小説 | ナノ

大好きな彼との上手な別れ方


※後に梵天軸

※こんなタイトルですがハピエンです




可愛くない彼女だったと思う。


私たちはお互いの事を知っているようで知らなかった。自分の気持ちをお互い言い合える仲になるまでにかなりの時間が掛かったから。蘭も私も、恋愛に対しては何時までも子供なんだと思う。でも誰よりも蘭のことを好きでいて良かったなぁと思えるよ。



昔馴染みの私たちは住む家が近かった。
当時お互い13才。クリーム色に染められたプラチナブロンドの細い髪は肌の白い蘭にとてもよく似合っていて、子供ながらに綺麗でつい見惚れてしまったのを記憶している。

私が恋を自覚する頃には彼は弟と一緒に少年院。
悪さで有名だった彼の周りにはいつも敵が多くいたから気が気ではなかった。心配性な私はすぐ泣きそうになってしまうから「俺らそんな弱くねぇよ」と竜胆は困ったように口にして、蘭はそれを見ていつも笑っていた。
学校に来るのが稀な蘭に会う為には学校終わりに蘭の家へ出向く必要があった。でも昼夜逆転生活をしている蘭は寝ているというのもしょっちゅうで、私が帰るまで起きないなんて事もざらにあったっけ。

「兄ちゃんまた寝てんの?だから早く寝ろって言ったのに」
「あはは。起こすと怒るからこのままにしとこ」
「じゃあ起きるまでゲームしねぇ?兄ちゃんすぐ飽きっから相手になんねェんだよ」

こんな日常が居心地良くて、それでいて蘭の寝顔を見るのが特別好きで、きっと私はこの時から気付かなかっただけでとっくに蘭に恋をしていたんだろう。






「俺ら多分捕まると思うワ」


太陽が傾き月の夜へと変わる頃、珍しく蘭が私を家まで送ってくれた。いつもは大体私が一人で帰るか竜胆が送ってくれていたのに珍しいなんて思いながら歩いていれば、蘭は何て事のないようにゆっくりと歩を進めながら言ったのだ。


「…捕まるって何したの?」
「んまぁ色々?お前は知らなくていーよ」
「知らなくて良いって、」
「あ、ナマエ。こっち向け」
「え?…っあ」


それ以上何も聞くなとでも言うように蘭は私に初めてこの日キスを落とした。それはたった触れるだけの一瞬のキスだったけれど、私にとって体感何秒にも思えるような出来事であった。

重なり合った唇が離れ、ポカンとしている私へ蘭はいつものようにクスクスと笑う。心做しか赤く見えた蘭の頬よりもきっと真っ赤に顔を染めていたであろう私に、蘭はズボンに両手を入れていた片手を出し私の頬にそっと触れたのだ。


「あっつ。今日結構寒ぃのにウケる」
「だっ誰のせいで!」
「怒んな怒んなぁ?っま、ンな長ェ期間じゃねぇと思うから帰ってくんの待ってて」


照れ隠しなのか何なのか、蘭はそれだけ言うと私に返事を問わずまた止めた足を前に出す。聞きたいことは山ほどあったのに、顔は熱いし動悸が激しく邪魔をして何も聞けなかった。私よりもほんの少し高い背を黙って見る事が精一杯で、私の一歩先へ行く蘭が近いようで遠かった。
いつ間にか私の家まで着いてしまった蘭は「またなぁ」といつもの別れ際の言葉を口にし背を向ける。13才の私に恋愛の適応力というものは持ち合わせている訳もなく、それはきっと蘭も多分同じで、お互いそれ以上の言葉を繋ぐこともなかった。だから私は、ただ蘭の後ろ背が小さくなるまで見ていることしか出来なかったのだ。


その日から私は蘭に対し特別な感情を抱いている事をちゃんと自覚する事になる。そのせいもあってか、彼らが年少に入ってしまってからも蘭を思い出さない日はなかった。







蘭たちが年少を出て数年、私は未だにキスした理由を聞けずに彼らの傍にいた。蘭たちが年少から出てくるのを指折り数えていた夜は、ゆっくりと私を蘭から抜け出せない沼へと落としていった。

16才になった頃、年少から出て坊主だった彼の髪はいつの間にかセミロングまで伸び、一気に大人びた蘭を誰かに取られたくないと強く思うようになった。元より綺麗な顔立ちをしている彼が、年齢を重ねる事にどんどん魅力に溢れていき、私以外の女性の目を盗んでしまう事なんていとも簡単だったのだ。その頃の蘭たちの周りにはもう二人を慕う仲間達が常に傍にいて、男と女とでは訳が違うのに、取り残されているような気分にも陥った。

「蘭は行かないの?」
「何処に?」
「竜胆のとこ」

この日も私は蘭の家に遊びに訪れていた。いつの間にか竜胆と二人で暮らすようになった蘭の家はいつ来ても広すぎる。夜の街へと遊びに行った竜胆をリビングのソファから見送って数分。蘭が寝そべっているソファの下にちょこんと座っていた私は、携帯を触りながら気にしてない素振りで話しかけたのだ。蘭の視線が私に向いたのが分かると、どういう顔をして良いのか分からなくて振り返ることが中々に難しかった。付き合っているならまだしも、私たちはそういう関係ではなかったから。

「行かねェよ。今日はそういう気分じゃねぇしお前もいるじゃん」

帰れとは言われなかったことに嬉しさ反面、私がいなければ行っていたのかもしれないと面倒臭い感情も交互に私を襲う。もどかしい気持ちをどうすれば良いのか分からなくて、言葉に出来ない感情は代わりに顔へと出ていたらしい。

「なにその顔。お前俺が女と遊んで欲しいワケ?」
「えっ!?いや、別にそんなんじゃ」
「んー、じゃあ今から行っちゃおっかなァ?」
「えっ!?」

その言葉につい蘭の方へと振り向けば、いつの間にか寝そべっていた体を起こしていた蘭の薄藤色の瞳と視線が合わさった。目に掛かりそうな長い前髪から覗く瞳は細めていて、口端は愉しい玩具を見つけたように上がっている。


「どっち?」
「えっと…」
「どっちか言ってくんねェと蘭ちゃん分かんねぇなァ?」


顔をそっと近付けてきた蘭からは、昔にしなかった香水の香りがふわっと香る。甘くて、重たくて、その香りは蘭にとっても良く似合ってる。


「……行っちゃやだ」


「ん、良い子」


好きと自覚してから初めて素直に伝えた思いに体は動悸と共に硬直する。だって蘭は満足気に眉を下げて笑うと、顔を私へと近付けてあの日から2回目となるキスをしたのだ。ゆっくり1回、2回と唇が重なって、頭がふわふわの状態で私は蘭に連れられ彼の自室のベッドへとそっと寝かされた。何度か蘭の自室に訪れた事はあるけれど、ベッドに入るなんて事はこのとき初めてで、もう死んじゃうんじゃないかってくらいに心臓は音を上げている。

「らっらんっ」
「なに?」

頭が回らない私に、手馴れているかのように見える蘭は優しく頭を撫でて指先を徐々に服へと移動させる。その慣れた手つきに胸の奥には鈍い痛みが襲ってきて、好きな人に触れられるのは嬉しい筈なのについ泣きたくなってしまった。

「蘭は…いつもこういうことしてるの?」

「ハ?」

蘭の手が止まる。死にたいくらいの恥ずかしさで顔を逸らす私に、一拍開けた彼は私の体を起こしてそっと抱き締めた。


「…こんなことすんのお前が初めてだよ」


いつも穏やかで余裕のある彼の表情が、この日初めて余裕のない顔をした。こんなに長い期間一緒に居たのに、初めて体に掘られている刺青に触れたとき、悪い事をしている訳じゃないのに何故かいけない事をしている気持ちになった。それは怖くもあり、もうこの先何が起きても幸せだと思えるくらい私は蘭のことを好きだと再確認した瞬間でもあった。








「…好きって言って欲しい」


情事を終えた私は蘭に体を預けるように横になっていた。私の髪の毛をくるくると指で遊んで、意外と体力の尽きていない彼に小さな声で呟いた。

布団で口元を隠しながらそろりと頭を上げると蘭は私を見下ろしながらキョトンと目をぱちっとさせる。そのまま直ぐに微笑むように笑って、穏やかな甘いトーンで言ってくれたのだ。



