小説 | ナノ

最低最悪のプロポーズのやり直しを要求します


※梵天軸






懐かしい思い出って、たまに昨日のことのように鮮明に思い出したりすることないだろうか。

わたし、いま絶賛それ。




絵画のような端正な顔立ちとシュッとした細身の体つき。それに加えて低すぎない声音。彼はわたしの好み全てにクリーンヒットだった。これぞ正にどストライク。恋は盲目その通り。わたしは春千夜くんと出会い、その他の存在全てがどうでも良くなったと胸を張って頷けてしまうほど、本気で恋してしまった。彼は日本中が恐れているバカがつく程ヤバい組織の人間だということは出会ったときから知っていた。が、恋は落ちたわたしには最早関係ない。

春千夜くんと会えば胸は太鼓のようにリズムを刻み、ときめき、そして体を許し、わたしのお目目はハート模様。誰がどう見てもベタ惚れってヤツ。そしていつの間にか世間でいう都合の良いオンナ。

気持ちを隠せないわたしは春千夜くんと一夜過ごすたびに好きだと口にし、アピールしまくった。その結果、出来上がった関係はわたしにとったら想い人、彼にとったらすぐ呼び出し可能なセフレである。「簡単に体を許したら終わりよ」なんて昔見たドラマのセリフ。覚えていたし肝に銘じてはいたが、いざ好きな男を前にして求められたらそんなのは頭から秒で消え去った。そしてこの関係性は悲しい事によくあるハッピーエンドのシナリオ通りには中々上手く事は進まない。

「ねぇ、春千夜くんの彼女になりたい」
「ハァ?ムリだっつってんだろ。お前みたいなんは付き合えばあーだこーだ絶対ェうるせぇに決まってんだわ。何回言わせんだテメェ」
「うっうるさくしないし!春千夜くんいつもそればっか」
「テメェも会う度そればっかだな。どんだけ俺のこと好きだよ」
「くぅっ、うぅ
「っすぐ泣くな!おい!泣くんじゃねェ!オラ、早く着替えろや」

涙を流してばかりでいつまでも服を手に取らないわたしに苛立った彼は、ぷんすか怒りながらも服を取り荒く着替えさせていく。そんな容赦がない春千夜くんに余計と涙が襲うのだ。しかし何をどうしても嫌いになれない。 春千夜くんはこんな激重面倒臭い女のテンプレであるわたしとの関係を切ろうとはしなかったから。足蹴にする割にはこうして会ってくれるし、わたしを行為中以外で抱き締めてくれることもあった(これはレア中のレア)。そのせいもあって素っ気ない態度を取られようがぞんざいに扱われようが諦められず、好きは加速していくばかりでどうしようもない。

そしてまずわたしは春千夜くん第一優先なので、彼から連絡が来た日はどれだけ明日の仕事に支障をきたす時間だろうが、友人と遊ぶ約束をしていようが断らなかった。こんなに人を好きになったことがなかったので、自分の知らない内側を彼に出会って初めて知った。沼に落ちるってきっとこういうことをいうのだろう。

そんな片思いも1年だ。何度もスマホで『セフレ 脱却 方法』と検索した。しかしネットの情報なんてあまりアテにはならない。セフレから彼女に昇格なんて1年もこの関係を続けて変わらないのなら今後も変わらない。頭を冷やせば分かること。そんなこと内心では分かっていても、会えば春千夜くんラブになってしまうわたしはまるで意味をなさなかった。「好き」と伝えて「ヤダ」とフラれる。全くもってバカで虚しい女である。何回今日で会うのを終わりにすると思ったことか。

しかしこの1年、無駄じゃなかった。ついに春千夜くんがわたしの気持ちに頷いてくれたのだ。

「もっもう1回言って」
「ちゃんと聞こえてただろうが」

今日も今日とて玉砕覚悟で好きだと口にしたとある月の水曜日。そろそろ本格的にフラれるかもという気持ちを秘めていたのに、涼しい顔してわたしの気持ちに春千夜くんはなんと答えてくれた。驚きの余り語彙は何処かに消滅しかけ、あぐあぐと聞き直すのが精一杯。春千夜くん的にはしつこいわたしに仕方がなく折れただけかもしれない。しかしこの瞬間をどれだけわたしは夢見ていたことか。信じ難く「嘘じゃない?明日になったら知らねぇって言わない?」と何度も確認してしまう始末。だってこの日の春千夜くん、お酒に少し酔っていたので。「あん?」と眉間に皺を寄せた彼は白い指をわたしのおでこまで上げると、人差し指と親指で容赦なくぺちんと弾いた。

