小説 | ナノ

三途さんは私の事を好きだと思う



※梵天軸



早朝5時過ぎた辺りだと思う。オートロックの解除キーが開く音がして私は目をパチっと開けた。この部屋主が帰って来たのだと分かると私は一瞬で目が覚め、急いで与えられた自室のドアを開けて彼を出迎える。

「おはようございます!三途さん」
「あ?あー…はよぉ」

くぁっと大きな欠伸をしながら挨拶をしてくれる三途さん。昨日は確かお昼前には仕事へ行くと出て行った。朝方まで掛かった仕事に疲労しているのか、顔色が若干良くない気もする。まぁ私に出来ることなんかゼロに等しいので、笑って出迎える事しか出来ないのだけれど。

「お疲れ様です!何か食べます?」
「朝から食えるか」
「朝だから食べるんですよ!お仕事お疲れならコーヒーでも飲みます?」
「いやいい。何もいらねェから黙ってテレビでも見てろや」

折角三途さんが帰って来たから早く起きたのに、三途さんは早々にネクタイを緩めながら自室へと行ってしまった。でも私がその後ろ姿を追うことも無ければ、三途さんにとやかく言うことも無い。だって私たちは彼氏彼女のような甘い関係では無いのだから。





私の家は父子家庭。今どき珍しい古びたおんぼろアパートに父と私の二人で暮らしていた。備え付けのエアコンは古いせいで余り効きがよくなく、夏は暑いし冬は寒いしエアコンの意味をなさない。友達は勿論恥ずかしくて呼べなかった。そもそも学校から帰ってくれば父の世話が待っている為、遊べること自体が無いに等しかったけれど。

そしてこの父が大層に最低な父だった。私の顔は自分でも思うほどいなくなってしまった母親にそっくり。中学に上がるにつれ顔つきが少しずつ変わっていく私に、父は人が変わったかのように罵倒を繰り返すようになった。仕事もろくに行かずギャンブルや酒に溺れ、夜は私の顔を見るなり暴言を吐き連ね酷い時には暴力まで。正直大嫌いな存在だった。

そんな父のくせに何で家賃や酒、ギャンブルをする金があるのだろうと疑問に思った事がある。しかしその謎は解明された。

「よォ、こんばんわァ。お前ンとこの親父さんに金貸してンだけどいつになったら返ってくんのかなァ?」

古びたアパートに不釣り合いなスーツを着た男性。これが三途さんだ。借用書であろう紙をペラペラとちらつかせながらにっこりと微笑んだ三途さんに、私は唾をゴクリと飲み込んだ。

借用書にサインされているのは紛れもなく父の字。だから意外と冷静に事の状況を把握出来たのだ。金借りていたから父と私は生活出来ていたのかと。

三途さんは私に断りも無く靴のまま部屋へと上がり込み、父を見つけるとしゃがみ込む。三途さんを目の前にした父は途端に小さく丸くなり、威勢の良いいつもの姿はまるで無かった。こんな父を見るのは生まれて初めてだ。

「随分と楽しんで生活してるみてえじゃねェの」

三途さんは私に背を向け父が飲んでいた酒の缶をコツコツと指で当てる。この時の三途さんがどんな顔をしていたかなんて見えないから分からなかったけれど、夏場なのに空気が異常にひんやりとしていた事だけは確かだった。

そして父は三途さんの部下と思わしき人にすんなりと連れ去られて行く。必死で抵抗していたが虚しく父が私の名前を呼ぶ声だけが響き渡った。数分後、静かになったおんぼろアパートには三途さんと私の二人だけ。私の人生もここまでかと思った矢先、三途さんと視線が合わさった。そして三途さんは私をじぃっと見つめたまま言ったのだ。

「お前の親父が作った借金膨れ上がって約300万。俺が立て替えてやっから着いて来い」
「……は?」




そして私はこの日を境に、おんぼろアパートから足を踏み入れた事もないマンションへ移り住むことになったのだ。

この非現実的日常は夢では無いかと最初こそ疑ったがやはり現実。私はこうして毎日ちゃんと生きている。なんとか生活をしていたとはいえ(借金だけど)高校へ行ける金も無かった私は、三途さんの家でただ毎日を過ごしているだけだった。

初めの頃は毎日三途さんの機嫌を損ねないように気を張っていたのは事実。明らかに堅気ではない人の家にいきなり住むだなんてハードルが高すぎる。三途さんの怒りを買ってしまったらと思うと、従順に接することしか考えられなかった。だって普通に怖いもの。父の行方はあれから分からない。前に一度三途さんに聞いてみたけれど

