小説 | ナノ

追われる方が幸せだって





蘭ちゃんに恋をしてもう時期一年になる。
蘭ちゃんに私を認識してもらうまでに1ヶ月。挨拶を交わしてくれるようになるまでプラス3週間。憧れであった"蘭ちゃん"呼びを許してもらうに更に1ヶ月。そして恋してもう時期一年。

でもまぁそんなのもうどうでもよくなっちゃったわけで。
ただ今まで魅力的に見えていたものが見えなくなってしまっただけのこと。蘭ちゃんに何度か付き合って欲しいと言ったことはあるが、「んー、考えとくワ〜」とか「その内なぁ?」とかなんとか言って毎回はぐらかされてしまう日々。初めはその言葉を信じていつかは蘭ちゃんの彼女にしてくれるのかな!?なんてウキウキしてたんだけどさ、アレはダメだね。蘭ちゃんは私と全く付き合う気がない。私がその都度諦めないと意気込む顔を見て面白がっているだけだと気付いてしまった。そう思えば昨日までは大好きだと思っていた感情が跡形も残らずスンッと消え去ってしまったのだ。

まだ蘭ちゃんと出会ったばかりの頃、蘭ちゃんの周りに数名ぐったりとした男の人達が横たわっており、私の見る先にいた蘭ちゃんから視線を逸らせなかった。数ミリ程度も体が動くことすら出来なくて、ただ蘭ちゃんを見つめる私に警棒を自身の肩にトントン、とリズミカルに叩きながら彼は言ったのだ。

「いつまで見てんの?あんまし女が見ても特しねェと思うけどォ?」
「へぅっ!」

月夜に照らされた彼の顔は喧嘩終わりのせいか目が据わっており、ひんやりとした空気の中で固まる私に微笑みかけた。しかし私には怖いとかそんな感情は一切持たずに魅入ってしまったのだ。今思えば一目惚れに近いものだったと思う。

「かっかっこいい」
「…は」

怪訝な表情を浮かべる蘭ちゃんに私はひどく興味が湧いてしまった。だって私の学校には不良君と呼べるものはおらず普通の男の子たちしかいない。目の前の、そうまるでドラマの俳優さんのような綺麗な顔つきでただでさえ"警棒なんて物騒なもの持ちませんよ!"と言いそうな人に見えるのに、この人数を一人でノシただなんて格好が良すぎる。

「…お前、アタマ悪そォ」
「は、はい。頭は悪いです、とっても」
「……?」

この日を境に私は蘭ちゃんに絡むようになり、蘭ちゃんの頬に赤黒い血が着いていようが特攻服から鉄の臭いがしようがそれすら、えっ!血も滴る良い男じゃん!と思ってしまう程には蘭ちゃんの事が好きでしつこく付き纏っていた。

そして私はこうして熱しやすい分、切り替えが早いところは昔からの唯一の長所である。蘭ちゃん…おっと、もう気持ちはないので蘭ちゃんと呼ぶにはおごかましい。蘭君と呼ばなくては。そう思ったら即行動、私はとある人物に電話をかけた。





「俺を兄ちゃんと勘違いしてる?ンな訳ねぇか」
「勘違いしてないよ、ちゃんと竜胆君を呼んだの」

休日の昼下がり。前から行ってみたいと思ったカフェのテラス席に私たちは腰を下ろしていた。ここはハニートーストが絶品で看板メニューらしい。店員さんにハニートーストと飲み物を頼むと竜胆君はキョロキョロと何処か落ち着きがない。

「どうしたの竜胆君」
「あ?いや別に。っつか何だよ話あんだろ?」
「そうそう、その事なんだけどね。今まで随分と協力してくれて物凄く助かったし有難かったんだけど…もういいの」
「…は?もういいって何が?」

片眉を下げる竜胆君を前に、私は自分の顔の前で手を組み続け様に口を開く。

「わたし、蘭くんの事はねもう諦めたのよ」
「ハァッ!?なんでっ!?」

ガタンっとテーブルが動きそうなくらいに竜胆君は前のめりになって私へ顔を近づけた。そんな驚くことでもないだろうに勢いがあったせいか近くの周りの人達が一斉に此方に顔を向けたのが分かる。

「なっ何でそんな竜胆君が焦ってるの?一旦座ろう!ね?」
「あ、あぁ。うん、わりぃ。でも何で急に?あんなに兄ちゃんが好きだって言ってたじゃん」

竜胆君は椅子へと座り直すも未だ何処か焦っているように見える。焦っているというか驚いているのかな。竜胆君にはいつも蘭君のことで相談に乗って貰っていたから驚くのも無理はないだろう。

「いやね?自分でも驚くほどに急に気持ちが無くなっちゃったんだよね。あんなに頑張ってたけど振り向いてくれないしもういっかぁって」
「待って!ちょっと待って!あ、あれか?ナマエがいる前で他の女とわざと仲良くしたり、メールの返信1日開けたり、お前が好きっつーのも兄ちゃんが言わせるクセに返事は毎回はぐらかしてるからか?ゴメンまじでっ!俺そういうのやめろって言ってンだけどさ、ゴメン!俺の兄ちゃんがこんなでマジごめん」
「え?いやいや別にそうじゃなくて…ってかそれわざとだったんだ?知らなかった」
「えっっ!!?」

違ぇの?と竜胆君の額には冷や汗がたらりと流れたような気がする。そうか、知らなかった。蘭君は私といるときにやけに他の女の子の話をするし、メールの返信もめちゃくちゃ遅くて落ち込み始めると返ってくる。私の告白は頷かないクセに毎度「俺のこと大好きだもんなァ?」とか聞いてきてたけど、あれ全部ワザとだったんだ。恋をしていない私は冷静なもので、あっ蘭君てもしかしてチヤホヤされるのが好きだったりするのかなと思ってしまった。

『お待たせしました。ハニートーストのお客様〜』

私の目の前に置かれたハニートースト。厚切りのトーストにバニラアイスと苺が沢山飾られていて見るからに可愛らしい食べ物。その上にこれでもかというくらいにハチミツがかけられていて私は頭を抱え出した竜胆君をほおってパクリと口に頬りこんだ。

「んまっ!竜胆君!美味しいよっ、元気出して!ホラ」
「んー、いや俺元気はあるけどさ…いや、いらねって」
「そんなこと言わず」
「ああ…はぁ…なんで…なんで………んま」

トーストを一口分フォークで差し竜胆君に向けると、しぶしぶ口を開いてパクリと食べる。意外と美味しかったのか少しばかり顔色が明るくなったような気がする。シルバーケースからもう一つフォークを取り出し竜胆君に手渡して結局二人で直ぐに平らげてしまった。

竜胆君はコーラを、私はオレンジジュースのストローを加えながら一息つく。そういえば竜胆君とは蘭君を通して仲良くなったけれど、こうして二人で何かを共にする事は今日が初めてだ。

「ねぇねぇ竜胆君、こうして見ると周りから私たちカレカノって思われちゃうかもね?」
「ブッッッ!は、ッハァ?変なこと言うのマジやめろ。そんなの聞かれでもしたらっ−−−!」
「だーれと誰が"カレカノ"だってェ?」
「あ、らんくん」
「ほらみたことか!」

いつ間にやらひょっこり私たちの方に顔を出した蘭君は当たり前のように私と竜胆君の間の椅子へと座る。竜胆君は更にまた慌てふためきコーラを吹き出した口を拭わず、震えるような口ぶりで蘭君へと弁解しようとする。

「に、兄ちゃんこれはそのっ違ぇんだよ。あっ!今度兄ちゃんとここ行きたいってナマエが言っててさ!だから下見つーか、な?そうだよな?」
「ふーん。そうなの?」
「え?全然違うけど」
「ちょっっ!おまっお前っ!!」

蘭君はニコニコと笑って何故か必死に謝る竜胆君を無視し私の方へと顔を向けた。頬杖つきながら微笑む蘭君の笑顔はいつも見る顔と同じはずなのに、何処か怒っているようにも思える。

「お前が好きなのはァ誰だっけ?」
「兄ちゃんだよな?そうだよなっ!?な?」
「りんどーうるせェ。少し黙れ」
「うっ」

竜胆君は蘭君の言葉により口を閉ざす。竜胆君は未だあたふたしている様子で私の口から出る言葉を伺う。"好きって言って!お願いだから!兄ちゃんのこと好きって言って!"といった表情が見受けられてちょっと笑いそうになってしまった。しかし私に気持ちはないのだから好きと嘘は言えない。ごめんね、竜胆君。

「その事なんだけどね。私、追う側よりも愛される方が良いなぁって思ってしまったというか」
「はぁ?」
「蘭君に恋をしてから毎日蘭君に好きになって貰えるように頑張ってきたけど、蘭君私と付き合ってくれる気全くないじゃん?だったらいつまでも片思いなんかしてないで私を可愛がってくれる人を見つけた方がいいかなぁなんて思いまして…」
「……ンだそれ。っつかなんで君付に戻ってんだよ」
「え?だってちゃん付けなんて馴れ馴れしいじゃん」

蘭君は時が止まったかのように全身を固まらせ、竜胆君は終わったというように口から魂が抜け出したような顔をしている。ちょっと面白いから止めて欲しい。つい笑いが込み上げてきたけれど、心情を抑えるようにオレンジジュースをもう一口飲んだ。

「元の私は追うよりも追われたいんだもん。慣れない恋をしてそれに気付いちゃったの」

だって好きって言ってもらいたいし、可愛いって褒めて貰いたいし。蘭君はたまぁに、本当にたまに飴をくれるように頭を撫でてくれることもあったけど、追いかけ続ける恋愛は私には性に合わなかったみたいだ。だったら愛を満遍なく伝えてくれる人がいた方が私はきっと幸せである。

氷が溶けていつの間にか薄くなってしまったオレンジジュースはもう美味しくない。恋も同じだと思う。熱を上げている時の恋愛は楽しくて仕方がないが、冷めた時の感情といったら一瞬にてどうでもよくなってしまうし、つまらないものだと思う。

「竜胆君、私と付き合わない?竜胆くん優しいし沢山尽くしてくれそうだよね」
「はっっハァッ!?お前ほんっとマジ止めて!冗談は時に人を殺すぞ!」
「アハハ、何それ初めて聞いたんだけど」

バッグを持ち席を立とうとすると、固まっていた蘭君が私の腕を掴み無理やり視線を合わせる。

「…りんどうはやんねぇし…」
「分かってるよ、冗談だってば」
「お前の反応面白ェからからかってただけなんだけどォ…」
「はぁ…うん、竜胆君もそんなこと言ってたね?」
「バカ!俺の名前出すなよ!」

綺麗にセットされている髪の毛を気にもせず竜胆君は両手で掻きむしる。竜胆君に目を向けていたのが気に入らなかったのか蘭君はぎゅっと掴んだ手に力を込め、言いたくないのか言いづらいのか眉間に皺を寄せた。

「……俺の方が竜胆よりも優しいし尽くせる自信あんだけどォ」
「……へぇ?」

つまり何が言いたいのか。
蘭君の表情を見て私はついに顔から笑みがこぼれてしまった。そっと蘭君が掴んだ手を空いた片方の手で離し、伝票を持つと未だしかめっ面の蘭君に向けて私は笑顔で微笑む。



「楽しみにしてるね?」




次は私が追われる番である。


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -