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私のクラスの問題児。名を灰谷蘭君という。
久々に姿を現したと思ったら大抵は寝ているか、クラスのお洒落な一軍女子と楽しそうにお話している。そして気付いたら彼はもういない。教科書とお友達な私は勿論蘭くんと言葉を交わしたことは無い。ガリ勉優等生を演じている私が、自由奔放な蘭君と同じ世界線を歩む事等一生無いのだと蘭君が登校する度に思う。





金曜日。珍しく蘭君は学校に来ていた。多分、二週間ぶりぐらいだと思う。授業中の静かな教室に欠伸をしながら怠そうにドアを開けて、来て早々自分の机に顔を伏せる蘭君。皆が蘭君に注目している中に紛れて私も彼の座る席を見る。

自由でいいなぁ。

蘭君の噂は聞かずとも耳に入ってくる。高校生の不良をボコボコにしただとか、兄弟揃って夜の六本木を徘徊しているだとか、大人の女の人のお家を転々としているだとか…。どれもこれも真相は蘭君本人にしか分からないけれど。

「授業の続き始めるぞ。前向け前」

蘭君が寝ていても先生は注意をしない。注意をしたところで勉強なんてする訳のない蘭君に、言っても意味が無いからだろう。先生の声と共に私は教科書に目を移しシャーペンを握る。帰ったら今日も塾かぁなんて考えて、寝ている蘭君を思い出せばまた少し羨ましくなった。





私には誰にも言えない秘密がある。
塾の帰り道。暗い夜道を早々と歩き、近所の小さな公園へと足を踏み入れる。ブランコとすべり台と小さなお山が木々に囲まれているような本当に小さな公園。その為かこの時間帯に人はまずいない。私はその公園のベンチに座ると煙草を取り出し火をつけた。肺に吸った煙を吐けば今日の塾の疲れが少しだけ紛れた気がして一息つく。

この煙草は私が買ったものではない。私の兄のものだ。私には五つ離れた兄がいるのだが、その兄がヤンチャで仕方がなかった。それは兄が中学生の頃から始まり、毎度学校から家に電話が掛かってきたり、警察に補導されたりと親は毎日兄に怒り狂っていた。そのせいか矛先は私に向けられ、お前だけは不良にならないようにと念押しされながら育てられた。勉強なんか本当はしたくないのに塾に通わされ、周りがしているメイクはお前にはまだ早いと言われ、何かにつけては不良になるのでは無いかと言う親に流石に息が詰まりそうになったとき、兄が寝ている部屋に忍び込み煙草をくすねたのだ。家で真面目チャンを演じている私がまさか煙草をくすねただとは思わない兄は、疑うことすらしなかった。

煙草の先からゆらゆらと煙が揺れて空へと消えていくのをぼおっと見ていた。家で煙草を吸ったらバレてしまうから、いつもこの塾の帰り道に一本だけ吸って家に帰るのだ。煙草の匂いがバレないようにファブ〇ーズを持っているから吹きかけていけば多分完璧である。別に吸いたくて吸っているわけでは無いけれど、吸えばちょっと悪い子になれた気がして私なりのストレス発散法だったのだ。
煙草を半分まで吸うと、何処からともなく声が私の元へと降ってきた。

「えー、不良チャンじゃん」
「ヒグッッ!?」

驚いた私はつい大きくだらしない声を発してしまった。慌てて煙草を消すもどこからその声が聞こえてきたのか分からず、声のする方へキョロキョロ見渡すとすべり台の上に一人の少年がいる事に気付いた。

「らん、君?」
「あ?俺のこと知ってんの?」

そんなに高くは無いが飛ぶには躊躇するような高さから戸惑いも無くピョンとテッペンから彼は飛び降りた。月の明かりに照らされ、きらきらとした金髪の三つ編み姿はどこからどう見てもウチのクラスの灰谷蘭君だった。だがそのお顔には血がついている。

「あの、血がついてるよ」
「ん?さっき喧嘩してたからその血が付いたんじゃね」
「か、返り血かぁ。そうかぁ」

平然と喧嘩というワードを出し返り血と言うのならば、彼の黒い噂は本当なのかもしれない。血が出るほどの喧嘩は兄がよくしていたせいか耐性はあった。その為差程驚きはしない。そんな事よりも煙草吸っている所を見られてしまったことが肝心だ。人に言うようなタイプでは無いと思うけれど、もし私が煙草を吸っているなんて噂が回り、親に知れたら私の人生積み重ねてきたものが終わってしまう。うんうんと頭を捻らせていると、蘭君は私の顔を不思議そうに覗き込んできた。

