小説 | ナノ

手に入れるまでが長かった



予定の無い休みの日、ベッドから起き上がれないのは何故だろうか。目を覚ましてもう一時間は経っていると思うが、中々布団が私を逃してはくれない。

携帯を触っては目を瞑ってを繰り返しそれから30分程時間が過ぎた頃、そろそろ本気で起きなくちゃなぁなんて思いながらも未だ布団から抜け出せず、メールの受信音がピロリと鳴った。受信先は竜胆だ。

"今兄貴もいるからお前も来れば?"

それまで動かなかった体は怠さも忘れてウサギのように飛び起きた。今から行くとメールを速攻で返し、顔を洗い、秒の勢いで鏡の前に立つ。こういう時の行動力は素晴らしい程に早い。好きな人に会う為にはスッピンでは会えないからカラコンを入れメイクを施していく。迅速かつ丁寧にってこういう時に使う言葉だと思う。

中学からの同級生である竜胆のお兄ちゃん、灰谷蘭君に恋をしてまだそんなに月日は経ってはいない。でも私の中ではもう何年も恋をしている気分になっている。

昼下がりのカフェの店内。角の席に座っていた彼らは何処にいても目立つこと。私に気付いた竜胆がこっちだと手招きすれば、それを見ていた蘭君は手をひらひらと降ってくれた。たったその一仕草で私の顔は喜びに満ちていく。竜胆と蘭君が座っていたのはソファ席。蘭君は私が隣に座りたいことを分かっているからもう慣れたように少し横にズレてくれる。もう時期肩が触れ合うくらいの距離で自然を装うようにそっとくっつくも、蘭君は穏やかなトーンで私から距離を遠のけようとするから、嫌われたくない私は仕方なく拳一個分離れるのはもういつもの事だった。

「りんど、お前のダチいつも距離感バグってねェ?」
「それは兄ちゃん限定だろ」
「そうそう!蘭君だけだよ」
「当たり前かのように言ってくンじゃん。お前ら何なの?」

蘭君に恋をしてからの私は、彼に全面的に好きだと感情をぶつけ続けてもう数ヶ月。未だに進展は無いし、最近に至っては上手い具合にあしらわれてしまっている気がしてならない。





恋をしたのはそんなに前の事じゃない。たまたま街で遊んでいた帰り道、しつこく声を掛けて来た不良らしき男に見かねて助けてくれたのが竜胆の兄、蘭君だった。(後から聞いた話、声を掛けて来た男は蘭君のチームの下っ端だったらしいけど)。気持ちの篭っていない「だいじょーぶ?」に私の心臓はしてやられてしまった。その場でフリーズし口が回らない私を前に、兄の後ろからひょこっと顔を出した男がいる。それが竜胆だ。

「え?ナマエ?」
「り、りんどう…?」
「あ?お前ら知り合い?」
「中学ン時席隣だった奴。こんなとこで何してんのお前」
「…マジで?」

高校に入ると同時に竜胆とは余り会う機会も減ってしまい少し寂しいなと感じる程には仲が良かった私たち。偶然の再開に、竜胆の友達だと分かった瞬間蘭君は私を頭から下まで見下ろすと私の身長までそっと屈んでニコリと目を細めた。

「へぇ、かわいーじゃん。俺竜胆の兄ちゃんね、よろしくゥ」
「はっはひ!」

ドキドキと太鼓のように鳴らしていた心臓の音はドッドッドッとしたリズムに変わり、顔が瞬く間に赤くなる。そんな私に蘭君は柔和に笑い、竜胆は口端が引き攣っていた。

その日から竜胆と私はまた連絡を取り合うようになった。
そうすると竜胆に蘭君の事が好きだというのもすぐにバレてしまう。

「お前って兄ちゃんのこと本当好きな?」
「ウソ!?何で分かったの?」
「誰が見てもわかんだろ。てか俺に対する態度と兄ちゃんへの態度が違い過ぎ。多分兄ちゃんも気付いてんじゃね」

呆れ口調の竜胆は「俺が取り持つとかそういう面倒いの嫌いだから勘弁しろよ」とか続け様に言ったけれど、何だかんだ蘭君がいる時にいつも誘ってくれるから感謝している。竜胆は優しいのだ。初めは蘭君に好きだとバレているかもしれないということに頭を抱える程の恥ずかしさに襲われたが、もうそこは開き直った。寧ろバレているならば好都合じゃない?と持ち前のプラス思考で振り向いてもらえるように頑張ることにしたのだ。

しかし進展と呼べるものは悲しき事に一つも無い。

初めてアドレスを聞いたとき、ニコニコ笑顔の二つ返事で交換してくれた蘭君。後に知った話では、私の名前が"竜胆のお友達"で登録されていたらしく、ショックを受ける私に蘭君はぷぷぷっと笑っていた。慰めるように「ナマエにしとくなァ」と言われたが、家に帰ってから泣いた。それでも自分を持ち上げ、"私が頑張れば良いよね"精神でメイクを変えてみたり、服装の系統を変えてみたり、髪を巻いてみたりと少しでも"竜胆のお友達"から一人の女として意識して貰えるように自分磨きもしてきたが、まるで相手にして貰えなかった。





そして現在、蘭君は私が好きなことを絶対に分かっている。でも、その先にはいけないよって線引きされている気がしてならないのだ。

「蘭くん…蘭君てどういう子がタイプなの?」
「何いきなり」
「ちょっと気になるから」
「ん

竜胆が席を外したとき、私はそっと聞いてみた。だって何をしてみても結局いつもは竜胆の友達から抜け出せないんだもん。携帯からチラっと顔を上げた蘭君はそっとテーブルに携帯を置くと、三つ編みを揺らしてテーブルに肘を着いた。

「お前
「え"っっ!?」
「ふはっ、何その顔ウケんだけどォ。こんなんで顔赤くしちゃうんだ?ッふ、どんだけ耐性がねェんだよ」

一瞬嬉しくて昇天しそうな気持ちになれたのに、からかわれてしまった事が分かると現実に戻された。半泣き状態になった私の顔が面白かったのかケラケラと綺麗なお顔を崩して笑う蘭君に、羞恥心と悲しさが混ざってきっと変な顔をしているに違いない。

「まぁた兄ちゃんナマエからかってんのかよ」
「おー竜胆、コイツすぐ真っ赤になんの面白ェじゃん」
「兄ちゃん虐め過ぎ。っつかそろそろ集会だから1回帰んねェと。ナマエ、わりーけどまた連絡すっから」

伝票を持った竜胆に私は未だ頷くことしか出来ず、私も払わなきゃと自分の財布を取り出すと、蘭君は私の手から財布を取りそっとバッグに戻した。

「ゴメンなァ?お前可愛いから前みたいに変な奴に絡まれねェように気を付けて帰れよ」
「……へ」
「じゃーね。ナマエチャン」

蘭君たちが居なくなって数分後、止まりかけていた心臓がやっと動き出すと同時に、ため息を吐きながらテーブルに伏せった。

「…そういう所なんだよなぁ」

蘭君は落としたあと持ち上げるのが非常に上手。一頻りからかい終わると必ずその後のケアをしてくる。今日のように「可愛い」と言ってくれたり「よしよし」と頭を撫でてくれたり。だから相手にされなくとも諦める事が出来ない。蘭君の言葉で毎回一喜一憂して、落ち込んでも最後に辿り着くのは結局好きで、1つ年上なだけなのに何でこんなに差があるように感じるのだろうか。どうしたら私は蘭君の特別な子になれるんだろうと、蘭くんにしか分からないことを考えていた。





「言っとくけど兄ちゃんのこと狙ってる女結構いるからな」

これは竜胆に蘭君が好きだとバレてしまった日に言われた言葉。それは諦めろとという意味合いで言ったのか、それとも頑張れよといった意味合いなのか分からなかったけれど、蘭君がモテない筈がないから納得した。大きな二重に筋の通った鼻筋。身長も高くて着ている服も毎回オシャレ。前に一度特攻服を着ている蘭君を見た時は格好良過ぎて私の心臓をぎゅうっと掴んでいった。

「あ?なんでお前がここにいんの?」
「え…蘭君かっこいい、です」
「何で今更敬語?ってか質問の答えと違ェし。ホントお前変な奴だねェ」
「いや大将待ってるしもう行こうぜ。お前も暗くなる前にさっさと帰れよ。ホント何でいんだよバカなの?」

警棒片手に片眉を下げる蘭君も、いつもと違う雰囲気で素敵に見えて仕方がなかった。竜胆は毎度の如く呆れていたけれど。


話していく度に少しずつ蘭君の内面を知るともっと好きになった。例えばそう、「へぇ」とか「ふぅん」の返事が多いのに、ふとした時にちゃんと覚えていてくれている所も好き。「お前マジで暇人だよなァ。メールの文が長すぎ」なんて言いつつも、短文だけどいつも返してくれる所も好き。竜胆を怒らせたって子供みたいに楽しげに笑っている蘭君の笑顔も好き。蘭君の好きな所、あげだしたらキリがない。

蘭君の彼女になりたかった。
蘭君の一番になりたかった。
蘭君の特別になりたかった。

わたしは蘭君の大事な子に、いつかなりたかったのだ。





高校が終わった後駅近のコンビニでバイトをしている私は、品物をレジ打ちし、会計が終えるもその場を動かない目の前の女の人を不思議に思った。あれ?と思いそろりと目線を向けると、綺麗めな格好をしたお姉さんが私を見るなり舌打ちをし、公共の場も関係なしに色付いた唇を開いたのだ。

「アンタが最近蘭の周りにいる女?」
「…え?」
「蘭がしつこいって怒ってるんだけどそういうのやめて貰える?付き纏うのも程々にして。彼女でも何でもないクセして彼に迷惑かけないで欲しいんだけど」

淡々とした口調は予め言うことが決まっていたかのような口ぶりだった。私が何かを口にする前に、お姉さんは購入した煙草と缶コーヒーを持ち睨みを効かせて店を出て行く。何を言われたのか一瞬で理解が出来なくて、次に並んでいたお客さんに私の顔を見られると「大丈夫ですか?」と心配をされてしまった。慌てて謝罪をして笑顔を取り繕うもちゃんと笑えていた自信はない。残りの勤務時間も、家に帰った後も、あの女性に言われた言葉が頭から抜けず、思い返してみれば彼女の言う通り思い当たる節が多すぎた。

返してくれるとはいえ一方的に送る私からのメール、好きだと口にはしていないけれど、あしらわれても毎回蘭君は優しかったから甘えて引っ付いてしまっていた、知らない内に迷惑掛けていたのかと思えば、途端に鼻は痛み目には涙が滲み出す。

わたしバカ過ぎ。告白する前に、失恋してしまった。
私のしてきた事は全て空回りだったのだ。好きでも何でもない女に優しくしてくれていたのは、きっと私が竜胆の友達だったからだろう。私に声を掛けて来た女性は、怒っていたけれど綺麗な人だった。私なりに自分磨きも頑張ってきたつもりだったけれど、これじゃあ蘭君が私をそういう目で見て貰えないな、と納得出来るぐらいの美人であった。

あんな女性が蘭君の周りにいればそりゃ勝ち目がないわ。
失恋はするし蘭君の気持ちを考えなかった自分に嫌気もさすし、自分の容姿も全てに自信が無くなった私の次の日の顔はそれはもう酷いものだった。

毎日ルーティンのように送っていた蘭君へのメールはもう送れない。竜胆にも謝らなきゃと思うけど、心情がまだ追い付いていなかった。蘭君の事をこれ以上好きでいてはいけない、諦めなくてはと思うのに、すぐに整理が出来ない自分自身が余計嫌になった。

学校で友人といる時の私はまだ元気だったけれど、家に帰ればまた落ち込むを繰り返して1週間。竜胆からどうした?とのメールが来ていたけれど、それも"何にもないよ"と返して携帯を閉じる。

休日にカラオケでも行こうよと友達に誘われて街に出掛けて、夕方まで沢山歌ったら少しは気が紛れた。皆と別れて駅まで歩いていると、とても聞き覚えのある声に引き止められた。

「ナマエ?」
「…あ」

振り向くとその声の主はやっぱり私が思った通りの人だった。久しぶりに見るかのように感じる彼を前にして、つい返事をしそうになったけれどその言葉は喉で詰まる。

「お前最近なんかあったの?」
「え、えっと…」
「竜胆がメールしたっつってたけどつれねェらしいじゃん?俺ンとこにも全く送ってこねェしさぁ」

蘭君は知らないのだから仕方がない。バックを持っていた両手にギュッと力が入る。極力笑顔で悟られないように、と思うけど、蘭君の隣にいる人物を思うとそんな大人の対応が出来る訳がなかった。

「は?何泣きそうになってんの?」
「なってないよ」
「いやなってんだろ。どうした?蘭ちゃんに言ってみ?」

蘭君は私の前まで歩み寄るとそっと身長を私に合わせて顔を覗き込む。頼むから、そんな優しい声で言うのをやめて欲しい。蘭君の手が私の頬を撫でようとしたとき、視界に映った蘭君の横にいる女性は、あの日コンビニで蘭君にこれ以上近付くなと言った女の人であり、つい少しばかり声が大きくなってしまった。

「かっ彼女いるの知らなくて、ごめんなさい!!」
「…は?」

この女性が蘭君の彼女かは分からないけれど、きっと親しい間柄なのだろう。もう一刻も早く帰りたかった。早くこの場を立ち去りたかった。その女性の顔は見れなくて代わりに蘭君の眉を顰めた顔が目に映る。くるりと背を向けたとき、それをさせないと蘭君は私の腕を掴んで阻止をした。

「おい、アイツに何か言われたの?」
「……」

正直に言える訳が無い。正直に言った所で何にも良い事は無いといくらバカな私でも分かる。それでも蘭君はハァと溜息を1つ吐き、「成程ね」と小さく呟くと私の頭をいつものようにそっと撫でて私に背を向けた。

「なぁ、お前がコイツ虐めたわけェ?」
「わっ私は別にっ」
「じゃあ何でコイツこんな怯えてンの?俺の前じゃいつも笑ってる奴がさァおかしいだろ。お前のせいじゃねェの?」
「だっだってッ」
「聞こえねェ。もっとしっかりした声で話せよ」

蘭君は私に背を向けているから今どんな顔をしているのか分からない。けれど蘭君から出た声のトーンは私ですら背筋が凍ってしまうような低いものだった。

「っ蘭がいつまで経っても私を見てくれないからじゃん!どれだけ頑張ってもいっつも冷たくて、メールも返してくれないし会ってもくれないからじゃん!」

目の前の女性は蘭君の事が本当に好きなのだろう。涙を流している女性に対し、私はどんな顔をしたら良いのか分からず咄嗟に地面を向く。1歩違えていたら私も彼女ともしかしたら同じ道を辿っていたかもしれない。嗚咽混じりに蘭君に思いを告げた女性に、蘭君は静かに聞き終わると冷めた口調で口を開いた。

「だからってコイツに言うのおかしいだろ。っつか勝手に調べてコイツんとこにも行くわもう会わねェって言ったのに俺の前に現れるわお前マジで何様ァ?普通に引くしキモいんだけど。前にも言わなかったっけ、しつけェ女は嫌いってさァ」

嘲笑うかのようにつらづらと言葉を吐いた蘭君は、泣いている女性に対しても容赦はない。言い終わると私の腕をそのまま繋いで歩き出そうとする蘭君。女性はその場で泣き崩れるように泣き喚いていており、足が止まりそうになるも蘭君は「見なくていーの」と私の腕を軽くグイッと引っ張った。





「竜胆いねェしそこら辺に座っていいよ」

連れて来られたのは蘭君たちの家。そこら辺に座れと言われてもどうすれば良いのか分からずに立ち尽くしていた私に、蘭君は隣に来るようにソファをポンポンと叩いた。

「ごめんなァ、気付かなくて」
「…蘭君が謝ることじゃないよ」
「ん、でも嫌な思いさせたろ」

蘭君は先程とは打って変わって優しい声音だった。その声はいつものトーンと同じで、安心するし涙が出そうにもなる。

「…わっ私もしつこくてごめんなさい」
「…ハ?」
「蘭君がいるとこにいつも行っちゃうし、毎日メールしちゃう、し、蘭君の気持ち全然考えて無くて…でもどうやったら蘭君に近付けるのか分かんなくて、」

鼻を啜るも視界が滲む。泣いたらウザイって思われちゃうかもしれないと思うと、余計とまた鼻がツンと痛むのだ。蘭君はキョトン、とした顔を私に向けると、自身の着ていた服の袖で私の涙を拭った。

「っ蘭く、」
「俺お前の事うぜェとかだるいとか思ったことねぇけど?」
「…へ?」
「普通にお前のこと嫌ってたら竜胆いたって会わねェしメールだって返さねェよ。ンな面倒いこと出来ねぇもん」
「…へ?あ、え?」
「お前からメール来なくなって寂しって思うぐらいには毎日お前の事考えちゃってるんだけど?」

俺からしなかったのも悪いけど、と付け足した蘭君は、隣に座っていた私を蘭君の膝の中へと移動させた。ぶわぁぁっと一気に顔へ熱を帯びる私に蘭君はくすくすと笑うけど、こんなの誰だって平常心でいられない。

「えいつもお前からくっついてくるクセに緊張してんのォ?」
「そっそりゃするですよ!?いや、もう待って、ほんとっ、待ってぇ」
「何を待つんだよウケる。やっぱお前おもしれぇワ」

蘭君はそっと私の耳元に口元を近付けると甘く囁くように言った。

「俺、お前のこと大好きになっちゃった」

両手で頬を覆うも蘭君は変わらず楽しげに笑っている。そして蘭君はそのまま私に顔を近付けてくるものだからつい蘭君の口を手で阻止してしまった。

「…ムード壊すなよバカ」
「や、あのっ……その、蘭君は今日みたいな女の子が…えと、沢山いるの?」
「は?あー…」

蘭君は今それ聞く?という表情を浮かべたが、これを聞くまではどうしても素直に喜べない。私には縁遠いセのつくフレンドがいるならば私は泣いて蘭君とおさらばしなければならないのだ。私を抱き抱えるように蘭君は一度ぎゅううっと私を抱き締めると顔を上げ目をそっと逸らした。

「…お前と出会った頃にはもう全部切ってた。今日のあの女はマジで会う予定無くて…しつけェから顔見せんなって言ってたとこにお前が丁度いて…信じて欲しいんだけど、無理?」

いつも余裕で涼しい顔をしている蘭君が、初めて自信のない声と顔を私にして見せた。そんな表情を見てしまったら、信じるしかないじゃないか。こくり、と頷くと蘭くんは今度こそ私にキスを落とす。

「…蘭くん、好き。ずっと好きだったの」
「知ってる知ってる。お前ほど顔に出やすい奴そうそういねぇよ」

涙がまだほんの少し滲んでいる目元を蘭君はぺろりと舌を出して舐め上げた。変な感覚にピクっと体が跳ねると、それを見逃さなかった蘭君は怪しく彫りの深い目を三日月のようにゆっくり細めたから、私は驚いて息を飲んだ。


「これからは沢山俺の知らない顔見れんの楽しみにしてんなァ?」


その日の私は自分でも知らない私を見せてしまった。




−−−−−−


「へー、やっと付き合ったんだ。長かったなオメデト」
「うん、本当に色々ありがとうね。次は竜胆の義姉になれるように頑張るよ!」
「気が早すぎてまじウケんだけど。あー、でもまぁ俺らが中学ン頃から兄ちゃんお前のこと好きだったしもう逃げられねェだろうな。近い内にマジでプロポーズされんじゃね?」
「えっ!?」
「え?聞いたンじゃねぇの?兄ちゃん中学ンときからお前のこと気になってた訳じゃん?ンでも俺も兄ちゃんも余り学校行かなかったし中学卒業してからお前とも会わなくなって接点減ったろ?そっから久々会って前より可愛くなってて死ぬかと思ったって兄ちゃん毎日言っててさぁ。言うなっつーから黙ってたら付き合うまでに長ぇし、どうなるかと思ってたワ」
「……そんなの知らなかった」
「……マジ?嘘言うなよ」
「マジ。嘘じゃない、初めて聞いた」

ガタン!と勢い良く脱衣所のドアが開いたかと思うと絶句。蘭君は今までに見たこともないくらいに真っ赤に顔を染めて竜胆を睨んでおり、竜胆はこの世の終わりかのように蘭君を見て青ざめていた。



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