小説 | ナノ

お願いだから好きって言って



※梵天軸






長い長い片思いをしてきました。



三途春千夜という男に恋を自覚してからの私、彼に好きになって貰えるように沢山努力をしてきたと思う。好きになってもらう努力って何だよって思うかもしれないけれど、春千夜は余り自分の好きな女のタイプだとかそういった恋愛事を私には教えてはくれないから、一つ一つ手探りで彼の好みを把握しようと必死に努めてきた。学校に余り来ない彼が、いつでも学校に来て顔を合わせても恥ずかしくないように、身なりに気を使って毎日を過ごしていた。それでも可愛いなんて言葉は、一度も言われたことは無かったけれど。

「あのね、わたし…春千夜が好き…なんだけど」
「は?……テメェ頭湧いてんのかよ」

初めて春千夜に告白したのは中学三年の卒業間近。学校に来るのすらレアな春千夜。中学生活最後の卒業式にも出席するのか分からず、焦った勢いもあって一緒に帰っていた際に初めて自分の思いを彼に伝えた。

「頭冷やせばーか」

けれど結果は玉砕。
玉砕というか直ぐに話は流れてしまって、私の人生初の告白は失敗に終わってしまう。友達歴は中一の頃へと遡る。怪我していた春千夜に私から声を掛けたのが始まりだ。多分だけど他愛も無い話をしてるとき、春千夜が何気無く私に向け笑ったその顔に、私は恋をしたのだ。

遠回しに振られても、私は諦めきれなくて春千夜が好きで。だからこの日を境に、友達から一人の女として見てもらえるように猛アタックする事を決意した。

そして話をする度に春千夜に好きだと言い続け、その度に流されて。望みは薄いと分かっている春千夜の事が、どうしても諦めきれず好きだった。春千夜も春千夜で、私の告白をサラッと流してまた普通に会話してくるものだから、0パーセントに近い可能性を信じてしまったのだ。

そのお陰か分からないけど、春千夜の一番の女友達という座には昇格したと思う。だって当時私は高校生、春千夜は進学しなかったけれど、連絡はたまに取り合って二人で会って話をするってことが、中学から変わらず寧ろ増えたからだ。

「私、やっぱり春千夜が好きなんだけど。彼女になりたいんですけど!」
「ハイハイ。俺は彼女とか今どォでもいいんだよ」
「ひどいっ。泣くぞホントに」
「泣くなや。お前泣くと泣き止むまでが長ェから勘弁」
「まっ、まだ泣いてないしっ!長ぇって何さ!!」

元気な素振りを無理矢理してみる。春千夜はそれに気付いているのか気付いていないのか私には分からない。でも結局私を揶揄う春千夜の顔が好きで、泣きたいのに春千夜が笑うから形容し難い気持ちに毎回襲われて何も言えなくなってしまう。もういっその事嫌いになっちゃえば楽なのに、春千夜の悪いところが一つも見当たらないのだ。

東卍の総長の話をしているときの春千夜、
自分の所属している隊の隊長の話をしているときの春千夜、
喧嘩をしてきたのか顔に傷を作って不機嫌な春千夜、
いつの間にか私が就職する頃、春千夜の髪色は金髪から桃色へと変わり、特攻服からスーツを着るようになった春千夜。

この数年間、色んな春千夜を見れたと思う。
望みが薄く0パーセントに近い可能性を信じて、好きになって貰えるように努力してきたけれど、もうそろそろ潮時かなって思っている。

「春千夜の彼女候補に私…ダメ?」
「お前をそういう目で見れねェの。ンな事より早く食えや置いてくぞ」

「はるちよっ!今日もかっこいいねぇ、本当すき」
「俺はいつもかっこいいワ。ホラ早く歩けやおめェ遅ぇーんだよ」

「春千夜…好きだよ」
「…知ってるワ」

こんな事を言い続けて気付けば二十歳を過ぎ、更に数年も経つと私が春千夜に恋をしていた期間は、もう時期人生の半分を超えてしまう。友達とお酒を交えてご飯を食べに行ったとき、こんな私を笑ってくれぇと嘆く私に、友達は笑うことなんかせずに私の背中をずっと摩っていてくれた。私が泣いていたからだ。

「もういい加減違う男に目を向けてみるのはどう?」
「その長い片思い、一途なのは誇れると思うけどナマエが逆に疲れちゃわない?」
「そんなに三途君て良い男なの?」

「良い男だし好きなものは好きなんだよお。諦められないぃ」

もう半ばヤケ酒である。友達は私の酔っ払った戯言に嫌な顔一つもせずにずっと付き合ってくれた。友達には諦められないと言ったけれど、本当はちゃんと分かってる。いつまでもこうではいられないということ。

だから私は諦めるという終止符を打つことにした。ずっと追いかけていたものから、離れる決心をしたのだ。
そうと決めたからには春千夜とはもう会えなくなるけれど、友達のままでいるという選択肢はきっと私にとって良い事なんて何も無い。

