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※梵天軸


朝は好き。カーテンを開ければ陽が射して、窓を開ければ心地よい澄んだ空気が網戸から侵入し、部屋の空気が入れ替わっていく。カーテンが揺らいで、その光に私の愛しい人が顔を歪ませ子供のように布団を引っ張り光を遮るように顔を隠す。

「はるちよっ、はるちよっ起きて」
「んー」

私とは逆の夜型人間の彼は、その光を心底五月蝿そうに気だるそうな声を漏らす。ふかふかのダブルベッドに眠っている彼に向かってダイブをすれば、綺麗に染まっているピンクの髪の毛が小さな風に軽く浮き上がった。

「痛ッてぇだろうが」
「おはよーっ。起きた?」
「……まだ寝る」

少しだけ顔を覗かした春千夜はご機嫌斜めで、直ぐに私から体を反対へと向けた。今度は布団を深く頭まで被って。
そんな彼を気にせず私はカーテンを開けたままキッチンへと歩き出す。眠っている彼に朝食の準備をするのだ。
彼のお家に泊まりにきてもう数回目ともなれば段々と勝手がわかってくる。

春千夜の冷蔵庫はほぼすっからかん。入っているものはお水のペットボトルとビールぐらいなもので、大きい冷蔵庫のクセに役割果たしてないななんていつも思う。泊まりに来る際は私がいつも食材を買い足して「クックパッド つくれぽ1000 簡単」にお世話になりながら作り置きを作っておく。来る度洗ってある保存容器を見ると、食べてくれたんだなぁって嬉しく思う。春千夜が洗い物している姿を想像したらシュールで笑えるけれど、怒られるだろうからそれは言わないでいる。





「春千夜っ!ご飯出来た!」
「……」

本日二度目、起こしに来た訳だがやっぱり彼はまだ寝ていた。すぅすぅと寝息を立てている耳元で「はるちよさーん、起きて下さーい」と呟いてみるも効果は全くない。暇になった私は悪戯を思いつく。いつもは彼に眠たくても寝かせては貰えないからその仕返しだ。彼の耳たぶに指を添えて、ピアスを転がすかのように遊べば、春千夜の体はこそばゆいのか体が少しだけピクリと動いた。

「うぜぇ辞めろ」
「おお、怖い。先輩は朝からご機嫌斜めですねぇ」
「……家で仕事思い出させんじゃねぇ」
「あははっ!ゴメンっ、ゴメンって!」

立場逆転、くるりと春千夜は私を簡単に組み敷いて、彼の指が私の脇腹をくすぐる。こちょこちょと可愛らしく男らしい手が動くと、逃げようと身を捩らせても逃げられない。「もう言わないから」と許しを乞うたらやっと指は離れていった。

「ひーっ。ほんっと力容赦ないよね」
「お前が俺の睡眠妨げっからだろ。おめェ昨日遅かったくせによくそんな元気にいられんな。ガキかよ」

春千夜は大きく伸びをして、そこら辺に無造作に脱ぎ散らかしてあるTシャツを手に取り着る。機嫌がそこそこ治った春千夜は、朝食が並べられたテーブルのダイニングチェアに座り、目玉焼きを見て一言。

「割れてんぞ」
「目玉焼きの半熟お皿に乗せるの苦手なんだよね。わたし」

一つ目失敗したから二つ目は上手く乗せようと思ったけれど、結局二つとも目玉焼きは割れて皿に黄身が垂れていた。しょうがないじゃん。料理なんて普段しないし、ぶっちゃけ苦手分野だもの。

朝食を二人で囲むと、まるで新婚生活をしているような気分になれる。私はこの時間が好きで早く起きるという意味も少なからず理由にある。
食べた食器を洗ってメイクを開始すれば、春千夜はソファでボケっともたれかかって天井を見ていた。

