小説 | ナノ

目が眩む程の恋愛を


※梵天軸

※好きな子が押しに弱いと知って押しまくる三途の話


「彼氏が欲しい」

私の言葉に春千夜は酒が注がれたグラスに口付ける手を止めた。
昔ながらの同級生、三途春千夜。成人してもたまにこうしてご飯を一緒に食べるくらいには仲が良い。春千夜の誘いはいつも突然。唐突な誘いは支度だったりその日の予定もあったりするから困ると彼に言った事もあったけれど、彼の仕事上約束を取り付けても土壇場になって仕事が入ったりしてしまう事もあるらしく仕方がないと前に言われた。だから今日の食事もお昼頃にいきなり『今日飯行こうぜ』と連絡が来て今に至る。

「んじゃ俺がなってやろォか?お前の男ォ」
「軽いなぁめちゃ軽い!でもありがとうっ。冗談でも嬉しいですっ」

春千夜が恥ずかしげも無く言うその「彼氏になってやろっか?」発言に私はサラりとテンプレのように躱す。この発言は今に始まった訳では無く、初めて言われたときはまだ確か学生時代の頃、友達にどんどん彼氏が出来て羨ましく感じた私は何気なく春千夜に私も彼氏欲しいと嘆いたときだったと思う。その時に今日のように春千夜が「じゃあ俺にする?」みたいな事を口にして、一瞬にしてポカンと間抜け面をした私に春千夜はすぐ様「冗談だワ」と言い我に返ったけれど。それからというもの、こういった話になる度に春千夜は私へその言葉を口にするので、私も同じように「ありがとう、でも大丈夫」と流すようになってしまったのである。

「ほんっと今更だけどさ、春千夜よく私にそれ言うけど他の女の子にも言ってるの?」
「ハ?言うわけねェだろ。お前バカァ?」

春千夜は悪びれもなく軽い悪態をつく。馬鹿って酷いな。まぁ春千夜は昔からこんな感じだから今更どうとも思わないけれど、学生時代の頃はそれなりに小さな喧嘩をしたものだ。大体私がぷんすか怒って結局春千夜が宥める役割が多かった気がする。

20代後半。周りはどんどん彼氏を作り結婚する友人達も少なくない。御祝儀貧乏とは正にこの事。今年だけで3回は結婚式に呼ばれたし。幸せそうな友人達を見ていると羨ましくなるのは必然的で、しかし元々私は昔から彼氏が出来ても長続きしない。その理由として過去の付き合ってきた男達に言われる言葉は決まって毎回同じだ。

「君、重すぎる」

これだ。重すぎると言われても好きな人には毎日好きと言われたいし、言いたい。連絡は毎日取りたいし、出来るならば少しの時間であっても一緒にいたい。これだけ聞けば普通のように思えるが私の場合は少し度が過ぎているらしい。初めの頃はニコニコと答えてくれていた元彼達。しかし次第にそれがキツいと言われフラれるばかり。男なんてもういらない!別れる度にそう思うのに、時間が経つと人肌恋しくなってしまうのだから私は恋愛気質なのかもしれない。

目の前でスマホを弄る春千夜を見るも友人に言われた言葉をふと思い出す。

「またフラれたの?もうそんなのアンタの性格知ってる男じゃなきゃ手に負えなくない?」

地味に刺々しい言葉を発する友人は物言いはキツいが私の親友である。そしてその言葉を言われ脳裏に浮かんだのは春千夜だ。だけどいくら恋愛気質な私でも今更春千夜を好きになる事も、またや春千夜が私を好きなんて事も考えられない。だって友人歴はもう十年を超える。それでも私と春千夜は二人で遊んでもそういった関係になる事は一度だって無かったのだから。

「春千夜はさ、モテるよね」
「ンだよいきなり。俺がモテねぇ訳ねェだろが」
「すっごい自信じゃん。羨ましいんですけど!って春千夜って彼女いないの?私あんまし春千夜の女関係聞いた事ないよね」

学生時代の頃から春千夜はモテていたのは知っている。俺様何様三途様な所があるけれど、何せ顔が昔から綺麗でかっこいい為目立っていた。だが春千夜も学生時代に付き合っていた女の子と長続きしていなかったなぁなんて、ツマミで頼んだ焼き鳥を頬張りながらそんなことを思い出した。

「あ?今は付き合ってる奴はいねェよ」
「そうなの?春千夜も昔彼女出来ても長続きしてなかったよね?んじゃセフレ?セフレはいるの?」

酒を飲んだ私は怖いものは無い。だから目の前の春千夜に普段聞かないような事だって恥ずかしげも無く聞いてしまえる。話題的に女子としてどうなのかとは思うけど。そして案の定春千夜は眉間に皺を寄せて苦笑を浮かべている。

「女がセフレだなんだ言うんじゃねェよ。ンなもん別にいねぇワ」
「ウソ!絶対ウソ!こんな顔の良い男、女がほっとかんて!」
「おめェ飲み過ぎもう水飲めや。っつかセフレは後が面倒くさくてそういう固定作ンのあんまし好きじゃねェの」
「出た!イケてる男の名台詞!私もそんなこと一度でいいから言ってみたい」
「うっぜー。つか女がそんな事ポイポイ言ってたら普通に引くワ」

春千夜は酒に酔っている私を適当にあしらい店員に水を注文する。程なくして店員は水を持ってきてくれたが私は水に手を出すことはなく、酒のグラスを片手にグビっとアルコールを体内に流し込んだ。最近仕事で忙しく中々お酒を飲む機会も無かったし、なんなら人と会うのですら久しぶりだった私は嬉しさでテンションが上がりお酒が美味しくて仕方がなかったのだ。それに比べてこの男、私とは違い全然酒に酔っていない様子である。私より酒を飲むペースが早い気クセに顔色が全く変わっていない。

「ふふふっ、はるちよ楽しい?」
「あん?楽しくなきゃ来ねェし誘わねェだろうな」
「そ?私もね、たのしい。あはは」
「そりゃ良かったねェ。つかてめェはさっさと水飲めホラ」

春千夜は私から酒のグラスを奪いその代わり水の入ったグラスを手渡す。へらへらと笑って私はそのまま水を飲むが、別にこれでアルコールが体内から消失される訳ではない。そんなことよりも私は目の前の長年のお友達、春千夜の恋愛事情を知りたくて堪らなかった。昔から聞いてもはぐらかされるだけで自分のことは余り教えてくれない春千夜。昔に何度聞いても「恋バナぁ?くだんね」とスルーされて話を逸らされてしまっていた為、成人過ぎてからは余りこういった話をすることは無かった。しかし今ならば聞けるかもしれないという謎の自信が酒に侵されている脳内で浮かび上がったのだ。

「春千夜って好きな人今いないの?ちなみに私はいない!」
「あっそォ。俺はいるゥ」
「は?…マジ?ほんとにいるの?好きな子?」
「ンなことで嘘つく必要ねェだろ。テメェから聞いてきたんだろうが」

素直に教えてくれた春千夜にちょっと、いやかなり驚いた。まさか本当に教えて下さるとは思わなくて。

「じゃっじゃあ冗談でも私に"彼氏になってやる"みたいな事言っちゃダメじゃん!おかしいじゃん!?私が本気にしたらどうすんの!?」
「何で?いーじゃん。俺の好きなヤツってお前だし」
「はえっ!?」

私の瞳に視線を合わせ春千夜は頬杖しながら言った。余りに自然に言うものだから私はつい飲んでいた水を吹き出してしまった。

「汚ねぇなぁ」
「あ、う。すみませ…」

春千夜はおしぼりで私の顔とテーブルを慣れた手つきで拭いていく。こんなサラッとした告白の仕方ってある?口を開け呆けた顔で春千夜をじっと見続ける私。春千夜は拭き終わると煙草に手を伸ばし一本オイルライターで火をつけた。そして私の反応が面白いのかニヤニヤと口元を上げて笑うのだ。

「ふっふふ。え?何オマエ。意識してくれちゃってんのォ?」
「えっ!?いや、えっ!?冗談だよね?そりゃびっくりするよ!」
「冗談なンかじゃねぇって。今日お前に好きって言おうと思ってたんだワ」
「はっはぁっ!?」

フゥっと白い煙を春千夜は私に吹き掛ける。私はそれを払うこと無くその告白に頭が真っ白になり顔が熱くなるも煙が目に染みて涙が滲む。

「ンだよ。俺に告られて嬉しくて泣いてンの?かぁいいなァ?」
「違うっ!けむりっ!煙草の煙が目に入ったの!」

慌てて否定するようにパタパタと自分の目の前を手で仰ぐけれど春千夜はケラケラと笑っている。今まで私が好きだというような素振り一度だって見せたこと無かったのに、急にそんなこと言われて平常心でいられる方が凄いと思う。

「で?どう?俺のオンナにならねェ?」
「いきなりそんなこと言われても…酔ってるんでしょ!絶対はるちよ酔ってる!騙されないからっ!」
「あん?こんな酒数杯程度で酔う訳ねェだろうが。至って素面だワ、酔ってンのはテメェだろバカ」

煙草の灰をトントン、と灰皿に落としながら、春千夜は私の返事を待つように頬杖ついて軽く首を傾げる。そしてもう一度深く煙草を肺に吸い込み煙を吐き出すと何時になく真剣に春千夜は言った。

「ずうっと好きだったよ。俺はお前が」
「あ、ちょっ、えっ。待って…待ってぇ…」
「普通に待っとるワ。いつから好きかっつーのはもう覚えてねェけどよ。今でもずっと俺はお前が好きなの」
「はっはるちよ彼女も居たことあるじゃん」
「そりゃあ俺も男なンで……仕方ねェだろ。お互い様じゃねェの?」
「えっ!?仕方ないの!?ってかお互い様って意味分かんないんだけど!」

私の目の前の男は私を好きだと言う。そんな事を言われたら意識しない方がおかしいし、胸は変にドキドキ音が鳴り出すし、春千夜の顔を見れなくなってしまった。それに気付いているのかいないのか、春千夜は口を開く。

「俺が女と長続きしなかった理由はお前を超える程の女がいなかったからァ。で?お前は?何でいつも付き合う野郎と長続きしねぇワケ?」
「わ、私は…重いって…言われるから」
「重い?何がだよ」
「あぁと…私は出来れば毎日連絡取りたいし、好きって言ってもらいたいし、いっぱい一緒にいたくて甘えちゃうから?それが普通の子より異常みたいで重いって…フラれちゃうんだけど」
「へぇ」

へぇって聞いといてその態度!?と思うけど、目先の春千夜に対してのドキドキが勝ってしまって私はそれ以上口を紡げない。さっきまで平気だったのに、今まで春千夜を意識した事なんてなかったのに。なんて私は単純で簡単チョロすぎ人間なのだろう。春千夜は灰皿にジュッと煙草を押し潰すと私をまたジッと見つめるのだ。

「いーじゃん。俺もお前だったらおんなじ気持ちになっちまうワ」
「え?いやいや。私普通と違うらしいんだって。私執着心?とかそういうの人一倍強いみたいで、好きになっちゃったら一直線でずっと私だけ見ていて欲しいし、一緒に寝るときとかぎゅうとかして欲しいし言葉も欲しいし確かに私自分でも重いって思うもん。ってか春千夜そもそもそんなタイプじゃないでしょ?」

自分で自分をディスるなんて情けないし悲しいとは思うけど、自分自身のことは私が一番分かっている。抑えなきゃとか思ってみてもすぐに不安に陥ったりすると、相手に言葉や行動で示して貰いたくなってしまう面倒な女である事は確かなのだ。

「なんでオメーが決めつけンだよ。つかお前が俺の女になってくれンならそれ全部愛すこと出来るし、不安にさせねェぐらい大事にしてやる自信あっけど?」
「あっと…」
「ずっとお前のこと見てれるぐらい俺はお前が好きだし、一緒に寝んのだってずっと抱きしめてやんワ。好きとか大好きとか言葉欲しいンだったら幾らでも言ってやるけどぉ?」
「はるちよ!恥ずいっ!やめてっ!ここ居酒屋!」
「個室だから関係ねェって。ってか俺がここまでナマエに言ってやってんの。素直に俺にしとけはいいンじゃねェの?損はさねぇよ」

やっぱり私は単細胞な女であることをここに宣言する。顔を両手で覆ってみてもきっと私は顔も耳ももしくは全身までも真っ赤で熱を上げて今にも沸騰してしまいそう。今日春千夜に会うまでは全く彼に対して恋愛感情なんて湧かなかったのに、心が揺さぶられてしまっているんだもん。両手で覆った指の隙間からチラッと見る春千夜は何処か勝ち誇った顔をしていて、「違うもん!」とか文句の一つ言ってやりたいのに、そんな言葉が全く口から出て来ない。

「お前ってさァ、昔っから思ってたけど押しに弱ェよなァ?大体男から告られンのに付き合ってフラれんの。お互いの事知る前に流されっから別れンだよ」
「…はっ春千夜のクセにまともな事言わないでよ」
「ばーか。俺はいつもまともだワ。お前が学習しねェだけ」

春千夜は私に笑いかける。…ぐうの音も出ない春千夜の言葉を最後に私はついに黙り込んでしまった。春千夜の口から出た告白の言葉も恥ずかしいし、春千夜に言われた言葉は正論だし、春千夜の顔を見れないし。もしかしたら私は恋をしてきた男性の中で一番ドキドキしてしまっているのかもしれない。こんなにド直球でストレートに好きを伝えてくれる人は初めてだったから。

「お前"一押し二金三男"って言葉しってっか?」
「…しらない」
「女を落とすにはァ一番は押しの強さでェ、二番目に金ェ。ンで最後が男前っつゥ意味」
「ん?」
「俺、全部それ兼ねてンだワ」

フラれることは有り得ないというかのように春千夜はドヤ顔で私に言う。普通なら絶対に自分で言ったら恥ずかしい事だと思うのだけど、その通りだと頷いてしまう程には私の心の中に春千夜で埋め尽くされていっている気がしてならない。

私が惚れやすいのか、春千夜の急な押しが強いのか。

春千夜はグラスに注いであった残り僅かな酒を飲み干すと、私のバッグを手に持ち腕を引く。

「あっはるちよ?」
「あ?いつまでもこんなとこで飲んでても仕方ねェだろ。俺ンちかお前ンち。はよ選べ」
「急すぎせっかち過ぎ!待ってほんとっ!心が追いつかないし二番とか三番とかいるなら…イヤなんです、けど」
「ハァ?ったくおめェわよォ」
「っわ!」

春千夜は私の言葉に眉間へ皺を寄せるとしゃがみ込む。そして座ったまま動けないでいた私の腕をそのまま引き寄せたかと思うと、柔らかな薄い唇の感触が私の唇へと伝った。

「言ったろうが。おめぇが心配するような女はいねェって。それにずっとテメェが好きだったってよォ。好きな女と会えンの毎回楽しみにしてたぐらいにはお前が大事なの。誰が好きな女落としてェのに他の女に手ェ出す馬鹿いるかよ」

唇が離れ、友人歴十数年になろうとしている至近距離の春千夜の顔が赤らめいている。そんな彼の顔を見るのは初めてだった。狡すぎだよ、こんなの。

「…これでも今日結構緊張してたんだワ」

そしてこの言葉は私を確定とした恋に突き落としていく瞬間でもあった。胸は高鳴りから更にキュンと音を変え春千夜なら受け止めてくれるのかなって思ってしまった。
春千夜はふぅと小さく息を吐き私の髪をサラりと撫でたかと思うと、それはもう優しく、満足気に口元は弧を描いている。




「安心しろって。お前の可愛い束縛やらなんやらよりも俺のが断然重い自信あっからよォ」





Title By 子猫恋

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