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六本木。それは私なんかは到底似合わない場所。服を買うとかご飯を食べるだとかそういったことは全ていつも渋谷で済ますことが多いから、私は六本木にはまず足を踏み入れない。

そんな私が何故学校帰りに六本木まで出向いているかというとこれには理由がある。私の大親友が彼氏にフラれたらしい。

「遊ばれてたの!裏に何人も女がいて!有り得ない!"俺とお前付き合ってなくない?"って言われたの!わぁぁん」
「ちょ、大丈夫?」

机に頭を打ち付けるがの如く親友は机から顔を上げない。小学校からの大親友、この親友がこんなに泣いているのを見るのは小学校のとき私と喧嘩して以来だと思える。私の大事な友達をここまで傷付けるなんて酷すぎる。そこで私の頭に火がついた。一発ガシンとそいつに言ってやろうと。咽び泣く親友を宥めながら私はそう決心したのだ。





…とは言っても何も考えずに来てしまった六本木。そこで気付いた彼の名前しか親友に聞いていなかったことを。馬鹿は生まれもった素質であることを実感せざるを追えなかった。どうしたものかとキョロキョロすること数分。早々に見つかる訳が無い。昼間であっても六本木。人は目まぐるしく私の前を通り過ぎていく。

「わからんわからん」

小さくボヤっと呟いて私は歩道の端へと移動する。あの人か?…いや、でも。じゃああの人!?…違うかも。当たり前である。東京には田舎と違って人の規模からして違うのだから片っ端から聞いたとて見つかる確率はゼロに等しい。

あ!じゃあ親友に電話してみればいいんじゃん!

今更になってそこに気付いた私はやはり馬鹿である。制服のポッケから携帯を取り出し親友の電話番号を開いたとき、声を掛けられた。

「誰か探してンの?」
「はうっ!?」

声がした方へ振り向けば目に映ったのはオシャレな格好をしたお兄さん。身長は私が見上げてしまうほど高くて、男の人なのに黒のヘアカラーに金を交えた三つ編みの。
私に向かってニコッとお目目を下げて笑った顔に私の顔はパフっと赤く染まっていった。

「えっと、そのぉ」
「さっきからキョロキョロしてたっしょ?凄ェ困った顔してたから声掛けちゃった」

え、こんな綺麗なお兄さんに見られてたのめちゃくちゃ恥ずかしいのですが。モデルとも思えるようなお兄さんを目の前にして、私は赤面しながら石のように固まる。お兄さんはそんな私を見て首を傾げてほんの少し笑みを零した。

「あ、困ってなかった?ンなら別に良いんだけどさァ」
「ハッ!いえ!あっとぉ…困ってるって言えば困ってるんですけど…」
「やっぱり?俺あそこから見てたんだけど、スゲェ挙動不審に端に寄ってったから笑えたワ」
「そ、そんなとこまでっ!?」

お兄さんが指差す方向へと顔を向けると私がいた場所から近いカフェのテラス席。ほぼ初めから見られていたのかと思うと羞恥心で穴があったら今すぐ入りたいと切に思う。お兄さんは私の肩を細長い指でつんつん、と突く。

「お兄さん今ちょー暇だから話し相手になったげる





先程お兄さんが指を指したカフェのテラス席。「甘いものでも食べな」と言われ、私は季節のケーキセットを言われるがまま注文してしまった。これってナンパ?ナンパなのか…?お兄さんは頬杖しながら私をにこにこと見つめている。
か、かっこいいな!六本木恐るべし!
見られていることに胸はバクンバクンと太鼓を叩くかのように音を鳴らし、それを打ち消すかのように私はオレンジジュースのストローに口付ける。

「あはは、顔真っ赤だけど大丈夫ゥ?」
「えっあっ、ちょちょちょっと緊張しちゃって」
「ちょっと所じゃねぇだろ。かわいー

バフンっ!今度はリアルに音が鳴ったかのように私の全身から汗が吹き出したような気がした。店員さんがケーキを運んできたけど、その店員さんだって目の前のお兄さんを見ている。見惚れたのか気持ちは分かる。凄い分かるけどそのケーキはお兄さんが注文したものでは無くて私が注文したやつだよ店員さん。
お兄さんは自身の目の前に置かれたケーキへフォークを取るとケーキにそっと刺して私に向かって差し出した。

「食べる?」
「じっ自分で食べます!」

「そ?残念」と全然残念そうに見えないけどお兄さんはそう言葉を繋ぎ、それはそれは自然と私に差し出したフォークのケーキを自分の口へと放り込む。そしてそのままフォークとお皿を私の方へと置き直した。このお兄さんが使ったフォークを!私が使うの!?と変態チックな考えが頭を過ぎるともうお腹はいっぱいで中々食べられなくなってしまった。

「なァ名前教えて〜」
「なまえ、です」
「なまえちゃん、ン、なまえね。んじゃさっきの続きな?どーした?」
「あ、と…それは」

お兄さんはレモンティーが注がれているグラスの中の氷をストローでからからと回す。こんな綺麗で目立つお兄さんなら、もしかすると親友の恋人を知っているかもしれない。もう一度オレンジジュースを一口飲み、私はお兄さんへと口を開いた。

「は、"はいたにらん"て人ご存知ですか…?」
「は?」
「えっと、私の親友がですね!どうやら彼に泣かされたみたいでして、いっぱいその子の他にも女の人がいて俺とお前付き合ってねぇじゃんとか言われたみたいで」
「…ふぅん。…その"はいたにらん"に会ってどーすンの?」

お兄さんは私の言葉にほんの少しの曇を見せたかと思うとすぐにまたにこにことした表情へと戻す。知り合いだったりするのだろうか。

「いっ…一発」
「一発?」
「一発ドスんと言ってやろうかなって思ってて。親友は私の一番の友達だし泣いているの見ていられなくて」
「へぇ…ガツンじゃなくてドスん、ね。ふふっ」

お兄さんはアンティーク調の椅子の背もたれにグッと背を預け腕を組み口端をあげる。ちょっとその表情に私は委縮してしまって慌てて目を逸らした。

「じゃ俺もその"蘭チャン"探し手伝ってやるー
「へ?」
「俺結構ココでは顔広いんだよね。だからソイツの事も知ってるよ」
「えっ!マジですか!?」
「うん。まじまじ」

お兄さんの言葉に私は目を輝かせるとお兄さんは「ケーキ食いな」とにこにこ微笑む。お兄さんが使っていたフォークのことも忘れ、手掛かりゼロだった"はいたにらん"を知っている人物に出会えたことを空へと感謝し私はケーキを食した。ケーキを食べ終えた頃、お兄さんは携帯を取り出し言った。

「あ、じゃあ連絡先交換しとっかァ」
「はっはい!」

慣れた手つきでお兄さんは私のアドレスと電話番号を交換し登録する。

「えと、お兄さんの名前教えて頂けませんか?」
「名前?あー…そっか。ン〜じゃあ竜胆で」
「りんどうさん、ですか?」

少々考えた素振りをしたのが不思議に思えたけれど、私は教えてくれた名前を余り深く考えずにそのまま入力し登録する。入力し終えたのを見届けたお兄さんは会計の伝票を持って席を立った。

「あっわたし自分で払います!バイト代も出たばっかりなので今日のお礼に奢らせて下さい!」

お兄さんはお財布を取り出した私の問い掛けに一瞬キョトンとした表情を見せたかと思うとククッと笑い出す。

「ふっふふっ。じゃあここは俺が払う代わりに今日のことはオトモダチに内緒つーことでどお?」
「へ?何でですか?」
「誰にも言わずに二人で"らんチャン"探しすんの、探偵ごっこみてぇで楽しそうじゃん?オトモダチに言ったらなまえに気を使わせちまうかもよ?」

人差し指を口に当てるお兄さんに私の心は今度はギュッと潰されたようだった。今日だけで私の心臓は"はいたにらん"により怒り心頭に発したり、お兄さんに出会って胸に矢が刺さったような感覚に陥ったりと大変忙しい。こんな心臓が動いて寿命が縮んでしまいそう。だって可愛い。こんな大人っぽい人が探偵ごっことか言うの、ほんとかっこ可愛い…じゃなくて!

