小説 | ナノ

男女の友情は成立しなかった


※梵天軸




男女の友情は成立するかしないか。美容院で髪を染めている際の待ち時間、手に取った雑誌のページを捲っているとそんな特集が目に入った。これは男と女で統計が違うらしいけど、私は成立するのでは無いかと考えている。私の女友達は「男として見れないから」と言っていた男と晴れて結婚まで至りつい先日結婚式を終えたばかりだが、私たちに限ってそんなことはこれから先もきっとないと言い切れる。これはきっと彼も同じことを断言する筈だ。





いつの間にか歳は三十路間近。20代も後半に差し掛かれば1年はあっという間に過ぎ去ると職場の先輩が言っていたけれど、本当にその通り。周りは休日平日関係無く彼氏と過ごしたり、結婚して家庭に入る友人もかなり増えたきた。時間を気にせず一緒に遊んでくれる友人は減ってしまったけれど、私は一人の時間も嫌いではないのでショッピングやご飯も一人で行けるし、映画だって楽しめる。それなりにこの自由な時間を満喫し謳歌していると思う。でも最近になって知人の幸せな話を聞いていると、一人が寂しいなと感じるようになってきたのも嘘ではない。

私には一人だけ10代の頃から仲が良い男友達がいる。その男の名は灰谷竜胆といって、男ではあるけれどお互いに男女として意識し合っていない仲だ。

まだ私が高校生だった頃、当時付き合っていた年上の彼氏が巷で噂の灰谷兄弟に喧嘩を売ったらしい。そして私と竜胆は元カレがボコボコにされた事から友人関係が出来上がった。それってどんな関係性だよと思うかもしれないけれど、ちゃんとした理由がある。
「ちょっとコイツ借りんね」と長身三つ編みスレンダーさん、つまり彼のお兄さんが元カレの首根っこを引っ張り歩いて行ってしまうから、私は引き止めもせず引き摺られて行く元カレを黙って見ていた。それを不思議に思った竜胆が私に声を掛けて来たことが始まりだ。

「お前自分の男がボコられんの黙って見ていられんだ?冷てェ人間」
「あー、二股掛けられてたから今日別れようと思ってて。だから灸を据えられて丁度良いかなって。アイツから喧嘩売ってきたんだよね?だったら仕方がないし自業自得だよ」
「…は??」

竜胆はまるでおかしなモノを目にするような目付きで私を見てきたからつい口から笑みが溢れてしまった。竜胆はお兄さんである蘭さんに名を呼ばれると慌てて私に「ちょっと待ってて!」と言い残し声のした方へと消えていく。数分言われた通り待っていれば少し息を切らした竜胆が私へと向かってきたから、何でそんな焦ってるのってまた笑ってしまった。その後連絡先を教えて欲しいと言われ交換してからもう数年。初めこそお互い少し距離があったのに、遊んでいる内に自然と笑い合えるようになった私達は今も変わらず良き交友関係が続いている。

竜胆とは頻繁に遊ぶ訳でもないけれど少ない訳でもない。女友達と遊ぶように、竜胆とも遊ぶ。ご飯も行ったしカラオケも行ったし買い物にも行った事があれば、2人で真冬の中「フリー寂しいね」とか言ってイルミネーションも見に行ったこともある。傍からしてみれば付き合っていると思われるのかもしれないが、目を凝らしてみてもそんな雰囲気は何処にもない。それでも竜胆といる時間は気を使わず素を見せられるので、もう親友だと勝手に思っている。


だけどやっぱり男女間の友情って難しい。





「あの、ナマエさんですよね…?」


今日の朝は寝坊をしてしまってお弁当を作る余裕も無ければコンビニへ行く時間も無かった。仕方がないので会社の昼休み外でご飯を食べようと付近のお気に入りの店まで足を運んでいたとき、声を掛けられた。

「え、と…?」

名前を呼ばれたのだから知り合いかな?と思って振り向けば身に覚えのない女性が一人。まだ20代前半に見える、大人しめな可愛らしい女の子。会社以外での知っている後輩は少ない為に、知り合いであれば顔は覚えている筈だがやっぱりいくら考えても知らない子だ。

