小説 | ナノ

こんな時の約束だけ守るから


※後に梵天軸




まだ10代の頃、大好きだった男がいた。
大好きだったけれど、当時まだ私は高校生であり彼は高校には行ってはおらず、付き合ったは良いがすれ違い生活。

好きになったのは私から、告白をしたのも私から。
友達の彼氏が蘭のチームに所属しており、その子の付き添いで集まっていた所に少し顔を出した事があった。その時の中心にいたのが蘭だ。付き合うまでにそう時間は掛からなくて、気付けば蘭の事が好きから大好きになっていて、毎回会う度に胸を高鳴らせて初めの頃は毎日がとにかく幸せだった。でも蘭は付き合う上での恋愛が上手くない。勿論私も含めて。

長電話は付き合う前にあまり好きじゃないって言っていたから、会えないときに声が聞きたくなっても我慢をして、メールの返信もマメじゃない蘭は疎らだけどそれも受け入れた。会えば優しくしてくれるし楽しかったけれど、私と蘭は時間が中々合わずデートなんて出来る回数も普通のカップルより多くは無かった。それに我慢が出来なくなったのは私だ。蘭の性格を知った上で付き合ったはずなのに、寂しさが毎日傘を増していきそれがある日を境に、もしかして蘭が居なくても私平気なのかもって思ってしまったのだ。

蘭は私の彼氏だけど、片思いしているみたい。会えれば毎回胸は高い音を鳴らすけど、寂しいと思うことが増えていつの間にか次第に慣れてしまった。だから最近ずっと考えていたこと。別れは唐突なんかじゃない。当時18歳、私は年齢も思考も子供であった。

「…俺と連絡取れんのが少ねぇから別れたいワケ?」
「会えないのに連絡すらつかないんじゃ付き合ってる意味ないなって」
「ちゃんと返してんだろ」
「次の日とか3日後とかにね」

はぁ、と蘭の口からため息が漏れる。眉間に皺を寄せる蘭のこの顔を見る事すら久しぶりな気がする。余り会えていなかったのだから当たり前か。目を合わせないように蘭の部屋に置いてある私の私物を片付けていくが、蘭は静かに黙っているだけだった。

「…多分もう私の物はないと思うけど、あったら処分しちゃってくれていいからね。あ、このプリも剥がしといていいよ」
「…さみしーこと言うなよ」
「だってもう終わりだから」

蘭はきゅっと口を結ぶ。今更そんな顔をしてくれても遅いのに。余り会ってもくれなかった癖に寂しいなんてよく言うよ、って言いたかったけれど、蘭の顔を見たら口にする事は出来なかった。

「ナマエ」

私の名前を静かに呼ぶからワザと合わせないようにしていた顔を向ける。蘭はチョンチョンと隣に座れと指を指した。その場所はいつも私が蘭の部屋に遊びに来ていたときに座っていた特等席だ。

「っ…私のことちゃんと好きだった?」
「ちゃんとって何?信用ねぇよなぁ、好きに決まってんだろ。……つか泣くなよ…泣かれると困る」

だって好きって言ってくれるだなんて思わなかったんだもん。いつも聞いても「ハイハイ」だとか「俺もだよ」とか言って終わりな癖に、こんな時だけ好きって言うの狡くない?自分から別れるって決めて告げたのに、心は蘭のその言葉で私を直ぐに揺さぶるのだからこんなの泣けてしまう。そんな私を蘭はそっと抱き寄せて頭をポンポンと撫でる。いつも綺麗に結われている蘭の髪は今日はサラリと降ろされていて、今から別れる男に対しこんな時でもいつ見ても綺麗だなと見惚れてしまいそうになる。

少しの間の沈黙に、会えばやっぱり離れたくないと思ってしまう自分はまだ彼の事が好きなのだろう。でも話し合う程の仲に私達はなれなかったのだ。いつまでもここに居ても拉致があかないと分かっているのに、言うこと言ったら困らす前に帰ろうって思っていたのに、中々座った腰を上げられず涙も止まらないし言葉も上手く出て来ないし最悪だ。

「…いいよ。別れても」
「ぁ、」

視界は滲むが蘭は形の良い口端を緩く上げたのが私の瞳に映る。眉を下げて少し悲しげに笑うから、余計と涙腺が滲み出して鼻にはツンとした痛みが私を襲う。

「別れてもいいけど、まだ俺がお前の事好きだって言ったらどうすんの?」
「…っ蘭は言わないよ。来るもの拒まず去るもの追わずって如何にもな人じゃん」
「来る者くれェちゃんと選ぶワ」