「…わ、分かりました!内緒でいきましょう。でもお金は別です!」

お兄さんの手に持っていた伝票をするっと奪いレジへと進む。会計をそそくさ済ますとお兄さんは私の頭をポンっと手を置きニコリと微笑んだ。

「お前いーね。…頑固って周りから言われない?」
「…たまに言われます」
「絶対ぇたまにじゃねェだろ」





次の日、お兄さんからメールが来た。

『今日駅前に来て。私服で』

お兄さんのメールに胸がまたピョンッと跳ねる。お兄さんはただの暇つぶしの探偵ごっこなのだ。デートなんかでは決して無い。でも私の心臓は勝手に暴れ狂ってしまう。いかんいかん。親友の為、私がこんな気持ちでいたら申し訳ない。親友は今日学校を休んでいる。朝『目がめちゃくちゃ腫れてるから今日休むね』とメールが来ていた。目を腫らすほど好きだった相手に付き合ってないと言うあの"はいたにらん"という男に嫌悪感で私は眉を顰めた。




「おっ可愛いじゃーん!」
「り、りんどうさんっ」

学校終了と共に急いで帰宅し着替えて待ち合わせの場所へ向かうと、お兄さんはすぐに私に気付いてひらひらっと手を振ってくれた。うっ、今日もお兄さん格好良い。隣に歩くのがこんな私ですみませんと頭を下げたくなるほど私とは纏うオーラが違いすぎる。お兄さんはタレ目気味の瞳をパチクリさせると「あっ!」と声を出して私に言う。

「その竜胆さんっての辞めて俺お兄さんって呼んで欲しいなァ?」
「おにッお兄さんですか!?」
「おー。その方がキュンてしちゃうし嬉しいワ」

こんなことを恥ずかしげもなく言ってしまう辺り、お兄さんはかなり女の人に手馴れているのだろう。火を噴くように熱くなる顔を両手で抑えるとお兄さんはクスクスと笑って私の頬にあった片手を取ると繋ぎ歩き出した。

「え!?」
「んー?この方が自然だろ?探偵すンなら偽装も大事でしょ」
「そっそういうもんなんですか??」
「そーいうモンだよ。多分な」

探偵とお手手繋ぎは絶対に関係無いと思うけど、お兄さんは私の手を取り歩き出す。ひーっと逃げ出したいくらい体は強ばるし、お兄さんの顔を直視出来ない。大人の人ってこんな余裕があるのかなんて思っていたらなんとお兄さんは私の一個上、18才だった。

「俺そんな老けて見えンの?つら〜」
「や!違くてっ、なんか服装とか大人っぽいし雰囲気が違うというかなんというか」
「まぁ許してやるワ〜」

スタスタ歩いて連れて来られたのはゲームセンター。お兄さんは繋いでいた手を離すとクレーンゲームにお金をチャリンと入れる。

「ゲーセンに"はいたにらん"は来るんですか?」
「ん?あぁ、来る来る。暇なときとか来るねぇ」

お兄さんは軽い相槌を打つとクレーンを操作する。『おめでと〜!ゲット出来たねっ♪』と音声と共にガコンと人形が落ちて、私は思わず「すごっ」と声を出してしまった。
取り出し口からぬいぐるみを取り出すと、お兄さんは私にそれを手渡す。

「はい、あげる

にっこりと笑って某有名キャラのぬいぐるみを私に手渡すとお兄さんは別のクレーンゲームの所まで歩いていき、またお金を入れレバーを操作する。

「えっあっ!いいんですか?お兄さん欲しいんじゃ」
「いや?いらねぇし俺が持っててもウケるだけだろ〜?ソレこの間金出させちまったからその詫びな?ハイ、これもあげる」
「ちょっ、え?ありがとうございますってかクレーンゲーム上手いですね!?」

お兄さんは満足げに笑みを浮かべて今度は違うキャラのぬいぐるみを私の腕に抱かせる。

「女の子ってこーいうの好きでしょ?」

楽しそうなお兄さんの顔に、私もつい笑顔になってしまって気付いたらお兄さんの横で一生懸命自分もクレーンゲームを楽しんでしまった。…一個も取れなかったけど。その点お兄さんはあれから二つもぬいぐるみを取って私はパチパチと手を叩けばお兄さんは「小学生かよ」と笑われてしまった。

「結局"はいたにらん"いなかったんですよね?」
「あー、そうだなァ。いなかったネ?」
「まぁすぐには見つかりませんよね!今日はすみません、ぬいぐるみまで頂いて。お兄さんの時間無駄にしちゃった」

駅まで送ってくれたお兄さんに、私はもらった四体のぬいぐるみを掲げてお礼を告げる。これで電車に乗るのは少し恥ずかしいけど、お兄さんから貰ったぬいぐるみならば大事に家まで連れて帰らなければ!

「全然いーよ楽しかったし。つかその人形、そのまま持って帰ンの?」
「あ、はい。バックに入らないので」
「そ?ふふっ、ゲーセンにある袋貰ってくりゃ良かったのに」
「ハッ!?」

普段ゲーセンでする事と言えば友達とプリを撮るくらいなものだった為、ゲーセンに持ち帰り用の袋があることをお兄さんに言われるまですっかり忘れていた。

「いっ言って下さいよ!意地悪です!」
「ふはっ、なまえが人形抱いてんの可愛かったからつい忘れてたワ。ごめんなー?」
「はうっ…」

絶対ぜったい言い方からして忘れていた訳では無かったと思うけれど、お兄さんから出た"可愛い"に私の全てが持っていかれてしまってそれ以上は言えなかった。お兄さんは私の心臓に色んなダメージを与える事が大得意のようだ。





それからお兄さんと私は頻繁に会う回数が増えた。"はいたにらん"がよく行くらしいご飯屋さんに連れて行って貰ったり、"はいたにらん"が良く買い物に訪れるらしいショップへ行ったり、またゲーセンを訪れてみたり。しかし行く日も行く日も"はいたにらん"を見つけることは出来なかった。そんなこんなで一月が気付けば経とうとしていて、親友はもう吹っ切れたのかいつの間にか新しい恋をしているし、私も私でお兄さんへ思う心境が段々変わっていった。

「お兄さん、ここは?」
「俺の家」

いつものように駅付近で待ち合わせして「今日はこっちこっち」と手を引かれ、連れて来られたのは顔を見上げるほど高さのあるマンション。お兄さんマジで何者!?と思いつつ、あれよあれよと私は今お兄さんの家のリビングへ足を踏み入れてしまった。自分の家より綺麗なリビングに窓から見えるのは東京の街並み。年季(父母ごめんなさい)が入った自宅とはかけ離れたマンションに私は目を丸くさせるばかりだった。

「景色見ンの楽しい?」
「はひっっ!」

いつの間にか私の背後にいたお兄さんは最近距離がとても近い。「リアクションがデケェからお前面白い」と前にお兄さんに言われてしまったから抑えなければと思うけど、こればかりは素でこうなってしまっているのだからどうしようもない。いつまでたっても慣れない心臓は音を増すばかりで、顔だってすぐに林檎のように真っ赤になってしまう。一個しか年変わらないのに何でこの人はこんなに色気があるんだろう?不思議で仕方が無い。

「あの、私はなんでお兄さんの家に来ちゃったんでしょうか…?」
「あー、今日は探偵お休みの日だから?」
「お休み?」
「そ。俺が決めたの」

お兄さんは私から距離を離すとソファに座れと手招きする。小学校の発表会の時よりもガチガチになって歩く私にお兄さんはケラケラと声を出して笑った。ソファに座って数分、未だ胸は音を鳴らし続けるが親友が新しい恋をした以上、私が"はいたにらん"探しをする理由が無くなってしまったことを伝えなくてはいけない。これを言ってしまえば私とお兄さんはもう会う理由が無くなってしまうのは正直言って寂しい…めちゃくちゃ寂しいけど。いつまでもお兄さんの時間を貰ってしまうのは申し訳ないし。私が口を開こうとしたとき、それよりも早くお兄さんは口を開いた。

「初めに会ったとき聞きそびれたんだけどさァ、"はいたにらん"にガシんと言ってやるとか言ってたけど、何て言うワケ?」
「それ、は…」

お兄さんは私を見つめ口調を穏やかにして言葉を発する。
なんて、なんて言うんだっけ?1ヶ月前まではまだ親友もあんな状況だったし、言いたいこと沢山あった筈なのに言葉が出て来ない。お兄さんはふぅ、と小さく息を吐くと小さく開けた距離を更に詰め私の口元をなぞる様に人差し指を動かす。

「あ、おにいさっ、」
「んー?探偵ごっこ楽しかったし暇つぶしになったしそれは良いンだけどさァ。こんな細っこい小せェ女が男に罵倒なんかしたらどうなると思う?」

お兄さんの声音は先程と変わらず穏やかであり、顔だって笑みを浮かべている。なのに、緊張とは別の動悸が私を襲ってきてお兄さんから目を逸らせない。

「こんなこと言いたくはねェけどさぁ、女はどうしたって男に力じゃ勝てねェの」
「…それって…つまり?」
「ヤサシーイ男なら良いかもだけど、コワーイ男だったらどうする?オマエ男から怒り買っても逃げれんの?」

