小説 | ナノ

一人だって大丈夫だから


※梵天軸 ※× × × はモブ女の名前です。浮かびませんでした

※竜胆が好き過ぎて何もかも捧げたけれど、ダメだった話



私の恋人は在り来りな常識とはかけ離れた日常を送っている人だった。私の思う"普通"とは幾ら昔にヤンチャをしていたとしても、ある程度歳を重ねれば落ち着いて、一般の企業に就き所帯を持って子供を授かり、おじいちゃんおばあちゃんになってもそれなりに仲良く生活していく事だと思っている。

しかし私の恋人はその"普通"とは違う。
私の恋人は自分の過去を余り詳しく話したがらなかった。誰にだって話したくない事の一つや二つ、あると思う。だけど好きだからこそもっと彼を知りたいと思った。でも「話したくない」と言うのならば聞かないし、聞けない。彼が闇の中の人間だと知っても尚好きで一緒になりたいと、この先の人生をこの人に寄せたいと強く思えた存在は、これから見据える未来きっと彼一人だけだと思う。私にとっての平々凡々な毎日を覆した彼は、とても魅力的な人だったのだ。

紫色に染まったふわふわな彼の髪を見れば触れたくなって、流石に同じ色に染める勇気は無かったから淡い栗色に染めた。両耳に空いているピアスを見れば、私も彼と同じ様にその痛みを味わってみたくなって、ピアスを開けるキッカケにもなった。でも生まれてこの方自分の体に穴なんて開けたことの無かった私は、ピアッサーを手に持ったまま日和ってしまったのだ。

「ンなこえーなら俺が開けてやろっか」

高くも低くもない声音で健康的な色の長い腕を伸ばし、私の手からピアッサーを取る彼の顔に、何故だか分からないけど見惚れた。両耳に1つずつ、カチャンと静かに穴が空いた音がして、直ぐ熱を持ち出す耳朶は少なからず痛みが伴うけれど我慢は出来る。だけど知らずの内に目が潤んだ。そんな私を見て、彼は何も言わずに初めて私の唇に自身の唇をそっと宛てがったのだ。

「…竜胆君」
「……いーから黙ってて?」

彼はそのまま私の透明なファーストピアスが入った耳朶に舌を這わし、覆い被さるように組み敷いた。私はその歳、恥ずかしながら処女であり今までで感じたことのない緊張が体を襲って、それでいて怖いと感じるのに初めて目にする彼の余裕の無い表情に、いとも簡単に心を持っていかれた。

彼が私の上でふと髪を掻き上げたとき、ふわっと香る香水の匂いですら妖艶で、その香りはとても竜胆君に似合っていると思ったし、やっぱり格好良いと思ってしまったのだ。

それからの私は竜胆君と過ごすことになる。
世間で知られちゃいけないお仕事をしている竜胆君が、偶に外に遊びへ私を連れ出してくれたとき、周りの人達は彼が危ない仕事をしていると気が付く筈が無い。髪色は目立つけれど、普通に歩いている分には分からない筈なのだ。それでも女の子達の目はすれ違う度に竜胆君へと止まる。髪の毛もその顔立ちも、竜胆君そのものが人の目を引く存在であるからだと思う。他の女の子が竜胆君を見ているだけでむず痒い気持ちになって頬を膨らました私に、竜胆君は嬉しそうに笑って他の子に興味を示さず私に尽くしてくれるようになった。

FENDI、Dior、VUITTON、CHANELにGUCCI、Christian Louboutin。私はブランド物なんて買えるお金は持っていなかったし、その手のブランドは何が人気なのかも疎かった。だから彼が私に買い与えてくれる数々のプレゼントに少なからず動揺を隠せなかったのだ。

「こんなの貰えないよ。幾らしたのこれ」
「ん?値段なんかより誰が身につけるかだろ。お前は俺の女だからもっと自信持てっての」
「わたし…竜胆君の彼女なの?」
「…あ」

しまった、という様な顔をした竜胆君とは逆に、私は一気に顔が喜びに満ちていく。そんな私を見て何か言いたそうだったけれど、竜胆君は言葉にしない代わりに私の頭をぐしゃぐしゃと掻き回し抱き締めたのだ。





「あー…俺ら結婚しねェ?」
「え」

私の帰る場所がいつの間にか竜胆君の家になった頃、特別な日でも何でも無く、仕事から帰って来て私を見るなり彼は言った。

料理なんて今までした事の無かった私は卵焼きですら初めは作れなくて、雑誌を買ったりネットで調べたりと空いた時間を使っては勉強をしていた。その甲斐あってか竜胆君がコレ食べたい、アレ食べたいとのご要望にも今では多少の物ならレシピを見なくとも作れる様になった。そんな私がキッチンで夕食を作っていたときの出来事だ。

「けっこん…ケッコン……結婚!?」
「うん。…俺こんなんだからさ、届け出せねェのがワリィけど…あー、その」

口篭る彼に、私はお湯を沸かしていた鍋がグツグツと音を立てていたことすら目にも耳にも届かず、竜胆君の言った言葉がただただ頭の中でこだまのように反響している。

「おっオイ、泣くなよ!」
「ごめ、ん。っふぅっ」
「謝んな!いやそうじゃなくて。あー……帰ってお前が居ると…安心すんだよ」

知らぬ間に流れていた涙を竜胆君は慌てて拭って私を抱き締める。竜胆君の中に結婚という文字は無いと思っていたから、まさかその言葉が彼の口から出るとは思わなかったのだ。この期間、私は彼に何度も好きだと伝えてきた。横顔が綺麗だと思ったとき、まだ起きたてで眠たそうにカフェラテを飲んでいるとき、抱かれているときに重たい前髪をうざったそうに掻き上げたとき。好きだと感じたときは必ず言葉にして彼に伝えていた。それら全てに竜胆君は何て返せばいいのか分からなかったのか、困ったように笑って「俺も」と答えてくれていた事もあったっけ。

「好き」

でもこの日、初めて竜胆君から好きだと言葉にしてくれたのだ。それはたった二文字だけれど、私の短い人生の中で一番だと言って良いほど幸せだと感じた瞬間だった。そして同時に私は、本当に何もかも大事な物を捨てて竜胆君について行こうと決めた日でもある。





竜胆君と事実婚ではあるが夫婦という括りになると、結婚式は出来なかったけれど私の左手と彼の左手にはマリッジリングが嵌められた。

「…竜胆君、絶対に指輪外しちゃ嫌だよ?」
「ハァ?外すワケねぇじゃん。何言ってんのお前馬鹿じゃね?」
「竜胆君に恋してから私はずっとバカだもん」

照れ臭そうな竜胆君を見るのが可愛くて大好きだった。

そして私が本当に竜胆君のモノになると、竜胆君は徐々に私が友達や家族と連絡を取るのを嫌だとハッキリ口にするようになった。

「お前には俺だけ、俺にもお前だけ。こういうのってさァ信頼が大事だと思うんだわ。お前には俺しか見て欲しくねェの」

家族は私が結婚をしている事を知らない。言えば反対されるに決まっていた。数少ない友達だって、私が結婚をしたことを報告していないから知らないだろう。竜胆君は、竜胆君と私がこういう関係になった頃から自分以外の人と私が連むのを余り良い顔をしなかったから。それでも私は彼に捨てられたくない故に、周りの人物より彼を失う事を恐れて迷うこと無く頷いた。竜胆君は満足気に目を細め私も喜んでくれている竜胆君を見て笑顔が自然と溢れる。

この時の私たちは誰がどう見ても異常だったし、共依存という言葉が本当によく似合っていたように思う。

竜胆君が買ってくれたピアス、竜胆君が買ってくれた服やバッグに靴と化粧品。私の好きだと言ったキャクラクターのぬいぐるみ、私の好きなお菓子。竜胆君の部屋は今では私に買ってくれた物と私の好きな物でいっぱい溢れている。

竜胆君は私を「可愛い」と愛でてくれるようになった。
竜胆君は前より私に「好き」だと口にしてくれるようになった。
竜胆君は「愛してる」と言った。

それら全てが愛おしく、幸せだったけれどそんなの長くは続かない。






彼は余りこの家に帰らなくなった。






「悪いねェ。今日竜胆酔い潰れちゃってさァ」
「いえ、連れて来てくれてありがとうございます。あ!上がって行きます?」
「んー、そうしてェけどいいや。俺今から用あんの。りんどーにここまで来んの重すぎて兄ちゃん死にそうだったぁって伝えといてー」

竜胆君のお兄さんである蘭さんは、「竜胆が選んだ奴だから」と私にとても優しくしてくれていた。県外に行けば必ずお土産を買ってきてくれたり、偶に竜胆君含め私を交えてご飯に連れて行ってくれたり。可愛がってくれているのが目に見えて分かっていたから、蘭さんにはいつも感謝している。

「いつも本当にありがとうございます。またお礼をさせて下さい」

蘭さんは私の頭をふわりと撫でた。そんな事をしてくる蘭さんが珍しくて顔を向けると、蘭さんは少しばかり眉を潜めていた。

「全然いーよ。カワイー義理妹と弟の為だもん」

その顔つきを不思議に思ったが、蘭さんはそれ以上何も言わずに背を向け帰っていく。気にはなったけれど、今は泥酔している竜胆君のお世話が先だ。

「りんどー君!ジャケット脱ご?皺になるよ」
「ん

蘭さんが連れて来た訳だけど、竜胆君が久しぶりにこの家に帰って来た事が嬉しくて心做しか声のトーンは上がる。赤い顔でぐったりしている竜胆君が着ているスーツのジャケットを何とか脱がしてベッドに連れて行こうとしたとき、竜胆君はソファに寄りかかっていた体を少し起こして私を抱き寄せたのだ。


「わっ、りんどうくんっ!?」
「ん 、× × × 」










「……は?」





竜胆君は私の名前でない誰かの名前を呼んだ。




私ではない女の名前と呼び間違えたのだ。





間もなく寝息を立て始めた男の前で顔を上げ、胸の動悸はけたたましく動きを変えていく。息は吸えない程に苦しくなり頭には岩が落ちてきたような感覚。手は勝手に震えるし嫌な汗はかくし、私を裏切ったかも知れない竜胆君が信じられなかった。

私は× × × って名前じゃないよ。
誰なのそれ。誰と勘違いしているの?

でも私、直ぐに冷静さを取り戻した。まだ分かんない、家に帰って来ないのも、名前を呼び間違えたのも、浮気されてるとは断言出来ないって言い聞かせた。もう黒には近いとは思うけど、まぁ私この時まだ竜胆君が好きだったので。

竜胆君の酔いが覚めて素面に戻ったときも問い詰めなかった。こんな自分知りたくなかったけど、意外に私は隠し通すのが上手らしい。この男は隠し通すことが出来なかったみたいだけれど、私は今まで通り接する事が出来たもん。

「…今日は帰って来れる?」
「あー分かんねェ。クソみたいな取引が夜にあっからそれ次第」
「そっかぁ。寂しいけど…我慢する。頑張ってね」
「ん、ゴメンな」

竜胆君は優しく頭を撫でてキスを落とす。その手も唇も優しいけれど、今思えば竜胆君は昔みたいに笑わなくなった。大体いつも疲れている顔か、心ここに非ずといった顔を浮かべてる。取引だか何なのか知らないけれど、それでもいつも通りの笑顔でいつも通り竜胆君を見送った。

私は竜胆君と出会ってからずっと彼がこうして欲しいと言えば素直に従っていたし、竜胆君に捨てられないよう、飽きられないように必死だったし、その他の存在自体がどうでも良くなったと思えるような恋を竜胆君と出会ってからしてしまった。だから私は、多分竜胆君がいないと生きていけないと思われている。あながち間違いじゃないよ。だって私は竜胆君と出会って世界が一変した。竜胆君と出会わなければきっと仕事もしていただろうし、まだ友達と悠々遊んでいたのかもしれないし、それとも普通の彼氏が出来て普通に結婚をして、子供だっていたかもしれない。もしかすると、ピアスだって開けなかったのかもしれないし、ブランド物だって余り身に付けることは無かったのかもしれない。何があっても竜胆君と一緒にいるって自分で決めたクセにばっかみたい。





それから暫くして、竜胆君は私をご飯に連れて行ってくれた。久しぶりに竜胆君と出掛けられる事にまだこの時点では少しの嬉しさが私には残っていた。勿論竜胆君の顔を見る度に女の影はちらついてたけど。

飛び切りお洒落して、髪も巻いちゃってこの日の為にネイルもして、竜胆君褒めてくれるかなって期待しながら仕事を終えて迎えに来てくれた車に乗り込んだ。この日は竜胆君と私の結婚記念日前日の、月が輝く夜の事だった。

「かわいーじゃん」
「ほっほんとっ?へへ、嬉しい」

良かった。まだ私の事を竜胆君は褒めてくれた。それだけの事なのに、胸がきゅうっと苦しくなって運転している竜胆君の袖を少しだけ邪魔にならないように握った。

「ん?どうした?」
「ううん…お腹空いてきちゃった!お昼楽しみ過ぎて食べてなかったから」
「ハッ、どんだけだよ。そういうのはダメだっていつも言ってんだろ」

竜胆君の笑った顔、薄暗い車内だけれど久しぶりに見た気がする。あーあ、何にも知らずにただ好きだと思えていたあの頃に戻りたいなぁって…思うよ。竜胆君は私の異変には全く気付かない。


連れて来てくれたレストラン。久しぶりの外食だったからか、こんな時であってもご飯が食べられた事に自分でも驚いた。家に居るとお腹なんて減らなかったのに。


「美味しかったね。ご馳走様」
「んなら良かったワ。また連れて来てやるよ」
「…ありがとう。楽しみにしてる」


また…またか。またなんてあるのかな、と考えていれば、竜胆君は私にそっと腕を差し出す。だから私はその腕に自分の腕を絡め歩く。傍から見れば仲睦まじく見えると思う。でもそんな上手く事は進まない。


「……竜胆?」



「…は?」

私の旦那の名が呼ばれ振り返れば、見知らぬ女性が竜胆君を見た途端に赤いリップの口端がにこやかに動いた。

「あ!やっぱり竜胆じゃん。偶然ね」
「あ?あー…ウン」

竜胆君は青ざめたかのようにあからさまに口が回っていない。わっっかりやす!と驚いてしまう程に。

だからその女性の名前を知る前に気付いてしまった。

あぁ、この人か。竜胆君を寝取った奴は、って。寝取ったのかは知りたいとも思わないけれど。

じっと見つめる私に女性は気が付くと、まるで何事無かったように言うのだ。

「あらこちらが竜胆が言ってた奥さん?可愛いのね。っあ!私× × × って言います」

ホラやっぱり当たりだ。竜胆君が前に私に口走ってしまった名前と同じ。でもこんな所で大事にするほど私はバカではない。というか竜胆君、何だその間抜け面。焦りすぎだよ初めて見たそんな顔。

「…もういいだろ。今俺ヨメと来てっから」
「あぁそうね、ごめんなさい。じゃあまた。奥さんも」
「……」

品よく頭を下げるあの女を見ていると、グイッと私の手は引かれる。


「行くぞ」






無音の車内。考えていることはこれからの事だ。
竜胆君、昔に派手な女は好きじゃないって言っていたけれどあの女性めちゃくちゃ派手だった。真っ赤なリップはサラりとしたロングの黒髪にとても映えていたし、スタイルだって体のラインが分かるワンピース。あれで誘われれば乗らない男いないよなって感じのいかにもな女性だった。

「ナマエ、あの女は取引先の女で…別になんかあるってワケじゃねぇから」
「へぇ。そうなんだ」
「いやマジだから。信じろよ」
「あー…ウン」

分かりやすく変わった態度に、竜胆君は運転中もチラチラと視線を此方に移す。その視線に気付いていたけれど、私は気にしない素振りをしてスマホに目を移したまま手を動かしていた。

「おい!話聞けって!俺あの女とは、」
「うん、何にもないんでしょ?」
「え?」

家に着いて私を先頭に竜胆は後ろを着いてくる。こんな時だけ必死になられても困るのに。

「何にも無いのに何で竜胆君はそんなに焦ってるの?」
「それ、は」
「私とあの人の名前呼び間違えた事、もしかして覚えてたりした?」
「は……?」

石のように硬直した竜胆君をリビングに残し、私は寝室のクローゼットに手を掛け開ける。前に服を詰めておいたキャリーケースを取り出して、重いからコロコロと床を引きずって竜胆君の元に戻ると彼は今日一番の焦りを見せた。

