小説 | ナノ

本命童貞の竜胆くん




わたしの彼氏の竜胆君はとても優しい人である。
彼は私より1つ下の16才。端正な顔立ちにさり気ない気配りができ、それでいて褒め上手という私には勿体ない程の彼氏だ。だけど彼は少しだけやんちゃっ子でいるらしく、聞くに絶えない噂は何処までが本当なのか分からない。けれど今が良ければ全て良しという事にしておこう。楽しいことが好きで、お兄さんが好きで、それでいて人よりほんの少し構って君。これは私が竜胆君の彼女になってから知ったこと。

私の通っている高校は偏差値が近隣の高校よりも比較的高めである。勉強熱心な子ばかりがいる学校とまではいかないけれど、それなりに勉強が出来る子が在学していることには間違いない。後はスポーツ推薦等で入学した子たちだ。そんな中で桜咲く4月の入学式、不良カテゴリーという新しい括りに入る子が入学してきたとなればそれは学校中が彼の話題で持ち切りになるわけで。

しかしこの竜胆君、学校内では静かであった。静かといっても喋らないとかのそういった部類ではなく、悪さをしないという意味。初めこそ恐れられて周りから距離を取られていたように見えた彼は、いつの間にか目に映る度人集りが男女問わず出来ていた。なぜ私がその事を知っているかというと、本人気付いているか分からないけれどファンクラブが出来上がるほど彼が人気者であり、話題がよく耳に入ってくるからだ。私のクラスにも何人か"遠くから竜胆君を眺める会"という名の部活に勤しんでいる子がちらほらといる。あの見目で男も女も分け隔てなく接してくれるのがいいやら、スポーツが出来るのがかっこいいだとか等々。私の隣の席の男の子は一個下の竜胆君に憧れるとも言っていた。自由で自分のしたいことを出来ているのが羨ましいと。それは分かる気もする。

そのお陰で私はたった1日の入学式の日から彼のことは存じていた訳だけど、彼の目に私が映ることはこの先もきっとないだろう。…そう思っていたのに一学期の中間、6月。私はなんと彼に告白された。

そして私は竜胆君の告白を2度断っている。
1度目はいくら彼が学校の人気者だからといってもやっぱり不良は怖いという理由が大半を締めていて、2度目も変わらず不良は怖いし、プラスして竜胆君の熱烈ファンによる仕打ちが怖かった。そもそも竜胆君が私を認知し、好きだと伝えてくれたこと自体が有り得ない話なのだ。これを罰ゲームだと初めは信じて疑わなかったぐらいに。

「やっぱり好き。…俺が無理ってなったら直ぐに振ってくれていいから、付き合って欲しいんすけど」

3度目の告白に、竜胆君はどうしても諦めきれないと私を呼び出した。ここまで言わせてしまっては流石に申し訳ない気持ちが襲ってくる。彼の釣り眉がうるっと不安げに下がるとそれが子犬みたいで不覚にも胸がきゅうっと音を鳴らしてしまった。

「でもやっぱり竜胆くんが私を好きになる要素が見当たらないっていうか…ほっほら!竜胆君の周りに可愛い子沢山いるじゃん!?」
「ナマエセンパイより可愛い子なんていねェってオレ何回も言ってるじゃん。前にも言ったけどナマエセンパイを怖がらせることは絶対ェさせねぇって誓うし、ファンクラブがどうたらこうたら言ってたけどさ、そういうのよく分かんねェけど他の女がアンタより勝る要素なんて1つもねぇから」
「うぅ…」

竜胆君は、押しが強かった。丸いレンズから覗いたタレ目がちな目元が私の瞳を奪い取る。真剣に見つめてきた彼の圧に負けてしまい、私は冴えない頭できっとすぐ私に飽きて振るだろうと考えこくん、と頷いた。

「ょ、よろしく…お願いします」
「え……まじ?マジで彼女になってくれんの?」
「りっ竜胆くんがよければ」
「っ!絶対ェ、絶対ェ好きになって貰えるように俺頑張るから!嫌なことあったらすぐ言って、約束な?…やべぇ、超嬉しい」

