小説 | ナノ

3日後、正式に彼女になった





「春千夜は顔は良いけど性格がね」

何気なく言ったこと。これが悪かった。

「どういうことだよブス」

学校の帰り道、学ランを着崩して久しぶりに春千夜は学校に顔を出した。真っ黒な学ランに真っ黒なマスク。ちょっと見ない間に付けるようになったマスクは春千夜の慕っている隊長から貰った物らしい。ワイシャツのボタンは二つ程外され、金色に染まった髪は黒の学ランと白いワイシャツのお陰でよく映える。風がぴゅうっと吹いた際に髪が靡けば、春千夜はうざったらしく髪を耳へとかけた。

あ、今日はピアスつけてないんだ。

傍から見れば絶世の美女のような面様は眉目秀麗と言った言葉が良く似合う。だけど話すと台無しなのだから宝の持ち腐れであると思う。勿体ない。

「そうやって喋ると口調が悪いところと女にブスって言うところ」
「あ"?」

春千夜は綺麗なお顔を崩して私の頭をコツン、と軽く拳で小突く。

「いたっ、そーゆうとこ!そーゆうとこだよ!」
「お前が失礼なこと言うからだろうが。喧嘩売ってんのかテメェ」
「売ってない!売ってないけど!ってかその言葉遣い!この間春千夜のこと好きだった子がめちゃくちゃ泣いてたよ!?」
「ハア?んだそれ」

小突かれた頭を両手で押さえ春千夜を睨みつけるが、春千夜はそんな事は気にも止めずにポッケに手を突っ込んで歩く。

春千夜はウチの学校内で密かに人気がありモテる。自身の机に頬づいて窓を見ている春千夜を、女子が「何考えてるんだろ?絵画みたい!」とか言っていたのを聞いて私は大爆笑した覚えがある。絶対に"早く帰りてェ"とか"ねっむ!だっる!"とかそんな事しか考えていないだろうが、見ただけでは分からないものだ。特に春千夜は黙っていれば大人しそうに見えるからか、春千夜自身と話をして驚くのも無理はない。でもまぁ、口を開かなければ絵になるってのは分かる気がするけど。何にせよ性格が。

「先週学校に来たとき女の子に告られたでしょ?お前誰だよって言われたとかで泣いてるの私のとこまで聞こえてきたんだよ」
「はあぁ?いつの奴だよそれ」
「いつって…いっすねーモテる男は。でもフるにしてももうちょい優しく声掛けてあげないと可哀想じゃん。勇気出して告ってくれたのに」

そう表面では言っても単純に春千夜と仲が良い私にとばっちりが来るのを避けたいだけだったりする。たまに春千夜と話しているところを女子に見られ睨まれたりすること数十回。春千夜の周り、メンヘラ女子っぽい子が多いからちょっと怖いんだよな。大袈裟だけどいつか私刺されるんじゃないかと思うときあるもん。何で冷たくされても好きでいられるのか不思議に思う。世の中色んな人がいるものだ。

「何で俺が知らねぇ奴に優しくしてやんなきゃいけねぇんだよ」
「あー…春千夜に夢見てる女子多いから?」

春千夜はゲェッと舌を出し心底不本意だと眉を顰める。

春千夜はモテるのに彼女を作らない。いっつも告白される度に彼は尽くフッているらしい。
春千夜の性格を知っているからか、私の中で春千夜は絶対に付き合いたくない人種だと思っている。まず女に優しくしている所なんて見たこともないし、多分彼女よりも自分が所属している暴走族の総長が何より大事で一番だし(1回会ったことあるけどたい焼き食べて笑ってた顔が可愛かった)、喧嘩っ早いし、こう思ったらこう!と自分を貫き通す頑固者だし、私が以前彼氏が出来たときは「男の目腐ってんじゃね?」と物々愚痴愚痴言われ、彼氏にフラれたと春千夜に言えば「男の目が覚めたんだろ」と笑われたときは春千夜と暫く口を聞かなかった。大体いつも私は春千夜に馬鹿にされたり貶されたりする訳だが、それでも何故か私は春千夜と仲が良い。それは口ぶりは悪くても根っからの悪いヤツじゃないって理解しているからかもしれない。同級生の好ってやつかな。春千夜も春千夜で学校へ来たときは必ずと言っていい程私の元へ話し掛けにくるし。

前に一度だけ会ったことがある東卍の総長。春千夜より幼く見えたその彼のあだ名はマイキーと言うらしい。春千夜は見るなりマイキー君の所へ走っていきニコニコと見たこともない笑顔を見せ、いつもの春千夜と180度違う表情に呆気に取られた。ちなみに「えっ!?春千夜って実は男好きなん?」と言ったら後で春千夜に蹴られてしまった。余り人に対し笑顔で会話をしている所を見たことが無かったから素直に驚いたのだ。春千夜とはもう付き合いも長いけど、私にはそんな笑顔を向けられたことは一度だってない。