「クスリ抜けてないの?」
「ハァ?飲んでねぇワ。お前が一緒に居るとき飲むなっつったんだろ」
「うん。絶対飲んで欲しくない」
「ちぃっ」

春千夜はアブナイお薬をたまに飲んではハイなテンションに陥る事がある。一回意識が飛ぶ程にクスリに犯された春千夜を見てからはもう懲り懲りで、本当はクスリ自体をやめて欲しいけど、多分無理だろう。だったらせめて私といる時はクスリをやめてと泣きながら懇願したのだ。飲んだら別れると。効果はあった。たまに無性にイライラしているが、それでも意識飛ばされるよりはマシだから現状はこれでいいのだ。

メイクを終え、私の顔は質素で可哀想から平凡な中の下くらいまでの顔に変身した。ルームウェアから新品のスーツに着替えれば、同じくして春千夜も怠そうにソファから体を起こしてスーツに着替え出した。

「見て見てっ、どう?春千夜がプレゼントしてくれたスーツ卸したの」
「俺の見立てに間違いはねぇ」
「そこ、普通似合うよとか言うところだよ」
「春千夜様のセンス流石だな」

中々素直に似合うとは言ってくれない彼だが、満更でもないような顔付きからして彼なりに褒めてくれているんだろう。そう思っておくことにする。

「ん」

ネクタイを私に渡し付け、早くやれと言うようにせがむ。ネクタイを結ぶのは料理よりも苦手で、動画サイト見なきゃ出来ないのに私が泊まる日はいつも大体春千夜はネクタイを結べと言ってくるのだ。

「おせぇ」
「だったら自分で結んでよ。私ネクタイ結ぶの好きじゃないもん」
「うっせ。早く手ェ動かせや、腰が痛てぇ」

私が結びやすいようにしているのか、春千夜は私の身長に合わせて腰を屈める。絶対春千夜が自分で結んだ方が早いのに、急かされた私は口を尖らせながらも何とかネクタイを結ぶ。

ネクタイを結び終わり、二人してスーツに着替えたらもう仕事に行かなければならない時間だ。持ってきた荷物をせっせと纏めている横で春千夜は優雅に煙草をふかしていた。

「今日も泊まってけよ」
「んー泊まりたいけど服が無いし」
「んなもん、買うか取りいくかしろや」

買うって躊躇無く言うなこの人。
何買うにも値段を見ないような人だからかもしれないが、私と貴方じゃお給料の額が違うのだとそこの所覚えて置いて欲しい。まぁ私のお給料も一般の仕事より遥かにいいのでそこは有難いのだけれど。

「じゃあ帰り私の家寄ってくれる?それでDVD借りようよ」
「てめぇの見る奴ゲロ甘展開のクソしょうもねぇやつばっかだから嫌だ」
「じゃあ泊まんない」

春千夜は私の言葉が気に食わないのかフンと鼻を鳴らし煙草を灰皿へと押し潰す。
さて、本当にもうお家を出なければ仕事に遅れてしまう。中々腰を上げない春千夜を無理矢理起こし家を後にした。





「おはようございまーす!」
「おー今日もなまえチャン朝から元気ぃ。蘭ちゃん今日頭痛くって」
「兄ちゃん朝方まで飲んでたせいだろ」

元気良く事務所へと足を踏み入れれば、髪色から風貌までそっくりなお二人が出迎えてくれた。私の後ろから怠そうに事務所へ足を踏み入れる春千夜を空気のように見なして、蘭さんは私に向け口を開く。

「スーツ新しいじゃん。そのブランド結構なお値段っしょ?」
「あ、そうなんですか?私ブランド疎くて」
「知らねぇで買ったの?なまえちゃんリッチ〜」

からかうように笑う蘭さんを横目に春千夜を見れば、フゥっと煙草をまた吸って興味の無さそうにスマホを弄っている。

これ、そんなに高いの?

春千夜から貰ったとき何にもそんな事を言ってなくて、寧ろ「ケーキ買ってきた」ぐらいのテンションでプレゼントしてくれたから全く気づかなかった。確かに私の持っているスーツ何かよりも触り心地はシッカリしているしスタイルも心做しか良く見える。後でもう一回お礼を言っておこうなんて思っていると、九井さんが事務所まで入ってきた。

「三途、なまえ、今日は当初の予定通りここの取引先に会いに行って交渉して来てくれ。三途、くれぐれも問題起こすんじゃねぇぞ」
「はい!私は大丈夫ですけど、先輩が怒り出さないか心配なので見張っておきます!」
「お前ら舐めんなクソが。テメェらに心配される程馬鹿じゃねぇ」

春千夜は早々に席を立ち事務所のドアを開け出て行く。慌てて九井さんから取引に使う書類を貰い、鞄に入れると蘭さんがまた声を掛けてきた。

「なまえちゃん三途が上司で虐められてねぇ?あんなヤク中といたら命いくらあっても足りないっしょ?」
「虐められてないですよ?寧ろ優しいです。クスリも私の前では飲んでいないみたいなので」
「は?マジで?」
「マジです」
「あの三途が?」
「あの三途が、ですっ」

目を開き驚いている蘭さんのその隣で竜胆さんも同じ顔をしていたから、ついフフっと笑ってしまった。 こんな二人を見れるの結構レアだと思う。

「おいっ!早くしろや!」
「あ、はい!行きますっ!じゃあ皆さん行ってきます」

事務所の外で待っていたのか、中々来ない私にイラついたかのように眉間に皺を寄せた春千夜がドアから顔を覗かせる。急いで鞄のファスナーを閉め、私は早足で春千夜の元へと向かう。






「春千夜」
「あ?」
「このスーツってそんな高いの?」

車に乗り込む際聞いてみたが、春千夜はチラッと私のスーツを見て「忘れた」としか言わなかった。その変わりではないが、蘭さんに対してえらくご立腹のようだった。プラスアルファ私に対しても少々。

「蘭の奴ベタベタベタベタしてて気持ち悪ィんだよ。それにお前もお前、仲良くお喋りしてんじゃねぇ!」

要するに彼はヤキモチを妬いているのだと思う。ハンドルを握り運転が荒いのがその証拠だ。あの場で言わなかっただけ良いと思えと怒っているそんな春千夜を見ると可愛らしく思ってしまう。

「蘭さんも私の上司だし。あ、でも春千夜は優しいって言っておいたよ。びっくりしてた」
「ハァ!?いらねぇ事を…あー…はぁ。もういいワ」

どデカいため息を吐き春千夜はそれ以上何も言わなくなった。車を走らせ目的地に近いパーキングに入り車を止めると、九井さんに言われたことを思い出す。

「あ、今日の取引先なんですけど、ちょっとそのお偉いさんが捻くれ者みたいですよ?」
「マジかよだっる。念の為のチャカ持ってんだろうな?」
「持ってますけど、そうならないようにって九井さんが念押して言っていました」

今日何度目かの舌打ちをした春千夜はスーツのジャケットを羽織る。私はシートベルトを外すも春千夜は早々に車から降りようとするのを引き止めた。

「あ、待って!」
「あん?んだよ、忘れもんとか言わねぇだろうな」
「違うよ。今日の取引成功させたら、夜は早く帰ってDVD一緒に見ようね?」
「……おう」

一言だけれど、その言葉に満足した私は助手席のドアを開ける。車から降りれば彼氏彼女では無い。上司と後輩の関係になる。仕事は仕事で割り切らなければならない。普通のカップルとは少し変わった関係だがそれでも良い。私は仕事面の彼も家でオフ時の彼も大好きだから。堅気では無くても普通の幸せを少しぐらい望んでもバチは当たらないだろう。明日の朝は何をして起こそうかなと考えながら、取引先へと向かうのだ。






−−−−−−

なまえと三途がいなくなった事務所にて。

「おい竜胆、三途となまえちゃんまさかだけど付き合ってる訳ねぇよな?」
「え?兄ちゃん知らなかった?まぁ三途がヤクまでやめてたのは知らなかったけど付き合ってたのは知ってた」
「は?」
「もう結構長いよな。ちなみにあのスーツも三途があげたヤツらしいぜ?なまえが前に着るの楽しみだって言ってたわ」
「あ、それ俺も聞いた〜」
「え?え?俺だけ?知らなかったの」
「「多分そう」」



灰谷 蘭 (30)

密かになまえの事をいいなと思っていた人
そして知らない間に失恋していた人






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