彼が私に心を読ませないように、わたしも悟らせないようにしなければと思った。ちっぽけなプライドからのその意地は、一年近く続いてた。

 ふと、目が覚めた。薄く目を開くと、暗い部屋にカーテンの隙間から光が差し込むのが見えた。もう朝、だ。枕元の携帯に手を伸ばすと、声をかけられた。

「起きたん」
「ん・・・5時」
「まだ早いやろ。ゆっくりしとき」

 うつ伏せになったところを、背中を撫でられた。顔に出さないように必死だった。

「シャワー浴びたいし・・・一回家帰る」
「シャワーぐらいウチで浴びてけばええやん」
「・・・今日出す課題家にあるから、一回帰んなきゃだめなの」

 笑いながら咄嗟についた嘘に、侑士は「そうか」と小さく返すだけだった。素直に甘えてたら、一緒に登校できたのに。そんな思いがちらついてすぐ、考えないようにした。だめ、だめ。
 くしゃくしゃになってた服を着て、「またね」とだけ言って、部屋を出た。感じ悪くなかっただろうか。笑顔は、引きつっていなかっただろうか。不安になりながら、早朝の住宅街を歩く。
 侑士の住むマンションと、わたしの住むアパートはそれなりに近い。だから、こうして朝登校前に帰ることが容易なのだ。でなければ、泊まった翌朝絶対登校を共にすることになっただろう。それは避けたい事柄だった。


 こんな関係になってしまったのは、一年ぐらい前の春の日。高校一年のゴールデンウィーク。あれを境に、完全に拗れてしまった。
 中等部の頃から、侑士とは仲が良かった。一年のとき同じクラスになって、家が近いって話になって一緒に帰ったりした。二年と三年は違うクラスだったけど、廊下で会えばよく立ち話をしたし、委員会が同じになったりした。同じクラスになった向日のところに来た時も、一緒になって話したりしたし。三人で遊んだ事もある。あの頃はきっと、侑士の一番仲の良い女友達は間違いなくわたしだったのだと思う。あの頃が、楽しかった。
 侑士のことを好きになったのは、割とすぐだったけど、恋なんてしたことなかったし、友達でいるのも楽しかったから、関係の変え方がわからなかった。そうモジモジしてる内、侑士の彼女は何度も変わったし、それ以外にも遊んでる話はよく流れるようになっていった。それを本人が否定したりもあまりしなかったから、おおよそ事実だろう。
 平気なわけなかった、だけど侑士の近くに変わらず居られる女の子がわたしだけだったから、それが支えだった。支えでもあったし、鎖にもなっていたように思う。突き放されるくらいなら、友達でいたい。そう思っていた。

「あれ、なまえ」
「わ。よっす」

 そんな関係が変わってしまったあの日。ゴールデンウィークの四日目あたりだった。近所のコンビニにアイスを買いに行った時、偶然侑士に会った。なんだかんだ私服姿は珍しくて、嬉しくなった。

「今日は部活ないんだね」
「おん、今日は休み。撮り溜めしとった映画見よ思て」

 侑士が口にしたのはここ最近テレビ放映されてた映画数本と有料チャンネルで放送されてたらしい映画数本。それだけ聞いて帰ればよかったのに、あろうことかわたしはそれについて行ってしまった。
 どうせ帰ってもごろごろするだけだし、とか、映画も興味無くはないし、とか。侑士の部屋、初めてだな、とか。胸をときめかせていたあのときのわたし。殴りに行って引き帰させたい。
 男の子の部屋に年頃の男女が二人きりで、何も無いなんてことなかった。本当に考え無しだったと思う。本当に馬鹿。
 映画を二本程立て続けに見て、面白かったけどちょっと疲れたね、って休憩になったとき。背凭れになってたベッドによりかかっていると、侑士に笑われた。