「知りてェんなら教えてやろうか」

と言った彼の顔の表情が、あの日私の家に来たときと同じ顔をしていて身の毛がよだった。聞いても何一つ私にとって良い事は無いと理解が出来るその顔つきに、「…いえ」と小さな声で呟くと、三途さんは口元を怪しく上げてにこりと微笑んだ。彼が何故こんな子供の私を、大金を立て替えてまで身近に置いておく理由なんて分かる訳もなく、そして聞くことも出来なかった。

少しずつ月日を共にしていくと初めは怖いと思っていた三途さんは、もしかして優しい人なのでは?と最近は思い始めるようになった。口調は悪くて見た目も怖いのは変わらないけれど、三途さんは父と違って私に怒らないのだ。まだここに来たばかりの頃、三途さんと会話する際に自然と緊張してしまい体に力が入る私に三途さんは言った。

「あー…別に取って食おうとか思ってねェから。テメェびびりすぎなんだよ。そっちのが見ててイラつくから普通でいろや」
「え…普通、ですか?」
「そォ。ふつうふつう」

声の端が小さくなりながらも私が小さく頷けば、三途さんの手のひらが私の頭にポンと乗っかった。ビクゥっと震えた私に三途さんは舌打ちをしたけれど、その言葉通りに三途さんは私に何も危害は加えないし、寧ろあの日の事なんて無かったかのように接してくれるのだ。

帰る日はまちまちだけど、帰宅すれば会話相手になってくれる三途さん。外に出掛けるのは三途さんがいる時でなければダメだと言われ、私は律儀にその約束を守っている。この間はその事を褒めてくれた。

「逃げ出したってすぐに見つかんだから逃げ出さねェお前は利口チャンだわな」
「三途さんのお家以外で私の帰るとこ無くなっちゃってますので」
「……ふん」

本当に素直に思った事を口にしただけだが、三途さんは一瞬元から大きい目を更に大きくさせると満足そうに鼻で笑う。

そしてそして、三途さんて意外と女の人に優しいんだって事も知った。
別に頼まれている訳でも無いが、何もしないで三途さんにお世話になるのも気が引けた私は、三途さんの身近な世話をするようになった。部屋の掃除からお風呂掃除に炊事や洗濯。これは今まで私が家でやって来た事だから別に苦では無かったし、ずっとテレビを見て一人ポツンと三途さんの帰りを待っているよりかはマシだった。

「飯?別に頼んでねェんだけど」
「えへへ、いらなければ明日私が食べるんで置いておいてくれて良いですよ?」
「…いらねぇとは言ってねェだろうが」

私が作った料理を素直に「美味しい」と褒めてくれることは無かったけど、作れば必ず口にしてくれる三途さん。「不味けりゃ食わねぇ」と言う三途さんに、頬が緩みニコニコと笑っていれば不服そうに料理を箸でつついていた。父と暮らしていた頃は私の料理は不味いとよく言われ、食べて貰えない事が多かったから嬉しかったのである。

このときぐらいから三途さんは余り外に出したがらなかった私を、ご飯等に連れて行ってくれるようになった。「今日は酒飲みてェ」と言って焼肉屋、「パスタ食いてェから着いて来い」とイタリアン。でもね、私知ってる。三途さんは別に自分が食べたい訳では無くて、私に食べさせようとしてくれているんだって。だって三途さんは元から食が細くて食に興味が余り無い人だ。何か食べたいものが無いかと聞いても「特にねぇ」は日常茶飯事、店に入ればお前の好きなの頼めと私にいつも選ばせて、三途さんが頼むときは私の好きな物ばかり頼む。そして連れて来てくれた三途さん本人はお酒を飲んで食事は摘む程度。だから三途さんて根は優しい人だと思う。

「三途さんこんな頼んでも食べきれないですって」
「あ?食えなきゃ残しゃいーだろが」
「えっ勿体ない!三途さんも頑張って食べるんですよ!一緒に!」

ゲェっと眉を顰める三途さんは形の良い口端を歪める。結局お酒ばかり飲んでいて、私のお腹だけがいっぱいになっていたけれど、「美味しいです」と口にすれば三途さんは笑ってくれるから、その顔は怖く無いし嫌いじゃなかった。

その他にも三途さんは「貰った」と称してケーキを買ってきてくれたり、「店員に勧められた」と言ってアクセサリーやバッグを買ってきてくれたり。勧められただけで買う訳がないそのブランド物は、流石に貰えないから三途さんに返したことがある。

「いやいや!こんなの貰っても三途さん以外と私出かけられませんし貰えませんって!お気持ちだけで十分です」
「ンじゃ俺と出掛けるとき身につけりゃ良くねェ?」
「いやいや!そういう訳にもいきませんって。っあ!彼女!彼女にプレゼントしたらどうですか?コレは喜ぶと思いますよ!?」
「……は?」
「えっ!?」

三途さんの口から出た声音はとびきり低いトーンで、私の顔はみるみるうちに引きつっていく。ひんやりとした空気は私があの日初めて三途さんと出会った日のことを思い出させる。

「さ、さんずさん?」
「お前…はぁ。もーいいワ。…ソレ、いらなきゃ捨てりゃいいから」
「あっちょっ待って下さい!」

私の引き止めも虚しく三途さんは部屋を出て行ってしまった。三途さんの後ろ背が頭から暫く離れない。私は三途さんの今までの行動を思い起こしながら、うんうんと小さな脳みそを捻り考えていた。三途さんの言っていた言葉の意味。私は昔から恋愛漫画も読まなかったし、ドラマだって家で見れなかったから恋愛知識は当時の友達の恋バナのみ。つまり中学生止まりである。…勘違いかもしれないけれど、勘違いだったらめちゃくちゃ恥ずかしいけれど、私がここに来てからの三途さんを思い返すと、私の頬はぽぉっと熱くなっていくのを感じてしまった。

三途さんがそれから帰ってきたのは夜中だ。私はすぐさま三途さんの所へと向かう。

「おかえりなさいっ!三途さんっ!」
「あ?あー…まだ起きてたのかよ」
「はいっ!三途さんが帰ってくるの待ってたので」
「は?あ、あそォ」

三途さんがリビングへと歩くから、私も三途さんの後ろをちょこちょこと着いて行く。三途さんはそんな私を見て、小さく笑っていたような気がする。

「…今日はごめんなさい。三途さんがくれるプレゼントとっても嬉しかったのに嫌味な言い方しちゃって」
「別にィ…っつかンだよ、それわざわざ言う為にお前起きてたワケ?」
「はいっ!ぶっちゃけ人から貰うプレゼントなんて小学校の時の誕生日プレゼントぐらいでしたから。貰いなれてないってのもありまして…本当にごめんなさい」
「ふーん。別に怒ってねェからンな謝んな」

私の目はほんの少し三途さんにバレない程度目が大きく見開いた。だって三途さん、大人の人なのに子供のように笑ったから。でもすぐに表情はいつもの三途さんに戻って、え?と思った私は口がポカンと口があいてしまった。三途さんはコツン、と私の頭を小突き「ガキはとっととはよ寝ろ」と言われてしまったので、黙って頷き自室へと戻った。お布団に転がり込んだって当然眠れる訳が無く、三途さんのあの表情がやけに脳裏にこびり付いていて、心臓がきゅうって握られてしまった初めての感覚だった。





家事を一通りやり終えた私はもう特にする事が無い為、ソファに座って三途さんと出会った頃の事を思い出していた。ぶっちゃけ自惚れてはいけないが、三途さんとはあれからかなり関係は良好だと思う。前は仕事が遅くなるときなんて連絡一つもなかったけれど、今では帰る前に必ず連絡をくれるようになった。そしてちょっとばかり距離が近い。だから私の心臓本当にもたない。良い匂いするし、顔が綺麗だし。毎日三途さんしか私は顔を合わせないから、三途さんの事ばかり考えてしまうし…かっこいいけど、たまに、ほんの少し可愛い。

「なァにボケっとした顔してンだよ」
「あっ!三途さん起きたんですか?」

三途さんはスウェットの中に手を入れながら私の座っていたソファの隣に腰を自然と降ろす。肩が触れ合うその距離、やっぱり近い。

「何か飲みますか?」
「あ?んー…」

三途さんはまだ少々眠そたそうに寝癖が少しついた髪を手でかきあげる。

「三途さん今日お仕事は?」
「今日はやっとの休みィ。電話が来なけりゃな」
「あはは。来そうですね、呼び出しの電話」

げんなりした顔でスマホを確認する三途さん。どうやらまだ呼び出しの連絡は来ていないようだ。自分が飲もうとテーブルに置いてあったココアを、三途さんは手に取って口付けた。

「うっわ、ココアかよォ。甘すぎ」
「確認して飲まないからですよ。お水持ってきましょうか?」
「いい。ここにいろや」

三途さんはソファから立ち上がろうとする私の腕を引き、再度ソファへと座らせる。大人しく言う通りに隣に座り三途さんの顔をチラッと見ると、三途さんはすぐにその視線に気付いた。

「ンだよ。人の顔ジロジロ見やがってよォ」
「え?へへ。三途さんて、私のこと好きですよね?」
「……は?ハァッ?」

唐突過ぎるのは百も承知だが、言われると微塵にも思っていなかったであろう三途さんは、分かりやすく表情と共に声を大きくさせる。

「なに言ってんだテメェ!俺がテメェを好きになる訳ねェだろうがガキが大人をおちょくんな!」
「あ!違うなら本当すみません。いやだって三途よく私にご飯連れて行ってくれるし、プレゼントもいっぱいくれるし、お土産だって。あ、それにプレゼントでくれたもの身につけると三途さんいつも褒めてくれるじゃないですか。私に優しくしてくれるのでてっきり三途さんて私の事が好きなのかと」
「バァカッ!自惚れんのも大概にしろや。別にテメェだけに優しくしてる訳じゃねえワ!つか土産じゃなくて貰った奴だしプレゼントじゃなくて店員に無理矢理買わされただけだワ!前にも言ったろうが」

めちゃくちゃ動揺している三途さんを見れて今の私はちょっと優越感に浸る。この人もこんな焦った顔するんだって、子供の私に大人の彼が見せる顔つきに、つい口からぷはっと笑いが込み上げて来てしまった。

「何笑ってンだよクソが」
「いえっふふっ、三途さんのそんな顔初めて見れたのでつい。ふへへ、すみません。…じゃあとっても今更何ですけど、私の家の借金立て替えてくれたのは何でですか?態々そんな事する義理も何もないのに」
「ハァ?それは…丁度ォ……家の家事やってくれる奴が欲しかったからに決まってだろ」
「家政婦ですか?300万で…家政婦?三途さん私が家事やり始めた頃に確か『ンなもんやらなくていいっつってんだろ』って言って…いだい"っ!」
「ンな事言った覚えがねェ!俺の声真似してんじゃねぇぞチビが!」

髪の毛をワシャワシャとされて私の視界はぐるぐると回る。でも三途さんすっごく分かりやすい。絶対私の言ったこと覚えている。いつもは顔を歪めるか笑っても顔色が変わるなんてことまずないのに、慌てているし赤いもの。やっと頭を手から離してくれた三途さんに、ボサボサになった髪の毛を手ぐしで整えながら私は口を開く。

「ううぅ…。やっぱり私の勘違いだったようですね。すみません、つい出過ぎた真似しちゃいました。私は三途さんのこと……いえ何でもありません」
「は!?言えよ、何て言おうとしてたんだよオイ、こっち向け」

そっぽを向いた私に三途さんは私を振り向かせようとする。でも私は負けじと振り向かないように、体に力を込めて言うのだ。

「いいんです!気にしないで下さい。私は家政婦なので…」
「いや、アレわァ…あー…家政婦じゃねぇって…」
「三途さんに彼女が出来て私がこの家から捨てられたときの為に、バイトをしてお金を稼いでおきたいなって思うんですけど良いですか?」
「あ"?ンなの許すワケねぇだろうが。何ふざけた事言ってんだ」
「わっ!」

三途さんは力を抑えていたのか、今度は強く肩を掴まれ私は強制的に三途さんと対面する。

「他の女なンか作んねェし意味が分かんねェこと言って俺から逃げようとしてんじゃねェぞ。今更逃げ出したってお前もう詰んでんだよ。俺から逃げようなんて思ってンじゃねぇ」

そう告げた三途さんに私はまた口元が緩みそうになる。三途さんはその言葉を言い切ると、若干私から目線を逸らし気まずそうな顔を私に見せた。

「ンな事よりもおめェがさっき俺のこと言ってたの教え」
「三途さんやっぱり私のこと好きですよね?」

私は顔の表情を隠しきれず、またもや怒られるのを覚悟で三途さんの言葉を遮りにまにまと笑いながら問う。三途さんは一瞬驚き固まったかと思うと、直ぐに眉間に皺を寄せ私の頬を摘み声を荒らげた。

「アホかテメェわ!家政婦っつってんだろうがよ!それ以上でもそれ以下でもねぇ。俺がお前みてェなガキ好きになるワケねェだろうが!」

という発言は三途さんの嘘だとすぐに私は確信する。だって耳が真っ赤っかだし、めちゃくちゃ怒っているように見えるけど、家政婦じゃないって言ったくせにまた私の事を家政婦と言っちゃう三途さんは多分、本当に焦っている。





…絶対に三途さんは私のことが好きだと思う。





−−−−−−

三途 春千夜

言えない言えない
自分がこんなまだ子供の主の事を好きだって言えない
一目惚れしちゃったんだもん、なんて言えない
主が好きだって言ったら速攻で答えるけど、
主も主で三途が言うまで言えない、言えない、言わない

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