!注意! 某ドラマ第八話〜最終話の展開で妄想 教師SDK VS 教師牧野(魔性) ドラマ自体のネタバレあり オリジナル展開は中盤から 以前の二作品と繋がってるようで繋がってない ストーリーのヒントでもある登場人物はこちら 内容・設定等完全に捏造ですので、実際の高●入試とは一切関係ありません 以上をご理解いただける方のみスクロールしてご覧ください 受験会場から離れたこんなところにいるなんて―――そう思って呼び止めた受験生は、牧野の呼びかけに「トイレに行ってきました」と答え、そのままクラスに戻るかと思いきや、今度は自分に「訊きたいことがあるんですが」と言ってきた。 「なんですか」 牧野は教師然とした態度で向き直った。 「今年の桜は、いつ咲くと思いますか?」 受験生徒は胸まである長い黒髪が印象的な美しい少女だった。少し肌寒い空気が階段の踊り場を抜けて彼女の髪をさらりと揺らす。 「さあ……3月21日じゃないかな」 少し考えて、牧野は質問の意味を自分なりに解釈してそう言った。 彼女は「そうですか」と二、三度うなずいたが、表情は硬く、納得したという感じではない。 「合格発表の日だろう」 頭上を飛び越えるように聞こえてきた声に牧野が振り返ると、別の受験会場から戻る竹内だった。自信に満ちた顔を見て、合格発表の日―――そうか、と牧野はその意味に気がついた。 「ありがとうございます」 彼女もその答えを待っていたようだった。頬を上げてはにかむと、失礼しますと階段を上っていった。 踊り場から彼女が見えなくなるまで、牧野は後ろ姿を見つめていた。 これから本当に何かが起こるのだろうか。 入試は、無事に終わるのだろうか。 「ここは立ち入り禁止です」と言った八尾の声も聞こえていないのか、同窓会長である太田は唾を飛ばしながら激しい口調でまくしたてていた。ともすればふとした拍子に校長室へと入ってきそうな雰囲気である。 「お待ちください!」 八尾は声を大きくして叫んだ。 身を挺して侵入を阻むように、扉から身を乗り出した太田の前に立ちはだかる。 「ここには入試に関するデータが揃っているので、部外者の立ち入りは固くお断りします。いいえ、ここだけじゃありません、速やかに校内からお引き取り下さい」 淡々とした口調ではあったが、頑としてこの場を譲らない絶対姿勢で彼女は対抗した。太田は八尾の剣幕に一瞬たじろぐ。 だがそれでも太田は引き下がらなかった。相手の勢いに負けじと語調をさらに荒くして、虚勢を張る意味なのか恰幅の良い胸を反らせる。 「何を言う、部外者じゃないだろう。俺は答案用紙を見つけてわざわざ届けてやったんだぞ」 「立ち入り禁止の校内に無断で入って来て、校内にある物を見つけたからと言って関係者になり得るわけではありません」 「何だと?それに、俺は試験中に携帯が鳴って迷惑を被った受験生への対応について確認しにきたんだ」 「その問題は、今ここで一受験生の保護者に個別にご説明するようなことではありません」 太田の勢いに太刀打ちできるのは八尾だけであった。高遠も名越も彼が同窓会長という肩書をもち、さらに校内でも有名なクレーマーだということですっかり気圧されている。 岸田百合と須田は、校長室のある廊下からは死角になっている角に隠れ、一連の様子を傍観していた。 「これ…どうなっちゃうの…?」 「さあ……でもとりあえず俺は、職員室の皆にこのことを伝えてくるよ」 百合は小さく頷いた。 「分かった、じゃあ私はここで様子を見てるから」 向こう側の彼らに気づかれないように、須田は慎重にその場を後にする。 だがせっかくの気遣いもあまり意味がなかったかもしれない。なぜなら騒ぎの中心人物は、廊下どころか外にまで響き渡る大声で喋っているのであった。 