小説 | ナノ

更にクズになってて笑うじゃん



女癖の悪さ、素業の悪さでとにかく有名な六本木のカリスマ、灰谷蘭はわたしの元彼氏であった。

彼に近付きたい女はいくらもいて、ライバルなんて多すぎて把握が出来ない。彼に惹かれてしまう理由はなんだろう。理由はきっと単純明快で"悪い男"だからだ。彼女を守ろうと必死になるヒーロー的な主人公よりも、味方も敵も関係なく欲しいと思ったら力づくで手に入れてしまうヴィラン的な悪役の方が、この世の女心を何故か掴んでしまう。漫画とか映画でもそういうキャラが人気になったりするのってこんな理由も少しはあるんじゃないかな。だってそんな男、中々いないもん。蘭くんはそのヴィラン役に近い存在だったといえるだろう。

女に優しく、甘い顔で甘いセリフを平気で吐き、本音と言いつつ嘘をつけちゃう。それでいて顔立ちがモデル並みに整っているんだから、こんなのみんな毒されるに決まってる。

かくいうわたしも、そんな彼に魅了されてまんまと引っかかってしまった一人なんですけどね。

出会いはバイト先のコンビニにて。蘭くんがお客さんとして訪れて話しかけてくれたあの日から、わたしの世界は一変した。

「お前いっつも俺らが来るとキョドってんねぇ」
「へっ?」
「ふふ、何その顔。いつもココ来る度見てたから知ってんの。はい、コレあげる」
「えっあ、っえ?」
「頑張ってるごほーび

蘭くんにとったら話し掛けて来たのなんてただの気まぐれだったに過ぎない。でもわたしにとったらほんの些細な事が大きかった。会計し終えたばかりのコーラのペットボトルをわたしに1本手渡すと、仲間に名前呼ばれて、彼の瞳からわたしは消える。そうして店を出てしまった彼の後ろ姿にわたしは放心状態。我に返った後も胸の動悸だけはいつまでも治まらなかった。

わたしは言ってしまえば地味な女だった。不良グループとの関わりなんて18年間生きてきて皆無だったし、女子高だったせいで男に耐性もなければ男性経験も虚しく0。だから当時は蘭くんのその気まぐれを優しさだと勘違いしてしまったんだよね。蘭くんは飴と鞭を使い分けることが自然と出来ちゃう人だったから。

クラスの一軍女子にメイクを教わり、友達に服を買いに行くのを付き合って貰って、出来るとこから自分磨きを始めた。恋ってこんな人を変えちゃうんだね!?と笑っちゃうくらいに、好きな人の好きなタイプになりたくて必死だったのだ。簡単に言ってしまえば、漫画でありがちな不良君が優等生に恋する展開の逆バージョンだと思って貰いたい。わたしは優等生でもなんでもないただの平凡女子高生だったけど。

そこからのわたしはもう一直線で、ド直球アピールもいいとこだった。毎回蘭くんが来店する度に挨拶を始め話しかけてを繰り返す。その甲斐あってか「なんかいつもと違くねェ?可愛くなった?」と言って褒めて貰えた日にはもう死ぬほど嬉しかったっけ。蘭くんがその都度嫌がらず接してくれてたから浮かれてたんだと思う。でも仕方ない。何せ小学生の頃クラスの男の子に恋をして以来の片思いなので、当たって砕けろ精神みたいなアピール方法しか知らなかったのだ。そして近づいちゃいけない男の選別なんてできる訳がなかった。無知ほど怖いものはないってやつ。今思い出すと顔を覆いたくなるくらいに羞恥心が襲ってくるもん。好き好きアピールし過ぎて彼の弟の竜胆くんには「アンタ駆け引きぐれェ覚えろよ」なんて口端引き攣りながら苦笑されたくらい、わたしは蘭くんに恋をし夢中だった。

「ふっふふ、ふは」
「なっなんで笑うの?」
「ん?あー…わりぃ。お前が俺のこと好きなの知ってたけどさァ、いつも元気な奴がこういうときだけ緊張すんだって思ったら可愛いじゃん?」

