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※梵天軸



その日の私はずっと好きだった男に失恋しヤケを起こしていた。今日は平日、明日も仕事だと言うのにも関わらず友人を呼び出し、居酒屋で酒を飲んで話を聞いて貰い幾分軽くなった気持ちに私のテンションは下がるところか逆に上がっていた。

「いぇいいぇい!次何飲む?テキーラ飲む?飲んじゃお!もう行こ!そら行こもう一件行っとこ」
「いやテキーラはマジで無理。ってかあたし明日も仕事だし終電も近いから帰るよいい加減」
「え、寂しいじゃん私も明日仕事じゃん超泣くじゃん」
「ハイハイ、また付き合ったげるから」

だる絡みも良いとこで友人はため息を吐きながら私を置いてタクシーに乗り込み早々に帰ってしまった。…薄情者め…嘘。すいませんこんなんで、話聞いてくれてありがとう。心の中で涙し、ポツンとその場に取り残された私は寒さからなのか寂しさからなのか、はたまたフラれた男の未練からなのか、鼻から出る水を大きくズビッと啜った。

「お客さんどうすんのぉ?乗ってくの?」
「あ?」

感傷的に陥っている私の目の前に、タクシーの運転手が助手席の窓を開けて怠そうに口を開く。そうして酔っていた頭にやっと思考が巡り、ここがタクシー乗り場だったということに気が付いた。年末も近いからか私の後ろにはズラリと人が並んでおり、私を見る目がとても痛い。

「あ、いえ。のりましぇん…」





まだ帰る気になれなかった私はぶらりと街を歩いていた。一人で飲み屋に行く気分にはなれず、適当にコンビニに入ると缶チューハイを1本手に取りレジへと向かう。そこで辞めていた煙草の棚に目がいくと、私は一箱欲しいと店員に番号を告げた。煙草が嫌いだと言っていた彼の為に辞めていた煙草だったがもう辞める必要も無い。

コンビニのすぐ側にある喫煙所で先程買ったばかりの缶チューハイのプルタブに手をかける。プシュッと炭酸の心地好い音と共に一口飲んで「はぁぁ」と盛大なため息を吐いた。禁煙していた久しぶりに吸う煙草の煙は、肺にくる異物感を感じる以外は少しキツく感じるぐらいでむせずに吸えたことにまだ体は覚えてんだなーと思った。でも昔みたいに美味しいと感じない。

「なぁ、ワリィけど火ぃ貸してくんね?」
「え?火?」

自分の世界に閉じこもっていたせいか、隣に人がいるなんてことに気が付かなかった私は声の掛けられた方へ驚き振り向く。目線を向けた先にはスーツを着て紫色と深い藍色がかかった珍しい組み合わせの髪色をした青年が立っていた。

「そそ、火。どっか置いてきちゃったみたいでさ」
「あ、ライターのことですかぁ?いいっすよ!どぉぞどぉぞ」
「おー、どーも」

ライターを手渡すと、男はそのまま自身の煙草に火をつけ白い煙を揺らしていく。

「さんきゅ。ライター買うのめんどかったから助かったわ」
「いーれすいーれす。私もう吸わないんでそのライター使ってやって下さいよ。その方がライターも幸せってなもんです」
「ハ?何それ?アンタおもしれぇな」

笑った顔ぶりは少しだけ幼さが残っていて、彼のフワッした髪型とマッチして可愛らしく思えた。こんな酔った女にそんな風に笑いかけないでくれ、眩し過ぎる。真横にいる彼は人差し指と親指で煙草を挟みながら私の持っている缶チューハイを見るも出来上がっている私に口を開いた。

「一人で飲んでて寂しくねェの?」
「そりゃっ寂しいですよ!まぁさっきまで友ラチと飲んでたんですけど。明日は仕事なんでネ、帰っちゃいました」
「ふぅん…じゃこの煙草が吸い終わるまで俺がアンタの話し相手になってやろっか」
「マジすか!?やっぱイケメンは違うっ。おニーサン超優し!」

