小説 | ナノ

蘭ちゃんとわたしは平行線


※梵天軸





私の知ってる中でも蘭ちゃんには私以外で3人ほど女がいる筈だ。



「先ずは…大学生だっけ?黒髪のめちゃくちゃ可愛い子」
「黒髪ィ?あー…それはウチの管轄のキャバで働いてるバイト」
「へぇ。でも仲良く撮ってる写真が蘭ちゃんのスマホにあったよね」
「何で知ってんの?」
「自分が見せて来たんじゃん。酔っ払ってウチに来たときに"格好良い"って言われたって」

蘭ちゃんは覚えてないとバツが悪そうな顔を浮かべると、スーツの内ポケットから煙草の箱を取り出す。蘭ちゃんはこうして私と過ごして月日が経った分、意外と気持ちを表に出しやすいということが最近判明した。彼はどうやら少々後ろめたいことがあると煙草を吸う癖があるらしい。普段の彼は私の前では気を使って余り吸わないようにしているみたいだが、こういう時は口寂しくなるみたい。気にしなくて良いって言っているのに、「俺が勝手にそうしてんの」と私の部屋の小さなベランダへ出るのだから、こういうさり気ない気遣いがモテる秘訣でもあるように思う。でも今はそんな余裕はないのか、1人用の小さなテーブルの前に座って煙草を1本口に咥えた。

「あっあと銀座のクラブのママ?確かテレビにたまに出てる綺麗な人だよね」
「知り合いだけどそういう関係じゃねェし誰に聞いたワケ?」
「えぇと…竜胆君だっけかな。私の知り合いで蘭ちゃんの事知ってるの竜胆君だけだし」
「はぁ?ンな話いつしたよっつーか真に受けんな」

オイルライターを着ける音がすると、この部屋では嗅ぎなれない匂いが鼻をかすめる。はぁ、とため息を吐きながら煙草を吸う蘭ちゃんが、何処かの困っているサラリーマンのように思えて面白くなって来てしまった。

「ふふっ……っあ、最近雑誌とかで有名なAV女優もそうじゃなかった?名前は確か…」
「それウチと取引してるとこの女優だろ。会ったこともねェし話したことも無いんだけど」

蘭ちゃんはもう勘弁、とまだ半分も残っている煙草を彼専用の灰皿に押し潰すと、わたしの腕を引いてさり気なくルームウェアの中に手を忍び込ませた。どうやら女性の件は全て私の勘違いだったらしい。

「…お前俺のこと詳しいね?」
「んー、まぁ蘭ちゃんは推しだから?」
「何それ、意味分かんねェ。っつかそこは"大好き"が正解なんじゃねェの?俺は大好きなのに信用されて無くて辛ぇなぁ」

納得いかないと眉を顰めた蘭ちゃんの顔は、不貞腐れているようだ。

普段からリップサービスにまで手を抜かない彼は本当に女の扱いが上手いから、きっと沢山の女の子を魅了して、泣かせてきたに違いない。そのまま私の体に無数のキスを落としていく彼はなんと本日、私の家でお風呂にまで入っている。今日泊まってくんだな、と蕩けていく思考の中でぼんやりと思う。時刻は1時を回り、明日私は普通に仕事。だけど蘭ちゃんにはそんなこと関係ないんだもんなぁと心で呟き目を閉じた。





蘭ちゃんはマメである。
会う約束をしていない日に電話もくれるしメッセージも送ってくれる。たまに仕事が私よりも早く終わった日には、会社まで迎えにも来てくれた事もあった。そして私と蘭ちゃんがこういう関係になった日を境に、彼はうんと私に甘くなり、うんと甘えたになった。

「あ仕事行きたくねェ」
「分かる。休みたいよね」
「俺が言ってることそういう事じゃねぇのよ」

素直じゃねぇなぁとため息混じりに私の肩に顔を擦り寄せる蘭ちゃん。

「蘭ちゃ、ちょっと暑いよ」
「んじゃ冷房もっと下げれば?」

蘭ちゃんはソファに置いてあったひざ掛けを取り私に掛けると、冷房の温度を2度も下げた。そして満足気に私にまたくっつくのだ。まるで可愛い可愛い彼女みたい。出会った頃の彼はもうちょっとクールで、それでいてザ・高い酒が似合う男みたいなイメージがあったけれど、今その彼はスーツを脱ぎスウェットを着て、缶ビールを片手に私にくっついている。勝手に芸能人みたいなイメージが私の中で定着していたせいか、蘭ちゃんも普通の人と変わらないんだなって思うと不思議な気分だ。

…笑われるから絶対言わないけれど。

「つーかさァこんな狭ェ部屋で窮屈じゃねぇの?もっと広いとこ住みゃいいじゃん」
「普通のOLにそんなお金ある訳ないよ。ここは会社からもそんなに遠くないし不便してないから良いの」
「引っ越せよ。金がねェんなら俺が出してやろうか?」

普通の人じゃなかった。言うことがやっぱり違った。俗に言うパトロンって奴?何言ってんだ蘭ちゃん。ただの女にこんな事を言って、私が本気にしてしまったらどうするんだろう。私がそういう女じゃなくて良かったねとベタベタくっついている彼を失礼にならない程度に少し遠ざけ、私も缶ビールを口にした。

「何ならお前が俺の家に住んでも良いけど。ンで仕事辞めて俺の帰りをお前が待ってんの…アレ?めちゃくちゃ良い案じゃね?」
「酔ってるの?」
「ビール1本で酔うワケねぇだろ。お前バカァ?」

蘭ちゃんの方がきっと私よりも少しだけおバカさんである。

私は彼のお気に入りカテゴリーに入っていると思う。自惚れている訳では無いけれど、そこら辺の女みたく媚びらないところが良いんだって初めて会った日に言っていた。別に私だって好きな人ならば可愛いと思われたいし媚ぐらいきっと多少は売ってしまう。ただ蘭ちゃんに媚売った所で全て見透かされてしまう気がするからしないだけだ。

「なんかお前欲しいもんとか無いワケ?」
「欲しい物?」
「そぉ。流行りの化粧品とかバッグとか服でも何でも」
「蘭ちゃんパトロンになりたいの?」
「さっきからほんと何言ってんの?」

片眉を下げる蘭ちゃんに私も同じく片眉を下げた。
欲しい物を聞かれたって、買って貰う程の欲しい物なんて咄嗟に思いつかない。

「んん、欲しいものは自分の買える範囲内だからなぁ。逆に蘭ちゃんは欲しい物とか無いの?」
「おれ?」

コクコクと頷くと、蘭ちゃんは自分が余り聞かれたことの無かった質問なのかキョトン、とした顔を浮かべると考え出した。

いつもご飯のときに美味しいものを食べに連れて行ってくれるし、何か1つくらい私から蘭ちゃんにプレゼントしたいなとは前から考えていた。ただ身に着ける物とかだと重いような気がしてしまって、いざショップに足を運んでも結局何が良いのか分からなくなり買わず終い。

意外と考え込む蘭ちゃんがやっぱり面白い。車とか言われたら無理だけど、蘭ちゃんは私がしがないOLだと知っているので無理難題は言わないだろう。

セットされていた髪は今は降ろされて、長い前髪がさらりと揺れる。私はキッチリしている蘭ちゃんも格好良いと思うけど、どちらかといえば今のこの方が好みだ。
なんかオフ感が出ていて特別味を感じるから。

「あ、欲しいもんあるワ」

それから3分程経った頃、蘭ちゃんはテレビに目をやりながら口を開いた。もうその話は終わったかと思っていたけれど、彼の中ではまだ終わっていなかったらしい。ニマニマと彫りの深い目元を下げた蘭ちゃんに首を傾げると、彼は言った。



「お前からの一生分の愛



「マジで酔ってるの?」


秒で突っ込んでしまった。それも真顔で。
言えなかったけれど、このとき私の腕には微かに鳥肌が立っていた。こんなクサイ台詞言う人って本当にいるんだ!って。これがもし蘭ちゃんで無かったらきっと通報案件であろう。顔が良いとは本当に恐ろしい。それだけでサマになってしまうのだから(驚いたけど)。でも蘭ちゃんが私の言葉にしょげたように見えたから、私は慌てて謝罪した。






1週間前に最近連絡を取っていなかった友人から久々に連絡が来た。内容は合コンの人数合わせ。余り意味の持たないスケジュール帳を開き確認するも予定はまっさら、つまり暇。だけど咄嗟に蘭ちゃんの顔が浮かんだ。

『ねぇ、聞いてる?』
「あっ、ごめん。聞いてる聞いてる」
『もう!別に良いけどさ…で、どう?来れそう?』
「ん、どうしよう」

別に断る理由は無い。でも行きたいとも思えなかった。やっぱり断ろうかと思った矢先、電話の向こうから友人の楽しげな声がする。

「暇なんでしょ?良いじゃん、久々にナマエとも会いたいし!場所は後で送っとくから!」

一方的に切られた電話に私はスマホに向かってため息を吐く。昔からこんな感じの性格だったけれど、変わってないなぁとベッドへスマホを投げ置いた。蘭ちゃんの顔が浮かんできた理由を深く考えるのはよそう。多分、最近会う回数が多かったから浮かんで来ただけだ、そう思い込みながら蘭ちゃんが吸っていた煙草の吸殻が捨てられた灰皿を見つめた。





合コンは19時に行われ、21時には解散の流れになった。
乗り気では無かった合コンは可もなく不可もなくといった感じで時間が過ぎていき、帰り際に二次会行こうよと一人の男性に誘われたけれど、明日早いと見え見えの嘘をついて皆と別れた。

給料日前でお財布がキツいけれど、電車に乗って帰るのを煩わしく思った私はリッチにタクシーを使いアパートへと帰る。スマホを見ても珍しく今日1日蘭ちゃんからの連絡は一通も無くて、これが普通なのに少し物足りなく感じてしまった。

アパートの前でタクシーを降りると、目線の先に見覚えのある車が止まっていた。目を凝らさずとも分かる。アレは蘭ちゃんの車だ。


「らっ蘭ちゃん!?」
「よォ、お疲れさん」
「連絡くれた!?ゴメン、気付かなくって」
「んーん、別にいいよ。俺がお前に会いたくなっただけだから」

バッグからスマホを取り出して画面を見るも着信もメッセージも入っていない。いつも彼が私の元へ来るときは必ず連絡をくれていたから、え?とスマホから蘭ちゃんへと顔を向けると、外の街頭に照らされた彼の瞳がじっと私を見つめていた。


「でも…男遊びは関心しねぇなァ?」
「…え」


蘭ちゃんが車のエンジンを止めると共に、私の心臓も一瞬止まりかけた。だってその声は、いつもの甘い声音の何倍も低い声で発したトーンだったからだ。







蘭ちゃんは、分かりやすい。何かあると直ぐに煙草を吸う癖がある。私の部屋に入るなり自分の家のように上がり込んだ彼は直ぐに煙草を取り出し火をつけた。

ふぅ、と宙に舞う白い煙と蘭ちゃんの甘ったるい香水の香り。蘭ちゃんが隣に座れと顎で指し、私が座ると彼はもう一口煙草を深く吸い込んだ。


「別に俺怒ってねぇよ?お前はまだ若ェし遊びたくなる気持ちも分かるからさァ」


蘭ちゃんはニコニコ笑顔を絶やさない。
でも分かる。絶対に怒っているし雰囲気がいつもと全然違う。声のトーンも、笑顔の作り方も、私を見つめるその目付きも、いつもの蘭ちゃんでは無い。

「あっ遊びっていうか…数合わせに行っただけで」
「うんうんそうだろうなァ。でも男に触らせてたろ。帰り際に肩なんか抱かれちゃってさ」
「…へ」

たらりと嫌な汗が背中を伝う。なんでそんな事を蘭ちゃんが知っているのだろうか。くつくつと笑った蘭ちゃんの顔は私の反応を見て楽しんでいるのだろうか。体感0度と感じるほど冷えた空気に、蘭ちゃんは更におかしなことを言い出した。

「今日1次会で帰ったことは褒めてやるよ。あの場で男とホテル直行とかになってたらその男海に捨ててお前のこと無理矢理連れ帰らなくちゃなんなくなってたからさァ。お前のお陰であの男は命拾いしたってワケ」
「え…ぁ、と。なっなんで、知ってるの?」
「さァ?何でだろうなァ?お前ちょーっと俺が目を離した隙にこういう事すんだから手が掛かる奴だよほんとに」

大きな手が私の頬をそっと撫でる。
反射的にビクッと体が跳ねると、彼は「ンな怖がんなよ。悲しいだろ」と表情を変えず口にした。何で私がこんな怒られる羽目になっているのか分からない。視線を合わせぬように逸らしていた目は蘭ちゃんに頬を摘まれ無理矢理視線が合わさる。

「あ、」
「お前誰のモンか分かってねェわけ?」
「……は」

蘭ちゃんはもう笑っていなかった。多分、真剣に言っているのだと思う。

でも待って。
誰の物って、誰のモノ?


「こーんなに俺お前のこと大事にしてたつもりだったのにさァ、お前は他に何望んでんの?あぁ、そっかぁ。お前が前に言ってた俺に他の女がどうのこうのってヤツ根に持ってるわけ?アレはマジで誤解だから安心しろよ」
「え?いや、ちが」
「なぁんにも違くねェだろ。言ったじゃん、俺別に怒ってねェって。ナマエより大人だからさァ今回は笑って許してやるから次は、」
「や、待って!」

言葉を遮り少しの大きな声が出ると蘭ちゃんは口を閉じた。


いや、まさか。そんなまさかだけど…。



「その、私たちって…つ、付き合ってるの?」



蘭ちゃんは石のように固まって動かなくなった。ひっ、と私の口から小さな声が漏れて数秒。蘭ちゃんの顔からは表情さえも消え失せた。

「ふぅん、へぇ。…成程なァ。だからお前何にも俺にヤキモチ妬いたり自分から会いてェって言っても来なかったってワケね。あっそぉ…セフレだと思われてたってワケかァ。ウケるわぁ」
「いや、そんなつもりは…」

そんなつもりだけど!!
だって私はまだハタチだ。歳で決めかねてはいけないけれど、30にもなる大人が私みたいなつい先日大人の階段登りましたみたいな女に本気になるとは思わないじゃないか。遊ばれてポイ、というのは漫画でもドラマでも何度も見てきた展開であったし、蘭ちゃんの周りの綺麗な女性たちと私は比べ物にならないから蘭ちゃんが私を好きだなんて思える筈が無かった。

「…だから俺のこと好きっつってくんなかったの?」
「へ?」
「俺お前に好きって何度も伝えてきたけどさァ、1回もお前から俺に好きって言わなかったし言ってくれた事もなかったよなァ」
「それは…竜胆くんが"兄貴の言葉鵜呑みにすんなよ"って言ってたから」
「はぁ?お前ら前もなんかそんなこと言ってたけどいつからそんな話するようになったワケ?」

頭を抱え出した蘭ちゃん。蘭ちゃんとお酒を飲みに行った際、竜胆君が迎えの為に顔を出して来てくれたことがあった。蘭ちゃんが席を外しているときにコッソリと教えてくれたのだけれど、"何かあったら連絡して"と貰った竜胆君の電話番号の件は言わない方が良さそうだ。それでもとばっちりがいったらすみませんと心の中で土下座する。

「まぁ良いわ。…で?お前はどうなの?俺はお前の事一生大事にしてやりてぇなぁって位すっげぇ好きなんだけど」
「わ、わたしは…」

蘭ちゃんの事は嫌いではない。嫌いではないけれど、恋愛面に関して好きかどうかを考えないようにしていたせいで急にそう言われても返答に困ってしまった。
こういう時勘が鋭い蘭ちゃんは、ムスッとした顔を浮かべると私の手首を掴み押し倒す。


「うんうん。ここまで言っても落ちねェ女はお前が初めてだわ。じゃあ分からせるしかねェよなァ?お前の良いとこぜぇんぶ知ってるからさァ俺とサヨナラ出来ねェってこと教えてやるよ」

「わっ…あ、ちょっ蘭ちゃっ」

三白眼の瞳が三日月型に細まると私は息を飲んだ。
だっていつもの優しい蘭ちゃんじゃない。私を見下ろしている彼は舌なめずりしながら妖艶な笑みを見せる。

わたしの知らない大人の顔だった。


「これでもイラついてんの。エロい顔して焦らさねェでくれる?」


きゅん、と心臓が跳ねたと同時に、やっぱり蘭ちゃん怒ってたんじゃんと私は心の中で諦めた。



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