「う"っっ!いたいじゃんっ」
「俺はウソが一番嫌いだってーの。つかウソでオメーみてぇなオンナ横に置いとくバカいるかよ」

デコピンの痛みと舌打ち混じりの彼の言葉に、途端に視界は滲み出す。夢じゃない。今日がきっとわたしの命日だ。それくらい感極まっていた。春千夜くんは呆れたように眉を少し下げ傷跡がある両口端を上げている。そんな彼もやっぱり格好良い。この日初めて春千夜くんに対し嬉し泣きというものを晒した事をここに宣言する。



そんな付き合った当時の思い出が、明日死ぬワケでもないのに走馬灯のように頭の中に巡ってきた。思い返せばあれから3年。わたしの毎日は春千夜くんで埋め尽くされていた。何から何まで春千夜くん。周りから見ればその姿はペットの飼い犬だったに違いない。それくらい、わたしは春千夜くんに夢中だった。

毎日1回は「大好き」を伝える。別に春千夜くんから好きを聞けなくとも良かった。本当に偶に「俺も好き」と返してくれるだけで十分だったのだ。春千夜くんから家の合鍵を受け取ったときのわたしは、彼の隣にいることをこの先も許して貰えた気がして、感情の大爆発に心が追い付かず涙を滝のように流して喜んだ。

彼が喜んでくれるのならば努力も惜しまず。春千夜くんは当たり前だけど1人で大抵のことは出来る。だから春千夜くんが喜びそうなことを必死で探した。一人だと自炊なんてたまにしかしなかったご飯を作ってみたり、シャツにアイロン掛けてみたり。どれだけ「寝てろや」と言われても、彼が帰ってきたら笑顔で出迎えるようにもした。どれもこれも頼まれた訳ではない。わたしがしたかったから、わたしが春千夜くんのことを大好きだから、尽くしてきた。

そんな感じで出会って1年、付き合って3年の計4年。わたしは世界で一番春千夜くんの事が大好きだった訳だが、終わりは突拍子もない出来事で訪れる。

「結婚結婚って何がそんなにいいんかねェ」
「え?」
「たかが紙切れ1枚の約束になんの意味があんのかって思わねぇ?」

テレビで丁度新婚特集をやっていた際の会話。これが事の発端だ。ソファに座っていた春千夜くんは久々の休日というのにも関わらず朝から部下の電話で起こされ、そこから何度も電話が鳴りずっと虫の居所が悪かった。

結婚の価値観は人それぞれだろう。なにも結婚だけがゴールじゃない。結婚を選ばず2人でいることを選ぶ人たちもいることは勿論知っているし、両者納得しているのならそれでいいと思う。幸せの形は人それぞれだ。でもさ、付き合っている女の前で普通そんなこと言うかな。

「春千夜くんは、したくないの?…結婚」
「してもしなくても変わんねェだろ。永遠ってのを見えねぇ神に誓うとか笑うわ。別にガキが欲しいワケでもねぇしよ」

春千夜くんは、ハッと嘲笑いながら煙草の煙を吐いた。
この3年、わたしなりに春千夜くんのことは理解してきたつもりだ。でもそうか、そうだったんだ。口にはしなかったけれど結婚に憧れを持っていたわたしと、結婚なんて有り得ない春千夜くん。ここで生まれてしまった大きなズレ。

わたしは今まで大抵のことは春千夜くんの言う通り素直に従ってきたので、大きな喧嘩も実はしたことがない。だからきっとわたしが春千夜くんの考えに肯定すると思っていたんだろう。

「んだよ。…まさかテメェも結婚してぇとか思ってたりすんのか?」

中々口をつぐんで開かないわたしに春千夜くんは首を傾げて顔を近付けた。

「まぁお前みてェな女は憧れるよなぁ?俺がいねェとお前生きていけねぇしよォ」
「そりゃっ」
「してやろうか?ケッコン」
「は?」
「だぁから嫁にしてやってもいいっつってんだよ。ってかお前みたいなんは俺以外で貰い手いねぇだろ」

