小説 | ナノ

非現実なわたしたち



※梵天軸、妊娠ネタです




蘭の彼女はわたしだと思いたい。
もしかしたら彼女では無くて都合の良い女なのかもしれない、多分。
でもそれにしては未だ捨てられていないから、蘭のお気に入りカテゴリーに入っているのか、それともやっぱり彼女なのか。分からない。

結局の所、わたしは蘭という男の事を何一つ知らないのかも知れない。

蘭は私を縛るけど、私は蘭を縛った所で言うことを聞くような男じゃないって分かっているから縛らない。まるで野良猫のようにその場の雌猫に暗くて甘い罠を仕掛けているのだと思う、彼はそういう男だし。でも私の好きな男だもの。好きな男が他の女に目を向けるのを笑って送り出せる女はきっと少数な筈だ。

最初に好きになったのは100パーセント私の方。10代の頃から蘭のことは知っていたけれど、とにかく昔から女が絶えなかったという記憶がある。会えば話をする程度だった私と蘭。暫く全く会わない時期が続いて久しぶりに会ったのは飲み屋の席だ。

「よォ。俺のこと覚えてるゥ?」
「え……らん?蘭じゃん!?…待って、髪切ったの!?」

「久しぶりの会話がソレかよ」と薄く笑った蘭の首元には昔は無かったはずの刺青。首元を隠しもせず席へと座る蘭に、「ここは俺の知り合いが系列している店なの」と言われ、この店が"そういう"方たちもいらっしゃる店なのだと何度か訪れていたのにも関わらず初めて知った。そうはいっても昔から知っている蘭。悪さをしている彼のことは知ってはいたけど女には優しい事も知っていた。だから私は久しぶりに会った蘭がどんな事を職業にしていても怖いとは感じなかったのだ。

「帰る?送ってやるよ」

多分ね、お酒のせいに絶対にしたくはないんだけど、この時だと思うんだよね。私が蘭に恋をしたのは。もうさ、これをしてくれたからだとか、こんな事を言ってくれただとか全然そんなことなくて。普通に私を見下ろした蘭の顔に惹かれたんだと思う。今まで蘭と話をしていて胸がおかしくなるなんてこと一度だって無かったのに。恋とは恐ろしい、何処で落とされるか分かったものじゃない。

それから蘭と私は連絡を取り合うようになって、彼は意外と執着心が強い人だって事を知った。

「お前には他のヤツと連絡とか取り合って欲しくねェなぁ」

ポソッと呟くように小さな声で放ったその言葉は、ちゃんと私の耳に届いていた。弟の竜胆君と久々にゆっくりとお酒を飲めて酔っていたらしい。その酔った足で私を選んで会いに来てくれた事が嬉しかったし、何より普段見れない蘭を見れた気がして幸福感で満たされた。だからそんな彼の背に手を回しながらぎゅっと抱き着いてしまったのだ。

「えー、ナマエから抱き着いてくンの珍しいじゃん。蘭ちゃん嬉しい〜」

ケラケラと笑っている蘭を見て私も釣られて一緒に笑ってしまった。

「ふふっ、蘭以外の人と連絡なんて取るわけないじゃん?蘭のこと大好きだもん」
「…お前俺と会う度そうやって煽んの止めてくんない?」

煽ってるつもりなんか毛頭ないのに蘭はほんの少し覚束無い手でネクタイをゆるりと緩める。

「ちゅーして」

彼の言葉に答えるように背に回していた腕を、今度はいつも綺麗にセットされている頭へと伸ばし軽く引きながらキスをする。お酒の味と蘭の香水の香りと煙草の匂い。私は彼の匂いが大好きだ。好きな人の匂いは安心するもん。

蘭は私のことを好きだと言ってくれたことは一度も無かった。でも蘭の気持ちを私は確かめる勇気が無かった。蘭が私の事を好きだという自信があるのならば、私は絶対に彼に問いていたと思う。でも我ながら臆病で自分の気持ちを伝えることは素直に出来るのに、「蘭は私のことが好き?」という気持ちを言うのには抵抗があった。振られてしまったら、蘭に会えなくなってしまったら、そう思うと見えない未来が怖くなり喉まで出かかる言葉をゴクリと飲み込んでしまう。蘭に振られたら、私はきっと生きていけないと思うぐらいに蘭の事が好きだからだ。