「なぁ」
「ハウっ!」
「お前、どっかで見たことあるような?無いような?」
「ええと……一応同じクラス、です」
「あ、だからかぁ〜成程ぉ」

私の返答を聞きドカッと隣に座る彼を横目に、一応彼の中で小さくとも認知されていた事に驚く。しかし今はそんな事を言っている場合ではなくて、いかに煙草の件を黙秘してもらうかが最重要だった。

「蘭君は」
「ん?」
「いつもこの辺通るの?」
「んーん、ここら仕切ってる奴が俺らの悪口言ってやがんの聞いたからぶちのめしに来ただけ」
「あ、そうですか」
「おー。竜胆今コンビニ行ってっから待ってんの」
「へぇ……」

竜胆とは弟君だよね。話がそこで終わりを告げてしまい、しばしの沈黙が流れる。しかしいつまでもこうしている訳にはいかないし、言うっきゃない!と私は膝に置いた拳に力を入れ蘭くんに向けて口を開く。

「見たよね?」
「何が?」
「だから……私が煙草吸ってるところ」
「うん、見た見た。あの上から見てた」

すべり台の高台へと指を指し蘭君は笑う。私は笑えない。寒くなってきたこの季節に、嫌な汗がジトッと体に流れる。「それがどーした?」と言葉を繋ぐ蘭君に、唾をゴクリと飲み込んだ。

「あのね、煙草吸ってたの内緒にして欲しい、んだけど」
「いーよ」
「へ?」
「別にいいよ」

呆気なく了承してくれた蘭君に、私はマヌケな声が喉から出た。パシりとか何かしらの条件を出される覚悟はしていたが、拍子抜けしてしまった。蘭君はそんな私を見ると口元の口角をゆっくりと上げていく。

「その顔ブッサイク」
「ぶっブサイクって失礼っ」
「黙っといてやるからお前のアドレスとケー番教えろよ」
「私の!?…別にいいけど、私なんかの知りたいの?」
「黙秘料〜」

蘭君は自分の携帯を取り出し、早くしろと言うように携帯を私へと向ける。黙秘料ってやっぱりパシりとかにされるのかなと思いながらも私も鞄から携帯を取り出した。赤外線で交換されたアドレスと携帯番号に、蘭君は「お前なまえって名前なんだ」と呟く。私はこの日、初めて蘭君に名前を認知された。





あれから一週間が経った。内緒にしてやると約束は一応してくれたが、万が一バレてはいないかと冷や冷やして学校に行っていたけれど、そんな様子は全く無くいつも通りの日常を私は送っていた。というのもそもそも蘭君は学校には来ていなくて、交換されたアドレスも意味がまるで無いかの様に携帯も鳴りはしなかった。私からも連絡はしなかったけれど。蘭君の席はポツリと寂しく空席で、主が座るのを待っているかのように見えた。

そんな私は今日もしたくもないお勉強をしに塾へと向かい、黙々と参考書と睨み合う日々。テストで良い点を取ろうが悪い点を取ろうが正直な話私にしたらどうでも良かったけれど、親をガッカリさせてはいけないといつの間にか根付いてしまった感情から私はシャーペンを動かす。この根付いたものはとても厄介だ。

塾が終わり、疲れた頭を癒すかのようにふらりと公園へと向かう。いつものようにベンチへと向かうと街頭に照らされ人影が見えた。

「らんくん?」
「おーなまえじゃん」

私がいつも座っているベンチに蘭君が座っていた。スウェット姿の蘭君は私を見るとニコリと微笑んだ。隣に座ってもいいのかな?と少し間を開けて座ると、蘭君はそれが気に入らなかったのかグッと距離を縮めて座ってきた。

「ちょっ距離近くない?」
「あ?別に良くね?ってか今日も煙草吸いに来たワケ?」
「うん、まぁそんな感じ。蘭君は今日も喧嘩?」
「今日はちげぇ〜」

違うのか。じゃあ何しに来たんだろうと言う疑問が浮かばない訳では無かったが、深いことは聞かずに私は煙草に火をつける。

「何でお前煙草吸ってんの?」
「んー、ちょっとした非行に走ってるって感じかなぁ」
「意味わかんねー」

蘭君に家の事話したって彼には関係の無い話だし、重苦しい事を言う気にもなれず、だったらこれぐらいの言葉で済ませるのが一番だと思ったのだ。それに蘭君は差程興味が無いのかそれ以上は聞いては来なかった。

「蘭君っていつも喧嘩してるの?」
「別にそういう訳じゃねぇよ」
「六本木によくいるってほんと?」
「どっから出てくんのその情報」
「大人の女の人のお家転々としてるって噂は?」
「プハッ、んだその噂。ウケんだけど。なに、俺そんな風に周りに言われてんの?」

声に出して笑った顔を間近で見たのは初めてだったから、ちょっとだけ魅入ってしまった。蘭君の三つ編みが笑う度にちょっと揺れて、不思議な感じ。

「周りの女子が言っているの聞こえただけだよ」
「へぇ。どーでもいいけどお前質問し過ぎな」
「ゴメン。密かに気になってたから」
「おもしれぇから許してやるぅ」

これまたよく分からないけれど蘭君は面白いらしい。
煙草はもう少しで終わりを告げる。まだ話したいなぁと思っても時間も時間で帰らなければ親に怪しまれてしまう。正直な話、蘭君は不良という名の怖いイメージがあったけれど、こうして話してみると普通の男子と変わらず話せることに勝手ながら親近感が湧いた。それでも不良君は不良君なんだろうけれど。

「私そろそろ帰んないと」
「もー帰んの?」
「うん。親が心配するから」
「あー、そういう事ね」

ベンチから腰を上げると蘭君はヒラヒラと私に手を振る。私も彼に手を振り家路へと足を向ける。いつもの帰宅時よりも足取りは随分と軽くて、久しぶりに楽しかったと思えるような時間だった。

家に着いてから、蘭君に煙草の件を言わないでいてくれている事にお礼を言うのを忘れていた私は、携帯の画面を開きありがとうと文字を打つ。あと、話せて楽しかったと送ろうと思ったけれど、恥ずかしくてその文字は消してしまった。
男の子とメールするのなんて初めてで、少しだけうるさい心臓を無視して送信ボタンを押す。数分後、メールの受信音が鳴ると共に画面を開けば受信先は蘭君で、

『いーよ』

とたったの一言。それでも私は嬉しく感じて、眠る前まで何回もそのメールを見返しては顔がニヤつくのを隠せなかった。





蘭君が久々に学校に来た。今度はあの日から一週間ぶり。本当に自由な彼はまるで猫みたいだ。相変わらず授業中は寝ているばかりで、休み時間は一軍女子とお話をしていた。お昼の時間は竜胆君が迎えに来て、給食のお盆を持って何処かに行ってしまった。まるで私たちが話をしたことのなかった頃に戻った様な気がしてちょっと寂しい。でも、私なんかが蘭君と話そうものなら一軍女子達は私をきっと睨みつけ黙っていないに違いない。

蘭君はお昼休みがもう少しで終わる頃、クラスに戻ってきた。誰かと話をする様子は無く、机にまた顔を伏せる。彼がこんな時間まで学校にいるの珍しいなぁなんて思っていたら、携帯のバイブ音がスカートのポッケから震わせている事に気付いた。

『次の塾っていつ?』

蘭君からだった。咄嗟に眠っている筈の彼の席へ目を向けるも変わらず机にお顔を伏せているままだ。私はそんな彼から再度携帯へ目線を移して文字を打つ。

『明日だよ』
『じゃ明日サボって。んであの公園集合な』

送信すれば、数分も経たず次のメールが受信を知らせるも蘭君から送られてきた内容につい「えっ!?」と少し大きな声を出してしまった。幸い、クラスにいたのは数名だったからちょっと視線を感じただけだけど、恥ずかしさから顔に熱を上げて蘭君を見やれば少しだけ肩を震わせていた。