「随分くつろいどるやん」
「ごめんー。慣れちゃって、つい」
「ええけど・・・」

 隣に座る侑士と、いつのまにこんなに距離が近かったのか。まったくわからないけど。優しく頭を撫でられたとき、素直に嬉しかった。好きな人に触れられるのが、心地良かった。そのまま身を委ねて、視線を落とす。侑士の手が私の手に重なった。ドキドキして、侑士の顔が見れなかった。絡まるように手を重ねられて、おでこにそっと、キスをされた。びっくりして顔を上げると、真剣な顔で、嫌やった?と聞かれた。真剣なようで、瞳からは何も読み取らせてくれない。嫌だって言えばよかったのに。嫌だって、思えなかったから。
 今まで感じたことなかった雰囲気にのまれてしまった。直前に見た映画で出た、ラブシーンを思い出してクラクラした。侑士に頬を撫でられたあと、唇にキスをされた。ファーストキスだった。そのまま、わたしは侑士の腕のなかに吸い込まれてしまった。

 行為が終わるまでの間は、夢見心地で、幸せだった。自分の初めての相手が大好きな男の子で、嬉しかった。痛くても構わなかった。背中に爪を立てていいと、抱きしめるのを許された時、汗ばむ背中と体温に興奮した。好きってことしか、考えられなくなってしまっていた。
 侑士の横で眠っていたのを、段々目を覚ましたとき、話し声を聞いて一気に現実へと引き戻された。侑士は座って電話をしていて、侑士の口から当時付き合っていた彼女の名前を聞いた。血の気が引く、ってこのことなんだって、初めて知った。
 その後も関係は変わらない。侑士に好きって告白されたことなんて無かったし、愛されてるなんて思わなかった。侑士が他の子と仲良くするのも、変わらなかったと思う。直接聞いたわけじゃなかったけど、でも、そう。現実ってこんなものかと思う気持ちと、自分の程度の低さに絶望する気持ちでぐちゃぐちゃだった。自分を、たくさん責めた。
 侑士にとって、わたしは簡単に抱けてしまう程度の女の子だったのだ。それまで友達として仲良くしてたことなんて、きっとたいしたものではなかったのだ。あっさり崩されてしまう程度のもので。わたしのことはきっと、簡単に男の子の家に行って簡単に抱かれてしまうような、浅はかな女の子なのだと、そう映ったに違いない。友達であることにアドバンテージを感じていたはずが、結局他の子と同じになってしまった。
 それからのわたしは、もう、どうやって侑士に接すればいいのかわからなくなって。とてもぎこちなくなっていた。前みたいに、軽々しく侑士に声を掛けにいけなくなってしまった。でも、侑士は違った。変わらずわたしにいつも通り話しかけてきて、その差にまた悲しくなった。でも、好きだった。大好きだった。そのせいだ。好きでい続けてしまったせいで、侑士から離れられなくて。これ以上近付けないのに。わたしは、なあなあな関係に甘えてしまった。
 侑士に休日や放課後に誘われるのを、ずっと断れなかった。誘われて嬉しく思ってしまったことも事実だったから。わたしは彼女になれなくても、侑士の近くに置いてもらうことを選んだのだ。

 侑士にとって、わたしなんてなんでもない存在で。セックスしたのも、別に好きだからとかじゃなくて。わたしだから、なんて要素は一つもない。だから、わたしが侑士のことが好きなのも悟らせたくなかった。わたしばっかり悔しいから、というちいさなプライドからきていた。そして、侑士に誘われることがない限り、わたしから侑士に近づくことも無くなった。できる限り避けていた。一緒に登校するのも楽しくおしゃべりするのも辞めた。変にまた期待してしまいそうなのが嫌だったからだ。自分自身を保つのに、必要なことだった。

 侑士がわたしのこと、どう思ってるかなんてわかんない。でも、恋人とか愛してるだとかの特別な感情は、無いと言っていいと思う。いつかそんなふうに思う人が、侑士にもできるかもしれない。そうしたらきっと、わたしは離れなくちゃいけないのだろう。わかってる。そうなる時までは、その時まではせめて、ここに居たい。どうせ終わりが来るなら、できるだけ長い間、近くに居たかった。



 身支度を終えて登校するなり、机に突っ伏した。なんとなく身体がだるくて、眠い。

「おはよーなまえ。どうしたの」
「んー、まだ眠くて」

 前の席の、ユリちゃんが話しかけてきた。最近仲良くなったばかりの女の子。クラスが同じになって初めて知り合った。生徒数多いから、珍しいことでもない。最近はユリちゃんと行動することが多かった。

 なんとなくやる気が起きなくて、午前の授業を話半分で聞き流していると、すぐ昼食の時間になった。ユリちゃんと机をくっつけて、お弁当を広げた。

「でね、わたしが帰ろうとした時に、私が欲しいーって言ってたネックレスプレゼントしてくれて!」
「めっちゃイケメン」
「でしょー?! もう嬉しくって」

 昼ご飯のときは、大抵ユリちゃんの惚気話だった。最近付き合い始めた大学生の彼氏。これがいちいちさり気なくてかっこいいのだ。話を聞くだけで、ユリちゃんが夢中になってしまうのもわかる。幸せ話を聞くのは好きだったし、嬉しそうに話すユリちゃんが可愛かった。

「いいなー。わたしも彼氏欲しいなぁ」
「えっ、なまえって忍足くんと付き合ってるんじゃないの?」
「ゆ、うしはそういうんじゃないからさ」

 仲良いだけだよ、と言うと、不思議そうな顔をされた。二人の話に侑士の名前が出たのは初めてだった。

「ふーん。ここ最近忍足くんの噂聞かないから、てっきりなまえで落ち着いたのかと思ってたよ」
「そうなんだ」
「うん。前はさ、結構誰が付き合ってるとか仲良くなったとか聞いたけど。一年ぐらいかな、聞いてないと思うよ」

 それは知らなかった。てっきり今も全然遊んでるんだとばかり。ユリちゃんは結構噂好きなところがあるから、噂にないのは間違いなさそう。わたしが疎いのもあるかもだけど。

「まあ、なまえが言うならそうなんだね。男の人紹介しよっか? 彼氏の大学の人で彼女欲しがってる知り合い居るよ」
「えっ、いいよそんな」
「前彼氏と三人で会ったんだけどね、結構イケメンだし、優しい人だったよ。物は試しってことで、どう?」

 まさかそういう話になるとは思わなかった。ユリちゃんが携帯をさわって、写真を見せてくれた。確かにかっこいい。笑顔が優しい雰囲気の人だった。
 そんな気なかったけど、これもなにかのきっかけかもしれない。もしかしたら、侑士よりもずっとその人のことが好きになるかもしれない。そんな思いがちらついて、試しにその人に会ってみることにした。

 ユリちゃんに仲介された後、早速二人で会う話になった。思ったよりも展開が早くて戸惑うけど、案外普通なのかもしれない。ずっと侑士しか好きじゃなかったから、他の男の人なんて考えたこと無かった。LINEのアイコンで笑ってる、まだ会ったことない彼を見て、不思議な感覚になった。何かが変わる、気がする。


 日曜日。二人で映画に行くことになっていた。その後はカフェで食事とか、ショッピングモールで買い物したりとか。ごく普通の、デートらしいデート。お相手のタクくん(さん付しようとしたら、そう呼んでと言われた)は、飾らない優しさが素敵な人だった。裏表無くて、ちょっと天然な感じ。話も面白くて、初対面なのに全然緊張しなかった。年下のわたしを上手く気遣ってくれて、年上の余裕なのかな、と思った。
 こんなふうに、二人で出掛けて、色んなところに行って楽しく話す、こんな普通なデートが、初めてだって、気付いた。行く先々で、侑士と一緒なら、なんて考えてた。侑士とはもう何回もキスもセックスもしたけれど、二人きりで遊びに出掛けたことなんて一度も無い。一度も無いんだ。

「こんな時間だし、家まで送るよ」
「え、そんな、悪いですよ」
「大丈夫だって、もう遅いし。・・・もうちょっと、話したいしさ」

 照れくさそうに笑ったタクくんに、ちょっときゅんとした。そのまま家まで送ってくれることになった。まだ、会ったばかりだし、好きになるかわからないけど、わたしもまだ一緒にいたいかもって、思った。
 途中、煙草を買いたいといったタクくんと、通り道のコンビニに寄り道した。一年前、侑士と偶然会ったコンビニだ。違う男の人と居るなんて変な感じだと思いながら、コンビニを出た。



