小説 | ナノ

大事なとこで一言足りない


※梵天軸




出会いは春、私は大学生だった。その年に卒業をする予定で、つまり就活生。段々と慌ただしくなって来た生活に、勉強とバイトとこれからやってくる会社の面接等に目まぐるしくなる日々が続いていくのかと思うと、気分は下降していくばかり。一人暮らしの家に帰れば「おかえり」と言ってくれる大好きな父も母もそこにはいなくて、乾いた空間に一人ぽっちは寂しく気は滅入っていく。そんなとき、気分転換に飲みに行こうと友人が誘ってくれた飲み屋で出会ったのが竜胆君だった。

普段お酒を飲まない私はその日かなり酔っ払ってしまって、トイレで胃の中の物を吐き出したあと、人にぶつかった。それが竜胆君である。未だ気持ち悪さが残りながら小さな声で謝るも、竜胆君は「ほっといたらそのままそこらで死んでそう」と私を介抱してくれたのだ。

幾分体が楽になってきて、お礼なんていらねぇよと言い切る彼の連絡先を何とか聞き出して、食事へ誘って。そうは言っても見るからに高そうなスーツを身にまとい、腕時計なんかも高価な物を付けている彼の舌を喜ばす場所なんて私が連れて行ける訳もなく、大学生の私でも行けるような場所のご飯に誘うのもどうかと思ったけれど、竜胆君は嫌な顔一つしないで「良いとこ知ってんだな」と言ってくれたのだ。そんな彼の私への気遣いに嘘でも嬉しく感じた。

驚く事にこれが最初で最後の食事になる事は無く、竜胆君は「次は俺にご馳走させて」と、私が行ったことも無いレストランに連れて行ってくれて緊張して料理の味が分からなくなってしまったのを彼は楽しそうに笑っていた。その後の連絡も一週間に一度くらいのやり取りだったものが、次第に3日に1回、2日に1回、毎日と頻繁に会うわけでも無いけれど連絡を取り合う日々が続いていった。その間、何度か会うようになると、竜胆君と私はいつの間にかお互いの家を行き来するようになっていったのだ。

「竜胆君、私たちってその…付き合ってる、のかな」
「え?俺はそのつもりだったけど…ちげぇの?」

私の心のしこりになっていた不安は竜胆君の言葉により直ぐに取り消されていった。中々言えずにこの頃の私はとにかく毎日悩んでいて、やっとの事で口に出来たことと、竜胆君にとって自分は彼女であったということに安心も交えて涙が目に滲み出す。そんな私を竜胆君は少し慌てたように涙を拭って、いつもの何倍もの強さでぎゅうっと抱きしめた。

「あー…好き。ごめん、言わなきゃ分かんねェよな」

不安にさせて悪かった、と私の首元に顔をうずくめて言ってくれた言葉を今も私は忘れない。その日から、ほんの少しだけ遠く感じていた距離はもっと近くになれた気がして、やっと幸せ者だと心から思えた日になったと思う。





竜胆君の住むマンションと、私のアパートにはお揃いの物で溢れている。ペアルックで流石に外を歩くことはしないけれど、部屋着でなら問題は無いからとお揃いのスウェットやパジャマ、色違いの歯ブラシにマグカップ。竜胆君に会えない日でもこれを見るだけで一人じゃない気がして、一人で家にいるのも昔程寂しくは感じなくなった。竜胆君が帰った後、彼が着ていた服を洗濯するのも彼のお嫁さんになれたような気がして、小さな事が幸せだと感じ、「俺と同じ匂い」と言って私にくれた彼の香水は、寂しくなったときにベッドにワンプッシュだけ掛けることにしている。中々自分は重い女だなぁと思うけど、そうする度に彼が隣にいる気がして安心するから。

「お前仕事先見つかったの?」

一緒にお風呂に入って、お揃いの部屋着を着て、私が作ったド定番の肉じゃがとお味噌汁を食べていたとき、竜胆君は言った。

「来週1件面接受けてくるけど、受かるか正直分かんない」
「ふぅん、何の会社?」
「一応、営業?」

このご時世就職難、営業なんて本音はやりたいと思う仕事では無いが、いくら大学に通っていると言っても好きな職種に付けるかなんて分からない訳で。竜胆君は片眉を下げて箸を持つ手を止めた。

「ナマエには営業無理じゃねェ?」
「えっ」
「お前プレッシャーに弱いタイプじゃん」
「うっ」
「ノルマに追い込まれて胃ィ潰すの目に見えてンだけど」
「…おっしゃる通りです」