「好きだよ」



ただの幼なじみには言わないその言葉を蘭が口にしてくれたとき、言葉に表せられない感情が私を取り巻いて、好きと言って貰えた喜びだとか、蘭の笑ったその顔に鼻は痛み出し今度こそ涙が出てきてしまった。そんな私に蘭はあやす様によしよしと小さく泣く私を宥めてくれたのだ。







私が灰谷蘭の"女"になってから、あれからまた長い期間を蘭と共に過ごしたように思う。


セミロングだった髪の毛はいつしか更に伸び、昔のように三つ編みをした蘭は珍しい髪型なのにも関わらず、どんな髪型でも似合ってしまうのが不思議だと感じる。

特攻服をスラッと着こなして、そんなに差が無かった彼の身長はいつの間にか随分と伸び、彼の高い背を見上げるのも嫌いじゃなかった。寧ろ私を見下ろして、頭を撫でてくれる蘭の表情も大きな手も大好きだった。

彼が喧嘩で怪我をしたとき、幼なじみ止まりであった頃には見せなかった蘭の弱みを私に見せてくれるようにもなった。痛いことを痛いと余り口にしなかった彼が私だけに見せる素顔を嬉しく思った。

蘭の部屋には私の私物が多くなっていった。初めて蘭から貰ったぬいぐるみは今でも二人の部屋にちゃんと置いてある。


私は蘭が大好きで、これからも多分、いやきっと絶対に好きで居続けるんだろう。周りの友達には重い女だと言われる始末。それもちゃんと分かっているけれど、私は何より蘭が好きで、そんな自分の事を嫌いではなかったから、中々素直になれない私は自分なりに頑張って気持ちを彼に伝えて来たつもりだ。



付き合ってから一年二年、三年と月日が流れて気付けば成人は過ぎ、実家暮らしだった私の帰る場所は竜胆が家を出ると同時に蘭の家になった。



この長い期間、無駄な日は一日も無かったし蘭に恋をして良かったと思うよ。


蘭は私に恋を教えてくれ、私に幸せをくれた。
一時でも幼なじみから蘭の特別な存在になれたのなら、それはそれで十分ではないだろうか。









「…らんは…蘭は一度だって自分から私の事を好きだと言ってくれた事が無かったよね」



喉から振り絞った声が蘭の耳に届く。気を抜けば震えてしまいそうになる声を椅子の下で服の袖をぎゅっと握って力を込めた。


オーダーメイドのスーツに袖を通し、長かった髪はバッサリと切られて今ではその面影も無い。イメチェンをして帰って来た日には驚き過ぎて目を丸くした私に「俺、何でも似合っちゃうんだよなぁ」と自信気に口端を上げていた蘭を見たのはまだ最近のことだ。時折こういう子供っぽい所も好きだったなぁと思う。


「…だから別れてェってこと?」


それだけが理由では無いけれど、コクンと頷けば蘭は一度だけ短く息を吐いた。少し考えているような、そんな感じ。蘭はもしかしたら私の気持ちに前から気付いていたのかもしれない。私たちが一緒に過ごしてきた期間はもう短いとは呼べないし、小さな頃から合わせたら人生の半分以上は一緒にいるようなものだから、きっと私の事をちゃんと知っている。直ぐに「分かった」と言わなかった蘭に安堵してしまう私をどうか許して欲しい。


一緒の家に帰るようになり、世間に顔を向けることが出来ない仕事を選んだ蘭を今更とやかく言うつもりは無い。出来上がったばかりの組織。蘭は毎日忙しかった。帰宅出来る日も時間も不規則で、仕事と分かってはいるけれど女物の香水を纏って帰ってくればやり場のない嫉妬に駆られる日もあった。不安になる度「私のこと好き?」と聞き、答えてくれる蘭に安心感を都度求めていた。けれど同時に思い返せば蘭から私の事を好きだと言われていない事に不安は募っていくようにもなった。ちゃんと聞ければ良かったのだけれど、疲れた顔で帰ってくる蘭に自分の気持ちを伝えることが出来なかった。そんな自分が嫌になり、信じることに疲れて危ない世界を渡る蘭の帰りを待つことが怖くて仕方がなくなってしまったのだ。