「今日、たくさん付き合わせてゴメンね。楽しかった」
「わたしもです。一日ありがとうございました」
「いいって、全然。・・・また誘ってもいい?」
「待ってます」

 そう笑うと、嬉しそうに笑ってくれた。素直に嬉しかった。アパートの前でタクくんを見送って、すぐ自分の部屋に戻る。わたし、タクくんのこと好きになれるかな。・・・侑士のこと、好きじゃなくなったりするのかな。
 複雑な思いを抱きながら部屋に入ると、同時に携帯が鳴った。・・・侑士からだ。

「もしもし」
「急にゴメンな。今家か?」
「うん、そだけど」
「今から出てこれへん?」
「えっ、今から?」

 時計を見ると、23時近かった。こんな遅くに呼び出しがかかるのは初めてだ。

「迎え行くから、外出といてや。じゃ」
「えっ、ちょっと待っ」

 一方的に、電話が切れた。こんな呼ばれ方初めてで戸惑う。何かあったのだろうか。
 また下へと降りていくと、しばらくして侑士が迎えに来た。相変わらず無表情で、なんの考えも読めない。

「どうしたの、急に」
「・・・ええやん、別に。行くで」

 ぐい、と手首を掴まれて歩き出した。こんなふうに手を引かれたことなんてなかったから驚いた。前を向く侑士は相変わらず何も悟らせてくれなくて。わたしは、ただ侑士に導かれるままに歩いていた。

 侑士のマンションについて、エレベーターにすぐ乗り込むと、侑士に両肩を掴まれたかと思うと、壁に押し付けられてキスされた。

「っん、う、はぁ、っ」

 エレベーターはわたし達以外に誰も居ないけど、こんなとこで強引にキスされるのなんて初めてで。エレベーターが止まるまで、確かめるように何度も口付けられた。舌が口内を犯して、段々身体の力が抜けて来る。部屋まで待ち切れなかったような、そんなキスだった。

 そんなに長い時間じゃなかった筈なのに、すごく長く感じた。侑士の考えてることはまるでわからなくて、そのまま部屋に連れて行かれる。親御さんは今日は居ないみたいで、少しほっとしたけど、そんなこと気にする間もなく、ベッドに投げられた。

「きゃっ、ちょ、ね、待って」

 何も話さず、上にのしかかってきた侑士に違和感を感じて、肩を抑えて静止した。こんなふうに迫られたこと、今まで一度だってなかった。

「侑士、どうしたの? なんか変だよ」
「・・・なあ、今日会っとったん誰なん?」
「え?」
「さっき。コンビニで仲良さそうに話しとったオトコ、誰やねん」

 タクくんのことだ。途中で立ち寄ったコンビニのときの話だ。侑士、あの場にいたんだ。全く気付かなかった。

「・・・友達に、紹介してもらった人だよ。今日初めて会ったの」
「・・・どこまでいったんや」
「べ、つに、侑士に関係ないじゃん」

 どこまで、が何を指すか、なんとなくわかったけど。なんとなく言わずに目を背けたら、両肩を掴まれて、力が込められた。

「関係ない、て、本気で言っとるんか」
「だ、だってそうじゃん。侑士だって他の女の子と遊ぶでしょ、それと一緒だってば」

 侑士が怒っている理由がよくわからない。彼女でもない遊び相手の交友関係なんて気にするものなの? 所有物を他人に奪われるのを嫌う、とかそういうもの? 侑士は相変わらず表情から何も読み取らせてはくれない。

「・・・ちゃうわ」
「え?」
「関係ないわけ、ないやろ。大アリやっちゅうねん・・・」

 力無く呟いた。肩を掴んでいた手から力が抜けて行くのを感じる。弱々しい声がらしくなくて戸惑ってしまった。

「・・・俺、別に他の女と遊んでへんよ。なまえ抱くようなってから、やけど」

 どく、と胸が鳴った。ユリちゃんが話していた事を思い出す。あの話は、本当だったんだ。

「確かに、俺が悪いんや。曖昧な関係のまま、ここまでズルズル来てしもたわけやから。でも、わからへんかったんや。切り出せへんかった」

 侑士は身体を起こして、わたしも起き上がる。向かい合って見る侑士は、真剣な眼差しでこちらを見つめていた。

「なまえんこと、初めて抱いた日から、お前余所余所しくなったやんか。嫌われたんや思って、けど誘ったら来てくれるし。でも俺から行かんと、来てくれへんくなったし」

 ポツポツと、発せられた言葉から、侑士がどう思ってたのかを初めて知った。そんなふうに、思ってたんだ。何も気にしてないのかと、ずっと思っていた。

「俺が悪いんはわかってるんや。順番間違うて、何も言わんと今まで来て。・・・でも、嫌やねん」
「嫌、って」
「他の男になまえんこと、取られたくないんや」

 ぽつり、切なそうな声色で出た言葉に、ぎゅっと胸が締め付けられる。期待してしまいそうな心を、無理やり押し込める。

「・・・侑士、まだ他にも女の子と遊んでるんだと思ってた」
「ここ一年くらいずっと、なまえだけや」
「・・・わたしも、他の遊びの女の子たちと、一緒なんだと思ってた」
「なまえ・・・」
「わたしだけ、っわたしだけ侑士のこと好きで、っ、寂しかった・・・」

 泣きたくない。泣きたくないのに涙が出た。好きなんて、一生言わないつもりだったのに、涙と一緒にこぼれ出た。案外あっけないな。侑士は驚いたように目を見開いたあと、わたしのことを抱き締めた。

「ごめん、ごめんな」
「うう、っん、うぅん、っ」

 涙が止まらなくなって、侑士の腕の中で泣きじゃくった。こんな子供みたいに泣いたの、何年ぶりだろう。悲しい思いはたくさんしてきたのに、こんなに感情を剥き出しにして泣くことなんて、今までなかった。こんなに、侑士の前で感情的になることなんて、なかった。だんだんと落ち着いてきて、大きく深呼吸をする。何度も侑士に抱き締められてきたはずなのに、初めて抱かれたぶりなような、変な感覚になった。

「・・・落ち着いたか?」
「・・・うん」

 様子を窺うように、顔を覗き込んでくる侑士と目があった。酷い顔してるんだろうな、わたし。そう思うと視線が下がる。久しぶりに泣いたせいか、少し頭が痛かった。

「あんな、ちゃんと聞いてほしいねんけど」
「・・・うん」
「お前だけやないんや、ずっと、好きやって思っとったのは」

 思わず顔を上げた。侑士はいつになく真剣な顔をしていて、ドキッとする。近い距離で見つめ合って、恥ずかしいのに視線をそらせない。

「・・・ずっと、好きやったんや、なまえんこと。他の子らと一緒やなんて、思ってへん」
「侑士」
「俺も、ずっと俺だけやと思っとった。なまえんこと俺だけが好きなんやって。前からなまえ俺の女関係なんも口出ししてこおへんから、興味無いんやと思っとって・・・」
「・・・」
「拗れさせたんも、俺の自業自得やし。でもなまえが離れてくんちゃうか思って、言い出せへんかった。俺が弱かったんや」

 侑士は私の肩に頭を預けるようにして、ぎゅっと抱き締める力を強めた。縋るようだった。そんな侑士を、愛しいと、感じた。

「・・・もう、ずっと一緒にいるよ、離れないよ。いいの?」
「ええに決まっとるやろ。何言うてんねん・・・」

 強気な口調だったけど、まだ涙声で。だけど侑士も、声が震えていた。

「・・・すきなの、侑士が。今までずっと、今も、好き」
「俺も、好きや・・・なまえんことだけ、ずっと」

 侑士の背中に腕を回して、優しくさすった。なんどもこうしてきた筈なのに、心が通ったのは初めてだ。月明かりがカーテンの隙間から差し込んでるのが見えて、初めて部屋の電気すらまともにつけてなかったことに気が付いた。開けっ放しのドアから差す廊下の電気と、窓から指す月明かりだけの、薄暗い部屋だった。深夜0時過ぎ。どちらからともなく顔を合わせると、優しく深いキスをした。



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