私の言葉が竜胆君の耳へと届いた瞬間、彼は即座に私の手を握り、それはもう小さい子が欲しかった玩具を手に入れたときのように嬉しそうな笑顔を私に向けた。

「っわりぃ!…振られるかと思ってたからつい」
「あ、ううん。大丈夫」

絶対女の子慣れしていそうなのに、無意識だったのか私の掴んでいた手を即座に離した竜胆君のお顔は真っ赤に染まっていた。いつも目に映っていた竜胆君とはうって変わって初めて見た彼のその表情に、今度は胸の奥からぎゅうっと何かを掴まれるような感覚を覚えた。





竜胆君はいずれ私に飽きて振るかもしれない。これは付き合ってからも頭の片隅にはちゃんと置いてあった。だって彼が告白をしてくれるまで本当に私たちは接点のせの字すら無かったのだから。しかし竜胆君、私を振るどころか毎日のメールは欠かさないし夜には必ずといってもいいほど電話もくれるし、好きだと言葉にして沢山の気持ちを素直に伝えてくれる。

人を見た目で判断してはいけないということを改めて思い知らされた。竜胆君は意外と誠実(失礼)で、過度なスキンシップを強要したりはしない。ちゃんと夜には私を家まで送り届け、いつだって私のことを1番に考えてくれる彼氏であった。

「おいおい灰谷兄弟の弟じゃねぇかよ」
「今日はだーいちゅきなお兄ちゃんは一緒じゃないんですかァ
「オンナと優雅にデートかよ。いーご身分だなぁオイ」

ガラの悪い人達に絡まれたことは正直数回ある。本人はそんなつもりがないと言うけれど、竜胆君はとても目立つのですぐに分かってしまうのだろう。こうしてガラの悪い連中に絡まれたとしても、竜胆君は私と付き合う前に言っていた"怖い思いをさせない"ということを忠実に守ろうとしてくれる。それで何とかやり過ごすことも出来れば今日のように中々しつこい人達も中にはいるのだ。

「えー人違いじゃないっすか?勝手な判断辞めて欲しいんスけどぉ」
「舐めた口聞いてんじゃねぇぞクソガキ!」
「ウチのが世話んなったんだよ。覚えてねぇとは言わせねぇぞゴラァ」
「いやオレ知らねぇっす」

挑発に乗らずしらを切る竜胆君にお相手の不良は沸騰させたヤカンのように顔を怒りに染める。その内の1人が竜胆君に腹を立て掴み掛かった。あっ!と思ったのは一瞬。掴みかかっていたその男は十秒掛からず竜胆君の手により地面に顔を着ける形になっていた。

「…人違いっつってんだろうが。弱ぇヤツが騒いでんじゃねェよ。とっとと失せろ」
「っくックソ!行くぞ!お前も早く起きろ!」
「いたっ!痛えっ!」

途端に変わった空気に一等低く放った声。竜胆君そのものにビビったのか威勢の良かった男たちはまるで嵐が過ぎ去るように早々に逃げていく。

「あ…えっと。竜胆くん、大丈夫?」
「ごめんっ怖かったろ!俺マジで何にもしてないんだけどアイツらがしつけぇから…本当にごめんな。……嫌いになった?」
「そっそんな訳ないじゃん!」
「…ほんとに?本当にイヤになったり嫌いになったりしてねェ?」

尋常ならぬ怖い顔をしていた彼はすぐに消え失せて、私へと視線を合わせた竜胆君はこんなときでも私に嫌われていないだろうかと不安げに顔を覗き込む。

「こんなことで嫌いにならないよ!っそれより竜胆くん怪我してない?」
「…好き」
「は?」
「もう知ってるけど、ナマエってマジで優しいよな。そういうとこすげぇ好き」
「は、はぁ」

今更遅いのに、竜胆君は自分が不良だということを隠し通したいらしい。怖い思いしたくないっていうのはそういう意味じゃなかったんだけどな。失礼だけど竜胆君が不良だから怖いと思っていたわけで。…でもそんな思いは付き合ってすぐに消えていったけれど。


後から聞いた話、この日の夜に竜胆君はこの絡んで来た男たちを血眼で探し出し、全治2ヶ月の怪我を負わせたと彼のお兄さんである蘭君からのほほんと教えて貰ったのは、今でも竜胆君には秘密にしてある。







休日。勉強を教えて欲しいと言われ竜胆君の家に初めてお邪魔した。集合住宅に住んでいる私の家とはまるで違う間取りの広さに驚いた。そしてこの日は彼のお兄さんに初めて会った日でもある。

「へぇ。お前が竜胆のカノジョ?」
「あっえっと、ナマエって言います」
「真面目そーで固そうな女ァ」
「……え?」
「ちょっと兄ちゃん!」

竜胆君よりも背丈が高く、スラッとした細身の彼は寝ていたのか欠伸を交えながら口を開く。…今大変失礼極まりないことをサラッと言われた気がする。それでもペコッと頭を軽く下げもう一度挨拶を交わすと、竜胆君のお兄さんはニコリと微笑んだ。

「ごめんな。兄ちゃんとナマエはタメだから敬語とかンな気ィ使う必要ねぇから」
「そっそうなの?大人っぽいから年上かと思っちゃった」
「よく言われる

グイッと距離を詰め寄り私を見定めるかのように目線を上から下まで見られると、少しこわい。流石に私の顔が強ばってしまったのが分かったのか、竜胆君は私の肩に手をかけ蘭君から即座に距離を取った。

「兄ちゃん近ェって!ナマエビビらせんなよ」
「はぁ?見てただけだろー?目ぇ悪ィからよく顔分かんなくってェ」
「あ…目、悪いんですか?」
「ううん、悪くねぇよ。ウソ
「…え?」

は?意味分からん。なんなんだこの人は。
竜胆君が怒っている横でケラケラと笑って「ごゆっくりぃ」と蘭君は自室であるらしい部屋に水のペットボトルを持ってドアを閉める。竜胆君は深いため息を1つ吐くと、私を竜胆君の部屋に連れて行きドアを閉めてすぐ眉間に皺を寄せた。

「マジでごめん。兄ちゃん悪気はねぇんだけど」
「あ、大丈夫だよ!大丈夫大丈夫!ちょっと距離近くてびっくりしちゃったけど」
「ん…あんなんだからさ、兄ちゃんとあんまし仲良くなんないで」
「へ?」

竜胆君の含みがある言い方に疑問を覚える。
未だに私と竜胆君の距離は拳1個分いつも空いているのだが(竜胆君があたふたしてしまうから)、今日の彼はそんなことも言っていられなかったのか私を横に座らせる。

「…仲良いんじゃないの?」
「俺らの仲は良いけど…兄ちゃんオンナには余り、」

口篭る竜胆君。
…なるほど。多分だけど大体竜胆君の言いたいことは分かった気がする。蘭君はきっと可愛い弟を私みたいな女に取られたのが気に入らないのだろう。

「それも大丈夫だよ。それに蘭君こそ私と仲良くするつもりきっとないと思うし」
「いやそういうんじゃなくって」

竜胆君はまだ何か言いたそうだったけど少しの間を置き、「取り敢えず兄ちゃんとは距離とって!」と再度私に念押しをした。圧に負けうん、と首を縦に振ると安心したのか今度は「わっわり!」と言って私から少し離れる。

「あっ、勉強!勉強教えてくれるんだったよな!」
「うっうん、私が教えられるところなら」

慌てて参考書を開く竜胆君はやっぱり可愛い。




でも、


でもでも、


竜胆君と付き合って3ヶ月。
竜胆君は私のことをまだ何にも知らない。



「あっ竜胆くんここ間違ってるよ」
「あ?マジで?」
「うん。ここはこの公式当て嵌めるの」



竜胆君はいつも私に合わせてくれる。私をいつも1番に思ってくれる。それは幸せなことだと思うし今となっては私の方がもしかしたら竜胆君のことを好きでいるのかもしれない。


顔を赤く染める竜胆君は可愛いし、私の前では絡んで来た人たちと喧嘩にならないようになるべく穏便に済ませようとする姿も格好良いし、きっと勉強が余り好きではないのに必死にシャープペンを持ち少しでも私に見合う男になりてぇと言って必死に頑張っている姿を見ていると、本当に私のことを好きでいてくれるんだなぁと心から思う。


竜胆君はきっと私が純粋で真面目にお勉強しかして来なかった女だと思っているに違いない。


でも…違うんだよなぁ。







「あ…」
「ん?」


時刻はそれから夕方になり、慣れない勉強に疲れたのか寝てしまった竜胆君を起こすのは申し訳ないと私は彼をそのままにし部屋を後にした。するとリビングにいた男の人がこちらを振り返った。

「あれェ?竜胆はァ?」
「…寝ちゃってて」
「ふぅん。もう起きねェと間に合わねェのに」

数時間前に見た蘭君とは違って、下ろされていた髪は三つ編みに結われ特攻服らしき服を着た彼は昼間とは雰囲気がまた全然違う。

「わっわたし起こしてこようか?」
「あ?んー…いいよ。俺が起こすから」
「そ、ですか」

会話はここで終わりを告げる。何となく気まずい空気を感じるのは私だけだろうか。

「あっじゃあ私帰るんで、」
「あー待って」
「ひっ」

やっぱり竜胆君と蘭君は顔は似ていても纏うものが違う。もの優しい穏やかな声音だけれど、頭の中でこの人ヤバイ人と警告音がピコピコ鳴り響くのだ。蘭君の彫りの深い目がゆっくりと細まり私に詰め寄る距離が1歩ずつ近づく度に、反射的に足は後ろへ下がってしまう。

「やけにお前ら静かだったけど何してたの?」
「……へ?」
「だからァ、まさかオベンキョーばっかずっとやってた訳じゃねぇだろ?」
「いっいや?…勉強しかしてないけど」
「…まじ?」
「多分慣れない勉強に疲れて寝ちゃったんだと思う」
「はぁ?」

蘭君の瞳が大きく見開いた。そして数秒後には大声出したいのに我慢するかのように笑いだした蘭くん。

「んんっふ、っふは、マジかよォ流石に嘘だろ。どんだけだよ竜胆のヤツ、っは」
「ちょっ笑いすぎだよ!」
「いやありえねェ家まで呼んどいてそれって、っふ、童貞かよ。ッハ、まじウケる」

ひーひーツボに入ったのか笑い出す蘭君に、竜胆君から兄貴と余り仲良くするなと言われたばかりなのにこれでは竜胆君が起きてきたら勘違いされてしまう。そんな事を知らない蘭君は未だに笑って目尻に溜まった涙を指で拭う。

「はーっ、笑ったわァ。でもあんま我慢させてっと竜胆可哀想だろうが。ウチの弟あんましイジメないでくれるぅ?」
「…は?」
「お前って見た目っからしてお勉強だけが取り柄っぽい真面目チャンだもんなぁ。純粋なのが良いのは初めの内だけだぜ?美人も三日で飽きるっつーだろうが。それとも不純異性交遊ってのはセージンするまで許しませんってワケェ?」
「はっはぁ!?」

何この人!めちゃくちゃ失礼な奴じゃん!
わたしの顔が瞬く間に赤くなるとそれが面白いのか蘭君は余計に口角を上げていくのだ。

そして私が壁に背を付けたとき、蘭君は三つ編みを指先でくるくると遊ばせながら私の耳元まで顔を近付けると囁くように甘い声で口を開いた。

「初めてが怖いなら俺が貰ってやろうか?…勿論竜胆には内緒で
「っ!」
「…なーんてな。まぁお前も竜胆に振られたくなきゃ、」
「…じゃないし」
「あ?」
「だっだからわたし処女じゃないですので!」
「…え」
「処女じゃないし付き合うのも竜胆君が初めてじゃないの!それに竜胆君が何時まで経っても手を出してくれないだけだから!」

蘭君は目をパチクリとさせ呆けた顔を見せる。

「お宅の弟が日和ってるの!…私から手繋いだだけで固まっちゃうし」
「ウソだろ」
「もっと一緒にいたいって言うとまた今度なってあしらわれちゃうし…」
「…まじかァ」
「私からキスすると真っ赤になってフリーズしちゃうの。十秒ぐらい」
「あー…ウチの弟がごめんなァ」

なんとお兄さんに謝られてしまった。こんなこと彼の兄に言うだなんてバカみたいだし言ってて情けなくなる。いくら私のことを大事にしてくれていると言っても、ここまでしても竜胆君はキスから先に手を出してこないのだ。

「お前頑張ってたんだなァ」
「慰めないで。虚しくなるから」

さっきまでからかうような態度を取っていた蘭君は今度は哀れむように私の頭をポンポンと撫でる。

女だって、好きな男の子と一緒にいればもっと一緒にいたいと思うし、もっと好きになって貰いたいし、触れたいと思う。これは男女関係ない事だと思うのだけど、女から誘うって結構勇気がいるものだ。

今日だって竜胆君が初めて家に呼んでくれたから、少し、いや、ぶっちゃけかなり期待していた。別にえっちがしたくて付き合っている訳じゃない。竜胆君が本当に好きだと思うから、シたいのだ。自分で思うけど、これでは私が変態みたいだという自覚はある。

「んー…じゃあさァ、思い切ってお前から誘ってみれば?えっちしたいって」
「はっはぁ?出来る訳ないじゃん!また今度とか言われて断られたら私一生竜胆くんと顔合わせられないんだけど!?」
「そーなったら俺が貰ってあげるから大丈夫
「へ?」

今とてつもない発言をされた気がする。私を見下ろす蘭君はにこにこ出会ったときのように笑みを浮かべていて、本気なのか冗談なのか分からない。…多分、これもからかっているだけだと思うけど。


「っま、好きなオンナから誘って貰えて我慢出来る奴なんて余程のバカでアホな奴しかいねェよ」


蘭君は得意満面に形の良い唇の端を上げて、そう言い切った。







それからまた1ヶ月。私と竜胆君は相変わらず仲の良い毎日を過ごしていた。この頃になると竜胆君は昼休みも帰りも私のクラスまで迎えに来るようになり、彼がサボる日と授業中以外ではほぼ一緒にいるようになった。そして竜胆君のファンクラブは私が彼女と知って愚痴愚痴言う女の子もいたけれど、それは次第に無くなっていった。これも蘭君にあとから聞いた話、竜胆君が私に分からないように裏で「そういうの辞めて」と女の子に釘をさしていたらしい。…本当、わたしよりも竜胆君の事をよく知っているお兄さんだ。



今日は朝起きたときからずっとドキドキしていた。竜胆君から2度目のお家デートに誘われたからだ。期末も近いということで、放課後のテスト勉強という名のデートだけど朝から考えるだけでずっと胸はソワソワしているし、授業なんて身に入らなかった。


「飲みもん何がいい?水かコーラとかしかねェけど」
「竜胆くんと一緒でいいよ」

蘭君は部屋にいるのかいないのか分からないが私が訪れたときにはシンと音一つなかった。竜胆君の部屋でちょこんと座り、竜胆君を待つ。やっぱり好きな人の家って緊張する。

「ここ、分かんねェんだけど」
「あ、それはね…」

竜胆君はやれば出来る子なのだ。教えたことは忘れず次の問題をスラッと解いてしまう。それに関心していればいつの間にか時間が経ってしまったので、休憩しよっかと告げると竜胆君は丁度飽きていたのか嬉しそうな表情を浮かべた。

「竜胆くんて、やらないだけで頭いいよね。凄い」
「それはお前の教え方が上手いからじゃん。つーか勉強なんて俺は出来ても出来なくても支障がねェもん」

ナマエがいなきゃやってねぇよこんな人生使うかも分かんねェ数式、とけらけら笑った竜胆君に胸はきゅん、と分かりやすく音を立てる。

…竜胆君てそういえばどうしてわざわざこの高校を選んだのだろう。蘭君はこの間会ったときに「高校なんてめんどくせぇの行ってらんねぇわ」と顔を歪めていたので行ってないのだと思うけど、竜胆君は大学にでも行きたいのだろうか。そういえば付き合ってこんな話をしたことなかったな、と思う。

「りんどう君って…さ」
「ん?なに?」

夕方から夜へと変わる頃。冬へと近付いたこの季節は日が落ちるのが早く、薄暗い。いつもと変わらない竜胆君なのに、何故かそれだけでドキドキしてしまうのはなぜだろうか。

「あっ、ううん。別に何でもないよ」
「そ?…ちょっとこっち来て」
「わっ」

竜胆君との距離が、ゼロ距離になる。竜胆君のいつも付けている香水の香りが間近で香り、私の心臓がバクバクと音を変えて鳴らし出した。

「ちゅー、してもいい?」

いつも絶対に私の返事を待つ彼が、今日に限って私の返事を聞かずにキスを落とす。竜胆君の唇が離れると、私が口を開く前にもう一度キスをする竜胆君。

「りんど、君?」
「あっ、わり。可愛くてつい。ってかゴメンな。その、やっぱ好きだなって思ったらしたくなっちまった」

謝ることなんかじゃないのに、私は嬉しいのに、悪いことなんて何一つしていのに、竜胆君は私に謝る。

どうしよう、どうしよう。
言ってもいいのかな。嫌われないかな。

そんな事を思っていると、数秒の沈黙が私たちを襲う。静寂を切ったのは竜胆君だ。

「そろそろ暗くなってきたし送るわ!また明日暇なら、」
「まだ18時だよ」
「いや、そうだけど」

腰を上げようとした竜胆君の制服の袖をキュッと握って阻止をする。こんなことを余りした事がないからか、竜胆君は「え?」と驚いていた。

「どうした?」
「あっあのね…えっと、まだその…竜胆くんと一緒にいたい」
「は??」

竜胆君の間抜けな声が耳へと届く。恥ずかしくて堪んなくて、どうにかなってしまいそうな心境の私の目は少しだけ潤んでしまっているのが自分でも分かった。

膝を見ていた目線を竜胆くんの方へと顔をあげる。
頭がおかしくなりそうなほど緊張していた。きっと高校受験のときより緊張しているに違いない。竜胆君のメガネをそっと外し、テーブルに置く。竜胆くんのゴクリと息を飲んだのが分かった気がする。力の込められていない彼の手を取り、そのまま彼の手を私の制服の胸元まで移動させた。

「おっおい」
「りっ竜胆君は私が勉強ばかりの真面目だと思ってるかもしれないけど、そんなこと全然なくって。わっ私は竜胆君と勉強するのも好きだけど、もっと一緒にくっつきたいし…こういうこともしたいって、思ってるんだけど、」
「あ…と」

竜胆君が黙ってしまった。やっぱり女からこんなこと言うのなんてよく無かったのかもしれないと後悔が押し寄せる。

「やっやっぱ女からこういうこと言うの良くないよね!ゴメンねほんと」
「ちっ違ぇよ!俺、その結構、じゃなくてっマジで本気でナマエのこと好き、だからめちゃくちゃ嬉しいっつーか





…最高っス」





大好きな彼の顔がそっと再び近付いてくる。瞼を閉じようとしたとき、私はぴしりと固まった。


たらり。


「「…へ?」」


竜胆君のお鼻から赤い液体が垂れる。


「りっ竜胆くん!鼻血!鼻血が出てる!!」
「いや、大丈夫」
「大丈夫じゃないから!」


結論、竜胆君は私のことが好き過ぎる故に手が出せなかったらしい。



その後、お風呂に入っていたらしい蘭君の耳に私の叫び声が届き、急いで竜胆君の部屋の扉を開けた蘭君は、ティッシュを鼻に詰めた弟を見てお腹を抱えて笑い出す。

「りんどーマジでだっせぇ!ッハ、オンナにここまでさせといて鼻血出すとかお前マジで童貞なの?」
「…うるせェ」
「こんなんでゴメンなァ?コイツ実はまだ中坊ン時に参考書開いてたお前を交差点で見かけたらしくってェ。そっからずーっとお前のことが好きで行きたくもねェ高校受けたのよ」
「…へ?」
「言うなって!言うなってば!」
「健気だろ?もほんっとあの日のこと思い出すと兄ちゃん泣けちゃうわァ。名前も分かんねェし頭の良い学校通ってるダチなんていねェからってさァ」
「兄ちゃんマジで許さない」

怒っている竜胆君を他所に蘭君はほろりと泣き真似をして見せる。竜胆君かなり怒っているように思えるが、蘭君にとったらダメージはゼロに等しいらしい。

「りっりんどう君、蘭君の言ったことって本当なの?」

ピシッと固まる竜胆君は、兄から私へ目線を向けるとあぐあぐと何ともいえない表情を浮かべた。




「…ほんとう。一目惚れして絶対ェお前を俺のオンナにしたいって思ったから…めちゃくちゃ勉強頑張った」



今度は私が鼻血が出そうな勢いでぶっ倒れた。





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