「あの、お時間は取らないので少し宜しいですか?その…竜胆君の事で」
「りんどう?」

何となく女の嫌な予感がしたけれど、それは予感的中。
適当なカフェに入り一人ご飯を頼む訳にもいかず、コーヒーを注文し彼女はミルクティーを頼んでいた。店員が去り、気まずい空気が漂う中私と目が合うと彼女はふっくらした唇を開いた。

「あなたが竜胆君とどういう関係か知りたくて」

こちらを責めるような様子はないけれど、眉を下げた彼女の顔は今にも泣きそうで。これではまるで私が泣かせてしまっているような雰囲気である。だってほら、飲み物を運んで来た店員も僅かに気まずそうな顔をしているし。あれ?竜胆彼女出来たのかな。つい最近一緒にご飯を食べに行ったときはそんなこと一言も言ってなかった。竜胆と私は遊んではいても余り恋愛事の話を深く話す事はしなかったせいで、勝手に女はいないと思っていたし若干、いやかなり焦る。親友なんて言ったらなんかマウントを取っているみたいだし、かといって知らない人だとシラをきるのもおかしい訳で。

「…昔からの知り合いです」
「…お知り合い、ですか」

俯いていた彼女の顔は此方に向き直るも未だ不安そうな顔を私に見せる。そりゃそうだよね、私だったら同じ顔をすると思うもん。

「失礼ですが何で私の事を知ってるんでしょうか?」
「あ、それは竜胆君からよくあなたの事を聞いていて、それで…すみません」
「竜胆が?」

こくん、と小さく頷く彼女に何ともいえない感情が私へと襲ってくる。…なるほど、竜胆と仲良くしているのが気に食わなかった訳か。というか竜胆も竜胆だ。彼女にいくら友達であっても私の名前を出すか普通。っというか何で私の顔まで割れているんだろうちょっと怖い。凡そ彼女は私に"竜胆と仲良くしないで欲しい"とでも言いたいのだろう。逆の立場なら私だってそう思う。今までこんな事が無かったから忘れていたが、竜胆はモテるんだった。

目の前のコーヒーを飲む気になれずただ氷だけが静かに溶けていく。店内の時計に目を向ければ昼休みはもう時期終わりを示す頃だ。バックから財布を取り出し札をテーブルへとそっと置いた。

「安心して下さい。彼女さんが思っているような関係ではないので。それとごめんなさい、もう仕事なので失礼しますね?」
「…あ」

彼女はまだ何か言いたそうだったけれど、席を立ち上がり背を向ける。会社に着き、普段通りの仕事をこなす。15時の休憩にはお茶を容れてチョコレートを摘んで、同期と話をしながらまた仕事して。そのまま何事も無かったかのように午後の仕事を終わらせた。夕飯は作る気になれないから帰りにコンビニへ寄ろうと思ったらメッセージを知らせるスマートフォン。アプリを開いて目に映るのは竜胆という名前。

『今日飯食いに行かね?お前が前に行きたがってたとこ』

行くと二文字スワイプした文字を慌てて削除する。昨日までの私なら二つ返事で了承していたが、今日からの私は簡単に行くとは頷けない。昼間の彼女の顔が浮ぶのだ。

『ごめんね。今日約束がある』

数分考えるもやっぱり行く気にはなれないし、行っては行けない気がして、この日予定がある以外で初めて竜胆の誘いを断った。







彼氏でも見つけようかな。


別に竜胆に彼女が出来たから彼氏が欲しい訳では無い。単純に一人で過ごすのもそろそろ本気で寂しいと思ったからだ。近しい友人が取られてしまったからだとかそういった子供地味た考えは大人である以上恥ずかしいものだと思うから、これは別にそんなんじゃないと言い聞かせる。これで友達の関係性が変わることはないのに、モヤモヤした感情と少し寂しいなと感じてしまうのが気持ち悪かった。

竜胆の彼女と会った次の日に、動画サイトの合間にCMで見たマッチングアプリをダウンロードした。出会いもない私はこうしてマッチングアプリに頼るしか方法がないのだ。

数分置きにくるメッセージ。知らない人同士から始めるんだから当たり前なのかもしれないけれど、楽しいと思えないし知りたいと思えない。ここから恋が出来る気がどうしてもしないのだ。そうするとやり取りするのが面倒になってきてしまって、本当私はこういうのは向いてないって事をより自覚した。

充電器を刺したままベッドに転がり大きなため息を1つ。一人だけメッセージが続いている男がいるが、それも余り楽しめずに返していない。なんでこんなつまらないのかな。すぐ脳裏に浮かんできてしまうのは竜胆だ。竜胆に彼女が出来たって自由じゃん、とか、彼女が出来たなら一言くらい言ってくれてもなんて考えてしまって、どうにもこうにも竜胆が頭から抜けない。そんな事を思った矢先、メッセージが届いた音が耳へと届く。寝転がったまま開いてみるとそれは竜胆であり、名前を見た瞬間胸が痛んだ気がした。

『明日暇?』

暇である。明日は休日、予定もない私のスケジュールは暇でしかない。しかし私の指は思考とは正反対の文字を打っている。

『暇じゃない』

嘘を送りスマホから手を離した途端に次は着信を知らせる竜胆の文字。出るか出ないか数秒悩むも私は通話ボタンをタップした。

「…もしもし」
『よォ。何お前、最近忙しいの?』

竜胆はいつもと変わらない声のトーンで私に話し掛ける。最後に会った日からそんなに経ってはいないのに懐かしい気持ちにさせられて、いつもなら笑って答える事が出来るのに声を聞いた瞬間から胸がぎゅうって押さえ付けられるんだから笑えない。

「あーうん。ちょっと予定詰め込んじゃって」

竜胆は変な所で勘が鋭いのでバレないようにへらっとした声で平然を装う。ふぅん、とその先を聞いて来ない竜胆に安堵したのも束の間。

『じゃ、いつ暇?』
「えっ!?」
『ふはっ、ンでそんな驚くんだよ。明日が無理ならいつ空いてんの?』
「えぇと…はは、いつだろ

いつも大体2人の予定が合わない日は"また連絡するわ"くらいで終わっていたのに、今日に限って竜胆は寄りにもよって電話で私の予定を聞き出してくるものだからあからさまに焦ってしまった。中々言葉を繋げない私に、電話口の向こうから少しばかり不機嫌になったような声音が聞こえる。

『ずっと忙しい訳じゃねェだろ。この間もお前俺の誘い断ったんだからそろそろ顔見てェんだけど』
「は?」

え、なに顔見たいって。そもそも竜胆彼女いるじゃん、え?電話の相手間違ってますか?と心の中で総ツッコミし、胸を一瞬でもときめかしてしまった自分を頭の中で平手打ちする。

『オマエ前より俺の連絡返さねぇしなんか冷てェ気がするんだけど?寂しいだろ。どうしたんだよ、なんかあったワケ?』
「は、はぁーっ!?」

つい思ったよりも大きな声が喉から発せられてしまった。多分電話の向こうで竜胆はタレ目がちなお目目をパチクリと瞬きしているに違いないと思う。でも、だって、こんなこと私に言ったらいけない言葉だよ。


「りっ竜胆彼女がいるんでしょ!?平気で他の女に顔見たいとか言ったらダメだって!それくらい気付けよアホっ!!彼女泣くでしょうが!!」


「ハ?ナマエっ!?なにいっ…」


ブツッッと勢いよく切ってしまった為に竜胆の話し声が途絶える。その後掛け直しの着信が何度か鳴っていたが出る事は勿論出来ず次第にスマホは静かになった。

寄りにもよって竜胆に彼女が出来てから気付くなんて馬鹿にも程があり過ぎる。彼女の肩を持つ言い方をしてしまった自分も惨めに感じる。でもこうするしか無かった。気付いた瞬間終わる恋なんてこんなの笑えてくるんですが。長い間築き上げてきた関係がこんな喧嘩別れのように終わってしまった事にも気分は下降し泣きたくなるばかりだ。

返す気すらなかったマッチングアプリで知り合った男のメッセージ。

"いきなりだけど今日休みならご飯でも行ってみない?"

いいですよ。

そう返事を送り重たい体をベッドから起こして支度をする。何するにも一人は平気だと思っていたけれど、今日だけはいられそうにない。支度している最中、少しだけ涙が出た。





「いやぁここ俺の知り合いでね?急だったけど予約取れて良かったよ」
「そうなんですね。私もお返事遅くなってしまってすみません。素敵なお店ですね」

夕食時、連れて来てもらったホテル内のレストラン。オレンジ色の証明に照らされた高級感溢れるこの場所、めちゃくちゃ見覚えがある。「お前が好きそうだから」とか言って、前に竜胆が連れて来てくれたレストランだった。来たことがあるとは勿論言えないから、当たり障りのない返事をしていく。

仕事の話、趣味の話、好きな食べ物休日の過ごし方。この人が悪いわけではないが、再度自分はやっぱりこういう事から始める恋愛には向いていないのだと思った。自分から行くと言った癖に失礼だが帰りたくて仕方がない。楽しくない訳じゃないけれど、とても気を使う。ベラベラと自分の話ばかりしまくる男に、作り笑顔で相槌を打つのが会社の上司と話している感じに凄く近い。この後ホテルに、という流れになる前に食事を終えた私はお礼だけを告げ逃げ切るように家へと帰ってしまった。


タクシーを降りて、アパートの階段を上がる。私の部屋は2階の1番隅。階段を上がった先で私は足を止めひゅっと息を飲んだ。竜胆が私の部屋のドアに背をつけて腕を組んでいたからだ。


「り、りんど?」
「よぉ。どこ行ってたんだよ」





時刻も22時過ぎともなれば外で話すと近所迷惑に繋がる。私が鍵を開けるなり竜胆は当たり前かのように玄関へと足を踏み入れた。

「…こんな時間にどうしたの?」
「お前が何か勘違いしてるようだから誤解されたくねぇなって。つーかそんなお洒落しちゃってさ、お前ほんとどこ行ってたわけ?」
「えっ、それはその」
「俺と出掛けるときあんましこういう格好しねェじゃん。面白くねェ

目にかかりそうな重い前髪が少し揺れると竜胆は私の来ていたワンピースにツン、と指で突く。途端に顔は赤みを帯びてそれを見た竜胆はバカにするようにフンと鼻で笑った。

「っ笑わないでよ」
「俺の為にその服着ンなら可愛いとは思うけど、別の奴の為に着てったんなら可愛くねェわ」
「……え?」

竜胆はまたおかしな事を私に言う。言葉を失う私に、靴を脱いだ竜胆が玄関を上がると段差のお陰でほんの少し縮まっていた身長差が開き、竜胆が私を更に見下ろしているのが分かる。

吃る私に竜胆は自身の顔を私の耳元まで近付けると、一等低い声で囁いた。


「ねェ、お前ほんとどこ行ってたの?」





別に竜胆と付き合っている訳でもないのに、このカップルらしかぬ空気は気まずさが半端なく私を襲って、部屋の空気はどんより重苦しい。私の部屋なのに家主よりもドカンと座り胡座をかく竜胆。対して私は座っている竜胆に対しポツンと間を開けて立っている。

「おい、俺聞いてんじゃん」

貧乏揺すりをするかのように片膝を揺らして私の返答を焦らす。何で竜胆がこんなにご機嫌斜めなのか分からない。

「私が何処行ってても竜胆に関係なくない?」
「あ"?」

ヤバい、そう頭の中で私が叫んだ。私がその言葉を口にした瞬間、竜胆の瞳は冷ややかなものへと変わり反射的に怯んで1歩後ろに下がってしまった。

「へェ。こんだけ長ェ期間一緒にいたのにお前そういう事言うの」
「いや、えっと…」
「立って話すんのもダリィだろ。こっち来て座れって」

いやいやだからここ私の家、とツッコめる訳がなく体は勝手に凍り付く。こういう時に反社みを出さないで欲しい。卑怯である。早く来いと急かす竜胆に言われるがまま竜胆の隣に腰を降ろす。竜胆は私の顔を覗き込むように視線を無理矢理合わせてきて、彼の香水の香りがふわっと間近で香った。

