいなぁと何気なく思いました。
 意識してしまうとあっという間に石田さんの体臭が香ってきました。鼻腔から肺が浸食され麻酔をかけられたようでした。日に焼けた手、手首から肘、袖にかくれた脇を通って厚い胸板が透けて見えてくる錯覚をおぼえました。水色の制服の下、重たそうなベルトを外してその先を探りたい、できるなら私の指で、口で、直に。
 そこまで考えてはっとしました。子供が目の前にいるというのに、私はなんということを考えてしまったのでしょう。いけない、聖職者の私がこんな思いを善良な村人に抱くなど――――――
「大丈夫ですよ、求導師さま」
 にわかに名を呼ばれ、心臓が飛び出すかと思いました。まさか心の声が言葉になっていたのでしょうか。あれだけ気をつけていたはずなのに。
 内心動揺する私をよそに、石田さんは立ち上がって「落とし物は巡回のときに探しますので、あとは大丈夫です」と曲げた左手を側頭部にぴたりとつけ、冗談めいた調子で敬礼をしました。それを見て少女は思わず笑い出し、一連の出来事を傍観していた私は遅まきながら、先の言葉は少女を励ますためのものだったことに気づきました。
 なんと子供思いの優しい方なのでしょう。その温かさに私も照らされ、先の思惟など忘れたかにほほ笑むことができました。
 少女はといえばもうすっかり泣きやんでいて、落し物の件はどうやら親に怒られると思っていたのが号泣の原因だったようで、私が両親にきちんと説明をするから大丈夫だよと言うと、安心して帰っていきました。
 手を振る少女が見えなくなったところで、さて私もそろそろ向かわなければと思い、一言ごあいさつをしてからおいとましようと、もう一度石田さんを振り返ろうとした矢先でした。
「ところで求導師さま、さっきはなに考えてたんですか?」
 石田さんの言葉は何気なくたずねる気軽さで発せられ、それでいて私の心臓を射ていました。どうして、とやっぱり、の二つの思いが駆けめぐりました。からだはコンクリートでかためられたように硬直し、引いた汗が再び噴き出してきました。
「俺のことずいぶん熱心に見てましたけど、なにか気になることありました?」
 石田さんは分かっているのにあえてもったいぶりました。私の口から言わせたいのでしょう。私は自分が醜くあさましい人間だと自覚していますが、それを人に知られることだけは絶対にあってはならないことでした。認めることはできない、しかし逃げることもできない。いま逃げたら誰に何と言いふらされるかと思ってしまったのです。
 あと一歩踏み出せば駐在所から出られるというところで、しかしからだは指一本として言うことをききませんでした。背後から足音が近づき、日焼けした二本の手が顔の横からにゅっと伸びてきました。そのまま肩に置かれ、手は首から肩をいったりきたりと撫でさする動きをみせ始めました。私は身じろぎすらできませんでした。
 誰にもばらさないことを条件に、私のからだはゆっくりと床に横たえられ仰向けにさせられました。これから何が起こるかなど愚問でしょう。
 せまい天井が広がる視界の横から何ともおかしそうな顔があらわれ、「冷静ですね。ああ、こうされたかったんでしたっけ」と声に出して笑われました。
 これが数分前に少女に笑いかけた人物なのでしょうか。それともこれが石田さんの本性なのでしょうか。石田さんも私のように皮一枚をへだてた裏でこのような願望を持っていたのでしょうか。
 どちらにせよ、腹が立つことも悲しくなることもありませんでした。やはり自分もこうなることを願っていたのでしょう。他人にまで情欲の念を抱いた理由について、私は誰にも知られず密やかに行っていた戯れでは、弟という一人の相手だけでは、もう抑えきれないところまできてしまったことを他人事のように感じました。

 床の冷たさと開いたままの入り口だけが少し気になりましたが、どうせ誰も通らない、没頭すればすぐに気にならなくなるのだからと、何も言わずすべてをゆだねることにしました。石田さんは被っていた帽子を横に置くと私の腰を跨ぎ、そこから伝わった感触に一瞬驚いたように目をしばたたかせ、その原因を察知するとにやにやと笑いました。
 性急に法衣をたくしあげ、ズボンをずり下げると下着越しに形を変えつつあるものがあきらかになりました。目にするととうとう耐えきれない様子で石田さんは顔をうずめ、においを堪能するように何度も何度も形を顔でなぞり、時折食むようなまねをしました。あらい息がかかってくすぐったくて、何より汗を書いたそこを嗅がれるなんて、恥ずかしいことをするならはやく、熱くなった目で訴えましたが石田さんは求導師さま、求導師さまがこんなにして、と呟きながらそこばかり愛でることに集中していました。
 もどかしい愛撫にも感じ入ってすっかり勃ちあがると、石田さんはようやく満足そうに下着をさげて滑稽な私の姿を少しの間眺め、それから口内に含みました。
 正直なところ技巧は拙いの一言でしたが、幸か不幸か私にはそれが快感としてとらえることができました。石田さんはその反応がうれしかったのかさらに歯を立て、まもなく私も極みを迎えました。
 石田さんは放たれたものを丁寧に舐めとり、手柄を披露する犬のように私に差し出しました。口に広がる苦味と青臭さよりも、弟以外の人間と口づけていることに、私ははっとしました。
「石田さん……っ、いけません」
「いまさらどうしたんですか?」
 とっさに何と言えばいいのか、応えに窮しました。何せからだを重ねること自体には罪の意識を感じておらず、いまさらという問いももっともです。しかしとにかくだめだという気持ちが後から後から押し寄せました。
「こんなこと……とにかくいけません……」
「誘っといて逃げないでくださいよ」
 不満げな石田さんにとりあえず落ち着きましょう、と私がからだを起こしかけると、石田さんは表情も変えず、すっと腰から真黒な手錠を取り出すと、床に置かれていた私の左手首を掴んであっという間にはめてしまいました。あまりに自然な動作だったので反応する間もありませんでした。そして上半身を再び、今度はいきおいよく押し倒してきたのです。背をしたたか打ちつけて痛みに思わずあえいでいると、手錠伝いに腕を頭上へあげさせられました。続けてもう一方の輪を事務机の足にまわし、残った右手にはめてしまいました。
 かちりという音がひびいて、駐在所には机につながれた無様な人間ができあがりました。床からわずか十センチほどのところで引っかかった手錠は上半身の自由を奪い、下半身は石田さんの下敷きとなって彼の支配下におかれ、いよいよ私は懇願するしかありませんでした。
「石田さん、はずしてください」
 願いが届いた様子はなく、石田さんはまわりを見渡して、次の展開を考えているようでした。そして目的のものを見つけたのか、私のからだを抑えつけたまま事務机の端に置かれていたペットボトルに手をのばしました。
 意図が分からず困惑する私に向かって、石田さんは何かをつまんで見せました。
「わかりますよね、これ。鍵ですよ」
 言われた通り、それは手錠の鍵でした。小さくてすぐになくしてしまいそうな大きさです。これをなくされたら私はどうなるんだろうとおそろしくなって、「お願いです、どうかはずしてください」と再び懇願しました。
 石田さんは首を左右にかしげましたが、考えているというよりこれからすることの準備運動のように見えました。そして次の瞬間、鍵を自らの口に放りこんだのです。
 あまりの意味不明さに私がぽかんとしていると、石田さんは持っていたペットボトルの水を口に含み始め、そこでようやく石田さんの目的を理解しました。
「ま、待ってください!」
 ごくり、と大きな音がして、口いっぱいに含まれた水は既に喉を通りぬけたあとでした。
 あー、と大きく開いた口のなかのどこにも、もう鍵は見当たりません。
「あ……そんな……」
「はは、これでもう一生外せなくなっちゃいましたよ?」
 では始めましょうか、今度は俺をよくしてもらいますね。石田さんは純朴な笑顔で言いました。

 熱いものが私の中心に埋め込まれています。出入りすることさえ惜しいと性器が言っているようでした。奥深くに入り込んでから石田さんは一度も腰を引きませんでした。ただ幾度もからだを揺さぶります。私は柳のように身を任せるだけです。
 汗でお互いのからだが滑りました。私は下半身だけを剥き出しにされて、大きく股を開き、それを石田さんに抱きかかえられるようにして貫かれています。時々石田さんが手を滑らせると抱え上げた足が落ちそうになり、そうさせまいと石田さんがからだを押し付けるので、私はいっそう奥を抉られて声をあげるのでした。
 石田さんが動くたび、汗が私の頬に落ちます。ぬるい雨のようでした。ぽつぽつ、ぽつぽつと私はその雨のことだけを考えるようにしていました。
「おれ、警官なんですよ?それなのに、求導師さまとこんなことしちゃって。あはっ、正義とか言いながら、求導師さまをレイプ、してるなんてっ」
 石田さんは自分の言葉でさらに興奮しているようでした。昂ぶりすぎて、語音がところどころおかしくなっています。しかし無理やりに息をつくと、やにわに
「求導師もですよねぇ、聖職者、なんでしょう?尻の穴ほじられて、こんなよくなってていいんですか?」と言ったのです。
 違う、と言いかけて己の内側がはげしく蠢いたことに私は愕然としました。その様子に石田さんは私の嗜好を理解し、より羞恥をあおる言葉を選ぶようになりました。
 私は生来の淫乱です。どんなに我慢しても気持ちがいいことを忘れることなどできません。石田さんの性器は太くて熱くて、感覚がなくなってしまうまで激しく奥を突き上げてくれました。
 まるで彼のよう―――そう思った瞬間に私のからだは終わりを迎えました。




「……さま、求導師さま!」
 耳元で私を呼ぶ声に意識が急に引き戻されました。何度かまばたきをして目の前の光景がはっきりした輪郭をかたどると、心配そうにこちらを覗き込む石田さんと目が合いました。
 気が付くと私はその場に座り込んでいました。服は一切の乱れなく、自由を奪っていた手錠も消えています。石田さんは肩を揺さぶって声をかけ続けていたようでした。
「どうされたんですか、大丈夫ですか」
 本気で心配している石田さんを見て、求導師としてあるまじき思考が原因で意識を飛ばしていたことを思い出した私は、一瞬どう誤魔化すべきか戸惑い、言い訳の機会を逸してしまいました。
 どのくらいこうしていたのでしょうか。肩から伝わる石田さんの手の熱が、さきほどの情交の名残のように感じられて、ここが現実なのか虚構なのか分からなくなりそうでした。
「わたし、いつから……?」
「ああ、あの子が帰ってすぐですよ、俺が「求導師さま、さっきぼうっとしてましたけど具合でも悪いんですか」ってきいたらふらふらーって倒れてくるんですもん、めちゃくちゃ焦りましたよ」
「それはたいへんご迷惑を…ご心配おかけして申し訳ありませんでした……」
 石田さんはようやくしっかりしてきた私にほっとしたのでしょう、気にしないでくださいと手を振りました。私も石田さんとは別の意味でほっとしていたのですけれど。
「しかし熱中症ですかね、求導師さまいつもその格好ですし。あれでしたら宮田先生に診ていただいた方が―――」
 善意であろう言葉に含まれた単語に私はどきりとしました。それ以上の追及を聞きたくなくて、飛び出すように駐在所を後にしました。石田さんはまだ休んだ方がいいのではと言いましたが、あれ以上とどまると『ぼろ』が出かねませんでしたので、どのみち限界だったのです。しかしなぜよりによって彼は宮田さんの名前を出し、私はそれを聞かなければならなかったのでしょう。
 今日の私はとびきりおかしいのです、そんな状態でもしあの人に会ってしまったら……
 とてつもなくおそろしい結果が待っているような気がして、私はためらわずに無意識の海へと感情の船を任せました。




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