ある朝の出来事 | ナノ


※軽いエロ




 目覚める直前のまどろみは心地よくて手放しがたい。
 急いで起きる理由のない日は特にそうだ。体温がバターのように溶けて一人と二人の境目が分からなくなる。
 宮田は裸の胸に頬を預けて無防備な寝顔を見せている牧野を眺めた。
 胸の動きに合わせてかすかに動く頬の輪郭、息で揺れる長いまつ毛。
 もっと見ていたい―――宮田が思った瞬間、うん、と小さな声がして寄せられていた頬が離れていく。
 ああ、行かないでほしい、こんな朝はいつも牧野が起きるまで待って、彼がどんな様子で自分を見つめるのか、自分の知らない牧野の姿を確かめるのが楽しみであった。
 ―――けれど往々にしてそんな時間は長くは続かないものだ。
 心地よいまどろみを手にしていたいと思っても、時間がたてば体温が下がっていくように、牧野と触れ合っている時間も長くは続かない。
 それでも今日は離れていくことが切なく感じられた。胸に載っていた頬が離れ、肩を抱いていた腕が離れる寸前にその指先を掴んで引き留める。

 閉じていた瞼がうっすら開いて宮田を見た。意外にも牧野は宮田に掴まれたことに驚いた様子もなかった。とろんとした目をして、ただ起きただけ、ただ体を起こしただけという感じだ。
 頭の中はまだ完全に夢から醒めていないのだろうと思った。何を言おうか考えていたわけでもない。ただおはようと言って名前でも呼んでやろうかと宮田は口を開いた。
「おはようございます、宮田さん」
 しかし先に言ったのは牧野だった。
 今にも閉じそうな目元と同じに口も大した活動をしていない。声は完全に寝ぼけ声の調子だった。
「まだ寝てていいんですよ、六時ですから」
「いえ……もう起きてます……」
 そう言ってから大きなあくびをひとつ。
「ちっとも起きているようには見えませんが」
「起きてますよ……ねぇ、宮田さん……」
 宮田の体がビクッと跳ねた。驚きで見開いた目が、シーツの下に潜り込んだ牧野の手の行く先を見つめる。
「ちょっ、と…朝から何やってるんですか……」
「んー?…こっちの宮田さんにもごあいさつです」
 ベッドに投げ出された宮田の足と足の付け根、その内側の一部が不自然に、忙しなく動いている。朝にそうなるのは生理現象だが、ここまでされて成長を促進されては生理現象の範疇を超える。
「あ……何盛ってるんですか…!」
 人によっては二十歳から、長い人は七十を迎えても、朝勃ちの基準は明確ではなく個人差が大きい。
 宮田も二十五を過ぎてから日数や勢いに変化があるか、何となく気になっているが、今のところその予兆はない。
 だからといって欲求不満なわけでも、治まるのに難儀するということでもない。自然な現象なのだから、放っておけば良いのだ。
 それを牧野は摂理に逆らって一生懸命に可愛がっている。扱かれて気持ちがいいのも自然現象だ。すべらかな牧野の指からもたらされるに感覚に宮田は腰をひくつかせた。
 ただわだかまるだけだった快感の種が牧野の奉仕によって着実に根を下ろし、血液を吸い上げ始める。ペニスがドクンと脈動すると、腰まで深く響く愉悦があった。
「シーツが汚れるっ……」
 手淫を受けながら見つめられることより、寝具が汚れることを宮田は気にした。牧野は使っていなかった左手でシーツを引きずりおろした。
 裸の下半身が現れる。宮田と、そして牧野も一切の衣類を身に着けていなかった。
 もう一人の宮田が解放を待ちわびて涙を流している様子がはっきりと明らかになった。牧野は宮田の顔にそうするようにペニスに頬を寄せ、ふふ、と笑った。
「おはようございます……宮田さん」
 牧野の口が縦に大きく開かれたと思うと、ペニスは真っ赤な粘膜の中に飲み込まれていった。そのまま飲み下してしまうのではないかと思うくらい、深く牧野は咥え込んだ。
 黒髪を掴んで宮田は息を吐いた。熱い息を逃がしても股間の熱は冷めぬまま。どろどろでぐちゃぐちゃでぬるぬるした牧野の口内。宮田は抗わず、目を閉じて味わうことにした。

 ぬるくて温かい温度、嗅ぎ慣れた柔らかい匂い、ふんわりとした素肌の感触。ペニス以外から感じられる心地も、離したくないほど良い揺らぎであった。
 五感を研ぎ澄ませよう、目を閉じたまま大きく息を吸い込んで、思いきりたくさんの空気を肺に入れる。
 肺で酸素が交換されると心臓から全身に新鮮な血液が流れ、ぞくぞくと微弱な電流のような刺激が伝わっていく。気持ちいい。
 息を吸い込むほど全身の感覚は鋭敏になる。伝わってくるのはどこまでもぬるくて曖昧な感覚。だがその曖昧さをしっかりと感じ取れる。不思議なものだ。
 宮田はその感覚に没頭した。脳が痺れてももっと求める。表情が崩れていくと分かっていても止められない、それほどこの感覚を手放すのは惜しい。できるならいつまでもそうしていたいくらい。
 けれど長くは続かない。口淫もペニスも、絶頂という終わりに向かって進んでいるものだ。
 震えるような愉悦のせり上がりを感じて、宮田は放出した。
 底のない吸い込み口にペニスを突っ込んでいるような姿が浮かんだ。喉と全身を一緒に動かして、牧野はそれが完全に力を失うまで大事そうに口に入れていた。

 全てが終わると次の感覚がやって来る。緩やかな脱力感だ。
 身も心も任せてしまおうとする流れの前に、牧野がそこから離れてくれないのは問題だった。
「牧野さん、そこで寝る気ですか」
 人の息子と玉袋を枕にして。
 からかいを込めて言ったつもりだったが、牧野は眠そうな目を向け「それもいいですね」と言い、本当に顔を載せて寝てしまった。
「ちょ……本気ですか………」
 横向きに頬擦りする形で目を閉じた牧野の胸が呼吸に合わせて上下する。
 胸が上下すると載せられている顔も一緒になって上下する。
 この微妙な圧迫感を感じながら寝ろというのか。牧野もこれだけのことをしておいてまだ覚醒していなかったのか。
 気にしようとすれば考えることはいくらでも出てきそうだったが―――宮田は万歳の体勢で本物の枕に頭を預けた。
 勿体ない、彼か俺が起きなければこの感覚はもう少し味わっていられるのだ。
 頭の隅で考えているうちに、宮田の意識もまどろみに溶けていく。
 あと十数分、至福の波に身を委ねよう。


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4/6(司郎の日)記念。
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