軽々しく発したその言葉。勿論いつかは春千夜くんのお嫁さんになれたらいいな、とは思っていた。今じゃなくても、何れは子供だって欲しかった。春千夜くんから結婚しようなんて言われたら、迷わず首を縦に振るくらいの勢いだったよ。でもそれは春千夜くんが本心で言ってくれたのならの話で。

春千夜くんに対しての今まで心にあった熱がスゥッと消えていくのを体で感じる。え?なに?仕方なく結婚してやるみたいなその上から目線、流石にどうなの?って。

俯いたわたしに春千夜くんが覗き込む。嬉し泣きでもしてると思ったんだろう。わたしが顔を上げれば彼は弧を描いていた口端を引き攣らせ、元より大きな目を更に見開いた。

「…最低」
「ハ?」
「そんなんで喜んで返事するワケないじゃん。流石のわたしでも嬉しくないから。バカにしないで」
「あ?どうしたよ。なに怒ってんだ」
「分かんないことに怒ってんの。したくもない結婚なんて無理にして貰っても意味がないよ。ってか結婚ってお互いがしたいと思わなきゃ上手くいく訳ないでしょ。もうちょっと人の気持ち考えられなかったのかな」
「は?あ?なに言って、」
「触らないで」

わたしに手を伸ばした春千夜くんの手がピタリと止まる。春千夜くんの手を拒否するのも勿論初めてだから驚いたんだろう。理解出来てないって顔してる。

呆然としている春千夜くんを放って寝室へ行く。クローゼットを開けて、必要最低限の荷物を大きめのバッグに詰め込んだ。そんなわたしを見て初めて焦ったのか玄関にまで着いて来た春千夜くんは、せっせとシューズクロークから靴を出すわたしを引き止めようとしてきた。わたしが引き止めることはあっても、春千夜くんがわたしを引き止めることは今までに一度もなかったので引き止め方を分かっていないらしい。

「どこ行くんだよ!行くアテなんかねぇだろうが」
「別に何処でもよくない?今日で春千夜くんとは別れる。今からわたしと貴方は他人なんで。今までありがとうございました。サヨウナラ!!」
「ハァ!?おいっ」

ドアを思い切り閉めてやった。ゆっくり閉まるタイプのドアの為、音がそんなに立たなかったのが残念に思う。だが気持ちは十分に込めた。


こうしてわたしと春千夜くんとの関係は、呆気なく幕を閉じたのだった。







意外と冷静なわたしは泣きもせず適当に入った店で酒を飲んでいた。お酒なんて普段余り飲まない為に種類が分からず迷うこと5分。とりあえずそこのマスターに「オススメで」なんて言ってしまったせいで度数の高い酒を出されて後悔した。

その間もひっきりなしに掛かってくる着信とトークメッセージの通知音。それが余りにも鳴り止まないものだから他の客からの痛い視線に気まずさを感じ、即刻マナーモードにしてホーム画面に表示されたいくつかのメッセージに目を通した。

『てめぇ今どこいんだよ』
『電話でろや』
『戻ってこい』
『何してんだよ』

こんなメッセージが続き、最新のメッセージはというと、


『迎え行ってやるから何処にいるか教えろ』


これである。


「ハンっ」

わたしの鼻から乾いた笑いが漏れた。異常に熱していた者が途端にどうでもよくなるって本当に有り得ることだった。春千夜くんは分かってない。わたしが聞きたい言葉はそれじゃないの。アンタはもう過去の男なのよ、と格好つけながら喉が熱くなる酒を苦い顔して飲み干し、マスターに「同じもの」と告げる。程なくして同じものがカウンターへ置かれたが、その後酒のグラスに手をつけることはなく、春千夜くんからの連絡も一旦ここで終わりを告げた。








安いホテルに泊まり、2日が過ぎた。春千夜くんと一緒に生活するようになってから仕事を辞めてしまったのでこれからのことを考えていた。実の所春千夜くんと出会うまでのわたしは貯めていた貯金がある。今泊まっているこのホテル代だってわたしがコツコツ貯めてきたお金で払うつもりだ。春千夜くんが稼いだお金ではない。でも大金を貯めてきた訳ではないので、近々職を探さなきゃ。そんなことを思って半日が過ぎた。

