小説 | ナノ

可愛い彼氏に勝てる気しない


※梵天軸


27才、1年ぶりに彼氏が出来た。

しかし私は彼のことをまだ名前しか知らない。
何故なら私と彼は出会って0日目にして交際をスタートさせたからである。

仕事が忙しくて最近行けていなかったお気に入りの飲み屋に訪れていた私と、久しぶりに足を運んだらしい彼の名は灰谷竜胆君。その日の店内は混んでおり、小さな店だったのでカウンターに座っていた私と竜胆君の席がたまたま隣り合わせになったのだ。そしてたまたま頼んだカクテルが同じで、たまたま視線が合わさった私たちは「これ、美味しいですよね」みたいな会話から始まり、以外にも意気投合してしまった。それだけならば有り得なくもない話ではあると思うけど、まさか私の何気なく発した一言によりお付き合いへと発展するとは想像だにしなかった。

「竜胆君が彼氏なら楽しそうだよね。彼女いないの?」
「いねェ。そろそろ寂しくなって来たとこ」
「えっ意外。私も寂しくフリーだよ」
「意外ってなんだよ。俺はこう見えて慎重なの」

心外だとほんの少しムスッとした目付きで私を見る彼の姿に、胸の奥からきゅううっとした感情が襲って来たけれど慌てて謝罪を口にした。

「あぁゴメン。変な意味じゃなくってその、竜胆くんてモテそうだなぁって思っただけだから」
「…まぁ女に困ったことはねェけど」

竜胆君は気を悪くした訳では無さそうでホッと胸を撫で下ろす。目に映る彼の姿は店内で一番目立っており、その場の空気がここだけ違うような気がするのはきっと私の間違いなんかでは無い。だってその証拠に客として来ている女の人達も竜胆君の事をさっきからずっとチラチラと見ているもん。

竜胆君は1口酒を飲むと持っていたグラスをカウンターへと置き、私の方へとほんの少し体を寄せてきたからつい身構えてしまった。

「んじゃさ、ナマエが俺の女になってよ」
「へ??」
「寂しいもん同士こういうのも良くねェ?お前が彼女になってくれンなら俺喜んじゃうし大歓迎なんだけど」

いくら私がこうして酒を酌み交わしそろそろ彼氏が欲しいなぁなんて思ってはいても、流石にその場の言葉を本気にしてしまう程バカでは無い。でも今お酒を口に含んでいたらきっと噴き出していたと思う。危ない。

「え?あ、ハハッ嘘はやめて。そういう軽いのは良くないってぇ」
「何にも軽くねェしそこらのナンパ野郎と一緒にすんな。普通にマジだから」
「…まっマジ!?」

普通にナンパと同等の軽い口ぶりに思えるのだけれど、ナンパするような男(失礼)よりも顔がめちゃくちゃ整っている竜胆君に強請るように言われてしまうと、その次に断る言葉が即座に見つからなかった。
竜胆君は"俺のこと振る要素なんてある?"と自信満々に目を細め、再度「ね?俺ら付き合ってみねぇ?」と押された私は思考も停止し気付いた頃には首が縦に頷いていた。私も人のことは言えませんでした。

言葉無しに頷いた私を見るもすぐ様顔付きがふにゃりと変わった竜胆君に、今度は胸がキュンと音を鳴らす。そして出会って数時間で始まったお付き合いはその日、連絡先だけ交換して終了。

帰りのタクシーで冷静になり、次の日になったら無かった事にされてるかもなぁなんて思ったけれど、次の日も何もお別れしてから数十分後にちゃんと連絡が来た。

"ちゃんと家に帰れた?明日になって俺の事忘れんなよ"

忘れる訳が御座いません!
途端にぷしゅぅと頬に酒とは別の熱が帯びていき、単純な私はもうこの時既に75パーセントは心を竜胆君に持っていかれていたに違いない。






「いや俺もう来年30だけど」
「え"っ!?30!?えっ年上!?」
「ンな驚く?」

2回目に会ったとき、彼は仕事の合間を縫って中抜けして来てくれた。短い時間だったけれど会いに来てくれた事が嬉しくて、その日の私は普段よりもお喋りだったと思う。

そしてこの日に私は彼の年齢を知った。
お互いの事を知らない私はお互いの事を先ずは教え合おうと竜胆君に告げれば、「何それ、ウケる」と小さく笑われてしまった。気を取り直し当時流行った物の話題をしてみると、竜胆君は私の会話全てに「あー、あったあった」だとか「俺もそれ好きだったワ」とジェネレーションギャップの1つも感じさせない。そう年は離れてはいないとは思ったが、それにしても私が言うこと全て大体頷く彼に、この世代のこと詳しいんだねと驚いていると竜胆君はハァ?と顔を軽く歪めて年齢を口にしたのだ。

変わった髪色に少し童顔に思えるような顔立ちと仕草。つまり今年27になった私より俄然幼く見えていた為、勝手に脳内で竜胆君は年下だと思っていたせいでびっくりしてしまった。

「ごっごめん!いえっごめんなさい!?年下かと思っちゃい、まして…」
「んーん、よく言われるしお前だから別にいーよ。てか今更敬語は無しな?距離感じんじゃん」
「はうっ」

竜胆君の言った"お前だから"に私の胸には矢が突き刺さる。
か、かわいいっ…!!三十路間際の男が口を尖らしながらサラッと"お前は特別"と思えるような言葉を吐く男にときめかない女はいないだろうと思えた瞬間だった。



3回目に会った時、竜胆君おすすめのご飯屋さんに連れて行ってくれた。そしてこの日に知ったことは、彼は話を聞いて貰うことが好きなのだということ。

この前は私が沢山お話していたけれど、今日は竜胆君が沢山自分の事を教えてくれたのが嬉しくてつい表情筋が緩んでしまう。

「俺さぁ兄ちゃ…兄貴がいるんだけど」

兄ちゃんで良いのに、竜胆君は兄貴と呼び替える。少しだけ年上ぶろうとしている竜胆君の存在自体がもう可愛く思えて仕方が無い。小さい子供が大人ぶろうと頑張っているあの感じに近いと思う。


竜胆君はお兄さんとのエピソードをそれはもう楽しそうに話すので、まだ会った事もないのにお兄さんの名前と軽い性格を何となく知り、覚えてしまった。

「竜胆君のお兄さん、いつか会ってみたいなぁ」
「その内会わせてやるよ」

その他にも同僚にピンク頭のイカれた人の話や、お金の話になると普段の倍以上に頭が冴える人の話。彼から聞く個性の強い話はどれを聞いても面白くて竜胆君の職場がどんな所なのか気になった。

「…言ったらお前逃げそうだからヤダ」
「にっ逃げないよ!っていうか逃げる程の職種って?その首の刺青…関係してそうだよね?」
「……シラネ」

絶対関係しとるやん!と心でツッコミを入れるも、私その時もうかなり竜胆君に毎日電話でもLINEでもこうして会っている間も全てにときめいていたので、逃げるなんて選択肢は何処にも持ち合わせていなかった。好きの気持ちはもう既に100パーセントである。しかしまだ私は竜胆君からの信用を得られてはいないらしい。それはちょっと寂しいな。


食事がてらに飲んだお酒はまだ1.2杯しか飲んでいないと思うのだけれど、竜胆君は私の肩にそっと顔を擦り寄せてきた。固まる私に竜胆君は眠たそうに「ふぁぁ」と大きな欠伸をひとつ。

んなっ!なんなんだこの可愛い生き物は!!

きっと私は彼が仮に人殺しであっても好きでいられると思う。そしてもう1つ思ったことがある。犬系男子ってきっと竜胆君みたいな人の事を言うんだ絶対。





彼の仕事は勤務時間が定まっておらず、休みも不定期だと聞いたけれど、時間を見つけては連絡もくれるし電話もくれる。竜胆君は、きっと自分がどんな人でどんな物を武器として人と接すれば良いか絶対に分かっている。だってまだ私は竜胆君の全てを知らないのにこんなにも好きになってしまったのだから。

甘え上手で、連絡もマメで、気遣いも出来れば女性が喜ぶ言葉もちゃんとくれる。ほんと、何で私なんかと付き合ってくれているのか分からない。

会えば柔和な笑顔を覗かせて、私の心を即座に奪ってゆくのだからたまったものじゃない。



今日も私の彼氏が可愛すぎて、辛い。





「どーもォ」


竜胆君とよく似た髪色のオールバックをした男性が私を見下ろしニコリと目を細める。

「あっ、えっと初めまして。ナマエっていいます。お話はいつも竜胆君から聞いています」
「え俺の話題出してんのぉ?竜胆俺のこと大好きじゃん。健気で泣いちゃう」
「にぃち…兄貴そういうのいいから!くっつき過ぎ!離れろよ!!」
「あ、でも竜胆君ほんとにお兄さんのこと大好きだよね。お兄さんの話沢山してくれるし」
「ちょ、ナマエ!!」
「へぇ、そうなの?ナマエチャンとは仲良くなれそうな気ィするわァ。俺のこと蘭ちゃんて呼んでいーよ許しちゃう」

4回目、お兄さんに会わせてくれると言った竜胆君は合流して早々距離の近い蘭さんから私を引き離すように私と蘭さんの合間に入る。クスクスと上品に笑う蘭さんの喉元には竜胆君と同じ刺青。兄弟仲が良い人達はこの世にごまんといるだろうが、髪色や一生消せない刺青もお揃いにしている兄弟はそうそういないだろう。

「蘭さんと竜胆君は仲が本当に良いんですね」
「ん?仲は良いけど、なんで?」
「竜胆君私といるとき蘭さんのお話してくれたって言ったじゃないですか。だからいつか私も会ってみたいなって思ってたんですけど、まさか髪色も喉の刺青も同じだと思いませんでした」

食事もそこそこ時間が経った頃、電話が鳴り席を外してしまった竜胆君。

真向かいに座っていた蘭さんに何か話さなければと口を開けば、蘭さんはフォークでお肉をぷすりと刺す手を止め私を凝視する。それを不思議に思っていると何か言いたげにニッコォと笑みを浮かべた。

「んそこだけじゃねェんだよなァ」
「…へ?」
「竜胆の体に墨入ってんだろ?アレ、俺にも対で入ってンの」
「…カラダ?」

なんの事を言っているのか分からなくてハテナを浮かべていると、私の返答のトーンに蘭さんは小首を傾げる。え?知らねぇの?みたいな。

「…竜胆の奴まだ手ェ出してねェの?」
「……まだ会うの今日で4回目なので」
「4回目っつったって…あの竜胆が??」

oh…と言わんばかりの蘭さんは信じられなさそうに私を見つめる。どういうこと思っての表情なんだろう。

「ちょっと信じらんねェけど、マジなら俺の弟がピュア過ぎて今日も可愛いワ…」
「それは分かります。なんていうか…顔も勿論可愛いんですけど、性格がというか存在全てが可愛い過ぎて母性本能擽るんですよね。そこらの女より可愛いってもう重罪ですよ。気遣いも出来て優しいし話しやすいし、…ッハ!」

つい竜胆君の話題を彼の実兄にベラベラと話してしまったことに口を紡ぐ。蘭さんのお目目がとても丸く見える。ヤバい、変なことを言ってしまったのかもしれないと持っていたフォークを皿の端に置き、慌てて謝罪する。

「すっすみません!まだ付き合ってそんな経ってもない女が出しゃばってしまって!竜胆君が何で私とお付き合いしてくれたのかも分からないぐらいに私には勿体ない人です…はい」

伏せ目がちで謝罪するも真正面の蘭さんは言葉を発しない。どう見ても竜胆君ラブなお兄さんに会って初日で言う事では無かったかもしれないと体中に嫌な汗がタラりと流れる。そろっと目を向けると蘭さんは「グラス」と一言低い声で発したから、小さく「ヒッ」と声が漏れ急いでワイングラスを向けるとなんてことは無い。蘭さんはワインを注いでくれたのだ。

「…お前めっちゃ良い子だね。竜胆の女にしてはもう90点あげちゃう」
「え?」
「あれェ?何その顔。嬉しくねぇの?」
「いえ!嬉しいです!…けど、100点ではないんですね?あはは」

乾いた笑い声と共につい口から出た言葉に蘭さんは酒を飲む手が止まる。

「ばーか。初っ端90点もやる女はお前が初めてなんだから上出来過ぎんだろ」

姑に認められた気分になった。…一度も結婚した事ないけれど。

その後電話が長引いてしまったらしい竜胆君が戻って来た頃には蘭さんと私はかなり打ち解けており、竜胆君がかなり驚いていた。蘭さんは食事を終えると予定があると席を立ち、私の頭を帰り際そっと撫でていく。私もその行動にかなり驚いていたが、それよりも竜胆君の方が超がつくほど目を見開き怖い物を見たかのように固まっていた。



「兄貴が俺の女とあんな仲良くしてんの初めてみたわ」
「え?そうなの?」
「俺が会わせる女には兄貴大体冷てェからさ。お前は録な女選ばねェっていつも言われてたんだよな」


悪びれも無く昔の彼女達に向けた言葉を吐く竜胆君に、彼は一体今までどんな女の子と付き合ってきたのだろうと思う。終わった事を考えても仕方が無いけれど、少しは気になってしまうものだ。

「ねェ、兄貴と何話してたの?」
「え?んー、私の知らない竜胆君の話?」
「なんで疑問系なんだよ」

竜胆君が拗ねたような口ぶりで聞いてきた事がもう愛らしくて堪らなくて、ついふふっと笑みが溢れてしまった。笑われた事が不満だったのか、竜胆君は更に不貞腐れる。

「…何笑ってンだよ」
「ごめんね、竜胆くん可愛いんだもん。竜胆君みたいな人が何で私と付き合ってくれたのかなっていつも思うよ」
「はぁ?…あー、はぁぁ」

竜胆君は眉を顰めると形容し難い表情を浮かべる。そして深いため息を吐きながら自身の頭をグシャグシャっとかくと、私のバッグを持ち席を立った。

「えっ?竜胆くん!?」

私の呼びかけに彼は「もう出よ」と一言だけ呟いて、会計は蘭さんが既に支払ってくれていたらしく店をそのまま後にする竜胆君。置いていかれないように後を着いていくと、外に待たせてあったらしい車へと私を乗せた。

「出して。俺ンち」
「はい!」

運転手らしき人は竜胆君の言葉により車を発進させる。え?ほんと一体彼は何者なんだと顔を向ければ、薄暗い車内で竜胆君が私を見ながら笑っていたのが分かった。



「俺がお前のどこを好きになったか教えてやるよ」






車が止まったのは高層階のマンション。慣れたように歩を進める竜胆君は私の手を繋ぎ、彼の部屋に着くまで離すことはなかった。初めて訪れた彼の住むマンションの建物の大きさに圧倒されるも竜胆君は私を玄関へと引き入れると同時に私の事を見下ろし、そして静かに口を開いた。


「先ずは、顔。顔がめちゃくちゃタイプ」
「えっあ?りっりんどうくっ!?」


私の頭を撫でてその指で私の頬をするりと撫でる彼に、頬の熱は冷めること無く上昇していくばかりだ。


「んで俺の言ったことに一々顔赤くしてンのもクソヤバい」
「や、ちょっここっ!ここ玄関だから!」


竜胆君の片足が、私の両足の間に入り壁と私の背がくっつく。ふわりと香る彼の香水の匂いに心臓はかつて無いほど音が響き鳴り止まない。


「俺がちょーっとくっついただけで固まっちまう所も小動物みてェですげェ好き」
「ッあ」


竜胆君の少しカサついた大きな手がするりと私のトップスの中へと滑り込む。変な声が出てしまったことに羞恥心で目を逸らしたけれど、竜胆君は笑って私の顎を片手で掴み唇にちゅうっとキスを落とす。1回目、2回目と繰り返し、竜胆君の舌が私の唇を舐めたと同時に薄く開いた私の口内を犯していく。

苦しくなって竜胆君の胸元を叩くと、やっと離れた竜胆君は初めて聞くような甘くて低い声音で愉しげに口を開いた。



「お前俺のこと可愛い可愛い言うけどさァ、お前が普通に1番可愛いワ。お前ほど可愛い奴どこ探してもいねェよ」



「……へ」



「だぁい好き」



放心状態で玄関へぼっ立って固まる私に、竜胆君は手馴れたように、よいしょっと私のスプール調のヒールを脱がすと、私の腕を掴んで寝室へと連れて行く。


私のベッドよりも大きいセミダブルのベッドに寝かされた私は薄明るい照明により竜胆君の薄藤色した瞳が私の瞳に映る。


「ん?いつものお喋りなナマエどこ行ったんだよ」
「えっ!?あ、ちょっちょっと緊張…しちゃって」


だっていつもの竜胆君と全然違うんだもん。今私を組み敷いている竜胆君に可愛いという文字はとても似合わない。生娘のようにガチガチになってしまった私に竜胆君も同じ事を思っていたのか、ふはっと私の知っている笑顔で笑った。


「…もしかして処女?」
「ちがうっ!」


少しばかりしょげた竜胆君が私を襲った。








「はい、これやるよ」
「ん…カードキー?」


私の前にかざされたのは1枚のカードキー。目を開けてまだ数分、冴えない頭は一瞬で覚め布団から体を起こせば竜胆君は煙草を咥えながらクスクスと笑っていた。

「ん?貰ってくんねェの?」
「え?いや、え?貰っていいの?」

こんな大事な家の鍵を付き合って1ヶ月足らずの私に?というか竜胆君タバコ吸っていたのか。私といる時は吸わなかったし、何より明るい中で見る彼の右半身を見るとゾクリとしたものが私を襲う。

「何見てんだよえっち」
「ちがっ!違うから!そういう意味じゃないから!」
「ンな否定されっと逆に認めてるようなもんじゃん」
「うっ!」

ニヤァァと揶揄うように笑った竜胆くんに速攻で否定するも更に笑われてしまい、悔しくも私がその後言い返すことは出来なかった。煙草を灰皿へと押し潰した竜胆君はベッドに腰を降ろすとポンポンと頭を撫でて私の顔を覗き込む。