蘭は私に優しい。
仕事が忙しくなければ私をご飯へと連れ出してくれたり、疲れているだろうに髪を乾かしてくれたり。普段の彼は私を沢山甘やかしてくれる。その分、彼も我儘という名の甘えん坊でもあると思うけど。でも私は勘違いしてはいけない。自分だけに優しい蘭であると思ってはいけないのだ。





最近体が疲れやすくて、何をするのにも集中力が途切れてすぐに眠たくなってしまう。仕事はそれ程忙しく無いはずなのに、家に帰宅するとすぐさまベッドに一度横にならなければ動けないのだ。

そんなとき、面倒臭いほど情緒不安定な私を唯一安定した気分まで持ち上げてくれるのは蘭である。だからこんなときはいつも蘭に頼ってしまうのだ。
連絡してみようかな。でも無理って断られちゃうかな。
そんな事を思えばちょっとだけ泣きそうになってしまう。それでも我慢が出来なくて結局私は彼に電話を掛けてしまうのだけど。プルル、とコール音が耳へと伝うと少しばかり胸の音を早くさせる。

『…もしもし?』
「……らん?」

愛しいあの人は電話の向こうで私の名を呼んでくれる。だから私も縋るように彼に言うのだ。

「ごめんね…らんに会いたくなっちゃった」

涙声になる私に電話口の蘭は笑っていたような気がする。いつもいつも会いたいというのはほぼ私からだけど、蘭はいつだって私の事を厳かにはせず遅くなろうとも会いに来てくれる。器用な人だなぁって思うよ本当に。

「お前今日どうしたの。寂しくなっちゃったかぁ?」
「うん。蘭に会いたくて…ごめんね」
「かぁわい。っつか謝ることじゃなくねェ?昨日も同じこと言ってたなぁ?」
「だって蘭と一緒に居たいんだもん。二日連チャンは来てくれないかと思って」

私の涙が溜まった目元を長い指先で蘭は拭う。今日は寒いから、少し冷えた蘭の手を私は自分の手でそっと握る。

「あったかァ。体温たけェなほんと」
「うへへ。眠いからだもん」
「それだけじゃねェだろ」

私のおでこに軽くコツン、と指で軽く弾くと蘭は私のベッドへと連れて行く。ポスンと優しくベッドに寝かして、わたしは子供じゃないのに、蘭があやす様に頭を優しく撫でるからまた眠気が襲ってくる。でも蘭の手はやっぱり冷たい。

「…寝たくない」
「寝ろよ。ナマエが寝ねぇと俺仕事戻れねェじゃん」
「仕事中だったの?」
「そー。今竜胆が俺のお仕事頑張ってくれてンの」

空いているもう片方の手をベッドの上で肘付きながら蘭は笑う。ごめんね竜胆君、と思いながら私は眠気に勝てずに段々と瞼を閉じていく。

蘭はやっぱり優しい。
優しいけれど好きって言ってくれない。
勝手に蘭を好きになったのは私の方だ。
蘭の気持ちは蘭にしか分からない、けどそろそろ都合の良い女だとか愛人だとかそういうのはハッキリさせなくてはいけない。この関係にはいつか終わりがやって来る。だから私はいつまでも弱々しい自分でいてはいけなくて、ちゃんと強くならなくちゃ。…私なら出来る。





日に日に体調は悪くなる。でも今日の体は幾分か楽だった。朝ごはんも食べられたし気持ち悪いのも少しだけ。
久しぶりに私の家に泊まってくれた蘭。連日寝てないって言っていたからかまだスゥスゥと寝息を立てている。いつものセットされている髪型も好きだけど、下ろしている蘭の方が私は好きだったりする。写真とか普段余り撮るのを嫌がる蘭。今がチャンスと言わんばかりに私はスマホを撮り出して彼の寝顔を一枚写真に収めた。無駄にでかいシャッター音で起きてしまわないか心配だったけれど、そんな事はなかったみたい。撮ったばかりの無防備な蘭の寝顔を見て、自然と口元はふふっと笑みが溢れた。それでも胸のドキドキが収まる訳ではないけれどスマホを枕元へと置き、蘭を軽く揺さぶりながら起こす。