「んまっ」

とは言ってもたまの贅沢ならばと行きたいと思っていたカフェでわたしは少しばかり豪華なランチを楽しんでいる。その他にも夜はホテル経由でウーバー○ーツを頼んでみたり、一人で映画にも行き、可愛い雑貨屋に足を運んでウインドウショッピングも楽しんだ。

これら全て春千夜くんと一緒に出来なかったことである。まぁ彼という人物はまず一番に仕事優先人間でして。わたしなんかは2番手3番手、いや寧ろ順位にもつかないかもしれない。ご機嫌の時に外へ連れ出してご飯に連れて行ってくれたこともあったけれど、頻度はそこらのカップルよりも極端に少ない。料理の味は高級過ぎて分からないものが多かった。でもそうじゃなくて、普段休みが少なく自分の時間すら余り取れない彼が、わたしと何かをしようと時間を共有してくれるということがこの上なく心が満ちて嬉しかったのだ。

『いつまで拗ねてんだ』
『既読つけてんなら早く返せや』
『別れるなんて許さねぇ』
『今なら許してやるから帰ってこい』

時間を見つけては送っているのか日に何度か届くメッセージ。春千夜くんはきっとわたしが音を上げてすぐ戻ってくるに違いないと思っていた筈だ。わたしは既読だけ付けて一切返事を返さない。前の春千夜くんって要件だけの簡潔なメッセージが多かったし、こんなにメッセージが届くことも無かったからちょっと変な気分だ。

時刻は22時を過ぎ今日もわたしはホテル生活。シングルベッドの上で寝転び、眠くはないけど欠伸をひとつ。トークアプリを消して、動画アプリを起動した。わたしの好きな配信者が今日はライブをするのだ。ちょっと寂しい気もするけれど、わたしは一人の過ごし方もちゃんと知っているから大丈夫。





「そんな顔だけ良い男、辞めといた方がいいって!付き合えたってアンタ絶対幸せになれずに今より泣くよ!」

これは春千夜くんと付き合う前、関係を持っていたときに友人から散々言われた言葉。そりゃそうだ。わたしだって友達が春千夜くんみたいな人に恋したら止めるに決まっている。心配してくれるのは嬉しかったし、有り難い。友人の言葉を無下にする訳ではないけれど、それでもわたしは春千夜くんと一緒にいたかった。

近寄り難く自分中心でプライドも高い。オマケに興味が無いものにはとことん冷たいし、ヤることだけヤッたら甘い言葉を吐くことも無く帰ってしまうタイプ。でも悪いところばかりじゃない。春千夜くんはわたしを呼び出す際は必ず迎えに来てくれて、朝まで居れた時には出来る限り送ってくれた。期待させる言葉はくれなかったけれど、会うとなった日には仕事でどれだけ遅くなっても次回には回さず、約束を破ることも一度だってなかった。そんな春千夜くんなりの小さな気遣いに、わたしは一番惹かれたのだ。


『悪かった』


ホテル暮らし1週間目。返事も返さず電話にも出ないわたしの元へ届いた1件のメッセージに、口角は緩りと上がっていく。一瞬電話を掛けようか迷ったが、それは止めておいた。春千夜くんの性格上、めちゃくちゃデカい声で怒鳴られるような気もしたので。

『○○ホテル △△△号室』

それだけ文字をスワイプして送信する。すぐに既読は付いたけど、来るかは不明。この時間はわたしよりも大事な仕事だろうし。なんせ来てくれたとて怒られるかもしれない。何日も既読無視をしていたのだ。別れているとはいっても、わたしが一方的に言い捨てて家を出てしまった訳だから。


ホテルのフロントから「○○さま、お客様がお見えなのですが」と連絡が来たのはそれから1時間後のことだった。こんなに早く春千夜くんが訪れるとは全く思っておらず、「えぇ!?」とあの某有名な魚介の家族アニメに出てくる旦那の声のように裏返ってしまった。