蘭は「ばぁか」と言って私の頭を撫でていた手をグシャグシャと勢いよく回す。別れるのに、変なの。蘭は余り気持ちを表に出してはくれなかった。いつも私だけが一方的に思いを伝えていた気がしていたから、蘭がまさか私の事を好きだなんて2回も言ってくれるだなんて思わなかったのだ。

もう少し私がちゃんと蘭の事を分かって向き合えていたのならなら、もう少し私が連絡も会うのも蘭のペースに合わすことが出来ていたのなら、別れずに済む選択肢があったのかもしれない、なんてそんな事を思う。

「なぁ、最後に抱き締めていい?」
「あ、わっ」

返事をする前に蘭は私を抱き締める。私の大好きな蘭の香水の匂いがふわっと香って来て、それがまた涙腺を刺激するのだ。こんな綺麗なお別れが蘭と出来ると思っていなかった私は、小さな嗚咽を漏らすと蘭はいつものように笑いかけた。

「鼻水つけんなよ
「っつけないしっ」
「ふはっ。お前ほんっと…あー…ハァ。なぁ、約束しねぇ?」
「な、に?」

ズズっと鼻を啜って蘭の胸から顔を上げると同時に、蘭はまたそっと触れるだけのキスを落として静かな口調で小さく口を開いた。





「 」










あれからもう数年、あの頃別れた彼は今頃元気でやっているだろうか。偏食気味だったし何処かで倒れてはいないだろうか、流石にそれは無いか。弟がきっとそうはさせないだろう。

夕暮れ時の街を歩く。東京の街中は本当いつ来ても人で賑わっている。蘭とはあれから一度も出会っていない。そりゃそうだ。元から余り会えなかった人と道端で出会える確率なんて、きっと芸能人に会うくらいのパーセンテージなような気もする。

歌舞伎町の歓楽街。無料案内所の前で足をそっと止める。普段の私はホストクラブにも行かないしこの場所には飲みにも訪れないから来る理由が無い。けれどお金が欲しかった私はこの街に訪れたのだ。

私が付き合っている男が借金を作っていた。付き合っているだけだったし速攻縁を切ろうと思えば、知らぬ間に保証人にされていたのだ。勿論口論になったけど、闇金会社に脅されて金が必要だった。最低なクズ男と罵りたい所だけど、これは私の自業自得。バチが当たったのだ。あの日、蘭と別れてから私は蘭を忘れられなかった。蘭が最後に言った言葉を1日も忘れた事は無かった。それでも単にあの場で言っただけだって、そんなこと実際には起こらないって、と毎日繰り返し言い聞かせる日々。自分から別れ切り出しといて一人でも大丈夫だと思ったのに、全然大丈夫ではなかったのだ。このままではいけないと飲み屋で知り合った男に告白をされた際、いい加減前を向こうと決めて付き合ったのが今の彼氏である。

未だに蘭の笑った顔や眠そうな顔、よく食べていた物なんかも思い出せてしまう私は我ながら気持ちが悪いとさえ感じてしまう。それでも別れた以上連絡なんて勿論取れるはずがなくて気付けば数年も経ってしまっている。蘭だって今更あの日の約束なんて覚えていないだろう。

段々と街が暗闇に溶けていく中、ぼおっとしていると見知らぬ人が私の肩にポンポンと手を当てる。

「…はい?」
「え!もう後ろから美人さんだなって思ってたんすけど、マジで本物の美人さんじゃん!!今暇かな?」

スカウトマンと呼ばれる人物であろう男が私の前に立ち、当たり障りのないテンプレ的なセリフを笑顔で言い放つ。

「…暇って言ったら?」
「ちょっとお話したいなぁなんて思ってさ!あーやっぱお姉さんマジで可愛いね。こんなとこで立ち止まっちゃってどうしたの?友達でも待ってる?」
「別に待ってないけど…」

スラスラ出てくる言葉に少々たじらいながらも目を合わせると、目の前の男はニッコリ笑ったのだ。

「んじゃあお姉さんワケありっしょ?俺で良ければ話聞くよ?」
「…聞いたらどうするの?」
「んー、そうねぇ。お姉さんが例えばだけど金に困ってんならお仕事紹介出来るよ。お姉さんちなみに今いくつ?」
「28」
「えっ!?見えない!めっちゃくちゃ綺麗で可愛いからさぁ。肌のケアもちゃんとしてるっしょ!?俺分かるんだよなぁそういうの。あっこれ俺の特技ね!人のこと見分けられんの!」