「らんっ、らぁん!起きてっ」
「……んー」
「起きてっおきてってば!」
「ぅんん…らんちゃん寝みィんだけどぉ」

若干不機嫌に眉を顰める蘭に私は一言ごめんね、と謝罪する。蘭はムスゥっとした顔で私にちゅっと軽いキスをすると、私をベッドへ軽く引き摺り込むのだ。

「らん!私起きて欲しいの!」
「起きてンじゃん。…気持ち悪い?どぉーしたの」
「今は結構元気だよ」
「元気かぁ。いいねェ」

私を抱きしめながらくぁぁっと大きな欠伸をする蘭。

「話したいことがね、あるの」
「ん〜?え?なに性別分かったァ?」

蘭は私のお腹に手をそっと充てがう。





私のお腹には蘭の赤ちゃんがいる。
生理が来そうで来ない感覚。お腹が少し痛くて熱っぽい。元の生理前も同じ症状があったし、生理が遅れたり早まる事は昔から何度かあった為気付くのが遅れてしまった。初めにそれに気付いたのは私ではなく、蘭だ。

「…ガキ出来てたりして?」
「………は?」
「だって妊娠してるときもそんな症状出るとか聞いた事あるンだけどォ?」

蘭が何故そんな事を知っているのかなんて事よりも、いやいや、そんなそんな…まさか無いでしょ?と顔は青ざめていくばかりで。子供が出来る行為を許してしまった自分だって悪いのに、検査薬を買う私の足は震えるばかりで急激に未来が怖くなってしまった。

しかしすぐに現実は私の目に映る。"陽性"と判定欄に映し出された文字を見て、固まる私に蘭は検査薬を奪い取った。

「…やっぱ出来てンじゃん」

蘭は検査薬をテーブルへ置くと私の家から出て行く。…正直捨てられたんだって思ってしまった。涙は勝手に溢れてこれでもかってぐらいに泣いて、ソファから座ったまま動けなかった。

それから暫く私は何にも考えられずその場から動けずにいた。すると玄関のドアがガチャっと開いた音がして、現れたのは帰ってしまったと思った蘭だった。

「えー嬉しくて泣いてンのォ?ホラ、炭酸水とか買ってきてやったからこれなら飲めんじゃね?」

ポカンと口を開ける私に蘭はクスクスと笑って、炭酸水の蓋を開け私に差し出す。中々受け取らない私に蘭は怒るわけでも無く、私の頭をいつものように撫でて穏やかな声で言うのだ。


「籍は入れらんねェけど、産んでくれんの?」







もう時期安定期。次の検診で性別は分かるだろうと医師に言われた。初めは籍は入れられないが産んでも良いと言う蘭の言葉が嬉しくて堪らなくて。だけれど、悪阻等が私を襲い小さな心拍の音を聞いたとき、私の中で何かが変わっていくのを感じた。母は強しって言うけど多分それ。まだ産んではないけれど。

蘭は私の真剣な表情を見ると私の頭を撫でると、のそりとベッドから起き上がった。いつも腰掛けているソファに座り「おいで」と手招きするのだ。

蘭の横にちょこんと座り未だ音を鳴らしている心臓を沈めるかのように息をフゥ、と小さく吐いて私は口を開いた。

「あのね…えっと…蘭は私のことが好き?」

私の口から出た言葉に蘭はキョトンと目を丸くさせる。何言ってんの?みたいな。

「蘭は私のこと一度だって好きって言ってくれたことないよね?私は蘭のこと大好きだからいつも好きって言ってるけど…笑ってくれるだけで蘭の気持ち聞いたことが無いからさ」
「あー…」
「それに産んでいいって言ってくれたけど籍は入れらんないって前に言ってたじゃん?それってぶっちゃけ認知…だけするってことだよね?」
「…は?」
「子供がね、出来たことは凄く嬉しいし私は産むよ何がなんでも。でも蘭が私のことを好きじゃないって言うのなら認知なんてしてくれなくていい。蘭は私に優しいけど、認知を優しさとか仕方無くとしてしてくれるならそれは無くても大丈夫だから」

子供に父親がいた方が良いことぐらい分かっている。私は片親だったから母がどれだけ苦労しながら私を育ててくれていたかも分かっているつもりだ。

私の声は今絶対に震えていると思う。蘭の顔を見るのが怖くて逸らすように下を向き、そして服を掴む両手には汗が滲む。
でも蘭はそんな私に構わず私の腕を掴み無理矢理視線を合わせてきたのだ。

「ナマエチャン、だぁれがお前の事好きじゃないって言ったの?」
「っえ!」

にぃんまりと口元を上げて、でも若干声のトーンは下がって怒っているかのようにも思える。…怖い。

「だっだって蘭わたしに好きって言ってくんない、じゃん?」
「言ってるワ。お前がいつも寝てるときに」
「寝てるとき!?」
「好き?つーか。ん〜愛してるって言ってるかなァ?」
「あいっあいしてるっ!?」

裏返った声は蘭を笑わせてしまうくらいに大きな声量で出てしまった。だってだって知らないもん、そんなこと。

「…な、なんで私が起きてるときに言ってくれないの?」
「は?なんでってそりゃあ」

蘭はほんの少し、いやかなり言いたく無さげな顔をして私から視線をそっぽへ向かすと小さな声で呟いたのだ。

「……言われンのはなれってけど言うのはお前が初めてだから」
「へ?」

蘭の言葉に私はフリーズする。蘭を凝視し続ける私に、蘭は不服そうに言葉を繋げる。

「つーか心外なんだけどォ。お前の為に会いてェつったら俺仕事投げ出してまで会いに来てンのに俺の気持ち伝わって無かったワケ?籍入れらんねェのは…こんな仕事柄役所に出しに行けねェって意味で別にお前の事優しいから認知とか下らねェこと思って言った意味じゃねェんだよなァ」
「あ、仕事柄…そっか?」
「そっか?じゃねェんだよばぁか。それにさぁガキ出来て嬉しかったのお前だけじゃねェから。お前知らねェだろうけど昔から他所の男に可愛いって言われてンの。まぁ他の男に取られる自信なんかねェけどさぁ、面白くねェのよ。それにお前自分に自信がねェとか意味分かんねェこと言うけど、俺のこと好きっつった日からお前もっと可愛くなってんの。そんなお前に俺のガキ出来て嬉しくねェワケねぇだろ」

蘭の心の内を聞いたのはこれが初めてだ。だから今の私は人生で一番の音が胸から鳴り響いていると思うし、嬉し泣きなんて初めてしているし、顔だって真っ赤かもしれない。
蘭はいつものようにそっと私の涙を拭ってキスを落とす。ポンポンと頭を撫でて宥めてくれる蘭の胸に私は飛び込んだ。

幸せ過ぎて死んじゃうってこういうときの為にある言葉だと実感せざるおえないくらいに、私の今の心境は落ちつきを取り戻していた。


そして数十分ようやく出ていた涙も止まり、私は蘭の胸から顔を上げる。

「泣き止んだ?明日目ェ腫れっかもなァ?」
「うん。でも明日も会社はお休みだから大丈夫」

いつもの私に戻った私は次にもう1つ彼に言うことがある。今の私なら言える。深呼吸して泣き腫らした目をティッシュで拭きズビビッと鼻をかむと、蘭は子供を見るような目つきで私に笑いかける。だから私も同じように蘭に笑いかけるのだ。

「後もう一つ蘭に言いたいことあるの」
「んー?なにぃ?」
「へへっ。らん、あのね…私以外に後二人ほど長く続いてる女いるよね?他の何人かは切ったみたいだけど。私とこれから一緒に居てくれるって決めてくれたんだもん。その二人今から切っちゃおっか

蘭は「え?」という声と共に見る見る内に顔を青ざめていく。今日だけで蘭の色んな表情を見れて嬉しい。

「…何でお前そんなこと知ってンの?」
「だって私の横で何処ぞの女と電話してたでしょ?私が寝てると思って安心して蘭はお馬鹿さんだなぁ。あっ、向こうから掛けて来たときもあったのかな?ふふっ、妊婦さんってね、眠気も凄いけど眠りも浅いんだよ」

蘭が小さくヒュっと息を飲んだ気がする。こんな焦った蘭も見れると思わなかったから今日という日を私は絶対に忘れないと思う。そして私は固まる蘭にキスを落として言うのだ。

「蘭、わたし怒ってないよ。怒ってないし、蘭がこれから私と子供と一緒にいてくれるっていう選択肢を選んでくれたのが凄く嬉しいから、今ここでその女達に電話して関係切ること出来るよね?」
「………お前そんな性格だっけ?」

蘭は苦笑を浮かべて私を見やる。だから私はにっこりと蘭に笑いかける。





「"母は強し"って言葉があるでしょ?」


蘭はすぐ様スマホを取りだしその女達へと電話を掛けた。



Title By 葬式と鶯

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -