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※梵天軸




東京の夜景が一望できるようなホテルの一室。ここが一体いくらするのだろうなんて考えるのは彼とこういう付き合いになって5回目とかそんな所でやめたと思う。

春千夜はいつもラブホじゃないホテルの客室(しかも決まって大体高いとこ)を取るから前に聞いてみたことがある。安いラブホでいいじゃん、勿体ないって。そしたら春千夜は鼻を鳴らしながら

「ハン、この俺がンなやっすいホテルで寝れるワケねぇだろ」

と何処ぞのお偉いさんかと思えるような言葉を吐きながら私をベッドへ押し倒した。春千夜がそう言うのならとそのときは思ったけれど、実際は寝るも何も彼は私が寝てしまっている頃に毎回帰ってしまう。私だけ一泊するなら自分が払うとも言ったこともあるが、彼は断固それを拒否し私の財布を出させることはしなかった。

春千夜と初めて関係を持った季節が巡ってくると、所詮ワンナイトだと思った関係はもう時期一年になるという事に気付く。「長く続けると勘違いするオンナがいるから固定は作らねぇ」とか初めの頃言っていた気がするが、一年だ。一年もこの関係が続けば"長い関係"と呼べるものではないだろうか。春千夜ってよく分かんない。

多分春千夜は私が口うるさく色々な事を聞かないのが居心地が良いんだと思う…というのは表向きの考えで、実際は体の相性がとても良い、これが一番私達の関係を長続きさせている要因だと思う。じゃあ私は春千夜が好きかと言われると…普通だ。顔も良くてセックスも上手い人だとは思うが、それ以上でもそれ以下でもなくセフレは所詮セフレ止まり。それに春千夜が彼氏になったことを想像することが出来ない。何でだろう、会ったら食事はしてもセックスしてバイバイする関係だからか、映画を見たりショッピングをしたりとかそういうのを春千夜としている事が全く想像出来ない。

しかしこの関係が続くと最近少し困ったことが生じた。春千夜がゴムを付けたがらなくなってしまったのだ。

「0.01ミリとか言うけどよォ。ほんとにその薄さかよってぐれぇ付けると付けないじゃ違ぇわな。なまえもそうは思わねェ?」

この関係になってまだ数回目の頃は春千夜は文句言いながらもゴムを付けていた。そんなことを言われたって、私と春千夜は結婚前提の付き合いでも無ければ彼氏彼女の関係では無いのだし当たり前だと思うんだけど、春千夜は物々文句を口にしていた。

「思う思わないっていうか、ゴム付けるのが当たり前でしょ」
「あん?ンなの知らねぇよ」

子供が出来る可能性があるなんてことをさも気にしていないかのように春千夜は平然と素知らぬ顔をする。春千夜のこういうちょっと人より頭のネジが外れている言動は今に始まったことでは無いと分かっているけど、私の口からはため息が勝手に漏れた。

春千夜とホテルに着いて、いつものように春千夜が私をベッドまで連れて行き私に覆い被さる。蕩けた視界で春千夜へ視線を向けたとき、彼はゴムを着ける様子もなくそのまま行為に及ぼうとしたから一瞬にて私は青ざめた。慌てて色気もへったくれも無しに春千夜から身を引くように体をずらす。

「待って!ゴムは!?付けなきゃっ、付けてっ!」
「あー…忘れた?持ってねェ、ほらさっさと足開け」
「忘れた??…あ、ちょっとっ!」
「いーじゃん。きもちぃーからよ」

ラブホではないホテルにゴムがある筈がなく、私を見下ろす彼を退ける程の力もある筈はなく、私の後ずさった腰は春千夜の手により引かれてしまって、そのままされるがまま至ってしまった。セフレだからこそゴムを付けなければならないのに、してしまった。快楽に負けてしまった私も春千夜も最低である。

一度許せば二度目もある。二度許せば三度目もある。そのままずるずると春千夜はこれみよがしにゴムを付けなくなってしまった。幸い、流石の春千夜もナカに出すことはしなかったけど、それでも"もしも"の事を考えると怖くなってしまうことも確か。子供がもし出来てしまったら春千夜は絶対に即私を捨てるだろう。だろう、じゃないな、捨てる、絶対に。他人事のように「めんどくせェ」とか言いそうだもん。





『今日会おうぜ。迎え行ってやるから』

二週間ぶりに来た簡易的なお誘い。だがしかしバッドタイミングで生理が重なってしまった。今まで一年続いているとは言っても春千夜の仕事の関係だったり、私の仕事上の都合が合わさったりして会えなかったときに生理が来ていた為、春千夜から誘いが来た日に月ものが来るのは初めてだった。

春千夜から連絡が来たのは一時間前。断るなら早い方が良いと私は早急に文字を打った。

『ゴメン。生理きたから今日無理』

それだけ送ると私はまたパソコンと睨めっこだ。なんて軽い関係性だと思う。生理痛は酷い方では無いけれど、腰とか頭が軽く痛むからデスクチェアに長時間座っているのは疲れてしまった。

こんな日に限って仕事上でミスがあり、二時間残業は流石にキツい。その為春千夜に送ったメッセージなんてすっかり忘れて会社を出て帰ろうと歩き出したとき、会社の近くで余りに不釣り合いな春千夜の車が止めてあるのが私の目に映った。

「は、はるちよ?なんでいんの?」

急いで春千夜の元まで向かい、彼の愛車であるセダンのドアを開けると春千夜はそれはそれはとても不機嫌に眉を顰めていたから、その顔を見てつい体が凍りつきビクついてしまった。

「何で?じゃねぇんだよ!テメェいつまで仕事してんだコラ」
「ヒッ、わ、わたし春千夜に今日は無理って送ったじゃん!」
「あ?せーりだからなんだよ。会うことくれぇ出来んだろォが。早く乗れや」

そんな横暴な。っというかもしやこの人生理中の女にまで手を出す男なのだろうか。…それは知らなかったし引くんだけど。
こんな事を言えばきっと怒るだろうというのはこの長い付き合いで分かっていたから心の中で踏み止め、その代わりちょっとムッとしながら助手席へと座る。私がシートベルトを付けたのを確認した春千夜は後部座席からブランケットを取り私に手渡してきた。

「…ん」
「は?」
「ん!これ使えっつってんだよ!」
「は、はぁ…」

意味が分からず渡されたブランケットをポケッとした顔で見ていると、春千夜は未だムスッとした表情で私に手渡したブランケットを荒く取り私の膝に掛けた。

「普通掛けとくもんだろうが。いつまでも持ってんじゃねぇ」
「へ?…うん。ありがとう?」
「…フン」

お礼を言うと春千夜は鼻を鳴らしながらアクセルを踏む。…まさか私が生理だと言ったから持ってきてくれたとか?あの春千夜が?それが本当だったとしたらちょっと意外で驚いてしまうんだけど。

「は、はるちよ?」
「ンだよ。腹痛てぇの?」
「や、違う。違くて、その…流石に生理中にヤるのはちょっと…」
「はぁ?」

春千夜のドスが聞いた声と共に車は赤信号でブレーキを勢い良く踏まれたせいか、私は少し前のめりになる。春千夜の運転はいつも荒いからいつも事故しないか内心ヒヤヒヤしてしまうのも屡々。春千夜は車内の窓をほんの少し開けて煙草に火をつけると盛大なため息を白い煙と共に吐き出した。

「…オメー俺がそんなヤッてばっかのサルみてぇな奴に見えんのかよ」
「え?サルっていうか…うん。ちょっとだけ」
「ざけんなっ!ンなガキみてぇなことばっか考えてねぇしそこまで盛ってねぇわ」

プンプンしている春千夜を横目で見ながら私は考える。
え?じゃあ何しに春千夜はわざわざ迎えに来たの?と。頭に沢山ハテナが浮いた状態で車に揺られる私の脳内にいくら考えても答えは出て来なかった。春千夜はまだ若干不機嫌そうに運転をして、車を止めた先は私のアパートの前だった。

「ほらよ。お前ん家ここだろ?」
「そうだけど、まってまって。…春千夜わざわざ私を送る為に迎えに来てくれたの?」
「は?そうだけど?」

当たり前のようにお前バカ?とでも言いたげに片眉を下げた春千夜は言う。

「ウソ、信じられないんだけど」
「おーおー、おめェのその可愛くねぇ口今すぐ塞いでやろうか」
「いたっ、ちょっと髪ボサボサになるっ…んムッ」

頭をガシッと掴まれたと思ったらそのまま頭を引き寄せられた私は春千夜にキスをされた。唇が離れキョトンとしている私に春千夜は形の良い口元をほんの少しだけ上げる。

「今日はこれで我慢してやっから早く寝ろ」
「……やっぱサルじゃん」
「ちっげぇワ!んっとに可愛くねェ女だなぁテメェはよぉ」

だって春千夜がこんな優しい訳ないんだもん。いつも自分が一番で、俺について来い!っていうようなあの春千夜が、いつも食事もそこそこにホテルへ行きたがる春千夜が、まるで恋人のように迎えに来てブランケットを借してくれて家まで送ってくれただなんて誰が信じようか。人に対する優しい気持ちが彼にもあったということを今更ながら知った私は、春千夜との関係が一年もあったのにも関わらず彼の事何にも知らなかったんだなと反省した。

春千夜が帰ってからお風呂へ入って、布団に潜り込んでもまだ今日の出来事がふわふわと頭に流れ込んできて、不思議な感覚だった。もしや私って春千夜の事気になってしまったのか?なんて考えたみたけれど、付き合った所を想像してもやっぱり甘いセリフを吐いている春千夜は想像出来なかった。





『今日時間空く』

あれからまた2週間程経つ頃、春千夜は私にまた連絡をくれた。ほんの少しだけドキッとしてしまった自分に驚いて、この間の簡易的なメッセージよりも更に簡潔になっている文書につい笑ってしまった。返信する前にまたピロンとメッセージが鳴り見ると"後で金渡すからタクシー使って来い"と付け足しがきた。食事代もホテル代もいつも春千夜が出してくれるから、流石にこういうときは自分が出すようにしているけれど、春千夜は「ンなのに金使う必要あんなら化粧品でも買やぁいーだろ」と言っていたのを思い出した。いつも不満げに怒っているような口調で春千夜が言っていたけれど、今更になってやっぱり春千夜って実は優しいのでは?と思えてきた。そうなると今までの自分は春千夜が言った通り本当に可愛くない女だったと思う。大変失礼な態度を取っていたと気分は落ち込み、私は春千夜にメッセージを送った。





「はるちよ、ゴメンね」
「あ"?何が?」

指定されたホテルに着き、予約してあると言っていたホテル内のラウンジで春千夜を待っていると彼は10分後ぐらいにやって来た。来てそうそう謝る私に春千夜は眉間に皺を寄せる。

「春千夜がね、優しいってこと今まで気付かなくて…ゴメンね」
「は?ハァッ!?おめェ変なモンでも食ったのかよ。俺はいつだって優しいだろうが」
「ううん、食べてないよ。今来た所だもん。この間もね、送ってくれたのにサルなんて言ってゴメンねって帰ってから反省してたの」
「あー、サルはまじ心外だワ。っつーかもうお前から謝られんの気持ちワリィからやめろ、早く食え!食ったらさっさと部屋行くぞ」

そういうところがサルに見え…とつい思ってしまいそうになったが、春千夜の顔を見たらそう思えなくなってしまった。だって何処と無くどうしたらいいか困ったように眼を逸らして、私にメニューを渡してきた春千夜は照れているように見えたから。

「はへ?」
「ンだよ、とっとと決めろや」

メニューをグイッと押し付けるように渡してきたメニューを受け取るも、また私の知らない春千夜の一面を見た気がする。こんな風な顔もするのかって。





そうは言ってもやっぱり春千夜は春千夜サンで、部屋に入った瞬間彼は人から狼へと変わる。この間お預けだったからなのか、ベッドに行く前にキスをする春千夜に、食事のとき飲んだ酒のせいもあってか頭が酸素不足でぼんやりとしてきた。

「あ、待って、まってはるちよ」
「あん?ムード壊すんじゃねぇよ」

服に手が忍び込んだそのとき、私は春千夜を止める。彼のペースに飲み込まれてしまう前に私は今日ここへ来る前に買ってきたものがある。恥を忍んで買ったものなのだ。自分で買ったことは無かったからかなり恥ずかしかったが致し方がないと私はバッグから小さな箱を取り出し春千夜に手渡した。

「ハ?コンドーム?」
「ゴムはやっぱりしなきゃかと思います…ハイ」
「コレ、テメェが買ったの?」
「そう、です」
「いらねーだろ、コレ。つか女が一人でゴム買うのって恥ずくねぇワケ?」

私が顔を見られぬようサングラスまで掛けて買ったゴムを春千夜は呆気なくゴミ箱へ放り込んだ。

「あっちょっと!たっ嗜みだわ!女のっ、嗜み!春千夜だって困るでしょ!?」
「ぁあ?何が困んだよ」
「な、何って万が一子供が出来たら困るじゃん」

すると春千夜は一瞬の間を開けると分かりやすく赤面していった。思わず「へ?」と私の声が漏れてしまったほどに。そして彼は更に私が驚くことを述べた。

「あー、お前のガキなら…可愛いんじゃねぇの?」
「ハ??」

目を見開いてポカンと口を開ける私に、春千夜は「見んじゃねぇ」と私の頭を軽く叩いた。それでも私の思考回路は停止して口は開いたまま、春千夜から目線を他に移すことが出来なかった。

「…春千夜って子供欲しいの?」
「あ?あー別にいらねぇけどお前のガキなら悪かねェ」
「え???」

何言っているんだこの人は。てっきり困ると言われると思っていた私は、春千夜の表情と言動に未だ理解が追いつかない。そんな私を不満そうに春千夜は眉間に皺を寄せて小さな舌打ちをした。

「気に入ってねぇ奴と一年も関係持つワケねぇだろが!分かれや」
「いや、そうは言われても…春千夜って私のこと好き、なの?」
「言わせんなアホかてめぇ!こんだけお前に優しくしてやってりゃ普通気付くだろーが!それにどうでも良い女なんざこんなとこ連れて来ねェしゴムだって付けるわ!マジでお前バカにも程があンだろ」

色々ディスられている気がしないでも無いけれど、いや、だって、そんなまさか。実に軽い関係だと思っていたのは私だけだったのかと思えば思うほど、急に目の前の春千夜にドキドキとした感情が私を襲ってきた。しかし、目の前の春千夜はもう吹っ切れたかのようにいつもの春千夜に戻っている。

「おい、返事は?」
「あ?え、とぉ……セフレはセフレ?だと思ってたんで…今、ドキドキしてきた、かな?……ヒッ」

私の返答を聞いた春千夜の顔を見た瞬間、私の喉から悲鳴じみた声が小さく放たれた。口元の両端をクイッと上げ目を細めた春千夜が私を見下ろしている。その顔付きはまるでこの世のものとは思えないような顔をして笑っていた。

「ふ〜ん、あっそォ。今更意識されてンの性に合わねェからよ。んじゃ、好きになって貰えるように頑張るんで、今日は覚悟しとけや」


私は三途春千夜という男の本性を全く知らなかったらしい。

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