NEW・FAV_17 | ナノ
裸足草子
 靴下は嫌いだ。
 熱がこもる。放熱させるべき部位を覆う意味が分からない。

 服のタグも許せない。
 腰の辺りで嵩張って感じるのも充分に腹立たしいが、首など素肌に当たるものはより不快だ。正気の沙汰とは思えない。

 極端に暑過ぎる気温、あれも良くない。
 発汗で体力を奪われるのが癪であるし、衣類が肌に張り付くと思わず脱ぎ捨てたくなる。寒さは着込むことで状況を改善できるが、暑さはそうもいかないところなども不愉快に拍車をかけている。

 眠るのも嫌いだ。
 意識を手放している自分がこの世に存在するということが無性に心許ない。眠る人間はあまりに無防備すぎる。睡眠を取ることが脳にとって重要であることは理解しているが、今や私の身に万一のことがあれば、あなたの資産形成にだって莫大な影響が出るはずですよ。

 ベッドの上の少年は、再三に渡り言い訳をする。彼の嫌いなものについては、本を一冊作れそうなほど聞いてきた。
 眠るのが苦手であることは知っているが、さすがに成長途中の身体を三日以上眠らせないことはできない。

 意識が向かうのであれば電子機器のスイッチは一度全てオフにする、と告げたこちらの脅し文句はそれなりに効果があり、Lは渋々ベッドへと移動した。しかし彼の場合ここからが長い。とにかく嫌いなものと、不愉快なものを論って、動き盛りの若者をベッドに押し付けた罪を私に着せようとする。

「靴下を製造する企業など、常軌を逸して、います」

 眠いのだ。テンポが変化してくるのでよく分かる。飛びかけた意識の狭間で、いつも抑えきれなくなった感情が露わになる。裸足が落ち着くという彼はとりわけ靴下が嫌いで、憎悪とも呼べるほど敵視されている。この歳まで生きて、まさか靴下に同情を覚える日が来るとは思いもしなかった。

「嫌いなものが多い人です」
「はい。寝るのも、大嫌いです」
「おやすみなさい」
「……寝たく、ありません」
「では起き抜けに楽しみを用意しましょう」
「何も、要りません。……今寝ないで、許されることが、何よりの楽しみです」
「残念ですが眠る時間です」
「眠るのは、嫌い」

 押し問答が続くのもいつものことで、数日に一度訪れる煩わしいやりとりに嫌気がさし、ナニーは誰もこの役を引き受けてはくれなくなった。
 変わり映えしないやりとりにアクセントでも、と趣向を変え「好きなもののことを考えてみてはいかがですか」と提案してみる。深い意味はなかった。Lは推移する事象の予測を好み、糖分の摂取量が常軌を逸しているので、「どこどこの株価」とか「何とかというパティスリーのケーキ」などと口にするのではと、彼の口腔内のように甘く考えていた。もしかしたら、与えた時に喜びを示したパーソナルコンピュータと言うかもしれない。それくらい気軽な問いかけだったのだ。そして私は、図らずも思いがけない彼の答えを聞いた。

「好きなものは、」

 ぼんやりと開いた瞼の下で、どこか遠くを見つめながらエルは口走る。

「ワイミーさん」

 迷わずそう答えて穏やかに息を吐き、Lは瞼の重みに抗う術を失っていく。

「ワイミーさん、だけ、好きです」

 いよいよ瞼を閉じるLから、彼に似つかわしくない子どものような台詞がこぼれ落ち、胸がじわりとあたたかくなる。この子がいると、このような気持ちになることが許されるのかと、運命の巡り合わせに感謝の念が湧いてくる。

 Lは、私の人生に現れた奇跡。
 Lが満足してくれるのならば、何をはたいても惜しくはない。
 これは愛だが、しかし自分を楽しませてくれるこの子に対し私自身が子どものように夢中になっていることは事実で、そうだとするとこの愛も、親が子どもに注ぐような無償のそれとはまた違うのだろう。

 ただし、この子が私に向けるそれも同じようなものだろうと思う。それで構わない。私たちの欲求は相互に合致しているのだ。

 私はLの望むようにする。
 なんと素晴らしい生き甲斐を得られたものか。

 想いに耽るうち、やっとのことで訪れた静寂。静かな寝息を立て始めたLを見つめ、愛おしさが勝って伸びた手を、そろりと下げることにする。

 この子は髪を撫でられるのも、好まないから。
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