そのせいで告白したときも勿論蘭くんはわたしが好きなことも気付いていたし、めちゃくちゃ笑われた。だけど頷いてくれたときは嬉しくて嬉しくて空まで飛べそうで、もう後のことなんて考える余裕もなく夢じゃないかと何度も頬を抓ってしまう始末。それと同時に今世界で1番の幸せを勝ち取ったのは絶対わたしだとおバカなことも思ってた訳で。

でもさ。好きになって付き合えたって、少しの期間じゃ相手の本性まで知ることは難しい。ほんと、とんでもない人を好きになってしまったと思うよ。







蘭くんとお付き合いが始まってから、わたしのハッピースマイルJK生活はほんの少しの間だけだった。



「初めて?」
「…うっうん」

初めて彼の家にお呼ばれしたとき。普通じゃ住めない家の広さに驚きつつも、別の意味でも緊張してた。いつも綺麗に結っている三つ編みがその日は下ろされて、そのせいか普段よりも随分色っぽい。少し寝癖でうねった髪の束がわたしの頬をくすぐったとき、わたしはベッドに寝かされていた。

この状況がどんな状況なのか。いくらわたしが処女であっても想像くらい出来る。耳まで熱くなるほど顔が火照り出してきて、心臓はバクバク音を鳴らす。今から行う行為を連想させる事態に体はカチコチで石みたい。でも体の温度はすぐ冷めていく。タレ目がちな瞳を数回瞬きさせる蘭くんに、わたしは言わなきゃ良かったと我に返って無理矢理明るく振舞った。

「ご、ごめんね!重いよねやっぱり」
「ん?なにが?初めての彼氏が俺なんだからコレも初めてじゃなきゃおかしいだろ」
「それはそうなんだけどっ」
「っつかそんなん重いとか思う奴なんているわけェ?俺そこまでひでぇヤツじゃねぇんだけど」
「えっ!?あっ、ンッ」

蘭くんの香水の香りがフワッと間近で香り、唇に柔らかい感触が伝わる。着ていた服の中に忍び込んでくる蘭くんの手はちょっぴり冷たくて、体は小さく跳ねた。


「かぁわい」


そこからは蘭くんのペースに全てを持っていかれた。蘭くんはこんなわたしに対して面倒くさがらず、壊れ物を扱うくらい優しく抱いてくれたから、初めては痛いとかよく言うあるあるを吹っ飛ばし、気持ち良さと幸せだけをくれたのだ。

好きな男が、女の喜ぶ言葉を、淡々と口にする。
「可愛い」、「好き」、「お前といるのが落ち着くの」などなど。甘くて溶けちゃうような声色で言葉を落としていくんだもん。わたしはその度に蘭くんの1番なんだって実感出来ていたのは間違いない。

だけど蘭くんは我儘でもあった。我儘でもあり、根っからのマイペース人間だ。マイペースかつ自分が1番で、面倒臭いと思ったことは絶対手を出さない。自分が楽しいと思ったことは率先としてやるけれど、自分にメリットがなければとっても顔に出やすい。興味のないことにはとことん冷めている男。

約束のない"今から来て"は常習犯。わたしは好き過ぎるが故にいつの間にか言う事を聞く女になっていた。集会なのか喧嘩なのか分からないけれど、その1時間前に呼ばれてセックスしてハイ解散の日だって何度かあった。虚しさを覚える反面、それでもわたしは蘭くんの言うことを聞いていた。蘭くんのことが本当に好きで蘭くんしか見えていなかったから。

だけどわたしにも会えない日はある。友達と遊ぶ約束もあるし、学校のテスト週間になれば勉強もしなくちゃならない。こういうときに蘭くんからのお誘いを断らなくてはならないのが一緒に過ごした時間のなかで一番苦手だった。

「それ俺より大事なことなわけェ?」
「っわたしだって蘭くんといたいけど、テストの点悪いとウチの親に怒られちゃうし」
「ふーん。…じゃもういいワ。萎えた」
「えっごめん!待ってよ蘭くん!」
「もう寝る。竜胆に送って貰えよ」

