オレッキオ/オスリモ/微甘

オレッキオ




以前、指輪のサイズを尋ねられた事がある。
アンジェリークや、周りの守護聖は不思議がった。
何度も言うが、浮世名高い炎の守護聖である、
あのオスカーが女性に指輪のサイズを聞き、確認している?というのは、平和な聖地で少しばかり噂になった。

「いつ、渡されるのかなぁ‥」

アンジェリークは、指に光るルビーを見つめ、新居の部屋から外を眺めた。
オスカーの部屋に、この聖地に残ると決めてから、三か月ばかり。
女王試験のあと、ロザリアの補佐をするつもりでいたのだが、予想外のハプニングがあり、彼女は暖かい部屋でゆっくり執事の入れたココアを飲んでいた。
ひざ掛けにローブ、足元には暖炉の火もあたり、真冬とは思えない。
というか、聖地にわざわざ冬を運んだ陛下はというと、クリスマス飾りに勤しんでいる。
とびっきり可愛く飾り立てる必要があったのだ。

「予想外、いや、想定外‥?だったけど、幸せだわ」

アンジェリークはパチパチとなる火の粉を見つめ、婚約者の顔を思い浮かべた。
まさに焔と呼ぶに相応しい、熱い体温と、情熱的な声。言葉選びは、最初は私を試すような事を言って不安になったものだが、婚約を申し込まれて以来は砂糖が蕩けそうになるほど優しくて深い愛に満ちた言葉をかけてくれるようになった。
特に、あの夜の事は忘れられない。

女王選定の前日に、彼が部屋の扉をノックしてきた。私はちょうどお風呂からあがったばかりで、濡れた髪に櫛を通していた。
「ロザリア?」
訪問者に声をかけると、静かな廊下からカチと金属の鳴る音が聞こえた。
アンジェリークは目を細め、扉の向こうにいる人物に触れるように、扉を撫ぜた。
「‥オスカー様‥」
今度は、はっきりと聞こえた。
ピアスの揺れる音が聞こえ、小さく諦めた様な、けれど熱のこもったため息が。
この扉を開ければ、戻れない。
何も知らない私には、戻れない。

「お嬢ちゃん、‥この、扉は開けてもいいか?」

今までの時間が全て、この男性に会う為だったと、証明してしまう事になる。

「‥オスカー様‥私には‥」

そんな自分勝手な行為で、選んでしまうことが、怖い。選べてしまう事が、怖い。
アンジェリークは頬を伝う雫に気づかれない様に、言葉を続けた。

「私は、この扉を開く事が出来ません‥」

絞り出す様にあげた声。濡れた髪はいつの間にか冷えて、指先から冷たくなっていた。

悲しかった。
本当に、長い間温めていた気持ちだっから。
こんなに、大きくなるなんて知らなかったから。
気持ちが膨らんで、行き場がとれない様になるなんて。
幸せな恋しか、自分には訪れないと心のどこかで思っていたから。

「オスカー、さまっ‥ごめ、ごめん、なさ」

それまで俯いてこらえていた涙が、顔を上げた瞬間に溢れた。
ぼろぼろと溢れる涙は、アンジェリークの濡れた髪の雫と同じ様に、床にこぼれた。

部屋の向こうにいる人物が、扉を開けて彼女を抱きしめたのは、どのタイミングだったろうか。

「‥‥っ‥ぁ」

驚いたアンジェリークの唇は、すでにふさがれていた。
漏れ出す声を塞ぐ様に、溢れる涙を吸い出す様に、夜が深くなっていく。




明け方に、オスカーが部屋を出たのを感じた。
アンジェリークは涙で腫れた瞼にふれた。
涙が枯れたようにでない。
それと、同時に、罪悪感という人間らしい感情になると思っていたのに、それすらもない。

本当にこの、星を愛している。
女王として、ちゃんと、一人でやっていける。
ロザリアが選ばれていたとしても、その補佐としてずっとこの星だけを愛していけると、昨日の夜までは思っていたのに。

今はもう、オスカーが彼女の心の大半を埋めていた。

顔を覆った指に、紅い指輪が光る。




パチパチっと音を立て、マキが燃え尽きた。
いつの間にかうたた寝していたらしい。
アンジェリークは思い出を噛みしめるように、紅い指輪をそっとはずした。


「‥やっぱり。ちょっと、むくんでる‥」

こらばかりは仕方ないのよ、とロザリアに言われた。
こらからどんどんお腹も大きくなるんだから、補佐するには育児休暇を取得しなさい!とも。

「オスカー、女の人には慣れてるけど‥妊婦にはなれてなかったのよね‥ふふ」

あの翌朝、ことの顛末を謝罪と共に報告したオスカーが、守護聖全員に怒られたあとに、退任した情熱に笑われたのは思い出に新しい。
この新居だって、いま急ピッチでベビー部屋が増築されている。

「わたし、幸せよ、オスカー。
それから‥この星のことも、あの時よりずっと愛してる。」

一人に愛されたら、愛を返したい。
愛を返すのなら、愛し方も覚えたい。

数時間後、お風呂で癒されるアンジェリークのもとに、新しい指輪を持ったオスカーが乱入し、ロザリアに叱咤激昂されるのも、それはまた別のお話。


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