小説 | ナノ

二人だけの大円団



※梵天軸
※竜胆視点。頑張り過ぎている彼女を攫うことにした話




久しぶりに彼女が出来た。

兄貴が前に行ったらうまかったと言っていた店のバイトとして働いていた女。化粧っ気が接客業のクセに余りなくてそれでいて童顔。少し彼女と話すようになってから若いなとは思っていたが、そんな子供に惚れてしまったのはこの俺だ。

「竜胆さん、いつもありがとうございます」

たったそれだけ、誰にでもきっと言っているであろうその言葉と屈託の無い笑顔に俺はしてやられた。笑顔が可愛い女なんてそこら辺にもいる。だけど何度か通っている内に少しずつ日常会話が増えて作り笑顔ではない表情を見せてくれた彼女に、気付いたらその子の彼氏という存在になりたいと思うようになった。

自分がまさかこんな若い女を好きになるだなんて。
自分のことなのに信じたくなくてもう一度彼女のバイトの時間に店を訪れた際、やっぱり彼女の笑った顔を見て名前を呼んでくれたとき好きだと自覚してしまった。

適当な女を見つけて、適当に遊ぶということは何度かあるし好きだとその場限りで言葉にするのも難しくない。だけどナマエに伝えるのはダサいとは思うが中々口に出来なかった。

「でも私…竜胆さんに見合う女じゃないですし」
「俺がお前のこと好きって言ってるんだけど…見合うとかンなの関係ねェよ」

やっとそれからも何度か通い告ったまではいい。けれど中々首を縦に降らなかった彼女に振られるかもという気持ちがあったのも少なからずあった。彼女はかなり考えた末ゆっくりと首を縦に振り、「…よろしくお願いします」と小さな声で言った。その言葉が俺の耳へと届いた瞬間、湧き上がる嬉しいという感情を表に出さないように余裕ぶるのが精一杯だった。二十歳の終わりから特定の彼女を作らなかったせいでこんな気持ちになるのが久々だったのだ。



「わたしその…門限があるんですけど」
「門限?」

彼女は18歳。20時には家に帰らなくちゃいけなくて、と気まずそうに告げる彼女に今どき門限なんて珍しいとは思った。彼女の親は片親で、一人っ子だと言ったナマエ。ああ、大事にされてんだなと思った俺は、何にも考え無しに彼女の言う通りちゃんと時間になる前には家に送り届ける日々を送っていた。

「いつも送ってくれてありがとうございます。時間作ってくれてるのに…余り一緒にいれなくてすみません」
「だーからいつも言ってんじゃん。気にすることねェって。それよりさ、こっち来て」
「あっ…と」

車内の中で恥ずかしがる彼女を引き寄せてキスを落とす。キスは何度かしているのに、未だ慣れずに顔赤くして硬直する彼女が可愛くて堪らなかった。俺が初めての彼氏だとも言っていたナマエを大事にしてやらなきゃなんて柄にもなく思って、こんなこと兄貴には言えないけれど2ヶ月経った今でもキス以外で手が出せない。

「…離れたくないな」

自分の気持ちを普段余り表に出さない彼女が初めて俺にそう告げた。俺から好きだと伝えれば真っ赤になって答えてくれるけど、今日こうして初めて彼女から思いを伝えてくれたことが嬉しくて、多分この時の俺もナマエと同じくらいに顔が赤かっただろうと思う。

「じゃあ泊まる?お前が良いなら俺は全然構わねェけど」
「あっ、えっと…そうしたいんですけど泊まりは…ごめんなさい」
「真剣に謝んなよ。ってかいつもお前謝り過ぎな?嬉しくて言ってみただけだから。困らせるつもりはねェよ」

彼女の頭を撫でると申し訳なさそうに笑う彼女の姿が目に映る。少しショックは受けるけど、彼女のことを本気で好きになってしまった俺は彼女が守る家の決まり事に口を出すことはしなかった。





ナマエは遠慮しがちだ。
似合いそうだと思ってプレゼントを贈れば、それは中々受け取っては貰えない。やっと受け取ったかと思うと、嬉しさと申し訳ない表情を器用に浮かべるのだ。

「めちゃくちゃ嬉しいんですけど私返せないです」
「何にもいらねェって。お前にあげたくて俺が勝手に選んでんの」

そうは言っても彼女は必ずバイト代が入ると俺にお返しだと物をくれる。しかし普通の女子高生では余り手が出せないような額のプレゼントを貰ったときは流石に気が引けた。

「…こんなん買わせちまってわりぃ。でもお前はまだ学生じゃん。気持ちは嬉しいけど俺に金使う必要ねぇよ」
「でも…竜胆さんにはいつも元気貰ってるからお礼もしたくて」

前より素直に気持ちを伝えてくれるようになった彼女は根が真面目なんだろう。俺とナマエが出会ったバイト先は高校に入ってからずっと続けているバイト先らしい。文句も何1つ言わず、店長に褒められて嬉しかったとはにかむ彼女の顔が堪らなくなくて抱き締めてしまったし、今まで化粧っ気が無かった彼女は俺と付き合って、少しでも俺に見合う女になりたいとメイクを練習するようになった彼女を愛しくも思った。



自分の仕事の時間と、彼女の会える時間。中々時間が合わないのは元から承知の上だった。

「灰谷さん!最近遊んでいってくれないから私すっごい寂しいんだよ」
「あー…わり」

キャバクラの上納金の回収に行けばナマエからはしない香水の香りを漂わせて俺の腕に絡んでくる女。ウチのキャバで働くナンバーがついた女だ。そんな女を見たって偶には遊んでくかという気持ちすら湧かない。それなら彼女のバイト先まで迎えに行って、少しでも彼女と一緒にいれる時間を作る方が楽しいと思うようにもなった。






「お前ちゃんと飯食ってる?」
「え?食べてますよ。めちゃくちゃ食べてます」
「ん、でもお前最近痩せたよな?バイト詰め込み過ぎてねぇ?」

週に2日程度だった彼女のバイトが、倍になった。
募集していた本屋に面接に行き、働く量を増やしたらしい。自分のその歳の頃を思い出すと遊んでバカやっていた記憶しかないが、彼女にそんな様子はなく友達とも余り遊んでいる雰囲気は無かった。それに加えてナマエは極端に痩せた、というかやつれているように見える。

「なんか欲しいもんでもあんの?」
「欲しいもの…はないですけど」

それ以上口を開かない彼女に無理強いしてまでは聞けなかった。でも無理矢理聞けば良かったと今になっては思う。久しぶりに時間が合った休日。彼女が好きそうなカフェに連れていけば目を輝かせてナマエは料理を口に運んでいた。

「竜胆さんと食べるご飯が一番美味しいです」

そんなこと生まれて初めて言われた。彼女が卒業したら絶対にプロポーズしようと誓った。健気で俺の為に可愛くなろうと頑張って、バイトだろうとちゃんと働く彼女の事が好きだと再度実感し、更に大切にしようと思ったのだ。

「俺もお前と食う飯が一番うまいワ。ってかお前のその真面目に何でも頑張るとこ好きだけどさ、体調崩したら元も子もねぇじゃん?力になれる事あったら何でも言えよ」
「…うん。ありがとう」
「ん、約束な?」

それから俺の家に行って、映画を見て彼女の門限の時間までには送り届けるという思春期のような時間を過ごし、俺はいつものように彼女にまたなと告げたのだ。






"会いたい"と彼女から初めて連絡が来た。その日は彼女の門限をとっくに過ぎていて、驚いてすぐ様彼女に電話をかける。

「おいどうしたの。何かあった?」
『…えっと、大したこと無いんですけど。何だか凄く竜胆さんに…会いたくなっちゃって…。あ…でも遅いのでやっぱり大丈夫です!ごめんなさい急に変なこと言っちゃって』
「いや俺は全然ってか家は大丈夫なワケ?門限の時間平気で過ぎてっけど」
『あ、はい。今日は…大丈夫、です』

詰まりながら話す彼女に、すぐ行くと告げて通話を切る。兄貴と同行していた仕事が終わり、飯を食べに行く約束をしていたけれど予定が出来たと謝罪する。

「え何オンナァ?」
「……悪いんだけどさ、飯今度にしてもいい?」
「その女紹介してくれんならいーよ
「絶対ェやだ」

ケラケラと笑う兄貴を一旦事務所まで送り、「直帰する」と伝えて貰うことにして急いで彼女の家まで向かう。彼女の住むアパートの前に着いた頃にはもう外で立って待っていた。

「家ンなかで待ってろって言ったろ?危ねェじゃん」
「ごめんなさい。もうそろそろ来る頃かなって思って」

にこっと笑ったナマエはこの間会った時よりも元気がない。理由を聞く前に取り敢えず車に乗せて自宅へと車を走らせた。

「お前飯食った?何か飲む?」

大丈夫だと首を横に振る彼女を取り敢えずソファに座らせる。

「何かあった?」
「別に、何にもないですよ」
「ウソ。お前から会いたいって言ってくれたの初めてじゃん。嬉しいけどさ、今まで門限も全部守ってきたお前がこんなこと言うの何かあるだろ」
「……」
「俺には言えねェ?」

ゆっくり俯いていた顔をあげた彼女の顔を見て驚いた。目にいっぱい涙を浮かべた彼女が俺を見て泣きそうなのを我慢していたからだ。

「おっおい、ほんとどうしたんだよ」
「ぎゅ…ぎゅうってしても良いですか?」
「は、」

俺の返事を聞く前に彼女は俺の胸に埋めるように抱き着いた。泣いているのを見られたくなかったんだと思う。顔を上げさせようとしても彼女は一向に俺の方を向いてはくれなかったから。

彼女の体に手を回し、抱き締め返すとやっぱり普通の女よりも細い体だと実感する。

「…お前マジでちゃんと飯食ってる?」
「…食べてます」
「いつ食べてんの?」
「バイトのまかない貰ったりして…食べてます」
「答えになってねぇよ…ってか本当は余り食べれてねェんじゃねぇの?」

ふぅ、と息を吐くと彼女の体がピクリと跳ねる。

「…食べて、ますって」
「嘘とか隠し事なしにしてくれねぇと結構辛いんだけど」
「あ、」

我ながら卑怯な手だったと思う。自分の思いを普段から余り口にしない彼女に言ってはいけない言葉だったのかもしれない。でも俺はナマエの彼氏だから、もう少し頼って欲しいと思ってしまうのも本音だった。

「…ほんとは食べれて、ない」
「体調わりぃの?」

ふるふると首を横に振る彼女の頭を撫でる。

学校で嫌なことあった?と聞けば
「そんなことない」と彼女は言う。

じゃあバイト先で何かあったのかと聞けば
「皆良い人たち」だと否定する。

俺が原因?と聞けば
「そんなわけない」と彼女は口にした。


結局俺は彼女のこと何にも分かってやれていなかったのだ。




暫しの沈黙が俺らを襲う。先に静寂を切ったのはナマエだ。

「…あのね、私の家片親って前に竜胆さんに言ったんだけど…その、母親がちょっと、」

こんな話、竜胆さんには知られなくなかったと彼女は小さく笑いながら言葉を繋げる。

男にだらしがない母親で頻繁に家に男を呼び、遊ばれても直ぐにまた新しい男を家に連れてくるのだと。料理もしない、掃除もしない。家に男を呼んではナマエは家政婦扱い。門限を破れば必要以上に怒られて「アンタの顔は別れた旦那にソックリだ」と罵られる。学校終わりに俺と毎日会えるわけでもない彼女は家に早く帰るのが嫌でバイトを増やしたと。忙しい方が少しの時間でも親のことを忘れられるから、高校卒業したら一人暮らししたくって、と彼女は元気のない声で明るい素振りをする。


「竜胆さんと一緒に居れた日は何でも頑張れちゃうんですけど…ちょっと疲れちゃって」


へへ、と何にも面白くないのに笑う彼女をぎゅうっときつく抱き締めた。ナマエは次第に俺の背中に手を回しすと嗚咽が響く。

「わりぃ、気付いてやれなかった」
「っ竜胆さんが謝ることじゃないです」
「いや、俺お前が片親って聞いてたから家の為に真面目に働いて毎日頑張ってんだなって勝手に思っちゃっててさ。何にも気付いてやれなくて…ほんと、ゴメンな。辛かったろ」
「っう、っ」
「…もうそんなに頑張る必要ないから」

我慢していたものが溢れ出したのか涙が止まらない彼女へ泣き止むまで頭を撫でて落ち着かせる。何にも悪くないのに謝る癖と、無駄に頑張り過ぎてしまう癖はその親が原因なのだろうと思うと、怒りを隠せず俺の顔は酷いものだったと思う。







「あんさ、これは決定事項なんだけど」
「…はい?」


暫く経って涙が止まった彼女が俺へと顔を上げるから笑いかける。隣に座ってきょとん、とした表情を浮かべたナマエを俺の膝の上に座らせると途端に慌て出した。

「あっ!?りっりんどうさっ」
「今日からお前が帰る家、俺ンちにしよ」
「……え」

彼女の元から大きい瞳が更に見開く。そのままキスを落とした後も、彼女は驚いているのか固まったままだった。

「ほんとはさ、お前が卒業したら結婚してって言う予定だったんだけど」
「えっと、その」
「そんな家にお前置いとくの卒業するまで我慢出来ねぇわってか無理。…だからお前のこと攫って俺のモノにしてもいい?」
「り、りんどうさん!?」
「お前が嫌でも俺はもうずっと一緒にいるって決めてんの。お前のこと大事にしねェ奴はいくらお前の親でも許せねェわ」
「ぅっく、」

今度は俺のせいで泣かせてしまった彼女の涙を指で掬いとる。 彼女は俺と視線を合わせると、嗚咽混じりに口を開いた。

「りっ竜胆さんは、私のこと捨てない?」
「捨てる訳ねェじゃん。逆に俺もうオッサンだし捨てられねぇか心配なくらいなんだけど?」
「っ私が捨てるわけないじゃないですか。…竜胆さんのこと大好き、だもん」

俺のシャツをギュッと握って言ってくれた言葉に、胸の中から変な感情が襲ってくる。


「やべ、こんな時に悪いけどすっげー嬉しい。何があっても大事にするって約束する」
「…っうん、」
「お前が毎日笑顔でいられるように幸せにするって誓うから…俺の苗字貰ってくれる?」


プロポーズってのがこんなに緊張するものだとは思わなかった。笑うところじゃないのに彼女は鼻を一度大きく啜るとふふっといつもの俺が大好きな笑顔を見せて「決定事項って言ってたじゃないですか」と笑った。

「んな笑うなよ…」
「すみません。でもわたしも…私も竜胆さんが毎日笑顔で帰って来てくれるように料理作って待ってます」
「何それ。どこでそんなん覚えたんだよ。お前マジで言うこと可愛すぎ。大事にしたくて手ェ出さねェように抑えてたのに」


俺がそう言えば、彼女は一拍開けて「竜胆さんが素直に言ってくれるから素直になれるんですよ」と俺の胸に顔を擦り寄せる。



そんな年下の彼女が随分と大人びて見えた。


「好き。もうお前を離すこと出来ねェから」
「うん」
「何か一つでも不安に思うことがあったら絶対言って」


こくん、と頷く彼女に安堵してもう一度キスを落とす。軽いキスがどんどん深まると彼女の潤んだ瞳に熱が帯びるのを感じ、幼い彼女の知らない所を見れたことにも幸福を感じてしまう。




「可愛い。可愛くてどうにかなっちまいそ」




ぼふっと効果音がなりそうなほど真っ赤になった彼女を他所に手を掴み、絡めて、付き合って初めてベッドに組み敷いた。








この日から彼女の帰る家は俺の家になった。




Title By icca







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