蘭くんは、自分の思った通りに事が動かないと機嫌が大層悪くなる。そういう時の機嫌を取るのが大変で、結局最後は毎回わたしが泣いてしまう。そうすると蘭くんは決まってこう言うのだ。

「好きだよ」

ほんと、女を手のひらで転がす天才だと思う。特にわたしみたいに全経験を蘭くんに振ってしまった女はこの一言で、あぁ、良かった。まだわたし蘭くんの彼女でいられるって安心してしまうのだから、麻薬みたいな言葉だよ本当に。


「ねぇ、アンタ本当にそんな彼氏でいいの?」
「蘭ってあの灰谷蘭?え、暴走族に入っててヤバいことにも手を出してる人でしょ?」
「遊ばれてるだけじゃないの?本当に大丈夫?」

わたしの友達、蘭くんの話をすれば皆最終的には別れろと口を揃えて言った。友達の言いたいことも分かる。分かるんだけど、好きには勝てない。わたしの為に言ってくれているのに相槌を打って、でも蘭くんは優しいからと笑顔を作る。

でも大丈夫なフリをしていただけで、本当は気付いていた。友達の彼氏たちはちゃんと彼女の意見も尊重するし、大事にしてくれる。蘭くんは表向きだけはわたしのことを大事にしてくれていたけれど、わたしのことなんて別に最初から好きでもなんでもなかった。


だってわたしは聞いてしまった。
蘭くんの家に泊まってて、夜中に起きたら蘭くんがいない。いつも1度寝たら中々起きない蘭くんなのに珍しいなぁなんて思ってそっと部屋のドアを開けたら聞こえてくるのは竜胆くんとの会話。

「半年も続いてンの兄ちゃんからしたら珍しくね?いつも1ヶ月続かねェのに」
「はぁ?なに、羨ましいワケ?」
「そんなんじゃねェけど…っつかこんなに長く続くと思ってなかったから意外っつー話。今までのタイプと全然違ェじゃん?」

そっとドアを閉めるべきだった。ドアを閉めて、布団に潜り込めばまだなんとかなったかもしれない。でもそれがわたしに関することとなると知らなかった頃には戻れないし、この話の続きを聞かない訳にもいかないじゃんか。

冷房は効いているはずなのに体には嫌な汗が伝う。心臓は破裂しそうなくらい音を立てていて、聞き耳立ててしまうのが悪いとかそんなの考えている余裕なんてこれっぽっちもなかった。

「あー…なんつーか俺のこと好きな女が自分好みに変わってくのって優越感みてェの感じねぇ?」
「は?」
「アイツちょっとしたことですぐ泣く泣き虫なんだけどさぁ。俺が好きって言うだけですぐ泣き止んで俺の言う通りにすんの、健気じゃん」
「うわ、兄ちゃんそれは流石に最低だろ」
「お前に言われたかねーよ」

その瞬間、腑に落ちた。
今までなんでわたしが蘭くんの彼女でいられたのか。それはわたしが蘭くんの言う事やること全てに従ってきて、彼女というのは言葉だけで都合のいい女が蘭くんにとって楽だったからだ。思わず声が出そうになった手を口で抑えて、音がならないように部屋のドアを締め直す。

なんの為にわたしが蘭くんの言う通りにしてきたのか。
なんの為に蘭くん好みの女になれるよう努力をしてきたのか。
なんの為にわたしは蘭くんの彼女でいたかったのか。

…そんなの全部蘭くんの事を好きだったからじゃん。


「は、はは。…なんだこれ。アホらし」


乾いた笑いと一緒に、悲しさと悔しさが混じった涙が溢れた。蘭くんの今まで言ってくれていた「好き」は嘘だったし、わたしを彼女として傍に置いておいたのは楽な女だったからなんだ。

えっ待って。めちゃくちゃ最低じゃない?

