小説 TOP | ナノ


「テメェ…今なんつった?」
「あ!えっと、ですからっ春千夜さんがどタイプです
「???」

三途は困惑している。三途は女を見る目には多少なりとも自信があった。別に彼女が欲しいと思ってマッチングアプリをやったのではない。ただ、仕事柄キャバ嬢や風俗嬢のような夜の女との付き合いはそこそこあったのが、最近はパンピーな女にも少々興味が湧いてきた。ただの気まぐれである。キッカケは灰谷兄から「意外に良い女と出会えたりすんだよな」という様な内容を小耳に挟んだことだ。それを聞いた三途は自分もアプリをこっそりインストールした。彼女と初めて会ったとき、"アタリ"だと思った。しかし初めはあんなに初々しかった女が、いつの間にか自身に向けてハートを舞散らかし性格がまるで180度違うその姿に流石の三途も動揺をした。怖いと思われることはしょっちゅうでも、それが好きだと口にする女は今まで出会ったことがなかった為、三途は初めての感覚に戸惑っていた。



「……飲ませたクスリ何だっけか」
「えっ私クスリ飲まされたんですか!?」
「………何でもねぇし飲ませてねぇ」

今の私はきっと目がハートになっているに違いないと思う。私の言葉に春千夜さんがお人形さんのように長いまつ毛をパチクリとさせて私を見下ろしている。薬と聞いて私は聞き返したが、彼は話す事もうんざりしたようで深いため息を吐きながら私から身を起こした。何の薬を飲まされたのかは凄く気になるが、今元気なのだから良しとする。というかそんなことよりもどえらく引いたように口を引き攣らせた春千夜さんに、私の心は更に持っていかれた。

「続き、してくれないんですか?」
「するワケねぇだろ!こんな変態女に勃つモンも勃たねぇワ」
「ひどいっ!でも、好きです」
「マゾかよ…頭イカれてんな」

涙を流し告白をする私に対し、春千夜さんは逃げるかのように早々に身支度を開始し始めた。しかし罵った言葉は更に私を彼の虜への道へと導いていく。絶対にお別れしたくないって思った。

「じゃーな。もう会うことねぇだろうがよ」
「あっえ!?待ってくださいっ!」

私の言葉は虚しく室内の扉は静かにパタンと閉ざされてしまった。客室に取り残された私はポツンと寂しく広いベッドの中で春千夜さんの事をずっと考えていた。あの顔立ちに粗暴な言葉遣い、漂う雰囲気。もう本当に私好みのドンピシャである。出来ることならこのまま彼に抱かれたらどれだけ幸せだったことか…そう思えば去っていった彼に胸の奥がズキリと痛む。





私は漫画でも映画でもドラマでも大体好きになるキャラは同じだ。大体口調が荒くて格好良い人。ヒーローとヴィランならば紛う方なきヴィラン派だ。実際そんな人は中々いないし、二十代後半に差し掛かる頃には流石に現実を感じ諦めていた。「好きなタイプと付き合う男は大体別物なのよ」と母が言っていた言葉を思い出す。昔に付き合った不良君も付き合いが長くなるに連れ中身を知ればお子様な事が多かった。それは別に悪いことではないと思うけれど私の中ではもっとこう、グイグイ来て欲しいのだ。遠慮をしないで欲しい。彼女には甘えん坊とかそういうのも素敵だとは思うけれど、私のタイプは俄然オラオラ系、草食男児より肉食男児。諦めかけていた頃にあの春千夜さんを見たらもうダメだ、好き。

しかしもう会うことは無いと言われてしまっては流石の私もあきらめ…られる訳が無い。今諦めたら私はもう彼のような人には一生出会えないだろうと私の中の脳内が私に声を掛ける。

それに、寝かされていた場所はホテルだったようで一体幾らするのだろうと恐る恐るフロントへ向かえば「支払いはもう済んでおりますので」とスタッフに言われたときには更に春千夜さんの事を好きになった。ああは言っても、さりげなく払ってくれていた春千夜さんは気遣いも出来るだなんて紳士じゃないですか!と心の中で叫ぶ。お礼のメッセージを送ったけれど、返信は無かった。悲しいがな。





「おめェと違って俺ァ忙しいんだよ」
「はっ、春千夜さん!来てくれたんですか!?」

お食事の誘いをメッセージで送ること数回。来てくれないのを承知で私は今回も春千夜さんを飲みに誘ったのだが、彼はなんと四回目にして来てくれた。心底未だ引いた目付きで私を見やり、眉間に皺を寄せた彼はだるそうに私の隣の椅子を引き腰を下ろす。どうせ来てはくれないとだろうと思っていた私は、急いでバッグから手鏡を取り出して自分の化粧がよれてはいないかをチェックする。

「あんな毎回毎回メッセージして来られると流石にウゼェ」
「それは本当にごめんなさい。でも私から送らないと春千夜さんもう会ってくれないと思ったので」
「そのとーり。絶対ェ会わねぇ」

店員に酒を頼む当たり、彼はどうやら直ぐには帰らないようで安心した私は顔が気持ち悪い程ニヤついていく。そんな私を見て春千夜さんは椅子を私から少し遠ざけた。

「あっ、何で離れるんですか!」
「あん?テメェが変な目で俺を見てくっからだろ!頼むからその目やめろや」
「だって春千夜さんが格好良いからいけないんですよ」
「お前…マジであんときの謙虚さはどこいったんだよ」

煙草を取り出しジッポで火をつける彼を見ながら、私は先に注文していたカシオレのグラスに口付ける。彼の仕草が一つ一つ格好良く見えてきてしまって仕方がない。春千夜さんが来てくれてから胸はずっと高鳴りっぱなしだ。

「それを言うなら春千夜さんだって別人格だったじゃないですか」
「アレはテメェのツラが良かったか…何でもねぇ」
「え!?今なんて言いました!?その先を!是非っ」

顔を春千夜さんの方へグイッと向ければ「ウッゼェ!こっからこっち入ってくんな」とカウンターに煙草の箱を置かれ境界線を作られてしまった。小学生みたい、でも可愛い。

「…そんなに嫌がらなくてもいいじゃないですか」
「俺はテメェみたいな頭湧いてる女じゃなくてもっと恥じらいがある女がいいんだよ」
「し、失礼ですね。私は春千夜さんがタイプですけど…」
「あっそぉー」

聞いてるのか聞いてないのか右から左へ流すかのように春千夜さんは適当な口調で話を流していく。拗ねたように口を尖らしていると春千夜さんはチラッと此方に目を向けて溜息を深くつきながら煙草を灰皿に押し潰した。

「はぁ…お前が男だったらこんなしつけぇの即殺してたワ」
「はうっ!こ、殺し!?」
「声でけぇんだよ。マジであんときのお前どこ行きやがった」
「…春千夜さんになら殺されても良いかも、ですあ!やっぱダメです。殺されたら春千夜さんに会えなくなっちゃうので」
「………はぁ」

春千夜さんは二度目の溜息をつく。春千夜さんから出る言葉一つ一つを拾えば私の中の何かが目覚めていくような感覚に襲われた。だってこんな私にとって王子様みたいな人が隣にいたら思いを伝えて置かなければまた会えなくなってしまうかもしれないし、そう思うと後悔だけはしたくないと考える前に口走ってしまう。

「お前、今までどんな男と付き合ってきたんだよ」
「え?んー、まぁそうですね。自分を作ってたので普通、ですかね?」
「俺にもそうやって自分偽って接しろや」
「それは…無理ですね!はい!ってかそこら辺はお互い様ですよ春千夜さんだって性格偽ってたんだから」

春千夜さんは頭を抱え始めた。一人言のようにブツブツと話しているみたいだが、私の耳にちゃんと届いている為それに答える。

「俺は…フツーの女でいいんだよ…」
「普通?私は普通ですよ?」
「ぜんっぜんちげぇっ!お前はただのヘン…いや何でもない」

またもや春千夜さんは言葉を最後まで続けずに口を紡ぐ。そんなに嫌ならメッセージだってブロックすれば良いのに。春千夜さんにメッセージを送れば数時間後とか次の日になると返事は返って来ずとも必ず既読がついていたから、凄く嫌って思われているんじゃないんだろうなって思ってしまっていた。今日もこうして来てくれたし。だけれど春千夜さんはやっぱり私のこと嫌いなのだろう。

「あーもうお前今日限りで俺に連絡してくんなよ。それ言いに今日はわざわざ来てやったんだからな」
「…春千夜さんが私の連絡先ブロックなり削除なりしたらいいじゃないですか」
「その工程がめんどいんだよ。こっちはテメェに割いてる時間なんかねぇんだわ」
「……分かりました」
「…は?」

ツンとしだした鼻をズビビッと啜り私は席を立ち上がる。バッグを持ち春千夜さんにお辞儀をし、それからお財布の中から一枚諭吉さんを取り出して机の上に置いた。

「もう連絡しません。この数日間、春千夜さんを好きになれて夢見れて幸せでした。ありがとうございました」
「あ?は?」

もう一度ズビッと大きく鼻を啜り私は今度こそ彼に背を向けた。すると歩き出そうとする私の腕を春千夜さんはひっぱり引き止めた。

「は、はるちよさん?」
「あ?あー、……送ってく?ワ」

春千夜さんは私のバッグを取り、置いたはずの諭吉さんをバッグへと戻す。そのまま店員にサラッと一枚のカードを出し支払いをするスマートさにまた私の心臓は持っていかれた。黙って私を見るも多分着いて来いと言われた気がして、後を追えば数分もしない内にパーキングへ着いた。そこに止めてあったベンツに春千夜さんは「乗れ」と一言。

「ひ、一人で帰れますからぁ」
「こんな時間に女一人で帰らす程腐った男じゃねぇわ」
「…この間ホテルに置き去りにされましたよわたし」
「いーから乗れやアレはテメェが悪い」

普通が良いって言ったり、連絡先は消さないくせに私には連絡してくるなって言ったり、私をうるさがっているクセにこうして送ってくれたり。春千夜さんて難しい。春千夜さんが言っている普通ってどんな普通なんだろう。彼は一体どんな女の子と付き合って来たのだろう。

車内は彼の香水の匂いがほのかに香り、春千夜さんが間近にいる気がしてしまう。チラッと横目で春千夜さんを見ると片手でハンドルを持ちながら運転する彼に私の心臓のドキドキは治らない。信号が赤信号で止まったとしても彼は私の方へは振り返らずずっと前を見ているまま。一言も話さずあっという間に私の住むアパートまで着いてしまい車が止まる。そこで私の中で疑問が生じた。

「着いたぞ。降りろや」
「春千夜さん」
「あ?」

怠そうに声を出す彼に私は唾をゴクリと飲み込む。ドアに手をかけそっと半分程開けるとルームライトが点き春千夜さんの緑玉色の目と視線が合わさった。

「なんで私のお家知ってるんですか?」

一緒に食事をしていた頃はいつもタクシーで帰っていたから春千夜さんに家の住所を教えたことはない筈だ。今日だってそんな話をしていないのにどうして彼は私の家が分かったのだろう。春千夜さんは一瞬表情が固まったかと思うと、ニタァと泣く子も黙るような笑みを私に見せた。

「何でだろうなァ?」

今度は私が固まる番だった。その表情を見て春千夜さんは楽しそうに言うのだ。

「こおんな怪しい男に構う暇あったらこれに懲りて自分の性格見つめ直した方がいいんじゃねぇのなまえチャンよぉ?」

目を細める彼に私は開けていたドアを閉めた。「ハ?」という春千夜さんの声がすると同時に、私は彼のスーツのネクタイを掴み彼を自分の方へと引っ張った。

「…っ!」

自分から付き合ってもいない男の人にキスなんかしたのは生まれて初めてだった。離れた唇に春千夜さんは目を点にさせているのが暗い車内でもよく分かる。

「テメっ!何しやがんだ」
「これで私の個人情報を握っていたこと許してあげますあとやっぱり春千夜さんのこと諦めれそうにないです」
「ん???」
「春千夜さんがイヤでも、必ず私のことを好きにさせたいと思います。私のこと本気で嫌なら殺すしかないですよ?」
「へ???」

放心状態の彼に私は言ってやった!とドヤ顔で掴んでいた手をネクタイから離す。今度こそドアを開けて私は彼の車から降りた。

「では春千夜さん、今日はありがとうございました。また連絡しますね?」
「あ?……おう?」

ポカン状態の春千夜さんに手を振り私はアパートまでの階段を駆け足で登る中、実際の心境は死にそうなくらいに緊張していたしキスまでしてしまったことに自分でも驚いていた。

「よ、余計に嫌われていないと良いな…」

今日の私は眠れそうにない。


ーーーーーーー


その頃三途。
なまえがアパートに入ってから数分。未だアパートの前で車を止めたまま三途は固まっていた。

「??」

頭にハテナが沢山浮かぶ。今日は酒も然程飲んではいないし意識だってなんら普通と変わりはない。しかし三途はまた戸惑っていた。キスされたこと自体に驚いている訳ではない。三途のネクタイを掴んだときの彼女の上目使い、してやられてしまった。薄暗くてもナビの明かりのせいで映る彼女の表情に、三途はいつものように俺様三途様を発揮出来なくなっていた。しかも謎にある彼女の三途への自信は何処から来ているのかとも疑問が募る。

オレ、無理って何度も言ったよな?
オレ、こういう変なオンナ趣味じゃねえのに?
怖がらせても喜ぶような女だぞ?
罵られて目にハート浮かばせるような女だぜアイツ
マジモンのマゾでど変態女じゃん

彼女をディスるような事を思ってはいても、自分の顔に熱が上がっていることが分かると、三途はやり場のない気持ちに駆られた。

「マジ…かよお……俺が逃げんのか?」

三途は生まれて初めて頼りなく情けない声を漏らした。
三途となまえの変な恋は今始まったところである。




×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -