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苺のショートケーキとチョコレートケーキ。皆はどっちが好きだろうか。私は選べない。どっちも好き。ケーキの王道であるショートケーキは、真っ白な生クリームのドレスにアクセサリーの真っ赤なイチゴが映えて、甘ったるいクリームには少し酸っぱいイチゴと相性が良い。チョコレートケーキは甘い香りを漂らせて、チョコレートのほろ苦さに舌はトロンと蕩ける。そしてアクセントのイチゴは小悪魔のようにあざとい。そんな時の苺って甘く感じるのは何故だろう。でもそっか、これはもしかしてどちらもイチゴが主役なのでは?

「いーじゃん、どっちも頼めば。食えなかったら俺が食ってやるよ」
「どっちも?」

メニューと真剣に睨めっこしていた私に話しかけたのは竜胆だ。そしてその横で竜胆の兄である蘭ちゃんは退屈そうに欠伸をしながら頬杖ついて携帯をいじっている。

うん、そうそう。表立って見ただけで甘いと分かるショートケーキは竜胆みたい。それでチョコレートケーキは蘭ちゃんみたい。チョコレートケーキはたくさん種類がある。ビターチョコを使ってダークな味からとことん甘いのまで。蘭ちゃんは人をからかったり意地悪したりするのが好きなのに、たまにめちゃくちゃ優しい所があるからそんなとこがチョコレートケーキみたい。苦いのに甘い、みたいな。

「じゃあそうする」

店員にショートケーキとチョコレートケーキを1つずつ注文する。待っている間は竜胆と他愛もない話をして、たまに蘭ちゃんが加わって。あっという間にケーキは可愛らしいお皿に乗って私の前に現れた。

「2個も食うと太んぞ〜」
「うっ、いいの!女は甘い食べ物が大好きなんで」
「ハッ、理由になってねぇ」

携帯を閉じた蘭ちゃんは笑いながら私をからかう。
蘭ちゃんと竜胆は私の幼なじみだ。小さい頃から近所に住んでいて一緒に遊んでいた。一人っ子の私は兄弟が出来たみたいで嬉しくて、二人が遊びに行く時は必ずと言っていい程ついて回っていた。お互い18になった今は流石に何処でも着いて行く事はしなくなったけど、時間が合う日はこうして大体一緒に過ごしている。

「なまえ、それちょーだい」
「それ?」
「ん、イチゴ。ちょーだい」

蘭ちゃんはチョコレートケーキに乗ったイチゴを指差す。イチゴ、楽しみだったけど仕方ない。ショートケーキにもイチゴ乗ってるし。フォークでイチゴをぷすんと刺して蘭ちゃんの口元へ運ぶ。パクッと形の良い薄い唇を開け蘭ちゃんはイチゴを食べるとにっこり微笑んだ。おいしかったんだろうなと思う。

「竜胆は?イチゴ食べたい?」
「俺はいーよ。お前イチゴ好きだろ」

竜胆は本当人のこと見てる。わたしイチゴが好きなんて言ったこと多分無いんだけど、昔から竜胆は私の好きなものを見つけるのが得意だ。

「りんど〜、ソレ俺が悪いことしてるみたいじゃん」
「別にそういう訳じゃねぇけど、兄ちゃんは何でもかんでもイートコ取りしすぎ」

蘭ちゃんは軽く口を尖らせて竜胆へと顔を向ける。そんな二人を見ているのが私は大好きで、この先もこうやって一緒にこの二人の横にいれたらいいなぁなんて思っていたけど、現実はそうもいかないらしい。





蘭ちゃんにキスされた。
竜胆がコンビニにお菓子を買いに行ったとき、二人が住むマンションで。

「俺がちゅーした意味分かる?」
「えっ、と…」

いつもと同じ空間に、いつものように竜胆とゲームをして、それを蘭ちゃんは退屈そうに見ていて、蘭ちゃんがアイス食べたいとか言ったから、私はプリンが欲しいと言って。竜胆は文句言いながらもブルゾン羽織りながら買いに行ってくれて。ゲームは中断、テレビに切り替えて蘭ちゃんに今日学校であった話をし終えた一瞬の間の出来事だ。

「ただの幼なじみに俺こんなことしねェんだけど?」
「らんちゃ」

顔が火照る私に、蘭ちゃんはそっと頭を撫でてにこりと笑った。いつものからかう様子は見当たらない。目の前の蘭ちゃんは幼なじみの蘭ちゃんでは無くて、何処か大人びた別人のような男の子の顔つきだった。あの時イチゴをねだった時のように、甘ったるい声で蘭ちゃんは囁く。