そう思うと胸は痛いくらい苦しかったのにムカムカしだして来て、友達に辞めとけと散々言われてた言葉を思い返した。早く泣き止まなくちゃ蘭くんが戻ってきちゃう。そう思うのに涙は止まらない。なんでこんな男をずっと一途に好きだったんだろ。

丁度落ち着いた頃に蘭くんが戻ってくると、わたしは寝たフリをする。わたしが泣いてたことなんて勿論気付かない蘭くんにその場でヤケになって問い詰めなかっただけでも自分を褒めたい。

蘭くんはわたしの頭を1度撫でると、眠りについた。
わたしは一切、寝られなかったけれど。






次の日の早朝、ベッドを出るも蘭くんはぐぅぐぅ寝ていた。こっちの気も知らないで夢の中だ。目を瞑っている蘭くんを見て、小さく鼻で笑ってしまった。

女って冷めるとこんな気持ちになるんだって少しびっくりする。だって大好きだった筈の蘭くんの寝顔を見てもどうとも思わなくなってしまった。寧ろムカつく。いつもなら蘭くんが起きるまで一緒にいるのがいつの間にか出来た自然なルールなんだけど、そんなのもう知らないし守ってやる義理もない。

でも夜通し考えて思ったこともある。
わたしだって蘭くんの言う事を聞きすぎてた。何するにも蘭くんが初めてだったから、自分の意見も言わずに嫌われたくないの一心で接していて、否は少なからずあった。

でももう顔も見たくなければ話もしたくない。

身支度して、バッグを持って、部屋を出る。
ここにくる事はもうきっとないだろうけど、なんの未練もない。

玄関で靴を履くと開かれたドア。顔を上げればコンビニ袋を抱えた竜胆くんだった。

「アレ?早くね?」
「…ああ、うん。今日はちょっとね。竜胆くんも早すぎじゃない?朝帰り?」

我ながら名演技だと思う。にっこり笑顔を向ければ竜胆くんは一瞬焦った顔から安堵した顔つきに変わった。

「俺はずっとゲームやってて朝飯買い行ってたとこ。ってかいいの?兄貴まだ寝てんだろ」

竜胆くんは小首を傾げる。わたしが見せた笑みのおかげでなんの不信感も抱いていないような口調だった。
竜胆くんとはちゃんと話をしたことは少ないけれど、片思いしているときになんだかんだ相談に乗ってくれていた。今思えばそれもわたしの勘違いで、楽しんでただけかもしれないが。

「うん。いいよいいよあんなヤツ寝かせて置けば」
「へ??」
「あっわたしが蘭くんと付き合う前に色々話聞いて貰っちゃったりしたことあったよね!あの時はごめんね」
「ん???」
「もう今日でここ来るの最後だし、竜胆くんとも会うことはないと思うけど、ありがとう!また何処かで会ったらよろしくねっ」
「えっ、それどういうっ、ちょっ」

それだけ言うと竜胆くんを押し退けてこのどデカいマンションを後にする。バッグから携帯を取り出して1件のメールを送信した。

"別れよ。彼女じゃなくて都合のいい女はマジ勘弁なんで"

こんなメールの打ち方をしたのは半ばヤケを起こしていたのかもしれない。だけどこれが1番シンプルに別れたいってのと別れたい理由が伝わると思ったから、これでいいのだ。蘭くんの番号を着拒して、携帯をしまう。

家に帰ってから少し泣いたけど、友達が励ましてくれたからなんとかいつものわたしを取り戻すことが出来た。友達様様。男なんてクソ喰らえ。


そうしてわたしは蘭くんの都合のいい彼女を終了したのだ。







別れてから3ヶ月。蘭くんの電話を着拒した後メールもすぐ受信拒否にしてしまったので、連絡が来ていたのかは分からない。気にならない訳ではなかったけれど、3ヶ月も経てばわたしにとったら終わった話なわけで。ショックも受けたけど、その分友達がカバーしてくれたから、本当に友達は男よりも大切な存在だと思ってる。

そんな感じで毎日を楽しんで、ラストJKに花を咲かせていたある日の休日。見覚えのない電話番号にでてしまったのが悪かった。


だってその番号がまさか竜胆くんだとは思いもしないじゃないですか。


流石に挙動不審になるわたしに、お前が来るまで待ってるからと無理矢理約束事を取り付けて電話を切ってしまった竜胆くん。重たい足取りで待ち合わせ場所に向かったら、わたしを見て竜胆くんは目を見開いた。

「アレ?ナマエ、チャンであってる?」
「あはは、やだな。なんで今更ちゃん付けなの?前みたいに呼び捨てとかアンタでいいのに」
「いや、なんか雰囲気変わってね?」

丸メガネ越しでも分かるほど竜胆くんは大きく目をぱちぱちと瞬きさせるからちょっと面白い。緊張していたのが解けていく感じ。だってこんな竜胆くんを見たのは初めてだった。

「で、話ってなんだろ」
「あ…そのことなんだけどさ、」

店員が注文した飲み物を持ってくる。竜胆くんはなんだかソワソワしていて落ち着きがない。

「あー…なんつーか。その兄ちゃん、のことなんだけど」
「蘭くん?」

そりゃそうだ。わたしが竜胆くんと会話するとなったら蘭くんのことでしかない訳だし。

「アンタ兄ちゃんのこと着拒してんだろ。一方的な別れるメール送ってさ」
「あー…そうだったね?」
「そうだったって。…まぁいいや。ンで悪ィんだけど、兄ちゃんと連絡取ってくんねぇかなぁ?」
「は?」

わたしの呆けた声が思わず漏れる。

「なんでわたしが蘭くんに?もう別れたんだけど」
「そんなん言い逃げだろ?兄ちゃん納得いってねぇつーか、アレからマジでやばかったんだって」
「やばかった?」
「あ"ークソ。ンで俺が…っアンタと別れてから兄ちゃんの機嫌は過去一最低最悪。家ン中荒らすわ集会でずっと苛立ってるわ、俺らも手に負えねェんだよ!!」

竜胆くんは相当ストレスが溜まっていたのかここがカフェであるにも関わらず声を荒らげた。確かに竜胆くんの言う通り言い逃げと言われればそれまでだけど、元よりそうなったのは、

「でもそんなん、蘭くんのせいじゃん」
「あい??」
「蘭くん、わたしのこと好きじゃなかったみたいだし」
「へ?」

今度は竜胆くんが呆けた声を喉から洩らした。

「だって今だから言うけど…わたしが最後に蘭くんの家に泊まった日、聞いちゃったんだよね。竜胆くんと蘭くんの会話」

竜胆くんは青ざめる。この世の終わりかと思うほど。あの有名な灰谷兄弟の片割れが、こんな顔も出来るんだと誰が思っただろうか。これには申し訳ないけどほんの軽く吹き出してしまった。

「そ、それは違ェよ?!兄貴は昔っから興味ねェ女とは続かねェし家にも頻繁に呼ばねェから!お前だけだから!あんなに長く続いてた女っ」
「わたしが都合のいい女だったからでしょ?」
「だから素直になれねェだけで違うって!」
「じゃあなんでわたしを探しに来なかったの?今日だって竜胆くんが連絡して来たじゃん。蘭くんが来ようと思えば来れたんじゃなかったの?」

意地悪するつもりもなかったし、もし蘭くんが来たところで仲直りする程の熱量もなかったのに、つい言ってしまった。竜胆くんは気まずそうな表情を浮かべると、わたしの背後に視線をズラし「だってよ」と呟いた。

竜胆くんの視線の方向へ顔を向けると、わたしは思わず息を飲む。


「お前からやっぱりヨリ戻してェって言うかと思ったんだよ。だから…意地張った」


別れる前と変わらない顔つきに、いつもと同じ香水の香り。心臓が大きくドクンと跳ね上がる。

「ら、らんくん?」
「久しぶりィ……ってかお前顔変わった?」

わたしの顔を凝視するなり思ったことを口してしまう蘭くん。これが元カノに出会って1分で言うセリフだろうか。というか目を瞬きさせて竜胆くんと同じような反応をするのは兄弟だからなの?あれ、これってデジャヴ??

「…蘭くんも元気そうだね。どうせ前みたいなメイクじゃないから薄い方がいいとか言うんでしょ」

ちょっと蘭くんにはムカついて悪態をついてみる。だけど蘭くんは痛くも痒くもないようでわたしの隣に座ると口を開いた。

「いや?お前は何しても可愛いよ」
「はっはぁ?」

声は咄嗟に裏返る。すると蘭くんはいつもわたしをからかっていたみたいに笑うことはせず、真剣な面持ちわたしを見るから怯んでしまった。

「元気かって言われたらなんも元気出ねぇよ。お前がいなくなってからずっと」
「…うそだ」
「嘘じゃねぇからこうして竜胆にまで頼み込んでお前呼んで貰ったんだろうが。俺が来るって言ったらお前来なかったろ」
「……」

わたしの心を読み取っていく蘭くんに口を紡ぐ。視線を逸らしたいのにあまりに蘭くんがジッとわたしを見つめてくるから逸らそうにも逸らせない。

「俺もう1回お前の彼氏になる権利が欲しいんだけど」
「っ、」
「ダメ?もう無理?」

わたしはこういう強請るように甘えた声を出す蘭くんにも弱かった。あの蘭くんが!自由奔放俺に着いて来いタイプの蘭くんがわたしにお願いごとをしてる!だなんて思ってしまって断れなくなってしまうから。絶対蘭くんはそれを分かってる。

蘭くんは静かにわたしの返事を待つ。因みに竜胆くんは携帯を弄っていた。チラチラとたまに此方を見る視線が痛い。普通こういう場では流石に席を外しそうなのに、何故かずっといた。

小さく唾を飲んで、口をそっと開く。

「…わたし実は蘭くん好みのタイプな女の子じゃないんだよね」
「は、」
「蘭くんが好きって言うから服装も清楚系で纏めてたし、化粧も薄くして嫌われないように、飽きられないようにって努力してたの」

今話していることは、蘭くんと付き合ってからわたしが言えなかったことだ。今思えば自分の好きなものを我慢して無理をしてたんだと分かる。でもあの頃みたく可愛く猫被ってたわたしはもういない。

「電話もメールも、蘭くんはあまり返してくれなかったし」
「それは、」
「仮にわたしがそれを蘭くんにしてたらどう?怒らなかった?」
「……」
「好きで都合のいい女になってた訳じゃないよ。蘭くんが本当に好きで、わたしの事を好きって言ってくれる蘭くんが大事だったから、大切にしたかったの」

ダメだな。吹っ切れているはずなのに、その時どう思ってたかなんかをリアルに思い出しちゃって涙が出そうになってくる。涙目になっているであろう自分の顔を見られたくなくて蘭くんから視線を逸らす。

すると蘭くんはわたしの手を取った。

「らんくっ」
「ごめん…本当、ごめんなぁ」
「……」
「今更言ったって軽く聞こえるかもしれねぇけど、俺はお前のことがちゃんと好きだったよ。今でも好き。お前が俺の好みに必死に合わせンの見るのがすげぇ可愛かったから…やり過ぎちまった」
「な、なにそれ」
「一緒に居て気が楽で、こんなずっと一緒にいてぇと思った女が初めてだったから、お前のこと考えずに悪いことしたと思ってる。お前の好きなことしな?格好も化粧も。俺はお前との時間が作れりゃそれでいい」

蘭くんは優しくわたしの手のひらに指を絡める。蘭くんとの右手の薬指には付き合って3ヶ月の記念日に蘭くんがプレゼントしてくれたペアリングが未だに嵌めてあった。

「俺と本当に別れてぇの?」
「あ、」
「お前はもう俺のこと好きじゃねぇ?俺がいなくてもお前は平気?」

いつも自分が大好きで自分が一番の蘭くんはここにはいない。今わたしを中心として蘭くんは動いていて、ヨリを戻したいと懇願し、ちゃんとわたしの返事を聞こうとする。

ほんとに、ほんとに彼はわたしの事をちゃんと好きなんだろうか。

息をゴクリと飲んだ。
本当、蘭くんて狡い男だ。一瞬で自分の手中に人を入れ込んでいくのが上手なんだもん。

蘭くんの切羽詰まった顔を前にして、わたしがもう少し蘭くんのペースにちゃんと持っていけてたら違っていたかもしれないなんて考えてしまった矢先。

蘭くんの電話の着信が鳴り、我に返った。

「…出なよ」

わたしの言葉に蘭くんは渋々携帯を取り出すと速攻でズボンのポケットに携帯をしまう。

「なんで出ないの?」
「いや、別に急ぎの用じゃねェみたいだし大丈夫」
「そうなの?また鳴ってるけど」

1度なり止んだ携帯はまた音を立てて着信を知らせる。蘭くんは明らか不機嫌になり舌打ちをした後、わたしににこりと何事もなかったように微笑んだから女の勘が働いた。

「ねぇ、それダレ?」

わたし、蘭くんと半年ちょっとしか一緒に過ごしていないんだけれど、蘭くんに沢山時間を費やしてきたから分かる。

蘭くんは、マイペースで、自分が一番だけど、わたしと付き合っていた頃のあの時間だけは、わたし以外の女と連絡を取ってないって言い切れる。わたしの目の前で他の女の連絡先を消去して、「な?お前以外に興味ねぇの」なんて言ってた蘭くん。竜胆くんも驚いてたし、その仲間も同じく驚愕してた。

ふい、とわたしから視線を逸らした蘭くんの携帯を取る。

「あ、っおい!」


「……へぇ?」

画面には見知らぬ女の名前が映し出されている。
わたしの低い声に蘭くんの額には汗が流れたように思う。途端に彼は焦り出し始めた。

「こっこれは違ェって。しつけぇただのおん、」
「しつこい女なのにちゃんと名前付きで登録してるんだね」

蘭くんは口篭る。竜胆くんに視線を向けるとわたしから光の速さで顔を逸らした。

もうこれ決定的じゃん。親しい仲ですってネタバレしてるようなもんだよこんなの。

「ねぇ蘭くん」
「…ハイ」
「わたしと別れてたんだから今蘭くんが誰と遊ぼうが自由だよ」
「は、」
「でも蘭くん、今日わたしとヨリを戻したくて来てくれたんじゃなかったの?」

賑やかなカフェの空気がここだけどんより曇ってる。
するとそれまで口を閉じていた竜胆くんが耐えられなくなったのか口を開いた。

「違ぇんだって!!ソイツはアンタの代わりみたいなもんで、俺も会ったことあるけどお前に似た、」
「バカおまっ!!」
「…代わり?」

…代わり?代わりでしたか。
つまり、わたしと別れてわたしに似た女を速攻捕まえたってことですね。

蘭くんのこんな絶望ですみたいな顔、見たくなかったな。でもまだ別れて3ヶ月。本当にわたしが好きなら他の子に手なんか出さないだろ。

わたしの中で、何かがキレた。

「そっかそっか。蘭くんてばわたしみたいな女がただ欲しかっただけか、うんうん。っふふ」
「は?それはちげぇって、」
「もういいよ信じられないし。わたしじゃなくても、その女の子に相手して貰えばいいんじゃないかな。きっと上手くいくよ。…ああ、あとさ」

ケラケラと笑い席を立つ。本当は蘭くんにコップの水1杯かけてやりたいくらいだったけど、公共の場だから我慢をすることにする。その代わりわたしはうんと近い距離で蘭くんの顔を覗き込み、啖呵を切った。


「蘭くんも遊ぶ女が沢山いるように、わたしだって遊んでくれる男の1人や2人探せばいるんだよ。蘭くんだけじゃないの。…ってか、





わたしと付き合ってた頃よりクズになってんじゃねぇよ」







石像のように固まる2人を置いて店を後にする。あんな言葉遣い今まで蘭くんにしたことなかったけれど、めちゃくちゃすっきりしたし、言いたいことを言えたわたしはもう満足そのものだった。

しかし後日、何故か学校まで訪れた蘭くんに本気でヨリ戻したいと泣きつくように懇請され、一部始終を見ていた竜胆くんからは「なぁ、兄貴やめて俺にしねぇ?」と頬を赤く染めて告白される事になるなんて、わたしはまだ知らない。


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