小説 | ナノ

その告白は今でも有効ですか?


※梵天軸



「よ、オネーサン。1人?」


肩をポンポン、と叩かれて振り向けば上質そうなスーツを身に着けた男が立っていた、え?誰?と分かりやすく顔を歪めた私に「ンだよ。忘れちゃった訳ェ?」と彼は彫りの深い目元を細めてクスクスと笑う。知り合いにこんなイケメン居たかな?と間抜け顔をキョトンと晒し、お互いの目を見つめ合って無言の数秒。そしてハッと息を飲み込んだ。

「…らっらん!?」
「あったりィ。っつか気付くの遅せェよ」
「えっ!?随分変わっ、…ぁう"ッ」

彼は私の肩にグイッと腕を掛けると咄嗟に体は重さに傾く。ニコニコ笑顔で私に微笑むこの男は、髪型や雰囲気がガラリと違えど数年前急に姿を消し音信不通になった幼馴染の蘭だった。

「ちょっ重い!くっつかないでよここ街なんだけど!?」
「はあー?それが数年ぶりに会う大事な幼馴染に言うセリフかお前。ひでぇ奴だなァ?」
「その大事な幼馴染に連絡寄越さなかったのは蘭たちだけどね」

バカはこれだからと呆れ口調で言う蘭のこういう所、昔から全っ然変わってなくて顔は喜ぶ所か歪むばかりである。


私より2つ年下の蘭は子供の頃住む家が近所であり、私たちはよく一緒に過ごしていた。だがハタチを超えてから急に音信不通。いつも私が予定を入れていてもお構い無しに連行しに来ていた蘭が急に音沙汰無しになると流石に心配になる訳でして。何かあったのかと連絡しても繋がらない、蘭たちが住んでいた家に出向くももぬけの殻。

これだけ年月経って会えなかった人物と出くわすだなんて思っても見なかった為に、私はきっと今幽霊を見ているような顔をしているに違いない。

「電話も繋がらなかったし今まで何してたの?」
「何って…普通に仕事?」
「仕事って、え?…ホスト?」
「俺がそんな事する奴に見えるかァ?」
「見えない、全然見えない。蘭には無理だね」
「その言い方は癪に障るワ」

蘭はとにかく昔からヤンチャっ子だった。それでいて"自由"という言葉がよく似合う人である。着ているスーツや腕時計なんかに目がいくと相当良い暮らしをしているようにも思えるけれど…聞かないでおくことにしよう。何となく私の勘が危ない仕事をしているのかもしれないよ!とそう察知している。だって首にそんな目立つ刺青してる人の職種なんて限られてくる筈だから。

肩に掛けられた腕をそっと離すも蘭は上機嫌で今度は私の腕を掴む。まるで逃げるなとでも言いたげに。

「お前仕事終わりだろ?今から飲み行こうぜ」
「えぇ…急過ぎない?私これから友達とご飯なんだけど」
「断れよそんなん。俺のが大事だろうが」

な?と距離を自然と詰められて、私は深いため息をつく。こういう自分優先で一番な所もマジで本当に変わっていない。諦めてバッグからスマホを取り出し友人へ連絡を取ろうとする私に、蘭は満足そうに微笑み薄い唇に弧を描いた。

「…今日だけだからね」
「俺お前のそういうところ好きだワ」
「……美味しいとこじゃないとイヤ。後、蘭の奢りね」

蘭を睨みつけてみたって意味は何にも無い。その代わりに我儘めいたことを言ってみた。それでも彼は「そのつもり」と甘ったるい声で私を見下ろして私は口をへの字に曲げた。



彼は私が断らないことを知っている。









「…やっちまった」


寝ぼけた思考で顔を横に向けると私に抱きつくように眠っている男が目に映る。昨日までの自分を思い返せばそれはもう深いため息が室内に響いた。彼は幼馴染でもあるけれど、昔わたしの好きな人でもあったからだ。


蘭は自由気ままで我儘な所があるけれど、私の機嫌を取るのがとにかく上手でそれでいて憎めない人だった。好きになったのはもう随分と前からだったように思う。密かに蘭へと思いを秘めた私が高校を卒業する際に、意を決して私は竜胆がいない二人きりの際、蘭に好きだと伝えたのだ。

