小説 | ナノ

結局は似た者同士


※梵天軸


ガチャガチャッ!ピピッ、バタンっ!ドンッ!!

時計の針が0時を指した頃、スマートロックを解除する音が鳴り響く。ここがいくら防音設備の整っているマンションとはいえ、流石にこれ程大きな音を立てるのは近所迷惑だと思う。下手したら明日クレームが来そうだ。読んでいた雑誌をブックスタンドへと戻し、音のなる方へと歩を進めれば無駄に広い玄関で靴も脱がずに寝そべっている春千夜君がにまぁと締りのない顔で笑っているのが私の目に映る。

「春千夜君!こんなとこで寝ちゃダメだって」
「ん?あー、ふふっナマエチャンじゃねぇのォ。今日もかぁいいなぁおい」

お目目を下げてにへぇっと表情筋が緩んだ春千夜君からはお酒の匂いが凄いこと。起き上がる気力も無いのかぐだりと重い体は言うことを効かないらしい。

「お酒沢山飲まないって言ったのに」
「酒ェ?酒はァ仕方がねェの。仕事だからァ、俺がぁマイキーの代わりに飲んでやらねェといけねェのー!」

ぷぷぷっと何が面白いのか分からないが春千夜君は声に出して笑い出す。最近徹夜続きが多かったせいで酒が体に堪えたのだろう。取り敢えずこんな所で寝ては風邪を引くと、私は自分の持ち得る力で腕を引っ張り起こそうとするが全くビクともしない。

「春千夜君本当に起きて!こんなとこで寝てたら風邪ひくじゃん」
「無理無理ィ、もお限界なんだわ〜」
「…起きてくんないと一緒に寝れないよ?」

春千夜君は私の言葉にピクっと体を固まらせる。するとどうだろう、泥酔に近い状態だったのに春千夜君はスっと自分の力で起き上がると、ほんの少し覚束無い足取りで私の腕を取りながら寝室へと歩き出した。

「あーもうクッソ可愛い。早く俺だけのモンになんねェかなァ?」
「はいはい」

寝室まで自分で行ってくれたのを良いことに、私はこの隙に彼のスーツを脱がしてベッドにスタンバっていたスウェットを手に取る。私よりも高い身長の春千夜君をスーツからスウェットへと素早く着替えさせるのは苦戦するが、これはたまにある事なので最近は余り時間も掛からなくなった。着替えている最中にも春千夜君は私にベッタリとくっつくから、成人をとうに過ぎているのに中身は3歳児の子供のようだ。

「好き。なぁなぁ俺の事好きって言えよ。言って?お願い」
「好きだよ。すっごい春千夜君が好きだからお水持ってくるね」
「ハーっ!水なんかよりぃ!結婚してェのよ!俺はお前とォッ!」

若干目をウルつかせる春千夜君をベッドに座らせるも、駄々を捏ねるがの如く何かまだ言っているが一人置いて水を取りに行く。寝室のドアが開いていようが無かろうが、春千夜君は声が大きいからリビングまで筒抜けである。「ナマエはどうしたら俺のモンになるんだよォ」とか「俺だけいつも好きじゃねェかよ」とか。

春千夜君の水を持っていく際に、着替えをさせたせいか私の額には汗がほんのり滲み出ていた。自分も喉が乾いていることに気付いた私はウォーターサーバーから自身のコップに水を注ぎそれを飲み干していく。

数分も経っていないのに静かになった寝室。あれ?寝ちゃったのかな?なんて思ってお水を持っていけば、春千夜君はクローゼットを開けて何かを取り出していた。

「はるちよくん、何それ?」
「ん?コレェ?コレでェお前を繋いどくの、コレで逃げらんねぇだろ」

ジャラジャラっと音を立てて隠す気もない春千夜君の手には南京錠付きの手錠。ニコニコ口端を上げて私の片手に春千夜君は手錠をカチャンとつける。手錠を付けられた右手を自分の目の前に翳すと、春千夜君はとても満足そうに頬を緩めるから私も一緒になってえへへ、と笑った。

「はるちよくん、こんなことしちゃったら私春千夜君のお世話出来ないよ?」
「あ?おめぇの世話は俺が世話するからいーの!」
「ほんとに?今日みたいに春千夜君が酔っ払っても服を着替えさせてあげることも出来ないし、お水を持ってきてあげることも出来ないけど良いの?」
「…ンなの俺が自分でするからいーんだよ」
「…春千夜君が好きなご飯も作ってあげられないけど」
「……っち」

可愛らしい舌打ちをした春千夜君はしぶしぶ私の腕に付けた手錠を外していく。素直な所が本当に可愛いなぁと思っていれば、今度はまたクローゼットから別のものを取り出した。重りがついた足枷だ。

「これならいい?」
「…おんなじだってば」
「っち」

また舌打ちをした春千夜君は手錠と足枷をゴソゴソとまた元の場所へと戻していく。…明日春千夜君が仕事に行ったら処分して置こう。どこであんなもの買ったんだろう。





「あ"ークッソ。頭いってェ」
「おはよう春千夜君」

自分の頭をガシガシと掻き回しながら寝室から顔を覗かしたのはいつにも増して不機嫌そうな春千夜君だ。キッチンから春千夜君の元まで歩み寄れば、彼はニッコリと口端を上げて私の頭を撫で回す。

「早いっすねー。まだ寝てりゃいいのに」
「春千夜君こそ。今日はもうお仕事に行くの?」

皺一つないクリーニング出したてのスーツに着替えた春千夜君は、皺になるのも気にせず私をぎゅうっと抱き締める。力が強くて少し苦しいけれど、私はこのぎゅうって抱きしめてくれるのが好きだから嬉しい。だってとっても安心するから。

「マジ小さいっすね。成長期は中学生止まりかよ」
「背の高さは普通だよ。っていうか春千夜君昨日のこと覚えていないの?」
「昨日?昨日はァ…あー…クソな取引先のジジイがやっすい酒飲め飲め言いやがったのは覚えてるンすけど…俺何かしました?」
「…全然、通常通りだったから大丈夫だよ」
「……?」

春千夜君は私の首元に疼くめていた顔を起こすと首を傾げる。そんな彼の顔を両手で引き寄せてキスをすると春千夜君の顔は途端に顔を赤らめた。

「…ガマン出来なくなるだろうが。仕事前なんすよ俺」
「可愛くてつい。ごめんね」
「いや謝ることじゃねぇっすけど、はァ。お前の方が可愛いっつの」

今度は春千夜君から唇を重ねる。ポポッと染まる私の顔に春千夜君はいつもの如く「あーほんっとに早く俺だけのモンになって下さいよ」と言いながら時間が迫りしぶしぶと仕事へと向かっていく。

誰もいなくなった部屋に一人きり。私は昨日の手錠を取り出し処分しようとスマホで調べる。……これアダルトグッズだったんだ。





本日の私は春千夜君に頼まれたモノを持っていく為に事務所まで訪れていた。部下に家を知られたくないと言った春千夜君に、私が持っていくよと電話で告げたのはほんの1時間程前のこと。余り来て欲しくは無さそうではあったが、どうしても自分が事務所から出られないと言ったので、私がこうして持ってきたのだ。

「三途のオンナァ?え?意外と普通じゃん?」
「兄貴マジ失礼。ゴメンな、ヤクちゅ…三途すぐ来ると思うからそこに座って待ってれば?」

こくん、と頷き指定されたソファに座るも前方の視線がとにかく突き刺さる。同じ髪色をして同じような顔つきをした二人組が、私をジッと見つめているのだ。目を合わせないようにしていたのに、余りにも視線を感じるからそろりと目を向けるとオールバック調の男の人と目が合ってしまった。ニコッと屈託のない笑みを浮かべてドキッと心臓が飛び跳ねる。

「三途って家でどんな感じなの?イビキとかかいちゃうワケ?」
「あ、何それ。俺も知りたい」
「えっと…イビキはかきませんけど」
「ふーん、つまんな。じゃあ三途って甘えたりすンの?」
「甘える?」

楽しそうに私の座っている目の前のソファの背に二人は肘を着きながら問う。本当の事を言ったら春千夜君怒るだろうなと考えて、何て答えようかとうんうん頭を捻っていれば事務所のドアが勢い良く開いた。

「テメェら何俺の客に気安く話しかけてんだよ。テメェもテメェで馬鹿正直に答えてんじゃねぇだろうなァ?」
「答えてないよ!答えようとしてたら春千夜君が来たんだよ!」
「バァカ!こんな変な兄弟のコト真に受けて頭を捻ってんじゃねぇよアホか」
「うわっ、怖いなァ竜胆?」
「折角来てくれたのにカノジョかわいそーだよな兄貴」
「いーからテメェらはさっさと仕事行けや!殺すぞ」

春千夜君の言葉に動ずることもせずケラケラと笑う二人組は兄弟だったのか。なるほど、似ている訳だ。私はバッグから春千夜君に頼まれていたものをテーブルに置くと席を立ち上がる。そしてハンカチを取り出してプンスカ怒っている春千夜君の頬をそっと拭った。

「春千夜君、春千夜君っ、頬っぺに血が着いちゃってるよ!ちゃんと拭かなきゃばっちいよ!」
「……あ?」
「「は?」」

ふふっと私はぺこりとお辞儀をして事務所を出て行く。帰りに今日のご飯の食材を買っておこうと考えながら、昼間のこの時間に春千夜君に一目会えた事が嬉しくて足取りは軽かった。





「なぁなぁ、今日の事怒ってます?」
「何にも怒ってないけど、何で?」
「冷たい態度取っちゃったんで」

箸を止める春千夜君は叱られた子犬のような顔を私へと向けた。

「全然?春千夜君仕事中だったもんね。あの二人は部下なのかな?仲良さそうだったねぇ」
「ウザイこと極まりないねぇだけっすよ…っつか〇〇の口からアイツらの話聞きたくねェんですけど」

眉を顰める春千夜君は不機嫌そうに口を尖らしているかのように見えた。私も同じく食べる箸を止め、春千夜君に視線を合わせる。本当に綺麗な顔をしているなぁ。

「…春千夜君こそどうなの?」
「何がっすか?」
「…明日でしょ?接待とやらに行くとか言ってたじゃん。女の子沢山いるんでしょ?」

ヤキモチ妬いてますと素直に言うのはちょっと気が引けて、仕事だから仕方が無いと分かっているのに私の頬はむくれていく。ポカンと口を開けた春千夜君は目を細めたかと思うと私の腕を取りベッドへと強引に連れて行った。

「はるちよくっ、ご飯っ!まだご飯がっ!」
「飯なんて後でもいーじゃん。ンな事よりも大事なこんあんだろうが」
「だいじ?」
「ヤキモチ妬いちゃうお前も可愛いけどさぁ、俺はずっとずうっとナマエだけが好きなンで、他の女なんか死んだ魚ぐれェにしか思ってねェの。それ分からせてやんねェといけねえかなぁって思って」
「春千夜君分かった!分かったから!」

キスをしようと迫る春千夜君に、私は両手で彼の唇を阻止をする。阻止されることが大嫌いな春千夜君は私の両手を掴むとニヤァっと意地悪く楽しげに笑ったのだ。

「分かってねェから言ってるんすよ。俺がお前の事どんだけ好きか。俺以外と話して欲しくねェし視界にいれんのも本当は許したくねェの」

そう言って春千夜君は私の腕から手を離すとクローゼットを開けてゴソゴソと何かを探し出した…が探し物が見つからないらしい。

「…ここなんか触りました?」
「触れてもいないよ!」

私の口からは嘘が素早く出た。きっと春千夜君はあのグッズを探していたに違いない。良かった、こうなる前に処分して置いて。春千夜君はハテナを浮かべているが、私はふぅと安堵する。素面で私を手錠で繋ぎ止めようとしていたのか。春千夜君てば本当怖いなぁ。


春千夜君は色々な顔を持っている。
普段は敬語を含めた物言いの春千夜君、社員といる時の春千夜君は元気に暴言を吐き連ねてちょっと怖い。お酒に飲まれた春千夜君は甘い言葉しか吐かなくて、どれもこれも全部本当の春千夜君だと思う。ちょっと考えていることが普通と違うだけで私の嫌がることはしないし、沢山愛を伝えてくれるから私は幸せ者だと思う。

「春千夜君、好き。大好き」
「は?…なんつった?」
「大好きって言ったの」

春千夜君は今まで見たこともないくらいに瞼を見開いて私の言うことが信じられないと、顔を真っ赤に染めて固まっているからつい「え、可愛い」と声が漏れてしまった。


春千夜君は私が高校生の頃バイトをしていたコンビニによく顔を出していた男の子である。艶が掛かっている金髪の長い髪が印象的で、肌が白くて特攻服に身を包んだ彼は私と会う度声を掛けてきた。

「俺ら結婚しません?」
「うわ〜唐突過ぎる」

恥ずかしげも無く結婚結婚と言いまくる春千夜君。初めは綺麗な顔して変な人だと思っていたが、年中無休で私に愛を伝えてくれるからいつの間にか私は彼の手中にまんまと陥ってしまったわけで。

私と2人きりじゃないときの春千夜君は私に対して冷たいから、初めの頃は私なんかが春千夜君といるのを他人に知られたく無かったんじゃ?なんてショックも受けたことはあったがとんでもない。彼はただのツンデレ君だったのだ。

間が開けば結婚、お風呂に入っていれば結婚、どんだけ私のこと好きなのと思うけど、私も私で少しおかしいのは自覚している。

春千夜君が大好きって言ってくれるから自分からも言わなくちゃって思うけど、面と向かって自分から好きって言うの恥ずかしいの。だから春千夜君から言われたときだけしか言えなかっただけであって。

「やっぱ俺の女はお前だけだワ。はァァ、結婚して下さいよ、人並み以上の幸せ与えてやる自信俺ありますんで」
「ふふふっ、春千夜くん?」



私は彼のきらりと光る左手を取り自身の左手と重ね合わせる。



「仕事柄婚姻届が出せなくても、手錠とかそんなものなくたって私はずっと死んでも春千夜君のモノだよ。だってもうとっくに事実上だけど結婚してるし約束したじゃん」


私の言葉に春千夜君は形容しがたい表情を浮かべ顔を俯かせた。少しの沈黙の後、顔を上げた春千夜君は照れくさそうに言ったのだ。


「いつだって結婚してェと思うくらいお前が本気で好きなんだワ。……言いたいから言うんだよ、何度でもよォ。殺してェと思うくれェ好きだから…ダメ?」

私は春千夜君の言葉にダメじゃないと首を横に振る。
春千夜君てね、意外と寂しがり屋なんです。寂しがり屋で甘えん坊なんですよ。構ってクンだけど、私もその分構ってチャンだから結局の所、おあいこだと思う。


「あのね、私も春千夜君がどこにも行かないように手錠で繋いで置きたいくらい大好きだから…へへ。だからね?」


私はくるりと背を向けてキャビネットの中から一つジャランとした物を取り出すと、春千夜君の表情はピシッと凍りついた。




「はるちよ君…手錠、つけてみる?」











「つけねェ!!」





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