一人でいたく無かった私はその言葉に大層な喜びを見せると、彼はぶっと吹き出した。

「面白いですかぁ?アハハ、私も面白くなってきた」
「めっちゃ酔ってんじゃん。そんなんでちゃんと帰れんのかよ」
「へーきへーき、人間生きてりゃ何とかなるんで」
「唐突にオッサンっぽくなんのやめて。腹壊れる」

結局彼は一本ならず三本煙草を吸い終わるまで私と一緒にいてくれた。酔っ払いの見ず知らずの私の話をずっと相槌を打ちながら聞いてくれて、初対面なのに何故か居心地の良さを感じてしまいつい話し込んでしまったのだ。

「あーそりゃ向こうのオトコ見る目ねぇな」
「うわーっ、お兄さんイケメンで優しいとかもうヤバくないですかぁ?泣きそう」
「俺だったら好きンなったら何があっても絶対ェモノにするけどな」
「それが出来たら苦労してませんってぇ」

私に対して言っている訳ではないのに、お兄さんのその言葉に不覚にもときめいてしまった。この顔でそんなこと言うの反則だ。ドラマのようなセリフなんて歯が浮きそうなものなのに、格好良い人が言うとサマになるのだから凄い。横にいる彼は自分の言った事を何にも気に止めていないようで、スマホを取り出し時間を見るとバツが悪そうな表情を浮かべた。

「あー、俺もう戻んなくちゃいけねェんだけどさ、アンタ一人で帰れる?」
「あ…は、はいぃ。もちろんれす」
「ハハ、まじで大丈夫かよ。送ってやりてぇけど仕事残ってんだワ」

帰るという言葉に少し名残惜しくて寂しく感じていると、お兄さんと目が合って私に微笑みかけた。

「ンな寂しい顔すんなって。スマホ貸してみ」
「え?わたしのれすか?」

スマホを手渡すと彼はポチポチと手馴れたように私と自身のスマホを操作し、私に手渡す。

「今度は酔ってねェとき会ってやるよ」
「え、あ…コレって」
「俺の連絡先。この時間変な奴も多いからさ、気ぃつけて帰れよ」

そう言った彼は私の頭にポンと手を乗せると行ってしまった。
彼の背中が見えなくなるまでその場に暫く立ち尽くしていた私はハッ、と我に返る。
な、な、な、何あの格好良い人!まるで少女漫画に出て来るようなヒロインの男役に抜擢されそうなあの男は!
手元に戻った自身のスマホを見るとトークアプリには彼の名前が画面に映し出されている。

「…はいたにりんどう」

その名前を呼べば先程までいた彼の顔が浮かび心臓が跳ね上がった。





うぅ、気持ち悪い…。


次の日の朝、私はやはり二日酔いに苦しんでいた。酷くガンガンと金槌で打たれたように痛む頭に手で押え、アルコールが未だ分解されていない胃は動けば吐きそうだった。タクシーを捕まえ帰宅したは良いが、そのままベッドに行けずに狭いソファで体力が尽きてしまった為か体も痛む。失恋プラス二日酔いで気分は最低最悪。仕事へは行く予定だったが、動いたら胃の中のモノが出そうでとても行ける状態では無く初めて仕事を休んでしまった。

服を何とか着替え終わり一日ぶりに自分のベッドへ横になると、私は昨日の事をふと思い出す。スマホでトークアプリを起動するもちゃんと"灰谷竜胆"と登録されてあり、昨日の自分を思い出して羞恥心で顔は青ざめていった。
私変なこと言ってなかったっけ!?初対面の人にあんな絡み方をして…最悪だ。
一生懸命昨日の事を考えるが頭痛と吐き気が邪魔をして、気付けば私はまた眠ってしまっていた。



「…んあ?」

目を覚ますともう太陽が傾きかけていた頃だった。随分と寝てしまっていたことに気付き重たい体を起こす。これだけの時間寝ていたら喉が砂漠のようにカラカラで、冷蔵庫から冷たい水を取り出し口を付ける。暫くキッチンで水を飲みながらぼおっと立ち尽くしているとスマホの着信が鳴った。ディスプレイに映し出された名前を見て私の頭は一気に覚めていく。

「り、りんどうさんっ!?」

心臓がピョンッと跳ねてスマホを持つ手に力が入った。
どうしよう、何て言おう。謝らなくてはっ。
そうこう悩んでいる内に電話が切れてしまうかもしれない。私は考えている暇も無く竜胆さんがここに居る訳では無いのにも関わらず、ボサボサの頭を手ぐしで整えながら通話ボタンを押した。

「も、もしもし?」
「おー出た出た。昨日ちゃんと帰れた?っつか俺のこと覚えてる?」
「あっはっはい!勿論覚えてます!帰りました!帰れました!」

テンパリ気味の私が伝わったのか電話の向こうで竜胆さんが笑っているのが分かる。もうそれだけで恥ずかしくて仕方がない。

「…昨日はすいませんでした。私かなり酔っていたのに色々話聞いてもらっちゃって」
「あー別に。良い暇つぶしになったし気にしなくていいから」

もう一度謝罪をすれば竜胆さんは「そんなに謝んな」と口調を穏やかにして言ってくれたものだから、単純な私はつい心臓が持っていかれそうになってしまった。

「でさ、いつ暇?」
「えっ!?いつ!?」
「ンな驚くことねぇじゃん。俺酔ってねぇとき会ってやるっつったろ?まさか忘れちゃったワケ?」
「…あ」

そういえば帰り際にそんな話をしていたような気がする。まさか本気で会ってくれるというのだろうか。私は慌てて脳内のスケジュールを確認する…が特に予定も何も無い。

「いつでも…暇です」
「そ?じゃあさ、俺今日時間空くんだけどちょっと会わね?」
「き、今日ですか!?」
「無理なら別に今度でもいーけどさ。あ、二日酔いだったりする?」
「い、いえ!今日暇です!」

まさか今日お誘いがあるなんて思わなかった私は声が若干大きくなってしまった。竜胆さんは「おう、んじゃ住所送っといて」と言い電話を切った。バリバリ二日酔いだが今の私は胃から嘔吐では無く、口から心臓が出そうなほど忙しなく胸から音を鳴らしていた。急いでお風呂に入り化粧を施すと竜胆さんとの約束の時間になるのはあっという間だった。





「久しぶり」と時間丁度に来た彼に言われて私の顔はポポッと赤く染まる。昨日の今日なのに久しぶりだなんて可愛いことを言う彼は、昨日と変わらずフワッとしたトップの髪型にスーツを着ていた。

「あ、お仕事でしたか?」
「んー。そうそう、今仕事の中休憩」

休憩中なのに私に会いに来て下さったと!?
頭の中に広がる色んな感情に追い付かずどんな顔をするのが正解か分からなかった。

「あ、飯は?腹減ってる?」
「いえ、その昨日のお酒が残っていて余りお腹空かなくて」
「やっぱ二日酔いなんじゃん、無理すんなよ。じゃあ俺も腹減ってねぇからドライブで良い?」
「ハイ…ドライブで良いです」

そう答えると彼はニコッと形の良い口元を上げて車を走らせた。ドライブと言っても景色を見ることなんかよりもつい竜胆さんの運転している姿を見てしまってはドキドキしていると、それに気付いたのか竜胆さんは私の方へと振り向いた。

「見すぎな」
「すっすみません!」
「別に謝んなくていーけどさ、恥ずいじゃん」

薄暗い車内に前の車からのライトで照らされた竜胆さんの顔が少し照れているように見えて、また私は彼が可愛く思えてしまった。

「竜胆さんって何のお仕事されてるんですか?」
「あー、飲食店の経営とかそんなところ」
「経営?もしかして社長さんだったりします?」
「いや、社長では流石にねぇよ」

余り私と歳は変わらない気がするけれど素直に凄いなと感じる。毎日繰り返し同じ仕事をしている私には経営なんて無理だ。そこから会話は弾んでいった。竜胆さんはやっぱり私よりほんの少しだけ年上で、色んな会社を受け持っているから休みも不定期らしい。その頃には幾分緊張は解けていて、竜胆さんと話しやすさを感じた私は自然と緊張していた顔に笑顔が出るようになった。そんなとき、竜胆さんのスマホが音を鳴らしていることに気がついた。

