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蘭ちゃんは昔、意地悪だった。住むマンションが同じだった私は、蘭ちゃんとその弟の竜ちゃんとよく一緒に遊んでいた。竜ちゃんは私に優しいけれど、蘭ちゃんは虫なんか捕まえたら私に「いーモンやる」とか言って虫を手渡ししてくるような人だった。泣いて逃げる私を心底楽しそうに追い掛けて来て、竜ちゃんが止めに入るのがお決まりのパターンだ。

それでも私は蘭ちゃんから離れることはしなかった。意地悪が多いし泣かされたことも沢山あったけど、根本的には優しいってことを知っていたから。蘭ちゃんが私の親の帰りが遅いと知ったとき、急に私の家に来たと思ったら私が寝るまで蘭ちゃんは一緒にいてくれたし、重いものを運ぶときは何も言わずに持ってくれた。雷が鳴るような台風の日も傍にいてくれて、「ありがとう」って言えば「見たいテレビねぇから暇つぶし」とか言いいながら私が寝静まるまで頭を撫でてくれたこともあった。





13歳になったとき、蘭ちゃんも竜ちゃんも少年院へ行ってしまった。急な事だったし明日また会えるなんて思っていたから、次の日からパッタリと二人の顔を見れなくなったのは不思議な感じがしたのと同時に胸の中が空っぽになってしまったかのような気がして、凄く寂しい気持ちに駆られた。言ってしまえば特に蘭ちゃんは家族よりも一緒に過ごす時間が多かった気がする。それくらいほぼ毎日一緒にいた人がいなくなってしまったことに泣いてしまった夜も少なくはない。少年院に入った理由は何処からとも無くやってくる噂が中学校にまで飛んできてクラスメイトを通して私の耳へと入ってきた。

会いたいなって毎日思いながら過ごす毎日は本当に長くて、一日24時間をもっと短くして欲しいって思ったのは初めてだった。一人で過ごす夜はいつも大体蘭ちゃんがいてくれたから、急に世界で一人ぽっちになってしまったような気がしたけれど、これが本来"普通"なのだと自分によく言い聞かせていた。

18歳になる頃、高校からいつものように家路へと帰る途中、背丈も髪型も変わっている二人が私の前に現れたときは驚き過ぎて鞄を落としてしまった。

「ら、らんちゃ?りんちゃ?は?へ?」

石のように固まり立ち止まる私に竜ちゃんは、「俺ら幽霊じゃねぇぞ」って笑って鞄を拾ってくれて、蘭ちゃんはあの頃より随分と大人びた表情を浮かべて笑っていた。

「この間の台風ンとき一人で寝れた?」

数年ぶりの会話がコレ。もっと何かあるでしょって思ったけれど、久しぶりに蘭ちゃんの穏やかな声音を聞いたら泣きながら笑ってしまったのを覚えている。この日から私はまた蘭ちゃんといることが増えた。たまに私の学校へフラッと迎えに来てくれたり、メールでお誘いがあって一緒に過ごすというような感じ。たまに竜ちゃんもいて、そんなときは昔みたいに戻った気がして楽しかった。





竜ちゃんと二人暮しを始めたと聞いてから初めて蘭ちゃんのお家に上がったとき、竜ちゃんは後で来るって言っていたのにいつまで経っても来なかった。ついてるテレビは昼時で、ワイドショーしかやっていない時間帯はただの雑音機にしかならなくて。二人でソファに座ってコンビニで買ったアイスを食べていると、蘭ちゃんはチョコチップのアイスをスプーンで掬いながら私に言った。

「俺が年少行ってる間カレシ出来たりしてないよなァ?」
「彼氏?い、いないよ。出来るわけないじゃん!」
「ふ〜ん」

何処となく嬉しそうな口ぶりをする蘭ちゃんはまたアイスを一口掬って口に含む。蘭ちゃんから男の人の話なんて聞かれたことがなかったから少しだけ吃ってしまった。

「あ、お前の一口ちょーだい?」
「うん、いいよ。はい」
「ちげぇよ。食べさせてって言ってんの」

蘭ちゃんにカップを渡せば、不服そうに眉を顰めて形の良い口をパカッと開けた。肩が触れ合うくらいの距離に心拍数は早まり、蘭ちゃんの薄紫色した綺麗な瞳と目が合ったとき、蘭ちゃんは私にキスをした。