ノックされ、心臓はドキンと跳ね上がる。一度深呼吸してドアノブへと手を掛けた。

「は、はるちよく、ぅわっ」

ドアを開けた瞬間、グイッとドアノブを引っ張られ無理矢理開かされるドア。いきなり開いたドアによろめいたわたしを受け止めたのは紛れもなく春千夜くんだった。


「…ンで連絡返さねぇーんだ。ばか」


想像とは違い、春千夜くんは怒鳴る訳でもド突く訳でもなく、わたしを見るなり眉間に皺を寄せ曇りのある顔を浮かべていた。驚きの余り本当に春千夜くんなのかと目を何度も瞬きさせる。だけどわたしの頭を片手で固定させ抱き締められたせいで目に映るのは春千夜の桃色の髪。そして彼のいつもつけている香水の香りが鼻を掠めた。

「はるちよくっ、苦し」
「うるせ。お前が帰ってこねぇから…わりぃんだろ」

そうして更に腕の力を強める彼に、骨が折れてしまうのではないかと背中をトントンと叩いた。それでも抱く力を緩めない彼にヤバい、死ぬ!なんて大袈裟に思ったとき、弱々しい声で春千夜くんは言ったのだ。


「悪かった。お前のこと考えもしねぇでイヤな言い方しちまって」


春千夜くんの声が、微かに震えている。
わがまま俺様三途様のあの春千夜くんが、メッセージ含めて2度も謝ってきた。こんなことは春千夜くんと知り合って初めてだ。春千夜くんへ顔を向けようとしても、それは彼の手によりはばかられ再度胸に顔を押さえ込まれてしまう。

「はるちよ君、かお見たい」
「ぜってぇーヤダ。見んじゃねぇブス」
「……」

苦しくてトントンと叩いていた彼の背を今度は優しく宥めるようにポンポンとリズムを変えてみる。少し落ちついたのか、春千夜くんの抱きしめていた腕の力は少しばかり緩まった。その隙に顔を上げると、この次にどうしたら良いのか分からない春千夜くんはわたしの顔を困惑しながら切なげな瞳で見つめる。まるでいじけているような、遊びに置いてかれた子供のような表情で。

「…はるちよくん」

もう一度、彼の名を呼ぶ。そうすると、形の良い唇をきゅっ、と噛み形容し難い顔を浮かべた。

「…あんなに俺のこと好き好きっつって離れなかったクセによ。…なんでお前は俺から離れて平気そうなんだよ。マジで別れてェって思ってんの?」

プライドの高い彼が、自分の気持ちをまず素直に表に出さない彼が、今はそんなことどうでもいいかのように心情を顕にする。わたしはこの瞬間が、嬉しくて堪らない。

恋愛面で追いかけられることしか知らない春千夜くんは、追いかけることを知らない。だってわたしは今までそんな彼の性格を分かって好きで追いかけているフリをしていたのだから。

「…わたしがいなくて、さみしかった?」

合わさった視線に緊張が走り、唾を飲み込んだ。春千夜くんはいつものように悪態をつく訳でもなく、一瞬視線を逸らすとタカを括ったのかもう一度、わたしに目線を向き直す。

「…お前がいねぇと、不安になる。家に帰ってお前がいないと…帰ってきた気がしねェ。だから……別れんのは…それだけはマジで、むり。頼むから俺を1人にすんな」
「…うん。わたしも感情的になっちゃって言っちゃいけないこと沢山言ってごめんね」

春千夜くんは、堪らなくなったように口をきゅっと結ぶとわたしの肩に顔をこて、と当てた。そんな彼もまた、可愛いと思ってしまうのだ。

お付き合いが始まってわたしが彼にしてきたこと。
わたしがいなくなったら平気でいられないように、わたしがいなくちゃ生きていけないように、そうやってこの期間春千夜くんに尽くしてきた。その成果、ショートスリーパーだった春千夜くんは今ではぐっすり眠るようになったし、人の作ったものを食べたがらない彼はわたしの作るものなら進んで食べてくれるようにもなった。言葉にしてちゃんと安心させてあげないと、メンブレを起こすようにまでなった春千夜くん。

彼は見えないだけで人一倍不安がりで、素直じゃなく悪態着いてしまうのは出会った頃から今も相変わらず。

愛を言わせたい彼と、言いたいわたしで成り立っていたこの3年間。だから今回のことも、きっとわたしが「ヤダ!春千夜くんそんな事言わないで!わたしをお嫁に貰って!」とでも言うと思ってたんだろう。