「中に入れたくないのは分かるけど…あんなに大声で文句を言わせるのもどうなのかしら…」 実際に外に出て確かめたわけではないが、そんな百合でも心配になるほどの大声だった。 そして懸念通り、校門側に面した廊下の窓の向こうには、何者かの人影が中の様子を窺うようにうごめいていたのである。 須田の報告を受けた職員室では、渦中の英語の答案チームが車座にそれぞれの椅子を寄せて集まり、騒動の行く末について思い思いのことを雑談していた。 「ところで、牧野先生はどうして呼ばれたんですかねぇ?」 安野が首を傾げる。 「今問題になっているのは、試験中に鳴った携帯の件だから、試験会場2の責任者として呼ばれたんじゃないだろうか」 竹内が答えると、安野は 「でも、いくら人望の厚い牧野先生でも今回の件で処分されたらひとたまりもないですよねぇ」 と言って、コーヒーを啜る。 竹内はじろりと安野を見やり、他人事のような言い方を暗にたしなめた。 この学校を去らなければならない事態かもしれない、且つこれは同じ職員として誰に起こってもおかしくない事態である。 これは決して対岸の火事などではないのだ。 「ねえ、私もう帰っていいかしら?私が呼び出されないってことは、もう帰っていいってことよね?」 そわそわと周りを見渡していた喜代田が言った。自分がいつ校長室に呼ばれるか、気が気でなかったのだ。 「それでしたら、太田さん、娘のともえの英語はほぼ満点だと分かったと言っていましたよ」 宮田の言葉に喜代田は手にしていたコーヒーを吹き出した。 「うっわ!」 「汚なぁい」 向かいにいた永井と安野が慌てて避ける。 「なんですって!?どうしてそれを早く言わないの!」 「確か…太田会長は交換留学生との交流会で英語挨拶ができるほど英語が得意だと聞いたことがある」 竹内によると、太田恒雄は見かけによらず英語ができるらしい。問題を知らなくても書いている文章や単語が正しいかどうか判断できたのではないかという。 「もう、あとから出てきた方を55番にすればいいんじゃないの?」 喜代田の指が机を叩く。事態の収拾より責任逃れと早期帰宅が最優先事項だということが見え見えである。 「じゃあ46番の英語の答案はどうするんです、紛失したまま0点扱いにするんですか?」 それは―――喜代田は宮田に言い返そうとしたが、顔をしかめて黙り込んだ。 「それはやっぱりまずいだろう」 竹内が言った。 「筆跡からみても、後から出てきた方が46番の答案に間違いはない」 「0点でいいんじゃない?後から出てきた答案が本当に46番のものだったとしても、受験番号が書いてなかったんだから」 「いやいや、“書いてなかった”わけじゃなくて“55番”て書いてあったんすよね?」 永井の台詞に全員が言葉を詰まらせた。 そうなのだ、件の怪しすぎる答案用紙―――それが事件が混迷を極める原因になっている。 やがて全員が沈黙した。 宮田も顎に手を当て、考えを巡らせていた。 それからややもあって再び口を開いたのも、やはり宮田であった。 「もしかして…推測ですが、あの番号は太田さんが書いたのではないでしょうか」 どういうことだと、他四名の視線が集中する。 「つまり、46番の答案用紙は試験終了後から採点開始までの間に紛失したんです」 答案用紙が勝手になくなるとは考えられないから、どこかの段階で誰かの手によって抜かれた。 その誰かは答案用紙を第一校舎の玄関脇の窓に貼り、それを偶然太田同窓会長が見つけた。 同窓会長が再び学校を訪れたのは、試験中に携帯が鳴ってしまった娘の英語の点数についてで、おそらく、娘のともえはあまり英語ができなかったことを携帯のせいにして、父親に報告したのではないだろうか――― 「一目見て満点に近いと分かるテストの受験番号欄が白紙なら、うっかり娘の受験番号を書いてみたい気になりませんか?」 