「すき」
「…恋愛、的な意味で?」
「恋愛的な意味しかねェだろ」
「……嘘だ」
「嘘じゃねぇし。蘭ちゃんかなしー」

その後のことはよく覚えていない。コンビニ袋かがげて「外バカさみぃ」と竜胆が帰ってきて、買ってきてくれたプリンは中々スプーンが進まなくて、蘭ちゃんを見ることが出来なくて。そんな私を蘭ちゃんは楽しそうに見ていたなんてこと知らずにその日は終えた。





「最近元気ねぇ?」

心臓がギクッと跳ねた。学校の帰り道、竜胆は蘭ちゃんが珍しく別行動だから暇だと言って、私を学校まで迎えに来てくれた。あれから色々考え込んで寝不足気味だった私に、竜胆は心配そうに眉を下げ私の顔を見る。竜胆は本当に私のことをよく見ているなぁと思う。心臓の音が竜胆に聞こえやしないかと不安になるほど、あの日のことを思い出すと胸は音を鳴らし続ける。

「いや?何でもないよ!元気あり過ぎて困るくらい!いぇい!」
「嘘つけ。お前顔に出過ぎてて隠せてねェの自覚しろよ」
「う"ッ」

取り繕ったピースサインも虚しくあしらわれ、あっさりと嘘がバレてしまった私は観念する。

「ら…蘭ちゃん」
「は?兄ちゃん?」
「蘭ちゃんに…ちゅー、されて…好きって言われた」
「は?…ハァッ!?」

竜胆は歩く足を止め立ち止まり、腹の底から捻り出したような声に私は驚いて同じく歩を止めてしまった。

「…嘘じゃん」
「嘘じゃないもん」
「…マジかよ」
「マジだよ……どうしよ」

私の言葉に竜胆は分かりやすく顔を歪めると、金髪と青のハイライトが綺麗にセットされている髪の毛を無造作に片手で掻いた。

「あ"ーもう!兄ちゃんに抜け駆けはすんなって念押ししてあったのに!」
「え?どういうこと?」

竜胆の怒っていた顔は私に目線を合わせると赤く赤面していく姿が私の目に映る。竜胆は私の肩に手を置き、ギュッとほんのり力を込めると大きく息を吸い込んだ。

「お、俺も。…俺もお前が好きなんだけど」
「……は?」

「返事は焦らすつもり無いから」と付け足して、竜胆は私の家までの道のりを歩幅を合わせて歩く。でもその道中はお互い口を開くことは無くて、今日だって本当は竜胆の家で漫画を読む予定だったけど竜胆は私の家まで送ると帰ってしまった。

思考停止したまま自分の部屋へと入り、一人の空間になると私は床に座り込む。顔を両手で覆うと火を噴くように熱い。心臓の音は忙しなく音を鳴らしていて、頭の中がごちゃごちゃしている。

未だ二人に告白をされた事が信じ難く、本当に兄妹のように思っていたし、好きだけどそれは恋愛的な意味合いを持つ感情かは分からない。

二人は似ている。血が繋がっているから当たり前なんだろうけど。昔からどこへ行動するのもほぼ一緒だし、お互いの中に他人を入れさせない空気を纏っている。そんな中に自分も受け入れてくれたのが嬉しくて、長年一緒に居て、私が知っている二人の極端な違いは一つだけ。
蘭ちゃんは好きな物を初めに食べるタイプ。
竜胆は好きな物は最後に取っておくタイプ。
まだ幼い頃、竜胆の好きな物を蘭ちゃんに「食わねぇなら俺が食べてやる」とよく取られて喧嘩していたから良く覚えている。私はというと…その時の気分だ。

どうしよう、どうすればいいんだろう。どうするのが正解なんだろう。そもそも私はどうしたいんだろう。

どちらか選べともし言われたとして、私は一人を選ぶことはきっと出来ない女である。これが他人ならきっともっと簡単に解決する筈だ。でも蘭ちゃんと竜胆は違う。…頭痛くなってきた。足りない脳みそで深く考えれば考えるほど訳が分からなくなるばかりで答えは出ない。これ、昼ドラとかで見るドロッドロな展開って奴?と他人事のように思っては、底知れぬ重たい空気が室内に漂うだけだった。





「お前には俺らがいればいーの」
「あ、…と」

目の前の光景は悲惨だった。私は飲食店でバイトをしている。そのバイトの帰り、バイト仲間の男の先輩と上がりが一緒になった。「お疲れ様」とかほんと変哲も何もない会話をしただけ。それなのに…それだけだったのに先輩は今地面に倒れ込んでいる。

「らんちゃ、り、んど?」
「ダメじゃーん。俺ら差し置いて他の男と仲良くしてちゃ
「っ仲良くなんて」
「言い訳すんなって。俺結構ショック受けてンだけど」

初めてこの二人が怖いと思った。昔から、小さい頃から一緒にいるのに初めて持った感情だ。彼らが六本木を仕切っていることは知っている。だけど私の前ではそんな素振りは一度だって見せなかったし、喧嘩をしてきた後も必ず私には血の着いた格好なんて見せなかった二人だ。体は震え、生理的な涙を浮かべる私に、蘭ちゃんは三つ編みをくるくると自身の指で遊びながら私の元へ近付く。

「なまえは誰のモンかって教えてやんねぇと分かんねェか」
「…っ」

目尻の涙をペロンと舌で舐めとった蘭ちゃんは、月明かりに照らされ、糸のように目を細めて笑う。竜胆へ目を向ければ、蘭ちゃんと同じように私を見下ろしながら眉間に皺を寄せている。

「お前が悪いよ」





「ちょっ、ヤダよ!らんちゃっ」
「んー?"ヤダ"は"もっとして〜"の意味合いって竜胆知ってたぁ?」
「俺に話ふんないでよ。ってかいっつも兄ちゃんばっかりずりぃんだけど」

二人が住むマンションに連れて行かれると、少々荒くベッドに私を押し倒し、蘭ちゃんは私の制服を巻き上げ赤い痕を付けていく。ぢゅっ、ちゅぅ、と吸われる度に体は変に反応してしまい、それを見て蘭ちゃんは満足気に笑のだ。

「兄ちゃん付けすぎ。俺が付けるとこ無くなるじゃん。ホントそういうとこキライ」
「ヤダってばっ…あッ」

竜胆はメガネを取ると蘭ちゃんをグイッと手で退かして私に覆い被さる。竜胆の顔がゆっくり近付いて、私の唇を吸うようにキスをした。

「…んっ」
「あー竜胆、俺だって今日キスしてないのに」
「うっせ。兄ちゃん前に抜け駆けしてンだからこんくらいいだろ」

私の言葉はまるで聞こえていない。こんな事は二人に出会ってから初めてだったし、まるで私を玩具のように扱う二人に、気付いたら私は嗚咽混じりに泣く子供のように泣きじゃくってしまった。

「うわぁぁん」
「あ?なまえ?」
「お、オイ。どうしたんだよ」
「どうしたんだよっじゃないじぃ〜、ふた、二人共わだしの話、聞いてくれない"っ、ック、バイトの先輩、彼女っいるし、お疲れって言っただけな"のにっ、ひどっひどい」

両手で顔を覆いわんわんと泣く私はなんて見苦しいだろうか。蘭ちゃんと竜胆はポカン、と口を開けて私を見つめる。

「わだしだって、蘭ちゃんも竜胆も好きだけどっ、大好きだけど、えらべないんだもん"ッ!どーすればいいか分からないんだもん"ッ!」
「ちょ、落ちつけ、悪かった俺らが悪かったから」
「ンブフッ、濁音付けんのは止めて」

竜胆は慌てたように寝転がされていた私を起き上がらせる。蘭ちゃんは肩を震わせながら私の頭を撫でて、それでも私は言葉を続ける。

「昔から一緒にいだのに"ッ、ごわ"い"!も、ヤダァ。二人とも知らないっ!」

ヒックヒックえんえんと幼稚園児かと思える程の語彙力と必死さに我ながら恥ずかしくなる。恥ずかしくなるけど本音なのだ。すると竜胆は私の肩にコトン、と顔を置いて消え入りそうな声で呟いた。

「…あー、ほんと悪かったって思ってるから…知らないってのだけはやめて?」
「へ?」
「それ言われたら流石の蘭ちゃんも泣いちゃうかも」

え?
ついさっきまで狼のようだった二人が眉を下げシュンとした姿に、私の涙は引っ込んでいった。まるで捨て猫のように落ち込み言うものだから今度は逆に私がポカンと口を開ける番だった。

「…別に、お前に俺らのどっちか選べなんて決めさせるつもりはねぇよ」
「うん。いーじゃん"俺ら"の彼女で。そうすりゃなまえは泣かずに済むだろ?」
「え、はい?二人…の?」

二人はコクンと頷きにっこり微笑む。
…許されるのだろうかそんなこと。普通とかけ離れたこの提案に中々返事を繰り出せないでいると、思考を読まれたのか蘭ちゃんは私の頬へとキスを落とす。

「普通とか普通じゃないとかそんなもン関係無くない?俺らが良ければそれでよしっしょ?」
「俺は兄ちゃんと同じぐらいなまえが大事だし…好きだからお前と一緒にいてぇよ」
「えー、竜胆可愛すぎるんだけどォ」

「うるせぇ!」と蘭ちゃんに怒る竜胆。やっぱりこの二人を私は見ているのが好きで、自分は欲張りなんだなと思う。

「で、返事は?」

蘭ちゃんの言葉に竜胆も私を再度見つめる。

「………じゃあさっきの先輩にごめんなさい、って言ってくれる?」


「「それはムリ」」






「ただいま」
「あ、竜胆!おかえり。蘭ちゃんは?」
「兄ちゃんももうすぐ来るんじゃね?っつかホラ、これ土産」
「えっ嬉しい!ケーキ?ありがとう」

あれから数年、私は二人の住むマンションで暮らしている。蘭ちゃんは髪の毛をバッサリ切って、竜胆は髪の毛が伸びて昔と逆だ。それなのにメインのヘアカラーはお揃いなのだから可愛く思える。私はというと、仕事もしていないし、スマホやパソコン、その他全ての必要最低限のものは蘭ちゃんと竜胆が用意してくれたから私はある意味彼女というよりペットみたい。それでも二人は私に幸せを沢山与えてくれるから、外に一人で出れることはめっきり減ってしまったし、友達とも中々会えなくなってしまったけれど毎日寂しくないし幸せだ。

私がケーキの箱を受け取ろうとすると、竜胆はひょいっと私の手から遠ざける。

「竜胆?」
「あー、いい加減さ、俺にも竜胆じゃなくて"りんチャン"って呼んで欲しいンだけど」

少し照れた顔つきは成人したってあの頃のままで、私はそれを見て可愛いなって素直に思ってしまう。でも可愛いって言うと、"格好良いって言って"と前に不貞腐れてしまったことがあるので言うのはやめておく。

「ん、分かった。りんちゃん」
「…うん。これ、ワリィんだけどさ、もう閉店間際だったからこれしか残って無かった」
「嬉しいよ。甘いもの食べたかったの」
「最近連れてってやれてねぇもんな。今度連れてってやるよ」

私の顔を見て竜胆は微笑み私にキスを落とす。竜胆とテーブルに座り、ケーキの箱を開けてみる。いくつになったって、お菓子の箱を開けるのはワクワクと胸が高なってしまう。

「ここの店そこそこ有名らしいからきっとうめぇだろ」

竜胆の言葉に笑顔で箱を開けると、顔を覗かせたのはあの日のようなショートケーキとチョコレートケーキ。そして2つの上には真っ赤なイチゴが一粒ずつ乗っている。

「え〜うまそうじゃん」
「あ、蘭ちゃん!おかえり」
「ん、ただいま蘭ちゃんもたまにはケーキ食いたい。イチゴもちょーだい」

懐かしく聞いた昔と同じような会話に私はつい顔が綻ぶ。スーツのジャケットを脱ぎ蘭ちゃんが椅子を引き腰を降ろすと、竜胆は眉を寄せて蘭ちゃんに口を開く。

「兄ちゃんのじゃねぇよ。コレは俺がなまえに買ってきたの」
「えー、いいじゃん。竜胆のケチ」

この光景だってあの頃と何ら変わりはない。

私は一人っ子。今まで"分け合う"というものが無かった。ゲームをする時間も、ママが作ったハンバーグが残り1個だったときも、全部独り占めしていた。…ママとパパ、元気かな。

…でも、この二人を見ていれば私の心は蘭ちゃんと竜胆でいっぱいになっていく。私は彼ら無しできっとこの先、生きていけないだろうとさえ最近は思うようになった。

「蘭ちゃん、りんちゃん」

小皿を三枚食器棚から取り出して私は席に座る。

「ショートケーキはりんちゃん、チョコレートケーキは蘭ちゃんと。…半分こしよ?」

やっぱり私は世界一幸せである。
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