春千夜は成人してからも昔と変わらず、恋愛事の話を余りしたがらない。だが女がいるかもしれないという考えもちゃんと頭の片隅には置いてあった。好き好き言いまくる私に言い難いだけで、遊んでいる女、それとも彼女がいるかもしれない。彼女はいないのかな?彼女がいたら流石に私と会うことをしないだろう…分かんないけれど。

心に決心した事は直ぐに行動に移さないと私の場合気持ちがきっと鈍ってしまうから。

離れよう、春千夜から。

「うぇぇん」と子供の様に泣きじゃくって、次の日の私の顔は酷い顔だったけど、一つの恋を終わらせるには少ないくらいの涙の量だった気もする。よく頑張ったよ、もう前に進めば良いじゃないと褒めるわたしと、春千夜が好きだったなぁと思うわたし。両思いにはなれなかったけれど、それなりに思い返せば楽しい恋が出来たと思う。





「珍しいじゃん!春千夜から誘ってくれるの」
「あん?たまたま時間が空いたンだよ」
「ああ、仕事忙しいって言ってたもんね」

春千夜から離れる決意をして暫くしたある日、私のスマホに一通のメッセージが届いた。それは紛れもなく春千夜だ。"飯連れてってやる"と私の家まで迎えに来てくれた春千夜。何だかんだいっても、こうして女である私を出来る限り毎回迎えに来てくれる春千夜の事も好きだったなぁと思う。前の私なら春千夜が運転している最中も「すきっ!」と伝えていただろう。

「お前何食いてェんだよ?」
「いやいや、こんな高そうな所で何食べたい聞かれても分かんない。緊張しちゃって」
「っは!よく言うワ。前までこんな所一度でいいから行ってみてェとかほざいてたクセによォ」

連れて来てくれたのは個室の料亭。今までこんな所に私を連れて来てくれた事なんて一度もなかったから、慣れない場の雰囲気に少なからず別の緊張が胸へと襲う。春千夜は慣れた手つきでグラスの水を口へと運び、鼻で笑っているけれどスーツをピシッと決めた春千夜はやっぱりかっこいい。

「…昔から何気に春千夜は人の話ちゃんと覚えているよね」
「あ?何気にってなんだよ可愛くねェなぁ。素直に喜んどけや」
「ごめん。嬉しいよ、とっても。ありがとう連れて来てくれて」
「…フン」

春千夜は私にメニューを手渡してくれたけど、いざこういうお店の料理名を見てもピンと来ず、結局春千夜が色々注文してくれた。料理を待っている最中、春千夜はスマホを弄ったり、私と会話したり。今と昔、なんら変わらない関係性。それは楽しくもあり楽でもあり胸が苦しくもなるような何とも言えない感情だ。

店員さんが料理を運んでくる。春千夜が頼んだものはどれも美味しくてつい笑みが溢れた。春千夜は笑って「ガキくせぇ」と私に言うから、私は頬を膨らましたけれど春千夜は笑って煙草に火をつけるのだ。

「うめぇ?」
「美味しい。美味しすぎて私の中の歴代一位のご飯になったよ」
「過大評価し過ぎだろ。っま、気に入ったンなら連れて来てやって良かったワ」
「うへへ。私が行ってみたいって言ったところ今まで連れて来てくれた事なんて無かったのに」
「あ?あー…おめェこの間誕生日だったろうが確か」
「…へ?」

春千夜は煙草を一口吸うと灰皿へと押し潰し、また水が入ったグラスに口付ける。なんてことないように言う春千夜に、私は口を開けきょとんとした顔を春千夜に晒してしまった。

私の誕生日なんて私から言わないと覚えていなかったのに?

春千夜は私の表情を見ると一瞬だけ焦ったような顔をした気がする。直ぐにいつもの春千夜の顔に戻ったけれど。

「ンだよ。テメェが毎年毎年祝えとか言うから覚えちまったんだよ!別にテメェの事どうこう思ってるつもりなんて」
「…分かってるよ」
「は?」
「分かってるよ春千夜が私をそんな目で見てないことくらい…分かってるから大丈夫だよ」

持っていたお箸を置き、春千夜へと再度目を向ける。春千夜の驚いている顔なんて中々お目にかかれないから、写真でも撮って置きたいくらいだ。お水を一口飲んで、少しばかりの笑顔を作る。

「覚えていてくれて嬉しい!はるちよ、いい加減わたしの彼氏になってよ」
「あ…は、ハァ?自惚れんなや、そういう意味で連れて来たんじゃねぇよ!おめェほんっとに俺の事好きなァ」

戸惑ったように見えた春千夜は、私のいつも通りの発言によって直ぐに平常心を取り戻す。いつも言われてきたようなセリフに、今日も同じく鼻がツン、とした痛みが私を襲う。沢山泣いてきたのになぁ、まだ泣けてしまうのか。そんな事を思うけど、今日は絶対に泣かない。泣いてお別れなんてしたくないと決めていたからだ。苦手な作り笑顔に春千夜は気付いているかもしれない。でも今日会ったらこれで最後と自分で決めてきた。