春千夜は私の持っていた残り少ないミルクティーを奪い取り、ストローをガシッと噛みながら私に言う。

「つーか勝手に人のこと解釈して夢見てんのがそもそもキメェんだよ。知らねぇ奴と付き合える奴の気が知れねぇワ」

「ん」と飲み終えたミルクティーのパックを受け取れば中身は空である。…まじでそういうとこ。人のものを勝手に飲み干してゴミを渡して来る辺り、やっぱり春千夜は彼氏にするならば論外である。

「じゃあ春千夜はどんな女がタイプな訳?」
「はぁ?なんでテメェに言わなきゃなんねぇんだよ」
「だって春千夜尽く告られる度フッてるじゃん。単に気になる」
「絶ッ対ェ言いたくねぇ」
「良いじゃん。教えろし」

春千夜は「その話し方辞めろ」と私の頭をぐりぐりと掻き回す。まじで力容赦ない。細いくせに力あるんだよなこの人。

「っつかそういうテメェはどうなんだよ。人に聞く前にまずは自分から、だろうがよ」
「いたいっいたいっ!あーもうっ止めてってば!こういうことしなくて優しくて、ブスとか言わないで私のこと馬鹿にしない人!あと、ゴミ渡さない人!春千夜いつか好きな人が出来たときフラれるよ!ぜったい!顔は良いのにマジ残念!」
「………別にまだ…ねぇし」
「は?なんて言ったの?聞こえなかっ、いだっ!」

肝心なところが聞こえず聞き返せば、春千夜はもう一度私の頭を強く掻き回し「うっぜぇッ帰る!」と行って私を置いて行ってしまった。

…何か悪いこと言ってしまっただろうか。いや、でも教えろ言われたから教えただけだし…春千夜が何故そんなプンプンと拗ねたのか分からないが、深く考えるのはよそう。多分また口を開いたら怒らせるか怒られるの二択しかきっとない。



それから春千夜の様子がおかしい。
まず学校に一週間に一度来れば良いくらいの頻度だった春千夜は、ここ最近二日に一回は学校に来るようになった。

「え?どうした春千夜?何か悪いものでも食べた?」
「は?学校は毎日来るもンだろ。何言ってんだよ」
「いやまぁそうだけどね?」

当たり前の事を春千夜の口から聞けるとは思わずついポカンと口をマヌケに開く。しかし学校に来る頻度が増えたとはいえ、前と変わらず授業をちゃんと聞いたりとかそういう事は無く、机に伏せって寝ていたり、たまに授業の合間合間に保健室でサボっている様子だったけど。今更内申点を気にしているのだろうか。もう諦めた方が良いと思うけどな。

「…おい」
「は?」
「それ、食ってやる」

みんな楽しみ給食の時間。春千夜は私と席が離れているのにも関わらず、私の目の前までやって来た春千夜は皿に乗っているおかずを指差した。

「これ?…なんで?」
「お前これ嫌いじゃねぇの?」
「あぁ、まぁ…そうだけど…?」

春千夜はヒョイッと箸で私の苦手なおかずを自分の皿へと持っていくと自分の机へ早々戻って行く。

「えっ!なになに!?ナマエ春千夜君と付き合ってんの!?」
「いや、それはないない」

隣にいた友達がきゃあっ!と私に問い掛けるが否定する。友達も驚いているけど私自身がぶっちゃけ一番驚いている。今までこんなこと一度だって無かったし、そもそもよく私の嫌いなもの知っているなと春千夜へ視線を向ければ私と一瞬目が合った。フン、と直ぐに逸らされてしまったけど。


それからまた別の日。学校に来た春千夜は行きたい所あるから着いてこいと放課後私を街へと連れ出した。

「…スタバ?珍しいね」
「あ?おめー前に飲みてぇとか言ってたろうが」
「え?あぁ、言ったかも?」

それ多分先月限定のやつをね。でもそれを言ったらきっと春千夜は怒るだろうから胸に留め、無難に既存メニューのフラペチーノを頼む。っていうか前に誘ったら行かねぇとか言ってたくせに。ほんとどうした春千夜。

「えっと春千夜は?どれにする?」
「あー、俺こういうの分かんねぇからお前と同じの」
「あ、ハイ」

店員さんからフラペチーノを渡され席に着く。
学校帰りの甘いものって何でこんな美味しいんだろう。ホイップを一口掬い口に運べば顔はゆるりと緩み出す。

「おいひぃ
「ハッ、飲み物ごときでンな幸せになれんならお前の脳内単純でいーなァ?」
「うっ、またそうやって人を馬鹿にっ…?」

いつもの調子でからかわれ私は言い返そうと春千夜に目を向けると、口から言葉が出て来なかった。だってあの春千夜が私に笑顔を向けていたから。いつもの悪戯っぽい顔じゃなくて、見たこともない優しく笑っている顔で。

