小説 | ナノ

ほろ苦いだけが大人じゃない


※梵天軸




昔から、好きという気持ちがどんな感覚なのか分からなかった。

友人達と恋愛の話題になったとき、私だけがその話に華を咲かすことが出来なくて、好きになるってどんな感じなのかと聞いてみたことがある。友人達は本気で言ってる?という顔をしながらも、彼氏や好きな人を思い浮かべて教えてくれたのだ。「ふとした時に思い出す人だよ」とか「その人に一番可愛いと思われたくなっちゃうよね」だとか。過去に付き合ってきた人達を思い返してみるも、失礼だけど元彼にそんなことを思った事が一度も無かった私は、その場でなるほどね、とは頷くことが出来なかった。

そうは言っても恋愛に興味が無いわけではない。周りの幸せそうな人達を見ていると、恋をしたいとは思うのだ。でも、心から好きだなぁと思える人が出来なくて、好きになろうと頑張ってはみるものの、結局は辿り着く先はお別れという選択肢に繋がってしまう。

「本当に俺のこと好き?」

付き合った人数は片手で収まる。中学で二人、高校の時に一人。当時お付き合いをしていた元カレ達には毎度の如く言われたこの言葉。その都度好きだと伝えてみても、それは嘘であるから相手にバレる。好きだと感じる事が出来ないから、無意識に一線を置いてしまって長続きしない恋愛ばかりを中高生活送ってきた。恋愛はしようと思って無理矢理する物ではないと改めて実感してからは、大学に入ってハタチになった今も彼氏を作っていない。私ほど恋愛に向いていない人間はいないんじゃないかと思うし、このままだとこの先彼氏も出来ず一生結婚なんて出来ないのかもしれないと考えたりもする。





「三途さんこんばんはっ。今日もいつものコーヒーで良いですか?」
「おーアイスのな。っつか今日一日クソ暑くね?もう真夏だろ」
「暑いですけどまだ梅雨にもなってないですよ」

ふふっと笑うと、彼は早くしろと言いたげに1枚の札を私へと手渡す。確かに今日は夏のような暑さが一日続いていた。でも暑いと言う割に、額に汗も滲まず涼しそうな顔をしている彼がちょっと面白い。

私がバイトをしているカフェによく来る常連の三途さん。 彼は初めこそ挨拶をしても無視決め込むような人であったが、私のシフトと彼の訪れる時間帯が重なる事が多く、その度に顔を合わせることが自然と増えた。三途さんが訪れる度に愛想が悪いしちょっと怖いだなんて思っていたけれど、出会ってから初めて挨拶を返してくれたときは余りにも感激して、声が裏返ってしまったのを覚えている。

「三途さんっていつもブラック飲まれますけど、甘いもの苦手なんですか?」
「あ?別に嫌いじゃねェけどこんなあちぃ日に甘ェもん飲んでたら喉が死ぬワ」
「それは私に対する宣戦布告ですか?…まぁ喉乾きやすい気もしますけど」

前に私の好きなオススメのハニーカフェオレを勧めた事がある。その日の三途さんは珍しくそのカフェオレを買っていったのだけれど、次に訪れた際に感想を聞いたらベェッと舌を出して「甘すぎてゲロ吐くかと思ったわ」と言われてしまった事もあったっけ。甘すぎないものなら飲めるのか、なんて考えながら早々とテイクアウト用のカップに淹れたアイスコーヒーを彼に手渡した。店内の時計に目をそろっと向ける。時刻は20時になろうとしていて、私のシフトの時間で今日最後のお客様になるのはどうやら三途さんらしい。最近の三途さんは来ると世間話をしてくれるようになったので、常連さんに顔を覚えて貰った事を嬉しく思う。時計に目がいった私に三途さんは気付いたのか、アイスコーヒーのストローをガシッと噛むと薄く笑った。

「なに、お前もう上がり?」
「はい。今日は混んでないのでもう上がれると思います」
「ふぅん、じゃ今日は俺が送ってってやんよ」
「えっ!良いんですか!?」
「即答過ぎんだろ。お前ほど現金なヤツはいねェわ」

駅まで歩かなくても良いと喜んだことが顔に出ていたのか、三途さんは私を見て小馬鹿にしたように鼻で笑って背を向ける。

「あ、待っててやんだからとっとと来ねェとこの話は無しな。置いてく」

三途さんの後ろ姿を見送っていると急に振り向いたからびっくりした。「はっはい!」と少しばかり大きな声で返事をすると、三途さんは今度こそ店を出て行ってしまった。





予定通り三途さんが出て行って数分後、私は残っているバイトの仲間たちに「お疲れ様です」と告げ、バックルームで急いで服を着替えていく。三途さんの車に乗るのは緊張する。私のような女よりも綺麗な顔立ちの人が真隣にいるのは誰だって緊張してしまうと思う。これで化粧なんてしていないのだから、本当に羨ましい。

三途さんには、前にも一度だけ送って貰ったことがある。その時も確か今日のような感じだった。私の上がりの時間と三途さんの仕事終わりが重なって、住んでいる所が近いからついでにと彼は私を送ってくれたのだ。よれた化粧を少しだけ直して店を出た。道沿いに停められた車に顔を覗かせると、車窓を少し開けた三途さんは煙草を吹かして待ってくれていた。

「すみません、遅くなっちゃいました」
「いや早すぎだろ。俺煙草1本吸いきってねェんだけど」

ふっと笑った彼を見ると少し気恥しい。送って貰うだけだけれど、助手席のドアを開ければ三途さんの香水の香りと吸っていた煙草の匂いが混じって不思議な感じがする。私の知っている周りの男の子達は免許を持っている子も少なければ、車を持っている人なんてまずいないし、スーツなんて着ていない。私も20歳を迎えて年齢だけは大人になったけど、三途さんを見ていると凄く大人びて見え、差があるように感じられた。

「おめェそういやぁ前に送ってやったときは借りてきたネコみてェに静かだったよな」
「えっそうですか?あはは、車なんて普段乗り馴れていないから緊張しちゃって」
「ハッ、理由がガキくせぇ」

三途さんは煙草を簡易灰皿に押し潰すと、コーヒーを手に持ちストローを吸う。その横顔を見ているとつい見惚れてしまいそうになってしまうのだ。中性的な顔立ちで、たった小さな仕草一つでも絵になるような、そんな感じ。

「ンだよ」
「あっ!?いえっ別に!モデルさんみたいな顔してるなぁって思っただけです」
「ハァ?」

三途さんは顔を歪ませると中指で私のおデコを軽くはたく。力加減はしてくれたようでそんなに痛くは無いけれど、反射的に声は出てしまった。

「いたっ!」
「ガキんちょがいっちょ前に口説いてんじゃねェよばぁか」
「くっ口説いてませんよ!本当のこと言っただけで他意はないですから!」
「ほぉそうかそうか。まぁそういうことにしといてやんよ」
「本当ですって!」
「へーへー」

三途さんはケラケラと笑ってアクセルを踏み込む。顔色一つ変えずに言われ慣れているような返し方と、子供扱いされてしまった事が悔しくて三途さんが前を向いているのを良い事に口を尖らせてみた。でも、やっぱり目に映る彼の姿は格好良い。綺麗で格好良いと思うけど、危ない人なのかな?とも思う。前に送って貰ったとき、三途さんはシャツを腕捲りしていて、ルームライトから見えた右腕の彫り物に息を飲んだ事を思い出す。私は彼がどんな職場で働いているかなんて分からないけれど、この見た目で働ける場所なんて限られているだろう。もしかしたら余り深くは関わってはいけないかもしれない、そう思うのに何故か最近の私は彼が怖いとは思えないのだ。

「お前って大学生だっけ?今いくつなん?」
「ふふん、先週20歳になったのでもう大人なんですよ?わたし」
「20歳ィ?お前がぁ?」

ぷぷっと笑った声が聞こえた気がする。三途さんは初めこそクールで口の悪い人だと思っていたけれど、意外と話してみると三途さんの方が子供っぽいじゃんと思ったりもする。例えば今、小さい子に悪戯をして楽しんでいるような感じが正にそう見える。突っ込もうか迷ったけど、きっと童顔とかウソ着くなだとかムッとすることを言われるような気がして、その言葉は口にはしなかった。

「…先週の水曜が私の誕生日だったんです」
「へぇ…んじゃ今日で丁度1週間かよ」
「そうなりますね。でもまぁその日バイトで帰り遅かったし一人暮らしなのでぼっちでケーキ買ってお祝いしました」
「ッハ、おめーぐらいの奴らって男の一人や二人いて祝って貰うのが普通じゃねぇの?可哀想になァ」
「ひっ一人や二人ってそれダメな奴じゃないですか!?やっぱり三途さんは言うことが違うなぁ」
「ンだおめぇ」

ちょっとした仕返しのつもりだったのに三途さんのハンドルを握っていない左手が速攻で伸びて来て、私の頭をグシャグシャと荒く掻き回す。これがまた容赦がない。だから私はグラングランと頭を揺らしながら「止めて下さい」と彼の手を掴むと、その手はやっと離れた。

「ちょっ髪ボサボサなんですけど!」
「あん?ンな怒ることねェだろうがよ。そういう直ぐムキんなるからガキって言われんだよ」

三途さんは離れた手でコーヒーを持ちストローに口付けると、「お前も飲む?」とさらっとした口調で私に告げた。こういうふとしたときの三途さんは、耐性のない私と違って恥ずかしさとかそういうのは何ら見受けられない。きっとブラックを飲めない事を知っている彼はワザと私に言ったのだと思う。ふるふると首を横に振るとまた笑われて、それがまた悔しかった。




「…飯連れてってやろうか?」
「へ?」


後5分もすれば私のアパートへ着くという道中に、三途さんは何食わぬ顔で言った。

「え?何でですか?」
「あ?何でってお前…」

三途さんが私を送ってくれるのは自分の住む家と私の住む家が近いから。その前提には唯の私のバイト先にたまたま三途さんが訪れるというだけであって、友人でも恋人でもない私にご飯へ連れて行ってくれるという意味が分からなかった。三途さんはポカンとしている私に気分を害したのか舌打ちをすると、不機嫌そうに口を開いた。

「男の誘いは黙って頷いときゃいーんだよドアホ!だからテメェはモテねェんだよ」
「どっドアホまで言わなくても良くないですか!?モテないって関係ないし!っ三途さんにご飯連れて行って貰うほどの理由が無いなって思っただけです」
「ハァ?…はぁぁ………ってんだよ」
「え?ちょっと聞こえない」

いつもハッキリ話すクセに彼は盛大な溜息を吐くとボソッとした口調で呟いた。聞こえづらくて少し三途さんの方へと耳を寄せると今度は「近ェ」と怒られてしまった。

「…そんな怒らなくても良いじゃないですか」
「テメェが察しねェのがわりぃワ」
「わっ私が悪いんですか」

小さな言い合いをしている内に車は私の住むアパートの前で止まる。少々荒く踏んだブレーキに体が前のめりになりそうだった。

「おい、スマホ出せ」
「スマホ?」
「っち。おめェんっとにアタマ弱ェ奴だな。連絡先教えろっつってんだよ早く出せ」

三途さん、横暴過ぎやしませんか。肝心な主語が無いと分からないし、察しろと言われても無理がある。バッグからスマホを取り出すと彼は私のスマホを奪い操作していく。手元に返ってきたスマホには三途春千夜という名が登録されていた。

「はっはるちよ、さん?」

三途としか教えて貰っていなかった私は、この日初めて彼の下の名前を知ってつい復唱してしまった。何も答えない三途さんにスマホから顔を向けると、彼はハッとしたようにスマホをポケットへとしまい込む。

「さみしー誕生日過ごしてたみてェだから飯ぐらいなら連れてってやるって言ったんだわ。また連絡するから返せるようにしとけよ」
「…え?」
「オラ降りろ。こっちは早く帰って寝てェんだよ」
「あ、すみませ…」

車から慌てて降りると最後に三途さんと目が合う。数秒もしない内にその視線は逸らされ、三途さんは車を走らせ行ってしまった。

その場に立ったまま約2分、我に返ってアパートの階段を登るも転けそうになってしまった。何とか部屋に入って玄関で更に5分。ぽけっとしたまま部屋の電気をつけて私の顔は今熱に侵されている事を知ると、今度は心臓がドキドキ音を鳴らしていたことに気が付いた。


「…なっなんでぇ?」


その日の夜はずっとこんな感じでポヤポヤしてしまって、空が明るくなるまで中々寝付けなかった。





その日からというもの、私の頭の中を支配している人物が何時まで経っても抜けてくれない。大学の講義の最中であったり、友人とショッピングの合間であったり、お風呂に入っている最中であったり。ふとした時に三途さんの顔が浮かんできてしまうのだ。その度に心臓は今まで感じたことの無い音を立てて、鳴り止んではくれない。

三途さんが連絡をくれると言ってから待つこと3日。いつ来るかな、なんて知らぬ間に待っている自分に酷く驚いた。メッセージを知らせる音がなる度に、無料スタンプを取った際の企業メッセージだと無意識に気分は落ち込んでいくばかり。自分から送ろうかとも思ってみたけれど、それはとてもじゃないけど勇気が無かった。

バイトに行けば、三途さん来てくれないかなと思ってしまって何処かで来るかもと勝手に期待してしまう。でも残念ながら彼が来ることは無くて、帰りは何故か寂しく思うようになった。

三途さんからメッセージが来たのは送って貰った日から1週間後。

『土曜の夜空けとけ』

たったそれだけ。シンプル過ぎるメッセージだったけれど、私の心が明るくなるには充分過ぎるくらいだった。"分かりました!"とタップしスタンプを送信する。正直、かなり嬉しくて堪らない。


初めてのこの感覚に、友人達の言葉が私の脳裏を過ぎる。

『ふとした時に思い出す人だよ。会いたいなぁとかさ』
『そうそう!それでその人に一番可愛いと思われたくなっちゃうよね』
『分かるわ

やっと理解した。友人達の言っていた意味が分かった。
三途さんを思う度に一喜一憂してしまう私は、きっと彼のことが好きになってしまったのだと、気付いてしまった。





約束の日、楽しみと緊張で余り眠れなかった私はまるで小さな子供のようだ。 ベッドから起き上がり、顔を洗ってパンを齧る。本日、私はバイトに行かなければならない。仕方が無いことだけど、今日に限って約束をする前にバイトを入れてしまっていた事に後悔する。本音を言えば三途さんと会う前に髪やメイク等しっかりとした私で会いたかった。

休む訳には行かないからバイトにはちゃんと行く。けれど、上がりの時間まで始終胸はソワソワしっぱなしだった。三途さんも仕事があるらしく、私のバイトが終わる頃に店まで迎えに来てくれるらしい。送って貰った事はあっても、迎えに来てくれた事は初めてで、それだけで少しだけ特別な気分にさせられる。そんな事を考えてしまってはむず痒く感じで、自覚してしまってからの私はとにかく気持ちが悪いほど変だった。

休日の夕方、お客さんは平日より多く混みだした。今日何かあったっけ?と思うほど、いつもの休日より若干お客さんが多いことに私は焦り出す。忙しい中時計に目をやると勤務時間はいつの間にか15分程過ぎており、連絡しなきゃ!と思うけど、並んでいる列を見ればスマホなんて触っている時間が無かった。三途さんは、多分余り待つことが好きじゃない気がする。この間も遅いと置いて帰ると言われたばかりだ。もしかしたら、帰ってしまっているかもしれない。申し訳無さが募り涙が滲みそうになるのを抑えて、笑顔を作りお客さんの対応をしていく。





それから私が上がれたのは30分後。急いで帰り支度をする。メイクだって本当は直したかったけれど、待たせているかもしれないと思うと時間が無かった。

急いで店を出る。いつも三途さんが停めている道沿いに顔を向ければ、彼の車は停まっていた。停まっていたけれど。

「あ、」

三途さんのいる方へと足を進めた歩が止まる。三途さんは車から降りて、煙草を吸っていた。でもその横には綺麗な女性が一人。

心臓が刃物で抉られる感覚ってこんな感じなんだと思った。
目先で綺麗な彼女と三途さんが二人で話している姿に、金縛りに合ったように動けなくなってしまった。

三途さん達が何を話しているかまでは聞こえない。でもその女性はとても楽しく話しているように見える。私もオシャレをして来たつもりだったけれど、明らかに系統が違うその女性は女の私でも思う程、キラキラとして見えた。つまり、三途さんに見合う女性ってあんな感じの女の子なんだって思ってしまったのだ。

帰らなきゃ、そう思って二人から背を向けようとしたとき、三途さんは私に気が付いた。あっ、と思った頃には、三途さんは女性に何かを告げると彼女は頷き人混みの中へと去っていく。三途さんは吸っていた煙草を地面へと落とし革靴で踏み潰すと、私に来るように手招きをした。

「よォ、お疲れェ。残業かぁ?」
「えと、はい。連絡出来なくてすみませ、ん」
「謝るこんじゃねェだろ。仕事なら仕方ねェわ」

いつもは「待たせるな」とか「早くしろ」とか言うクセに今日の三途さんはそんな嫌味一つも言わないのだから、鼻の奥に痛みが襲って来た。

「…折角誘ってくれたのに遅くなっちゃってすみません」
「あ?だから仕事なら別に良いっつってんだろ」

私は別に彼の特別な人なんかではない。だから三途さんが他の女性と話をしていることにモヤモヤされる義理なんて彼にはない事も分かっている。三途さんは、私に車に乗るように誘い込む。いつもと同じ香水の香りが風に乗って私の所まで香ってくると涙が出そうになった。本気で恋をした事のない私は、こんなときどうしたら良いのか分からないのだ。

彼の車に乗り込むも、普通の話題を口にする事が出来ない。上手く笑えないのだ。

あの女性は綺麗に髪の毛をカールさせていたけれど、私はバイト終わりで巻いてた髪も取れてきてしまった。
あの女性はスラリとした大人びた格好をしていたけれど、それに比べて私は子供っぽい服装に思えてしまう。

人と比べても何一つ良い事はないが、比べてしまうのだ。
だって私なんかが三途さんの横にいるよりも、彼女の方がずっとずっと似合っていた。

自分の服の袖をきゅうっと掴み、三途さんへ顔を向けることが出来なかった私に、彼は言った。


「なんでお前泣きそうな顔してんの?」


「へ?」とマヌケな声が出たと同時に思わず顔を上げてしまうと、思ったよりも三途さんがアームレストに肘を置き、距離が近いことに驚いてしまった。

「なっ泣きそうになんてなってないですよ」
「ふぅん。俺が女と話してたからヤキモチ妬いたんかと思ったワ」
「はっはい!?」
「ふはっ、図星かよ。分かりやすいなァお前はほんとに」

ゲラゲラと声を出しながら笑う三途さんに、私の顔の熱は瞬く間に上昇していく。

「っそんなんじゃないですって、」
「気になる?」
「…え?」
「あの女」

私の言葉を遮った三途さんは、口元の傷を怪しく上げて目を細めていた。目を見開いて口を開けてフリーズした私に、彼はあの女性について何も答えず体制を戻すとハンドルを握った。気になると素直に聞けば教えてくれるのかもしれない。だって三途さんに彼女がいたって何らおかしくな事はないからだ。

恋って難しいものなんだなって、思った。

信号が赤に変わり車がゆっくりと停車したとき、俯いていた私の頭をそっと引き寄せられると、唇が重なった。

数秒も満たずにその唇が離れると、三途さんは潤んで目を見開いている私に、聞いたこともない甘やかなトーンで口を開いた。


「俺ンち連れてくわ。…飯はまた今度連れてってやるから」


掻き回されたり、いつも軽くはたかれたりするその大きな手で初めて頭を優しく撫でられた。耳を塞ぎたくなるくらいにうるさい心臓が口から飛び出してしまうかと思った。

「は、ぃ」

小さく振り絞った声に、三途さんは小さく笑った。






着いた先は私の家から離れたマンションだった。三途さんが住んでいる場所は私の住む家から近いと聞いていたのに、寧ろ少し遠回りになるような場所。

「三途さん、ここ私の家から結構距離ありません?」
「あー、まぁ車ならそんなでもねェよ」
「送ってくれたとき私の家から近いって、」
「あんなんウソだわ」
「ええっ!?」

しれっと嘘を吐いたことを認める三途さんは、何処か勝ち誇っているような顔に思えた。呆けた顔をする私を引き連れて、1歩先を行く三途さんがよく分からない。

部屋のドアを開けるなり、彼は玄関の明かりをつけるも私を見下ろした。その瞳を見ていると、どうにかなってしまいそうでまた泣きたくなって視線を逸らす。バッグを持つ手に力が込められると、三途さんは私の頬を指でそっと摘むように挟み、無理矢理わたしの瞳には彼が映る。

三途さんの顔が近付いてきて、鼻先が触れそうなその距離に思わず目を瞑りそうになったとき、三途さんはにぃっと口角を上げた。

「さっきの女はァ、俺らが仕事の接待で使ってるキャバの女ァ」
「……へ?」
「たまたま会っただけで別になぁんにもお前が思ってるような関係じゃねぇよ。最近どうよって話してただけェ」
「あ…へ?」

間抜けな表情を浮かべる私に、三途さんは頬を摘んでいた手を離し、部屋へと連れて行く。

「安心した?」

手が離れて私を見下ろす三途さんは余裕気に目を細める。その表情に、私が思っていたことはきっと全部彼に筒抜けなのだと悟った。

「わ、わたし人を好きになるって事が昔から疎くて、」
「は?」
「なんていうか、前に付き合ってた人にもヤキモチだとか、束縛だとかそういったものを感じたことがなくて、」
「……」
「でも三途さんが…三途さんがご飯に誘ってくれた頃から私ずっとおかしくて、LINEが来るの待ってたりお店に来ないかなって待っちゃってたりして、」

人に気持ちを伝える事がこんなにも難しいことだとは知らなかった。自分がちゃんと今話せているかも分からないけれど、今しか話せないかもしれないと思ったのだ。その間三途さんは口を挟むことはなく、静かに私の話す言葉を聞いていた。

「今日いた女の人も綺麗な感じの人で、三途さんとお似合いだなって思ったら、嫌な気持ちになっちゃって。…三途さんといると、どきどきし過ぎておかしくなるっていうか、その…」
「好き」
「え?」
「すっげぇ好きなんだけど。お前のこと」

私が"好き"だと口にする前に、わたしはもう三途さんに抱き締められていた。

「あ、え…と、へ?」
「お前、バカだから俺が好きなの気付かなかったろ」

気付く訳がない。だって三途さんはいつも私をからかったり、意地悪なことを言ったりして、すぐにムキになってしまう私を見て笑っていたから。でも、今の三途さんは違う。

抱き締めていた腕がそっと緩み、私を見下ろす彼の顔は心做しか赤く染まっているようにも思えた。それまで格好よく見えていた存在が、初めて可愛いと思った瞬間だった。

付き合ったことはあるのに、初めて恋に落ちてしまった。
彼に出会う前の私では感じることも無かった感情に飲み込まれてしまいそうだった。もしかしたら、気付くのが遅かっただけで、私は自覚する前から三途さんのことを好きになっていたのかもしれない。

「三途さんのことが、好きです」

声の端が小さくなりながら、生まれて初めて自分から告げた告白に、三途さんは一瞬目を見開くと私にまたキスを落とす。

キスだって初めてした訳でもないのに、三途さんとはキス一つで全身真っ赤になるほど恥ずかしくなる。ハタチにもなって恥ずかしいが、これ以上は私が持たないと三途さんの胸をそっと押す。

「あ?」
「きょっ今日は私もう帰ります!も、かなりヤバいんで、これ以上は…し、しんじゃぅ」
「はぁ?」

ガキ臭いとまた言われてしまうかもしれない。でもどうか今日だけは許して欲しい。背を向け帰ろうとした矢先、三途さんは私の腕を引き、いとも簡単に引き止められた。

「帰らすワケねぇだろうがバカ」
「うっ。でも本当にヤバいですって、」
「あーだからっ…」

三途さんは、言いたく無かったのか口篭る。いつも余裕み溢れたその彼は、今正にどうしたら良いのか分からないと眉間に皺を寄せていた。

どういう表情なのこれ、と思ったのも束の間。
彼は数秒無言になり諦めたかのように自分のセットされた髪を片手で掻き回すと、言った。







「俺のが緊張してんだよ。…お前より先に好きになったのは俺の方なんだからよォ」




Title By icca

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