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※梵天軸


昨日から少し寒気もあったし、くしゃみも何回か出ていたし、どうやら私は風邪をひいてしまったらしい。先週ソファで寝てしまったのが祟ったのかもしれない。こんな事の為に専属医に掛かるのも気が引けて、事務所にあった薬箱に風邪薬がないかと探してみても二日酔いの頭痛薬みたいなものしか無くて、帰りにドラッグストアに寄ろうとも思ったけど、体の怠さが勝ちスルーして帰宅してしまった。それがいけなかったのか今朝の私の体調はすこぶる悪かった。

「…37.8分」

絶対に熱あるわ、と思ったらやっぱり予感的中。30秒で測れる体温計がピピッと機械音を鳴らして熱を知らせる。もう一度測ってみてもやっぱり体温は変わらず朝から深いため息が漏れた。最悪だ、よりにもよって今日熱を出すだなんて。

犯罪組織"梵天"の事務員として働き出して数年。今日は九井さんに頼まれ三途さんの商談に着いて行く予定だった。熱とは別の頭痛が私を襲い、こめかみを押さえながら何とか小さなドレッサーの椅子に座る。暖房をつけても悪寒がして、ブランケットを肩にかけるもやっぱり寒い。BGM代わりにつけたテレビはまるで意味をなさず痛む頭で九井さんとの会話を思い出す。

「えっ嫌です!三途さんはちょっと…無理です」
「人がいねぇんだから仕方ねぇんだよ。タブレット持って三途の言う通りにデータ出してりゃいーから。な?簡単な仕事だろ?これもお勉強だお勉強、社会勉強」
「そんなこと言われても…」

反社で学ぶ社会勉強なんてどんなだよ!なんて当然言えず、九井さんは話は終わりだと言わんばかりに私が淹れたコーヒーを啜りながらパソコンへと目線を移し変えた。簡単な仕事どうこうよりも私にとって今一番難しい仕事なんですけど…少しでもモタモタしようものなら後で絶対にガミガミ三途さんに鉄槌を向けられること間違いなしに決まっている。

明日のことを考えると半泣き状態になるも仕方がないので自分のデスクに戻る。三途さんの顔を思い浮かべるだけで深いため息が出てしまう。三途さんは私の事が嫌いだ。大嫌いと言っても過言では無いと思う。私がこの組織の事務職として入社し1ヶ月ほど経った頃、ここが日本最大犯罪組織だということを知った私は即辞めたいと懇願したが「辞めてもいいけどこの先一生俺らに組織のこと口外しねェか疑われるけどいーの?お前きっと寝れねぇよ?」と蘭さんや九井さんにまで笑顔で脅しをかけられて、チキンな私は辞められず今の今まで事務員として働いている。

初めて三途さんと顔合わせをしたとき、私の目の前に現れた男の瞳と視線が合わさった。私の目に映る綺麗にセットされたピンクの髪色は、彼の白い肌のお陰かとても良く映えて見え、目を見れば女なら誰でも羨む長い睫毛。まるで西洋のお人形さんを見ているように思った。つい見惚れてしまっていたら目の前の彼は、お人形さんのような綺麗な顔を崩して嘲笑うかのように口を開いた。

「あ?誰だテメェ」
「あっ今日からここの事務員として働くなまえと言います!宜しくお願いします!」
「ッハ、世間知らずみてェなお嬢ちゃんがこんなとこでお仕事とか勤まんのかよ。見た感じ馬鹿だろコイツ」
「…は?」

第一印象は最悪だった。そしてこの印象は今も変わらず現在進行形である。初対面の人に馬鹿呼ばわりされたのは生まれて初めてで、鼻を鳴らして見下す彼に私は開いた口が塞がらなかった。

それから三途さんはとにかく私に突っかかってくる。事務所でお菓子を食べていれば「ンなのばっか食ってんな。太んぞ」と嫌味を言われ、蘭さんや竜胆さんと話をしていれば「テメェは何しに来てんだよ。仕事遅せぇんだから口より手ェ動かせや」と必要以上に怒られ、涙目になる私を灰谷さん達が気にすんなと慰めてくれるとまた何故か怒られ、挙げ句の果てには何かの際に肩が触れただけで「寄るんじゃねェ!」と言われてしまうほど、私はこの男に嫌われている。流石にそこまで拒否されると人間結構心にクるものがあるし、何でそこまで嫌われているのか考えたけれど全く見当がつかない。だから私は三途さんへの苦手意識が消えず極力必要最低限以外の話は絶対にしないし話しかけない。…なのに三途さんの取引に着いて行かなければならないなんて。

「今日のあなたの運勢は〜?ざーんねーん!バッドォ!」

BGMにすらならなかったテレビの音声が耳を通過して私の本日の運勢を言い当てる。いつも当たった試しがないのにこういうときの占いが当たるのは何故なのか。風邪を引きオマケに三途さんと仕事だなんて、今からの拘束時間を考えると更に頭は重く熱が上がってしまったような気がしてならない。





「おっせーんだよノロマ。ちんたらしてんなや」
「…すみません」

遅いと言ってもまだ出発15分前なのに、三途さんはもう組織御用達の社有車の前で不機嫌そうに煙草を吹かしていた。こういうときに少しでも言い返すと三途さんが怒ることはもうこの数年で理解しているので、取り敢えず謝って置くのがベストだと思ったけど、まだ彼は納得がいかないらしい。

「なぁんでオメェなんかと行かなきゃなんねェのかねぇ?俺一人で十分だワ」

私だって行きたくない!と心の中では叫びヒートアップするが、三途さんに口で勝てる訳が無いし今から大事な商談なのに三途さんの怒りを買ってしまって取引がもしもパーになってしまったら元も子も無くなってしまう。言い返したい言葉をグッと飲み込むと更に頭痛は酷くなる一方だ。三途さんが車に乗り込んだのを確認して私も同じく乗り込む。近付けばまた罵倒されると思い分かりやすく距離を離して座ったのが気に食わなかったのか、長い足を組みながら窓へと手を掛ける三途さんが私の方へと何度か視線を向けていた事に気付かないフリをした。車が目的地に着くまでの間、私たちは一言も会話を交わすことは無く車内にはどんよりとした空気が漂っていた。





「初めまして。三途と申します」

正直、驚いた。いつも荒い口調の三途さんしか見たことがなかった私は、取引相手に対し罵る言葉を一切口にする訳でもなければその姿を連想させない程ニコニコと笑顔を向け丁寧語で話す彼が信じられなかった。取引先の相手はねちっこいおじ様だったが、それに対しても嫌な顔一つ見せない三途さんを見ていると「三途はアレでもウチのNO.2なんだぜぇ?一応偉い人。全然見えねぇしウケるよな」と前に蘭さんから言っていたことを思い出した。そのときは内心嘘でしょ?と失礼ながら思ってしまったがこの場を見たら納得せざるをおえなかった。三途さんの淡々と話をし取引をスムーズに進めていくその姿にド肝を抜かれてしまった。

「データ出せ」
「あっ!す、すみません」

早くしろと言わんばかりに隣に座っていた私の足を机の下で三途さんの足がコツンと小突く。慌ててデータを出し三途さんへと視線を向けたが笑顔で私へと微笑んでいる。絶対後で怒られそうだ。




「じゃあ僕達はこれで失礼します」

商談は無事一時間程で終わりを告げたが私の体調は朝より悪化していた。座っている最中も気持ちが悪く変な汗も出てきて一刻も早く帰りたかった。立ち上がる際に少しふらつきを感じたが何とか外で待機していた車に乗り込む。三途さんは車へと乗り込むと同時にネクタイを直ぐに緩めてどかっとシートへ座り込んだ。

「あーだっり。マイキーの頼みじゃなきゃあんなん即スクラップだろ」

私に話しかけたのか独り言なのか分からないが多分後者だろう。それでも適当な相槌くらい打ったほうが良いのかなんて考えたけど、それすらも出来ないくらいに頭が重くて体が限界だった。少しだけ、ダメ、いや少しだけ。と瞼が段々重くなってきて、眠ってはいけないのに今日の緊張と疲れが重なってか言うことを聞いてはくれない。

「おい何とか言えや、あ?…おい」

三途さんの声が脳内に響いてきた気がするけど目を開けることが出来なかった。また後で怒られるのかな、私。嫌だなぁ、怖いし。そんな事を夢うつつの世界に引き込まれながら私は意識を手放してしまった。





「……ん」

目が覚めたら視界に映るのは見慣れた自分の部屋の天井。熱のせいか未だ節々が痛み顔が歪むが何とか体を起き上がらせる。すると私が寝ていたベッドに背をつけて座っていたらしいピンクの見慣れた男が此方を振り返った。

「よぉ、起きたかよ」
「さっ三途さん!?」
「あ?ンだその態度は」

私を見るなり不満そうに眉を顰める三途さん。どうして彼が私の家に居るのだろうか。別の意味で体が悪寒は襲われる感覚に、身震いが生じた気がする。

「いやっあっとぉ…何故ここに?」
「はぁ?オメェ車ん中で顔真っ赤にして寝ちまったんだろうが。体調ワリィなら最初っから言えや」
「…すみません」
「ここまで運ぶの大変だったわァ」
「うっ…本当にすみません」

面倒くさそうにもとれる三途さんの口ぶりは、私の今弱りきっている体へグサグサとナイフで刺すかのように言葉が振り刺さる。

「んっとにテメェはドン臭ぇ奴だな、馬鹿にも程があんだろ」

起きなければ良かったと心底後悔した。確かに体調不良は自分の不注意だとは思うけれど、こんな言い方をしなくても良くないか。この人は何処までも私のことを嫌いなんだなと思わざる追えない。いつもの私ならそれでもこういう人だ、気にしないようにしようと何とか心に踏み止めていたが今日の私はダメみたい。

「えぅっ…ズッ」
「まぁ今日は九井に連絡してあっか、ら…あ?」

三途さんは驚いたように元から大きい目を更に大きく見開いた。泣いたらまた怒られてしまうかもしれない。それなのに熱のせいか止まれと思っても思考回路が定まらず、涙は止まる所か溢れだす一方で次から次へと溢れてくる。

「おいっ何泣いてんだよ!?頭いてぇのか?」
「さ、三途さっ、そんなに私のことが嫌いですか?」
「ハ?きら、キライ?」
「だって、だって…ヒック。そうじゃないですかぁッ。いつもいつも私の事ばかり怒るし。っ突っかかってくるばっかで…や、優しくないし、ック。嫌な事ばかり言うし」

今日私は東京湾にでも沈められる運命かもしれない。風邪を引き、仕事中に寝てしまって挙句の果てに泣きながらこんな事を三途さんに言ってしまうだなんて。私の最期は幸せな事は何一つ起こらなく迎えそうだ。頭も痛むし嗚咽は止まらないし自分でも訳が分からなかった。

「おい」

三途さんの低い声音が私を呼ぶ。伸びてきた手に一瞬殴られるのかと嫌な想像をしてしまい体がビクッと分かりやすく跳ねてしまった。

「…まだお前体あちぃから寝てろ」
「へ?」

伸びてきた手は私を殴るどころかおデコをツン、とつついただけだった。痛くも痒くもないような力加減で、つついた指が離れると三途さんは私から顔を逸らしてまたベッドに背もたれで背いてしまった。

怒っている様子も多分だけど無く、だからといって特に何も言わない三途さんに冴えない脳で考えてみても分からなかった。鼻を啜りながら三途さんの言われた通りにとりあえずまたベッドに横になって、チラッと隣にいる彼の後ろ姿を見るも三途さんは此方を振り返ることも無く、彼が何を考えているのか全く思い付くことが出来なかった。布団にもう一度潜り込んだ私は泣き疲れもあってかまた私は眠ってしまった。





次に目を開けたとき、三途さんはもういなかった。どれくらいの時間眠っていたのか分からないけれど、窓から見える外はもう真っ暗だから数時間は眠ってしまったはずだ。幾分寝てほんの少しだけ楽になった体を起こしてみる。明日事務所行きづらいなぁ、なんて思いながら三途さんに言ってしまった言葉を思い返しては後悔ばかりが生じた。今生きてるってことは明日もしかしたら殺されるかもしれない、それとも見逃してくれたのか?いやいや、そんなはずは。こんな事を繰り返し考えていると、玄関の開く音が聞こえた。ドシドシと床を歩く音が聞こえて来て、寝室のドアを開けたかと思うと帰ったと思っていた三途さんがコンビニ袋掲げて戻ってきた。

「え?あ、さんずさん?」

三途さんはそのまま私の元へと歩み寄りコンビニ袋を押し渡すように手渡す。中を見るとポカリだとかゼリーだとかが幾つか入れられていて、まさかこれを買いにわざわざ行ってきてくれたのだろうかとおもわず袋と三途さんを交互に二度見してしまった。

「オマエんちからコンビニ遠すぎんだよ。こんな何もねぇ得もしねぇようなとこ住みやがって」
「あ、歩いて行ってきてくれたんですか?」
「あ?俺の車事務所だからそれしかねぇだろうが」

あーつっかれたァと口にする三途さんを横目に、そう言われると今日は取引先まで社有車を使っていた事を思い出した。
私の事を嫌いなクセにこうしてわざわざ買いに行ってくれる三途さんが益々分からなくなってきた。

「あ、お金!お金払います」
「いらねぇーよそんくらい」
「いや、流石に歩かせてしまいましたし払います」
「いらねぇーつってんだろうが。お前ちったぁ…何でもねぇわ」

…多分今何か私を嫌な気持ちにさせる言葉を言いそうになったに違いない。口を紡ぐ三途さんはバツが悪そうな顔で私に視線を合わさると受け取ったコンビニ袋を持つ手の力がほんの少しだけ強まる。三途さんは私が寝ているベッドに腰を降ろすともう何年も使っているベッドはギシッと音を鳴らし、緊張感が走った。

「…俺別にお前のこと嫌ってねぇんだけど」
「え?」
「…その逆」
「あ?…あーとぉ大嫌いってこと、ですか?」
「何で逆つってんのにその考えになんだよ。ホントてめぇは馬鹿だな」

本当は分かる。私だってそこまで馬鹿ではない。だけど三途さんの口から出た言葉の反対を考えてみるもどうしても今までの彼を見ていると有り得ないという感情しか出て来ない。もう何度も三途さんには馬鹿呼ばわりをされているが、今の私はムカつく所か熱とは別に体温が上昇していくのが嫌でも分かってしまう。

「でも私のことお菓子食べてるとき太るぞとかデブって言うじゃないですか!」
「あん?テメェがやっすいちんけな菓子ばっか食って俺が買ってきた菓子食わねぇからだろうがよ」

三途さんに言われて思い出す。事務所のテーブルにお高そうなチョコレートが置いてあって、目がつい眩んで手が伸びたとき三途さんが買ってきたものだと九井さんから聞いて手を引っ込めたものだ。

「…アレ私が食べても良かったんですか?」
「テメェの以外に買う理由がねぇだろうが」
「じゃあ私が事務所の皆さんと話しているとき私にだけ怒るのは何でですか?」
「は?んなもんお前が俺にはすっげー嫌そうに話すくせに他の野郎共の前じゃニヤニヤしてっからだろ」
「ニヤニヤなんてしていませんけど…」
「してんだよ!いつもいつもなァ、うっぜぇぐらいに尻尾振りまきやがって」

尻尾振ってるだなんて本当にそんなつもりは無かったのだが、三途さんにはそう見えていたらしく「ケッ」と面白く無さそうに言葉を吐き捨てた。

「じゃ、じゃあ近付くだけで寄るなとか凄い私のこと拒否してたじゃないですか」
「あー…あれは拒否なんかじゃなくて…」

三途さんは黙り込むと私の顔から視線を別の場所に移した。膝の上に肘を付き口元を隠すように手で覆う彼は心做しか顔が赤く見えた。

「…もういーだろうが」

ポツリと呟いた三途さんはいつもの威勢の良い彼では無くて、全く知らない人を見ているような感覚だった。自分が今熱を出していることすら忘れてしまうくらい呆気に取られた顔をしていると思う。何分か沈黙が続き、ハッと我に返った私は急に恥ずかしくなり布団に頭を被せるように潜り込んだ。

「あっおいテメェ隠れるんじゃねぇ!」
「い、いや無理ですって!もう無理っ」

私が両手で布団を掴んで離さないでいると、三途さんはいとも簡単に布団と私を引き離した。絶対に今の私を見られたくはないのに、三途さんの瞳には私がしっかりと写りこんでいる。

「…返事は?」

あの三途さんがほんの少し自信なさげに呟くように言った。返事と言われても、今まで自分の事を嫌っている人だと思っていたから三途さんがそういう風に思っていたことも、私が好意的に彼を見ることも無かった。突然そんな事言われても答えられる訳が無い。

「じゃあ…好きって口で言ってくれません、か?そしたら…ちょっとだけ、考えてあげます」

考えてあげるなど普段ならばとても言えないであろう上目線な言葉が出てしまい、流石に怒られるか?調子乗んなって言われてしまうか?なんて思ったけど、三途さんの顔を見たらそんなことは無いと直ぐに思えてしまった。

「ハッ、まだオメェは俺に言わせる気かよ。欲張りな奴だなぁ?」

そう言った三途さんの顔はあでやかに微笑んで私の方へと距離を縮める。こんな三途さん、私しらない。グッと近付いた距離に心臓が破裂してしまいそうなぐらいに音を上げている。三途さんは私をそっと押し倒すと香水の匂いがふわっと香って私の顔は一気に赤みを帯びていく。

「あ、さんずさっ!?」
「好き」
「へっ」
「すっげぇなまえの事が好き。………もうほんとお前の事が好きだから俺と付き合って欲しいんだけど……ムリ?」
「えっ!えっと、いやぁ…そのぉ…んムッ」

まさか本当に素直に告白をしてくれるだなんて思わなくて、返答に戸惑い迷う私に三途さんは容赦無く唇を重ねてきた。唇がゆっくりと離れると長い睫毛を揺らしながら三途さんの瞳が私の瞳を捕らえて口元をペロリと舌で舐めとった。

「あ、ちょっ私まだ返事してないんですけどっ!」
「あ?返事が遅せぇからちゅーされンだろ」
「はぁ!?意味分かんないんですけどっ…ンンっ」

逃げたくとも三途さんの手が私の頭を固定しているせいで逃げることが出来ず唇を奪われていく。今の私の頭は熱のせいで頭がバカになっているから三途さんに対してドキドキしてるんだ、うん。絶対にそう。そうじゃなきゃおかしい。三途さんもきっとおかしいんだって、私にこんな優しく頭を撫でることなんかするわけないって。

「さんずさっ、かっ風邪移りますよっ」
「ンなの迷信だろ。信じちゃってんの?かわいーなァ。ホラ、あともぉ一回」
「も、ダメですってば!!」

咄嗟に両手で春千夜さんの口へと手を押し当てキスを阻止する。これ以上は私が本当に持たない。本当の本当に死んでしまう。頭はポヤポヤするし、胸は痛いくらいに音が鳴るし…三途さんの顔、見れないし。三途さんはそんな私の顔を見ると目を細めてニッコリと満足気な笑みを見せた。





海外へ出張という名のオシゴトから2週間ぶりに日本へ帰ってきた灰谷兄弟、蘭と竜胆はソファに座りなまえの為に買ってきたお菓子をテーブルに広げ彼女の喜んでいる姿を見て癒しを得ていた。

「わぁっ!こんなに良いんですか?悪いですいつも貰ってしまって」
「いーのいーの。仕事頑張ってるごほーび
「お前さ、前にこのチョコ上手いとか言ってたろ?」

そんな反社とは言い難い平凡な会話を交わしていると事務所のドアが勢い良く音を立てて開いた。顔を覗かしたのはいつにも増して酷い顔をした三途だ。

「おはようございます三途さん」
「あーはよ。ケホッ、ズビッ。あ"〜まじクソだりぃ。ゲホゲホッ」
「ちょっ重いですって!あと風邪薬買って来たのでこのお水で飲んで下さい。それと後で専属医に見てもらいましょうね?」
「ん〜〜。ブェックショッッ」

三途は灰谷達には目もくれず事務所に来て早々なまえの肩へと腕を掛けるその姿に、蘭と竜胆はお互いを見遣りまた二人へと顔を向ける。

「なになに?アイツら俺らが出張中にいつの間にあんな仲良くなっちゃってんの?え?兄ちゃん知ってる?」
「はぁーっ?ンなの知る訳ねぇじゃん。兄ちゃんこそ知りてぇワ、つか三途はねぇだろ三途は。そんな奴辞めて蘭ちゃんにしとけ?」
「そーそー三途はねぇって。俺らのが三途より優しーの目に見えてんじゃん。つか三途、てめぇの飛沫マジで汚ェーから咳勘弁してほしーンだけど」

堂々と聞こえるように話す意地の悪い二人になまえは顔を赤く染め俯き、三途は青白い顔をしながら灰谷二人に空いた手で中指を一本立てた。

一週間後、梵天幹部の中で風邪が瞬く間に流行ったことは言うまでもない。


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