「好きって言えばお前は俺から離れねェの?」
「それ、は」
「小せぇガキみてェに好き好き言えばお前はずっと俺と居てくれるワケ?」

ため息混じりの口調は冷ややかでついグッと息を飲む。
もし蘭が私を幼なじみという括りの中で付き合ってしまった場合、もしかすると別れる事に気を使わせてしまっているのではないだろうかとも考えていた。これは年月が経っているからこその情なんじゃないかって思うようになってしまったのだ。蘭は意地悪なところも沢山あるけれど、その分優しい人だという事も分かっているから、これは私が言わなければならない。

「…蘭は好きって言ってくれたよ。付き合った日も、私が不安に思っている日も、私が聞けばちゃんと答えてくれてた。でも…蘭本心からは聞いたことがないなって」
「なに今更、」
「今更だからだよ。大人になったから思うの。10代の恋愛のままじゃいられないんだよ。蘭は本当に私のこと好きなのかなって不安になりながらこのまま付き合いを続けて、歳重ねて毎日過ごすのは…キツい、から…だから、」

視界が滲み出して鼻水を啜る。きっと今の私の顔は蘭に見せてきた中で今一番酷い顔をしている。

「蘭が望んでくれるなら、時間は掛かるかもしれないけど…っただの幼なじみに戻るから、ッ」


"付き合ってくれてありがとう"がどうしても言えない。

あとこの一言を言うだけなのに、自分で決めて出した結論の癖に、喉から漏れるのは情けない嗚咽だけだ。


「…んでそういうこと言うんだよ」


「は、」


唇を固く結び眉間に皺をぎゅっと寄せた蘭の表情が私の目に映る。頼りない声で独り言のように呟いた彼はいつもの余裕めいた蘭は感じられなかった。


「………」


お互い口を開くことは無く無言の空気と時間が流れる。時計の音だけがやけにリアルに聞こえる程の静かすぎる空間だった。蘭はゆっくりと考えが纏まったのか私に視線を合わせると、口を開いた。


「…こんな仕事選んじまったし、お前を思うなら離してやるのが一番だろうなって考えたことは正直何度かあるわ……でも、」


言いたくなんて無かったと思わせるように蘭は静かに話を続ける。


「いっくら考えてもお前のいない毎日?つーのかな。考えらんねェんだわ……だからわりーけど離してやれねェ」
「……あ」
「だって俺の事一番分かってるのお前だもん。…ま、俺はお前の事分かってやれてなかったみてぇだけど」


ハッと困ったように自嘲気味に笑った蘭は席を立ち私の横へと腰掛けた。


「…結局安心しきってたんだよなぁ。勝手に俺の事分かってんだろって。くそだせェ」


ボックスからティッシュを取った蘭は私の涙を拭いてポンポンと頭を撫でる。


「不安にさせて悪い。…昔も今も、お前だけが俺の特別だから」


恋愛って難しい。幼なじみの延長で付き合いに至った私たちは年齢だけは大人を迎えても、まだまだ恋愛に関してはお子様なようだ。こんなセリフを言ってくれた蘭は勿論付き合って来た中で初めてで、止まりかけていた涙に代わりふふっと笑みがこぼれてしまった。

「…笑うところじゃねェだろ」
「ふはっ、だって蘭が必死だったから」
「はぁ?…そりゃそうだろ。お前が別れるなんて言うと思ってなかったんだよこっちは」

こうして蘭とゆっくり話したのも久しぶりだった。段々と場の空気が穏やかに戻っていくのを感じると、蘭は「仲直りしてくれんの?」と私の手を取り握った。喧嘩をした訳ではないのに不安に思っていたのか少しばかり蘭が緊張しているように見える。


「ん、でもその前に聞きたくて」
「なに?」
「ナマエちゃん、大好き。ずっと愛してるって言って」
「は?今?」
「今だから聞きたいんじゃん。勿論本当は蘭が思ったときに聞きたいけど、蘭の気持ちも分かったから。……ダメ?」


流石に愛してるは高望みし過ぎてるかもな、と思った。しかし蘭は観念したかのように私の握っていた手を絡ませると伏し目がちに私へ言った。







「ナマエちゃんのことが大好きでずっと愛してるんで……一生大切にするから明日指輪を選びに俺と一緒に行ってくれませんか」



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