小説 | ナノ

恋は何処で落ちるか分からない


※梵天軸

※人は何処で恋に落ちるか分かんないよね!っていう話


好きな人に好きになって貰えるのなら、多少の努力は惜しまない。その人の目に留まれるのなら好みに寄せたいと思うし、素の自分を少しぐらい隠す事だって悪いことでは無いと私は考えている。だって好きな人には何時だって可愛いと思われたいもん。


「春千夜君、すき」
「どーもォ。気持ちだけ有難く受け取っとくワ」
「付き合って欲しい」
「生憎オンナに困ってねェの」

振られた。また春千夜君に振られた。涙が滲んでくるのが分かる。だって鼻がツンとしてきて痛いもん。でも泣いたらきっと春千夜君は面倒くさそうに溜息吐いて帰っちゃう気がするから絶対泣かない。彼女いないって言ってた癖に女に困ってないってどういう事かめちゃくちゃ気になるけど、聞いたら絶対明日の私は目が腫れていると思うので聞けない。

「ひどいっ!わたし本気っ!めちゃくちゃ本気で言ってるのに!」
「俺も本気で答えてンだろうが。オンナはいらねぇってよォ」
「ヤダ!諦めたくないっ」
「そういうとこマジでガキ」

キャンキャン喚く私に春千夜君は片眉を下げて笑う。その一仕草も、一門一句も、悔しいけれど全て大好きだと思えてしまう私は春千夜君ガチ勢と言えよう。返す言葉が見つからず口を尖らす私に対し、春千夜君はどうでも良い事のように煙草を深く吸い込んだ。

人が恋に落ちる瞬間は百人百様だ。
例えば異性の意外な一面を見たとき、落ち込んでいる時に優しくされたとき、はたまた自分の知りえない事を教えてくれる知的さに惹かれてしまったとき…。

何気ない毎日の中で恋をするピースはいくらでも落ちていると思う。そのピースがはまるかどうかは別の話だけれど。


そんな私が恋をした経緯はこうである。





私はパチンコ店でバイトとして働いていた。理由は簡単で、そこのパチンコ店の制服が可愛かったから。黄色がメインカラーの黒のチェックのベストとプリーツ調のミニキュロット。おい、あんたアイドルか?って思わせるぐらい可愛かったのだ。着てみたかった、それだけである。

貯玉やメダルの枚数を確認する際は箱が重いからちょっと力がいるけれど、慣れるとなんて事はない。お客さんは若い人からご老人までと幅が広く、「キセル叩いて激アツのクセに外したけどどうなってんの?」と怒っている方もいれば、「フリーズ!ちょっフリーズ引いた!」と大興奮していたり、「勝ったからあげる」と景品のお菓子を下さる方もいる。

怒られるのは嫌だけど、何だかんだこの仕事が嫌いではなかったのでそれなりに楽しんでいたそんなある日。バイトを終え店外に出ると一人の青年が店先の前でしゃがむように座り込んでいた。

「あ?何?」
「あっいえっ」
「……」

気怠そうに煙草を吹かし上目で私を見たその彼と視線が合わさると、私の体の何かが心臓を貫いた。ピンクのウルフカットに耳にじゃらつく幾つものピアス、整った鼻筋と大きな目に長い睫毛。全てが私の好みにドンピシャだったのだ。

「…パチンコやられるんですか?」
「あー…やんねェやんねェ。うるせェとこは嫌いだし好きじゃねェ」
「そ、なんですか」

バイトを終えた普段の私は常連さんでも無ければ会釈程度でいつもは通す。しかし自分から話しかけてしまった。無視されてしまうかと思ったけれど、彼は答えてくれたのだ。

「あの、誰か待ってるんですか?」
「ん?…そーそー。俺の仲間が店ン中に知り合いがいるらしいから探しに行っててソレ待ってンの。マジおせー」

春千夜君はくあっと大きな欠伸をしたかと思うと立ち上がり、吸っていた煙草を地面に落とすと如何にも高価そうな靴で吸殻を踏み潰した。そして私に視線を移し、口角を上げて薄く目を細めたのだ。



もう、一目惚れだった。







「あのとき春千夜君をご飯に誘って良かったぁって今でも思いますっ」
「あ?あれはオメーがあんまりにも必死だったから俺の良心が引き止めたの。コイツ多分しつけぇぞってさァ」
「後半っ!後半部分言わなくても良い事ですよ!それは胸に留めておくの!」

春千夜君は酒が注がれたグラスを手に持ちケラケラと笑う。私だって普段であればもうちょっと考えて行動する。でも今日逃したらまた会える保証は無いと思ったから、頭で考えるよりも先に口から言葉が出てしまったのだ。

「あ」
「……なんですかぁ」
「お前この間誕生日っつってたろ」
「おっ覚えていてくれてたんですか!?」

気分は少しばかり落ち込んでいたのに、春千夜君が私の誕生日を覚えていてくれていたという事だけで「今日一日幸せでした!」と言えるほど顔は瞬く間に喜びで満ちていく。春千夜君はクラッチバッグから何かを取り出すとカウンターテーブルにそっと置いた。

「ハタチのたんじょーびオメデトー」
「ありが……ん?これ、は?」
「犬用のジャーキー。見りゃ分かんだろバカかよ」
「それは…分かるけど。え?」
「事務所にあったから持って来てやったんだワ。これやっから有難く貰っとけ」
「んん?もしかして春千夜君、これはプレゼント…?」
「あん?どう見てもプレゼントだろうがよ」

目の前に置かれた犬用のジャーキー。こんなプレゼント人生で初めて貰ったよ。わたし、人だよ?犬じゃないよ? ってか会社に犬用のエサがなんであるの?問いたい事は沢山浮かんだが、春千夜君に顔を向けると楽しいと言わんばかりの笑みで頬杖ついて私の反応を伺っていたから諦めた。

「うぅ…ありがとうございます。コレは実家に帰ったときポチにあげたいと思います…」
「あ?なにオメー犬飼ってんの?」
「はい…可愛いんですよホラ」

スマホから愛犬の写真を出すと、春千夜君は「ふぅん」と余り興味の無さそうに画面を覗く。



「ハッ、犬が犬飼ってるとかウケる」



私、なんで春千夜君が好きなんだろう?と時々思う。






春千夜君は上げて落とすのが上手い人だと思っている。その逆も然り。ひどいことを言われたと思ったら、その次の言動は優しいものであったり。私に興味が無い癖に、こうして誘ってみれば時間を見つけて会いに来てくれる。素直に好きって言ってみたって、お洒落してみたって、手作りのお菓子をあげてみたって春千夜君は顔色一つ変えてもくれない。しかし諦めろと言う割に突き放す事をしない春千夜君の事をどうやって諦める事が出来ようか。

「…やっぱり春千夜君の彼女になりたい」
「まぁだ言ってンのかよ。お前みたいなガキはお呼びじゃねぇ」
「…じゃあ大人っぽくなったら付き合ってくれるんですか?」

春千夜君は黙り込む。それが珍しくて体に少しの緊張が走った。春千夜君の瞳が私の体をまじまじと眺めるように見るものだから、途端に恥ずかしくなった私が話題を変えようと思ったとき、春千夜君はハン、と鼻を鳴らした。

「ンなお子ちゃま体型じゃオニーサンそそられねェわぁ」
「ひっひどいっ!わっ私だって!私だってその気になれば春千夜君の喜ぶこと一つや二つ…!」
「へぇ。その気になればどんなことしてくれンの?」
「えっあ、へ?」
「ホラ言ってみ?ナマエチャンよォ」

カウンター席に座っているせいで、春千夜君はあからさまにニヤァっと笑って距離を詰めてくる。煙草の仄かな香りと香水の匂い。普段こんなに春千夜君が距離を詰めて来ることがなかったせいで心臓は急速に音を上げる。

「あ…えっと頭撫でたり、いっ一緒に寝たり…?」
「ゲェッ、ソレ全部テメーの願望だろうがよ」
「ハッ!!」

即座に効果音がなるほど顔を染めた私に、春千夜君は大きなお口を開けて笑うから慌てて私は言葉を繋ぐ。

「はっはるちよ君の食べたい物作ったり、お風呂沸かしたりそっ掃除したりとか!?」
「家政婦かよ」
「うっ」

だって春千夜君の喜びそうな事って分かんない。私は春千夜君が彼氏になってくれたらしてみたいことは沢山あるけれど、春千夜君はどんな物を求めるかなんて自分から言ってしまったが分かる訳がなかった。しょぼくれる私に春千夜君は更に止めを刺すような言葉を吐き出した。

「オメーみたいに言う奴なんざたっくさん居るンだわ。ンで頼んでもねェのにズカズカ人ン中に入って来んの。そういうの好きじゃねェ」
「ッ入んないもん」
「人間皆いつの間にか勝手にそうなんだよ。それにテメーはまだハタチだろうが。付き合ってくんねェ男に何時までも時間割いて無駄だと思わないワケェ?」
「む、無駄じゃないし…私そんなに春千夜君と歳変わんないじゃんか」
「あ?頭の年齢が違ェの。男が欲しいンなら年相応の奴見つけろ。発想は大変カワイらしーからそこら漁ればすぐ出来ンだろ」

好きな人にこんな事言われて我慢が出来る訳がなかった。瞬きを二回もすれば涙は溢れ出し頬へと流れ落ちていく。泣く女はよくない。多分きっと春千夜君は嫌いだと思う。

「うぇっ、ふっ」

遂に嗚咽まで漏れだしたとき、背後から聞き覚えのない声が聞こえた。



「あー、三途オンナ泣かせたら駄目じゃん。だからモテねぇんだよ」


振り返るとそこに立っていたのは、顔付きが良く似た二人の男性だった。三途さんは「ちっ」とあからさまに嫌な顔をして舌打ちをするが、この二人はそんな三途さんに対し呆気からんとしている。

「おいヤク中、この子ガチ泣きしてんじゃん」
「うるせぇ、とっとと消えろ」
「可哀想、どーせ三途に虐められたンでしょ。オニイサンが慰めてあげよっか?」

髪型がオールバック調の男性はさり気なく横に座ると私の顔を覗き込む。

「あ?何この子、めっちゃ可愛いじゃん。俺タイプだワ名前なんつーの?」
「兄ちゃん三途のお下がりは辞めとけよ。絶対ェ後からうぜぇから」

涙は止まり、隣に座る男を凝視すると穏やかな笑みを浮かべている。さり気なく私の頭を撫でるように髪を指に絡みつけくるくると遊び出した。

「…ナマエです、けど」
「ナマエチャン、ね。こんなドピンクより俺らと飲まねェ?」
「あ、でもわたし」
「泣かすような男より楽しい男のが良いでしょ?竜胆もこの子結構タイプだろ」
「えっ!?あ………まぁ、ウン」
「あ、コイツ俺の弟の竜胆つーんだけどォ、ナマエチャン可愛くて緊張しちゃってるみたい」
「ハァ!?別にンな訳じゃねぇし!」

竜胆と呼ばれたその男は私の顔を見るなりさっと目線を逸らす。

何なんだこの人たちは。そろりと春千夜君に目を向けると機嫌がすこぶる悪いのか眉間に皺を寄せたまま煙草を吸っている。

「な?あっちで飲み直さねェ?三途なんかほっといてさァ」
「いや、わたしは…」
「イカれヤク中に構うよりもさ、兄ちゃ…兄貴の言う通りにした方が良いと思うけど」

なんかいきなり来た男の人達に流されてしまっている気がする。優し気な口調で笑顔を絶やさない隣に座る彼は私と目が合うと「どう?」と微笑んだ。

「……興味無いので」
「は?」

オールバックの彼はタレ目がちな目を大きく開け丸くさせる。私の口から出た言葉と低い声、それと断られると思っていなかったからだろう。その彼の横にいた竜胆さんとやらも同じような顔をしていた。

「わたしが春千夜君に会いたくて自分から誘ったんです。だからあなた達に興味ないです、すみません」
「は?…は?」
「っていうか知り合いか存じませんがいきなり来て春千夜君の事ドピンクとかイカれてるだとか中傷するの止めて貰えません?普通に引く。こんな格好良い人何処にもいないしピンクが似合う男なんて春千夜君以外いないでしょうが」
「へ?…あーウン?いや、でもコイツまじで毎度スクラップとか意味わかんねーこと、」
「春千夜君は何言っても可愛いし格好良いからいいんです!ってかまぁ今しがたこっぴどく振られちゃったトコですけど!!」
「ソッソウダネ??ってか振られたんだ?」

苦笑を浮かべるオールバックの男の横で、竜胆さんは肩を震わせている。多分だけど笑っているように思う。

グビっと残った酒を勢い良く飲み干しカタンと音を立てグラスを置けば、その場に居た男達は私へと視線を注ぐ。



「私こんなんなのでよく軽い女に見られる事があるんですけど、好きでも何でも無い男にホイホイ着いていくほど安いオンナにはなりたくないので」



シンと静まった空間。言ってしまった。春千夜君の前でこんなことを。最悪な展開過ぎる。春千夜君の前ではせめて可愛い女で最後までいたかったのに。

私は何故か昔から好きな人に依存しやすいせいかチョロく見られることが多かった。だけどそうなるのは誰にでもって訳では勿論ない。好きな人にだけ、だ。そして私は人より物をハッキリ言う性があり、昔から友人達に悩み事等を相談される事が多かった。笑顔になってくれる子もいれば、やっぱりその気は無くとも多少傷付けてしまう事もあった。それが嫌で自分の事をいつの間にか偽っていたし、好きな男の前では尚更こんなキツい物言いをする自分を見せたく無かったのだ。

もう完璧ダメだ。今日は家帰って酒飲んで泣いて寝よう。

そう思って春千夜君に顔を向けると、絶句。
春千夜君は私の顔を見て引くどころかニッコリと口元の傷を上げて意味深に笑っていた。

「は、はるちよ君?」
「あ?いや、っふ。オマエ押されたら何処ぞの男でもコロりといっちまいそうなのにちゃんと断れんだな」
「……そりゃ興味のない人に誘われたって嬉しくないし、ヤリモクが丸見えじゃないですか。…そんな女になりたくないですもん」
「ブッッ!それが利口だわな。んでもコイツに誘われて断ってるオンナなんか初めて見たワ」

フラれてしまったし、もう仕方がないから可愛こぶるのは止めて本音を告げる。そんな肩を落とす私とは対照的に春千夜君はお腹が捩れそうな位笑っていた。隣に座っている二人組は信じられない!とでも言うような顔を浮かべているし。

顔がどれ程良くたって、私は好きな人とじゃなければ一緒には居られない。こういう大人の遊び感覚という物が備わっていないから、余計に私は春千夜君に子供扱いされてしまったのかも知れない。

「あっ!?」

春千夜君は長い指先で私の髪をサラりと撫でた。今まで私に触れることなんてしなかったのに。そして春千夜君はそのまた笑顔を崩さず言ったのだ。

「あー…なァんで俺今までお前の事好きにならなかったんだって思うワ」
「はい??」





「誕生日プレゼント、アレ何が欲しいか考えとけ。心底大事にしてやっからオメー後になって後悔すんなよ?」




私含め隣に座るお兄さん方は驚きの余り変な声が漏れた。私の心臓は激しく動悸し、春千夜君だけがその場でクスクスと笑っている。

そして春千夜君は次の日の夜、有言実行とでもいうかのように色々なショップに私を連れて行った。






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