付き合っていても、押してダメなら引いてみる。コレ有効。こんな大事なときぐらい、わたしからじゃなくて春千夜くんからちゃんと言葉にして貰いたかったんだもん。

「…ん。…あー…ナマエ」

春千夜くんはわたしを呼ぶ。ゆっくり顔を上げるとわたしの両肩は彼の手により掴まれた。

「……ーズ、」
「え?」
「っっだからっ!プロポーズ!!やり直しさせろっつってんだよ!1回で分かれやバカオンナ!」

先程の神妙な彼とは打って変わってギャン!と大声を出した春千夜くん。鼓膜が破れるかと思った。でもそんなことより、わたしの顔は見る見るうちに笑顔になっていく。

「てめっ何笑ってやがんだ」
「あっごめっ!嬉しくてついその…でも春千夜くん、結婚はしてもしなくても意味無いんじゃなかったの?」
「あ?…ちっ」

ワシャッと自身の髪を掻く彼は、わたしを見下ろすと相当緊張しているのか表情がいつもの数倍固い。

数秒の沈黙に心臓は音を大きく鳴らす。
これからとても大切で、一生記憶に残る場面に息を飲んだ。



「俺のこと好きって言え。ずっといつもみてぇに好きっつって、バカみてぇに笑って一生傍にいろ」



口を閉じることも忘れ、呆けたようにわたしのお口はぽけっ、と開く。なんて春千夜くんらしいプロポーズ。鼻を啜って、春千夜くんの耳まで真っ赤な頬に手を添えた。こんなに顔を赤らめた表情と、わたしの返事を緊張しながら待つ彼はもう一生見られないかもしれない。

「わたし、春千夜くんとの子供だって欲しいんだけど…叶えてくれる?」
「はぁ?」
「大好きな人との子供だもん。絶対可愛いし、きっと仕事から帰ってくるの、楽しみになるよ」
「っ、」

春千夜くんは眉をグッと眉間に寄せて、再度わたしを抱き締めた。


「…ガキが出来ても俺のこと構え。…ンで毎日しつけーぐらいに好きって言え」


ぎゅうっと抱き締めた後、彼はわたしにキスをする。わたしは唇が離れるともう答えは決まっていて、「もちろん」と答えるのだ。


「はるちよ君、好き。大好き過ぎて困るぐらい本当に好きだよ。だから…死ぬまで一緒にいてもいい?」
「ンなのそうじゃなきゃお前のこと殺しちまうワ」
「そっそれはイヤ!こわっ!怖いよ春千夜くん!!」

慌ててその考えだけは改めてくれと春千夜くんの腕から逃れようと必死になる。そんなわたしを見て、冗談なのかウソなのかクスクス上品に笑って、はぁと息を吐いた彼は一段と柔和に微笑みかけた。

「つーかよォ」
「ん?」

春千夜くんの口元は弧を描いている。怒っていても、笑っていても、どんな顔をしていても絵になってしまう。いいところも悪いところも含めてわたしは彼が好きだと、彼にしかもう恋が出来ないと再度そう思うのだ。

「死ぬまで一緒?そうじゃなくてさァ…来世もその先も、ずっと一緒にいるって約束しろ」
「あ、」

わたしの手を取り指を絡めた春千夜くんが、左薬指を甘く噛んだ。甘美な鈍い痛みが襲って顔を少し歪めてしまうと、もうそれは彼のペースに飲み込まれてしまうことを暗示している。


「神は信じねェけど、お前のことだけは信じてるから」
「ッはるちよ、くん」
「愛してる」


語彙が逃亡、心肺停止。何方かわたしにAEDを。

こんなの!こんなのって狡いじゃん!!

石のように固まって瞬きすら出来ていないわたしの手をそのまま掴むと、狭いシングルベッドへと連れていく。
そうして長い睫毛を揺らしわたしを見つめる瞳は三日月型に細まって、体が反射的にピクっと跳ねたのをその目で見ると彼は愉しそうに口角を上げた。




「ホラ。おめーの大好きな春千夜君がお前のモノに一生なってやんだから、1週間会えずにオレが大人しくマテ出来たご褒美ってのくれよ」




わたしの方が上手だと思っていたらとんでもない。
わたしよりも彼の方がわたしの扱いが一枚上手だった。







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