モブ山と名乗ったその男はそれはもうよく喋る。その後もベラベラと身振り手振りの動作を大きくして話し続けその感じを見る限り、もう手馴れた人なのだろうなと思える。暫く話をしているとモブ山は腰に両手を当て罰が悪そうな表情を浮かべた。

「あー、お姉さんマジで悪いんだけどさぁ、未経験で28ってなるとサバを読んでも…キャバは厳しいっつーか。いやマジで俺だったら指名しちゃうくらい若くて綺麗なんだけどね!?」
「いいよ。風俗で」
「だよねぇ、やっぱりキャバのがいいよね…え"っ!マジで?」

鳩に豆鉄砲食らった顔をしたモブ山は私が風俗を了承すると思っていなかったのだろう。どうせ今更キャバで1から働くには未経験だし時間が足りない。この歳で自分が風俗落ちするだなんて思ってもみなかったけど、お金を直ぐに作るにはこの方法しかないと分かっていたから。まだ驚いているモブ山に視線を合わせ私は薄く笑って口を開く。

「お金が欲しいの。だから日払いの所があれば有難いんだけど」
「よっ喜んで!じゃなくてどういうのが良いとかある?ピンサロとかデリヘル、色々あるんだけど」
「よく仕組み分かんないからどれでも良いよ」
「まじでっ!?」

スカウトが仕事な癖に"そんな即座に俺が決めちゃって良いわけ!?"的な顔を浮かべるモブ山、ぶっちゃけこの仕事よりも向いている仕事が絶対にあるだろうに。言わない代わりに私が頷けばモブ山は速攻で今丁度人手が足りない店があると私の手を引き、その足で向かう事になった。

店に着くまで考えているのはずっと同じこと。お金を返したらあの男とはスッパリ別れる。忘れようと思って別の人と付き合ってしまった私にも非があるのだ。借金の原因はクズ男が悪いし、勝手に保証人にさせられていたことにも腹は非常に立つけれど、保証人にされてしまった以上闇金業者に追い回されて最悪死ぬのだけは避けたい。それでなくとももう私は終わったようなものだけど。






「店長いますぅ?働きたいっていう子連れてきやしたぁ」

一生足を踏み入れる事はないであろうと思っていた怪しげな看板の店の階段を上がり、その扉を開ければ正しく男にとっては夢の国。狭い個室が何部屋かあって、そこに女の子が客に夢を与えているのだろう。

ここまで平然を装ってきたけれど、やっぱり心臓はバクバク音を鳴らしているし緊張も伴って足が今にも震えそうだ。覚悟してきた筈なのに、体はやはり正直である。
モブ山が手招きする方へ着いていき俯いていた顔を上げると、如何にも柄が悪そうな店長と呼ばれた男性と、スーツを来た男が一人……あれ?

「おっ!当たりじゃねぇの!やるなぁモブ山チャン」
「へへっ。い"っ!?ぁざっす!」

ガラ悪店長がモブ山の肩をべシンッと叩く。結構な音がしたと思うがそれどころではなくて。髪型も違う、色も違う、昔は無かった首の刺青。でも分かる。店長の横で座っていた男は蘭だ。

「店長に自己紹介してくんね?」
「あ、えっと」

声の端が勝手に小さくなる。蘭にそろりと目を向ければ煙草を深く吸い込み、そして目が合う。ドキンと胸が音を立てて名前を言ったらバレてしまうと思うと口は中々開けない。

「あれ?すんませんこの子ナマエって名前なんすけど、ちょっと緊張しちゃってるみたいで。金欲しいみたいで働きたいみたいなんすよ」

モブ山、事情を知らないのだから仕方がないが呆気なく私の名前が蘭の耳に届き、モブ山をそっと睨みつける。勿論本人にはバレていない、というか店長と話し込んでいる。よりにもよって街中歩いていても出会えなかった人とどうしてこんな場所で出会ってしまうのだと気分は一気に冷え込み、体には変な汗が流れる。

「じゃあナマエちゃんいつから働ける?明日からでもいい?」
「あ、」

どうしよう。いつの間にか私がもう入店する底で話は進んでしまったらしく、頷くしかないのだけれど蘭の前で頷きたくなんか無かった。それでももうやっぱり辞めますとは言えず首を縦に振ろうとしたとき、蘭は煙草を押し潰すと座っていた椅子から腰を上げて私を見下ろした。

「ナマエちゃん金幾らほしーの?」
「…へ?」

私を見下ろす蘭は昔と変わらない声のトーンで昔と同じようにタレ目がちな目元を下げてニコリと笑いかけた。でも昔のようにナマエではなくちゃん付けだけど。

「灰谷さん、この子に興味あるんですか?ンなら最初の客は灰谷さ」
「うるせェよ。今俺とコイツが話してんだろ。死にてぇの?」
「ひっ、滅相もありやせん!どうぞお好きにお話して下さいませ!」

ガラ悪店長は蘭の一等低く放った声音にピシャリと口を閉める。モブ山も同様背筋を正して私の後ろへさっと逃げるように2歩ほど下がった。

「で、ナマエちゃんは幾らほしーの?」
「に、200万…」
「200万、ね。それ借金?お前が作ったの?」

ふるふると首を横に振ると蘭は暫し黙り込む。少し考えた素振りを見せると蘭は私に着いてこいと手を引いたのだ。

「あ、らっらん!」
「あー店長コイツ俺の知り合いだから働かせる事出来ねぇワ。スカウト君もわざわざ悪いねェ。別のコ探して来てくれる?」
「「うっうす!」」

笑っているのにどこか冷ややかな蘭の笑顔はその場を凍りつかせるには十分であった。先程上がった階段を今度は蘭に手を引かれ早足で降りる。その間も蘭は私の方を一切見ず少し歩いた先に停められていた車へ向かうと、助手席に座れとドアを開ける。

「らっらんだよね?」
「んー、蘭に見えなきゃ誰に見えんの?」

意地悪い言い方をする蘭に何にも言い返す事は出来ずに心臓だけが音を立てる。蘭は煙草をまた一本取り出すとカチッとオイルライターの音を鳴らし車窓をほんの少し開けて吐いた煙を逃がす。

「なんでこんな事になってんだよ」
「こんな事って…」
「だぁから何でお前が借金背負うようになったのか聞いてんの」

付き合っていた頃には聞いたことのない声音が私の耳へと通過していき、その声は怒っているように聞き取れるから顔を俯かせてしまう。

「つっ付き合っている人が借金してて、その保証人が…私になってて」
「はぁ?」

蘭は私に顔を向ける。それが怖くてどうしようもない。知られたくなかったし言いたくなかったけれど、きっと蘭にはバレてしまう気がしたのだ。小さな舌打ちを蘭がすると、私の膝に置いた手は勝手に力がぎゅうっと込められる。車内のBGMは無音であり、車のエンジン音と車窓から入る風の音だけがやけに響いて聞こえてくる。蘭がもう一度煙草を深く吸って煙を吐き出すと、彼は走らせていた車を人気の少ない道まで移動させ停車させた。

「…お前俺との約束忘れたの?」
「…へ?」
「覚えてねェの?俺がお前に言ったこと」

蘭は灰皿に煙草を押し潰し、私の頭を引き寄せキスをする。あの頃と変わらない香水と初めてする煙草の味。唇が離れてもまだ目を丸くさせる私に、眉を下げて悲しげな顔をした表情をしている蘭が私を見つめる。

「俺はずっと覚えてたけど?"次会ったらお前と結婚する"って話」


蘭はあの日、私に言ったのだ。

『今はお前の言う通り別れてやるけど、次会った時はお前が誰と何してようが攫って結婚するから』と。

その場では「何その冗談」とか言って濁してしまったけれど、蘭は私が部屋を出ていく際に「好きなのに別れてやるんだからそんくれぇの事は覚悟しとけ」と薄く笑った。

だから私は余計と蘭が忘れられなかった。別れてから今日までの10年間、街を歩く度何処かに蘭が居るのではないかと探してしまう日々。別れるって言ったのは自分の方なのに結局私は蘭が好きでいる事に変わりはなくて。口約束なんてこんなに年月が経てば時効だろうとも思ったし、元より約束事を余り好まない蘭の事だから本気にしちゃいけないなんて思って、そんな自分にまた別れた事を後悔して。忘れる為に他の人と付き合ったのに、それでもまた蘭を何処かで探してしまっている自分がいた。

「…蘭が約束覚えているとは思わなくて」
「自分からあんな約束しといて忘れねェよ。好きだけど別れてやるってあの時ちゃんと言ったろうが」
「…そうだけど、そうだけどさぁ」
「……左手かして?」

言葉に詰まってしまった私は泣きそうになりながらも左手をそっと蘭に差し出すと薬指そっとなぞるように撫でる。

「どの道攫う予定だったけどお前が結婚してなくて安心したわ」
「…え」
「お前その借金男が好きなワケ?」

蘭の口調に怒りは見えず、寧ろ少し頼りない声で呟いた。ナビの明かりでは蘭が今どんな顔をしているのか分かりづらいけれど、いつも見ていた余裕のある表情を浮かべていない事だけは確かだと思う。

「…好きだったらこんな蘭のこと毎日考えてないよ」

私の左手に重ねていた蘭の手をそっと握り返すと、伏し目がちだった蘭の瞳と視線が合わさる。

「別れた次の日から後悔してて…蘭の言った約束なんて真に受けちゃダメだって思ってたのに街歩く度に蘭探しちゃって。っ自分から言ったのにずっと未練タラタラでこのままじゃいけないと思ったから最低だけど彼氏作って…でもやっぱり蘭の方が…格好良くて優しくて、好きだと思っちゃう私がいる」

私の言葉を最後まで静かに聞き終えた蘭は私の手をそっと離す。そしてその手であの別れた日のように頭をポンポンと撫でると、私の頭を引いてコツンとおでこを合わせた。

「らっらん!?」
「別れてからもお前が俺を忘れねぇようにそう仕向けたの」
「はい??」

鼻先が触れ合う距離で蘭の目が私を直視する。驚いて咄嗟に体を動かそうとすると蘭は逃がさないと2回目のキスをそのまま私に落とした。唇が離れ、ぽぉっと熱くなる頬が昼間でなくて良かったと安堵してしまう程、私の顔は今熱で侵されている。

「別れる前も別れた後も俺はお前がずっと好きだったよ。忘れたことはねぇし付き合ってた頃携帯でお前と撮った写メ、スマホにまで入れちゃってる始末なの」
「うっうそだぁ」
「嘘じゃねぇよ。俺お前と付き合ってから誰とも付き合ってねぇし遊んでもねぇの」
「そっ、それは流石に嘘でしょ…?」

蘭はクスクスと上品に笑う。こういう時の蘭は私をからかっている事が分かるし、本音がどちらかなんて蘭にしか分からない。嘘だ!しか出てこない私に蘭は言う。

「ぜぇんぶ本当。だからお前が今日風俗嬢になろうとしたのもマジで肝が冷えたし連れて来た野郎もぶっ殺そうと思ったし、俺こんな好きなのにお前は別の男と付き合って借金まで払おうとしてんの、かなり今もムカついてるし俺の心情めっちゃくちゃよ?これでもすげー我慢してんだワ」
「えっあ、そっそれはゴメンね」
「はぁ…いーよ。もう絶対ェ俺から離れねェって誓うなら許してやる」

蘭の気持ちをちゃんと聞くだなんて初めてだったから、少なからず私は今変な顔をしている自信がある。今まで聞いても適当に流されるだけだったのに。気持ちを表にあまり出さない彼は何処と無く言い慣れていない様子がまるで子供のようにも思える。

「でもわたし借金が」
「まだ言ってんの?ンなのお前が払う必要さらさらねェし俺に任せときゃいいから。つかもう頼むから他の男のこと考えないでくれる?結構俺、ヤバいんだけど?」

ムスッとした声に私はキョトンとすると小さく笑いがこぼれてしまった。今こうして近くにいる蘭にホッとしてしまっている事も事実、約束を覚えてくれていたことも嬉しくて、蘭の本音も沢山聞けて、気を抜けば涙が出てしまいそうだ。

「…こんな私でもお嫁さんにしてくれるの?」
「こんな俺を好きでいてくれて相手に出来ンのなんてお前しかいねェよ」

絶対そんな事はないって思ったけれど、嬉しいから黙っておく事にする。大の大人が付き合い初めの頃のように新鮮さを取り戻してしまって何だかおかしな気分。

蘭はふぅやれやれと言いたげに車を走らせようとエンジンを掛ける。私は何故か今とても言いたくなって蘭のスーツの袖をちょん、と引っ張った。

「あ?」
「らん、私の事を好きでいてくれてありがとう。私これからもずっと蘭の事を大好きでいてもいい?」

蘭は前方を向いていた顔をサッと此方に向けると瞬きを数回、握っていたハンドルに頭をコツンと当て、数秒の沈黙後、眉を顰めて例えようのない顔を此方にサッと向けた。





「あー…ンな可愛いこと言ってさァ。こっちは10年ご無沙汰だっつってんだろうが。…お前帰ったらマジで覚えておけよ」



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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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