「お前酷くね?あからさまに俺の事避けてンだろ」
「そ、そんな事は」
「じゃあ俺の目を見て言ってみ?避けてねェって」

竜胆の手が私の顎をクイッと掴むから、伏せ目がちになっていた顔は竜胆へと向けられる。数年竜胆の友人として過ごして来たが、顔がすぐ傍という至近距離が初であった為に胸はドキンと音を鳴らしてしまい、こんな時に私アホかよと自分を殴りたくなった。しかしそれと同時に普段私に見せない竜胆の姿に恐怖してしまったのも事実であり、若干頭がパニックになってしまった私はどうしたら良いのか分からず生理的に涙が滲み出す。

「……もん」
「は?」
「竜胆の彼女が私の所に来たんだもん!どんな関係ですかって!竜胆彼女出来たの知らなかったし…ってか私の顔まで知っててどういうことなの!?竜胆が私のことよく話すとか訳分からんこと言うし!バカなの?竜胆バカなの?私を修羅場に巻き込むな!」
「ちょっおまっ落ち着けって」
「イヤ!彼女がいるくせに堂々と女友達の家まで来ないで!」

半泣き状態でバカを連呼した後襲ってきたのは"あ、私終わったな"という感情。竜胆はギャーギャー喚く私に舌打ちをするとまた涙が滲み出す。


「…俺は誰とも付き合ってねェよ」


「…はへ」


パニックに陥っていた心情は竜胆の言葉により遮断する。ポカンと意味が分からず口を開ける私に竜胆はキスを落とすと薄く形の良い唇をそっと開いた。




「…お前とは付き合う予定だけど」









フリーズした私の瞳に映る竜胆の顔は微かに赤く染まっているように見え、驚きの余り目が点になる。

「…取引先の娘が俺の事えらく気に入ったみたいでしつけェからお前の事めちゃくちゃ可愛いって言った」
「…はい?」
「取引は済んだからソイツの娘なんてどうでも良かったのにあしらっても飯食いに行こうだの付き合って欲しいだのしつけェからお前が好きって言ったんだわ」

…なにそれ。
待って、竜胆が余りにもサラリと言うものだから思考が追いつかない。

「りんど、私のこと好きなの?」
「…すっげー好き。ずっと好きだった」
「うそ」
「なワケあるか。好きじゃねェ女に飯誘ったり出掛けたりこうして家までくる男なんて余っ程バカな奴じゃなきゃしねェよ」
「でも友達ならそういうことも」
「ハァ?」

竜胆は眉を顰めて呆れたように1つため息を漏らす。


「お前の事は始めっから大事な女としてしか見たことねぇよ」


これでも嘘だと言えるのか、いえない。
私の顔は多分今リンゴより真っ赤であり、その証拠に顔を見た竜胆はクスっと妖しげに微笑んだ。さっきまで頬を染めていた筈の竜胆はまるで詐欺師のように顔付きが変わり目を細めて私の頬を指でなぞる。


「で?お前は今日どこで誰といたの?」


怒んねぇから、とまだ付き合ってもないのにそんな言葉を付け加える竜胆。ごくっと唾を飲み込んでドキドキする胸の音を打ち消すように口を開いた。


「…まっマッチングアプリで、知り合った人と…」
「お前マジで何してんだよ!!」



結論、竜胆は激怒した。



「ごはんっ!ご飯行って来ただけだから!」
「飯どうこうじゃなくて何でお前がンなクソアプリ使って男と会ってんのか俺知りてェんだけど?」

さっきまでの甘い砂糖菓子のような雰囲気は崩れ去り、今やこの部屋は氷河期である。じとりとした汗が背中に流れて、今日の私達情緒が不安定過ぎやしないだろうか。

「あ、と。竜胆に彼女いると思ってたから…余り竜胆と連絡取ったらいけないなって思ったら寂しくなっちゃって、」
「…うん」
「私もこのままじゃダメだと思ったから、知り合った人とご飯に行ったんだけど」
「うん」
「その場所も前に竜胆に連れて来て貰った所で、また竜胆の事思い出しちゃって、」

