「仕方ないから一口差し上げますよ」

ベンチに座ってぼーっとしていたら、無愛想にそう言われた。それは明らかに子供の声だけど、台詞には子供らしさなんてこれっぽっちも含まれていなくて、むしろませていたけど私はそれがおかしくてたまらなかった。その小さな手に握られているアイスクリームはすでに少しなくなっている。ひょっとしたらそれを食べている途中に私だけそれを食べていないことに気づいて、こうやって一口を持ってきてくれたのだろうか。
子供らしくない台詞とその優しさが合わさって、口元がほころんだ。



すこやかであれ



「ということでなまえよろしくー」

「私、保育士でもお母さんでもなんでもないんだけど。というか、これどういうことですか」

「僕達新しいポケモンの厳選はじめた!それでね、ポケモンに小さくなる覚えさせてさっそく使ってみたら」

「こうなっちゃったんだよね!」

仕事も休みで今日一日のんびりできるなあと思っていた日曜日のことだった。そう思っていた矢先に突然転がり込んできた厄介事は文句のつけようのない完璧な笑顔で私へと降りかかってきたわけで。私が自宅で友人からのライブキャスターでの通信を受け取るまではこんな面倒なことになるとは思わなかった。休日と言っても特にやることもないし、掃除は昨日済ませてしまったしあと他にやることといったら買い出しくらいしかなかったので、その友人からの呼び出しに何気なく答えただけだったんだ。
すぐに出かける支度をして、家を出て数分で着いてしまうギアステーションに向かう。すると、クダリはわざわざ入り口で立っていて私を見つけるなり笑顔で手を振ってきた。私もすぐにそれに手を振りかえして小走りで近づいて…、ここまでは何の疑問も感じていなかった。
しかし、私達は挨拶よろしくすぐに執務室に通されてこの状況というわけだ。私がスタッフオンリーの扉をくぐれたことや、クダリが仕事してないことについては毎度つっかかるのも疲れたのでやめておく。目の前には知らない子供が二人とそれから外国人一人。これを見た瞬間私の脳が面倒なことだと判断した。でも、今それに気付いたところでもう遅い。私の背中をクダリが押して扉を閉められ、外国人に腕を掴まれていた。

「す、すみません。離してもらえませんか」

「Sorry.ちょっとそれはできないかなー」

「というか、あなただれですか?」

「あ、なまえ知らなかったっけ?エメットっていって僕の従兄弟!今研修中でイギリスからこっち来てる」

「そういうことでよろしく、なまえ!」

「ひぎゃ!」

ちゅっと耳の裏にキスをされてつい声を上げてしまったが、手も上げてしまう前にこれがあっちの人の文化なんだと気づけた私は固まってしまっただけで終わった。お、おそろしい。まだ耳の裏に感触が残っていてくすぐったい感じがした。

「よ、よろしくお願いします…」

「ふふ!なまえ照れちゃってる!that’s pretty!」

「エメット、いい加減にして」

「はいはい、わかったよ。あーこわいこわい」

「それでさっき言ったとおり、なまえには今日一日だけノボリとインゴを預かってほしいんだ!」

「いや、だからね…私は子守りじゃないって、言って…?え?いま、」

「そうこの子、ノボリ」

「ついでにこれ、僕のお兄ちゃんのインゴ」

「エメット、私にこれとは…あとで覚えておきなさい」

私の横にいるエメットさんを睨みつけたまだ小学生くらいの子だろうか。お人形みたいにかわいい外国人の子供とその隣にいる子もまた可愛らしいと思ったら、その子がノボリさんだと言うのだ。なんの冗談だと思ってクダリの方を見てみるが嘘を相変わらずの笑顔で嘘何だか本当何だかイマイチよく分からない。たしかに見た目はノボリさんに似ているような気もするけれど。

「クダリ、いつの間に子供なんか…」

「ちがう!!」

「なまえさま」

やっぱり私には信じることが出来なくて、いつものクダリの悪戯だと思ってしまった。しかし、可愛らしい効果音が付きそうな足取りで向かってくるノボリさん似のその子が私を上目使いでじっと見上げていた。