「あのね、蘭。えっと私その…蘭のことが好きなんだけど」

ゆっくりと私へ顔を向ける蘭は特別驚く様子も無く、数秒の間を開けると穏やかに口を開いた。

「俺も好き。じゃなきゃ俺も竜胆も連んでねえって」
「…え??」
「あ、竜胆帰ってきたら飯行こうぜ。蘭ちゃん今日マックの気分」
「あー…うん?は?」

私のバイト代で買ってきたモンブランをご機嫌に頬張る蘭は「お前あの新メニューな?んで俺に一口頂戴」とか言って私は咄嗟にコクリと頷いてしまった。しかし話を終わらされてしまった私の目は豆粒のように点になる。

…そう、私の好きの気持ちは幼馴染としての意味合いで蘭に取られてしまったという訳だ。

「や、らん。私の好きはそういう意味じゃなくて、」
「そういう意味だろ」
「へ…」

声のトーンはいつもと変わらず、蘭の表情も特段変わりなく。でもその先は言っちゃダメと言われている様な気がした。甘ったるい大好きなケーキは勿論フォークが進まない。

あ、遠回しに私フラれたんだ。と思わざるを得なかった。

蘭はその後も何事も無かった様にケーキを食べ終え、竜胆が帰ってくると私を引き連れて食事へと連れて行った。その場では泣かなかったけれど、家に着いて一人になった私は滝のように涙を流したのは言うまでもない。そして次の日から音信不通になるまでの期間、蘭は私にいつもと変わらず接してきていたから吹っ切れるまでに結構な時間が掛かってしまった私にとっては苦すぎる思い出である。


そんな彼と一夜を共にしてしまうとは。


久しぶりに沢山酒を飲んでしまったせいか目が覚めたとき頭は金槌に打たれたようにズキズキと痛んでいた。隣にそろっと目を向けるも未だにすやすやと気持ちの良さそうに寝ている蘭に私は頭を抱える。

「…あーどうしよ」

小さく呟き昨日の記憶を整理しようと痛む頭で思い出す。蘭がすすめる酒はどれも私好みの酒であり、美味しくてつい飲み過ぎてしまったけれど、幸いなことに記憶はある。姿を消した理由は上手い具合に交わされたが、昔話に花を咲かせてしまった時間は悔しくも楽しいもので時間はあっという間に過ぎ去っていった。帰る頃には酔っ払ってへらへらしている私に「はい。どーぞ」と差し出された蘭の腕に捕まり、少しだけ胸があの頃のようにきゅん、と音を立てた。車に乗り込みそのまま彼の家であろう広々としたマンションに連れていかれ、キスをされた事を合図に私は体を許してしまったのだ。

蘭の寝顔をそっと見てみる。いつ見てもやっぱり格好良…じゃなくて!

こんなことしている場合じゃないとベッドから足を降ろそうとすれば、私のお腹にするっと手を回された。

「ん...はよ」
「うわっ、おっおはよ…ございます」
「え、何で敬語?」

ふはっと眠気眼で笑った蘭はそのまま私へぴたりとくっつき顔を擦り寄せる。

「ちょ、ちょっと離れて欲しいんだけど」
「あ?昨日のお前は何処行っちゃったの?あーんなに大胆だったのに冷た過ぎじゃね」
「そっそんなの知らないよ!」
「えだってお前から"蘭ともっと一緒に居たいの"とか言って引っ付いてきたんじゃん」
「言ってない!言ってないしちゃんと記憶あるから!」

蘭の腕が緩んだ隙に逃げようと布団のシーツを掴み蘭の顔へと勢いよく被せた。しかし彼はケラケラと「記憶あんのかァ。つまんねぇの」と布団から顔を出しダメージ0である。私の方が2つも年上なのにこの圧倒的な余裕の差に私の眉間にはついシワが寄ってしまった。蘭に憎まれ口を叩いても意味が無い事はもう分かりきっているので、私は優雅にタバコを吸い出した蘭をほおって帰り支度をすることにしたのだ。



「送ってやるっつってんのに」
「大丈夫。それより昨日はその…色々と、ありがと」
「え?気持ちよかったってこと?」
「そっちじゃないよ!」

酔っ払った私を解放してくれたことにお礼を言ったつもりだったのに、蘭は昔からこうして私を揶揄う。分かっているのに私も私でムキになってしまうから面白いんだと思う。

「冗談だからンな怒んなよ」

ケラケラとしていた蘭は直ぐに優しく微笑むと、私の頭に大きな手を乗せて少し荒く撫でるから驚いた私は一瞬固まってしまった。

「あ!?っちょ、髪ボサボサになるからっ」
「んー?やっぱお前可愛いなって思ってさぁ。また連絡すっから気ィつけて帰れよ」
「……へ」

蘭の家を出て数秒固まる。
だって今日初めて蘭から可愛いだなんて言葉を言われた。それに昔はこんな風に見送りなんかしてくれた事なんてなかったのに、本当に私の知っている灰谷蘭なのだろうか。会わなかったこの期間、人は性格まで変えられるのだろうか。頭はハテナが沢山募り"また連絡する"の言葉にも何も返せなかった私は、不本意ながらまた胸が音を鳴らしてしまった。







結婚するならば、浮気をしないでちゃんと私だけを見ていてくれる人が良い。例え家族になり子供が生まれても私の事を可愛がってくれて、沢山好きだと言われたいし伝えたい。お金は出来ればあるに越したことは無いけれど、今の時代二人で働けば生活に余程の事がなければ困らないだろう。そんな理想を夢見ては気付けば30を過ぎ、彼氏もいないし出会いもない私はもしかすると一生このまま独身なのかもしれないとふと感傷的になったりもする。

別に焦っているつもりは無いけれど周りの結婚した友人を見るとふと考えてしまう。"理想と現実は違う"と友人からも聞いたけど、そんな事を考えていたらそれこそ結婚なんて無理だろと思ってみたり。でもまぁ結婚したいと思えるような相手がいないのだからこればかりは仕方が無い。

「で、なにお前。合コンでもすんの?」
「今のところ予定は無いけど…ってか蘭最近凄い連絡くれるけど暇なの?」
「…は?」

あの日からというもの、蘭から連絡が来て食事をした後はセックスするという不思議な幼馴染関係が続いていた。この歳にもなってこんな関係になるとは思ってもみなかったし、蘭に恋をしていたあの頃の私が知ったら発狂して倒れていたところであろう。初めはひと月に一度程度だった蘭からの連絡は最近はかなり頻繁に、多い時は1週間に一度は連絡が来るようになった。

「暇じゃねェよ。こうしてる間にも竜胆は仕事してる位には忙しいワ」
「えっ竜胆置いて私のとこ来たの?それは流石にヤバくないっすか…いてっ」
「ばぁか。俺はちゃんとお前に会う為に終わらせて来たの。そんくれェ分かれよなァ」
「凄いこと言ってくるじゃん」

おでこを軽く小突かれ顔を歪める私を見ても蘭は楽しそうに煙草をふかすだけ。
蘭は最近こういう"お前の為に"だとか、"会いたかったから"と彼女に伝えるような甘い言葉を口にするようになった。もう吹っ切れているからこそ躱せるものの、マジで今も好きじゃなくて良かったと心底思う。こんな関係で簡単に言葉を吐ける蘭にまだ恋をしていたら今度こそ私は沼から抜け出せなくなってしまう。彼は一体どんなつもりで言っているんだろう。リップサービスのつもりなのだろうか。こういう時ぶっちゃけどう返したら良いのか分からなくなる。だから私は小さな脳みそでいつも考えて話を逸らすのだ。

「…そういえばさぁ、私たちがまだ10代の頃だったかな?私よく蘭の周りにいた女の子たちに疎まれてたんだよね」

セフレなどいた事がないからこれが通常かどうかは分からないが私たちは会ってセックスするだけの関係では無い。食事をしてどちらかの家かホテルに向かい、ゆっくり過ごした後に、という事が多く今正にただ映画を流しながら私は蘭の家のソファで腰を下ろして珈琲を飲んでいたところだ。

「何それ。初めて聞いたんだけどォ?」
「初めて言ったもん。蘭の横歩いてると睨まれたことは日常茶飯事だったし呼び出しされたこともあったな」

笑い話にするつもりだったのだけれど、蘭の顔を見てつい息を飲む。

「ハア?何でそういう事をその時に俺に言わねェんだよ」
「あっと…まっまぁ何かされたって訳じゃないし」
「…全部初耳なんだけど。言えよそういうのは」
「えっと、ゴメン?でももうかなり前のことだし」
「関係ねェよ。お前が嫌だと思うことは俺も嫌なの」

…??

あからさまに不機嫌になった蘭に何故か私が気を使う羽目になってしまった。もう10代の頃の昔話である。それなのに何故こんな蘭が怒っているのか分からず言わなきゃ良かったと後悔した。



「ナマエ、もうちょいこっち来てくっついて」
「え?」
「遅せぇよ。もっとこっちだって」

それから気まずい雰囲気の中、蘭はお風呂に入り戻ってくると少し機嫌が良くなったのか私を寝室へと連れて行った。私のベッドよりも広いベッドの中でくっつきながらぎゅうっと抱き締めてくる蘭からは、ボディーソープとシャンプーの香りがして私の鼻を擽る。いつもであったらここでセックスする流れになるのだけれど、今日の蘭はいつもと違った。私にぴとりとくっつき足を絡ませて、私の前髪を優しくき撫でるのだ。そんな蘭につい目を合わせると薄藤色した瞳を細めて私にキスを落としてきた。ちゅっと可愛らしいキスをしてくる蘭はもう笑っていて、心情が全く読めない。まるで恋人関係のようなこの時間に、私の顔はきっと少なからず赤くなっているに違いない。

「ら、らん」
「ん?どうした?」
「…何かいつもと違くない?どうしたの?」

蘭の撫でていた手が止まる。また何か気に触る事を言ってしまったかもしれないと変な不安が過ぎった。

「…んーん。別に、なんにも」

蘭は他にも何か言いたげだったけど、一度深いため息を吐くと私を再度抱き締めて目を瞑る。


私が蘭とこういう関係になってしまってから初めてこの日、セックスをしないで眠りについた。






絶対に蘭に言いたくないしバレたくないけれど、困ったことに最近蘭の事を考えることが昔のように増えてしまった。蘭は何のために今更私に会いに来て何のためにセフレになってしまったのだろうとふとした時に考えてしまう。というかそもそも今更だけど、幼馴染でフラれた男と成人過ぎてセフレってやばくないだろうか。蘭も蘭でいくら10代の頃の話といえどフった女に会いに来るのはなんでだろう。私のこと好き…なワケないか。今更過ぎるもの。モヤモヤするけれど、その理由を聞けない私も私で自分にため息が出てしまう。






「わたし寝るとこだったんだけど」
「サプライズ。喜べ?」

…喜べと言われましても。

こんな関係が続いて更にひと月程経った頃、蘭はアポ無しで私の家に訪れた。それも私が寝ようと歯磨きしている時間に。いつもの様に高級そうなスーツに袖を通して、甘い香りを放ちながら蘭はにこやかな笑顔を見せる蘭はもう我が家のように私の家に足を踏み入れる。

「…一言くらい連絡して」
「お前に会いてェなって思ったら勝手に足がお前っち向いてたワ」

歯が浮くようなセリフも、蘭が言えばサマになってしまうのはどうしてだろうか。こんなの慣れるようで慣れない。だから蘭に表情を悟られないように背を向ける。だが蘭はそんな私の腕を引き、あっ、と思った時にはもう蘭の腕に抱き締められていた。

「ちょっ、らん!?」
「あー…やっぱ落ち着くわァ」

再開してからずっとおかしいけど、今日の蘭がいつもよりもずっとおかしい。こんな甘えん坊な彼のことを、小さい頃から知っているはずなのに私は知らなかった。

「…何かあったの?」
「別に、何にも。でもなんつーか、あー…急に仕事中お前のこと思い出したら会いたくて堪んなくなった、から?」
「は、ちょっ、」

蘭の薄い唇が私に触れる。そして私の小さなソファに座らされると蘭は私のルームウェアにするっと手を忍び込ませてきた。

「あッ、らん」
「んー?ベッド行く?」
「や、そうじゃなくって!わっ私今日生理だから、そっその…できない」

蘭はキョトン、と瞬きをする。
そして彼はルームウェアから手をサッと出し私を置いて寝室まで行ってしまった。直ぐに戻ってきた蘭の手には毛布を持っていて、私を座らせるとお腹にそっと掛けたのだ。

「俺そういうのよく分かんねェけど腹痛てェ?」
「あ…薬飲んでるから今は…だいじょぶ」
「そ?他には?何か飲みてェもんとかある?」

誰なのコレ。蘭の顔をした誰かなのだろうか。
首を横に振ると私の隣に腰を降ろす蘭。失礼だけどやっぱり今日の蘭はちょっといつもより優しいしおかしい。

「ありがと…」
「いいよ。俺こういう時間も嫌いじゃねェから。辛けりゃ俺に寄りかかれよ」
「う、うん?」

何ともいえない空気が流れているように思うのは私だけなのかな。急にスパダリ化してきた蘭に私の心境はまたもやハテナを呼び、何を話題に出せば良いか分からず取り敢えず着いていたテレビを見ていると何故だか申し訳なくなり蘭に笑顔を向ける。

「その…らん?私今日こんなだし帰っていいよ?」
「は?なんで?」
「なんでって…いやだから、でっ出来ないからさ」
「…は?」

自分からセックスについて言うのはどうかと思うけど、間違ったことは言ってないはずだ。私たちは幼馴染であってもセフレになってしまったのだから、蘭が私と今日を過ごす意味は無い。取り敢えずえへへ、と笑ってみせる私とやけに真剣な顔つきを見せる蘭。