好きって気付くのが遅すぎちゃって、この言葉を口にする前に竜胆は私の体を引き寄せ抱き締める。竜胆は顔を疼くめたまま頼り気のない声で口を開いた。

「…それって俺の事好きってことでいーの?」

ゆっくりコクンと頷けば、竜胆は抱き締めていた腕の力をぎゅううっと強めるから、少し苦しいけれど私も竜胆の背に手を回す。

「はぁー。そいつとホテルには行ってねぇの?どっか触られたりしてねェ?」
「そんな事は全然ないよ。本当にご飯だけ食べて帰って来ただけだから」
「…じゃあ許す」


お互い顔を上げると恥ずかしさが突然と襲い出す。今まで友人だったのだから仕方がないだろう。それを隠すように私は心残りを1つ、聞いてみる。

「竜胆のこと好きだった女の子、どうなったの?」

すると竜胆はキョトンとした顔を浮かべて、ニヤニヤと顔の表情筋を緩めていく。

「これ以上しつけェようなら女でも容赦しねェからって言った」
「えっえげつな!酷すぎる!」

心外だと竜胆は顔を歪めた。
竜胆は昔から物事をハッキリ言うところがあるけれど、こんな事を好きだった人に言われたら誰だって立ち直れない。

「ンだよ。何で好きでもねェ相手に優しくしてやんねェといけねぇの?そういうのは兄貴で十分だろ。っつかお前俺が他の女に優しくても良いの?」
「そ、それは…」

小首を傾げる竜胆に若干上目で竜胆を見れば薄藤色した瞳と視線が重なる。恥ずかしいけれど、今度は私から竜胆に触れるだけのキスを落とす。


「……絶対だめ」


竜胆は勢いよく私のことを押し倒した。








それからの私達、非常に仲が良い。蘭さんがゲェっと顔を歪める程には始終くっつき合っている。

竜胆は私と付き合ってから溶ける程甘々である。最近は何をするのも一緒でそれは幸せな事だし嬉しい。

幸せ、本当に幸せなんだけど。大好きなんだけど!

「なぁナマエ、俺ら結婚する?」
「ぶっ飛びすぎ。まだ付き合って1ヶ月なんだけど!?」
「知り合ってからの期間が長ぇんだから俺ン中じゃそれもカウントに含まれんの」

竜胆とお付き合いが始まり1ヶ月。付き合って直ぐに始まった半場強引な同棲生活。展開が早すぎていることに驚いているのは竜胆の彼女、私である。

竜胆は餌を待つ犬のようにソワソワした表情で私の返事を待っている。それは可愛いのでフワフワのマッシュウルフを撫でてしまうのだ。

「ん

私のトーンに不安に思った竜胆は眉間に皺を寄せ私の膝に置いていた頭を起こす。

「ダメなわけ?」
「ダメじゃないけど、まだ早いって」
「この俺が人生最初で最後のプロポーズしてんのに?」
「…嫌いになっちゃう?」
「…ドがつく程好きだわ」

竜胆の言葉にふへっと声にならない笑顔が溢れる。悔しいのか不服だったのか竜胆は私をそっと組み敷くと視界は反転。竜胆の前髪が私の顔へとかかり、かぷっと唇を奪われると小悪魔のように目を細めて彼は言ったのだ。



「絶っ対ェ俺を旦那にしてえって思って貰えるように努力するから余裕でいられんのも今の内な?」



その1ヶ月後、私の苗字は晴れて灰谷になった。



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