小説 | ナノ

心臓の3分の2持ってかれた


※梵天軸


※後日談?続きです




「そーいうコトだからココちゃん、コイツに手ぇ出さないでね?」


石のように硬直した私を他所に蘭さんはにこやかな笑みを含んでそう告げた。

竜胆さんは「兄ちゃんが固定の女作るなんて明日雨降んじゃね?」と片口端をひくつかせ、三途さんは散々驚いていた癖にスンっとした表情に戻ると「興味ねェ。仕事に支障が出ねぇなら知ったこたねぇワ」と言い、九井さんはというと、

「…コイツに泣かされたら直ぐ言えよ」

と静かに言い放ち各自普段通りの仕事へと戻っていく。蘭さんは相変わらず表情を変えずに「ご心配どうも」と相変わらず伸び伸びとしていて、その場にいた私だけが仕事が手に着く筈なんか無く、えっ?えっ?と混乱状態で状況を飲み込めずにいた。





「らっ蘭さん!私付き合うなんて言ってないんですけど」

事務所を出て廊下を歩く蘭さんに私も急いで後を追えば彼はゆっくりと顔を此方に向けた。今まで何とも思わなかったのに、昨日から蘭さんの顔を見るだけで本当に心臓が忙しない。

「えー、嫌なの?」
「嫌ってワケではないです…けど」

私よりも随分と背丈の高い彼に見下ろされ、どんな顔をしたら良いのか分からず言葉が尻すぼみになる。私はもうきっと蘭さんの事が好きだけど、彼とのその先を考えるとどう思ってみても幸せなビジョンが中々思い浮かばない。何より蘭さんの彼女になるという事が信じられないのだ。そんな私を他所に蘭さんはほんの少し体を猫背気味にして私の顔を覗き込んだ。

「嫌じゃねェならいいじゃん?」
「っ」
「ボスに呼ばれてっから行ってくるわァ」
「えっ?あ、はい」

蘭さんはさらりと言葉を吐くと背を向ける。それはもうアッサリし過ぎていて驚く程に。いやいや待って。確かに付き合うかと昨日言われたけれど、好きって一切言われていない。付き合ってから初日にしてこんな不安要素から始まるお付き合いなんてあるか?普通ないよね?

付き合えてハッピーどうこうよりも、この先の未来に不安が募る関係性が出来上がってしまった事に、喜んでいいのか悪いのか分からなくなってしまった。





考えていた不安はやはり的中。お付き合いが始まり1ヶ月が経とうとしていたが、この期間ウキウキルンルンオフィスラブなんて事は一切無い。

仕事は仕事で割り切ってくれて構わない。けどさだけどさ、分かってるけどさ。彼女という立ち位置なのならプライベートの時間は会ったりするって普通じゃないの?蘭さんとは多くはないけどメッセージのやり取りもしているし、会えば普段通りの会話もする。けれど全然二人になれる日が無いのだ。付き合ってから私の家に蘭さんが来たのは一度だけ。それだって残業で遅くなってしまった私をたまたま居合わせた蘭さんが流れで私の家に上がったのだ。会いたいだとか一緒に居たいだとか、そんな事は蘭さんの口から聞いた事はない。付き合う前の上司と事務員の立ち位置と全く同じだ。

そうなれば、え?マジで私って蘭さんの彼女なの?と疑いたくもなる。このモヤモヤとした感情は大きくなっていくばかりで、それに"女は全部切った"とか言っていたけれど、それだって本当の事か定かではない。元々仕事の関係上キャバの元締めだって受け持っている蘭さんは、女物の香水の匂いだって変わらずしていることもあるし。蘭さん本人に悩んでいる事を打ち明けられたら苦労はしないけど、そんな簡単な物では無くて私の変なプライドが邪魔をしてしまっていつも言い留まってしまうのだ。

「お前アイツと上手くいってんの?」

そう九井さんに言われたのは、あと一時間程で定時を迎える頃だった。告白されたと言っていいものなのか分からないけれど、あの日から私が勝手にギクシャクしてしまっていたら彼は困ったように眉を下げたのだ。

