小説 | ナノ

あのね、わたしね?


※梵天軸

※大好きな蘭ちゃんが仕事だから大好きな竜ちゃんに構ってもらう話


今日の私は怒りに怒っていた。約束したのに…この日だけは絶対に仕事を入れないよって約束したのに。

私がこの日をどれだけ楽しみにしていたか、蘭ちゃんは知らないんだ。去年もお仕事その前の年もお仕事。一緒に過ごしてくれるって言ったから私は毎年蘭ちゃんが帰ってくるのを楽しみに待っていたのに、結局いつもと変わらず私が寝てから帰ってくるんだもん。

だから今年の私はいつもと違う。毎月少しずつ貯めていたお金をお財布に入れて私は家を飛び出した。友達となら平気だけど、一人でこうしてバスに乗ったりするのはちょっとだけワクワクすると同時に少しの不安が付き纏う。でも大丈夫、私ちゃんと行ける!そうやって自分に喝を入れて私は目的地まで辿り着いたのだ。


ピンポーン

ピンポンピンポーン

ピンポンピンポンピンポンピンポーン

……出ない。やっと着いたのに家主は出て来ない。私が会いに来た人のお家と部屋番号は合っているはず、だ。ドアノブを回してみるがやっぱり当たり前だけど鍵はしまっている。

「むむっ」

さて、どうしたものかなんて考えるよりも先に私は再度インターホンを押し鳴らす。しかし何度鳴らしても出ないから、もしかしていなかったりする?と今度は軽く瞳に涙が滲む。私は持たされているスマホを取り出し電話を掛けようと通話ボタンを押す間際、ドアが開いた。

「っせぇんだよ朝から……ってハ?ナマエ?」
「りっりんちゃあん」
「ちょっうおっ!」

りんちゃんの顔が見えた瞬間、私は抱き着いた。うわっと驚きながらも、しっかり抱きとめてくれる竜ちゃんに私は顔を疼くめる。上半身裸なのが頭にハテナが湧いたけど、竜ちゃんは取り敢えず「上がって」と私を招き入れた。靴を脱ぐと竜ちゃんは何故か私の靴をシューズクローゼットに入れ、人差し指でシーっと指を口前に当てながら小さな声で言うのだ。

「良い子だからあんましデカい声出すな。んでちょっとここで俺が来るまで静かに待ってて」
「えっ?……うん!分かった!」
「だから静かにって!」

竜ちゃんは私の手を引き脱衣所のドアをパタンと閉める。…怪しい。急に待ってろと言われたら気になるのは性分で、こっそりと私は脱衣所の閉まっているドアに耳を押し当てがった。すると聞こえて来たのは竜ちゃんと女の人の声だ。

『また連絡すっから今日は帰って』
『え〜、今日はオフだから一緒に居てくれるって言ってたじゃーん。この間もそんな事言って!りんどーくん酷くない?』
『うるせェな、いいからとっとと帰れって言ってんの』
『ちょっ帰るから!そんな押さないでよ』

バタバタと急かしているような話し声がドアを挟んですぐそこで聞こえる。…竜ちゃんて彼女ってのがいるのだろうか。こういった事を聞くのなんて初めてだし、毎月買っている少女漫画やドラマでしか聞いた事のなかった私はひどくワクワクしていた。

本当にこういうことあるんだっ!

数分後、声が聞こえなくなると脱衣所の扉が開いて、服を着た竜ちゃんが「もういいよ」と私をリビングへ招き入れる。

竜ちゃんはココアをいれてくれて、甘い香りがふんわりと私の鼻まで香る。私がニヤニヤと気持ち悪く笑っていたからか竜ちゃんは眉を顰める。

「なんだよその顔」
「あれは竜ちゃんの彼女?それとも大人のカンケーって奴?」
「ブッッ」

竜ちゃんは飲んでいたコーヒーを吹き出すと軽く咳き込んだ。変なこと何も言ってないと思うんだけど。何か間違ったことを言ってしまったのだろうか。

「ゴホッ、何言ってんの。けほッどこでっそんな言葉覚えたんだよっ!?」
「夜23時からやってるドラマ」
「ンな変なの見てないで寝ろやチビ。お前は大人しくドラゴンボール見てりゃいいんだよ」
「えぇ〜、玉集めなんかより恋愛漫画とかドラマの方がドキドキするもん!」
「…玉集めってお前」

竜ちゃんは1ヶ月ぶりぐらいに会ったけれど、会う度いつも私に構ってくれるから大好きだ。怒らないし、優しいし。蘭ちゃんも怒らないし優しいけれど、約束破る所は好きじゃない。 まだ湯気が出ているココアをふぅっと息を吐いて冷まし啜ると、甘くてここまで来た疲れが少し癒されたような気がした。

「そいやお前今日誕生日…あー、兄ちゃん仕事か」

思い出したような口ぶりで竜ちゃんは私に気まずそうな顔を見せる。カップをテーブルに置くと鼻がツン、と痛みだし目に涙がブワッと溢れ出した。

「うっうぅぅ…グスッ…やっやぐそぐしたのに"ッ!き、今日は一緒にいてくれる"って!」
「おっおい、えっ泣くなよ。ホラこっち向け」
「う"ぅ〜」

竜ちゃんは涙がポロポロ落ちる私に、焦ってティッシュで涙を拭いていく。1ヶ月も前から私は蘭ちゃんに言っていたのだ。「絶対に私の誕生日は一緒にいてね!」と。蘭ちゃんは笑って「約束なぁ」と指切りげんまんしてくれたのに、起きたら枕元にプレゼントだけ置いてあって「仕事」と聞いたときにはショックで堪らなかった。普段蘭ちゃんは私が寝ているときに帰って来る事が多いから今日だけはって思っていたのに。竜ちゃんが拭っても拭っても湧いて出てくる涙に、今度は鼻水までたらりと垂れてきてしまった。竜ちゃんは少し考えた素振りを見せると新しいティッシュを取り私の鼻をかませる。

「…んじゃ今日は俺とデートしない?」
「………するっ!!」


私の涙は一瞬にて止まった。





竜ちゃんの車に乗り込んでシートベルトをしっかり付けたのを確認すると、竜ちゃんはサングラスを掛けて車を発進させる。私が落ち着きが無くソワソワしているのを見た竜ちゃんは小首を傾げる。

「どうした?なんか車ん中に落とした?」
「ううん。竜ちゃんの車の中に女の人の口紅とかピアスがないか探しているの」
「……ねェよ。お前ほんっとろくな女になんねェぞ。辞めろまじでそういうの、大人しく座っとけって」

竜ちゃんは私の頭をガシガシと掻き回すと私の視界はグラグラと揺れ動く。大人しく言われた通りに座り直せば、竜ちゃんは笑ってまた進路方向へと目を移す。

竜ちゃんと出掛けるのは本当に久しぶりだから嬉しくて堪らなかったのだ。





「水族館とかじゃなくて本当にこんなとこでいいワケ?」
「いいの!ここ出来たばかりで来てみたかったんだもん」

連れて来て貰ったのは最近出来たショッピングモール。本当は蘭ちゃんとも行きたかった所だ。

お買い物は心が弾むから大好き。逸る気持ちを前に私がどんどん歩く速度を早めると、竜ちゃんは私の名前を呼んで手を握る。

「もうそんな子供じゃないもん」
「いやいや普通にガキ。お前見失ったら兄ちゃんに怒られんの俺な?行きたいとこ全部付き合ってやるから言うこと聞け」
「……あい」

竜ちゃんの手は大きいから私の手がスッポリと収まってしまう。ちょっと恥ずかしいけれど、繋がれた手が嬉しくてほんのちょっぴり頬を染める。竜ちゃんはそれを見て笑うから、「笑わないで!」と私は頬を膨らます。「はいはい」と言いつつもやっぱり笑っていたから悔しい。



「あっ!ここ!ここ見たい」
「おっけー」

お目当てだった私が好きなショップ。今友達達との間で人気のブランドである。ショーウィンドウに飾られたマネキンの服に目を輝かせてショップに足を踏み入れば、本当にどれもこれも可愛くて目移りばかりしてしまう。

「ナマエには大人っぽすぎねぇ?俺的にはこっちの方が」
「竜ちゃんは分かってないなぁ。最近の流行りはこういうコーデなのよ、もっとお洒落に敏感でなくっちゃ!」
「うっ!」

私の言葉に軽く衝撃を受けたのか、竜ちゃんはダメージを受けている様子だった。そういえば蘭ちゃんも前に同じ事を私に言われて肩を落としていた気がする。蘭ちゃんの顔を思い出すとちょびっとまだ心が曇るけれど、目の前の可愛い洋服の前で私の顔は始終笑顔だった。

「買ってやるよ。好きなの選んで?」
「えっ!いいよ!怒られちゃうもん!」
「ばぁか。お前の誕生日だろ?今日は特別な日だからいーんだよ」

にっこり笑った竜ちゃんに私の顔は更に明るくなっていく。どれにしようかといくつも洋服を手に取り真剣に悩んでいると、竜ちゃんは1枚の服を持ってきて私に見せる。

「コレとか可愛いと思うんだケド」
「ソレはちょっと前に流行った奴だからだめっ、んもう竜ちゃんは本当にわかってないなぁ」
「……俺男の子だもん」

肩をまた落とす竜ちゃんに私はふふっと笑って服を選ぶ。何十分もかかってしまったのに竜ちゃんは嫌な顔せずずっと付き合ってくれて、ショップバックを掲げまた空いた手で私の手を繋いでくれるのだ。

「竜ちゃんありがとう」
「どーいたしまして。っつかそれより腹減らね?何食いたい?」
「んーと」

モール内の大きな柱に掲げられた時計を見るともう時期お昼の時刻を指す頃だった。モール内のご飯所を見渡し私は一件の場所を指さす。

「あれ!あれが食べたい!」





「まじでここでいいの?他にオムライスとかパスタとか沢山店あるけど」
「いいの!普段蘭ちゃんが余りこういうのは食べちゃダメって言うからこういうとき食べておかなくちゃ!」
「兄ちゃんが?昔良く兄ちゃんも食ってたけどな。お前と同じようにチーズバーガー頼んでさァ」

私が指さしたのはハンバーガーチェーン。中々いつも食べられないから食べてみたかったのだ。チーズバーガーとポテトとジュースのセットを頼んで席に座る。食べた事が無い訳ではないけれど、いつもと変わった空間だしお腹も減って一口食べたハンバーガーは美味しくて、ポテトも揚げたてだったからついパクパクと口が進んでしまった。

「ンなうまい?」
「美味しいっ!竜ちゃんのは辛いやつ?」
「そ。…食ってみる?」
「くってみる!」

竜ちゃんからハンバーガーを受け取り齧れば辛いソースが舌いっぱいに広がって、ひぃぃっと舌を出しながら急いでコーラのストローを吸い込んだ。

「かっからい〜」
「これぐらいで辛いとか言ってんのお子ちゃま舌だな」
「ふんっ、別に辛いもの食べられなくても生きていけるからいいもんっ」

ニヤリと揶揄われ私は頬を膨らます。竜ちゃんはそんな私の顔を見てもふはっと表情を崩して笑うだけだ。竜ちゃんの笑った顔が私は大好きである。上手く言えないけれど、竜ちゃんは昔から私に優しくて、私のやりたいこと、思っていることを言わなくても汲み取ってくれるのだ。





ハンバーガーを食べ終えた後もまたショッピングモールを堪能していればあっという間に夕方だ。モールに入っているゲーセンのUFOキャッチャー。好きなキャラのぬいぐるみを私が見つけると、何度目かのお金を入れて取ってくれた竜ちゃん。

「昔はもっと上手かったんだけど」

と少しばかり悔しそうに言いながらぬいぐるみを手渡してくれて、私はそのぬいぐるみを大事に抱きながら車に乗り込んだ。

「宝物にするねっ。ありがとう」
「服より喜んでねェ?まぁ嬉しいならいいけどさ」

帰る先は私の家だ。今日の朝は気分が落ち込んでいたのに竜ちゃんのお陰で私の心は大変満ちている。大好きな竜ちゃんと遊びに行けて、プレゼントを買って貰えて、ハンバーガーを食べてぬいぐるみまで貰ってしまった。幸せ過ぎて時間が止まってしまえばいいのにとも思うほど。





「ただいまーっ!」

元気良く家の玄関を開けて靴を脱ぐ私。私の後ろで竜ちゃんも靴を脱いで玄関を上がる。

「ママっ!竜ちゃんとデートして来たの!!でね、プレゼントとぬいぐるみも取ってくれたのっ」

私の弾んだ声にママがキッチンから私と竜ちゃんの元へと歩み寄る。

「もう!勝手に朝飛び出したりして!竜胆君久しぶりの休みだったんでしょ?本当ごめんね。竜胆君といるみたいって蘭ちゃんから聞いて安心してたんだけど……」
「あー別に全然。俺も久々ナマエと遊べて楽しかったし……って兄ちゃんどうしたの?」

ママが顔を向けた先を見れば、ソファで元気無く座りコチラをじとっとした目付きで見ている蘭ちゃん……私のパパである。

「ナマエと約束ずっと守れてないからって一生懸命仕事終わらせて来たみたいなんだけど…中々帰って来ないから元気なくしちゃってるみたい」

ププッと笑ってママはキッチンへと戻って行き、竜ちゃんも同じくクスクスと笑っている。私が竜ちゃんを見上げると「行ってきな」と言うから、私は蘭ちゃんの元へと歩み寄る。

「…蘭ちゃん」
「んー、竜胆と1日遊べて楽しかったァ?」
「すっごい楽しかったよ。プレゼントもぬいぐるみも貰ったの」
「あそォ。…蘭ちゃんもナマエとママと3人でお出かけしたかったんだけどォ。めちゃくちゃ頑張って仕事早めに終わらせて来たんですけどォ」
「…だって蘭ちゃんいつお仕事終わるか分かんなかったんだもん。…私だって楽しみにしてたけど…」

蘭ちゃんはそう言って言葉に詰まった私の頭をそっと撫でて抱き寄せる。少しだけ滲む涙に、私はママと竜ちゃんにバレないように蘭ちゃんの肩に顔を疼くめると、蘭ちゃんは優しく口を開いた。

「ごめんなァ?明日パパ休みもぎ取ったからさぁ…ナマエどこ行きたい?」

その言葉に私は即座に顔を上げると、私の大好きなにっこりとした笑顔で蘭ちゃんは笑いかける。

「ほんと?…ホントに?あっあのね!水族館に行きたいの!水族館に行って、沢山クラゲを見たいの!」
「水族館…は別にいいけどさァ、何でクラゲ?」




「竜ちゃんに似てるから!!」


「ふざけんなっ!!」


それまで黙っていた竜ちゃんは少しばかり怒ってた。






蘭ちゃんと竜ちゃんは同じ会社で働いているらしい。私の為に明日休みを取ってくれた蘭ちゃんの仕事は、竜ちゃんが受け持つらしくそれに対してごめんねと謝ると、

「子供がンなこと気にしなくていーの。楽しんできな」

と頭をポンポンと撫でてくれた。やっぱり竜ちゃんはとっても優しいしかっこいい。

ママが作った手作りのケーキもお料理も最高に美味しかったし、蘭ちゃんとママと私、そして竜ちゃんと夕ご飯まで食べられて本当に幸せだった。時間は瞬く間に過ぎて行って、竜ちゃんがそろそろ帰ると席を立つ。

玄関まで見送ろうとしたママに「ちょっとここでママ達は待ってて!」とリビングへ残して、私はパタパタと竜ちゃんの元へと駆け寄った。

「どうした?車に忘れモンでもした?」
「ううん、違うよ。竜ちゃんちょっと耳貸して?」

竜ちゃんは不思議そうに私の背まで腰を低める。私は竜ちゃんの耳にそっと手を当てながら言ったのだ。


「今日は1日ありがとう。竜ちゃんが蘭ちゃんの弟じゃなかったら私が竜ちゃんのお嫁さんになってあげたのにっ」

「は??」


お目目をキョトンとさせた竜ちゃんに私の顔はポポんと染まっていく。直ぐに竜ちゃんはタレ目気味のお目目を下げて私の頭をまた再度掻き回した。

「ほんっと姪っ子がおマセで困るワ。そういうとこ兄ちゃんソックリ」

えへへっと笑って私は恥ずかしさに耐えられなくなり、手を振って早々にリビングへと戻っていく。どうしたの?とママや蘭ちゃんが私に言うけれど、これは竜ちゃんにしか言わないし言えない内緒のお話だ。

私の初恋は言わずとも竜ちゃんである。小さい頃、竜ちゃんと会えた時はずっとくっついて離れなかったとママがアルバムを開きながらよく言っていた。大きくなったら竜ちゃんのお嫁さんになると密かに意気込んでいたのだが、小学生になり知識が少しだけ増えたとき、身内同士は結婚が出来ないと知り、その日は一日ショックで蘭ちゃんの顔を見たくなかったのを今でもよく覚えている。あの時は理不尽に怒ってごめんね、蘭ちゃん。


竜ちゃんと結婚が出来ないのはとっても残念だけれど、もう少し先の未来で中学生や高校生になって、私にも彼氏という存在が出来るのならば、竜ちゃんみたいな人と付き合いたいなって思う。






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