「俺、こういうことすんのナマエが初めてだからさ。受け取ってくんねェと結構落ち込んじゃうんだけど、」
「ぁ、」



ちゅっと可愛らしいキスを落とした竜胆君は少なからず緊張したような面持ちで言った。


「お前とずっと一緒にいてェなって思ったの……受け取ってくれるよな?」


「はっはぃ」


その意味を理解すると真っ赤になった私は声にならない声で頷き、竜胆君は私をベッドへと勢い良く押し倒した。


彼はどうやら可愛い犬のように見えて実は意外と獰猛な狼だったのかもしれない。




−−−−−−−−−−−−−−





あれからほぼ毎日のように"今日も俺の帰りを待ってて"と可愛らしいメッセージや電話をくれる竜胆くん。私が断るはずもなく、気分は最早"通い妻"のようである。

そしてある日、竜胆君と食卓を囲っていると「どうせならもうこっち住んじゃえよ」と何気なく発した彼の一言によりトントン拍子で話は進んでいき、引越しの荷物を竜胆君と纏める為に今日は私の部屋に彼が訪れていた。


「ごめんね、今日休みなのに手伝って貰っちゃって」
「ん、俺が一緒に住みてェんだから当然だろ。お前1人に引越しなんてやらせる訳ねェじゃん」


淡々と私の荷物を詰めていく竜胆君に私の胸は毎度ぎゅっと鷲掴みされていく。「竜胆くん、好き」と口にしようとしたとき、竜胆君は私に1冊のノートを見せてきた。


「…何コレ?」
「わっ!懐かしいっ、高校の時のプリ帳だ!見たいっみせてっ」

一人暮らしをする際に寂しくなったら思い出に浸ろうと実家から持ってきていたプリ帳。もう随分と開いてなかったし何処にしまっていたかも忘れてしまっていた為にテンションがほんの少しだけ上がる。しかし私のテンションとは正反対に竜胆君はえらく不機嫌である。

「りんどう君?」
「お前の元カレ、まさかコイツ?」
「は?」

竜胆君が指差したプリクラを見てみれば当時付き合っていた彼氏とのプリクラが張られていた。え?まさかヤキモチ妬いてるの?と思えてしまう程、今の竜胆君のご機嫌は斜めになっていた。

「こっ高校のときのだからね!?故意で貼ってあった訳じゃないよ!私も忘れてたしっ!」
「ふーん…コイツの何処がそんなに良かったワケ?」
「え!?どうだったかな!?いやもうほんとそれ10代の頃の話だよ?」
「俺コイツちょー嫌い」
「…え?」


ムスッと眉間に皺を寄せた竜胆君はあからさまに態度が悪くなり、不機嫌である。


「まさかだけど…知り合いとか?」
「知り合いも何も…………シラネ」

知ってるんだ!絶対に知ってる顔してる!わかりやす過ぎやしないか竜胆君!何て答えるのが正解かと迷っていると、竜胆君は無表情になり特段低い声で呟いた。


「…お前の処女奪ったのコイツ?」
「…は?」
「ンでくそヤローに引っかかってんだよ」
「え?は?」


物々と念仏を唱えるように言う竜胆君がちょっとこわいと思ってしまった瞬間だった。そしてプリ帳からぐっと私に顔を向けた竜胆君に思わず「ヒッ」と心の声が飛び出てしまった。

「結婚しよ」
「……はい?」
「結婚しよっつったの。紙出せねェけど俺の嫁になって」
「あ?いやいや待って!?なんでそうなるの!?」

竜胆君は直ぐに頷かない私に更に気分を害したのか貼られていたプリクラを無惨にも破り散る。

「ちょっちょっと!?」
「コイツ異常に執着すげェしイカれた考えしか持ち合わせてねぇんだよ。今後会わせる気ねェし取られる気は更々ねェけどお前の初めて奪ったのが気に入らねェ」
「はっハァッ!?会ったことあるの!?」
「…………ンな男シラネ。今頃どっかでクスリやって頭おかしくなってンじゃね?」


めちゃくちゃ相手の事知ってるじゃん!絶対会ったことある口ぶりじゃん!

でもこの元カレどうこうよりもこの末っ子竜胆君に言わなければならない事が1つある。私は竜胆君が大好きだし、この先も竜胆君以外の人と恋愛する気なんて無いけれど、どうしても言わなければならない事が一つだけ。


「りんどう君…」
「ん?」



「そんな大事な事を小さなヤキモチで決めるな!!」



声を荒らげた私に竜胆君は驚きの余り「ひゅっ」と息を呑むしかなかった。


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