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※蘭視点です




「兄ちゃんほんとにその女連れてくの?」

血濡れになった息をしていない男の横で、気を失って静かに目を閉じている女を抱き抱えると、自身の弟である竜胆は苦笑を浮かべた。

「連れてくよ?…なんで?」
「なんでって…別に兄ちゃんが良いなら良いけど」

竜胆からしてみればそうだろう。何も知らないそこらの女をその場で買って連れて行くなんて行為、普通だったらやらねぇし例え居合わせたとしても"見てしまった"のなら、男と一緒に殺して東京湾に沈めるのが俺ら"梵天"のルールだから。竜胆がこんな顔をしているのも理由は分かる。

ドアに手を掛け、背後にいる竜胆に俺はにこりと微笑むと竜胆はあからさまに口端を引き嫌な顔をした。

「竜胆コレ、片付けといて

顎を死体へと向けると、竜胆は深いため息をわざと大きく吐き「言うと思った」とスマホを取り出した。 好転。





女を自宅へと連れて行きベッドに寝かす。彼女が寝ている隙に私物であるバッグの中から身分証とスマホを取り出した。ちらっと横目で彼女を見れば、すぅすぅと深い寝息を立て目を瞑っている。まだ起きる様子は無い。

小さな体に小さな顔。彼女の髪をサラりと触れるように撫でてみても彼女は未だ眠ったままだ。
リビングの椅子に腰を掛け、スーツの内ポケットから煙草を取り出す。口に咥えて片手でライターを着ければ、ゆらっとした煙が宙を舞った。身分証に載っている彼女の名前、それをテーブルに置きスマホをタップすればホーム画面はもうこの世に存在しない男と写っている写真の画像だ。

画像フォルダ内を覗けば写真は男と写っている写真の他に友達だろうと思える写真が何枚も保存されている。どれもこれも楽しそうに、幸せそうに笑う画面の彼女に向かって煙草の煙を吹き灰皿へと煙草を押し潰した。

「…馬鹿な女ァ」

スマホは明日にでも処分してしまおう。どうせこの先連絡取れるべき人間は自分しかいないのだから、と思えば口元は自然と上がっていくばかりだ。





「あ、起きたぁ?」

女はビクンと体を跳ねさせ俺へと怯えた表情を浮かべる。少し距離が離れていても分かるぐらいに体を縮こませて俺から距離を取ろうとする彼女に俺は歩み寄る。

「俺のこと怖い?」
「えっ、と…」

見るからに俺のことを覚えていないという顔をしていて、それにはちょっとムカつく。カレシだった奴のことなんかは忘れていようが覚えていようがどうでも良かったが、俺のことを記憶から抹消されているってのが気に食わない。

「あ、その昨日は彼氏の家にいたはず…なんですけど。その後のことが全然覚えていなくて」

…彼女の言葉は嘘をついてるようには思えなかった。仕事柄、嘘をつく奴には見慣れている。代表的な例だと目を泳がしたり、自分の体の弱い部分を隠そうとしたり。そんな様子が彼女には全く見られず昨日のことは本当に覚えてねぇんだろうな、と表情から伺えた。

俺がニコリと笑ってみると彼女は怪訝な表情を浮かべる。それもそうか。俺のことも覚えてねぇみたいだし、ひでェ話だよ全く。

「俺仕事中だからさァ。夜には帰れると思うから大人しく待っとけよ?」

彼女の引き止める声は聞こえていたが俺はそのまま部屋を出て行く。彼女がこれからする事は目に見えていた。仕事は仕事で本当だがまだ少し時間がある。マンションの外で彼女がいつ出てくるかと待っていれば、俺が出て数十分もしない内にエントランスから出て来た。それも裸足で。どんだけ逃げてェんだよ。

「やーっぱりこうするよなァ」
「ヒッッ!」

そんな幽霊でも見るような顔されんのは流石に傷つくワ。あーでもまぁ俺優しいし?俺の名前教えたのも記憶から抜け落ちてるみてぇだけどさ、一回くらいの脱走なら大目に見てやるよ。

「悪いコト言わねぇから俺が帰ってくるまでちゃんと"マテ"出来るよな?」
「あ…っ、…は、い」

彼女の返事を聞いて部屋へと連れ戻す。また逃げたとしても俺に買われちまった以上この女は詰んでいるし、彼女はきっと俺から逃げることは出来ないということを今に理解するだろうから焦る事は何も無い。 好転





帰宅してみればやっぱり彼女は居た。何処にいればいいのか分からないといった様子で、取り敢えずダイニングテーブルの椅子に座って。ちょこんと座り、俺を見るなり警戒気にまだ怯えている様子のなまえの頭を撫でてやれば、ほんの少し目を見開いて驚いた顔をする。あーかわい。

「よく逃げなかったじゃん」
「あ、と…蘭さんが待っててって…言ったので」
「ん。言う事聞ける子は嫌いじゃねぇ」

意外となまえは頭が回るらしい。俺の言う事を素直に頷いて、怖いなりに必死に俺の機嫌を伺う彼女はまるで小さな小動物。

あの日の事を教えてくれってお前が言うから、お前を金で買った日のこと教えてやったのに俺の目を見て青ざめた顔すんだもん。お前を売って借金チャラにしろって言ったの、お前の男なのにさ。

「そんな顔すんなよ。俺があの場にいなかったらお前もう死んでたよ?」

そう言えば彼女は俺に震える手でしがみつく。なまえの小さな頭に顔を疼くめて、俺の顔は今どんな顔をしていると思う?なまえはもう時期俺に堕ちてくんだろなぁって思うと嬉しくてしょんなかったわ。 好転





なまえは俺の言うことなす事大体全て従順に従うようになった。手料理食べたいって言えば作ってくれるし、どんなに帰りが遅かろうともなまえはソファに座って俺の帰りを待っている。体を重ねようとすれば拒否することは無く、寝るときは彼女の小さな体に手を回して抱き着くように眠る。小さくて、子供体温で、自分と同じ匂いがして。俺が用意したスマホに俺が用意した服、俺が揃えた化粧品。頼まれた訳でもなし、俺が勝手にやっていることだが、俺が用意したもので生活しているアイツを見ていれば、もうオレ無しでお前生きらんねェだろって錯覚するくらい、それくらい彼女は俺に表面上ではしおらしくなっていた。

「お前ほんとかわいーね」
「えっあっ、恥ずかしいです」

「好き」、「可愛い」と愛でる言葉を吐けばなまえは分かりやすく顔を染めていく。あんなに家に連れてきた頃は毎日影で怯えて泣いていたくせに、今では照れた顔を俺に見せるようになったもん。そんな表情を見るのが俺は意外と好きだったりして、何度も何度も言ってやる。なまえはセックス後に頭を撫でられるのが好きみたい。すぐ寝ちまうの。今までの女にこんなこと頼まれてもめんどくて嫌いだったけど、コイツは別。ずっと欲しかった女だったからだろうか。面倒いとかそういう感情一切ねぇんだよな。





「な〜りんどー」
「…聞きたくねぇ」

竜胆は俺の声掛けにげんなりとした声を出す。俺が言いたいこと多分分かってる。

「出張変わって」
「絶ッ対ぇヤダ!俺先週帰ってきたばかりだし!」
「言ってみただけじゃん。ンな顔されると兄ちゃん悲し」

九井から呼び出されたと思ったら海外へ出張を命じられた。行きたくねぇけど俺の担当だから仕方が無い。来客用の小さなテーブルの上に置いた書類を取り、俺は竜胆へと口を開く。

「りんど〜、俺がいない間ウチに居る女見張ってて欲しいンだけど」
「…ハ?」

竜胆は飲んでいた缶コーヒーを吹き出しそうになって俺を驚いた目つきで見遣る。

「あのオンナまだいんの?」
「いるよー。多分俺がいないってなると逃げ出すからさァ。そん時は足折ってでもいいから連れ戻して
「マジで言ってんの?」
「嘘に見える?」

竜胆は黙り込むと面倒くさそうに眉を顰め缶コーヒーをテーブルへと置く。

「兄ちゃんのお願い、聞いてくれるよな?」
「……そこで兄ちゃん持ってくんのキライ」

にっこり笑えば竜胆はフン、と顔を背ける。

従順になったって、顔を染めるようになったって、俺に自分から抱き着くようになったって、人の心の底までは中々変われない。きっと俺がいないとなればなまえは逃げるに違いないだろうという考えは安易に想像出来た。仕事柄ウソを隠してニコニコしている奴らはごまんと見てきた。絶対ぇバレるけど。裏の社会でこうなのだ。表の一般人がこんな機会を逃す訳が無い。





1週間、クソだるい取引は通訳を使って行われたが無事終えた。
帰りの飛行機までに時間がまだあるし、なまえに似合いそうなものを取り敢えず片っ端から購入していく。ブランド物あげたってなまえは気を使うばかりで、俺が「せっかくお前の為に買ってきたのに」とか言わないと身につけてくんねぇけど、俺が見立てて俺好みの女になっていくのは気分が良いから嫌いじゃない。

座りっぱなしの機内もやっと終わりを告げ、電話を掛ける所はなまえではなく竜胆のところ。

「よぉ竜胆ォ元気してたぁ?」
「こっちは徹夜明けだよ」
「そ?オツカレ。でさぁ、なまえどうだった?」

俺の問い掛けに一瞬の間が生じる。やっぱり出て行こうとしたんだろうなァあいつ。

「…顔見に行ったけど普通だったよ。兄ちゃんの帰り待ってるって言ってた」
「……そ?ンならいーけど。あ、今日直帰するから九井に伝えておいて〜」

可愛い俺の弟は俺にウソをついている。勘だけど。でもまぁ逃げ出してないんならそれで良い。竜胆が欲しがってたグッチの新作のベルト買ってきてやった俺、超優しいお兄ちゃんじゃん。





久しぶりに帰った1週間ぶりのマンションにアイツは一瞬俺を見てギョッとした表情を見せた。ンな驚くことねぇのにさ、ちゃんとメッセージも送ったろ。
なまえの為に買ったプレゼントを渡すも何処かおどおどしていて、考えている事は想像付いたが気付かないフリをする。

「アレ?嬉しくねぇの?」
「あ!?いえ、凄い嬉しいです!ありがとうございます!」
「ん、なら良かった」

そっと彼女の唇にキスを落とし、触れ合った唇を離せばなまえは目を潤ませながら俺に抱き着いて来た。いつもは「スーツが皺になるから」とか何とか言うくせに、今日は自分からそんな事も気にも止めないように俺の背に腕を回す。

「…蘭さんて私のこと好きなんですか?」
「どうしたいきなり。いつも言ってんだろ、好きってさぁ」

なまえは顔を見られないようにしているのか俺の胸元に顔を押し付ける。そんな彼女が堪らなく愛しく感じ、疲れきった体は怠さを感じなくなるくらいだ。

「その好きって、どういう意味なのかなって」

そりゃ…勿論……。あー、でも言ってやらない。
お前は俺のこと覚えてくれていなかったから。

なまえの顎をそっと掴み俺へと向けると、今にも涙が落ちそうな瞳で俺を見つめる。この顔、すっげー好き。
思わずペロっと涙を舌で拭い取れば彼女の体はピクっと小さく跳ねた。

「さぁな?んでもこの先逃がすつもりはねぇぐらいには思っているかなァ」

クツクツと喉から笑いが込み上げる。だってお前の顔、今まで見た中で一番可愛い顔してんだもん。




前に一度、しくった事がある。俺らの組織は敵が多い。眠ることを知らない深夜の街。俺らを恨んでいた連中に襲われたことがあった。油断していたせいで無傷は流石に無理でさ、襲ってきた奴ら全員ノシたのは良いけど右頬に一発貰っちまったときで、迎えの車は中々来ねぇし煙草も切れててイライラしていたとき。

「大丈夫ですか?血が出てる!コレ、良かったら使って下さい」
「あ?誰オマエ」

女は目先のコンビニで買ったのか真新しいハンカチを俺に手渡して来た。

「この時間治安悪いですもんね!朝になったら病院行った方が良いですよ!腫れるかもしれないので」

それだけ言うと女は去って行った。

あの日から俺、お前のことずっと覚えてたのにさ。お前、俺を見て全く知らねぇって顔してたんだもん。寂しくて泣けちゃうワ。

だから俺は教えてやらない。
俺がほんとにお前を好きかどうかなんて、お前が俺から逃げ出すことを諦めて、本当に俺の事を好きになって自分から俺の元に飛び込んで来るようになるまでは。


そんなこと知らねぇんだろうなぁオマエ。…好転



Title By icca
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