小説 | ナノ

恋と人生はアドリブでできている


※梵天軸

※片思いしていた三途に彼女が出来てしまった話。ハピエンです



わたしの恋人は、忘れられない人がいる。
本人から直接聞いた訳ではないけれど、そういった事はなんとなく、分かってしまうものだ。それを分かっているはずなのに、いつかは私のことをちゃんと好きになってくれるかもしれないと、今でもずっと淡い期待をしたまま過ごしてる。


何でもそう。結局この世の中、一番より二番が勝るなんてことは何ひとつない。





わたしの意中の相手は三途春千夜という男である。
中学の頃から自分の気持ちに気付いてからというもの、ずっとずっと彼のことが好きだった。小学校も同じ、中学のクラスも同じだったりと春千夜とは接点も多く、昔から仲は良かった。春千夜が放課後までいた際はお互いに用事がない限り一緒に帰るのはお決まりで、その時間だけは春千夜を独り占めしている気がして、わたしの楽しみの1つでもあった。

その頃の春千夜は不良もいいとこで、学校はサボりまくり、遅刻も常習犯だし外での喧嘩は絶えない。大体新しい傷を付けてくる彼は暴れ馬といった言葉が本当によく似合っていた。喧嘩も出来て、顔も良い。そうするとモテるのは必然的で、何人か春千夜のことを狙っている子がいるという話も耳にしたことがある。

それでも春千夜は近寄り難い雰囲気があるらしく、学校の友人等は少ないし、女子に対してもつれない態度のせいか校内では一匹狼でいることが多かった。

でもある日、そんな春千夜に好きだと行動に移した子がいた。

「隣のクラスのあの子、三途君に告ったらしいよ」

移動教室の際その話題を友人から聞いたとき、今まで思いもよらなかったような感情が私を襲った。春千夜が告白に了承してしまったらどうしよう、春千夜が誰かのものになってしまうのが凄くいやだ、そんな気持ちが私の中で渦巻いた。ほら、あそこにいる子。と友人が見つめた先へ目を向ける。わたしとは全然違う、大人しそうな女の子だった。

その日は放課後になるまで心ここに在らず。ずっとモヤモヤしていた気持ちがバレないように、春千夜と帰っている道中でそれとなく聞いてみた。

「振ったっつーか今はオンナに興味がねぇ。ってかその前に知らねぇヤツなんか好きになれねェっつの。お前がそのこと一番よく知ってンだろ」

紙パックのジュースのストローを咥えた春千夜は、普段通りの何食わぬ顔でそう言った。そっか、春千夜付き合わなかったんだ、と私は安堵すると共に分かりやすく頬が緩んでしまう。春千夜に「なに笑ってんだバーカ」と頭を小突かれてしまったけれど、素直に嬉しかった。女の子には申し訳ないけれど、春千夜が付き合わなかったことにも、春千夜のことを理解している女が私であると認めてくれていたことにも、嬉しくて仕方がなかったのだ。

それから片思いをしたまま気持ちを伝える勇気がなく中学を卒業。私が高校に上がってからは何度かご飯を食べに行ったりなんてことはあったけれど、今日こそ好きって伝える!なんて毎度意気込むのに、振られたときの事を考えると怖気付いて結局言えず終い。オンナに興味が無いと言い切った春千夜に、もし振られてしまったらこの友人関係ですら壊れるかもしれない。それが一番怖かった。



暫くそんな関係が続いたのだけれど、5年ほど春千夜と連絡が取れなくなってしまった期間がある。




春千夜に彼女が出来たからだ。




「そういやさァ…俺オンナ出来たワ」
「へ……?」
「だからよォ…その、」

珍しく春千夜から私の元に"飯行くぞ"なんてメールが来て浮かれていたわたしは何処に行ってしまったのだろう。誰かに殴られたような衝撃が降り掛かってきて、胸が抉られていくような感覚に息が詰まりそうだった。

「ワリィけど…これからはお前と連絡取れねぇっていうか」

とても言いづらそうにわたしから視線を逸らした春千夜。
…そっか。最近会える回数が減ったなとは感じていたけれど、そういうことだったのか。今日は私にその事を伝える為に連絡をしてきてくれたのか。

「あ…そっそうなんだ。分かった…おめでとう!」

春千夜は、余り自分の事を詮索されるのが得意じゃない。だから私も春千夜に言いたくないようなことは深くは聞かない。それでもこの長い期間にはそれなりに信用もあって、出来上がっていた。慕っている隊長との話は聞いていて楽しかったし、私がテストの点なんかで落ち込んだときは「特別に乗っけてやる」とか言ってバイクに乗せてくれたこともあったっけ。私が関係性が壊れてしまうのを怖気付いている間に、春千夜に大事な子が出来てしまった。

よくあの時おめでとうなんて言えたと今でも思う。申し訳無さそうにする春千夜は、普段の春千夜らしくなくてつい「大事にしなきゃダメだよ!いつもみたいにすぐ怒ったりしちゃダメだからね!」なんて思ってもみないことを口にしてしまった。春千夜を困らせちゃいけないとか、悲しい顔をしてはいけないだとか、一瞬の間で色んなことを考えた。もしかしたら私の無理矢理作った笑顔に、春千夜は気付いていたのかもしれない。

「彼女さん…どんな子なの?」
「あ?あー…何て言やいいのか分かんねェけど…ほっとけねェつーか」
「…うん」
「大丈夫だっつってんのによォ、かすり傷一つ出来るだけで心配だとか言ってすぐ泣くようなオンナ」
「そっか。優しい彼女じゃん」

小さく微笑んだ春千夜のその笑顔は、きっと私に向けたものなんかではなくて彼女を思っての笑顔だ。だってめちゃくちゃ優しい顔をしている。そんな表情が出来るなんてこと、わたしは長い間一緒にいたのに知らなかった。

家に着いたら途端に溢れ出す涙。
なんでもっと早く春千夜に気持ちを伝えなかったのか、なんで怖気付いてしまったのかと後悔したってもう遅い。顔も見たことがない春千夜の彼女にも嫉妬しまくって、そんな自分に嫌気も刺すと自分が惨めで愚かで嫌いになりそうだった。

女に興味がないって言ってたじゃん。
今は女よりチームだって、言ってたじゃん。

春千夜は別に悪くない。中学の頃の話なんて歳を重ねれば心情も変わる。ずっと鵜呑みにして春千夜は彼女を作らないと思っていた私がバカだっただけ。

わたしだって春千夜のことがずっと好きだったんだよ。
わたしだって春千夜が怪我をしたとき心配してたんだよ。
きっと彼女よりも私の方が春千夜のこと大好きなのに。
…こんなに泣くならなんで最初から気持ちを伝えなかったの。これならきっといっそ潔く振られた方が楽だったのかもしれない。

春千夜の彼女という立ち位置。
好きだと自覚してからずっとずっと私がなりたかったもの。これからは春千夜の隣を歩くのは友人の私ではなく、その彼女になるのかと思うと醜い嫉妬は更に私を取り囲んでいく。

春千夜もその彼女も、好き同士になって付き合っただけなのに、私はなんて最低な人間なんだろうか。
好きな人が幸せならそれでいいと言える人がいるけどさ、そんな風に思えるまで一体どれくらいの時間を費やしたんだろう。誰か教えて欲しい。やっと落ち着いてきたと思っても、すぐにまた春千夜を思い出して涙が零れる。早く涙なんて枯れちゃえよなんて意味の無い悪態もついちゃって、明るかった部屋が暗くなり始めた頃、顔を上げた。

早く、諦めなくちゃ。



こうしてどうすることも出来なかった私の初恋は、伝える間もなく砕け散っていったのだ。





期間が経てば、春千夜の事を思い出しても涙は出なくなった。もう私が彼の隣にいられる理由自体がなくなってしまったから、どうにかして前を向いていかなければならない。自暴自棄になった私は、色んな男と遊んでは付き合って別れてを繰り返すようになった。…上手くいく筈なんてなかったけれど。
気付けばハタチを過ぎて、毎日仕事ばかりの繰り返しの日々。忙しい方が色んなことを考えずに済むからその方が楽だったというのもある。だから遊び歩いていたわたしは成人過ぎて落ち着いて、まだハタチそこそこなのに仕事が恋人の寂しいヤツに成り下がってしまった。

毎夜疲れて帰ってきてベッドの中でSNSチェック。友人たちの彼氏と旅行に行ってきただとか、今月は付き合って○ヶ月だからディナーに行ってきただとか、そういった投稿を見る度に小さなため息が出る。隣の芝生は青いとはよく言ったもので、仕事から帰ってきてフリーの時間が出来ると、私もしかしたら一生独身のまま終わるのかもしれないだなんて大袈裟に考えては、未来なんて見据える訳もなく勝手に落ち込んでばかりいる。




今日は仕事が休みだから普段掛けているアラームもおやすみだ。それでも毎日の体内時計のせいか大体決まった時間に一度起きてしまう。時刻を見て、もう一眠りするのが休日の日課。もう一度目を閉じると、眠りの浅くなった脳にメッセージが届いた音がした気がして、目を薄らと開ける。

"お前今日ひま?"

目を疑った。何度届いたメッセージを見返したか分からない。送信者はあの日から一度も連絡を取っていなかった春千夜だったからだ。眠気は一気に覚め、心臓は慌ただしく動き出す。少しばかり手が震えてしまうくらいには、パニックになっていた。


"久しぶり。暇だよ"


メッセージを返信し、これが夢ではないかとまだ疑ってしまう。久々に会う春千夜は一体どんな人になってるんだろうか。わたしと会って、彼女は大丈夫なのだろうか。そんな事を思うけど、思考とは別に約束の時刻に間に合うよう念入りに化粧をして服を選ぶ。こんな浮かれてしまう気持ちが未だ自分に残っているのも驚いた。仕事に追われるようになってからは春千夜の事を考えないようにワザと心の隅へと追いやっていたのに、今こうしている自分はきっとあの時を思い出して誰がどう見ても動揺しまくっているに違いない。会社の後輩が見たらきっとびっくりするだろう。




「…はるちよ?」
「よォ、久しぶりぃ」

わたしが声を掛けると、その人物はゆっくりとこちらへ振り向いた。

ストレートだった筈の髪はウルフカットに切られセットされていて、特攻服を着ていた彼は今や上質そうなスリーピースのスーツを身にまとっている。春千夜は、あの頃よりも随分と大人びて格好良くなっていたけれど、余り顔色は良くない。かなり酒を飲んでいるのか目がとろんとしていて、泥酔状態に近いようにみえた。

「…元気してた?」
「んオマエはどうなんだよ。オトコでも出来たァ?」
「出来てないよ。毎日仕事詰めだもん」

自分のことは言わずに私に聞き返してくる所が春千夜らしい。それに男は出来たか聞いてくる辺り、わたしは本当に春千夜に意識すらされていなかったんだろうなと鈍い痛みが胸にチクリと刺さる。

春千夜が酒を追加で頼むとき、私も一緒に頼む。

「…彼女は?」
「あ?」
「彼女が出来たから連絡出来ないって私に言ったじゃん。だから、どうなったのかなって」

一番聞きたかったことを、自然に聞いてみる。内心は口から心臓が飛び出そうなほどバクバク。結婚の報告とかだったらどうしようってグラスを握る手には汗をかいていた。
でも春千夜の口から出た言葉は、想像していないものだった。


「…別れたんだよ」
「…え」


煙草に火をつけた春千夜はカウンターに肘をつき項垂れる。若干呂律の回っていない春千夜は「結局どいつもこいつもテメェのことばっかかよォ。もうみぃんな死んじまえよマジで」と独り言のように物騒なことを呟いていた。

「…なんかあったの?」
「別に、なんも?」

絶対何かあったはずなのに、春千夜はそれ以上口を開かない。じゅうっと煙草が灰に変わる音が聞こえる。
伏せていた春千夜は顔を上げると、一口煙草を深く吸い込んだ。

「まぁー…なんだ。なぁんか急に久しぶりにお前の顔見たくなってよォ。お前今なんの仕事してんの?」
「…一応、営業職」

お前が営業とか大丈夫なんかよ、と小馬鹿にする春千夜に、私は少しだけ眉間に皺が寄る。ヘラりと笑われても今日は昔みたいに言い返す言葉が上手く見つからない。だって数年ぶりの春千夜が、やけに素直だ。昔の春千夜なら絶対に顔を見たくなっただなんて言ってはくれないのに。…彼女が春千夜を変えたのだろうか。それとも酒のせいだろうか。分かったのはやっぱり数年会えていなくとも、私の気持ちは変わっていなかったということだけだった。

時折考え込むように黙る春千夜を他所に、わたしの心臓は加速する。こんなときにダメだって、弱っている人に漬け込むような事は最低だって思うのに、グラスの中の酒を飲み干すと私はつい言ってしまった。


「わたしが代わりになれないかな」 と。


春千夜は大きな瞳を更に見開いて私を凝視する。


「何言ってんだオメェ、酔ってんだろ」
「来たばかりだしこれくらいじゃ酔わないよ。…春千夜のことその…っずっと中学の頃から好きだったの」
「は、」
「春千夜オンナに興味ないってよく告白されても振ってたじゃん?だからずっと言えなくて。…そしたら彼女が出来ちゃってさ」

へへ、と笑って見せるけど上手く笑えている自信はないし、春千夜は相当驚いているのか瞬き一つしない。絶対にこのタイミングで好きだと伝えるべきではないことも頭では理解していた。それでも、言ってしまった。振られるならそれはそれでもう諦めがつく。

「いや俺は、」
「2番でもいい、から」
「アタマ冷やせ」
「冷えてるよ。もう何年前から好きだと思ってるの。…ゆっくりでいいから、わたしの事も女として見て欲しい」
「……」
「きっ今日だって春千夜から連絡が来て嬉しかった。…すごく嬉しくて、さ」

ダメだ。泣きそう。人が弱っているときに漬け込むように好きだなんて言って、更に泣くだなんて有り得ない。こんなの困らせるだけに決まってる。どれだけバカで面倒臭い女なんだと自分を引っぱたきたくもなった。
視界がいよいよ滲み出し、見られたくなくて顔を俯かせると腕を引かれた。

「…ぁ、」
「……2番とかアホなこと言ってんじゃねぇよ。ばーか」

春千夜は、ここが飲み屋のカウンター席で他にも客がいるというのにも関わらず、私に一瞬のキスを落とした。







わたしが春千夜の彼女という立ち位置になってもう時期一年になろうとしている。中学の頃からなりたかったものになれた私は初めこそ信じられなくて何度も本当に良いのかと春千夜に問いただしてしまった。

「イヤだったら無理ってはじめっから言ってるワ」
「そっそりゃそうかもしんないけど」
「下らねェこと考えてんじゃねぇよ」

呆れ口調の春千夜がそう言ってくれても私は未だ不安に駆られる。春千夜の仕事は不規則で、幹部ともなれば日付が変わる頃に帰ってくることも少なくない。でも春千夜は時間を見つけては日帰りだけど旅行にも連れて行ってくれたし、夜景が見えるようなダイニングバーにも連れて行ってくれたり、楽しい思い出だって増えていった。一緒に眠るときはわたしのお腹に手を回して眠る春千夜も、子供みたいだと感じて可愛くも思えた。

わたしと付き合ってくれたあの日から、春千夜は私のことをちゃんと大事にしてくれている。それが目に見えて分かるから、大好きだと心から思うし口にする。

けれど私がどれだけ春千夜に好きだと伝えても、春千夜は一度だって私のことを好きだと言葉にしてくれたことはなかった。

初めから、代わりになるというていで付き合ったのだ。それでも良いと思ったから、そう言った。これ以上を望むべきではないけれど、もしかすると一年経った今でも、春千夜はあの彼女の事が忘れられないんじゃないかと考えることが増えてきた。


高望みしたら、バチが当たる。こんなに近くにいるのに、遠い存在。あまり深くは考えないようにしていても、やっぱり春千夜の彼女であった子のことが頭の中でちらついてしまう。2人が何で別れたのかは詳しく教えてくれなかった。ただ一言「俺に耐えられなくなったんだとよ」とそう言った。その時の春千夜の顔は今でも鮮明に覚えている。


「買い物連れてってやんよ」
「かいもの?」
「…なんか欲しいもん買ってやる」
「えっ今から!?ってか欲しいもの?」
「いーんだよ細けェことは。早く支度しろ」

春千夜の休日が、私の休みと久しぶりに重なった。昨日までは疲れてるから家で過ごすとか言っていたくせに、珍しく朝早く起きた春千夜はグラスに注いだ水を飲むと、私の頭をポン、と優しく撫でた。

瞬く間に笑顔になる私に、春千夜は「ガキかよ」とからかうように笑った。だって急なデートの誘いなんて初めてだもん。これを嬉しくないと思う筈がない。

「オンナって支度に何時間かかんだよ。オレ腹減った」
「あっ待って!もうちょいだからっ」

急いで髪を巻き終わると、春千夜はもうとっくに支度し終わって煙草をふかしていた。車の助手席に乗ると、春千夜はアクセルを踏み込む。

今日の春千夜は、文句のひとつも言わずに私の行きたい所へ連れて行ってくれた。最近気になっていたカフェで食事して、いつも買いに行くショップにも着いて来てくれて、楽しくて時間が過ぎるのが早かった。最後に春千夜は寄りたいところがあると連れて来てくれたのは、名が知れたジュエリーショップ。

「え?春千夜ここに用あるの?」
「バカかテメェ。今日好きなの買ってやるっつったろうが」
「あ、いや言ってたけど、ここ?」

ハテナを浮かべる私に、春千夜は手馴れたように店へと入る。スタスタ歩く春千夜の背を追ってわたしもショーケースを覗くと、指輪やネックレス、ブレスレットなんかが飾られていて、どれも素敵だけど値段を見ればとてもじゃないけど手が出せない。

「はっはるちよ。やっぱ帰ろ?」
「はぁ?ンでだよ」
「高すぎだよ!こんなの買って貰うなんて出来ないって」
「ハン、これだからパンピーはよォ。お前が気にすることじゃねぇから好きなの選べ」

選べと言われましても。春千夜はどうやら私が決めるまで帰らないらしく、もう一度ショーケースへと目を移す。
この中で一番安いの、と探していると、頭上から声が振ってきた。

「テメェ折角買ってやんだから安いのとかって気ィ使うんじゃねぇぞ」
「え!?何故それを…!?」
「お前顔に出やすいんだよ。っつかテメェに心配される程オレ貧乏じゃないんでェ」

べぇっと舌を出した春千夜は余裕の笑みを見せる。どれにしようかと悩んでいると、一つの指輪が目に映った。
ピンクゴールドのリングにちりばめられた宝石がとても綺麗なリングだった。

「あ?コレがいーワケ?」
「あっううん。ってかここ全部結婚指輪じゃん!素敵だなって思っただけだよ。他にはどんなのあるんだろっ」
「あー…いや別に、」

可愛いと思っただけ。勿論春千夜とペアリング着けれたら嬉しいことに越したことはないけれど、そんなことは口には出来なかった。

「あっ!あっちのケースも見てみたいな」

ニコッとして春千夜の手を引こうとしたとき、春千夜は歩き出した歩を止めた。え?と私も春千夜が見る先へ目を向ける。




「……春千夜くん?」




私の彼の名が呼ばれ、春千夜は小さくポツリと目先の彼女の名を呼んだ。そこで知った。春千夜の彼女であった子なのだと。そしてわたしは気付いてしまった。この子の名前と当時の面影。…中学の頃、春千夜に告白をした女の子だった。

「…あ、」
「久しぶり。…彼女、出来たんだね」

私よりも幾分可愛らしい声が耳へと届く。今わたしはどんな顔をしているんだろう。私たちにもの柔らかな笑顔で話しかけてきた彼女に、息をゴクリと飲むことしか出来ない。

「あー…コイツは」

春千夜が私の事を口にしようとした瞬間、わたしはこの場にどうしても居られなかった。多分きっと、今のわたしは酷い顔をしているという自覚がある。

「春千夜、ゴメン。先帰ってるね」
「は?あっ!オイ!」

春千夜の引き止める声を無視して早足でショップを出る。店を出ると直ぐに涙が流れて来てしまった。他の買い物に来ている人たちの視線が突き刺さって痛い奴だった。

泣き崩れたくなるのを必死で堪えて歩く。
春千夜の彼女がまさかその子だとは思わなかった。寄りにもよって、こんな所で春千夜の元カノに会ってしまうだなんて。

「うっ、うぇっ」

いくら別れたとしていても、いくら今わたしと付き合ってくれていたとしても、春千夜はきっとまだその子のことを思っている。きっと春千夜のことだから、ゴメンと謝って別れを告げられるかもしれない。そんな事を思ってはより涙を誘うだけだった。

早く家に帰りたい。そう思って涙を拭うと、私の肩は誰かによってグイッと引っ張られた。


「テメェ勝手にいなくなんじゃねぇよアホか!」


私の肩を引いたのは走って来たのか息を切らした春千夜だった。





「…うあ、ふぅっ、はっはなして、よぉ」
「うるせェ、離したらお前逃げるだろうが」

春千夜は人目も気にせず私の手をぎゅうっと握ると車が停めてあるパーキングまで歩く。その間もずっと泣き止まない私を春千夜は車に乗せると、チッと舌打ちをすると共に口を開いた。

「急にいなくなるバカがいるかよ!こういう時ばっか歩くの早ェのなんなんだよ」
「だっ、だってぇ、っく」

車内に置いてあるティッシュボックスから春千夜は私の涙をそっと拭う。

「はっはぅちよの好きな人でしょ…?さっさっきの」
「は?あー…あ?」
「まっまだはるちよ、ふっぅ、好きなんじゃないの?」
「はぁ??」
「っくぅ…だっだから、そっその子のこと、忘れられないッんでしょ?」

今までに一度も見せたことのない泣き顔を、春千夜に晒していることにも逃げたくて堪らなかった。嗚咽で途切れ途切れになる言葉を必死で繋ごうとするけれど、今まで思ってきたことがブワッと溢れて上手く言葉にならない。

「やっ、やっぱり…2番なんてむっムリ。はっはるちよの一番になりたいっけど、」
「…おい」
「どっどおしても、、わたしじゃダメなのかなあぁ…っく。はるちよの特別な子に私はなれないのかなぁ?」
「聞けって!」

ギャン、と泣く私を春千夜は引き寄せる。抱き締められた春千夜からは、私の大好きな香水の香りがする。

「…初めから無理なら無理って言ってるって前にも言ったろうが」
「…っでも、」
「でも?」
「は、はるちよ私のこと1回も好きって言ってくれたことないじゃん」
「は?ンだそれ」