竜胆君の言葉はまんま正論であり肩を落とす。痛い所を付いてくるがこういう時の竜胆君は容赦ない。それでも意地悪で言っている訳じゃないのは分かっているし、私の事を心配して言ってくれているから余計と言葉に詰まってしまうのだ。

「…まぁ焦る気持ちも分かんなくねェけどさァ」

多分、私が言いたかったことを竜胆君は分かっているんだと思う。早い子ではもう就職が決まっている子もいて、少し焦っているのは事実。焦っても何一つ良い事は無いのは現実問題分かっていた。しかし最悪の話、何処にも働き先が決まらずフリーターかもしれないということも頭にあって。くぐもった声しか漏らさない私に竜胆君はふぅ、と短く息を吐いた。

「見つかんなかったら俺ンちそのまま住んじゃえば?」
「…え?」
「別に良くねェ?家で今まで通り過ごして、飯作って俺の帰り待ってんの。俺は嬉しいンだけど…ナマエは嫌?」
「い、嫌なわけ無い…けど」
「けど?」

そりゃ竜胆君と毎日一緒に居れるのはこれ以上ないくらいに嬉しい。でもこんな感じで竜胆君にお世話になっていいものなのか、それにもし本当に竜胆君と同棲を始めたとしても、竜胆君の家の家賃を半分持てるほどの給料はきっと貰えない。

「嬉しいけど…わたし竜胆君の家の家賃なんて払えないよ?多分就職先が見つかって正社員で入ったとしても払えない」
「は?バッカじゃんお前。俺別に負担して欲しくて言ってねェよ」

竜胆君は飲んでいたお茶が注がれているコップから口を離すと困ったように笑う。

「前々から言おうと思ってたけどさ、お前って寂しがりじゃん。別に返事焦らせるつもりはねぇけど会いに行く手間も省けるし。俺はもっとお前と一緒に居たいからそうしてくれンなら俺両手上げて喜ぶんだけど?」

竜胆君が両手を上げて喜ぶ所なんて想像するだけでちょっと面白い。ふふっとやっと少し笑顔が戻った私に、竜胆君も安心したかのように微笑んだ。

竜胆君はその後も私を本当に焦らせるつもりは無かったようで、「返事決まったら教えて」と口にし、いつも通りにご飯を食べて、食事の後は借りていたDVDをソファに並んで座って見て、私の狭いシングルベッドでくっつきながら一緒に眠った。





竜胆君に一緒の家に住まないかと言われて1ヶ月程立った頃、私は竜胆君に会えていなかった。最低少なくとも週に一度は泊まれずとも顔を合わせていたけれど、もう3週間は会えていない。

『あ、やべもう俺行かねェと』
「うん、お仕事頑張ってね」

電話をしていても忙しいらしくほんの数分でしか彼の声を聞くことが出来ない。終了ボタンを押した後襲ってくるものは寂しさで、竜胆君に会いたくて堪らなくなってしまう。竜胆君の仕事を詳しく教えて貰った事は無いけれど、堅気ではないだろうとは察しがついていたし、元より私が彼女だと言ってくれた日に、仕事の時間が不規則であるということ、忙しいときは余り連絡してやれないということは聞いていた。今日のような事は初めてではないが、3週間も会えないのは初めてで、慣れないこの虚無感は、お揃いの物で溢れている部屋を見渡す度に泣きたくなった。





やっと仕事が落ち着くと連絡が来たのはそれから3日後。夕方には私の家に来てくれると言った竜胆君に、私の気持ちはすこぶる浮ついていた。自分が出来る最低限のお洒落をして、竜胆君に可愛いと思って貰えるように念入りにメイクもして、就職は相変わらず決まっていなかったけれど、鏡に映っていた私は笑顔だった。

竜胆君は私の手料理がどんなものであろうが食べてくれる。例え失敗してしまっても「お前が作ってくれたもンなら嬉しいよ」と必ず言葉にしてくれる。一人だとご飯もつい厳かにしがちな私の冷蔵庫はろくなものが入っていなかったが為に、私は買い物をしようと街にやってきた。スーパーは帰りに寄って、駅の近くにあるベーカリーのパンがお目当てだ。前に買ったら竜胆君が大絶賛していたクロワッサン。トースターで焼き直すとサクッとしているのにバターの風味が口いっぱい広がって、珈琲にとても合う。

お目当ての物を無事買えて、今日の夕ご飯の材料を買いに行こうと歩を進めたとき、私の足は即座に立ち止まる。竜胆君がいたからだ。







呆然とはしながらも何とか家に着いたが涙はまだ出て来なかった。竜胆君は女の人と歩いていた。それも飛び切り綺麗な女性とくっついて。私には今まで会えなかったのに、他の女の人とは会っていたのだろうか。信じられなかった現実に、直ぐに竜胆君へ真相を突き止める勇気が無くて、ご飯を作る気分にも当然ならなかった。

竜胆君が来る約束の時刻は刻刻と迫っており、電気も付けずに体育座りで伏せっている自分は何なのだろうか。何もする気になれないのだから仕方が無かった。それでも竜胆君は私に見られていた事も知らないから家までやってきた。私の顔を見るなり顔色を変えてどうしたんだよと口を開く。

「…何でもない」
「は?何でもないことねぇだろ。電気も付けずに本当何やってんのお前。体調わりぃの?」

私の額に手をやるその手は冷たくて、大好きな竜胆君の手なのについぺしっと払ってしまった。

「…っは、」
「…女の人といた」
「何言って」
「今日女の人といたでしょ」

竜胆君の表情は凍り付く。ハッと我に返った私は即座に謝罪をするが、竜胆君は深く眉間に皺を寄せたままだった。

「…見てたの?」
「見たくて見たんじゃないよ。竜胆君と久しぶりに会えるから…パンを買おうと思って街に行ったとき…」

竜胆君は「あー…」と表情を曇らせていく。竜胆君とこんな険悪な雰囲気になるのは付き合ってから初めての事だった。これまでにも何回か喧嘩はしたことはあるけれど、女関係なんてことは無く、どれもこれも些細なことばかり。それにこんな顔をする竜胆君を見るのも初めてだった。

「アレは取引先の女にたまたま会っただけだから」
「…取引先」

竜胆君の仕事の内情なんて分からない。分からないんだから竜胆君が本当の事を言っているのかもしれないが、直ぐに信じる事は出来なかった。素直に納得出来ない私に竜胆君はため息を吐き、口から出た声音はとても低いものだった。

「なに、信じてくんねェの?」
「っだって私、竜胆君の仕事のこと何にも知らないもん」

竜胆君が浮気をしているとまでは流石に思っていない。というか、それを考えることすらしたくなかった。でもあの時の竜胆君は確かに女性に笑いかけていて、その女性も楽しそうに笑っているように見えたから、誤解してしまう理由は十分にある筈だ。竜胆君は多分だけど、困ってる。彼が困っているときは、私から目線を逸らして眉尻を下げて口元をきゅっと閉ざすから。

「俺の仕事の内容聞いても…お前嫌いになんねェ?」

首をゆっくり縦に頷いた私に、竜胆君は静かに口を開いていく。堅気では無いだろうと思ったけど、竜胆君の口から出てくる様々な普段聞き慣れる事はないであろう言葉たちは、私を驚かせるには十分な内容で、聞き終わる頃には何故か体に力が入ってしまった私に、竜胆君は怖がらせまいと頭を撫で続けた。

「──で、お前が見たっていう女は俺が金回収しに行ったキャバの女な?遊んでた訳じゃ無くて向こうから俺見つけて話しかけて来たみたいでさ」
「…でも竜胆君達凄く楽しそうに話してるように見えたよ?」
「あ?俺が?それは無いから。絶対ェない。あー…アレ俺の管轄で働いてるキャバのNO.1。上客持ってっし、辞められっとこっちも困るからシカト出来なかっただけ。ゴメンな」

私がこれから交える事はないであろう世界の話をしている竜胆君は、いつも私が知っている竜胆君ではないような気もした。仕事だと言ってもやはり自分の彼氏が他の女といる所なんて見たくはない。その事を本当は理解してあげなければならないのだろうが、直ぐに分かった!と言えるほど、私はまだ大人になりきれてはいなかった。

「どうしたら信じてくれんだよ」

竜胆君は俯く私にそう呟く。終いには黙り込んでしまった私に、彼は服の袖をきゅっと掴んでいた私の腕を引っ張り抱き締めた。

「指輪、さっさと買いに行かねェ?」
「え…ゆび、わ?」

竜胆君の言葉に咄嗟に顔を上げると、彼は「恥ずいから見ないで」と抱き締めていた手を私の頭にやり彼の肩へと抑え込む。

「不安になんなら…繋がりあるもン身につけたらどうかと思ってさ」
「あっ、なっ成程!?ペアリング?そういえば私たち持って無いもんね!?」
「ばーか、多分お前勘違いしてるし俺が言ってんのそっちのリングじゃねぇよ」
「っえ、」

「結婚指輪」、と小さな声で発した竜胆君の声はちゃんと私の耳に届いていた。頭は思考停止状態、鼻の奥はツンと痛み出して今にも涙が出てきそう。竜胆君の言った言葉が信じられなくて、押さえられていた頭を上げれば照れ臭そうに竜胆君は顔を背けた。

それでも逸らした目線から目が合えば竜胆君はまた再度私を抱き締める。

「そんな驚くことねーじゃん」
「おど、驚くよ!だって…だって私同棲の返事もまだしてないよ!?」
「同棲?」

竜胆君は首を傾げたかと思うと私のほっぺを今度はむにむにと痛がらない程度の力で摘む。この顔絶対にブサイクだから見られたくないのに、竜胆君はそんな私を見ながらも口角を上げて笑っている。

「同棲じゃなくてさ、プロポーズのつもりだったんだけど?」
「はい?」
「いやだから俺言ったじゃん。飯作って俺の帰り待ってて欲しいって」
「いやそれは聞いたけど…分かりにくいし古風…いひゃい!いひゃいよりんひょーくっ!」

古風とつい口から出てしまった言葉に気を悪くしてしまったのか竜胆君はぶすぅっと口を曲げて頬を抓る。「ごへんっ!ごへんってば」と許しを乞うと竜胆君の手がやっと離れていく。頬は軽くじんじんと痛みがあるけれど、そんなことよりも驚くのも無理はないって、だってあの時の言葉がプロポーズだとこれっぽっちも思わなかった。

「決めた。返事は焦らせねェとか言ったけど、やっぱ待つの辞めるワ」
「ん?」

頬を擦りながら少し滲んだ視界で竜胆君を見ると、意地悪そうに私に向けて視線を注いでいるのが目に映る。

「お前を俺の嫁さんにすんの。就職もまだ決まってねぇんだしいいじゃん」

竜胆君は私の左手を取りそのまま薬指にキスを落とすと甘噛みをする。途端に顔を染める私に竜胆君はニヤリと笑いながら言うのだ。

「別にこれでお前の不安が全部取れる訳じゃねェとは思うけどさ、出来る事はしとくに越したことはねェだろ?お前は俺のモンで、俺はお前のモン。そういう繋がり、欲しくねェ?」

竜胆君のこういう時の言葉は一つ足りない。付き合っているのか悩んでいたときもそう、この間のプロポーズもそう。愛でた言葉はくれるのに、肝心な所が一つ抜けているから私は少し戸惑ってしまう。それでもやっぱり竜胆君が大好きだから、返事なんて決まっているのだけれど。

「仕事に行ってるときだけ指輪外したりしない?」
「んなメンドイ事すんなら初めから結婚なんて選ばねェよ」
「じゃあまたキャバクラのお姉さんと今日みたいなことがあっても…私がいるから無理って言ってくれるの?」
「あ?そんなの言われなくたって言うワ、ってか今までもお前が知らないだけでちゃんと言ってたっつーの。まぁ次からは『俺には可愛い可愛い嫁がいるから無理』って言うけど。何なら指輪も見せつけるワ」
「なにそれっ、ふはっ変なの」
「お前が聞いて来たンじゃん」

まだ何も嵌められていない左手を掲げて竜胆君が言うから、それが何だか面白くて私の顔に笑顔が戻る。竜胆君は私の頬を撫でた後、「やっぱお前は笑ってる顔が似合うワ」と言ってキスを落とした。唇が離れて、静寂さを取り戻した室内で、竜胆君は何時になく真剣な表情をするものだから、私の体は咄嗟にまた力が入ってしまった。

「…寂しがり屋なお前には俺がいてやりてぇって思うのはこの先ずっとナマエって事だけは忘れないでいて欲しいし、こんなん恥ずいしあんま言えねェのがワリィけど…好き通り越して愛してる」
「りんど、くん」
「…俺と結婚してくれませんか?」

今度こそ本当に私の目からは涙が零れる。瞬きもせずに涙を流す私に、竜胆君は驚いたのか少し焦ったかのようにギョッと目を丸くさせる。辛い訳で泣いてる訳じゃなくて、痛くて泣いている訳でも無い。嬉しくて涙を流すってことは生まれて初めてだった。悪い事を何か言ってしまったのかと焦る竜胆君も可愛く思えて、私は彼の両手をそっと握る。


「…よろこんで。私も竜胆君のお嫁さんになりたいです」







とある日の竜胆君と休日が久々に合わさった日。私はベッドで動けずにダラりと横になっていた体を仰向けへと戻して、天井を見つめていた。隣にいる竜胆君はまだすやすやと寝息を立てている。

あの日から竜胆君は善は急げお前の気持ちが変わらない内にとか言って、次の日には指輪を買いに行った私たち。彼のこういう時の行動の速さにはいつも驚く。気持ちが変わる訳ないじゃんと言ったら、竜胆君は眉間に皺を寄せて口を尖らせた。「ンなの分かんねェじゃん」と言いながら。どうやら彼は思ったよりも不安がりだったらしい。アパートを引き払う際、大学はどうするのかって話になったけれど、後わずかで卒業を迎えるし折角受かった大学に残りたいと告げれば竜胆君は笑って了承してくれた。

指輪を選んでいるときは、「俺こんなんだから区役者行けねェのが本当に申し訳ねェんだけど」と言っていたが、私にとっては関係のない話だった。

「謝んないで。だって婚姻届出せなくたって竜胆君はずっと私の旦那さんでいてくれるんでしょ?」

そう口にすれば、竜胆君は堪んなくなったように口をきゅっと紡いで繋いでいる右手に力が込められた。


記憶に新しいことを思い出しながら左手を天井へと上げれば、私の薬指に嵌められているキラキラと輝いている指輪。いつ見てもにやぁっと顔が緩んでしまう。

「えー…俺の嫁さん今日もクソ可愛いンですけどォ
「ひゃっ!」

即座に顔を横へと向ければ、さっきまで寝息を立てて眠っていた筈の竜胆君がにやにやと目を細めて私を見ていた。

「りんどうくん!起きてたの?」
「ん、今起きたとこ」

くぁっと大きなお口を開けて欠伸をする竜胆君に私の心臓はきゅんと音を鳴らす。竜胆君が起きたのなら朝食というかもう昼食になるであろうご飯を作ろうと思い、体を起こそうとすれば竜胆君は私の腕を引っ張った。

「うわっ、」
「どこ行くの?」
「ご、ご飯作ろうかなって。お腹空いてない?」
「あーまだいいや。そんなことよりもさ」

引っ張られたことにより私の体は簡単に竜胆君の上に乗せられる体制になる。いつ見ても格好良いと思えてしまう竜胆君に私の顔は心做しか熱くなる。竜胆君は気付いているのか気付いていないのか、そのまま私にキスを落として頭を引き、耳元や首元にちゅうっとキスをしていくから少しくすぐったい。

「あはっくすぐったいって」
「くすぐったいだけじゃねェだろ」
「あッ」

竜胆君の左手が私の胸へと移動する。まだ朝なのに、昨日もあんなにしたのに。くすぐったいという感情が徐々に快楽へと変わっていくと竜胆君の口元は満足気に弧を描く。

「も、これ以上はダメッ」
「はぁ?何で?」
「だっだって竜胆君今日も仕事でしょ?こんな事してる場合じゃないじゃん!」
「いや?俺休みだもん」
「え?」

ポカンと口を開ける私に、竜胆君は私をくるりと回転させベッドに寝かせる。私を見下ろす竜胆君の髪がそっと私の顔に掛かる。休みなんて聞いてないんですけど。

「休みだから今日はゆっくりナマエといれんの」
「や、待って!昨日もいっぱいしたじゃっ、ちょっ!」
「はぁ?三十路の精力なめんな。これでも抑えてる方なんだけど?…ナマエは俺とすんのイヤ?」
「嫌、じゃないけど」
「だったら決まりな?」

こういう時の竜胆君って可愛いし狡い…いや違う、そうじゃない。
やっぱり竜胆君言葉一つ足りないというか、抜けているっていうのが正しいだろうか。お休みって分かっていたら一緒に行きたい所もあったのに。
それでも迫り来る快楽に勝てず、私の喉から出る声はもう嬌声しか出てこない。きっとこの後は疲労しているだろうから、一緒にお風呂に入って貰おう。その後はゆっくり二人でご飯を食べながら過ごしたい。お出掛けは次の休みを必ず聞いて、予定を立てよう。そんな事をぼんやりとしていく頭で思いながら、皺になったシーツをきゅっと握った。





×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -