小説 | ナノ

友人の弟に告られまして





「俺とォ付き合って!!」
「…えぇ」


目の前の男は誰だろう。はて。

一応目を凝らして見るが、やっぱり真横に座っているのは正真正銘灰谷竜胆君だ。竜胆君なんだけど竜胆君ではない。どういう事かと言うと酒に溺れて変なことを言っているから竜胆君では無いのだ…多分。だって普段の彼はこんな風に女へ縋るような物言いなんてしないと思うし、酒のせいであろうと目なんか潤ませないと思うし、これって私を何処ぞの女か誰かと勘違いしているのではなかろうか。私は自分が酒を飲む際は自分の飲める分量を弁えているので人を間違う事はまず無いが、竜胆君は間違えている…うん、そうであって欲しいと切に願う。

灰谷竜胆君、この人は私の友人である灰谷蘭君の弟だ。
蘭と私は中学でほんの一時期であったがクラスが同じであり、隣の席だった。当時悪戯めいたような話(つまり不良の悪い話)に興味津々だった私は、蘭から聞く自分がこの先体験出来ないであろう事に目を輝かし夢中で聞いていた。「お前変なヤツ」と初めこそ冷ややかであった蘭も私のような人が珍しかったのか、学校に来た際は面白半分含めてよく話しかけてくれるようになった。しかし蘭達は中学一年生の可愛い盛り真っ只中に、兄弟仲良く年少への旅に出て行ってしまったので数年会えなくなってしまった。だが18歳を迎えた年になると蘭は私のケー番を知っていたが為に連絡を取り合うようになり、また遊ぶようになったのだ。


束縛が嫌い、しつこいのが嫌い、関心の無い話にはこれっぽっちも興味が無くて去る者追わないスタイル。こんな話を蘭としたのはいつの頃だったのか。もう覚えてはいないがこんな会話をした後「え?同じ!分かるよソレ。気合うね?」みたいな話になり今でも良い友人関係が続いている。お互いの事を知ってはいるし一緒に居て気は楽だが、だからといって私が蘭を好きになることも、またや蘭が私を好きになることもない。これは断言出来る。失礼承知で言わせて頂くが、気が合う仲と言っても蘭は彼氏にしたくない男No.1に匹敵する。蘭の過去の女たちの話を聞くと流石の私も蘭に対し苦笑が出てしまう程に女癖が余り宜しくない。私は彼氏が出来れば身の回りの男達とは距離を置くけど、蘭は違う。そこの所だけは私たちの唯一考えが違える事でもあった。蘭と関係を持った女たちは皆可哀想に思う。

さて、話は逸れてしまったが今もう竜胆君は泥酔に近いのでは?と感じる。呂律も微妙に回ってないし、今にも眠ってしまいそうにとろんとした虚ろな顔をしている竜胆君。ほんと今すぐこのまま寝てしまって欲しい。

私は蘭とは仲が良いが竜胆君とは別に仲良くない。なんなら二人でちゃんと隣に座って話をするなんて今日が初めてなのだ。

「なあ!きいてる??なぁなぁ」
「ちゃんと聞いてるよ。もう水飲みなよ」
「…飲ませてくれんなら飲む」
「自分で飲んで」

ちょっとこの人子供みたいなんですけど。頼りの蘭は「大将に呼ばれたからちっと出てくるワ」とか言ってもう二時間も帰って来ないんだけど。二時間も何してんだよマジで。帰ろうかとも思ったが、流石にこんな酔った人を一人で置いて置くのもなと人の心で考える。知らない人なら放っておく事が出来るのに、友人の弟となると私の良心が引き止めるのだ。くそう、蘭め。蘭がたまには飲もうぜって言うから来たのに蘭の家に着いたら「先に竜胆と一杯やってて」とか言い出すし、気まずさ半端なかったんですけど。ってか弟もいたんかい。言ってよそういうの。蘭は肝心な所を言わない癖があるのは今に始まった事ではないけどさ。これは教えて欲しかった。

しかし何をどうしてこんな私のこと嫌いですと言わんばかりに視線を注いでくる人と酒を飲まねばならんのか。今度何か絶対奢ってもらおう。思い出しては今いない蘭に向けてむすっとした感情が襲ってくる。そんな私を見た竜胆君はダラリと机に顎を乗っけていた顔を上げた。

「そんな兄ちゃんがいいの?」
「んん?いいとかじゃなくて、蘭遅いなって思ってるだけだよ」
「やっぱ兄ちゃんがいいんじゃん!くそっ!」
「いやいやだからそうじゃなくって…ハァ。もういいや」

酔っ払っている人には適当に返してもバチは当たらないだろう、そう思っての発言だったが竜胆君は体ごと今度は起こすと"信じられない!"とでも言いたげに赤くなった顔を私へと向ける。ちょっと怖いんですけど、酒で人格変わりすぎじゃないかこの人。

「兄ちゃん兄ちゃん兄ちゃん!いっつもアンタは兄ちゃんばっかだよな」
「そんなこと言われても…蘭と遊んでるときはそんなもんじゃないの?」
「遊んでるってどんなアソビだよ!もうお前の口から兄ちゃんの名前聞きたくねぇんだよ俺はぁ!!」
「ちょっと本当に大丈夫?私帰ろうか?」
「…帰んな、許さねェ」

何この人めんどくさっっ!!何で私は竜胆君に怒られているのだろうか。蘭よ、お前の弟に酒は与えちゃダメだって事今度しっかり教えてやろう。ハァと自然と漏れるため息に竜胆君は眉間に皺を寄せる。

「竜胆君マジで水一回飲もうか。それでもうこんな時間だし寝た方が良いって」

私が出来る最低限の笑顔を取り繕い、酒を割るために買ってあった水の蓋を開け渡そうとすれば、竜胆君はふいっと受け取らず、新しい缶チューハイのプルタブに手をかけ口を付ける。

「まだ22時じゃん!今どきガキでもこんな時間に寝ねェよ!つかなぁんで俺がこんな時間に寝ねぇといけねぇの?お前が一緒に寝てくれんの?お前が寝てくれんなら今すぐ寝る」
「すみません、起きてて下さい。眠たいと思うまで存分に起きてて下さい」

私の返しはまたミスをしたようだ。竜胆君が更に眉間に皺を寄せた。でも仕方がない。私は嘘を付くのが下手なのだから。

今の竜胆君と視線を合わせたら厄介だと私も自分が飲んでいる缶チューハイに手を伸ばすと、竜胆君は私の手を掴み阻止をした。

「…りんどうくん??」
「なぁ、好きなんだって」
「あー、ありがとう?」
「俺が欲しい答えソレじゃねぇ」
「竜胆君誰かと間違えてない?」
「間違える訳ねぇじゃん!ナマエに言ってんの!」

そんな事急に言われたって正直困る。ってか名前認知していてくれていたのか。それくらいのレベルなのに。

だって竜胆君は私が普段蘭と遊んでいるとき挨拶をすれば「フン」と目線を逸らされ、蘭にだけ話し掛けるのもどうかと思い、竜胆君にも話を振ってみれば冷たくあしらわれてしまうことも幾度もあり、蘭の家に遊びに来れば「またいんのかよ」とでも言いたげな苦い顔をする人が私の事を好きだなんて誰が思うだろう。嫌われているという言葉しか思いつかないのだけれど。蘭と二人で遊ぶときもあるけれど、竜胆君もいる事がしょっちゅうだ。蘭とは当たり前だろうけど普通に会話するのに、私には素っ気ないったらありゃしない。少しの間の中で蘭との会話を思い出す。

「わたし、竜胆君に嫌われてるよね?」
「はぁ?お前竜胆に嫌われるようなことしたワケェ?」
「いや?思いつかないから聞いてるんだけどさ。あー…もしかして女性恐怖症とか?」
「俺の弟に限ってそー見える?」
「見えないね。蘭の弟って考えれば全然見えないわ」
「竜胆普通に女いたこともあるけど?普通にウケる」

蘭の女癖の悪さは知っているが、竜胆君の事は分からない。グッと距離を縮める竜胆君に、私はあからさまにならないように遠ざけようとするも彼は更に距離を縮めてくる。

「近い近い近い」
「俺が近いのイヤ?」
「嫌とかじゃないんだけど…あ、蘭に電話してみよっか」

バッグから携帯を取り出そうとすると、竜胆君は私の手から携帯を奪い私の手の届かぬ方へと軽くほおり投げた。

「ちょっ!」
「兄ちゃんの事は蘭て呼ぶのに俺の事は何で名前で呼んでくんねェの」
「それは…」
「俺も竜胆って呼び捨てで呼んでよ。兄ちゃんは良くて俺がダメな理由ないじゃん」
「は、ハァ…?」

本当に困った。猫背気味に背を若干丸くして上目で私のこと見るの狡くないですか?一歩も引かねぇぞと言わんばかりの目付きに、言うしかない雰囲気に私は唾をゴクリと飲み込んだ。

「ッりんどう!りんどうりんどうりんどうっ」

私も大概バカである。ちょっと竜胆君のその顔付きに母性本能擽られた気がしてしまってむず痒く感じたものだから、ついそれを隠すように名を連呼してしまった。めちゃくちゃ恥ずかしくなって顔が熱くなっていく。竜胆君はポカンと口を開け目を丸くさせたかと思うと、口角をニンマリと上げた。

「うわっ、めっちゃ嬉しいんだけどォ」
「そ、そんなに?」

余りの喜びように今度はこっちが目を丸くさせる番だった。ふにゃりとした笑顔にまたもや私の心臓がきゅん、と音を鳴らした。きゅん?いや、これ母性本能。こんな大きな子供はいないけど、多分絶対そう。竜胆君は何故か私の頭に手を置くとよしよしっと頭を撫で始めた。なんで??

「あっりんどっくん!」
「竜胆君じゃねぇってば!り・ん・ど・う!」
「り、りんどう」
「ん、偉い偉い

まじこの人ダレ?余りの普段との違いに私は頭を撫でられながら固まっている。竜胆君は満足したのか頭から手を離すと今度は顔を近付け柔らかな感触が唇へと伝った。

「……は?」
「アンタが可愛いからキスされんじゃん…ダメだった?」
「ダメっていうか…え?」

ポポポっと赤くなる顔に竜胆君を凝視してしまう私。不意打ちにも程がある。竜胆君は先程まで酒に飲まれて顔を赤くしていたのに、今や私を見る瞳が肉食系の動物のような顔をしているようにも思えてしまう。この状況に冷静に判断する事が出来なくなっていると竜胆君は私をそっと押し倒した。

「りんどうくっ、りんどうっ!ダメだって!」
「何で?俺のこと嫌い?」
「嫌いとかそういう問題じゃなくってっ」

これもしそのまま事が進んだとして明日の朝になれば「あ?何でお前が俺の隣にいんの?」とか言われるパターンじゃないすか!?蘭の弟でもあるしそんな気まずい空気晒すのだけはまじ勘弁蒙りたい。

「お酒飲みすぎだって!竜胆わたしに今まで冷たかったじゃん!」

竜胆君の迫り来る顔を何とか両手で阻止しながら口を繋げば、竜胆君は一瞬目を見開くも私の両手を簡単に自身の片手で払い除けもう一度キスを落とした。

「…だってお前しつけぇの嫌いって聞いてたから」
「あい?」
「兄ちゃんから聞いてたんだよ。ナマエはしつけぇ男は論外、グイグイ興味ねェ奴に根掘り葉掘り自分のこと聞かれんのとか苦手だって」

いや確かに言ったけど。ってか蘭ソレ覚えてたのかいな。それにしても竜胆君の私への対応はしつこいのとかとちょっと違う気がするんだけど。

「お前兄ちゃんと話すとき楽しそうなのにさァ、お前は俺には興味ないじゃん。大した話も振って来てくんねェし」
「それはぁ…竜胆に嫌われてるって思ってたからで」
「嫌うワケねぇだろ!ただ…」
「ただ?」

