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※梵天軸


私のバイト先のコンビニに来るお客さんの中でも一際華やかに目立つ人、蘭さん。いつもカッチリとした皺のないスーツを着こなして、薄藤色した瞳にすぅっと通った鼻筋。首元には隠されていない刺青が掘ってあって、見るからに堅気では無いよなって思えるような男の人。

私が初めて彼と会ったとき、まだこのバイトを初めて2ヶ月ぐらいのときだった。店内の入店音がなり目線を入口へと向ければ、蘭さんと彼女であろう女の人が仲睦まじそうに来店して来た。初めて見たときから蘭さんは綺麗な人だと思ったけれど、横にいた女の人も負けず劣らずの美人で、美男美女を間近で見た私はつい見惚れてしまったのは確か。女の人は始終蘭さんにベッタリで、ずっとスーツの袖に腕を回し顔を擦り寄せるようにくっついていた。

「クレジットで」

蘭さんの声が初めて私の耳を通過したとき、何故だか分からないけど少しだけ胸の奥から緊張が走った。学校の男の子とは全く別の、何だろう…色気っていうのかな?それが彼の声と全身から溢れ出ている感じがして、低くておっとりした口調につい彼の顔へと目がいってしまった。

「ん?クレジット使えなかったっけ?」
「あっいえ!使えますっ」

目が合ったとき、蘭さんはニコリと目を細めただけなのに、私の心臓はドクンとこれ以上ないくらいの音を鳴らした。それを打ち消すようにレジを打とうとカゴの中を見ると、小さな箱が一つ入っていて。それがコンドームだと脳内で認知すると、これからこの二人が行うであろう行為を連想させるモノに、18になっても恋愛経験が乏しく処女な私はあからさまに顔を赤くしてしまって、その後蘭さん達を見ることが出来なかった。

帰り際、蘭さんの物なのか隣にいる彼女の物なのか分からないけれど、甘ったるくて重たい香水の匂いがいつまでもその場に残っているような気がした。





次に会ったとき、蘭さんは一人だった。初めて見たときみたいに皺のないスーツを着て、髪の毛は綺麗にセットされていて。やっぱり彼は華やかで、その場の空気が蘭さんのいる場所だけ変わっていくようだった。

「俺の煙草ないね〜」
「へ?」
「俺が吸うやつ、コンビニにはあんまり置いてねぇのよ」
「は…はぁ?」

缶コーヒーを一本片手にレジへと来た蘭さんは、まるで知人に話しかけるかのように自然に私に口を開いた。まさか話しかけられる何て思っていなくて、咄嗟に声が半分裏返ってしまったけれど蘭さんは全然気にしていないようだった。

「ここのバイトどれくらい?」
「えっと…2ヶ月ちょっとです」

私の通っている高校は今時珍しくバイトが禁止だ。そんな決まり事があっても、間に受けて真面目に決まりを守っている人たちなんか多分少数で。女子高生にもなればそれなりに化粧品やカラオケ代やご飯代等でお金がかかる。でも今年は就職活動もあるから先生に万が一バレないように電車に乗って態々ここまでバイトをしに来ているのだ。

「へぇ、じゃあまだ新人さんじゃん。あ、名前なんてゆーの?」
「名前、ですか?」
「いーじゃん、名前ぐらい聞いても。減るもんじゃないし」
「…なまえです」

蘭さんは不思議な人だった。初めて会話をしたはずなのに、多分あまり深入りしてはいけない人なのに、ほんの少し目尻を下げたその顔はやっぱり綺麗で少しも怖くは感じなかった。

名前を教えてしまったのだってたまに来る酔っ払いのオジサンだったりしたら絶対に教えないのに、教えてしまった。別に脅されたわけではないのに、だ。
蘭さんは私の名前を聞くと一度だけ復唱して、帰っていく。私より随分高い背の後ろ姿を見ながら、あの香水の匂いは蘭さんのモノだったのかと気付くと、今度はその匂いが帰ってからも忘れられなくなってしまった。