春千夜の低い声音が突き刺さる。あっと思って春千夜へ顔を向けると、眉を下げて私を見つめていた。



「…ずっと前から好きだって言ってるよ」




一瞬止まりかけた涙がまた鼻をツンと刺激し、私を襲う。

「そっそんなのウソに決まってるもん!きっ聞いたことないっ」
「…お前が泊まって寝ちまった後に、毎回言ってるわ」
「しっ知らないっ初めて聞いた」

春千夜はバツが悪そうに自身の髪をかきあげた。だって信じられない。暫しの沈黙が生じた後、静かに春千夜は口を開いた。

「中坊の頃からずっと俺のこと好きって言ってたじゃん。俺の勝手でお前の気持ち気付かずに振り回しちまったのに、ずっと好きでいてくれたの感謝してる」
「っ、」
「…お前意外と構ってチャンだし、寂しがりだけどさァ。その分俺の為に尽くしてくれてたこともちゃんと分かってる。俺がアイツと別れた理由も深くは聞かないでいてくれたのも…あん時は助かったわ」

肩を抱いていた春千夜の手がぽんぽん、としたリズムにゆっくり変わる。まるで子供をあやすかのように優しい手つきだった。

「一年も一緒にいたからもう分かってるもんだろうと勝手に思ってたからよ、ダセェわマジで。…俺のせいでお前がこんな悩んでんの気付いてやれなくて…悪かった」

ぽろぽろ流れる涙を「お前泣きすぎ」と笑ってまた拭ってくれる。凄い顔になっているのに、春千夜は私に「こっち向け」と私の頬に手を添えた。滲みまくっている視界に春千夜が映る。少し悲しげに笑う春千夜は私に一度キスを落とすと言葉を繋ぐ。


「好きだよ。ナマエのことがすげぇ好き」
「わっ私もすきっ、ずっずっと大事にするからぁ」
「はぁ?…そりゃ俺の…、」


春千夜は少しばかり考え込むとはぁ、とため息を零し私をキツく抱きしめるから、わたしも春千夜の背に手を回し抱き締め返す。


「…期待してるわ」


好きな人に好きだと言われることがこんなにも幸せなことなんだと今日初めて知った。何時になく穏やかに答えてくれた春千夜の肩に顔を埋めてまた泣いてしまった。








「…結婚すんだとよ」
「ん?誰が?」
「あー…元カノ?」

幸せなで甘い夜を過ごし次の日の朝、お互い仕事の為に私たちは出勤準備をしていた際の発言。石のように硬直したわたしに春千夜はぷっと吹き出した。

「なんつー顔してんだよ」
「え?いやっえっと…え?」
「昨日会ったとき言われたわ。"あの子よく春千夜君といた子だよね、私みたいに悲しませちゃダメだよ"とかってよォ。余計な世話焼いてんじゃねぇって感じだワ」

どうやら彼女は春千夜と別れてすぐに知り合った男と運命的な出会いを果たし、スピード婚。昨日は結婚指輪をその日取りに来ていたらしい。春千夜は興味無さそうにネクタイを締めて淡々とわたしにその事を告げていく。

春千夜と彼女が別れた理由は、春千夜の仕事と彼女の仕事の時間が合わずに二人の距離が離れていってしまったらしい。春千夜なりに彼女に合わすようにもしていたみたいだが、すれ違いばかりの日々に喧嘩が増えて、別れを告げられたのだそうだ。

「…教えてくれてありがとう」
「別に?誰かさんが不安になって泣いちまうから隠し事はしたくねぇの」

にやぁっと口角を上げる春千夜に、わたしはまたからかわれているのだと頬を膨らます。ケラケラと一頻り笑い終えた彼は家を出る際に私にキスを求めてた後、言った。


「今日定時で絶対ぇ上がって帰って来いよ」
「へ?なんで?」
「昨日買えなかった指輪買いに行くから」
「ゆびわ?」
「俺とお前のヤツな」

フリーズして10秒。言葉の意味を理解するにはまだ少し足りなかった。楽しそうな春千夜に対し、わたしの顔はみるみるうちに真っ赤に染まっていく。

「…そっそれってそういう意味だったの!?」

玄関のドアを開けた春千夜は私の声にこちらを振り向いた。





「オンナにしたいと思うのもお前。ヨメにしたいと思うのもお前。これ以上もクソもねぇよ。照れてる暇あったらどんなヤツがいいか今から指輪決めとけ」







Title By …icca



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