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 異界羽生蛇村、比良境――

 旧宮田医院内で牧野は立ち往生していた。
 彼が身を隠すのにへばりついている壁の向こう側にいるのは、鎌を所持した半屍人。
 その数たったの一名。
 こちらに背を向けている今ならば、たとえ近づいても気づかれまい。
 刃物に対して牧野が持っているのは偶然見つけた鉄パイプ。殺傷能力は鎌に劣れども不意を突けば決して弱い武器ではない。
 正面からではどうしても怯んでしまう牧野でも、あるいは彼奴を昏倒させることも可能なのでは――
「無理ですね」
「宮田さん!?」
 こちらの思考を読み取ったかのようなツッコミと共に、先ほど二手に別れたはずの宮田があらわれた。気配も悟らせず、気付けばぴったり背中にくっついていた宮田に、牧野は別の意味で驚いた。
「今、自分でもアイツを倒せるんじゃないかと思ったでしょう」
「え、ええ」
「無理です」
 遠慮のない言葉に牧野はガァンとショックを受けた。
「どっ、どうしてですか!?今回は――今回なら、間違いなくいけそうな気がするんです!」
「そんな一昔前の詩吟芸人みたいなこと言っても無理なものは無理ですよ。たとえ何度生まれ変わっても」
 そう、じつはこの二人、数えきれないほどのループの果てに記憶を引き継いで転生した双子なのである。
「100回目だろうと1000回目だろうと、牧野さんはどこまでも牧野さんですからね。同じ轍を踏みまくってわだちがマリアナ海溝レベルの深さになっても、おそらく同じことを繰り返しますよ」
「ひどい!」
 見下すにしても遠慮会釈ない言われ様である。普段温厚な牧野とてそれには異議を唱えずにいられない。
 自分がヒロインにならんで本編中最弱キャラとの評判は風のうわさに聞いて知っていたが、そうはいっても何度巨乳ナースにスコップで殴られ、何度巨乳じゃない一般村人に首を絞められたと思っているのか。
 優柔不断な牧野とて彼らの行動パターンや対処方法を学ばないわけではないのだ。
「じゃあどうぞ。アイツはまだ向こうを向いてますから、行ってみればいいでしょう」
 そう言うと宮田は、牧野にくっつけていた身体を離し、隠れていた角から牧野を押し出し始めた。
「ちょっ、ちょっと、やめ……やめてください!」
 ぐいぐい肩を押されて屍人にあやうく見つかりそうになった牧野は、慌てて身体を反転させて宮田の後ろに隠れた。
「心の準備とか……まだできてませんから」
 何を言うかと思えば、人を盾にして出てきたセリフがそれ。こりゃ今世どころか来世でも出来そうにないと宮田は無表情のままに思った。

(宮田さんみたいにできる人は簡単そうに言いますけど、こういう時、焦るのは逆に良くないんです。要はタイミングが大事なんですよ。そう、それはもうこの病院で死ぬほど死んで私は理解したんですから!)
 汗ばんだ手を法衣の裾でぬぐって、牧野はふたたび鉄パイプを身体の前に構えた。
「……」
「……」
「で、いつになったら行くんです」
 へっぴり腰で向こう側を凝視したままいつまでたっても動こうとしない牧野に、呆れ顔の宮田がツッコんだ。
「もうすぐです!あと一回、あの人が折り返した後で……」
 そう言ってその足が前に踏み出すのにあと何時間かかるのか。
「ああ、なんでこんな時に限ってちょっとだけこっち向いてるんですかね……ちゃんと向こう向いて!じゃないと行くに行けないんですってば!」
 たぶんあの屍人が完全に向こうを向いたとしても、今度は「用心のためにあと一回だけ様子を見ましょう」とか言い出しそうである。すっかり傍観者の宮田は反対側の壁に寄り掛かって暗い天井を仰いだ。
「だいたいおかしくないですか?双子なのに私だけ所持品がロープと八尾さんのヴェールって……ここで拾った鉄パイプ、この後どこいっちゃうんですか?」
 現在地から飛び出す気配もなく、牧野はなにやらぶつぶつ呟いている。
「現実逃避はいけませんよ、牧野さん」
「せめてこんなに非力ならその分、増援がいてもいいと思うんですよね」
「だから俺がいるんでしょう」
「そういえば昔見たマンガにそんな便利アイテムがあったような……」
「無視ですか」
「たしか鼻を押したら、押した人と同じ風貌になるっていうロボットがいたんですよ」
「〇ーマン知ってるんですか牧野さん」
「そうですよ、あれが四つくらいあったら私だって屍人さんの一人くらい……」
「無理です」
「ええっ」
「今、コピーロボットが四体あれば、アイツを倒せるんじゃないかと思ったでしょう」
「え、ええ」
「無理です」
 遠慮のない言葉に牧野はガァンとショックを受けた。
「どっ、どうしてですか!?あれが四つあれば――私が四人増えて全部で五人、それなら間違いなくいけそうな気がするんです!」
「そんな考えるまでもないこと聞かないでくださいよ。無理なものは無理なんです、たとえ牧野さんが何人に増えたとしても」
 なんだか数分前に時を逆戻りさせたようなやり取りになってきた。
「100人だろうと1000人だろうと、牧野さんはどこまでも牧野さんですからね。屍人を嵌める罠をつくっても、その罠に何%かの牧野さんが引っかかって、それを助けにまた数%の牧野さんがやられるわけです。そしてそのことに焦った残りの牧野さんは、統率を取る者もなく散り散りに逃げて、あっという間に全員やられます」
「ひどい、そんなことないです!」
「そんなことあります」
「ないですったら!」
「それでしたらどうぞ。アイツはまだ向こうを向いてますから、行ってみてまず一人分の牧野さんがどの程度の力があるか確かめればいいでしょう」
 そう言うと宮田は、牧野にくっつけていた身体を離し、隠れていた角から牧野を押し出し始めた。
「ちょっ、ちょっと、やめて……やめてください!」
 ぐいぐい肩を押されて屍人にあやうく見つかりそうになった牧野は、慌てて身体を反転させて宮田の後ろに隠れた。
「こんな状態で出て行って勝ち目があるわけないでしょう!……こういうのはちゃんと、心の準備を整えてからでないと」
 こりゃ永久に彼らがあそこから出てくることはないなと、壁越しに徘徊していた屍人は思った。



牧野さんはSIRENよりピ〇ミンに出ていた方がしっくりくるかもしれない。



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