「えっ…ファ?」
「ハ?ふぁって何だよ。日本語話せや」
「あ、すんません」

眉を顰めた顔はもういつも通りの春千夜で私は少し安心する。マジで最近の春千夜どうしたんだろう?と言わざるおえないくらいに最近の春千夜は様子が少し変。悪いものでも食べたんじゃ無ければ熱でもあるんじゃないかと思うくらい。

春千夜は私が飲み終えたフラペチーノを見るとそのカップを手に取り席を立つ。

「あっ自分で捨てに行くよ!」
「別にこんくらいいーワ」
「は、はぁ…ありが、と?」
「ん」

やっぱおかしいな。こんな急にあからさまに人が変わることなんてあるのだろうか。春千夜、悩みでもあるのかな。春千夜の背を見つつ、いつもと違う春千夜に頭はハテナが浮かぶばかりだ。

外に出ればもう日が傾き始めている。
口を開かず歩く春千夜に私は聞いてみた。

「春千夜、どうした?悩みあるなら聞くよ?」
「ハ?悩み?」
「最近の春千夜おかしいじゃん?学校にも来るようになったし、なんか優しくなったし、私に笑ってくれるし。あっ!好きな子でも出来た?恋しちゃってる?それなら私応援するけどっ!!」
「……それマジで言ってんの?」
「え?」

途端に春千夜は見る見る内に顔を歪めていく。わたし、変なこと言った?言ってないよね?
おどおどする私に春千夜はため息混じりに髪を掻き上げると歩くスピードを緩めず口を開く。

「あんさァ…お前がいー加減気付かねぇバカだから言ってやるけどよォ。…優しい奴が好きっつーから優しくしてやってるし、ブスなんて本当は思ってねェし、お前歩くの遅いから知らねぇだろうけど俺歩幅合わせてやってるし、別に好きじゃねぇオカズだってお前が嫌いなの知ってたから食ってやったし、お前がいるから学校にも来てやってるし、フラペとか甘ったるいもんよく飲めんなって思うけどテメェが飲みたいっつってたから連れて来てやってんのに。ここまでしてまだお前は俺に他の女がどうたらこうたら言うワケ?何で分かんねェの?」
「は?は?」

春千夜の口からぺらぺらと出る言葉に私はつい歩く歩を止める。春千夜は振り返ると同じく立ち止まり、ボソッと呟くように目を逸らしながら言った。

「どうしたらテメェは俺のこと男として見てくれンの?他に後なにすりゃお前は俺の彼女になってくれんだよ」

咄嗟にこんなことを言われても思考回路が追い付くはずも無く、返事なんて出来るわけもない。寧ろ春千夜が私のことをそういう風に思っていたとは微塵にも思わなかった。

「おっ!春千夜じゃん!隣カノジョ?やっほ」
「マイキー!」
「こっこんにちは!」

声を掛けられたその先には前に一度会った春千夜の所属しているチームの総長、マイキー君とその副総長、確かドラケン君がこちらに手を振っている。

「どうしたんすかこんな所で!」
「ん?今から俺らのこと舐めた口聞いてる奴らがいるって耳に挟んだからシメに行くところ」
「えっ、なんすかそいつら。クソアホじゃないっすか。じゃあ俺も」
「ばーか、お前が出る幕でもねぇよ。大事な女と逢瀬だろうが。今日は俺らだけで十分だから次は宜しく頼むワ」

ドラケン君は私に「悪ぃな邪魔しちまって」と付け足す。
いえいえ、そんな。わたし彼女じゃないですし。
そう言おうと口を開きかけたとき、マイキー君はたい焼きを口に頬張りながら私を見るとニコッと屈託のない笑みで微笑んだ。

「良かったな春千夜。お前ずっとこの子が好きだって言ってたもんな。あ、今度集会連れて来いよ。エマもいるし」
「マッマイキー!!!」
「あはは、照れんなって」

二人は私達に笑顔を向け去っていく。

ずっと、ずっと好き?春千夜が?私を?ずっと好き?

そろっと春千夜へ目を向けるとマスクで隠せないくらいに顔を真っ赤に染めている。

「は、はるちよ?」
「みっ、見んじゃねェブス!クソっ!ンだよまじで!おいっ見んなっつってんだろ!」
「ぶっブスってまた言った!そういうとこ!てか照れるとこそこ!?本当に私が好きなの!?好きな子には"可愛い"でしょ!やっぱ春千夜は論外!ありえんっ!私のときめき返して!」
「は?はァ!?テメェ…」



それから三日後、今度は顔は愚か耳まで真っ赤にして

「俺の彼女はクソ可愛いお前がいいっつってんだよ。本気で好きだワばーか」

と真剣に告白される事をこの時の私はまだ知らない。

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