私の口元をなぞった指は私の頬へと移動して行き、お兄さんの鼻先と私の鼻先が触れるくらいに顔を近付ける。

「こういうコト無理矢理されても逃げれるかって聞いてンの」
「ひ…あ、と」

お兄さんがお兄さんではないみたい。"逃げられない"直感でそう思った。声にならない声を必死に絞り出そうとしたとき、お兄さんの携帯が音を鳴らした。お兄さんは私から距離を取るとディスプレイを確認して電話に出る。

「あ、もしもし竜胆?ああ、さっきまでマナーだったから気付かなかったワ」

ドクン、ドクン、と脈打つように鼓動が早まっている。電話が鳴ってくれて良かったと安堵し小さく息を吹き返ししたとき、お兄さんの言葉に私は顔を上げる。りんどう?竜胆って今言ったのこの人?いやいや、同名ってこともあるかも、でもこんな珍しい名前の人が知人にもいるって有り得るのか?そんな事を考えて思考をぐるぐると回し続けているとお兄さんは電話が終わったようで私へと視線を合わせる。

「あ…お兄さんの名前って…りんどうさんじゃ、ないんですか?」

お兄さんは一瞬の間を開けると目を細めて薄い唇の端を上げた。その表情に私の体は一層縮み上がる。

「竜胆は俺の弟。俺の名前は灰谷蘭、お前が探してたオトコは俺
「うっ嘘じゃんっっ!!」

咄嗟に出た私の言葉は虚しく、蘭さんは私をそっと押し倒すと綺麗に結われていた三つ編みのゴムをそっと外す。サラりとしたお兄さんの髪が私の顔へと掛かり、蘭さんと名乗ったお兄さんは頬に掛かった髪を手で払い除けた。

「嘘じゃねェって。何なら竜胆に聞いてみる?灰谷蘭って誰ですかぁって」
「あ?いっいえ、その…大丈夫です」

蘭さんは潔く引いた私に満足したのかにっこりと笑う。多分この人は嘘をついてはいないのだろう。いないのだろうけど、私の心境が全然理解するまでに達していない。

「で?俺に言いてェことあんだろ?蘭チャン機嫌いーから聞いてやるよ。ホラ、言ってみ?」
「ヒゥッ…」

言えない言えない言える訳が無い。
お兄さんは怒ってはいないようだが私が逃げられないようにいつの間にか両手首を捕まれ固定しているし、私を見下ろす目がめちゃくちゃ笑ってて怖い。

「言えねェの?こんだけ俺お前に時間使ってやったのに」

え!そこで口を尖らすんですか!?
何も答えない私にお兄さんはそのまま言葉を続ける。

「あー、お前のオトモダチ?マジで付き合ってねェんだよなァ?好きとか付き合ってとか言われたかもしんねェけど俺それには答えてないし。勝手に向こうが勘違いしたんだろ」
「は、え……んムッ!」

語彙力を失った私に蘭さんは今度は本当に私へとキスをした。舌を差し込まれ、ぬるっとした感触が口内を犯していく。急なキスに答えることなんか出来るはずがなくて唇が離れる際に私の唇をちゅうっと吸われる。息を切らす私とは対照的に、蘭さんは愉しそうに笑みを零しながら自分の唇をペロリと舐めた。

「ンんっ、ぷはっ」
「えーキス下っ手くそじゃん、かぁわい

カァァッと顔が赤くなり、顔を覆いたくとも蘭さんによって腕を固定されている為それが出来ない。蘭さんは私の耳元をかぷっと噛み付き私の体はピクン、と跳ねる。囁くように、吐息混じりに蘭さんは言うのだ。





「お前が探してた男がここにいんだもん。最後まで相手しろよ?





−−−−−−


灰谷 蘭

遊んでいる女は確かにいたし、なまえの親友とも遊んだ覚えはあるがなまえに言われるまで存在すら忘れていたクズな男。
まぁ自分を探しながらクレーンゲームで遊ぶ姿や、連れてったご飯屋で必ず「美味しい!美味しい!」と笑顔で素直に伝えてくるなまえが意外と気に入ってしまいどうやって手に入れよっかなって考えてたが結局強行突破。最初は本当に暇つぶしだったのに。

「この蘭ちゃんが気に入ってない女に飯連れてったり人形やるわけねーじゃん?」


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