「別にお前を困らせたくて言った訳じゃねぇから。普通で居てくれねぇとそっちのがキツい」

こんな事を言わせてしまった事を申し訳なく思った。それからの私は出来る限り前と変わらず接する事にしていたのだが、まさか九井さんから蘭さんの事を聞かれると思っておらず酷く驚いてしまった。

「ふっ普通ですよ!?」
「…そ?でもお前最近浮かねェ顔ばっかしてねぇ?」
「えと、そんなつもりは無かったんですけど…ちょっと疲れてるのかもしれないです。すみません」

顔に出していたつもりはなかったけれどバレバレだったらしい。しかもよりにもよって九井さんに気付かれてしまうだなんて。へらへらと何でも無い素振りをしながら淹れたばかりの湯気が立つコーヒーに私は容赦なく口を付ける。

「あ"っつぅぅ!!」
「…動揺し過ぎだろ。今日はもう急ぎのモンもねぇから帰れ」
「いやでも」
「これ上司命令な?仕事になんねぇから家帰って休んでろ。帰んねェなら俺の仕事が終わるまで待ってて貰う事になっけど?」
「あ…」

言葉に詰まる私に九井さんは笑いながら「冗談だわ」と言う。成人過ぎて仕事の最中に私情で悩んでいたことにも、九井さんに気を使わせてしまった事にも頭を下げることしか出来なくて、謝罪をして私は社を後にした。





「お、悪いコ発見

ビルを出ようとドアを開けると今日初めて蘭さんと出くわした。彼の薄紫色した瞳がゆるりと細まると私の心臓は忽ちドキッと大きな音を立てる。

「おっお疲れ様です」
「ん、お疲れ様ァ…じゃねぇだろ。まだ定時まで時間あっけどォ?」
「ちょっと疲れ気味だからって九井さんが帰っていいって言ってくれたんです」
「へぇ、ココちゃんがねェ。…体調悪ぃの?」
「いえ体調は別に。今日早く寝たら良くなると思います」

ふぅん。と息を吐きながら言う蘭さんに、心配してくれたのかと思えば、複雑だと思えていた感情に嬉しいという気持ちが入り交じる。それにちゃんと会話したのも何だか久しぶりな気がするし。

「んじゃ今日はこの報告書出したら送ってやるよ」
「え、でも蘭さん予定とかあるんじゃないですか?」
「あー、夜は竜胆と飲み行く話してたんだけど別にいーよ」
「竜胆さんと…?」

高揚した感情は瞬く間に急降下していきズキンと胸が押し潰されたようだった。前にも同じような事を話した時には何とも思わなかったのに、今の私はそんな気分でいられなかった。

私には会おうって言わない癖に竜胆さんとは会うんだって思ってしまった。最低だこんなの。蘭さんの弟なのにヤキモチ妬くだなんて醜すぎる。

「体調は全然平気なので大丈夫です。蘭さんこそ早く書類届けなきゃ、それきっと急ぎの書類ですよね?」
「あ?別にそーでもねぇけど?」
「そうなんですか?でも大丈夫ですっ!また今度お願いします」

悟られないように笑顔を作る。可愛げ無い返事だったかも知れないが、今はこれが精一杯だった。感情が読み取りづらい蘭さんが今何を考えているのか分からないけれど、今の私の気持ちだけには気付かないで欲しいと思う。





「本当に付き合ってるのかなぁ」

二十すぎた女の独り言程虚しいものは無い。家に着くも直ぐに寝るだなんて出来る訳が無く冷蔵庫からビールを取り出しプルタブを開ける。無音は寂し過ぎてテレビを付けてお笑い番組を見たって何にも笑えない。頭の中は蘭さんでいっぱいである。

「はぁ

それはもうオヤジの様に深いため息を吐きながらビールを飲み項垂れる。蘭さんは私の事を本当に好きだと思って付き合うと言ってくれたのだろうか。もしかして手に入れたらもう"ご馳走様です!後はご自由に。お好きにどうぞ"みたいなパターンだろうか。蘭さんに抱かれる前の私が思っていた通りに事が進んで行っている気しかならず、"女を不安にさせる天才"であると表彰状を送りたい。勿論悪い意味で。

元より女泣かせな蘭さん、私はアナタにハマってしまったようですが、私ばかりが好きになっちゃっているみたいで悔しくて辛くなってしまいました。私はやはり遊ばれて捨てられてしまうのでしょうか……。

「っだったら職場の人間に手を出すなよ!!」

丁度お笑い番組のネタで笑いの渦が巻き上がった。虚しすぎる。テレビにまで笑われてんのか私は、と酒癖も自然と悪くなり悪態まで着いてしまう。蘭さんの手中にハマりまんまと沼に落とされてしまった私は滑稽も良いとこだ。自分でちゃんと分かっていたのに、何で好きになっちゃったんだろう。そりゃ蘭さん女の子に殴られちゃう訳だよ。いや、分かってて沼から抜け出せない私も私か。

いつの間にか視界に蘭さんが映る度、今日も格好良いなとかもっと話したかったなとか思ってしまう様になった。別に蘭さんに抱かれたからそうなったんじゃない。多分きっと自分が好きにならないように蘭さんにストッパーをかけていただけだ。我ながら自分が激重感情を寄せていることに苦笑しながら二本目のビールに手を掛けた。




ピンポーン

暫くつまらないテレビを見ていればインターフォンが鳴った。ビールは既に4缶程開けていて、ほろ酔い状態だった私は玄関へ向かうのが面倒くさく居留守を使うことにした。

ピンポーン

もう一度鳴るインターフォン。こんな時間に誰だよと思いながらもまだ私は腰を上げずビールの缶に口を付ける。するとスマホから着信音が鳴りディスプレイを見れば酔いは一瞬で覚めていくような感覚が体を襲った。





「居留守は良くねェよなぁ?」
「…はは、宗教かと思いまして」
「こんな時間に神だか下んねぇの信仰する奴はいねェだろ」
「そっそうですねー」

着信相手は蘭さんであり、インターフォンを鳴らしたのも蘭さんだった。驚きに驚いた私は玄関に向かう短い道中で滑って転びそうになってしまい、そして苦し紛れの言い訳も直ぐにバレ、蘭さんと玄関でお話すること約五分。彼は少々イラついているかのように見える。

「くっ来るなら来るって言って欲しかったです」
「はぁ?自分の女と会うのに態々毎回連絡しねぇといけねぇの?」

……?
蘭さんは意味が分からないとでも言うように首を傾げるから私も首を同じように傾げた。いくら彼氏彼女であっても普通来る際の連絡はするものでは?と思うけど、それより先に私は蘭さんの彼女で合っていたのかと少し安堵を感じる。

「あ、その竜胆さんは…?」
「竜胆?ンなのよりお前のが気になったから来てやったんじゃん。つか酒クセーけど飲んでたワケ?」
「そっそれは…」

くぐもる私に蘭さんは眉間に皺をぎゅっと寄せる。その表情に小さな悲鳴が「ヒッ」と漏れた。

「関心しねぇなぁ。つか何で上がらせてくんねェの?男連れ込んでたりすんのー?」
「はっはぁ!?そんな訳ないじゃないですか!蘭さんじゃあるまいし!」
「あ?」

つい出てしまった言葉に後悔が直ぐに私を襲った。半開きになっていたドアを蘭さんはグッと引き寄せると私は簡単に彼のスーツの胸によろけポンと顔が当たる。恐る恐る見上げれば、三日月のように目を細めた蘭さんがにこやかに笑っている。



「お前やっぱ度胸あんねー」








気まずい気まずい、気まず過ぎる。テーブルにはビールを飲み干した空き缶が捨てずにそのまま置いてあるし、こんなの蘭さんに見られたくなかった。頭を抱える程に私は今とても後悔している。しかし蘭さんは空き缶等には目もくれず、狭い室内で軽く見回すと口を開いた。

「男いねぇじゃん」
「…いないって言いましたもん」

最近蘭さんを目の前にすると、どうも私は素直になれない。蘭さんは適当にその場に座ると私も隣に座れと手招きするから、ちょっと間を開けて座る。

「っは、何でそんな離れンの?寂しいじゃん」
「よく言いますよ。蘭さん全然寂しそうに見えない」

また可愛くない事言ってしまった。何故に蘭さんを前にするとこうなってしまうのか。素直に"寂しいです"って言えれば良いのに。そんな自分が好きじゃなく、顔を俯かせれば蘭さんはひょいっと私の横に詰め寄って来た。

「素直じゃねェナマエちゃん可愛いなぁ?」
「ッ!馬鹿にしないで下さいっ」
「馬鹿になんかしてねェよ。可愛いっつってんだから褒めてんじゃん」

何でか分からないけれど泣きそうになった。蘭さんは出会った時から本当によく分かんない。自由気ままな野良猫みたいだ。何でもサラッと言ってしまえる言葉に一喜一憂して、私だけが余裕をなくしている。

「顔上げて」

俯いていた顔を言われた通りそおっと向けると、私の唇に柔らかな感触が伝った。離れた唇に、胸はぎゅうっと痛くなってやっぱり泣きたくなって鼻がツンと痛む。

「蘭さん…面倒臭いこと言ってもいいですか?」
「なに?」

もう仕方がない。遊びという名の彼女ならば荷が重すぎるし、都合の良い女に私はなれない。だったらスッキリするかは別として、別れる前の関係性に戻った方が気持ち的には幾分楽になれるのかもしれない。お酒を飲んでいるからとか関係なく、きっと私は遅かれ早かれ多分この言葉を口にしてしまう。

「蘭さん、私と別れませんか」
「…なんで?俺のこと嫌いになっちゃったの?」
「そっその逆です、けど…蘭さんから付き合おって言った癖に全然私に興味ないじゃないですか」
「はぁ?何でそう思うワケ?」

意味が分からないとばかりに整った顔を顰める蘭さんを直視出来ない。蘭さんは私の肩に掛けていた手をそっと離すと分かりやすく声のトーンを落とす。

「だっだって蘭さんは私に会いたいだとか…好きとか言ってくれないし、他の子と変わんなくないですかって思ったら…その、すみませっ自分でもよく分かんなッ」

気持ちを伝えるのが下手くそな私はしどろもどろになりながらも何とか言葉にしようとしてみても、やはり言葉に躓いてしまう。今まで我ながら平凡な恋愛しかしてこなかったからだ。

「え泣くほど俺のこと好きなんだァ」
「…は?」

知らぬ間に流れていた涙に、蘭さんの長い指先が私の涙を掬ったから顔を上げると呆気に取られた。私の目に映った蘭さんは開いたもう片方の手で口を覆っているけれど、口元をにんまりと上げて笑っていたからだ。そんな余裕をかましている彼にカァっと顔に熱が上昇してしまった私は、口調をつい荒らげてしまった。

「わっ笑うなんて蘭さん酷いです!あっ遊びなら他所にして下さい!もう本当に私どっか行っちゃいますから!」
「ん、ふふ。そーねェ?お前可愛いから」
「はっはぁ!?やっぱり蘭さん私のことなんてっ」
「んでも誰にもやんない」
「…へ」

思考が急停止すると、彼は私の頭をよしよしと子供を宥める様に撫で形の良い蘭さんの薄い唇が静かに開いた。

「九井にもちゃんと俺言ったっしょ?お前のこと狙ってたって」

にこやかに目を細める蘭さんは、今何を考えているんだろう。

瞳に滲む彼の表情は気の所為でなければ嬉しそうに見えるんだけど。

「…でも、蘭さん全然言葉にして伝えてくれないし。それに…蘭さん分かりにくい、です」
「そんなんお前もおんなじじゃん」
「え…」
「お前だって俺に好きって言ってくれた事ねぇし会いてぇとかこうしてとか言ってくれた事ないでしょ」

言われてみれば彼の言う通り確かにそうだと思った。

「それは…蘭さん重い人余り好きそうじゃないなって思ってて、わたし自分の気持ち伝えるの余り…得意じゃなくて」
「うん。だろうなあ。お前ハッキリ言うとこ言うのにそういうとこは素直じゃ無いよね」
「っう」

ヘラッと笑った蘭さんは一杯一杯の私に対して随分と落ち着いているかのように思える。

付けっぱなしだったテレビを彼は「うるさ」と言ってリモコンを取り消せば、静まりきった室内に沈黙が生じる。先に口を開いたのは蘭さんだ。

「俺マメったい男じゃなくてさァ。女の事一々考えんのとか面倒いしダルいし、あーしてこーしてとか言われんのも好きじゃない」

息がうまく吸えない位に重くのし掛かって来たその言葉は私を谷底に突き落として行くには十分すぎた。これで泣かない人はいないと思う。

「でもお前の事はそー思わねぇの。ナマエチャンの喜ぶような事はしてやりてぇって思うし、もっと知りてえなァとも思うんだわ」
「な、んですかそれ。わたし今日だけで蘭さんに泣かされまくりなんですけど」
「それは否定できねーわ」

蘭さんは薄く笑うから私も釣られて笑ってしまった。そんな私を見て蘭さんは「やっぱお前は笑ってる顔が可愛いよ」と恥ずかしげも無く言うのだ。私をそっと抱き寄せると蘭さんから香る香水の香りは、多分だけど彼のものだ。

「まあこんなに女に自分からハマんの初めてでさァ、俺もうこんな年だしがっつき過ぎは良くねェかなぁって思ったの。んでもこれでも連絡取ってたし俺からしてみればかなり凄ェと思うんだけどォ?竜胆に聞けば泣く程驚くンじゃねえ?」

スリスリと私の肩に顔を擦り寄せてくる蘭さんが初めて可愛く思えた。胸はきゅん、と音を奏でて蘭さんの背に手を回す。

「…もっとがっついて欲しいです」
「……は」

蘭さんが素直に言ってくれたのなら私も素直にならなくていけない。だから恥ずかしいけれど言葉にすれば、蘭さんは顔をあげ驚いた様に私を凝視する。そしてその顔は何か言いたげに口元に弧を描く。いても立ってもいられなくなった私は蘭さんの胸元を両手で押しのけようとするもビクともしない。

「みっ見ないでください!」
「え、良いじゃん。どんな風にがっついても良いのか教えて?」

まだ言わせたいのか蘭さんは弄るように愉しげに目を細める。もう今だってかなり私の心臓は音鳴らし過ぎて止まっちゃうんじゃないのかってぐらいなのに、蘭さんはその先の言葉を求めるのだ。

「っ…すっ好きって言ってぎゅってして、そっそれから…一緒に寝て朝起きたら……横に居て欲しい、です」

欲張り過ぎたかも知れない。意を決して伝えた気持ちは全部本音だけれど、今すぐここから走り去りたいくらいの心情だ。

蘭さんは一瞬細めた目元を大きく開けると堪らなくなったように、我慢が出来なくなった子供の様に、キュッと口を閉めて私を力強く抱き締めた。

「っわ!ちょっらんさっ!?」
「あー可愛い、お前そういう事言うんだね。もっとデレてくれても俺的には嬉しいンだけどォ?」
「く、苦しいですって!」

ぽんぽんと背中を叩いてみても蘭さんは力を緩めない。蘭さん、きっと今絶対に笑ってる。

「好き」
「あ、」

低く穏やかで甘い声音が私の耳に届く。蘭さんはそのまま私をそっと押し倒すと、私を見下ろしながら自身の長い前髪をそっと掻き上げた。赤く染まった私に蘭さんはこれまた上品にいつもの如くクスクスと笑う。

「好きだよ。お前の願いは全部叶えてやりてぇなぁって思う位に。で、お前は?俺の事好き?」
「えっと」
「俺もお前の口から聞きてェわ。ね?言って」

蘭さんは口を尖らす。そんな一仕草にも私の心臓を簡単に奪って行くのだから蘭さんて本当、ずるい人だ。


「わたしは……大好きです」


だから私もお返しするように蘭さんよりもワンランク上の好きを贈る。蘭さんの顔から笑みがスっと消えると、私は拍子抜けしてしまった。だってだって蘭さんの整ったお顔は余裕がある所か見たこともないくらいに真っ赤に染まっており、フリーズしてしまったからだ。


「蘭さん?」
「あ?あー…やっば。マジでちょい反則過ぎねェ?」
「…え」


ふはっと柔らかく笑った蘭さんの顔は出会ってから見た表情の中で一番優しく思えた。彼がこんな顔をして笑うこと、今日の今まで知らなかった。


「俺、ナマエチャンのこと一生手放してやる事出来ねぇと思うわ。ゴメンね?」


今度は私がかつてないほど顔を夕日の様に染め、フリーズする番だった。



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