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※梵天軸


25才を過ぎた頃、冬も近付き人肌恋しい季節になって来た。今働いている会社は小さな会社で出会いなんて無いし、合コンをするような友達は私の周りには少ない。ではどうやって彼氏を作ろうかと考えたとき、私の頭にはマッチングアプリを利用するという方法しか浮かばなかった。

「ええと、写真?写真かぁ」

スマホのフォルダを漁り適当に自分が盛れている写真を探す。最近写真すら撮っていなかったせいで数ヶ月前のものしか無かったが仕方が無い。続いて自己紹介文には"優しくて甘えさせてくれる人がいいです!"と当たり障りのない事を書いておいた。登録完了ボタンを押し、数分経てばズラっとメッセージが届いたことに驚いて一件一件見てみるも、明らかに詐称してるだろと思われるような写真とメッセージが一致していないものだったり、彼女が欲しいでは無くヤリたいと体目的が表に出ているような内容であったりとピンとくる人がいなかった。やっぱり楽に彼氏作るのなんて難しいよなと思いながらメッセージをスワイプしていれば、一件のメッセージが私の目に止まった。

『初めまして。俺と仲良くなりません?』

その送信先の名前は春とだけ書いてあって、写真は後ろ姿なのか変わったピンクの頭の画像。シンプルに仲良くなりませんかという内容に少し興味を持ってしまったことが私の人生を大きく変えた。





春さんとメッセージのやり取りが何日か続いた頃、マッチングアプリから普段使っているトークアプリのIDを交換するようになった。そこで知ったのが本名だと思われる春千夜さんという名前。職業は外資系と言っていたから、私はしがないOLだし英語は話せないとメッセージを送った。すると彼は『俺も別に英語得意じゃないですし、なまえちゃん日本人でしょ?俺も日本人だし英語で話す必要ないから』と来たときにはそれもそうだと笑ってしまった。春千夜さんとその後もメッセージは続き、ついに会おうとなったのが三日前。

約束の日になり、これがデートになるのか分からないが久々に男の人と二人で会うということに私はかなり緊張していた。初めに春千夜さんが指定したのは某有名なホテルのバーラウンジだったのだが、私はそれを断り居酒屋を要望した。普段バーラウンジで飲む機会なんて滅多に無かった私は絶対にオシャレな場所で緊張して粗相を犯すに間違いないと思ったからである。それに対して春千夜さんは『なまえさんがいいなら俺は別に構いませんけど』と言ってくれたので私がよく行く居酒屋に決めたのだ。

居酒屋に着いたときはまだ約束の時間よりも少し早かったが"彼"はもういた。ピンクの奇抜な頭だったからあの人が春千夜さんだとすぐに気が付いた。店の前で煙草を吸っていた彼の姿を見て心臓がドクンと脈打ち立ったが、それを抑えるように一呼吸をして彼の元へと歩み寄る。

「あの、貴方が春千夜さんですか?」

男は私の方へゆっくりと顔を向けると、品定めするかのように上から下まで視線を上下に動かした。その目付きが鋭く少し萎縮してしまった。しかしその眼差しは一瞬で、春千夜さんはすぐに形の良い口端を上げて私に笑いかけたのだ。

「なまえちゃんですよね?こんばんは」
「あ…こ、こんばんは」

先程の怖さがまるで嘘のように彼はにっこりと微笑んだ。物腰柔らかい声音で彼は挨拶を交わすから、さっきのは見間違いだったのかな?なんて思う程に。





居酒屋に入り一時間ほど経った頃、何杯目かの酒を酌み交わしても春千夜さんは顔色一つ変えない。隣に座って彼を横目で見れば、鼻筋が綺麗に通っており印象的な長い睫毛がよく映える。口元の傷があるのに目がいくけれど、それも踏まえて"イケメン"という部類に入るであろうこの彼がどうしてマッチングアプリなんかをやっているのかとふと疑問に思った。

「春千夜さんは何でマッチングアプリなんてやったんです?かっこいいからそんな事しなくても彼女出来そうなのに」
「あー、仕事柄出会い無いんですよ。同僚に教えて貰って始めてみたんですけど、可愛い人に出会えたんでやって良かったです」
「えっ!?かっ可愛い!?」

可愛いとは私の事だろうか。久々にそんな事を異性から言われた私は分かりやすく顔に出たらしく、春千夜さんはそんな私を見てクスクスと笑っていた。その後も雑談を交わせば時間はあっという間に過ぎてその日は何事も無く終わりを迎える。

久々に楽しいと思える時間を過ごせたことに私は舞い上がっていたのだ。この日を機に私と春千夜さんはメッセージを交わしよく一緒に食事を共にするようになった。ほんの一時間二時間程度食事だけして帰るだけだが、それでも楽しかった。食事以外の誘いがないのは、まぁ仕事が外資系だと言っていたし忙しいのかなくらいにしか思っていなくて、それなのに時間を見つけては誘ってくれるからそれはそれで良いと思っていた。