「……っえ!?」
「何その反応〜。嫌なワケ?」
「い、いやっていうか…何て言うか」

私のファーストキスは蘭ちゃんに呆気なく奪われてしまった。あっという間の出来事で、言葉を上手く紡ぐ事が出来ずにモゴモゴしていると、蘭ちゃんは私の手を掴みアイスが乗っているスプーンをそのまま自分の口に含んだ。

「あ、らんちゃ」
「ん〜?」
「…蘭ちゃんとわたし、ちゅーしちゃった…?」

私の言葉に蘭ちゃんは大きく目を開かせたかと思うと一瞬の間を置いてプッと吹き出した。

「ふはっ、お前ほんっと、ふっ、うんうん。ちゅーしちゃったなぁ」

蘭ちゃんの言葉を聞いた私は瞬く間に顔が熱くなって、蘭ちゃんの顔を見れなくなってしまった。小学校のとき一緒にベッドに横になっていたのとは訳が違って、蘭ちゃんは会わなかったこの期間に大人になってしまったみたい。私と同じ歳なのに、昔みたいに意地悪はいつの間にかしなくなったし(からかわれることは今もあるけど)、余裕が垣間見えていて私との差が見えてしまったような気がした。その後は何食わぬ顔でご機嫌にアイスを食べる蘭ちゃんの横で、私だけがドキドキしていて治らず、残ったカップのアイスを食べたって味がまるで鼻風邪を引いたように味がしなかった。





来る日と来ない日の差がすごいけれど最近蘭ちゃんからのメールが増えた。『今日飯行くぞ』とか『迎え行くわー』とか。普段は絵文字が付かない日が多いけど、たまに絵文字が一つ付いていることがあってそんな日は蘭ちゃん今日は機嫌が良いんだなぁって笑ってしまったり。あれから蘭ちゃんにキスされるなんてことは無くて、逆にガチガチに固まっている私を見て蘭ちゃんは心から楽しんでいるようにも思えた。

『今日飯作り来て。材料あるからチーズ乗っかったハンバーグ作って』

授業中、スカートの中でバイブ音が震え先生に見つからないようにメールを開けば蘭ちゃんからだった。材料って絶対竜ちゃんが買ってきたんでしょ、とついツッコミをいれたくなったけれど我慢した。まるで付き合っていると勘違いしてしまいそうになるその内容になんて返したらいいか数分迷う。蘭ちゃんが私にキスした理由だって聞けていないまま。それでも私は蘭ちゃんにされたキスは嫌ではなかったし、こうしてメールが来ると気持ちが昂る。





学校を出る前に友達に捕まってしまい少し話し込んでいたら、学校を出る時間が遅くなってしまった。急いで学校を出るも空にはどんよりとした雲が広がっていて今にも雨が降りそうな空。傘を持っていなかった私は急いで蘭ちゃんの家に向かったけれど、雨は降るのを待ってはくれず、着く頃には全身雨で濡れてしまった。

「は?お前びしょ濡れじゃん」
「へへ…傘持ってきてなくて」

蘭ちゃんは私から荷物を取ると怠そうに脱衣所からタオルを持ってきて私の髪をゴシゴシと拭く。ちょっと手荒く拭くから私は体ごと左右に揺れてしまう。

「うわっいいよ!自分で拭けるから」
「ダメー。蘭ちゃんが拭いてやってんの喜べ。つか遅かったからオレ心配したんだけどぉ?」
「あ、ゴメンね。友達と話してたら遅くなっちゃった」
「へー、それって女?男?」

蘭ちゃんは私の頭を拭く手は止めずその代わり、ほんの少し声のトーンが下がったように低くなった。自分の顔を見られないようにしているのか、前髪のある方までガシガシ拭くものだから蘭ちゃんの表情を伺うことは出来なかったけれど少し疑っているような、そんな感じ。

「女だよ。いつも私と遊ぶ仲良い子」
「…そ?ならいーけど。 服貸してやっから着替えて来いよ。あ、ここで着替えんなら見ててやる
「あ…ありがとう、でもここで着替えるのは無理!向こうの部屋借りるよ!」

手を止めた蘭ちゃんはもういつもの蘭ちゃんに戻っていた。にっこり笑って蘭ちゃんは私に服を手渡す。脱衣所で受け取った蘭ちゃんのスウェットに着替えると大きくてブカブカで、蘭ちゃんの匂いがして、ちょっと恥ずかしくなってあの時のキスを思い出してしまった。





「お前ほんっと身長小せぇなぁ?やっば」
「蘭ちゃんが高いだけだから!」

からかわれていると分かりちょっと睨むも蘭ちゃんはなんにも動じない。私だけが蘭ちゃんを意識してしまっているようでそれが悔しい。ハンバーグを作る私を蘭ちゃんがたまに覗きに来たりして、その都度距離が近いことに意識して。何とか作り終えた頃には帰りたいくらいに心臓が悲鳴を上げていた。てっきり竜ちゃんも来るものだと思っていた私は竜ちゃんの分と三人分のご飯をテーブルへ置いたとき蘭ちゃんは不思議そうに言う。

「ん?コレ竜胆の?」
「うん、帰って来るんじゃないの?」
「いや、来ねぇよ?」
「え、そうなの?じゃあラップして置くから竜ちゃんに後で食べてって伝えておいてよ」

最近蘭ちゃんのお家に遊びに来ると竜ちゃんはいないことの方が多い。久々に会いたかったなって思っていればそれが蘭ちゃんに伝わったらしく、頬杖を付きながらつまらなそうに口を開いた。

「なまえ竜胆に会いたかった?」
「んー、最近会ってなかったし、たまには顔ぐらいみたいなって思うよ」
「ふぅん。……蘭ちゃんだけじゃ満足出来ねぇのぉ?」
「…えっ!?」

それって、どういうイミですか…!?
やっと落ち着きを取り戻してきた心臓はまたバクバクと音が鳴りだし忙しない。ポケッと口を開ける私に、蘭ちゃんはククッと口端を上げる。絶対また私をからかっているんだ!蘭ちゃんの笑った顔は、昔に私へ意地悪をしていた頃のように楽しそうだもん。

「ンなかしこまることねぇじゃん?」
「あ…そのぉ…は、ハンバーグ!冷えるっ!折角作ったから」
「えぇ〜こんくらい大丈夫だってぇ」

話を逸らそうとしたけれど顔の色は隠すことが出来ずに真っ赤になっている私を見て、蘭ちゃんはにこにこしている。ハンバーグを黙々と食べている間も彼はご機嫌で、食の細い蘭ちゃんが全部食べてくれたのを見て、きゅんっとした感情が私を襲う。美味しかったのかなって嬉しくなった。

「なまえ〜、コッチ来いよ」
「え、あ…うん」

洗い物を終えたら蘭ちゃんは私に隣に座れと手招きする。蘭ちゃんの横にぽすっと座って、耳に入ってこないテレビを見て。テレビがCMに差し掛かったとき、蘭ちゃんは私の頭を大きな手でそっと撫でた。

「あ、蘭ちゃん」
「ん〜?」

サラりと蘭ちゃんの指がなぞるように私の髪を遊んでいく。それがくすぐったくて変な雰囲気になっていくのが分かった。男の人に触れられるのは蘭ちゃんが初めてで、こんなときどうしたらいいか分からなくて、蘭ちゃんの顔が私を覗き込むように近付いてきた。心臓が口から飛び出してしまいそうな程、ドキドキして息苦しい。

「ね、ちゅーする?」
「…あ」

私の返事なんか初めから待つつもりなんてなかったかのように、蘭ちゃんは私にキスをした。1回、2回、蘭ちゃんの柔らかな唇が私に重なって、もうそれだけで頭はポヤッとして恥ずかしくてどうにかなってしまいそうだった。

「ははっ、ちゅーするときは目閉じろ?」
「えっと、その」

今まで聞いたこともないくらいに甘い声で囁く蘭ちゃんは、スウェットの中に手を入れる。蘭ちゃんの指が私のお腹に当たると「ン」と変な声が出て、つい口を覆ってしまった。

「かぁいいー」

その声は私が聞いた蘭ちゃんの声の中で今までで一番優しかった。蘭ちゃんのペースに自分が飲み込まれていっているのがよく分かった。蘭ちゃんの服を掴んで蘭ちゃんを見上げると、やっぱり何処か嬉しそうに見える。
蘭ちゃんて私のこと好きなのかな、私も蘭ちゃんが好きなのかな?
蘭ちゃんの綺麗なお顔がまた近付いてきて、目を閉じようとした瞬間、

「ゲッ!ここでヤんのまじ止めて」
「はっ!?りっりんちゃっっ!?」
「あ?りんどー来んの早ぇんだけどぉ」

ガチャリとリビングのドアが音を立てて開いたと思ったら、竜ちゃんは私達を見るも苦りきった顔を私達へと向ける。慌てて蘭ちゃんから離れようとするも、蘭ちゃんは私の手を握ってきて離れることを許さなかった。

「ちょっとらんちゃっ」
「はぁ…もう一回オレ外出た方がいい?」
「ん〜」

竜ちゃんの問いかけに、蘭ちゃんはもう片方の開いた手で携帯を開く。

「もうこんな時間だし竜胆送ってやって?」

そう言うと蘭ちゃんはそっと手を離し、竜ちゃんへにこりと笑顔を向ける。離した手で私の頭にそっと手を置くとよしよし、と優しく頭を撫でて竜ちゃんに聞こえないくらいの小さな声で蘭ちゃんは言った。

「続きはまた今度、な?」

即座に私の顔は羞恥に固まってそんな私を見た蘭ちゃんは、口端を上げて「またなぁ」と手をヒラヒラとさせた。





「竜ちゃん」
「んー?」

いつの間にか雨は止んでいて、水溜まりになった地面を避けるように夜道を歩いていく。竜ちゃんはとっくに分かっているかもしれないけれど、今が暗くて良かったと思えるくらいに未だ顔は熱を帯びたままだった。

「蘭ちゃんて…外国人だったりする?」
「ハ?」
「あ、いやっなんていうか、その…スキンシップ多いからさ!何か外国とかの類かと…ぉ?」
「馬鹿じゃん。俺も兄ちゃんもどう見ても日本人だろ」
「で、ですよねー」

そりゃそうだよね。昔から一緒にいてそんなこと分かりきっているのに。竜ちゃんは片眉を下げて呆れていた。

「じゃあ、えっと…蘭ちゃんは私のことからかってるのかな。私の反応見て楽しそうっていうか余裕っぷりにモヤモヤするというか」
「……はぁぁ」
「ゴメン!弟に兄のことなんて聞いて!」

私の言葉に大層なため息をついた竜ちゃんは少し考えているようだった。この間の空気にいたたまれなくなってしまって、話を変えようかと思った矢先に竜ちゃんは口を開いた。

「…別に兄ちゃん余裕なんかじゃないと思うけど?」
「へ?」
「反応を楽しんでるってのは分かる。兄ちゃんそういう人だし。でもまぁ……うん。お前を別に傷付けようとしたりしてる訳じゃねぇと思うから」
「それは、分かるんだけど…」

やっぱり兄弟。私なんかよりお互いの事を余っ程深く知っている。一人っ子の私には考えても分からない何かがあるのだろう。でも竜ちゃんがそうは言ってくれてもまだ私の心のモヤつきは残ったままだった。

「じゃー聞くけどさ、なまえが兄ちゃんといるとき何で俺がいつもいねぇのかとか考えたことねェの?」
「…え?」
「あーもうこれ以上はやめとく。兄ちゃんに怒られんの俺だし。っつかお前っちここじゃん。風邪引くなよ」
「あ、ありがとう」

「後は本人に聞けば教えてくれんじゃね?」と竜ちゃんは言って帰っていく。私は暫くその場に佇んでいて蘭ちゃんのことばかりを考えていた。竜ちゃんが言っていた言葉と蘭ちゃんの仕草なんかがぐるぐると頭の中に繰り返し流れて来て、勝手に蘭ちゃんの気持ちを想像してしまう。携帯を開いて蘭ちゃんの電話番号を出しては消して、出しては消して。なかなか発信ボタンを押せない。


なんて、聞いたらいいんだろ?


私が蘭ちゃんの気持ちを聞くまで、あと−−時間後。

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