「おい!何してんだよ!?出てくなんて許さねェ!」
「なんで?浮気したのに何言ってんの?」
「浮気、なんて…」
「してたでしょ。疚しいことが無ければ名前なんて間違えないよ」
「は、あ?」

竜胆君は目を見開いたままついに黙り込んでしまった。あんなに大好きだった人のこんな姿を見るなんて、好きになりたての頃の私には考えられなかったなぁとこんな時なのにやけに落ち着いて思っていた。つまりこんな気持ちになるって事は…。

「…ごめん。一回だけ、酔ってそのまま」

掠れたようなその声で、竜胆君は自分のした過ちを認めたのだ。私は何もかも捨てる勢いで竜胆君に着いてきたのに、竜胆君はアッサリと酔った勢いで私の事を裏切ったのだ。でもやっぱり本人の口から聞くのは結構応える。泣くより怒りが勝つ。一回なんかじゃないだろ。仕事含めてでも朝帰りがそんなに続くか?普通。

竜胆君はきっと私が許してくれると思ってる。私が竜胆君から離れられないと思っている。実際今まで私は竜胆君無しで生きられない程に執着していたから。

「そっか……竜胆君はさっきの人が好きなの?」
「ンな訳ねぇだろ!ずっと罪悪感で…いっぱいだった。あれからあの女とは一切連絡取ってねぇ。お前が、お前だけが好きだから…信じて」

子供のように弱りきった声と泣きそうな顔で俯く竜胆君。
あの女性と連絡を取ってなかろうが、好きだと言ってくれようが、竜胆君はきっと今日の出来事が無かったら隠し通すつもりだったんだろう。

女より、男の方が別れたあと未練が残りやすいと聞いた事がある。彼もまたその然り。その通りかもしれないなぁとまるで他人事のように思った。あんなに好きだったのに、冷めるのは一瞬だ。


「…これからは本気でずっとナマエの傍にいるからっ、お前を悲しませないように、連絡も前よりもっと…あ、っ何だったら帰る度に俺のスマホ見ても良いから。…お願いだから嫌いだけにはなんないで」


チクタク、チクタク。
時計の秒針が動く音がする。
後残り1、2分で時刻は0時を迎え、私と竜胆君の結婚記念日がやってくる。出会いも突然、別れも突然。婚姻届出せない状況で良かったと自分が思う日が来るだなんて。だから私は鼻で笑ってやる。すると竜胆君はその声に驚いたような、何とも言えない顔を私に向け、視線が合わさった。



「浮気した男の言うこと信じられる訳ねぇだろ何言ってんだテメェ。明日からはお前は他人だわ」









−−−−−−−


「すみません、長引いちゃいました」
「いーよ。可愛い可愛い義理妹の為だもん」

マンションの外で待っていた蘭さんは私を見るなり未だに義理妹だと言った。複雑な気持ちになる中、蘭さんは私の手からキャリーケースを取り車のバッグドアに詰め込んでいく。

蘭さんは知っていたのだ。竜胆君が浮気をしていたことを。
だから竜胆君を連れて帰ってきた日、私に浮かない表情を見せたのだろう。竜胆君と帰っている道中、蘭さんに"竜胆君と別れる事になると思うので迎えに来て欲しい"とメッセージを送ったら"浮気の件で?"と即座に返ってきた。

「もう蘭さんの義理妹じゃないんですけどね」
「そう?でも俺にとったらお前は妹だよ。つか竜胆諦め悪いとこあるけど大丈夫?」

普通だったら自分の弟が浮気したとなれば謝罪やらなんやらしてきそうなものだけど、それについては触れない所が蘭さんらしくてほんの少しだけ涙が滲んで、それと同時に笑ってしまった。

「竜胆君は知らないです。もう私のものでもなんでもないんで」
「……そ?で、これからどーすんの?」
「んー、取り敢えず海か高いビルにでも連れてってくれませんか?」
「別にいいけど、なんで?」
「指輪捨てるんで。それからの事は…どっかのホテルに泊まってゆっくり決めます」


ハンドルを握り煙草を吹かしていた蘭さんの目が、前方から私に移ったような気がする。でも私はそれに気付かない振りをするのだ。

蘭さんはふぅ、と白い煙を吐き出すと「りょーかい」と静かに呟いた。



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