「竜胆さん、電話鳴ってませんか?」
「あーウン。…じゃあそろそろ送ってくワ」

何故か竜胆さんはその電話に出る事はせず、車を元来た道へと引き返していく。仕事の中休憩と言っていたし、きっと仕事関係の人かもしれないと特にこの時は気にしていなかった。

「ありがとうございました、竜胆さんお仕事中なのに。楽しかったです」
「俺も楽しかったからいーよ。気分転換出来たし?」

帰り道はあっという間に感じた。竜胆さんは迎えに来た時と変わらずニコリと微笑む。少々タレ目気味の目尻が可愛らしい。助手席のドアを開け降りようとする私を竜胆さんは引き止めた。

「また暇が出来たら連絡するワ」
「あ、わっ私で良ければいつでも!」
「ん。じゃあなまえ、またな」

竜胆さんと"また"がある事に湧き上がる喜びで顔はニヤけ、初めて名前を呼ばれたことに胸は波打ちたった。私、失恋したばかりなのに昨日出会った人に恋をしてしまったのかもしれない。でも会社も経営していてあの面貌ならば絶対にモテないはずかないだろう。他にもこうして私みたいに遊んだりする人がいるのかなと思うと胸が少し苦しく感じた。





あれから竜胆さんはまた連絡をくれた。嬉しくて仕方がない気持ちに駆られた私は、やっぱり竜胆さんの事を好きになってしまったのかもしれない。この前と同じく私を迎えに来てくれた彼は会うなり私に笑いかける。その顔が可愛くて格好良くて心臓を鷲掴みされてしまうのだ。

「今も仕事の休憩中でさ、次は飯連れてくからワリィけど今日もドライブでもいい?」
「あ、全然大丈夫です!ドライブ好きなんで!」
「なら良かったワ」

さり気なく次の約束もしてくれたことに私の心境はもう暴れ回っていた。竜胆さんと会うのが三回目ともなると前ほどの緊張というよりも、別の緊張が私を襲ってくる。
車を走らせて数十分経ち、話の話題が尽きて暫しの沈黙になった頃、私は竜胆さんに気になったことを聞いてみた。

「竜胆さんて、他にもこうやって…遊んでいる子とかいるんですか?」
「んー…気になる?」

進路方向を見ていた竜胆さんは私の方へと首を少しだけ向ける。その口元が楽しそうに笑っていて、絶対にイジワルしてわざとこういう風に聞いているんだってすぐに分かった。

「俺が他のオンナと遊んでたりすンの、嫌?」
「え、えっと、あの…」

私が質問をしていたのにいつの間にか彼に質問で返され私は戸惑ってしまう。走っている道が混雑していて中々進まず車がゆっくりと止まったとき、竜胆さんは私の頭をそっと掴むとキスを落とした。ぷにっとした柔らかな感触が離れると竜胆さんはまるでいたずらっ子の子供のように笑っていた。

「こーゆうことすんのはなまえだけだから」
「あっ、えっと」
「お前は?俺以外とも遊んでたりするワケ?」
「わ、私も。り、竜胆さん…だけです」

声の端が小さくなる私に、竜胆さんは満足したのか体を前に向けゆっくりとアクセルを踏む。離れた唇の感触が未だ残り私は竜胆さんを見ることが出来なかったから、彼が今どんな顔をしているのか分からない。ただずっと心臓がまたもや口から出そうなほど音を鳴らしていた。

それから数分車を走らせていると、また竜胆さんの電話が鳴り出した。竜胆さんは片手でスマホをポッケから取り出して画面を確認すると小さく舌打ちをする。

「電話大丈夫ですか?」
「あーウン。全然平気」

そう言いながら終話ボタンをタッチするもまた竜胆さんのスマホはすぐに着信を知らせた。先程の竜胆さんのお顔から一点、眉を顰めた彼の顔に私は凍りついた。口を紡ぐ事が出来なくなった私に竜胆さんはもう一度スマホから顔を私に向けると優しい穏やかな口調で言った。

「ちょい急ぎの件あっからさ、このままソッチ向かってもいい?ワリィけど」
「あ…私は、構わないですけど」
「ほんとゴメンな」

そっと私の頭を撫でると、彼は混んでいる道から脇道に逸らし車を走らせた。車内の空気が変わっているような気がする。口調は優しい竜胆さんのままなのに、漂う雰囲気が何故が違うように感じた。この場に余り口を開いてはいけない気がした私は、乗せられるがままに車に揺られていた。





竜胆さんが車を停めたのは海だった。夜の海に行くことなんて滅多になかった為、月明かりに照らされた海を車内から覗いては心做しかヒヤッとしてしまう。竜胆さんは着くと早々にスマホでメッセージか何かを送信し、私へと口を開く。

「すぐ戻るからさ。ここで待っててくんね?」
「あ、はい。分かりました」
「ん、良い子。危ねェから絶対車から降りんじゃねぇぞ」

小さい子に言い聞かせるように彼は言うと、もう一度キスを落とした。ルームライトに照らされて真っ赤になった私を見ると「その顔カワイーから勘弁して」と一言発して車を降りて行ってしまった。

竜胆さんに可愛いと言われて車内に取り残されて数分、未だ私の顔は熱く火照っている。少し冷たい手のひらで熱を冷ますように自分の頬に手を当てるも、竜胆さんの顔を思い出しては熱くなるばかりだった。
好きだと言われてないけれど、これって"付き合った"に入るのかな?そんな事を考えては一人寂しく悶絶するかのようにキャーキャーと騒ぐ私であった。



しかし待てど待てども竜胆さんは戻っては来ない。すぐ戻ると言っていたけれど、もう30分は軽く経っている。この車は竜胆さんのものだし何れは帰ってくるのだろうが、私はそこでふと疑問になった。もう21時に差し掛かるというのにも関わらず、辺りは真っ暗なこの海の近くでの用事ってどんな件なのだろうと。飲食店はこの辺には無く、あるのは漁業の倉庫しか見当たらない。

車を降りてみると、冷たい海風が私を襲いそれが少し肌寒い。上着を持っては来なかったことに少しだけ後悔を感じ、竜胆さんが歩いて行った方へと少しずつ歩を進めた。

その先を歩いていると施錠されていない倉庫が見えてきた。街頭だけが明るくその場を照らし、その倉庫の持ち手を握る。静かな空間にキキィッと錆びた音が鳴り響き緊張が走った。
まさか竜胆さんこんな所にはいないよね。
少し見たら車へ戻るつもりだった。戻ってこない竜胆さんが心配になっただけ、そう思いながらゆっくり窓から漏れる月明かりを頼りに歩くと声が聞こえてきた。

「グハッ!」
「おーおーこんな所まで逃げやがってよォ。テメェ何処を敵に回したのか分かってんのかなァ?分かってねェよなァ?」

鈍い音と罵声のした方へ顔を覗かすと、そこにいたのは倒れ込んで苦しそうにしている男の人とピンクの髪色をした男の人。それと…竜胆さんだった。

「おい灰谷弟!元はテメェの部下だろぉが。テメェが殺れや!」
「ハァ?ムリ。三途がやってよ、オレ女待たせてんの。汚れた格好で行けるワケねぇだろ。アホか」
「あ"あ"ン?仕事に女なんか呼んでんじゃねぇよ!殺すぞテメェ」
「オメーがしつこく電話してくっからだろヤク中」

三途と呼ばれたその男は倒れ込んでいる男の人の頭を容赦なく蹴る。それを竜胆さんは腰掛けている椅子の背もたれに肘をつきながら煙草を吹かして見ていた。

な、なに…どういうこと?
絶対に見てはいけないものを見てしまった私の体は言う事を効かずに震え上がった。息を吸うのもやっとなほど体は強ばっている。恐怖から変な声が出そうになるのを両手で必死に抑えつけた。

「チィッ、女にばっかうつつ抜かしやがって。兄弟揃ってヤリチンかよ」

三途さんは大きな舌打ちをすると共に何かを取り出した。その取り出したものは紛れもなく銃であり、寝転がって苦しんでいる男に容赦なく一発脳天に打ち込んだ。銃声が響き渡ったとき、私は咄嗟に抑えていた筈の声が漏れてしまった。

「ヒッ!」
「あ?」

竜胆さんと三途さんは揃って私の方へと視線を移す。向こうからは私の姿は見えていないはずだが声は聞こえてしまったようで、三途さんと思われる人がゆっくりと此方に歩み寄ってきた。
どうしようっ、どうしよう!
頭は真っ白になり走ることも体が言うことを効かないせいで許されず、近付いてくる靴の音に死にそうなほど心臓が音を上げていた。

私のすぐ側で止まった足音。視線を感じたがその方向へ目を向けることは出来なかった。すると私の側へ寄った男は私を覗き込むように視線を無理矢理合わせるとニヤァっとした笑みを浮かべた。

「こぉんなとこでナニしてんのかな?」
「ヒッ…あ、…あ、の…あ」

恐怖に震えその場に立ち竦んだ私に三途さんは容赦なく銃口を私へと向ける。

「見られちまったら消すしかねェんだよなァ」
「あ、…や、あ」

言葉にならず喃語しか出せない私の目には自然と涙が伝っていく。殺される、そう思ったとき。銃口を向けた男の後ろから竜胆さんが顔を覗かせた。

「あ、り…り、んどっさっ」
「はァ?…りんどぉ?」

私の言葉に三途さんは竜胆さんへと眉を顰めながら顔を向ける。竜胆さんと私の目が合うもあの時のように優しい顔では無く、別人とも思えるような冷たい目つきで私を見下ろしていた。

「あー、オレ待っててって言わなかったっけ?」
「そ、それ…は」

中々口を開けないでいる私に竜胆さんはフワフワとしている髪を無造作に片手で掻く。

「…いいワ。三途、ちょい席外してくんね?」
「はァ?ふざけんなテメェ。いくらテメェの女でも見過ごすワケねぇだろーが」
「…分かってっから話させろって。その男の後処理俺がしとくから」

三途さんはまだ何か言いたげだったが、舌打ちをするも倉庫内を出て行ってしまった。目の先に入る血を流して息をしていない男から目線を逸らすも、竜胆さんを見たって安心することは出来なかった。

「一応聞くけどさ、何で待っててくんなかったの?」
「あ、えっと…お、遅かったので…心配で」
「ふーん。心配、ね」

今までの竜胆さんが嘘のように声は引くく冷たかった。私を見下ろす目線に耐えかね目を逸らすと、竜胆さんは私の顎に手を添えて自分の方へと向けさせた。

「目ェ逸らすなって。今オレお前と話してんじゃん」
「あ…は、はい」

竜胆さんは私が素直に従ったことに多少気を良くしたのか顎から手が離す。

「なまえには見つかりたくなかったんだけどなー」
「だ、誰にも言いません。誰にもっ」
「ウン。じゃないと俺お前殺さなくちゃなんねぇからさ」
「ッヒ…」

"殺さなくてはならない"その言葉に酷く怯えた私はもう限界に達してその場に座り込んでしまった。倒れ込むように座った私に、竜胆さんは腰を屈めると少し考えるような素振りを私にみせた。

「あーまぁ俺も連れて来たのがワリィし、俺お前には死んで欲しくねェんだよな。どうすっかなー」

相槌も言い訳もする事なんかこの状況で出来るはずがなくて、私はただ震えながら竜胆さんの言葉を待つしか無かった。

「でも三途がなァ……あー、じゃあこうすっかぁ」
「…え?」

無邪気さを感じるような声に私はほんの少し顔を上げると、にっこりと笑った竜胆さんが私の耳元まで顔を擦り寄せるように近付き囁いた。






「お前は今死んだって事にして俺とこれからずっと一緒に生活する。これ、絶妙にいい案だと思わねェ?不自由はさせねぇからさ」

可愛らしく思えていた筈の笑顔が今や怪しく微笑み私へと視線を注いでいるのが分かる。私が生き残る術は竜胆さんの手によって左右されるのだと、声にならない心境の中首を縦に頷いた。




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