「あー…そのことなんだけどさァ」

蘭は気まずそうな私から目線を逸らす。
いつもと違う空気感に私は息を飲んだ。


「先に手ェ出しておいてわりいけどこの関係終わりにしねえ?」
「え…」


静かに口を開いた蘭に一瞬言葉を失いかけたけど、私は即笑顔を作る。私だってもう大人だし蘭より先に成人を過ぎた女である。蘭の性格は分かっているつもりだったし、元々幼馴染からのこんな関係長く続くはずが無い。というか手を出して悪いという気持ちはあったのか。少し寂しいと思うだけ、本当にほんとうに蘭のことをまだ好きじゃなくて良かったと思う。にこっと笑った私に蘭は少なからず驚いている様だった。

「そうだね。このままいけば私婚期逃しちゃうし」
「あ?お前結婚相手いんの?」
「いない、けどこれから作る予定なの!」
「ンなの許すワケねえだろうが」

は?意味が分からないんですけど。
流石の私でも蘭が何を言っているのかを即座に理解することは出来なかった。…竜胆なら分かるかもしれないけれど。

「え?どういうこと?まって、意味がマジで分かんない」
「…お前が俺の嫁になって欲しいんだけど」
「…はい?」

言葉に詰まる。蘭は正気なのだろうかと疑いたくなるのに、蘭の顔を見たらそんなこと言えなかった。大きな表情を余り表に出さない彼が、心なしか赤く染まっているように見えたからだ。

「や、ちょまって。蘭わたしのこと過去にフってるじゃん」
「うん、それに後悔して仕方がなかったからお前に会いに行ったんだわ」
「あっ会いにきたって」

蘭は私の手をそっと握るから私の心臓はドキリと跳ねる。

「…急にいなくなったじゃん」
「アレは仕方ねえの。お前も俺の仕事薄々分かってんだろ?その道行くとき今より規模も小さかったし、俺らの近くに居てお前を危険な目に合わすかもしれねえリスクを減らしたの」
「な、にそれ」

好きだった人以前に大事な幼馴染でもある蘭に文句の一つや二つ言ってやりたいのに、蘭の悲しげなその表情を見ていると言葉が出てこない。

「お前が告ってくれた日、俺まだガキだったから流しちゃってさァ。んでもそっからお前が可愛く見えて仕方がねェの」

懐かしむように小さく笑う蘭の本音に唾を飲み込む。
…そういう所、ほんと狡い。

「そのままダセェけど会えなくなっちまって、そうしたら会いたくて堪んなくなっちゃったんだワ。今更過ぎるけど」
「…ほんとだよ。沢山泣いたんだけど」

だよなぁとクスクス笑う蘭の笑顔は、悔しくもあの頃大好きだった笑顔を思い出させる。

「久々会ってやっぱお前のこと好きだって実感してさぁ。ンで誰にも取られたくねェなって思ったら先に手ぇだしちゃったってワケ。悪いと思ったし、もう一回好きになってくんねェかなって結構言葉にして頑張ったつもりだったけど、まぁ中々上手く届かねェもんだわ」
「…誰にでも言ってるのかと思ってたもん」
「言う訳ねェだろ。お前だけ」

蘭は握っていた私の手を開くと指を絡める。
そうして私に視線を移すと、笑っていた蘭はもう何処にもいなかった。


「なぁ…あの日の告白ってまだ有効?」
「…え」
「今更だけど、お前のことすっげぇ好き。お前さえ頷いてくれんならもう何も望まねェから、頼むから俺の女になってくんねぇ?」


蘭は意外と表情が豊かである。だって今の蘭はフラれたらどうしようって顔を隠せていない。少しの間を置いて私は蘭の手を握り返した。ピクっと動いた蘭の手の指を絡み返し、私は気恥しながらもそっと口を開く。


「…わたし、もう30過ぎちゃってるの。誰かさんに恋してからマトモに恋愛出来なかったし、誰かさんと別の人比べちゃったりして大変だったんだよね。やっと前向けたと思ってたのに急に現れるし」
「…わりぃ」


蘭の声は消え入りそうだった。そんな彼を見るのも声のトーンを聞くのも初めてで私はついぷっと笑ってしまった。


「だからね、らん」


繋いだ手は離さずそのまま、私はそっと顔を近付けて初めて自分から蘭へキスを落とした。




「……早く私をお嫁さんに貰ってくれる?そしたら、許してあげる」



蘭は私の言葉を聞くと「喜んで!」と堪らなくなったように今日1番の力で私を抱き締めた。


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