「なまえさま、わたくしノボリでございます」

「え、ええ?」

「少し信じがたいことかもしれませんが、本当なのです。信じていただけませんか?」

「いや、あのね、クダリの遊びに付き合う必要ないんだよ?えっと、名前はなんていうのかな」

「ノボリでございます!」

「まあ、お前が理解できないのも無理ないでしょうね。見たところ頭が可哀相なようですから」

「(年下にお前って言われた…)」

「とりあえず、僕達仕事もあるし…今日一日だけ!お願い!」

「……お礼は?」

「か、考えとく…」

そんな感じで私はため息をつきながらもクダリとエメットさんのお願いを聞いてあげることにした。どうせ誰かがこの子たちの世話をしなければならないようだったし、駅員さんにそれをやらせるというのも酷なものだ。どうせ暇だったしということを何回も自分に言い聞かせて、子供の喜びそうなことや場所を必死に考えていた。同じライモンシティ内にあるし、私は一番に遊園地を思う浮かべたけれど、それを提案すると何故かインゴくんに「何故私がそのような場所に行かなければならないのですか」と言われたので、苦笑しながらまた考え直すはめになった。

そうして考えに考えて私達はヒウンシティのアイス屋さんに来たわけで。ここなら地下鉄で一本だから帰りも楽だし、単に私がギアステーションに来るまでの道のりで暑い暑いと思っていたから、アイスでも食べたいと思ってここのアイス屋さんに来たかっただけというのは秘密にしておく。
しかし、ここのアイス屋さんはイッシュの中でもとても有名なので午前中には売り切れるというほど人気があり、私達が買いに来た時にはちょうど二人分しか残っていなかった。私はその二人分を買い、子供たちにあげて自分は自動販売機で飲み物を買えばいいと思っていた。

「ありがと、おいしかった」

「…食べすぎです。私が食べる分が」

「ごめんごめん」

眉間にしわを寄せて私の横に座り、アイスをまた食べ始めたインゴくんはこれはこれで可愛らしく、けどこんなことを口に出してしまったらまた怒られるんだろうなと思って、また黙ってぼーっとしていた。

「不可抗力とはいい、お前に迷惑をかけてしまいましたね」

「いえいえ、どうせ今日は休日だったし」

「休日でもどこの子かも分からない子供の世話をするのですか」

不意に彼が鼻をならした。

「なまえさま!」

「ん、なに?」

「もうしわけございません…わたくしたちの分しかないと気づかず…」

「いいよ、インゴくんが少しくれたし」

「わたくしはもうじゅうぶんなのでお食べくださいまし!」

苦笑しながらノボリさん(仮)が差し出すヒウンアイスを取って、わざと食べるのを見せつけるように大きく口を開けた。すると、やっぱりと思った通りノボリさんは羨ましげな眼でこちらを見ている。少し意地悪がすぎたかなと思って、すぐにノボリさんにアイスを返してあげた。

「わ、わたくしはいいのですよ…?」

「それだけでお腹いっぱい。早くしないと溶けちゃうよ?」

「しかし…!」

「ノボリさま。いいと言っているのですから食べればいいじゃないですか」

渋々口を開いてノボリくんも食べ始める。
初めは子供なんてうるさくて言うことも聞かないと思っていたから、面倒だなと思っていたけれど全然そんなことはなかったと、安堵とこの二人を見ていて微笑ましい意味であったかい私は気持ちになった。電車の中ではずっと座っていてほぼ無言のままだったし、利口というか子供らしくないというか。とにかく、面倒などと思っていたことを謝りたくなった。

「二人ともごめんね」

ちゅっと音を鳴らして、二人の頬についたアイスと一緒にキスをした。さっきインゴくんに少しだけ食べさせてもらったバニラの味がほんの少しだけした。子供の頬っぺたはやっぱり柔らかかった。そう思っていると、みるみるうちに二人が赤くなりアイスにがっつく。そんなところも可愛いなと思った瞬間だった。
二人が一瞬にして大きくなってしまったのは。

「私、なまえさまに、キス…!」

「……こんな女に」

そして私も赤くなってしまったのは、まだまだ暑い夏のことだった。



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