竜胆君は気まずそうに目線をふいっと逸らしながら言葉に躓く。その先を急かす事も出来なかった私は竜胆君の言葉を待つしかなく、両腕を彼に掴まれたまま居るしかなかった。

「ただ…ダッセェとは思うけど、自分から好きになった女が初めてだったからどうやって近付きゃいーか分かんなかったんだよ」

酒にプラスして口にした言葉により耳まで赤くした竜胆君に、私の心はきゅん所がぎゅんっと射止められてしまった。え、ヤバいかもしれないと自分でも思う程には私も竜胆君と負けないぐらいに頬も耳も熱を帯びている。

「しつけぇの嫌いって分かってるけどさ、仕方ねぇじゃん。お前の事好きになっちゃったんだもん」
「あっ竜胆君」
「本当は兄ちゃんと仲が良いのも嫌だ。兄ちゃんに笑いかけてんのも二人で遊んでんのも本当は嫌だ。…でも束縛嫌いっつーんなら我慢すっから、」

竜胆君は私を見下ろす。困ったような、ちょっと悲しいようなそんな表情を浮かべて、私の掴んでいる手に力が込められた。

「俺のこと好きになって?…お願い」

私は竜胆君の事を知らない。友人の蘭の弟であるということしか知らない。今日初めてちゃんと会話をしているのだから仕方がない事だと思う。でも、何だろうこの感じ。直視がまず出来ない。心臓も早く動いていて、私の顔を見られるのが、とても恥ずかしいと感じる。

「目ェ逸らすなよ。俺の見間違いじゃなきゃその顔、意識してくれてるって勘違いしちゃうけど…いーの?」

結論を言ってしまえば喉から言葉が上手く発せれないほど、竜胆君にドキドキしてしまっているし、彼の言葉通りに意識してしまっているのだろう。これをまだお酒のせいだって!と言える程のアホでは無い。竜胆君は多分、本気で私を好きだと言ってくれているのだと思う。

「返事ねぇのは都合良く解釈しちまうけど」
「えっと…」

完全竜胆君のターンに入ってしまった事が自分でも痛いほどに分かる。そのまま竜胆君は私の服へと手をゆっくりと忍び込ませていく。

「まって!竜胆っ、蘭が帰ってきてこんな所見られたら!」

竜胆君の手がピタリと止まる。女性としてムードを壊すなんてどうかとも思うけど、最中に蘭がもしも帰って来たとなれば私はもう蘭に顔向け出来ない。絶対一生からかわれる自信しかないし、何よりこんな所人に見られたくない。

竜胆君は一旦起き上がるといつも付けているメガネをそっとテーブルへと置き私を起こす。やっぱり今言ってはいけないことだったかと気まずく思ったのは一瞬、竜胆君はにっこり目を三日月のように細めた。

「兄ちゃんは今日帰って来ねぇよ。俺がめちゃくちゃ頼み込んだんだワ」
「はい?…えっとそれはどういう??」
「ん?だから俺が兄ちゃんに頼んだの。"ナマエに近付きてェから二人にさして"って。…でもまぁここリビングだし、俺の部屋行こうぜ?」
「あっ!?」

ヒョイと軽々私の腕を引き、竜胆君は私を自室へと連れて行く為に歩き出す。その顔は子供みたいだなんてものは微塵も感じなく、雄みが強いとは正にこのことを言うようなギラギラとした目付きをしていた。


さっきまで…酔ってなかった?あれ?目もトロンとしてなかった?幼子みたいな竜胆君、どこ行ってしまったの?
まさか…まさかとは思うけど竜胆君の策略だった、とか?いやいやそんな…え?違うよね?


頭に浮かぶハテナばかりの難題たち。でもこれが当たりだと分かるのはもう少し先の事である。

そして今分かったことは灰谷竜胆とはやはり灰谷蘭の弟であり、性格は違えど狙った獲物は逃がさないとでもいうような所は同じなのだと、彼のベッドに寝かされ熱を帯びた瞳に見下ろされながらそんな事を悟った。


でも結局、私も私でときめいてしまったのだからおあいこだよね







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