塾をサボったことは一度も無かった。どうやってサボろうか昨日の寝る直前まで考え、行きついた考えは親のフリをして電話をすること。バレないか心配したけれど、案外すんなり休めてしまった。初めてサボるという行為をしたことに、胸は多少なりともワクワクしている。サボってしまった高揚感と蘭君に会えるのが楽しみになっていた私は、約束の時間になる前に公園へ着いてしまった。

赤い夕日に包まれた公園は、また夜と違う雰囲気がある。普段なら寂しく感じてしまいそうな景色だけれど、蘭君が来るという楽しみからそんな事は感じなかった。彼はまだ来てはいないようで、蘭君が来るまで待っていようかとベンチに腰を掛ける。携帯で時間を確認するも、一分一分が長く感じて、蘭君が来るまで待ち遠しくて仕方がなかった。

「なまえ来んの早ぁ」
「蘭くん!」
「フハッ、んだよお前犬みてぇ」

私は自分が思うよりもかなりの笑顔だったらしく、蘭君にはそれが飼い主を待ち侘びていた犬のように見えていたらしい。恥ずかしくなって顔に熱がこもるとまた蘭君はからかうように笑うのだ。

「普段からそうやっていりゃかわいーのに」
「かっからかわないでよ!」
「マジでそー思うけど?あ、コレやる」
「…っあ、ありがとう」
「お前好きそうじゃん」

ココアを手渡す蘭君に私は受け取るも、蘭君の言った可愛いが頭から抜けず、顔は余計に熱くなる。隣でコーラのプルタブを開ける蘭君に、私も同じくプルタブを開ける。わざわざ私の分まで買ってきてくれた事が素直に嬉しくて、顔が緩むのを必死で隠そうとしても蘭君にはバレバレだった。

段々と日は沈み、秋らしさ満載の鈴虫の鳴く声が公園に響き渡る。こうして今まで話したことも無かった蘭君が隣にいること自体が私にとっては非日常に近いものであり、このドキドキが蘭君に対するものなのか、それとも塾をサボって遊んでいる自分に対してなのか分からなかった。でも多分半々だと思う。

「なまえ」
「ん?」
「ちょっとここで待ってろよ」
「え?どうしたの急に」

蘭君が立ち上がり、私も蘭君の向ける目線へと移すと、何人かの男の人たちがこちらに近付いて来ていた。

「アレアレ〜?誰かと思ったら灰谷蘭君じゃないすか?」
「今日は弟君連れて来てねぇのぉ?」

え?え?どういう事?誰この人達。
見るからに不良らしい男たちが五人ぐらいで私たちの前に立ちはだかる。蘭君はそれでも怯むことなく男達に口元を上げ言った。

「テメェらの目ちゃんと見えてんの?今俺大事なコといんだけど。ってかお前らのボスちゃんと生きてるぅ?」
「あ"ぁん?テメェもう一回言ってみろやゴラァ」
「女の前だからって調子乗ってんじゃねぇぞ!糞ガキが」
「その糞ガキにお前らんとこのボスはやられたんだろうが。マジで馬鹿ァ?」

ドスを利かせた声で言う男達に、蘭君は怯むこともせずむしろ煽るように言葉を吐く。いくら蘭君が強くても、五人に対して一人なんて無理に決まっている。分が悪過ぎる。逃げようよと言葉にしようとしたけれど、蘭君は笑顔を崩さない。まるで"余裕"だとでもいうように。体が勝手に震え出す私に蘭君は振り返ると、私の頭に手をポンと置いた。

「ビビんなって。ここで待っとけ、すぐ戻っから」
「でもっ」
「俺を誰だと思ってんのー?」
「…蘭くん」
「そ。蘭ちゃん強いからへーき」

頭に乗せた手をポンポンと優しく叩くと威勢の良い集団と蘭君は行ってしまう。取り残された私は急に静かになったこの空間に怯えていた。喧嘩の場面に出くわすことは初めてだったし、相手は数人。蘭君は強いと言ってはいたけれど、怪我でもしていたらどうしようと思っては不安に駆られて仕方がなかった。






どれくらい経ったか。時間にしてはそんなに経ってはいないとは思うが、果てしなく長く感じるこの時間に、もしもの為にそっと蘭君達が向かった方角へと行ってみようと歩き出す。木々が生い茂っている方角へと進めば前方からこちらの方へと歩く見覚えのある姿が私の目に映る。

「おいおい。待ってろって俺言わなかったっけ?」
「らん君っ!」
「はぁ?お前泣いてんの?」
「だってぇ、ヒグッ」

蘭君が笑顔を向けるものだからその顔に安堵したのかつい泣いてしまった。蘭君はそんな顔を見てまた「ブサイク〜」と言いながらも私の頭を優しく撫でる。それにまた私は涙腺が緩んでしまうのだ。





私たちは元いたベンチに座り、すっかり冷めきったココアと炭酸が少々抜けたコーラを飲む。公園はまた鈴虫の音が響いており心地よい風がフワッと吹いていた。

「蘭君、怪我してない?」
「おー。あんくらい余裕」
「あの人たちは?」
「知らね。あっちの方で伸びてんじゃね?ああいう奴らは威勢だけが特別いいんだよなぁ、弱いクセに」

会話はここで終了を告げ、何かを話さないとと思うのに、何を話すべきか分からなくて静かに時間だけが過ぎていく。

「なぁ煙草持ってる?」
「ん?あぁ、あるよ」

鞄から煙草の箱を取り出すと、中身を見ればあと二本しか残っていなかった。蘭君はその一本を持って指先でくるくると遊ぶように煙草を人差し指と親指で転がす。

「お前が煙草吸ってる理由知んねぇけど今日からコレ禁止な?」
「えっ?なんで?」
「女が煙草吸ってんのぶっちゃけ余り好きじゃねぇの」

そう言うと蘭君はポケットからターボライターを取り出し、シュッと火をつけた。一口吸った蘭君は、不味そうに顔を少々歪ませる。

「蘭君て煙草吸うの?」
「吸わねぇ。さっきの奴らが落としたライター拾っただけぇ」

その割にはむせる訳でも無く、慣れたように煙を吸い込む蘭君に私はまじまじと眺めてしまった。同年代よりも少し大人びて見える顔付きもそうだけど、蘭君の横顔は絵になるなぁなんて思う。

まだ一本入っている煙草の箱をクシャッと丸めて私は公園のゴミ箱へ放り投げるように捨てた。煙草はもう必要無いという意味を込めて。親の事を考えればうんざりするけれど、こうしてまた蘭君にもしまた会えるのなら私には煙草はもう必要ない。

「ほんとに辞めんの?」
「うん。元々吸いたくて吸ってた訳じゃないし、蘭君も煙草吸う女好きじゃないんでしょ?」

私の言葉に蘭君は薄ら笑いを浮かべる。同時に煙草を靴で押し消したかと思うと、そっと顔を近づけ唇が触れた。柔らかな感触に私はキスされたのだと思うまでに数秒かかり、蘭君はタレ目の目を更に下げる。

「ホントお前ブサイク〜」
「え?あ?」
「んでも可愛いーからいっか」
「は?ちょっ?は?」

蘭君の口から出る言葉に、私は顔を真っ赤に染め上げて上手く言葉にすることが全く出来ない。石のように硬直する私に蘭君はとても楽しそうに言葉を繋ぐ。

「なまえちゃんはこぉんな俺みたいな奴に引っかかってこれから大変だなぁ」
「ど、どういう事?」
「お前が好きだって言ったのー」
「はっっ??」

くくくっと笑いながら立ち上がる蘭君は私に手を差し伸べる。血を見る耐性はあっても、恋愛耐性がゼロの私は言葉の意味を理解するまでにまだ時間がかかる。蘭君は中々手を出さない私に無理矢理手を引っ張った。

「蘭君、嘘だよね?蘭君が私を好きって考えられないんだけど」
「ん?なんでそう思うワケ?」
「何でって…蘭君と私じゃ住む世界が違い過ぎるというか」
「そんなんお前の価値観の問題じゃん?ってかさ」

一歩二歩とゆっくり歩を進めながら歩く彼の背の後をついて行く。止まっちゃうんじゃないかってぐらいに音を鳴らす心臓と上手く歩けているかってぐらいにふわふわした足取りで。

「お前も俺の事好きでしょ?」

蘭君の顔は月の明かりに照らされとても自信味溢れる顔付きに見える。彼の言葉により、私は彼に恋をしているのだと初めての感覚を自覚した。そう思うと煙草みたいな毎日が苦い生活なんかでは無く、世界がどんどんと甘く見えてくるのだった。



Title By icca
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