勘違いは上回る
※梵天軸
※私、蘭君と付き合ってないじゃん!逃げよ!的な話です
「あ」
平日の真昼間、私は彼を見つけてしまった。スクランブル交差点のど真ん中、人が行き交う雑踏の中で私一人だけがその場で足を止める。
風変わりな目立つ髪型にスラリとした高やかな背丈。
お気に入りだと言っていたコートを羽織ったその人物は…蘭君だった。そこに居たのが蘭君だけだったのなら、私は即座にこの人混みの中を走って彼の元へと話し掛けに行っていただろう。しかしそれは出来なかった。
蘭君の横には私ではない女が居たからだ。
少し離れた距離からでも分かるその女の子は、蘭君の腕に手を回しとても幸せそうに彼を見上げているのが分かった。
「…え?浮気??」
そのまま今日買う予定だった物の事なんか忘れて、くるりと背を向け真っ直ぐ家へと帰宅。気持ち悪く感じる程の動悸がするから抑えるようにコップに水を注いで、乾いた喉を潤すかのようにゴクゴクと飲み干した。しかし喉は潤う所か気も紛れる事すらなく頭の中は蘭君の事でいっぱいである。スマホをバッグから取り出して電話を掛けようかと連絡帳を開くも、"灰谷蘭"と表示されたその番号を結局プッシュする事が出来なかった。右手にスマホ、左手にコップを持ったままキッチンのシンクを暫くぼんやりとした目で見つめる。
「………」
そして数分間、蘭君とあの女の子と自分含めた3人の事を交互に考える。そして私は気付いてしまった。
いやいやいやいやいやいやいや!?
そもそも蘭君の浮気がどうこうよりも付き合ってなかったわ!!
数分考え出た答えは至ってシンプルな物であった。
▽
蘭君と私の出会いはそう遠くない過去に遡る。
その日の私は夜の街を一人徘徊(友達と飲んだ帰り)していたとき運悪く酔っ払いに絡まれてしまった。酒に酔った知らない人を上手くあしらう能力なんて身についてなく、それも相手はかなり酔っていたせいか中々にしつこかったのだ。通行人は見て見ぬふりをするし都会は何て冷たいんだと半泣きになりながら困っていた私を助けてくれたのが蘭君だった。
「え、めっちゃこの子嫌がってンじゃん?イヤイヤ言ってんのにしつけェ男はモテねぇぞ
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「あ"?んだとゴラァ!」
私と酔っ払いの間にひょこっといつの間にか立っていた蘭君は伸び伸びとしたトーンで男に口を開く。にっこりと微笑んでいる蘭君の顔が気に食わなかったのか、男は私の腕を掴んでいた手を離し即座に蘭君の胸ぐらを掴んだのだ。
しかしその瞬間、気付けば男は鈍い音と共に地面に顔を着けているではないか。何が起きたのか一瞬で理解が出来ずに地面で白目向いている男を凝視してしまった。
「あーあぁこれ卸したてのスーツなのに汚ェ手で触んなよなァ」
「あ、えっとあの」
「ん、あぁ大丈夫だった?ケガしてねェ?女の子が一人でこんなとこ歩いてちゃ危ねェよ。ここら辺朝から晩まで飲んだくれてる奴多いから」
「こんな風に」と付け加えながら地面にひれ伏してしている男へと人差し指を指しながら蘭君は目を細めた。そんな彼の姿を見たとき、心臓がきゅんと音を奏でた気がしたのだ。私は単純だと自分で自負しているので、私へと向けられたその蘭さんの瞳に心臓半分程掴まれてしまったのだ。
「あ…ッハ!っありがとうございます!本当に助かりました!」
「んーん、いいよいいよ
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「へっ?」
私がフリーズしている横でスーツのポケットからハンカチを取り出すと、蘭君は男を一発ノックアウトした拳をゴシゴシと拭いている。そして拭き終わればそれはもう自然と私の手を取り、道沿いに停められていた車に乗り込んだのだ。
「車出していいよ、行先は俺ンちね。ンで今日残ってた件は明日に回すって九井に伝えて置いて」
「はいっ!」
「えっ!?えっ!?」
運転手は蘭君の言葉を聞くと車を発進させる。何が何だか分からず慌てふためく私を他所に、蘭君は大層ご機嫌に「かわいー
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「ねぇ、お前の名前なんて言うの?」
「は、ぅっえっと」
「ふはっ、自分の名前忘れちゃったワケぇ?」
真正面に運転手がいてもお構い無しに蘭君は出会ったばかりの私の頭を撫でて来たりするものだから、心臓はバックバクに跳ね飛んでいたし、間近で香る甘くて重たい香水の匂いに頭はクラクラと酔ってしまいそうだった。蘭君の簡単な問いかけにたいしても、声にならない喃語でしか返事が出来ない私に蘭君は気品良く口端を上げて笑っていた。
そのままあれよあれよと私は蘭君と流されるかのように一夜を過ごし、朝起きて眠気眼のまま隣を見ればもう絶句。夢のようで夢じゃない出来事って本当にあるのね!?って心の中でめちゃくちゃ叫んだ。
帰らなきゃ!とベッドから起き上がろうとしたとき、「ん
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「俺さァずっと弟と暮らしてたんだけど"そろそろ一人暮らししてぇ"とか言われちゃってェ」
「あ…はい?」
「そんでェ毎日寂しく一人帰って来て寝てたワケよ」
「は、はぁ」
「でもいーねこういうの。お前明日も休み?」
ここからである。私が蘭君の家に徐々に移り住むことになったのは。その後は「今日も泊まって?」と甘い声で囁かれ、またその次の日には「今日は早く帰れるから飯作って
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着替え等は自分で取りに行くと言っても蘭君は何故か態々毎回私の住むアパートにまで車を出させて一緒に取りに行ってくれていた。仕事先も蘭君の家から差程遠い訳でも無く、その他の生活も不便を感じることも無かった。でも流石にこんな毎日も長くは続かない。そろそろ本気で帰りたいと思うようになったのは蘭君とこういう生活が続いて2週間程経った日の事だ。
「あの、蘭君。私そろそろ帰りたいなぁって」
「…あ?」
体が反射的にビクッと跳ねる。
蘭君の顔はいつもと変わらず笑顔なのに喉から出したその声はとびきり低いものだった。
「ん
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「何処って…ここは蘭君のお家だし私の家にかっ帰りたいなぁなんて、へへ」
面白くも何とも無いのにから笑いが出た。蘭君は吸っていた煙草を灰皿にジュウッと押し付ける。その仕草はいつも見ているものと変わらない筈なのに、口からは小さく「ヒッ」と声が漏れた。
「あー、そっかァそうだよなァ。ん
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「あ、はい。ずっと家開けてたから掃除もしたいですし…あっでもまた呼んでくれればいつでも来るので!」
「ッハ、本当にィ?俺が呼んだらいつでも来てくれんの?」
「はっはい!仕事中とかお風呂とかそういう時でなければ」
「ふぅん。あっそ
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蘭君の心情は読み取りづらい。何を考えているのか分からないのはこの2週間ずっと思っていた事だけれど、今のこの顔が一番分からない。何を考えている顔なんだコレ。
「帰っていいよ
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「…分かりました」
「ん、良い子良い子」
若干声の端は小さくなってしまったが、蘭君は素直に従った私に満足そうに微笑んだ。その日は「寂しくて死んじまいそォ」とか本音か嘘なのか分からない事を言われずっとくっついてくる蘭君が可愛くて、悪いことしていないのに何故かほんの少し胸が抉られたような気分になってしまった。
明日は久々休みだと言っていた蘭君は、次の日起きると私の隣にはもう居なかった。冷たくなっているシーツに今度は胸が少し痛んだ気がした。
…また連絡来るよね?
またね、と口で言いたかったが仕方が無いのでスマホを手に取りメッセージを入れておく。軽い身支度をして蘭君の家を出て私は久々の自宅へと帰ったのだ。…帰ったのだが。
「あれ?鍵入んない」
私が持っている鍵は実家の鍵とアパートの鍵だけ。二つしか持っていないのだから間違える訳が無い。でもいくら鍵を鍵穴に差しても入らないのだ。
「え?何で…何で入んないの?」
まるで不審者のようにドアノブを回したり何度も鍵を回そうとしていたりしていると背後から声を掛けられた。