蘭さんはあの後、あの美人な彼女のお家に行ったのかな、なんて少しだけ思って、避妊具を買っていたときのことを勝手に思い出してしまうと恥ずかしくなってしまい、いたたまれない気持ちになってしまった。





それから蘭さんは暫くバイト先のコンビニには顔を出さなかった。私がいないときに来ていたのかもしれないけれど。その日は雨が降っていて、駅から少し歩いた先にあるコンビニまで12月の冷たい空気と雨の中、傘をさして駆け足で向かう。

コンビニは雨でも関係なくお客様は次から次へと来る。仕事帰りでご飯を買う人、お酒とおつまみを買う人、男女で仲睦まじくお菓子を選ぶ人。蘭さん来ないかな、なんて入店音がなる度、自分が気付かないうちに彼を探していることに私はひどく驚いた。好きとかそういうのではきっと無いはずだけど、魅力に溢れた男の人が私の周りには彼しかいないから、私の中で少しだけ会いたいって感情が芽生えてしまったんだと思う。

「なまえ?」

22時になり高校生の私はバイトの時間が終了する。店を出れば雨はまだしとしと降っていて、傘をさそうとしたとき私の名を呼ぶ声が聞こえた。きょろきょろっと見渡すと「こっちー」と呼ばれて、声のする方へ振り向けばコンビニの喫煙所で煙草を吸っている蘭さんがいた。

「今帰り?」

数ヶ月前に私が教えた名前を呼びながらにっこりと笑いかけたその顔は、私よりも随分年上だろうに幼なく見えた。蘭さんの方へと足を運ぶと蘭さんは私の頭をそっと自然に撫でたのだ。

「こっこんばんは!今丁度上がったとこです」
「ん、コンバンハ。こうこうせーなのにこんな時間までお疲れェ」
「ありがとうございます。えぇと…こんな時間までお仕事ですか?」
「ん〜まぁ、そんなとこ」

当たり障りのない会話に蘭さんはそう答えると、備え付けの灰皿に煙草を押し潰した。ふわっと香るあの香水の匂いと煙草の匂いは風に乗って私の体に染み込んでいき、何だか形容し難い気持ちになった。悪いことなんてしていないのに、何故かしている気分。

「家近くなん?」
「いえ、電車で帰るのでちょっと距離ありますね。ほんとちょっとですけど」
「ん、じゃあ蘭ちゃんが送ってってやるよ。雨だし」
「っえ!だっ大丈夫ですよ!」

私はここで初めて彼の名前が蘭だという事を知った。大人の人が自分の事をちゃん付けで呼ぶのが印象的で、それなのに違和感なくて寧ろ何故かしっくりくるのは何故なのか。

まさか送ってくれるだなんて言われると思っていなかった私は、咄嗟に持っていた傘を落としてしまってそれを蘭さんが拾った。クスクス笑われたのを恥ずかしく感じていると、蘭さんは私のそこらへんで買った安くてお洒落でも何でもないビニール傘を広げ私の肩を抱く。男の人とこんな至近距離になることなんて初めてだった私の体は強張ってしまって、また蘭さんはそれを見て笑うのだ。

「お前、小動物みたいでかわいーね」
「…そんなこと初めて言われました」
「そ?んなビクつかれると俺悲しくて泣いちゃうんだけどォ」

絶対そんなこと思っていないだろうに蘭さんは片眉を下げて笑っていた。雨に濡れないようにとさり気なく私の方へと傘を傾けてくれる蘭さんに、緊張して言葉が出てこない私は黙って地面を見つめながら、蘭さんについて行くことしか出来なかった。

車に疎い私でも名称ぐらいは聞いたことがある車が道沿いに停めてあり、乗る前から緊張してしまってつい断わりの言葉が口からこぼれた。

「あっ、雨で靴汚れてるんでやっぱり送って頂くのは大丈夫、です」
「あ?こんな日だから送ってくんじゃん。男の誘いは断らねェほうがいーぞ?あとここまで着いて来てその断り方はねぇーワ」
「うぅ…」

これって誘いに入るのか…?って疑問が浮かんでも、蘭さんに意地悪く口元を上げながら言われてしまうと断れなくて、なるべく汚さないように車に乗り込む。シートに座った私を蘭さんは確認すると満足気にアクセルをゆっくりと踏み込んだ。いまって現実?なんて半分夢みたいに感じて畏っているさまに蘭さんは急に声を出して笑い出した。

「ふはっ、マジで緊張しすぎじゃねー?こっちが緊張してくんだけど」

これまた絶対緊張なんてする訳ないだろうに、蘭さんは片手で器用にハンドルを動かす。その様子を見ていると、どの仕草を見ても絵になってしまうぐらいに蘭さんは格好良い、と素直に思った。だからこうして私が緊張してしまうのだって無理はないのだ。私がきっと色んな男の子達と沢山付き合ってきたとしたって私はきっと蘭さんに魅了されてしまうのだと思う。

「今どきの高校生ってさぁどんな恋愛すんのー?」

車を走らせること数分、蘭さんの唐突な質問に私が答えられることなんか無くてちょっと考えてしまった。高校に入ってから告白は有難いことに数回程度だがされたことはある。でもそれがその後に進んだ事はなく、どれも自分が好きになれずちゃんとしたお付き合いということをしたことが無い。

「分かんないです。恥ずかしい話なんですけど、中学の頃に数ヶ月程度付き合った人しかいなくて」
「ふぅん。なんで別れたの?」
「高校が別で。自然消滅みたいな感じですかね」

私の言葉に蘭さんは目線を私に数秒移すと、蘭さんは急にまたプッ、と笑いだしたのだ。

「や、やっぱり18にもなって恋愛経験殆どないのヤバいですよね」
「ん?ああ、ちげーよ?だからゴム買ったときあんな顔赤くしてたんかぁって思っただけ」
「えっ!!!」

蘭さんは私の反応にお腹が捩れそうなぐらい笑っていた。まさかあの時の私の顔を見られていたなんて。それ程までに顔に出ていたのかと思うと羞恥心に掻き立てられた私はブワッと頬に熱を帯びて、声が変に大きく出てしまった。綺麗なお顔を崩してまで蘭さんに笑われているそのサマに、穴があったら本当に今すぐ飛び込みたい。

「はぁーっ。外でこんな笑ったの久々だワ」
「…バカに…しすぎです」
「ワリィー。でもいーじゃん?軽い女よりさぁ、そーゆう方が可愛いって」

恋愛経験が差程無い私にだって分かる。きっと蘭さんだって軽い男なのだ。だって私の肩をさり気なく抱いた腕は緊張の一つも見当たらないし、たいして話もしたことが無い私を車に乗せることを容易く出来てしまう蘭さんは、もう何人も女の人をこの助手席に乗せているのかもしれない。多分、私なんか女として意識なんてしてくれるのはゼロに等しい確率で、こうして顔を赤く染めるのも私だけで。そう思うと胸の奥が気持ち悪いほどむず痒く感じた。前に蘭さんの隣にいた女の人のように、私がもしも髪を綺麗に巻いて、お化粧も上手で、洋服も大人びた格好をすれば彼は少しでも私を意識してくれるのだろうか。

「…この間の女の人は彼女さんですか?」
「あ?あー…ナイショ」

内緒ってことはどういう事だろう。彼女では無いとしたら、遊んでいる人なのかな。そこが気になるのに蘭さんは悪戯っぽく笑みを浮かべるだけで、私がもう一度聞いたってきっと答えてくれる事は無いだろう。…好きになってはいけない人、だと直感で思った。

その後は他愛もない話をして、私の家まで蘭さんはちゃんと送り届けてくれた。ありがとうございますとお礼を告げたら「どーいたしまして」と言って彼はまた車を走らせ行ってしまった。本当に送ってくれただけで、何にもない。これがまた、私のことを子供だとしか見られていないという現実を突きつけられた気がする。

私が蘭さんの事で知っていることは、甘い香水を付けていることと、煙草はコンビニでは買えないものを吸っていること。それと、名前だけ。年齢も連絡先も仕事も知らない。これしか知らないのに、私は彼の事が気になってしまっているのだと自覚せざるをおえなかった。次にまた会えるかも分からない人のこと、考えてしまうようになってしまった。これはとても厄介である。蘭さんが私の肩を自身へ引き寄せたときのことを思い出すといつまでも顔が火照ってしまうほど、蘭さんを思い出す度にどうしようもない気持ちになってしまっている。それなのに、恋愛を余りしたことが無い私はこの先どうしたら良いのか分からずに胸がぎゅうっと苦しくなるだけなのだ。





その日はバイトも休みで、友人と買い物に行った帰りだった。友人はそのまま彼氏の所へ行くと言って店を出たところで別れ駅までの道を歩いていると、通りすがりの道沿いに車が停められていた。そういえば蘭さんの車もあんな感じの車だったな、なんて思ってはまた蘭さんを思い出す。最近は蘭さんの事ばかり考えてしまっている私は末期なのかもしれない。偶然会えるわけなんてないのに、少女漫画のような展開に少しの期待をしてしまうのだ。そんな淡い期待をしながら、その停めてある車の助手席側の窓をチラリと見ると見覚えのある顔が見えた気がして、つい足を止めてしまった。

「はえっ!?蘭さん!?」
「おー、俺の事無視すんなんて寂しいじゃん」
「むっ無視なんてしてないですよ!」
「俺、お前にさっきから手ェ振ってたんだけどォ」

助手席側の窓は開いていて蘭さんは「乗って」と口を開ける。
だってまさか本当に蘭さんだなんて思わないじゃないか。あのときは暗かったし、車をまじまじ見る余裕も無かったし。

「送ってやるよ」

今日は雨でも何でもなく空には星が輝いていて、お月様が綺麗に見えているというのに、蘭さんはまたあの日のように私に言うのだ。蘭さんはにっこりと形の良い口端を上げて、その顔を見ると私の心をすぐに奪ってゆく。蘭さんが私を送ってくれる理由なんて無いのに、彼と居れることを嬉しく思ってしまう私はチョロいのも良いとこで、助手席のドアを開ける。

「俺、今日寝てねぇんだよ。だから事故んねぇように見張ってて」

三十になると体持たねぇの、と笑いながら蘭さんは煙草を口に加える。私との年齢の差が一回りも違うことを知ってしまったことに心做しがズキリと心臓が痛む。どうしたって近付くことが出来ないその距離は年齢と比例しているようにさえ感じられた。そんな私を他所に「ふぁあ」と綺麗なお顔が大きな口を開けて欠伸をする蘭さんが意外だった。蘭さんでも、欠伸するんだなって、たった小さな仕草一つなのに、蘭さんもちゃんと人間なんだって訳が分からないことを思ってしまってみたり。

「おーい、俺前見てろって言ったろ?」
「あっすっすみませっ」

前を見て運転していた筈の蘭さんが目線をチラッと此方に向けたとき、視線が合わさったのにあからさまに顔を真正面へと向きを変えると、またクスクスと笑われてしまった。私はよく蘭さんに笑われる。それは私が男慣れしていないことに笑っているのか、それとも彼に対して子供っぽい対応しか出来ないせいなのか。多分両者だろう。それでも笑われたって蘭さんのその顔は嫌いじゃない。いつまでも見ていられるくらいに、私の心臓を揺れ動かす。蘭さんは私の家の近くまで車を走らせると、私の家には向かわず適当な駐車場に入った。

「蘭さん?あれ?」
「んー、ちょい休憩〜」
「休憩?どこか体調でも悪いんですか?」
「んーん、寝みぃだけ」

車のエンジンをつけたまま、シートを倒しゴロンと寝そべった蘭さんは目を細める。ナビの明かりと外の街頭の明かりで目に映る蘭さんはそのまま目を閉じてしまった。…本当に眠ってしまったのだろうか。寝ているか確かめる術がない私はどうしたら良いか分からずに目を閉じている蘭さんに目を向ける。それだけ、それだけしか出来ない。これが彼女という立ち位置だったら、私は彼の髪を撫でたり、起きてよ、とかそう言った会話をする事が出来るのだろうか。そんな私の視線を感じたのか蘭さんは片目をうっすらと開けた。

「…見すぎ」
「ひうっっ!」
「んだその声。お前俺の顔好きなー?よく見てんだろ」

悔しいぐらいに否定が出来ない。私の考えていることは、初めから蘭さんはきっと分かっていたのかも知れない。蘭さんの腕がそっと伸びてきて私の頬をそっと撫でた。

「あっらんさっ!?」
「お前俺のこと好きなの?」
「……え」

蘭さんはそれはもう、「今日何食べた?」みたいな軽い口ぶりで私に口を開いた。感情が読みづらい声のトーンに一瞬息が詰まってしまう。蘭さんは上半身を起こすとスーツのポケットから煙草を一本取り出し火をつける。

「それを言ったら…蘭さんは何か私に答えてくれるんですか?」
「んー…憧れと現実はちげぇぞって答えるワ」

…それは振りますよと言っているのも同じことで。こんなに蘭さんを見て目まぐるしく心境が変化するのは、憧れだけでこうはならない筈だ。でも、とても心苦しく思うけど、蘭さんはきっと、いや、絶対に私の気持ちに答えることは無い。

「なまえはさぁ」

何にも答えられない私に、蘭さんは煙草を半分吸ったところで口を開いた。

「俺とどうなりたいの?」

蘭さんはうるさがっている素振りは見せないし、優しい口調なのに、それがとても悲しく思えるのだ。何が悲しいか分からないけれど、埋まらない距離が更に深まってしまう気がしてならないのだ。

「どうなりたいか、なんて…正直分かりません。でも、私は蘭さんのことが好きなんだと思います」
「…そっか」

答えが見えている告白を何故自分がしているのかも分からない。ただ目の前の視界が滲んでいく。私は難しい恋をしてしまったのだろう。秘密が多くて、彼の事を知りもしないくせに憧れで終わる事が出来なかったのだ。だったらせめてお別れをする前に、こんな何処にでもいるような普通の私が、彼の記憶の一部にでも残りたいと思う。服の袖で涙を拭いて、彼の薄藤色の瞳に目線を合わせた。

「蘭さん、嘘でもいいから好きって一度だけ言って貰えませんか?」
「ハ?」
「蘭さんと笑顔でバイバイする為です。言ってくれたら笑って諦めます」
「……なんだソレ」

多分、蘭さんと関わってきた女の人は皆笑顔で別れるようなことは無いと思った。なんでかは分からないけれどそんな気がする。蘭さんは目をぱちくりとさせると、煙草を消して微笑むように私へと顔を向ける。やっぱり私はこの笑った蘭さんが好きだ。

「お前みたいな女初めてだわ。まだお子ちゃまなクセに」
「お子ちゃまでも、大人の魅力に気付けるくらいには一応成長してるんです」
「言うじゃん。はぁーっ…仕方ねぇなぁ」

蘭さんは私の髪をそっと撫でる。雨の日に撫でられたときよりもずっと優しくなぞるように。少しくすぐったく感じて頬が紅潮し出して、触れられた事は嬉しいはずなのにとても切ない。蘭さんの表情がナビの明かりで薄明るく照らされて私の瞳に映る。笑った顔は何度も見たけれど、困った顔をして笑う蘭さんは初めて見た。
困らせてしまう女でごめんなさい、なんて伝えることは出来ずに蘭さんが口を開くのを待つ。蘭さんの綺麗な顔が私の顔へと近付く。ドキドキして、目を逸らしたくなるのに、蘭さんの長い指が私の顔を固定するから逸らせなくなってしまった。1秒、2秒、きっとそんな長くはないはずなのに、時間が止まってしまったかのような気がした。










だって、だって蘭さんは私にキスをしたのだ。唇が離れても瞬き一つしない私に蘭さんは言う。

「好きだよ」

私の瞳にはやっぱり困った顔をして笑っている蘭さんが映っていた。



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