しかし、最近は困ったことが一つだけある。私たちはまだ付き合っていない。それなのに春千夜さんは私に会う度にプレゼントをくれるようになった。初めはありがとうと素直に受け取ってはいたが、最近は少し度が過ぎているような気がする。ブランド物のバッグやポーチ、アクセサリーに化粧品。過去付き合っていた人達からもこんなに貰ったことは無い。まるで私はキャバ嬢かなんかかと思うほど、春千夜さんは私に色々な物をプレゼントしてくれる。だがこうも毎回だと流石に申し訳無さが心に募っていくようになった。

「春千夜さん、私こんなに良いもの貰っても返すものが何も無いですし、貰えません」
「なまえちゃんに似合うと思って選んだので貰ってください」

こう言われてしまうと受け取るしか無かった。付き合っているならまだしも、ただの特別可愛い訳でも無い平凡な私にプレゼントを毎回くれるとなると何かあるのでは?とも思うけど、春千夜さんは食事をするだけで私をホテルに連れて行ったりなどはしない。会って、食事して、お話して、解散。毎回この流れだ。いたたまれない気持ちが膨らんできて罪悪感も生まれてきた私は彼とお別れをする決意を決めた。顔は滅茶苦茶タイプだったが、凡人な私には彼みたいな人勿体ないと思ったし、私がアプリで書いたタイプそのものではあると思うが本音を言えば少し彼は甘すぎて私には無理だと思った。

「なまえちゃんから誘ってくれるの珍しいですね。嬉しかったんで仕事早めに切り上げたんですよ」
「えへへ、たまには私からも〜なんて思って」

私からメッセージを送れば春千夜さんは二つ返事で了承してくれた。彼の行きつけだと言っていた飲み屋に腰を下ろし酒を頼む。綺麗な横顔につい目がくらんでしまうけれど、私と彼では住む環境が違うのだと言い聞かせ、酒をいつもの倍飲んでしまった。

「ハイ、これ」
「あ…えと」

何杯目か飲んでいたとき、その時間はやって来た。お菓子を渡すかのようなノリでプレゼントを渡してくる春千夜さん。ブランド名が描かれているそのショップバッグを見るも私は受け取らずにいると不思議そうに私を見る春千夜さんに私は口を開く。

「その、春千夜さん」
「はい?」
「プレゼント…もう頂けないです」
「…は?」

春千夜さんから出た声のトーンは今まで聞いてきた中で一番低い声だった。え?と逸らしていた目を春千夜さんに向ければ、口元は笑ったままなのに、目が笑っていない。その表情は私が春千夜さんと初めて会った日に見せた目付きのようで、ゾッとした私の背には嫌な汗が流れる。

「もうってどういうこと?」
「あ、いやその…私普通の会社員だし、春千夜さんとこうしてお話するのは楽しいんですが…私返せるようなもの何も無いので」
「前にも言ったけど別にそんな事求めてないし気にしてないですよ俺」
「やっ!わ、私が気にしちゃうんですよ。だからあの…もう終わりにしませんか?それに春千夜さん優し過ぎて…」
「優しいのがタイプなんじゃないんですか?」

そりゃ…そうあのアプリには書いたけれど。緊張感が走るこの空間に、頭の中がテンパリ気味に陥った私はつい言ってしまったのだ。

「わ、私の本当の好きなタイプはちょっと悪そうな人なんです!」

ヤバい、と思った。明らか頭おかしいヤツじゃん!て思った。そろりと春千夜さんの目を見れば、ほんの少し目を大きく開けていて、言わなければ良かったと後悔が生じる。しかし言ってしまったものは仕方がないとこの勢いで私は言葉を続ける。

「春千夜さんと会うのは本当に楽しかったです。…プレゼントももしなら全てお返し致します。本当にごめんなさい」
「…あー、ウン。そかそか、分かった。…まぁそれはなまえちゃんにあげたもんだしやるよ」
「…へ?」

拍子抜けしてしまって口からつい変な声が出てしまった。だって今の春千夜さんはにんまりと口元をあげているから。"こんだけ貢いでやったのに!"ぐらいは言われる覚悟でいたが、春千夜さんは自分のグラスの酒を一口飲んで何食わぬ顔をしている。

「あ、わたし御手洗に…」
「ん?ああ、どーぞー」

気まずさを感じた私は早々に席を立ち御手洗へ向かう。トイレの鏡で自身を見つめながら深いため息が漏れた。言えた安心感と、今ここには誰もいないということに。春千夜さんの一瞬見せたあの怖いほど冷たい目付きを思い出すと今でも背筋が凍りそうだ。付き合うとか体の付き合いとかになる前で良かったのかもしれない。やっぱり私みたいなのにはマッチングアプリなんて高度な出会いは向いていないようだ、そう思い軽く自分の頬をペチンと叩いた。帰る間際にもう一度ちゃんと謝罪をして、綺麗にお終いにしようと私は春千夜さんがいる席へと戻った。





「これは?」
「んー?最後に1杯だけ付き合ってもらいたいんですけど…ダメですか?」
「あ、いえ全然」

春千夜さんの元へ戻ると私の席にはカクテルが置かれていた。そのカクテルはキラキラとフルーツが飾られ可愛い色合いが目に映る。一杯だけならいっかと私は席につきそのカクテルに口付けた。春千夜さんは煙草を吸いながらカクテルを飲む私を見て微笑む。そんな顔を見ていると少し胸が痛んだが、そんな気持ちを押し殺すかのようにグビっと酒を飲み干した。可愛らしくない飲み方をしたとは我ながら思う、がしょうがない。さぁ!謝って帰ろう!…そう思ったときだった。

「春千夜さん!…あ、れ?」

急に視界がぐるぐると回り出して唐突な眠気に襲われた。何が起きているのか分からなく視界が狭まっていく中、最後に聞こえた声は春千夜さんの声。

「あーあぁ。んな一気に飲むから」

笑いを含めたような声だったと思うが、意識が朦朧としていて私にはそれが定かであるか分からなかった。







「……んん」
「よォ。よく寝てたなぁ?」
「へ!?」

ふかふかとした感触の中で目を覚ました私はここがベッドであると分かるまで数秒掛かった。いつの間にか眠ってしまったらしく瞼を開けた先には春千夜さんが私の顔を覗いているではないか。

「はっ?えっ?春千夜さん?」
「んー?そう俺ェ」

機嫌の良さそうにニコニコと笑みを浮かべる春千夜さんに対し、私は状況が飲み込めずにいた。そんな私を彼はひんやりとした手で私の頭にそっと手を置き、おでこに彼の指が当たるとその冷たさにピクリと体は反応した。

「なぁなぁなまえちゃんよォ。お前悪い人がタイプとかなんとか言ってたじゃん?その悪いヤツってどんな奴?」
「あ、いや、その、はるちよ、さん?」
「ホラ、勿体ぶってないで早く言えって」

顔はいつもの春千夜さんなのに纏う空気が全く別な事に気付くと、私の顔は自然と引き攣り体が金縛りのように動けなくなる。話し方もまるでいつもの春千夜さんとは別で、この人誰だと思ってしまうぐらいに。そんな私を見て彼はククッと口元を上げて私の髪をさらりと撫でた。

「悪いヤツってのにも色々程度があんだろォ?浮気するヤツとか、嘘吐くヤツとか…あー、後は犯罪者とかァ?」
「は、犯罪者!?」
「あ?例えだろうが」

そう言うと私が寝ていたベッドへ彼は覆い被さるように乗っかってきた。彼の重みでほんの少しだけベッドが沈む。ひどく冷たく刺すように言葉を吐く春千夜さんは私を見下すように目を細める。その目付きに私の瞳は彼に奪われてしまったかのように逸らせなくなってしまった。

「あ、えっと」
「せぇっかくお前が好きって書いてあったタイプに近寄せしてやってたのによ。終わりにしたいだぁ?中々の甘ちゃんだよなオマエ」
「…あ」

たらりとピンクの髪が揺れて、私は唾を飲み込む。別人格と疑う程の話し方と雰囲気。…これが彼の本当の姿なのだろうか。
頭を撫でていた筈の手が移動し、私の両手をそっと掴む。鼻先が触れ合うぐらいまで春千夜さんは顔を近づけると、私の心臓はバクバクと人生で一番の音を鳴らし春千夜さんはそれを見てまた嘲笑う。

「お前の思う通りに事は動かねぇってこと、教えてやんよ」

あと一歩唇が触れ合う瞬間、私はいても立ってもいられない気持ちに駆られ顔を背けキスをしようとする春千夜さんを阻止した。阻止された事に春千夜さんは気に食わなかったらしく眉間に皺を寄せ一等声を低く口を開く。

「あ"?オメーこの状況で逃げれるとでも思ってんのか」
「や、違うんです…そ、その…い、今の…」
「今ァ?」

どきどき、どきどきと心臓は五月蝿いくらいになり止むことを知らず音を立て続ける。中々口を開かない私へ早く言えやとでも言いたげに舌打ちをする彼に、私の顔はポポッと赤く染まっていった。その顔を見て不信気に春千夜さんは片眉を下げる。






「この…は、春千夜さんが滅茶苦茶どタイプです













「は???」


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