「あらナマエちゃん。引っ越した筈じゃなかったの?」
「……え」
私に声を掛けて来た人は良くお世話になっていた大家さんだった。
呆然としたまま街を歩く。解約した覚えなんて無いのに私は住んでいたアパートを解約されていたらしい。意味が分からなさ過ぎて体に変な汗を掻きながら行く宛て等無く重たい歩を進める。実家は県外、仕事もあるし直ぐには帰れない。まだお昼過ぎなのに私のHPは0に等しい。
「あれェナマエじゃん」
「…らっらんくん」
出会った頃と同じように道沿いに停められていた車、前と違うのは今度は蘭君が運転席へと座っているということ。2週間過ごしていた男の顔を見た途端涙が溢れてきたのだ。
「あば」
「アバ?」
「アバードがぁ!わたじの住むアパートが知らない内に解約されてたんですよおっっ!」
蘭君は私を車に乗せ数時間前にいた蘭君の自宅へと連れ帰る。そして着ていたジャケットをソファに放りながら突拍子も無いことを平然と言ったのだ。
「帰る家無くなったんなら丁度良いじゃん。俺んち住んじゃえば?」
「……へ」
いやいや流石にそれは!と中々了承出来ずにいたのだが、結局蘭君の口に勝てる訳も無く上手い具合に言いくるめられてしまった。でもその頃の私は多分蘭君の事をかなり好きに近く、そして手元に置いておいてくれるという蘭君も、私の事を好きでいてくれているのかもしれないと思ってしまっていたのだ。恥ずかしながら。
初めは幸せだった。遅くても必ず帰ってきて私を愛でてくれる彼に胸を毎日ときめかせ、仕事で嫌な事があるとその度に慰めてくれ、家も無くなり特段取り柄もない私に何て優しい人なんだって涙が出そうだった。
しかしそんなのも初めの内だけで、蘭君の事を知れば知る程少しずつ怖いと思うようになった。首元や体に彫られている刺青は元から知っていたが、仕事を聞けば「知らなくていーの」と毎回はぐらかされ帰宅時間はいつも疎らだ。優しいのは変わりないが機嫌が悪いときには話し掛けることすらままならない空気をこれでもかと言うくらいに纏う蘭君。会社の飲み会だと私が参加すれば場所を言わなくても必ず店の外で待っていたり、友達と遊ぶときは逐一その遊ぶ友達の名前まで報告しなければならなくなった。それでも蘭君は私に怒らない。怒らないけれど笑みを含んだゆったりとした声音で聞かれたり話し掛けられるのが怖くなってしまったのだ。これじゃあ溜まったものじゃない!と一度意を決して「そろそろ不動産に行って自分の家探そうかな」と言った日、それはそれはドスの効いた低い声で「ハァ?なんで?」と言われた日には明日の朝日は拝めないかもしれないって本気で思った。震える声で「じょっ冗談でぇすエイプリルフールだよ」と返す他無かったが、速攻で「今6月だけど?」と突き刺さるような笑顔で返されてしまった。
そうしたこともあり、段々と蘭君と居ることが窮屈に感じるようになった。しかしあの酔っ払いに絡まれた日の事は助けてくれた事をとても感謝しているし、普段私へと向ける蘭君は優しいし、好きでいてくれているが故のちょっと一風変わった愛情表現なのだと思えば、それ以降は蘭君に中々口を紡ぐ事が出来なかったのだ。
▽
出会いは…出会いだけは理想的な何かだったと思う。漫画のような、ドラマのような物を連想させるというか。でも今の私、蘭君とあれから結構な月日が経つが辛いというよりもホッとしていた。
私以外の女の子と遊んでいる蘭君にホッとしているのだ。私以外の女の子に興味を示している蘭君に、心の底から嬉しいと思うのだ!
「は、はは。えっヤバい、どうしよう」
善は急げ。意味もなく部屋の中をうろちょろ歩き回り独り言を呟く。私はきっと優しくしてくれた蘭君の事を好きだと勘違いしていたのだ。今の私は一刻も早くこの家を出たくて堪らない衝動に駆られている。他の子と遊ぶって事は私の事を蘭君だって彼女だとは思っていないはずだ。だって今更、本当に今更だけど気付いてしまった。この期間、私と蘭君はお互いに「付き合おう」ともなっていなければ「好き」と言った言葉を言ってはいないし言われた覚えもない。行為中に言われていたような気もするがあれはきっと…うん。リップサービスか何かだろう。一緒に過ごした期間のせいで付き合っていると勘違いをしてしまっていただけ。自分かなり恥ずかしい展開だと思うがその反省は後にする。この家から出る!蘭君とサヨナラする!サヨナラが出来る!あばよ蘭君!!
スキップ出来そうなほど軽い足並みで私は必要最低限の物だけを持ち蘭君の家を出た。メッセージを送ると速攻返ってきそうなのでメモを1枚破りテーブルに書き置きを残して。
▽
「やっと兄ちゃんの女に会わせてくれんの?」
「おー今日アイツ有給みてェだからさァ。つか竜胆その前に服屋寄って。ソコ右に曲がった所ンとこでいーから」
「え?何で?」
「ボスに観光案内してやってくれって頼まれたあの取引先の娘、香水キツいんだよなァ。こんなんで帰ったらアイツ絶対泣くじゃん。くっついて来てうぜェし始終俺ンとこばっか見てきやがってさァ。観光してやってんだから黙って前見てろって感じだったわァ」
「兄ちゃんの女は知らんけどあそこのご令嬢って兄ちゃんの事かなりお気に入りらしいね。九井が言ってた」
「はぁ?まじで?」
「マジ。ボスが結婚しろとか言ったらどうすんの?あそこ結構ウチとの取引多いし羽振りも良いからマジでその内言われっかもよ?」
竜胆は蘭の気に入っている内の1つのショップへと車を近付け道沿いへと停める。ハンドルに顎をくっ付けて蘭の方へと目を向けると、蘭はフロントドアを開けながら迷うこと無く口を開いた。
「そうなる前に兄ちゃん結婚するワ。お前の義理姉になんだから変な目で見んなよ
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ドンっとドアを閉める蘭に竜胆は蘭が店に入っていった後も口をあんぐりと開けていた。
え…ガチじゃん。あの兄ちゃんが結婚?飽き性なあの兄ちゃんが?そんな良い女なの?と。
▽
「ナマエ
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新品の洋服に着替え自宅へと着けば部屋は真っ暗である。いつもであれば可愛らしく「蘭君おかえりっ」と言ってくれるお出迎えは一行に来ない。嫌な予感が蘭を襲いリビングの電気を着けてもナマエは何処にもいなかった。
「どこ行きやがったアイツ」
スマホを取り出し電話を掛けるもナマエは電話に出ない。苛立ちが募っている蘭を見ながら竜胆は1枚のメモ用紙がダイニングテーブルに置いてある事に気付いた。
「…兄ちゃん逃げられてんじゃん。ってか本当に付き合ってたの?」
「はぁ??」
片口端を引き攣らせる竜胆からメモを受け取れば蘭の体はピシリと固まり目は大きく見開いた。
"蘭君へ 彼女でも無い女がずっと居座ってごめんなさい。ってかあんな可愛くて綺麗な彼女がいたならもっと早く教えてよ! わたし浮気相手になっちゃうじゃん(怒っている下手くそな顔文字)! 私も負けないくらいにかっこいい彼氏、見つけます!! お世話になりました! ナマエ"
「…ンだこれ」
「ブッッっふ、ククっ…ッは」
肩を静かに震わす蘭に竜胆は堪えきれず笑いが込み上げて来た。笑ってはいけない。笑ったらフルボッコにされる。しかし耐えきれなかった。兄のこんな顔を見たのは数年一緒にいて初めてだったのもあるが、そこに絵心が全くない変な顔文字と謎の宣戦布告に気がつい緩んでしまったのだ。
「りんどぉ?」
「っふ…っあ、ゴメン。…ンン"」
「今からコイツ迎え行くぞ」
「えっ!!なんで俺も!?兄ちゃん一人で行けよ!」
「着いてこねェと兄ちゃん今何するかわかんねェかも
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竜胆は何で今日に限ってこういう事になるんだと絶句する。帰ってからネットで知り合ったフレンドとボイチャ繋いでゲームをする予定だったのにと笑いから一点、肩を分かりやすくガックリと落とした。そんな弟を気にする様子も無く、蘭はスマホを手馴れたように操作すると独り言の様に呟き出した。
「アイツが住んでたアパートは解約したし行くとこは実家か?あー…でも仕事まだ辞めさせてねェからホテルだよなァ…あ、やっぱビジホに居るワ」
目の色を無くした三百眼が瞬きすらせずにスマホを見つめ続けるその顔に、例え血が通った弟であっても恐怖を覚えた。
「に、兄ちゃん…まさかと思うけどGPS仕込んでんの?家も解約したって…その…ただの女に?」
「あ?そーだけどなんか文句あんの?」
「いやっ!?別にねェ…けど」
文句っつーかなんつぅか。兄ちゃんズレてる所の騒ぎじゃないよ。だってその女付き合ってるとすら思ってねぇじゃん。
そんな風に思っては見るもののスマホから視線を微動だにこちらへ移さない蘭に竜胆は言葉を飲み込む他ない。今余計な事を口にすれば竜胆の明日は保証されないかもしれない。それくらい今の蘭は殺気だっていた。
「よし竜胆、バカで可愛い俺の奥さん迎えに行くぞ
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「いやまだ結婚してねェじゃん」
やっとスマホから顔を上げたかと思うと蘭は竜胆へいつもの様な笑みを見せさっさと玄関へと向かって行く。こういう時の兄はもう何言っても聞く耳を持たない事は誰よりも分かっている竜胆は、兄に聞こえない程度に小さく溜息を吐いた。
怒っているだろうに物腰柔らかな口調とその顔付きに、会った事もない女に"ご愁傷さま"と心の中で声を掛ける。本当に兄ちゃんの嫁になったら苦労すんだろうなぁ、でも逃げられねぇよなぁ兄ちゃん変なとこでしつけぇし。そんな事を思いながら蘭の背中を追う竜胆であった。
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