通常ならばあり得ない。普通の人間ならそうはならないだろう。 だが相手は“あの”同窓会長だ。想像するとやりそうに思えてくるのである。 宮田が披露した推理にはほぼ全員が一定の理解を示した。ほう、と感嘆のため息まで聞こえた。 ただし約一名は、皮肉を込めて手を叩いて言った。 「見事な推測ね。太田さんならやりそうだわ―――でも、宮田先生。それを本人に言えるの?」 向けられる疑いの視線。 「必要とあらば」 「でもどこにも証拠はないのよ?名誉毀損で訴えられたらどうするの?正論はこの際どうでもいいのよ、銃弾を受ける覚悟のない者は攻撃を受けない方法を考えなきゃいけないのよ?」 「俺は覚悟しています」 「これだから海外組は分かってないわね、銃弾は責任者の私に飛んでくるの!」 喜代田は胸に手を当て、ヒステリックに叫んだ。 答案用紙が紛失したという騒ぎが起こって以来、彼女を感情的にさせている最大原因はそれだった。 不備がどこで起きたかによっては、回答チームの責任者である喜代田に全ての責が負わされる可能性が出てくる。 宮田の推測は喜代田の管轄で起きたということを証明してしまうことにもなりかねない。 そしてもしそれが事実なら、答案用紙を紛失したのが床にばらまいた永井でも、答案をつけたのが宮田でも、喜代田の責任になってしまうのだった。 喜代田は納得がいかなかった。管理職候補として、来年度の試験を受けるつもりでいたのに、それらが全ておじゃんになってしまうではないか。 喜代田は周囲に威嚇のオーラを放ち、キッと宮田をにらみつけた。 しかし宮田は目を細めただけで、あっさり視線を受け流す。女性にも修羅場にも慣れている宮田にとってそれは少しの脅威でもない。 とはいっても、喜代田も決して後輩教師相手に本気で激昂しているわけではなかった。それを知っているから竹内や永井なども何も言わない。 安野の声が二人の間に割って入った。 「もしかしてぇ、今回の『入試をぶっ潰す』宣言って、学校を無闇に混乱させようとしてるんじゃなくて、明確に誰かをターゲットにしてるんじゃないですかぁ?」 ピタリと全員の動きが止まった。それぞれの視線が交差する。 安野は喜代田の言った避けるべき銃弾を撃ち込む動作を、手指を拳銃の形にして向ける。 「まさか…私に向かって…?や、止めなさいよッ!」 本人は冗談で言ったつもりらしいが、受け取り手の喜代田は本気で顔面を蒼白にした。近づいてきた拳銃を慌てて振り払う。 「いや、でも違うんじゃないっすか?」 言ったのはずっと黙っていた永井だった。 菓子パンを食べ終えて、平たくなった包み紙をくしゃくしゃと丸めてプラスチックのごみ箱にぽいと投げ入れる。 「どういうことだ?」 竹内が尋ねると、永井は「これ」と言って、携帯を全員から見てちょうど真ん中の位置に差し出した。 「明らかに今、校内にいる人物が描いたと思われる書き込みがあったんすよね」 「まさか……」 普段は冷静な竹内の声にもわずかな動揺が混じっていた。 2013/03/15(金)21:41:11 教師一名、事情聴取へ。 その間に三名が脱出! 「疑いたくないっすけど……これって受験生が先導しているように見せかけて、実は職員が書いてるんじゃないんすか?」 それは想像したくない展開だった。 誰もが犯人は学校関係者以外の者だと思っていた。職員が犯人ならば自分で自分を貶めることは立場を危うくするだけだからだ。 炭で書きなぐられた「入試をぶっつぶせ!!」という言葉が、呪詛のように甦る。 職員であるなら、ただのいたずらではないということになる。だが誰が、何のために――― 考えるまでもなくあり得ないと打ち消していた可能性が、現実味を帯びて各々の心中に不安と焦りを生み出していく。 これはもう学校に対するクーデターなのだ。 永井の台詞は職員室の中に言い知れぬ不穏をもたらし、仲間であるはずの職員同士の間にまで緊迫した空気が漂い始めていた。 校長室に動きがあったことを報告しようと、百合は廊下を駆けていた。 須田が戻ってこない以上、自分が伝達する役目であると思ったのだ。 それは職務を全うしようという純粋な義務精神ではなく、野次馬根性とでもいおうか、他人の苦労を横で見て人知れず優越感に浸るような、やや歪曲した感情であると言わざるを得ない。 だがそのおかげで職員室の答案チームは刻々と変化する状況から取り残されずに済んでいた。 今は誰もが自分のことで手一杯で、他者の行動に気を配る余裕がない。 なので根拠が多少不純であっても、情報の共有はありがたいことだった。 しかしその途中、百合は職員玄関前で三上隆平と職員室に行ったはずの須田と出くわすことになった。 「あれ……どこ行くんですか?須田先生、さっきのことは?」 「ああ、岸田先生、職員室に報告はちゃんとしましたよ。今はとりあえず腹ごしらえにコンビニでも行こうと思って」 「…いいんですか?」 百合は三上に尋ねた。 それが須田に向けてではなかったのは、彼の方が年長者であり、入試の件が片付くまで出入り禁止という禁則事項を知った上で外出するならば、三上の意見を聞くべきだと思ったからだった。 訊かれた方の三上は、人の良さそうな笑みを浮かべ、 「うん、どうせ私たちは英語の答案とは関係ないし」 百合ちゃんもお腹空いたでしょう?と言った。訊かれれば、昼以降何も口にしていない腹がぐうと音を鳴らす。 「あっはは、ねえ岸田先生も行きましょうよ、どうせ向こうに大した変化はないでしょ」 須田も賛同する。しかしその一言で百合は立ち止まる寸前のことを思い出した。 「それなんですけど―――」 ところ変わって名越、高遠、八尾と同窓会長の太田の四名は視聴覚室へと向かっていた。 入り口で怒鳴っている太田と対応に苦慮している職員の様子が掲示板に実況されていた。 そのことに気がついた高遠は、校長に耳打ちして誰も入って来ない、誰にも聞かれない場所へと移動することを提案した。 問題の解決もなしにそのまま締め出されると思った太田はそれにも激しく異を唱えたが、八尾が試験会場の監督者である牧野を同席させることで、しぶしぶ納得した。 百合はそのことを伝えようとしていたのであった。 三上の提案に嬉々として便乗し、鼻歌交じりに靴を履きかえていた須田は、百合が牧野の名を口にした瞬間、顔色を変えた。 「俺、やっぱりそのこと伝えに行ってきます」 「え?それなら私が、」 「いえ、岸田先生は三上先生と一緒に行って来てください。俺じゃみんなが何食べたいかとかよく分かんないし、三上先生も一緒に行くなら男より可愛い女性の方がいいっすよね?」 百合と顔を見合わせた三上は「また、君は調子がいいんだから」言い、まんざらでもなさそうだ。須田は百合に片手で拝むような動作をして、 「ね、じゃあ岸田先生お願いしますよ」 「うん……」 腑に落ちないという顔をしつつ、百合は頷いた。 「よかった、じゃあお願いします。みんなには俺が上手く言っときますから」 須田は靴を仕舞うと、一段高いところに居た百合と場所を代わった。 まだよく分からないという様子の百合と財布を持った三上が玄関を出たのを見て、須田は踵を返して歩き出した。 職員玄関から死角の位置に入ると、急に靴先の向きが変わる。行く先はもちろん、職員室などではなかった。 視聴覚室に行く途中、須田はある人物と出会った。 その人物は明らかにここにいるはずがない人物である。 なぜという疑問を須田は飲み込んだ。理由は分からなくても、彼と対峙するために一人になったのだから、これはまたのないチャンスであった。 誰もいない二階の男子職員トイレに、須田とその人物はやって来た。 「先生、俺の話を聞いてもらえますか」 相手は須田の言葉に頷いた。 手洗い場の数と同じ、二つの鏡の片方の前に立って、須田はその中に映りこんだ自分自身に向かい合った。その横に、いつもの表情で自分を見つめる相手がいる。 須田には試験が始まってから言わなければと思っていたことがあった。それは試験より遥か以前から始まる自分の物語だ。 誰にも言わずに心の中に仕舞ってきた出来事と思いをこの人に伝えたい、そして理解してもらいたい。なぜ俺があなたを呼び出したのかということを。そしてこれから何をしようとしているかということを。 須田はゆっくりと語り始めた。 須田恭也はこの羽生蛇高等学校にずっと憧れていた。 小学生の頃から運動は苦手で、歌や縦笛も不得手であったけれど、勉強は……特に算数だけは誰にも負けないくらい大好きだった。 しかし「ゆとり教育」などという、勉強が出来ない生徒に足並みを揃えるような授業は、知識欲にあふれた須田少年にとっては、ちっとも楽しいものではなかった。 勉強が好きな人たちだけが集まる所で思い切り算数を、数学をやりたいと思っていた。 だから羽生蛇高校に入りたい、そのためには好成績を収めなければならない。中学に入ってからすぐに羽高を目指して勉強を始めた須田は、そのせいでクラスから孤立した。 「ガリ勉」と呼ばれ、イジメの対象にさえなっていった。 それでも高校に入ることができればと須田はひたすらに勉強を続けた。だがイジメが原因で精神的な身体症状が現れ始めたのはまもなくのことだった。 勉強にさしつかえるほどの身体症状に、通院先の医師から処方された薬は集中力や記憶力に影響が出るものだった。仕方なく薬を飲んだものの、須田の成績はみるみる落ちていった。 しかし須田は諦めず最後まで懸命に勉強を続けた。だが結局内申点で羽高には届かず、担任には別の高校の受験を薦められ、親には「金がないのに危ない高校を受けるんじゃない」と怒られた。 どうして、俺はただ羽高に行きたいだけなのに――― 結局須田は自分の意思とは異なる低ランクの高校を受けざるを得なかった。 入試当日、問題用紙を開くと、どの問題も明確な答えが浮かんできた。 書くスピードが追い付かなくなるくらい、得意な数学だけじゃなく、苦手な英語や国語も、単語や構文がすらすらと出てきて、解けない問題など一問もなかった。 しかしそうして問題がスムーズに解ければ解けるほど、須田の胸は苦しくなっていった。 「……なぜだか分かりますか」 鏡越しの須田には当時と同じ悲痛な表情が浮かんでいた。 「羽高を受けていても合格したんじゃないかという確信が強まっていったからです」 自己採点の結果、須田の5教科の平均点は94点だった。 けれど須田は望みをかなえることができなかったのだ。 「入試をぶっつぶすなんてとんでもないことです……だけど、俺はもしかするとこの件には明確な目的があって、成功すれば高校入試という制度自体が何か良い方向に転じることになるかもしれないって…そう期待を抱いている部分もありました」 須田はくるりと振り返る。 「だけど……今は全くそうは思えない、一体何がしたいんですか?はっきりと説明してください―――牧野先生…!」 ここが二人きりのトイレなどではなく、大勢が見守る職員室であったなら、騒然としていたところであっただろう。須田はまっすぐ指を指していた。 用具箱に軽くもたれ、腕を組んで黙って聞き入っていた牧野は、向けられた人差し指越しの須田を見返して、軽く顎を上げた。 「何を説明しろと?」 優しい口調と穏やかな雰囲気で生徒たちから人気を集めている“牧野先生”とも思えない、冷徹さだけでできた声だった。 いつも目を細くして笑顔の絶えなかった顔が凍てついた瞳と能面のような無表情で聞き返す。 須田の背筋が凍った。窓もドアも閉め切っているのに、牧野がまとう雰囲気を変えたと分かった途端に直感した。 牧野は須田と話す前と比べて全くの別人になっていた。須田がわずかに姿勢をかがめ、無意識に身構える体制を取ったのを見て、嘲りの微笑を浮かべる。 「私が何をしたと言いたいんですか?」 須田は引き下がりたい思いを懸命に押しとどめ、自分が考えていることを話すことだけに集中した。 「は…貼り紙です。これは矢倉が自分でやったとは言っていません」 矢倉市子は、在校生にも関わらず規則を破って校舎に忍び込み、絶えず校内の様子を窺いながら例の掲示板に入試の様子を実況中継していた。 巡回していた竹内に見つかって事の次第を白状させた後、厳重注意をして現在は下校している。 「俺は、昨日の会場準備の時にキーボックスを開けたら、二年生の教室の鍵が全部なかったのを覚えてます。そして、みんながもう教室に行っていると思って上がった時に牧野先生が一人で何かしているのを見たんです」 牧野の脳裏に前日の朝のことが思い出される。牧野が見た時は周囲に誰もいなかった。 「その後職員室に戻ると牧野先生がいて、キーボックスを開けると鍵は全部揃ってました。いったい…何をしていたんですか?」 牧野は答えず、体の位置を変えて首を軽く鳴らした。切羽詰まっている須田とは反対に余裕ぶった態度である。須田の方が威圧感に当てられて、心臓が馬鹿みたいに早く鳴っている。 回し終わった首が須田の方を向いて、牧野は言った。 「質問返しは反則かもしれませんが、私からも質問させてもらえませんか?」 「…どうぞ」 「須田先生はこの事件に関わっていないんですか?」 「俺は知らないです、何を根拠にそんな…」 「そうですか」 牧野は前髪を掻き上げた。普段は真ん中できっちりと分けられ、耳に掛けて少しの乱れもない髪型が解かれると、無防備というか、いつもの真面目ぶった牧野と違って粗野な印象を見る者に与えた。しかしその方がむしろ今の彼の言動には近い風貌だった。 須田は固唾を呑んで次の言葉を待っている。 牧野は前髪を完全に下ろすとやはり邪魔だったのか、一部を耳にかけ、やれやれといった風に息をついて顔を上げた。それは意外にもさっぱりとした表情であった。 「貼り紙をしたのは私じゃありません。でも、事件に加担していたことは認めます」 表情と同じようにあっさりと牧野は自分が犯人であることを認めた。 「どうして、こんなことを…」 須田は牧野に歩み寄ろうとした。問い質したいという思いからくる無意識の行動だった。しかし黒い瞳にまっすぐ見つめられると足は動かなくなり、倒れるようにして個室の壁に寄りかかった。 いつの間にか目頭が熱い。須田は涙を零さないまでも、目元を赤くして胸を押さえていた。牧野が犯人という真実が思いのほか須田の心に重くのしかかっている証拠であった。できれば信じさせてほしかった、須田はつぶやく。 一瞬、牧野の瞳にふっと切なげな色が宿ったように、須田には見えた。 彼も後悔しているからだろうか、そう思うことで牧野の犯行が愉快犯のそれではないことを須田は信じたかった。だからまばたきをしてその顔を確かめようとした。けれど牧野はもう元の隙のない表情に戻っていた。 須田がそれを残念に思った時である。ジャージをまくり上げている腕が唐突に引かれた。そして次の瞬間、二つしかない個室の奥の方へ、須田の体は押し込まれた。 拒絶という動作は間に合わない。鍵の締まる音にハッとして目の前に意識を戻すと、須田は狭い空間内で拘束されていた。 「牧野先生!?」 その拘束は柔らかく、首には牧野の腕が、眼前には自分より数センチ背の低い牧野の顔が、須田の体を引き寄せるように抱きしめていた。 「須田先生」 牧野の声が吐息の届く距離で聞こえた。須田はどもる言葉まで飲み込み、ごくりと喉を鳴らす。 「抱いてください」 「え…!?」 耳を疑った。 「好きだったんでしょう、私のこと。抱きたかったんでしょう?」 「こんな時に何を―――」 温かいものが唇を覆った。温かくて湿った、ぬるぬるしたものが言葉を紡ごうとしていた唇の隙間からいとも簡単に入り込み、口内を埋め尽くした。 「んーッ、んッ、っぁ……」 何も考えられなくなる牧野とのキス。舌の感触、生々しい匂い、性欲を煽り立てる動き。牧野を引きはがそうとした腕は、激しい口づけと擦りつけられる肉体の狭間ですっかり力を失っていた。 興奮しろと言わんばかりの舌使い。歯列から歯茎をなぞり、奥まで差し込まれると自然と唇が迎えるように開いてしまう。 逃げるように縮こまっていた須田の舌も、獲物を求める牧野の舌の前にはすぐに見つかり捕まってしまった。 絡み合う蛇を思い起こさせる濡れた物同士の絡まり合いがジュルジュルと卑猥な音を立てる。舌の奥、喉の奥まで我が物のように埋め尽くされて須田は息ができなくなった。 とろりと流れ込んでくる何か。牧野の唾液だと分かる頃には、ごくりとそれを飲み込んでいた。 飲んだ、牧野先生のもの、牧野先生の一部を―――須田の全身に痺れる快感が走った。浮き上がった腰を牧野に押しつけてしまうのも止められなかった。 舌で直接脳を弄られているように意識がとろけていく。口内から四肢にかけて、力が徐々に抜けていく。 牧野は自分が跨るように、須田の腰を便座に下ろさせた。 二つの体に挟まれてきつくなる下腹。牧野は気づいているに違いないと思った。キスで半分以上勃起した情けないペニスの様子を分かっていて、なおも体を擦りつけてきているのだ。 しかし抗う術もなかった。上からだと牧野の体重でさらに密着することになり、引き剥がすためとはいえ、一度でも自分から体を押し付けることはできなかった。 「はぁ、ん、あん、ぁ、」 牧野は須田が興奮するようにわざと媚びた声を漏らした。吐息と、首筋から香る匂いと、甘ったるい声。苦笑するほどあからさまな反応の方が若い男には効果的だと牧野は知っていた。 背中から股間に手を持っていくと、ジャージ越しの須田がいきり立っている。 嬉しいくらい素直だ。素直すぎて、こんな露骨な誘いにも抗えない―――そうでしょう? 牧野は薄目を開けてキスに感じ入っている須田の表情を眺めた。そしてゴムと紐くらいしか守るもののない履物の隙間へ、右手を侵入させた。 須田は一瞬、驚いて体をびくつかせたが、牧野の指が触れたことには嫌がらなかった。 もう片方の手を須田の腰に回し、ズボンを脱がせるように引っ張ると、須田は何も言わずに腰を浮かせた。ジャージが腿の辺りまでずり下がる。 熱くて勢いのある須田のペニスは、軽く握ってやっただけでさらに硬くなった。それをもっと育ててやる。上下にしごいて、親指を鈴口に当ててやったりする。あまり強くすると慣れない者には刺激が強すぎるので優しくなでるように、すると少し湿ったくらいだった先端から先走りがどんどんあふれてきて、牧野の親指はふやけたようにしとどになった。 「はっ、あっ、牧野、せんせっ、」 双方から与えられる快感に耐えきれなくなって、須田は唇を離した。 「ふふ、気持ちいいでしょう」 「はい…っ」 「素直な人は嫌いじゃないですよ」 もっとしてほしいでしょう?熱に浮かされた瞳を瞼の間から覗かせる須田に、牧野は艶然と微笑んだ。魅入られたようにうっとりとして須田は頷く。 「いい子ですね」 上唇をぺろりと舐めてみせた動作に、須田の視線は集中した。快感にも行為にも素直ないい子、牧野は口角を上げて、褒美として舌を差し出してやった。 まもなく須田が吸い付いてきて、再び口づけが始まった。今度は先ほどより緩やかに、リードも須田に許してやる。息を吸うのも楽になったことで、須田にも余裕が生まれたのか、自分からも舌を絡ませ始めた。 下では牧野の手が愛おしげに須田のペニスをしごいている。肥大してくるにつれて、雁首の笠の部分がはっきりと膨らんでくる。牧野はくびれたそこを親指と人差し指で輪を作って挟み込み、指を前後してくすぐってやる。 「はぁあっ、あっ、」 喘ぎ声を漏らそうとも、二人はキスを止めなかった。荒い息はどちらのものとも知れず、顔の境目をさまよう。 「い、イク、牧野せ、……っ、もうっ……」 濡れた音が個室の壁にぶつかって反響し、声も職員トイレの外まで聞こえているかもしれない。牧野は須田の限界を知って大きく口を開き、呆けた舌を飲み込むくらい強く吸いながら手の動きも激しくした。最大まで膨れ上がったペニスが絞り上げられる。 「ん、んん―――ッ!」 熱い飛沫が牧野の手に吐き出される。牧野はペニスに手を添えて、片手で全てを受け止めた。掬うようにくぼんだ手の中心に青臭い乳白色が溜まる。 牧野が最後の精液を扱き終わって手を離すと、急に脳が冷たくなってきた。 須田は正気に戻り、蒼白になった。慌てて牧野の体に触れていた手を離す。 「牧野先生……!」 「なんですか?後悔しましたか?」 「こんなことで俺を口止めするつもりなんですか……」 「別に。してほしいと思ったからしてもらっただけです」 「非常識です、こんなの……っ、」 ちょっと抜けた元気のいい後輩教師と優しくて面倒見のいい先輩教師というのが二人の相互関係だった。その牧野に須田は恋心を抱いた。 だからこそこんな形で結ばれたくなかった、誰よりも牧野先生を尊敬していたのに―――須田は悔しそうに唇を噛んだ。 牧野は便座に着いていた片膝を戻し、ドアを背に須田を見下ろした。 「あなただって乗り気だったじゃないですか。ねえ?須田先生」 「それは……まさか、共犯にするつもりですか…」 ふふ、と笑う声。 「なってくれるんですか?」 「冗談でしょう……俺は牧野先生を止めたくて呼び出したんですよ?そんなこと聞くわけないって、分かってますよね?」 「……そうですね」 牧野の右手に載せられたままの精液が滑稽だった。 自分の過ちを示すそれを、須田はなるべく視界に入れないように話していたが、これ以上話をしても無意味だろうと思った。 もう傍にいても自分の意志は牧野に伝わらない。だからそこをどくように言うつもりであった。 しかし牧野は満たされない欲求に発情した女が誘うような、妖しい笑みを浮かべ、 「終わっていませんよ、須田先生。まだ―――まだこれからです」 勢いよく自らのズボンを下ろした。 → back よく分からないストーリーのための登場人物紹介 (※実際の設定をさらに捏造しています) 牧野慶(試験会場2担当責任者/社会科教師/海外留学経験あり) 岸田百合(父母担当教員/音楽教師/永井が好き) 永井頼人(英語答案チーム/体育教師/市子・百合に言い寄られている) 竹内多聞(英語答案チーム/社会科教師) 須田恭也(試験会場2担当教員/数学教師) 安野依子(英語答案チーム/美術教師) 宮田司郎(試験会場2担当教員/英語答案チーム/生物教師/海外留学経験あり) 三上隆平(父母担当責任者/国語(古文)教師) 喜代田章子(英語答案チーム責任者/現国教師) 八尾比沙子(入試総合責任者/情報処理教師) 高遠玲子(校長の補佐) 名越栄治(校長) 前田知子(77番/試験中に携帯が鳴り過呼吸で退室) 神代美耶子(46番/羽高より高ランクの学校に合格済) 三上加奈江(59番/三上隆平の養女/ともえのいじめを受けている) 太田ともえ(55番/同窓会長の娘/試験中カンニングをした) 矢倉市子(在校生/永井が顧問の部のマネージャー/永井が好き) 太田常雄(55番の父/同窓会長) 小説本編へ |