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「君に僕は無理だ!別れてくれ!頼む!」

ともう何度目だと言いたくもなるこの似たようなセリフはもう聞き飽きた。こんな公共の場でさ、土下座する勢い本当に止めてくれないかな?ここ、カフェだよ?皆見てるんだけど。

こうして毎回私が他の男と付き合う度にフラれてしまうのにはもう涙のなの字も出なくなった。慣れたくは決して無いけれど。逆に今の私は腹の奥からふつふつと湧き上がる怒りでいっぱいである。

「分かったよ。今までありがとう」

目の前の彼氏であった男に怒りを隠して笑顔を向けると、"助かった!"と言わんばかりに目先の男は顔を上げ涙ぐんだ。
そんな顔しないでよ、と言いたくはなったが口にはせず、私は静かに席を立ち上がり向かう所はただ一つ。あの男の所だ。





六本木にあるもう使われていない貸店舗。所々寂れていて壁にはスプレーでなんなのか全く分からない英字や絵が描かれている。普通ならこんな治安が悪い場所に余り来たいとは思わないが、今の私はそんなことも言ってられなかった。カツカツとヒールを鳴らして歩けば珍しい靴音に集っている男達が此方へ振り向く。
しかし、ソイツらが私に罵倒を繰り広げる事は無い。逆にパンピーの私に頭を下げるくらいだ。

「あっなまえさん!ちゃっす!」
「こんにちは。蘭、いるよね?」
「はい!あっちの方に居ると思います!」

挨拶をする男の指を指す方角を見れば、人集りの中心にソファに座っている二人の男が見える。あの金髪と水色のクリームソーダみたいな可愛い方では無く、用があるのはその隣の三つ編み男の方だ。

「らん」
「おーなまえじゃん、久しぶり〜。元気してたぁ?」
「元気してたぁ?じゃないし!私に言うことあるよね?」
「はぁ?何言ってっか分かんねぇワ」

にまにまと目尻を下げ笑う男は私の"元"彼氏だ。もう一度言う。"元"だ。現彼氏では無い。綺麗に結われた三つ編み男をキッと睨みつけるも、全く気にしない様子の男は伸び伸びとした声のトーンでしらを切る。

「私怒ってるんだけど!これで何回目?」
「だからなんも知らねぇって」
「嘘つけ!私の彼氏に何か言ったでしょ!!」

隣に座るこの男の弟である竜胆君は、怒った私と恍ける蘭に対し苦笑を浮かべる。またかよ、みたいな。
そう、またなのだ。いつもいつも私に彼氏が出来る度にこの灰谷蘭は何故か元カレの癖に私の彼氏であった男達にちょっかいをかける。そのせいでいつも私はフラれてしまうばかりだ。

「何でそんな意地悪すんの!?」
「話しかけただけじゃん。なまえ知ってる?ってさぁ」
「話しかける必要無くない?いつも私蘭のせいでフラれてばかりなんだけど!」

この男の"話しかける"はきっと普通に話しかけたでは無いはずだ。前にも別の男に余りにもビビりながら別れを告げられたことがあり、理由を聞けば「言ったら殺される」と体を震わせていた事を思い出す。そのお陰で誰が相手かはすぐに分かったのだが。

「俺のせいにすんなよなぁ。お前が色んな男と遊んでっからフラれたんじゃねぇの?」
「は?…ハアッ??」

怒りを通り越すと言葉に出来なくなると言うのは本当のようだ。何でこんな事を平気で言えるような男と過去に私は付き合ってしまったのだろうと深い後悔が募っていく。





クラブで友人と遊んでいたときに声を掛けられそれがきっかけで蘭と付き合った。酒に酔った勢いもあったけれど、何より顔が滅茶苦茶タイプだった。しかし付き合ってみれば、「俺が一番だよな?」の超がつく程の俺様思考。私の予定はお構い無し。俺が会いたいって言ったら会え、俺の言うことは絶対。まるで某有名アニメのジャイ〇ン思考の持ち主かな?と思う程。でもそれは我慢が出来た。こんな人でも何だかんだ会えば大事にされていると思っていたし彼が好きだったからだ。しかしその思いは簡単に崩れ去っていった。蘭は浮気をした。蘭が来いって言うから急いで家に向かったのに、蘭は知らない女と裸でいちゃついてましたわ。

「何してんの?」
「キャッ、えっ!?蘭くん何この女ぁ」
「あー……忘れてたわぁ」

キャッ!じゃないよ、こっちはギャッ!だよ。猫被ったような甘ったるい声で話す女が蘭の上に跨っているのを見て、私の心臓は一気に冷えていく。蘭も蘭で忘れてたってどういう事やねんと様々なことを一瞬にて考えたが私の口から出た言葉は一つ。

「別れる」

思いっきり叩きつけるように部屋のドアを閉めてやったけど、蘭が追いかけてくることは無かった。普通少しでも情や私に対して好きという気持ちがあるのならば謝罪の一つや二つありそうなものだが…無かった。





「ってか何で蘭は毎回毎回私の彼氏が誰か分かるの?怖いんだけど」
「ハッ、蘭ちゃんの情報網ナメんなよなぁ」
「ナメるナメないの問題じゃないから!」

溜まり場で怒り狂っていれば皆がこぞって此方を見てくるのは自然な事で、気が利く竜胆君は人祓いをしようと立ち上がる。

「あ、竜胆君大丈夫だよ。ごめんね、もう帰るから」
「帰るからって話終わりそうに無くね?」
「本当それだけ蘭に言いに来ただけだから。でも竜胆君のお兄ちゃんは話が分からん男みたいだから話しても無駄みたい」

嫌味ったらしく蘭に向けて言ったが、やはりこの男は気にもしていない様子だった。別れる原因を作ったのは蘭の癖に、どうして今になってもこういう事をしてくるのか分からない。私は帰る際に蘭の方へと振り向きもう一度言う。

「つぎ。次こんな事したらもう本当に知らないから」

蘭の返事も待たずに私はその場を歩いて貸店舗を出る。集まっていた男達はササッと私を避けて道を作ってくれたが、私は申し訳無いが怒りが勝ち何も言わずその場を後にした。





「じゃあなまえさん、ここでこのまま解散で」
「はい!お疲れ様でした」

営業職に就いている私は新規事業の営業に上司と六本木に訪れていた。時間も定時を過ぎていた事もあり、このまま現地解散になった私は、明日は仕事が休みということで何処かで夕ご飯を食べて行こうと街をうろつく。一人で入れそうな店を探していれば肩をトントンと誰かに叩かれた。

「えっ…………ゲッ」
「何その可愛くねぇ返事」
「…今更可愛いと思われても仕方ないし」

振り向けば私の肩を叩いたのは蘭だったようで、ここが彼のテリトリーだった事を思い出す。仕事で疲れているのに更に疲れる男に出会ってしまった私は自然と溜め息が出た。

「そんな顔すんなよなぁ。傷付くじゃん」
「私は貴方にもっと深く傷つけられたんで」

ニコニコ笑う蘭に私は目線を合わせないように逸らして歩を進めて行く。

「今帰り?俺と飯行こうぜ」
「行かない」
「何で?お前の好きなもん食いに行こ?」
「行かない」

スタスタ遠ざかるように早足で歩くのに、蘭の長い足のせいか追いつかれてしまう。こんなとき程短足の自分を恨んだ事は無いだろう。

「この蘭ちゃんがナンパしてんのに断んの?」
「断る。別の女の子ナンパしてくれば?いつもしてるでしょ」
「はぁ?んなめんどくせぇ事お前しかしねぇよ」

ピタリとつい足が止まってしまったのが運の尽き。蘭は私の顔を覗き込むように見るとにっこりと形の良い口端を上げて笑った。

「やっと目ぇ合った
「あっ!ちょっ!」

私の腕を引っ張りそのまま歩く蘭に、私は腕を払いのけようとしてもグッと掴まれていて振り解けなかった。





連れて来られたのはお寿司屋さん。前に付き合っていた頃よく連れて来て貰ったことがある店だ。値段が時価だったりと一般人な私は震えて来る事が出来ないような店。

「私、お金今日余り持ってないんだけど」
「俺がお前に払わせた事なんかねぇだろ?」
「そりゃ、そうだけど……」

一体蘭は何でそこまで私に執着するのだろう。考えても蘭が何を考えているのか当てる事は出来ない。一生掛かっても出来ないかもしれない。今更こんな事されても困るし、振った腹いせか?とも考えたけれど、原因は蘭であるし。

「お前さぁ何であんなナヨナヨした男ばかりと付き合うワケ?」
「…蘭に関係なくない?」
「ん〜。いーじゃん教えろよ」
「蘭みたいに浮気するような人は懲り懲りだから。私だけを見てくれて大事にしてくれそうな人とお付き合いしてんの」

どれも蘭のせいで長続きしないけどね!と付け加え、私は湯呑みに入ったお茶を啜る。でも蘭はそれに対して動じずククッと笑うだけだ。

「…何が面白いの?」
「いや?やっぱ可愛いなぁと思っただけェ」
「はぁっ!?」
「そうやって怒った所可愛いなっつったのー」

私、からかわれているのだろうか。うん、絶対そう。だってこんなセリフを言われたって、彼は私を傷付けたのだから騙されてはいけない。更に蘭の事か分からなくなりムンムンと頭を悩まされるも、目の前に差し出されたお寿司に私のお腹は自然と音を鳴らした。

「ふはっ、食えよ。腹減ってんだろ?」
「っ、食べたら帰るからね」
「はいはーい」

鳴らしたお腹にほんの少しの羞恥心を感じながらお寿司を口に頬ばれば、やっぱり美味しい。蘭とこうして食事をするのは別れて以降初めてだったし、目の前の蘭を見ればやっぱり顔立ちの良さが目立つ。

「蘭はさ、何で別れた女にそんなちょっかい出すの?」
「はぁ〜?そんなん分かんだろ?」
「分かる訳無いじゃん。蘭の事理解するの難しいもん」

出たよ俺様思考。蘭と付き合っていた期間はそんなに長くは無い。それでも大好きだったし浮気なんてされなければ私はずっと蘭と付き合っていたのだろうと思う。今になっては過去の話に出来るけれど、そこまでくるのに少々時間が掛かったぐらいには蘭のことが好きだった。そんな事知らないんだもんな彼は。

「じゃあ質問変える。何で浮気なんかしたの?」
「あ?アレは女が誘ってきたから?」
「…やっぱり最低」

私が気付かなかっただけで付き合っている間にあの女以外でも他の女に浮気していたのかもしれない。折角ここまで立ち直れたのに、話を掘り下げた自分が悪いが当時を思い出して辛くなってきてしまう。





「ご馳走様でした、ありがとう。じゃあねバイバイ」

寿司屋を出て奢って頂いた事は素直にお礼を告げる。そしてそのまま私は蘭から背を向け歩き出したのだが…。

「……何?」
「別に?俺もこっちに用があんの」
「……そう」

そう言い、私の真横を歩く蘭は何処かで曲がる訳でも私を抜かして歩く訳でも無く、ずっと歩幅を合わせて着いて来る。すたすた、すたすたと気にしないように歩いていたけれど、やっぱりどうしても気になってしまう。

「ちょっと!絶対着いて来てるんじゃん!」
「うん。俺、お前に用があるんだもん」
「ん?…え?」

また私の足はピタリと止まってしまった。私を見下ろす蘭も足を止めタレ目の目を更に下げて笑顔を向ける。

「…用って何?」
「あー、ここじゃ人多いからさぁ。ちょい着いて来いよ」

人の多さなんて気にしないような人なのに、蘭はそれだけ言うと私の前を歩き出す。このまま帰ろうと思ってもきっと蘭のことだから、無理矢理にでも私を着いて来さすだろう。そう思うと無視して帰る気になれなかった。

暫く歩けば人気の少ない路地裏に連れて来られた。蘭はフェンスに背をつきながら腕を組んで私を見る。あんなにキラキラとネオンで光っている街並みも、路地裏に入ってしまえば街頭の明かりと静かな空間についほんの少しだけ体が強ばってしまう。

「で、用って何?」
「ん、その前にさぁ…昔みたいに"蘭チャン"って呼んでくんねぇの?」
「は???」

先程までの余裕に溢れた蘭はそこには居なく、眉を下げながら言う蘭に正直に驚いた。確かに私は付き合っていた時には蘭ちゃんと可愛らしく呼んではいたが、別れてから蘭ちゃんだなんて言える程余裕も無ければ呼びたく無かったが為、出会った頃の様に蘭と言う呼び名で呼んでいたのだけれど、ソコ、気にする?と私の口から間抜けな声が出る。

「もう別れてるんだし…呼ばないよ」
「えー。でも俺、お前には蘭チャンて呼んで欲しいんだよなぁ」

蘭は本当に何がしたいんだろう。私の事何だと思っているんだろう。今更昔みたいに戻れっこないのに。

「蘭ちゃんなんて私じゃなくても他の子が呼んでくれるでしょ?その子に頼みなよ…私に言うのおかしいって」

私の返答に蘭はほんの少しだけ困った顔をした。でも、そうでしょ?原因を作ったのは蘭なのに。私が別れると告げてから追いかけても来なかった癖に。何で今更そんな顔するかなぁ。遅いんだよ。目線を合わせるのに気まずさを感じた私は彼から地面へと視線を移すと、蘭は口を開いた。

「……他の女なんてとっくに切ってるっての」
「はい?」
「クラブで声掛けたのだってお前しかしたことねぇよ。お前と別れてから誰とも付き合ってねぇしヤッてもねぇ」
「は?え?」

蘭の言葉に驚き顔を上げると、蘭はそのままくるっと向きを変え私の背中をフェンスへと優しく押し付ける。蘭の手がフェンスを掴んでおり囲まれているかのような体制に私は逃げたくとも逃げられない。

「だ、だって蘭が浮気したんじゃん!追いかけても来なかったでしょ!?」
「…それに後悔したから今お前とヨリ戻したいって思ってんの」
「な、なにそれ……」
「どーしたらまたお前は俺の女になってくれる?」

私を見下ろす蘭は笑わない。本気で言っているのだろうか。しかしそんな事を急に言われても私の心境は追い付いて来る筈も無く、私の小さく握り締めた拳に僅かに力が入る。

「ねぇ…蘭」
「あ?」

私は小さな声で蘭の目を見つめ笑いかける。その表情に蘭はほんの少しだけ目を大きく見開いたのを見逃さなかった。



「……"逃がした魚は大きい"って言葉、知ってる?」




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