「うん、好きだったよ。春千夜のこと本当に大好きだった…大好き、だったけど…今日で諦めるよ」
「………は?」
「わたし多分春千夜が思っているよりもずっとずっと春千夜が好きだったんだけどね。流石に私もそろそろ片思いは辛いなぁって、へへ。あっ!心配しないでっ!私こう見えてもモテるんですよ!」
「ちょっ、は?」
「信じてないでしょ〜!わたし春千夜に恋していたときから何回かこれでも告られたことあるんだよ?知らなかったでしょ」

春千夜は私の言葉に返事をせず、ただ私へと大きな目を見開いて見つめるだけだ。そんな顔しないでいつもみたいに「嘘つけ」とか言ってくれてもいいんだけどな。

「……職場の先輩にね、告白されてるの。前からずっと」
「…ンだよソレ。職場の奴なんて知らねェ奴だろうが」
「知らない奴なんかじゃないよ。入社当時からお世話になってる人だもん。先輩はね、優しいんだよ。君がその人の事忘れられなくても好きだって言って私に思いをちゃんと伝えてくれるの。春千夜とは全然雰囲気が違う人だけどね。その人、ずっと私のこと待っていてくれてるの」

私は笑顔を再度取り繕う。でもやっぱり泣いてしまいそうだ。春千夜のそんな顔、今見たくなかった。自惚れんなって怒られそうだけど、眉を顰めた春千夜の顔は置いてかれた子供のような顔をしているように見えてしまう。

「はるちよ」
「……あ?」
「春千夜の事好きだったの全然後悔していないし、春千夜の事好きだった自分の事も嫌いじゃなかった。好き好き今までしつこく言ってごめんね?許してよ」
「…しつけェなんて一度も言ったこンなかったろうが」
「えへへ、春千夜も優しいね」

もうやっぱり涙が出てしまう。今日は絶対に泣きたくないと決めていたのに、生理現象は止まってはくれない。泣きじゃくる前に私はバッグを持ち席を立ち上がる。ズズっと鼻を可愛げもなく啜って、私は最後の笑顔を春千夜へと向けるのだ。

「今日は連れて来てくれてありがとう。あと…本当に…春千夜が大好きだったよ。………ばいばい」

春千夜からくるりと背を向けて個室を出る。個室を出れば直ぐに我慢していた涙が滝のように溢れ出て、通りすがる店員達はギョッとした目付きで私を見ていた。恥ずかしいなんて思う事よりも、これで本当に私の長かった片思いが終わってしまったことへの実感と、春千夜の最後の顔と、言いたかったことをちゃんと言えた自分に店を出る頃には嗚咽まで漏れていた。

でもそれでも私は春千夜に言った通りに、彼に恋をした期間を後悔はしていない。滲んで見える空を眺めて一人で歩く。




…本当に長くて長くて、追いかけ続けた恋だったなぁ。










一人になった個室で三途は彼女が出て行った方向をずっと眺めていた。

「あ"ー…クソが。ンだよ…おめェはずっと俺が好きなんじゃなかったんかよ」

これは思いに答えなかった三途の自業自得であるということを、三途はちゃんと理解していた。理解していたが、ナマエは自分が離さない限り好きでいてくれるものだと勘違いしてしまっていたのだ。彼女という特別な枠でもないのに、だ。

三途はナマエが好きだった。初めて彼女から告白された頃はまだ好きだという感情は無かったが、毎回諦めずに素直に自分の事を好きだと言う彼女のことを、いつの間にか好きになっていたのだ。

しかし恋を自覚した頃、三途はマイキー達と道理に反する道へと進む際、自分が幹部のナンバー2になることもあって正直な話、恋愛に現を抜かせない時期でもあったのは事実。

結局安心仕切ってしまっていたのだ。安心仕切ってしまっていたからこういう最悪の事態になってしまった。

ナマエが俺の事を好きって言うのが好きで、
ナマエが怒って頬を膨らませたって何にも怖くねェけどその顔見んのが好きで、
ナマエがファミレスとか安い所の飯でも何でも「美味しい」と笑った顔が好きで、
一回も言えなかったけど、ぶっちゃけどんな女よりも可愛くて。

「っち」

乾いた舌打ちが室内に響く。
本当は今日三途は思いを伝えようと思っていた。思っていたけれど、彼女の言葉に長年拗らせてしまった自分の思いを素直に伝える事が出来ずにいつものように流してしまった。

泣かせてしまった彼女の顔は何度も見てきた。
さっきだってもう涙が目に溜まっているのを三途は気付いていた。

「……お前の泣き面は見飽きたんだよ」

三途は静かに席を立つとと、個室のドアを開け出て行った。



Title By 葬式と鶯

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